永琳「あなただれ?」薬売り「ただの……薬売りですよ」

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204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 10:52:52.05 ID:/9MplgHao

(って言うフリをしてれば、かわいい弟子のままでいられるもんね)

(あたちは逆らう気なんて毛頭ない、かわいいかわいい兎さんでちゅ〜)

(どうかご主人たま、末永くかわいがってくだちゃいまち〜。みたいな?)


(――――死ねよお前! マジきんッッッめえんだよッ!)



薬売り「随分と……口汚いですね……」



(だって……しょうがないじゃない。あたしってば、ロクな躾もされてない、ただのペットなんだから)



薬売り「ただの……ペット……?」



 声が聞こえるどころか、ついに会話まで……
 しかしその内容は、片側の台詞だけでは全くわけがわからん。
 口汚い? ペット? 一体何の話をしているのだ。
 そんな事思っていない? 一体何を指摘されたと言うのだ。



(ご主人様がいないとな〜んもできない、ただの飼い兎)

(誰かの下でイージーな環境に浸ってないと、生きる事すらできない、どっちつかずの半端な兎)

(ま、おかげで様で、無駄に口だけは達者になったけど)


薬売り「……」


(でも……誰も聞いてくれないんじゃ、それって全然意味ないじゃ〜ん!)

(って、思わない? ”薄気味悪いちんどん屋”さん)



 その場で一体何が起こっておるのか、皆目見当がつかん。
 が、唯一わかる事は……
 声が聞こえると言う事は”そこに誰かがいる”と言う事。



薬売り「”竹の声”の正体は……貴方だったのですか」



 草木も眠る丑三つ時。
 玉兎と薬売り。二人きりと思われたその場所に、”もう一人誰かがいる”。
 しかしそこに形はなく、ただ存在だけが曖昧なまま揺らめいておる。
 その正体を知る者は、無論一人しかいない。



うどんげ「何も聞いてない……何も聞こえない……」

うどんげ「何も…………誰も何も言ってない…………!」



 それは――――玉兎だけにしかわからぬ”波”であった。



205 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 11:06:36.30 ID:/9MplgHao

(はい出た現実逃避。もういいから、そーゆーの)

(いい事? こいつはね……こうやって事実を捻じ曲げて、自分に都合の悪い事はなかったことにする悪癖があるの)

(だから、騙されちゃダメよ……今のこいつは、あんたから”言い逃れる”事しか頭にないんだから)



薬売り「見ざる聞かざる言わざる……っと失敬。あれは猿でしたな」



(まぁ似たよーなもんよ。むしろ学ばない分、そこらのエテ公よりタチが悪いわ)

(現実と絶対に目を合わせようとしない……目を逸らしたまま、事が過ぎ去るのを、ただ待つだけ)

(そーやって知らぬ存ぜぬってやってるから、何度も落ちるのよ)

(次から次へと……どっかの穴にね)



薬売り「ならば声よりも、直接見せた方が速いのでは……」



(同感ねちんどん屋。気が合うついでに”形”貸して下さらない?)

(無駄に大量所持してるあの札でいいわ。キモいデザインだけど、今のコイツにはむしろ効果的だし)



薬売り「よろしいので……? また、封じられますよ」



(だって、あんたの札……まるで”目”みたいなんだもん)

(あたしと同じ、赤い目……全てを狂わす狂気の瞳)



薬売り「そこまで言うなら……では」



 そしてわけのわからぬままに、その誰かの指示に応えたらしき薬売りは、形と称して札をバラまき始めた。
 薬売りの持つあの、赤い目玉のような模様の札である。
 その札の束が、薬売りの荷の中から一人でに飛び出て行く。
 ブワリ・バラバラ。ハラリヒラリ……まるでその場にだけ突風が吹いているように。



薬売り「姉弟子様の、おおせのままに……」



うどんげ「バッ―――― や め ろ ! 」



 そしてヒラヒラと舞い散る札が、今度は一枚一枚、緩やかに集まり始めた。
 ペタリ、ペタリ、またペタリ――――
 重なりに重なりを重ね、いつしか、確かなる形が出来上がっていくではないか。



(栄えすぎて、皆が皆腐り堕ちていく哀れな都…………ねえ)

(ホント、どの口が言ってんだか……出まかせにしたって、よくぞそこまで言えたもんよね)

(文明に胡坐をかいて、怠惰を貪っていたのは……月には”たった一羽しかいなかった”のに)



【形】
206 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 11:20:26.69 ID:/9MplgHao


(いつだって、動かないのは一匹だけだった。いつだって、堕落してるのは一羽だけだった)

(今もそう……哀れなのは、ただの一人だけ)


うどんげ「やめ…………ろ…………」



【鈴仙・優曇華院・イナバ】 



(もう見えないとは言わさない……この赤い眼に塗れた体が、視界に入らないとは言わせない)



【鈴仙・優曇華院】 



薬売り「さあ……現れますよ……貴方の形が」



 その形は――――兎に酷似していた。
 兎の輪郭そのままに、皮だけが赤い目の、まごう事なき目前の兎の形であったのだ。



(だって……あたしは常に、あんたと一緒だもの)


(これから先も……”永遠に”、ね)



【鈴仙】 


 しかし形こそ同じなれど、その色合いは黒で埋め尽くされておった。
 赤をも霞める深き黒。
 してその所以は、実に単純な話である。
 ”月明かりに背を向けておる”。それが故の、黒であった。




(レイセン――――それはあたし”達”を指す名前)




 自分と同じ形をした黒い何か。
 人はそれを――――”影”と呼ぶのだ。




【レイセン】


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207 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 11:21:15.80 ID:/9MplgHao
すいません途中で寝てしまいました
本日は此処迄
208 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/05(金) 11:35:43.57 ID:/X6qkVTdO
これって手書きで毎回書いてるの?
凄いな
209 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 12:18:16.31 ID:/9MplgHao
>>199
画像間違えてた
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1238546.jpg

>>208
加工ソフトです
210 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage ]:2017/05/05(金) 12:59:01.81 ID:YC30Q507o
待ってたぞ!
乙乙
211 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/05(金) 13:03:12.55 ID:8KcptF0DO
トキハナツー
212 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/05(金) 14:07:18.77 ID:n1Ix5YqBO
おつ
やはりうどんげだったか
213 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/06(土) 02:12:38.12 ID:OH67JkMY0
面白いぜ…!絵も凄いし…!
214 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/06(土) 18:22:11.39 ID:rbDbq4ZcO

恐れが原因で本人の自覚なしって事は海坊主タイプのモノノ怪だな
215 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/06(土) 20:36:18.00 ID:JykFf7uxo


【姿】



薬売り「……」



【形】



うどんげ「ひ……」



【酷似】

【目前之兎】



レイセン「はろぉ〜鈴仙。久しぶりぃ」

レイセン「こうして話すのは、いつぶりだったかな? 確か……」

レイセン「月の都から、脱走ぶりだったかしら?」


 玉兎の内より現れしもう一人の玉兎――――レイセン。
 その名は「鈴仙」の二文字をそのままカナ読みにした名であり、音の上ではどちらも同一である。
 故に、同じなのだ……こうして久方ぶりの会話に興じようと。
 されどどちらも同じ玉兎。あくまでこれらは、”二羽で一羽”なのである。


レイセン「よくぞまぁ今まで、長い事シカトぶっこいちゃってくれたわよねぇ? この――――」

レイセン「おっと御免。今はなんか、ダサい名前に改名したんだっけ?」

レイセン「ええと、なんつったっけ……」



【禁視】



レイセン「ああ…………”うどんげ”だっけ?」」



【狂気之瞳】




うどんげ「かッ…………かッ! かッ! か…………ッ!」



 時を同じくして、漢字の方の鈴仙にも明らかな異常が現れた。
 声が枯れている――――。
 まるで痰の詰まった老人か、はたまた病に伏せる童かのようである。
 「カッカッカッ」と、酷く濁った声に変貌していく玉兎の喉。
 その声に薬売りは、ふと、いつぞやの既視感を感じ取った。



薬売り「声が……”入れ替わった”」



 あの赤き眼に睨まれた直後に現れた、「乱れ」である。


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216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/06(土) 20:46:48.83 ID:JykFf7uxo


レイセン「もう……またそうやって苦しい”フリ”をするんだから」

レイセン「ごまかせると思ってんのかねぇ……”自分自身を相手に”さ」

薬売り「肉の牢に閉ざされた、もう一人の鈴仙。それが貴方の、真なる形……」

レイセン「おかげ様で出てこれたけど、礼は言わないわよちんどん屋」

薬売り「おや……どうしてですか?」


【不遜】


レイセン「だってあんた、気持ち悪いんだもん。見た目も、口調も、その他諸々色々とさ」

薬売り「……」

レイセン「いろんな意味で無理。生理的にキツイ」

レイセン「せめてその無駄に伸びた髪を切りなさい。ついでにオバハンみたいな厚化粧も取ってもらえば?」

薬売り「……」


 ははっ、これは愉快じゃ。
 普段から人を小馬鹿にした態度の薬売りが、今は逆にコケにされておるわ。
 どうやらこのレイセン、随分と舌が回るようで……ふふ。
 薬売りをも翻弄するとは、中々にやりおる。
 薬師より語り部の方が、向いておるやもしれぬの。


レイセン「感謝の気持ちと生理的嫌悪感が、絶妙なバランスで釣り合ってるわ」

レイセン「残念ながら差し引き零ってとこね」

薬売り「零……”無”ですか?」

レンセン「わかるかなぁ? 難しかったかなぁ? 童でもわかる、とっても簡単なひ・き・ざ・ん・なんだけど」

薬売り「……」


 実に口汚き、不遜なる悪態。
 しかしこの悪態こそが、玉兎が隠し続けた、玉兎の「真」なのである。
 そう、レイセンは鈴仙でもあるのだ。
 言わば分身……その分身が、こうして作法のカケラもない口を効いておる。

 すなわちそれこそが――――”玉兎の本性”。
 外面では綺麗事を。内心では蔑みを。
 この二枚の舌を器用に操る心こそが、玉兎にとって”最も知られたくなかった”性なのである。

217 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/06(土) 21:16:58.12 ID:JykFf7uxo


薬売り「まぁ別に……見返りを求めたわけじゃありませんが」

レイセン「あーもうわかったって。しょうがないからなんかしてあげる」

レイセン「そうね……何をしようかしら……そうだ!」


【閃】


レイセン「お礼代わりの”紙芝居”……なんてのはどう?」

薬売り「ほぉ……それは興味がありますな」


 レイセンはそう言うと、何やら体に張り付く札を、ペラリと一枚剥がしなすった。
 そして、折る。また折る。重ねて折る――――
 はは、懐かしいのう。これは所謂、童の折によくやった「折り紙」ではないか。


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薬売り「上手な……兎ですね」

レイセン「さぁて――――よってらっしゃい見てらっしゃい。丑三つ時の特別講演。夜中の紙芝居が始まるよー」


 懐かしい思い出が蘇る折り紙である。
 が、しかしそんな折り紙に”嫌な思い出”を持つ者が、この場に唯一おる。
 たかが紙の一枚に何をそんなに嫌がるのか、皆目見当もつかんであろう。
 だが心配は無用だ。これから当の本人が、自ら”全てを”語ってくれると言うのだから。



レイセン「今回の御題目は……こ・ち・ら」



うどんげ「 や め ろ ! 」



 故にただ、聞いておればよいのだ。
 兎が語る、兎の生き様を――――。




【鈴仙の半生・第一幕】

218 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/06(土) 21:29:50.17 ID:JykFf7uxo

【丑】

(お師匠様……私、一生ついていきますから)


 昔々、月の裏側のある所に、一羽の兎がいました。
 月には他にもいっぱい兎がいましたが、その兎だけは、ちょっとだけ特別でした。
 兎は、とある力を持っていました。
 兎がじっと見つめると、見つめられた者は、酔いに似た心地よい”乱れ”が生じるのです。

 どこかの誰かが、この物珍しい兎の力を、こう言う風に呼びました。
 【狂気を操る程度の能力】――――その噂は、瞬く間に月の都中に広まっていきました。


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219 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/06(土) 21:46:42.30 ID:JykFf7uxo

【子】

(私もお師匠様の後を追う……誰も、止めないで!)


 噂が噂を呼び、兎はあっという間に都の人気者になりました。
 その人気ぶりはすざましく、誰もが「乱してくれ」と、連日行列ができる程でした。
 これに気をよくした兎は、連日その力を人々に見せびらかし、噂はさらに広まっていきました。
 そしてその噂は、ほどなくして、ついに月の高官の耳にも届きます。

 ある日、兎は月の高官・通称「月の使者」からの誘いを受けました。
 「その力、この都を守る為に役立てないか?」
 その誘いを、兎は二つ返事で承諾しました。
 「あら素敵。まるで英雄みたいじゃない」
 そして兎はその日から、月の人気者から月の番人へと転身を遂げました。

 「月の番人がただの兎では紛らわしいだろう」
 そう言った月の高官たちが、兎に名を与えます。


 「レイセン――――お前は今日からレイセンだ」



【亥】

(蓬莱の薬……そんな物が、本当にあるだなんて……)


 兎は初めて与えられた”名”と言う物に、大変喜びました。
 「我はレイセンなり」「我こそがレイセンぞ」。
 自分の名をしきりに誇示する兎に、他の兎は「いいな」「おめでとう」と羨やむ声を放ちます。
 そんな兎の声がさらに快感となり、兎はいつまでもいつまでも、自分の名を言い続けました。

 しかし兎は、夢中になりすぎて、全然気づいていませんでした。
 羨む声の中に、ポツリ、ポツリ――――妬む声が、混じっていることに。


220 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/06(土) 21:58:37.91 ID:JykFf7uxo

【戌】

(どうして姫様が……地上に?)



 そんな事など知る由もない兎、元いレイセンは、あくる日、とある月人の下に配属されました。
 その月人は「八意・永琳」と言う名がありました。
 レイセンは不思議に思いました。
 「どうしてこの人間は名が二つあるのだろう?」
 永琳は答えました。
 「人間には、名前の前に名字と言う物があるのですよ」と。

 レイセンはその説明をいまいち理解していませんでしたが、それでもなんとなく「カッコイイ」物なんだと、そう理解しました。
 姓と名。この二つに別れた気品溢るる名前を、レイセンは大変羨みました。

 そして言いました。
 「自分もそのような名が欲しい」。
 出会って早々に唐突な要求でしたが、それでも永琳は、笑顔で答えました。
 「では職務を懸命に尽くせば、いつしか私が与えてあげましょう」と。
 レイセンはお仕事を一生懸命頑張ろうと、そう心に決めました。



【酉】

(本当にごめんなさい……あたしが至らぬばっかりに……)

(あたしの力不足だったばっかりに……こんな事に……)


 しかしその決意は、ほどなくして露と消えます――――。
 「楽しくない」。
 初めて体験する「お仕事」は、都の人気者だった頃に比べれば、それはもう退屈極まりない物だったのです。



【暮六つ】



【宵】



(――――キャッハッハ、バッカじゃないの)



【明暗】


221 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/06(土) 22:14:25.16 ID:JykFf7uxo


(あ〜……めんどくせぇ〜……適当に終わらせてさっさと帰ろ……)


(ちっ、うっぜーな! 言われなくてもわかってるっつーの!)


 月のお仕事は、レイセンの思い描いていた内容とはまるで別物でした。
 都を守る月の番人――――なんて言えば聞こえはいいけれど、やる事は毎日、待機と勉強の繰り返しです。
 今思えば、まだ新人なのだから、大した仕事を与えられないのは当たり前の事でした。
 ですが、そんな事すら知らない当時のレイセンは、鬱憤にかまけて段々と不遜な態度を取るようになります。

 サボリ・遅刻は当たり前。
 仕事中に堂々と居眠りをしたあげく、注意をされよう物なら逆ギレまで。
 ひどい時には、持ち前の”狂気を操る力”を使って、先輩兎の妨害までもをしでかす始末でした。
 

(どいつもこいつもバカばかりね。あたしってば、褒められて伸びるタイプだってーのに)


 都の人気者だった頃はこんな事はありませんでした。
 ちょっと愛想を振りまくだけで、誰もがちやほやしてくれました。
 ですがこの職場は違います。多少頑張った程度では、誰も褒めてくれません。
 先輩兎の言う事はいつも決まってました。「もっと精進なさい」。
 レイセンはその言葉に歯向かうように――――いつしか、頑張ることを辞めました。



(あ”〜……マジおっもんな……)


(やめちゃおっかな……でもなぁ〜……)



 怠惰にかまけ、露骨にやる気のない態度を出すレイセンでしたが、それでもお仕事を辞める事まではしませんでした。
 かつて八意永琳と交わした「名を与える」約束。それだけが、この退屈の中にある、唯一の希望だったのです。
 やる気はないながらも、数さえこなせば、それなりに仕事は覚えます。
 そして曲がりなりにも、仕事さえ覚えれば、「いつか永琳は約束を果たしに来てくれるはず」。
 レイセンが仕事を続ける理由は、もはや、ただのそれだけしかありませんでした。

222 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/06(土) 22:27:04.01 ID:JykFf7uxo


(〜〜〜もう我慢できない! こうなりゃ直談判よ!)


 レイセンはある日、とうとう我慢しきれずに、八意永琳に直接文句を言ってやろうと思い立ちました。
 その不満は仕事がつまらない事。
 先輩兎共が気にくわない事。
 自分が活躍できない事。
 そして……待てど暮らせど、約束が果たされない事。

 レイセンは気づいたのです。
 名をもらう為に嫌な仕事を我慢してやっているのだから、逆に言えば「名さえ授かればこんな仕事やらずに済む」んだと。


(どいつもこいつもバカばっかり! あんなバカ共と仕事なんてやってらんないわ!)


 永琳の下へ向かうレイセンは、冷静を装いつつも、その心は猛りに満ち溢れていました。
 耳をピンと尖らしながら。眼は、いつも以上に真っ赤に染め上げながら。
 「もし拒めば、あの月人も乱してやろう」――――そんな一物を、期待の裏に隠しながら。



(………………)



【姫】



(――――え?)



 そしてついに、聞いてしまいます。
 後に堕ちる事となる、堕落の道へと言葉巧みに誘う――――悪魔の囁きを。


223 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/06(土) 22:49:56.52 ID:JykFf7uxo


(皆様 今までの非礼の数々 まことに申し訳ありませんでした)

(これからは 心を入れ替え 月の番人として 誠心誠意 職務に当たる所存で御座います)

(不束者ではございますが 末永く どうぞ よしなに)


 突然のレイセンの詫びに、皆は大きくどよめきました。
 「あのレイセンが礼儀正しく振舞っている――――」。
 あれほど汚かった言葉遣いが堅苦しいまでに正され、見るのも躊躇うくらいだらしなかった姿勢は、まるで竿のように真っすぐです。

 誰もが疑いませんでした。
 「ああ、レイセンは本当に心を入れ替えたんだな」と。
 そして永琳が言いました。
 「皆さん、今までの事はどうか、水に流してやってあげてください」と。
 最後にレイセンが、もう一度言いました。
 「今迄 本当に 申し訳ありませんでした」と。

 その言葉を吐くレイセンの目から、ツゥーと一滴の涙がこぼれ落ちました。
 その涙を見て、「其の赤き眼から流るる涙で持って、改悛の証とす」。
 すなわち「流した涙が反省の表れである」と、永琳含む皆はそう認めました。




(………………バ〜カ)




――――勿論、そんなわけはありませんでした。





(バイバイ姫様…………存分に満喫してきてね)


(称える者が誰一人としていない…………穢れた地への一人旅を)


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 それから数日後――――。
 月から、人が一人、いなくなりました。




【酉】

224 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/06(土) 22:54:53.94 ID:JykFf7uxo
メシ
225 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/06(土) 23:22:39.82 ID:yROk0hlRo
一旦乙
226 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/07(日) 01:12:36.97 ID:qbKvk9zbo


レイセン「あの時は楽しかったわぁ……今思い出しても、ゾクゾクきちゃう」

レイセン「”ざまぁみさらせ”とはまさにあの事ね。もし過去に戻れるなら、もう一度あの時に戻ってやり直したいくらいよ」

薬売り「輝夜姫が地上へ落とされたのは……”貴方の仕業だった”」


 なんとまぁ……浮世に名高きかぐや姫。もとい竹取物語。
 かの物語の起点を生み出したのは、他でもないこの兎の仕業であったとは……
 確かに、よくよく考えれば、あの冒頭はいささか不自然であったよの。
 「月からやってきた姫」はまぁわかる。
 しかしその姫が何故に竹の中なんぞに。しかもまるで”閉じ込められるように”収まっていたか……
 これなら、全てに納得がいく。


レイセン「そーよ。だってあのクソ姫、永琳と共謀して、飲んじゃいけない蓬莱の薬を密造してやがったのよ」

レイセン「壁に耳あり障子に目ありってね……悪い事はできないわよねぇ」

レイセン「あいつらがコソコソとやってた内緒話、一言一句逃さず……ぜ〜んぶバラしてやったのさっ」

レイセン「ねー、鈴仙」


うどんげ「…………」


 閉じ込められて当然だな。それは――――「罰」だったのだ。
 固く禁じられておる不死の薬。おそらく、我らで言う阿片に近い物だったのだろう。
 それをあろうことか自らの手で作り、生み出し、そして……


レイセン「……あーあ、また現実逃避モードに入っちゃった」

レイセン「どうせなら布団の中とかにしなさいよ。それじゃまるで、冬眠中の芋虫みたいじゃない」



【密】
227 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/07(日) 01:23:19.02 ID:qbKvk9zbo


薬売り「姫が……お嫌いだったんですか?」


レイセン「ん〜、嫌いだったって言うかぁ……癪に感じてたのは事実ね」

レイセン「だって、あたしが毎日汗水流して働いてんのに、あの姫様ときたら……」

レイセン「”姫様、わらじをおもちしました”〜とか、”本日のお食事はなになに産のなになにですぅ〜”とか」

レイセン「周りから必要以上にちやほやされてんだもん。んなの見てたら、ムカついてこない?」


 レイセンが語る蓬莱の薬の製造法。
 曰くそれには、薬を調合する薬師と、元となる材料と、もう一人”とある協力者”が必須との事である。
 その協力者こそが――――姫。
 蓬莱の薬とは、姫の協力なしには生み出せぬ、秘薬中の秘薬であったのだ。


レイセン「姫だか月人だかしんないけど、な〜んもしてない癖に……」

レイセン「自分が何もせずとも、周りが勝手に、何もかもを与えてくれんのよ」


 月の中で位が高かったのも、おそらくその辺が関係しておるのだろう。
 永遠を生み出す姫。してその永遠とは、すなわち月の世に置ける禁忌。
 と言う事は……ううむ、存在そのものが禁忌同然の身なのか……
 ならば、そりゃあ月人の扱いも変わると言う物だな。
 何もしない……と言うよりむしろ、”何かしてもらっては困る”のだ。
 

薬売り「その過剰な持て囃しは、今も続いてますな」

レイセン「そーよ! 八意永琳、あいつがあの甘やかしの元凶だわ!」

レイセン「二人のコソコソ話を聞いた時、あたしは確信したね!」

レイセン「こいつ……”忘れてやがる”。あの日あたしと交わした約束を、よりにもよって禁忌の為に」



(…………罪人だ)



レイセン「生まれて初めて真面目に仕事したね! だってあたしは月の番!」

レイセン「月の掟を破る者を、許すわけにはいかなかったのよ!」


 しかしそんな月人の健闘も空しく、案の定姫君はしでかしてしまう。
 永琳にそそのかされたか、それとも自分から持ち掛けたのか……
 ま、どちらにせよ、広まる前に食い止められて本当によかったわい。



(月を裏切る罪人が……”ここにいる”!)



 飲むだけで永遠となる薬。
 そんな物が、万が一大量に、それこそ阿片の如く世に出回ろうものならば……
 おお、くわばらくわばら。想像するだけでおっそろしい。
 レイセンの行動は、紛れもなく「正しき行い」であった。
 誰が何と言おうと、身共はそう、胸を張って言おうぞ。
 
228 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/07(日) 01:35:23.72 ID:qbKvk9zbo


レイセン「ただその時、唯一ひとつだけ誤算があった……」

レイセン「それは、永琳はその時点では、”まだ蓬莱の薬を飲んでいなかった”事」

レイセン「二人仲良く地上に突き落としてやろうと思ったのに……ムカつく事に、永琳だけは上手い事罪を免れやがった」


薬売り「…………」


レイセン「そして無事月に残れたのにも関わらず……まだ果たそうとしなかった」

レイセン「あたしとの約束を、未だに!」


薬売り「……ふふ」


 「絡まる線が繋がって行く――――」薬売りは小さくそう呟いた。
 その表情はどこかうれしそうであり、いつしか兎の話に魅了されている薬売りの姿が、そこにはあった。
 そりゃ嬉しいだろうて。
 散々に手こずらされた、永遠亭を取り巻く複雑極まれり因果が、ご丁寧に芝居形式でお披露目されるとあらばな。


レイセン「いつしかもう、名前なんでどうでもよくなってたわ……」

レイセン「その時は、何とかして”こいつも落とさなきゃ”。その事しか頭になかった」

レイセン「だってこいつは罪人なんだもの。飲んではいけない薬を、最初から飲む為に作った、黒幕兼発端の大罪人」


うどんげ「…………」


レイセン「あ”〜〜〜! 思い出したらなんかまたムカついてきたわ! なんか逆に、テンションあがってきた!」

レイセン「行くわよ鈴仙! お前の歩んだ半生、その一部始終!」

レイセン「このちんどん屋に……とくと見てもらうがいいわ!」


 にしても、よくしゃべる兎だな……
 話し好きの兎など、今迄聞いたこともないが。
 その鋭い耳で覚えたのかのう。
 人語を見よう見まねで発する兎……っと、そりゃオウムじゃな。



薬売り「もはや抵抗すら……しません、か」 




【鈴仙の半生・第二幕】

229 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/07(日) 10:49:14.91 ID:qbKvk9zbo


(――――ふん、いい気味よ)


 その日からと言う物。レイセンは今迄と打って変わって、随分と真面目に働くようになりました。
 問題の新人から一変。あれよあれよと出世を果たし、いつの間にやら番人兎のリーダーにまで上り詰めていたのです。
 しかし何故でしょう。問題兎が改心したにも関わらず、職場の雰囲気はどこか、どんよりとした”陰り”がありました。
 誰も口にこそしませんが、なんとなく居心地が悪い……その正体は、レイセンだけが知ってました。


(まぁた泣いてやがる……ったく、しっかりして欲しいわね)

(たかが人間の一人や二人……そんなのより大事な物が、あるだろっつの)


 永琳は、段々と仕事をレイセンにまかせっきりにするようになりました。
 周りの兎は、それはレイセンが頼りにされているからだと、そう思い込んでいました。
 それはある意味で間違いではありません。
 しかしその真相は……周りのイメージとは、ほんのちょっとだけ、違った物だったのです。


(永琳……永琳……助けて永琳……)


(暗いよ……怖いよ……一人はやだよ……助けて……タスケテ……)


 レイセンは自分の声を乱し、誰かに似せた声を出せると言う芸が出来ました。
 都の人気者だった頃に披露していた、芸の一つです。
 そしてその芸を、久しぶりにまた使うようになりました。
 その声を聞かせる相手はただ一人。
 毎日、毎日、上司である永琳に聞こえるように……いなくなってしまった、姫の声に似せて。


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230 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/07(日) 11:02:36.58 ID:qbKvk9zbo


(…………ふふ、今日はこのくらいにしといてあげようかしら)


 その効果は、まさに覿面でした。
 よっぽど似ていたのでしょう。永琳が涙を流す回数が、目に見えて増えて行きました。
 声の効果を実感したレイセンは、さらなる一手として、また誰かの声色を使ってとある噂を流しました。

 「八意永琳は輝夜の流刑に心を痛め、精神に支障を来たしてしまった――――」

 その噂を真に受けた兎達は、段々と永琳を怖がるようになりました。
 仕事も私用も関係なく、いつしか誰も、永琳に近づきすらしなくなりました。
 永琳はさぞ不思議に思った事でしょう。
 中には、目が合っただけでバッと逃げ出す者もいたくらいなのですから。
 

(あ〜、ほんとうに…………)


(………………ウケる)


 永琳が涙を流す数に比例して、レイセンはよく笑うようになりました。
 レイセンの笑いに釣られて、怯えた兎達も、レイセンがいる時に限り明るく振舞う事が出来ました。
 そうしていつ頃からか……もはやその職場に、永琳の居場所はありませんでした。
 皆「おかしくなった本来の上司・永琳」よりも、「明るくて頼りになるリーダー兎・レイセン」の言う事しか、聞かなくなっていたのです。

231 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/07(日) 11:14:11.38 ID:qbKvk9zbo


(ほら……あたし、頑張ったよ。一人前になったよ)

(あんたよか十分頼れるようになったよ……だからはやく……)

(いい加減……頂戴よ)


 あの手この手で永琳の評判を落とし続け、逆に自分の評価を上げ続けたレイセン。
 ある日レイセンは、ふと気づきました。
 今のこの状況は、「都で人気者だった頃とおんなじだ」と。

 少々の無理を言っても、周りはレイセンの言う事を拒みません。
 少々サボっても、もはや誰も咎めたりはしません。
 レイセンは取り戻したのです。かつてのあの称賛と羨望と、ほんの少しの妬みが混じった生活を。



(キッ…………タァァァァーーーーッ!)




 しかしそんな生活も、長くは続きませんでした。




(業務連絡! 玉兎各位! 業務連絡――――)


(我らが永琳が――――ついに”地上に落ちる”んですって!)




――――もっと嬉しい出来事が、起こったからです。

232 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/07(日) 11:27:03.44 ID:qbKvk9zbo


(飛車に細工して、証拠でっちあげて、偽装の報告書作って……ふふ)

(我ながら完璧すぎる計画だわ……これで永琳も、罪人確定ね)


 ある日、永琳の下へ、月の有力者から直々の直命が下されました。
 その内容は――――”輝夜姫を迎えに行く事”です。
 その命は月の中でも最重要任務として扱われ、よって面子には、永琳のような名の通った月人のみで構成されました。

 「かつて禁忌を犯した輝夜姫の罪が、ついに許される時が来た」。
 永琳は久しぶりに、笑顔を取り戻しました。
 そんな永琳を見て、レイセンも一緒に笑いました。


(ケケ……ただで帰ってこれると思うなよ…………”裏切者”)


 レイセンは早速行動に移しました。
 表向きは頼れる玉兎の長として。裏では月人を陥れる工作員として。
 二つの顔を器用に使い分け、誰にもバレぬまま、着々と事は進んでいきました。
 レイセンの計画は、気持ち悪いくらいに順調でした。
 そして、そんな気持ち悪いくらい順調なままに――――ついに実行に移す時が、やってきました。


(グッバイ永琳! 気が向いたらまた話題に出してあげる!)

(地上に落ちた元・月人は、穢れた地で原人同然にまで落ちぶれました――――ってさ!)


 名のある月人のみで構成された「姫の送迎人達」は、盛大な見送りを受けながら、穢れた地へと旅立っていきました。
 レイセンはその様子を、”月の瞳”と呼ばれる大きな望遠鏡から覗いてました。
 形式上は事の一部始終を見守る後見人としてでしたが、もちろん本来の目的は違います。
 レイセンはじっと気を伺ってました。
 飛車に仕掛けた罠を動かす、その機会を。 



(…………なにこれ)



 そしてその結果は、結論から言うと――――”大・成・功”でした。
 さらにはその企みは、最後まで誰にもバレぬままでした。
 誰にも見つからず、望むままに、最良の結果だけを得る。
 レイセンにとっては、これ以上はないくらいの快挙でした。
 

 が、それには一つ、とある理由がありました――――
 レイセンが”罠を作動させなかった”からです。

233 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/07(日) 11:43:28.59 ID:qbKvk9zbo


(なんなのよ…………これ…………!)


 直前で思いとどまった……わけではありません。
 単純に”使う必要がなくなった”からです。


(なに…………してんだ…………アイツ…………)



(何………… し て ん の よ ッ ! )



――――得てして、レイセンが長きに渡り励んだ努力の結果。
 それはそっくり、レイセンの願うままに叶いました。
 本来なら喜ばしい事でしょう。
 しかしレイセンの心には、そんな嬉しい気持ちは微塵もありませんでした。



(たっ大変だ! 誰かッ! 誰か来てッ!)


(永琳が謀反を起こした……! 本当だ! 嘘じゃないッ!)


(ほら、これッ! 誰か早く、これを見――――)





(―――― ひ ぃ ぃ ッ ! )




 願いが叶った結果、得られた物は――――
 瞳に棲み着く”鬼”でした。


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【戌】


234 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/07(日) 12:13:26.32 ID:qbKvk9zbo

レイセン「――――その後の月はもう、前代未聞の大パニック」

レイセン「お偉いさんから下っ端まで、連日てんやわんやの阿鼻叫喚よ」

薬売り「そう……でしょうな」

レイセン「やれ誰かが降格になっただの、やれ責任問題がどうこうのだの……ま、その辺は言われなくても想像つくわよね」


 嘘から出た真とはまさにこの事か……
 レイセンが永琳を陥れる為に吹聴して回った「嘘」が、よもや現実の物となろうとは。
 それもただの事実ではない。
 永琳が起こした現実は、レイセンの好き勝手な嘘よりも、より一層奇怪千万であったのだ。


レイセン「もちろん番兎達も死ぬほど探し回ったわよ。みんなで休みなく、目を真っ赤にしてさぁ」

薬売り「それは……元からじゃないですか」

レイセン「アホ、そっちじゃなくて瞼の方よ。人間だって、疲れてると瞼が腫れたりするでしょ?」


 まぁ、だろうな。
 お江戸なら関わった者共がまとめて切腹に処される事態じゃ。
 まさに織田信長公を討ち取った明智光秀が如く。
 いや、この場合……女子供までもを手に掛けた、信長公の比叡山焼討ちが如くだな。


レイセン「でも……そうやって瞼を閉じる暇もなかった兎達の中で、一羽だけ瞼を”開く方が少なかった”兎がいた」

レイセン「目を閉じ、耳を閉じ、今もこうして口まで閉ざしている兎が一羽……」


 信長公の過剰極まる”攻め”を知る者は、後に公をこのように揶揄したと言う。
 「鬼」――――近しい者にとって、公は、人ならざる何かにして見えなかったのだろう。
 そんな信長を同じく焼き討ちの目に合わせたのが、かの有名な明智光秀なのだが……
 ひょっとすると光秀は、公を本気で”妖の類”と思っていたのかもしれんな。



レイセン「――――それが」



うどんげ「…………」



 この黙す兎と、同じように。
235 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/07(日) 12:24:01.13 ID:qbKvk9zbo


レイセン「さあ、いよいよ大詰めよ薬売り。兎の理、余す事なく全部知って頂戴」

レイセン「そして……”とっとと斬って”。あたし達を隔てる、この憎らしい”壁”を、さ」


 大がかりな芝居まで用意して、この玉兎が本当にしたかった事。
 それはやはり――――”一つに戻る事”であったのだ。
 ひょんな事から、二つに分かれし「鈴仙」と「レイセン」。
 一羽の兎を引き裂き、別れさせ、ほぼ別人までに仕立て上げたのは、やはりあの時の”鬼”の仕業であったのだ。



薬売り「幕が閉じてから……ね」



 しかもその鬼は決して死なぬと来た。
 不老不死の体をひっさげ、永遠に存在し続ける事が、残念ながらすでに決まっておるのだ。
 さもあれば、兎が揶揄せし壁はまさに――――「恐怖の壁」。

 果たして、数多のモノノ怪を払いし退魔の剣は……斬れるのであろうか。
 恐怖と名を変えた、「永遠」を。



【鈴仙の半生・第三幕】
236 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/07(日) 12:24:37.12 ID:qbKvk9zbo
すいませんまた途中で寝てしまいました
本日は此処迄
237 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/07(日) 12:48:45.53 ID:qbKvk9zbo
>>234

誤字修正

× 「鬼」――――近しい者にとって、公は、人ならざる何かにして見えなかったのだろう。

〇 「鬼」――――近しい者にとって、公は、人ならざる何かにしか見えなかったのだろう。
238 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/07(日) 20:02:54.68 ID:DaSIkE2io
永琳怖え
239 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/08(月) 12:36:52.63 ID:jeQsKKBRo
乙ですよ
240 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/08(月) 18:57:21.04 ID:p33aK2KhO

あまり知られてないけど永琳の皆殺し事件は公式設定なんだよな
241 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/08(月) 19:03:26.12 ID:0T/wceXQo
うどんげは自分で永琳嵌めたけど想像以上の結果を引き起こしてビビっちゃったってこと?
242 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/09(火) 17:22:48.04 ID:fneuULMXO
東方って妙に暗い設定多いよなぁ
幽々子とか早苗とかフランとか
243 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/12(金) 19:21:34.65 ID:scudlLjvo


(にしても永琳もバカな事したわよねぇ……なんだって、あんな大それた謀反を起こしたのかしら)

(賢すぎると逆にああやって狂っちゃうのかなぁ? だったらあたし、ずっとこのままでイイ〜)

(ね――――…………依姫様)


 永琳が起こした事件の余波は留まる事を知らず、依然として月を混乱の渦に落とし続けていました。
 連日の徹夜がたたり体を壊す者。責任を取り辞職する者。働かせすぎだと抗議する者。etc……
 その影響は直に一般都人にまで広まり、噂がさらに噂を呼び、都は直、真実と嘘の入り混じった混沌な世へと変貌せしめます。
 
 そんな混沌と化した月の都でしたが、唯一一人だけ、混沌とは無縁の者がいました。
 【綿月依姫】――――八意永琳の役職を引き継いだ、八意永琳同様の位高き月人の一人。
 そして同時に、”レイセンの新たな飼い主”でもありました。

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244 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/12(金) 19:36:26.17 ID:scudlLjvo


(そいでさぁ、知ってる? 穢れた地の連中ったらまだ――――)


 新たな飼い主を得たレイセンは、未だかつてない程に増長をし始めました。
 混沌の最中、自分だけが混沌とは無縁の安心感。
 新たな飼い主の力で、自分だけが庇護される優越感。
 月を覆う未曾有の事態の中で、自分だけが月人に近い待遇を受ける選民感。
 レイセンだけに訪れた数多の特別待遇は、一匹の兎を怠惰の穴に落とすには、十分過ぎる程重い物でした。
 

(穢れた地に住んでるだけあって、脳みそまで穢れてんのよ! あの連中ったら!)


 怠惰に溺れ、連日遊びほうける日々を送るレイセン。
 遊んでも遊んでも埋まる事ない暇は、直に、レイセンの中に一つの”趣味”を与えました。


(ねッ!? ウケるっしょ!? ……っとオヤジィ!)

(中身ねーぞオイ! おかわり! もう一杯!)


 ――――”お酒”です。
 地上の話を肴に呑むお酒は、どんな高級酒にも勝る極上の美酒へと変えたのです。



【酔】
245 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/12(金) 19:50:22.79 ID:scudlLjvo


(そんな獣同然の暮らしぶりに、なんか知らないけど、隠居暮らし的な憧れ持っちゃってたんじゃないの?)


(キャッハッハ! ほんと、バッカじゃないの〜〜〜〜!)


 当時の情勢も手伝ってか、レイセンが語る地上の話は、月の都でも大ウケでした。
 ただでさえ穢れた地と禁忌扱いされる地上。
 さらにはあの永琳が、月を裏切ってまで逃れたあの場所は――――「一体どのような所なのか」。
 
 皆、内心興味があったのです。
 だから皆、アッサリ信じました。
 何を隠そうレイセンは、その地上を監視する「月の番人」の一人だったのですから。


(え〜まじぃ? こいつらみんな、あたしの客?)

(キャッハッハ、ウケる! 揃いも揃って、暇人すぎぃ〜〜〜〜ッ!)


 いつしかレイセンの足は、呑む為ではく、語る為に運ぶようになりました。
 最初こそ口だけの単純な喋りでした。
 それが段々と小道具を扱うようになり、場所を選ぶようになり、告知のビラを刷る程になり――――
 いつの間にか本人ですら収集が付かないほど、その人気は膨れ上がっていたのです。


(じゃあ明日はぁ〜〜……穢れた民の使う遅れた道具の御話!)


(わかりやすいように人形劇にしてあげる! じゃあ明日、この時間、同じ場所ね!)


 そんな流行の真っ只中にいたレイセンでしたが、それでもお金は取りませんでした。
 代わりに、お酒を要求しました。
 高いお酒じゃなくても構いません。何でもいいからお酒さえ持ってくれば、レイセンは誰でも受け入れました。

 気づけばそこには、レイセンが望む以上のお酒が並んでました。
 たかが酒の一本や二本。それでも寄ってくる人数が増えれば、その数は倍々的に増加します。
 人々は知っていたのです。この兎は、呑めば呑むほど面白くなると。
 人々は知らなかったのです。自分達が持ってきたお酒は、全部その場で飲み干されていた事を。



(ウェェェェ〜〜〜〜イッ!)



 毎日毎日浴びるように呑み、まるでお祭りのように騒ぎ立てるレイセン
 そんなレイセンを好意的に見る人。心配そうに見る人。羨む目で見る人。妬む目で見る人……
 レイセンの生活は、またしても元の鞘に戻りました。
 皆の関心を一手に受ける、都の人気兎の地位に、見事なまでに返り咲いたのです。


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 そうしてまたも数多の注目を集めたレイセンでしたが……
 ですがみんな、”今度は”肝心な事が見えてませんでした。


(絵もやった。人形劇もやった。じゃあ後は…………)



(…………そうだ! 次は紙芝居にしよう!)



 レイセンが、”何の為にこんな事をやっているか”です。


246 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/12(金) 20:07:07.61 ID:scudlLjvo


(そうして愚かな地上人は正義の月人に成敗され、二度と立てつくことはありませんでした〜……)

(めでたし、めでたし)


 レイセンの語る話には、ある一つの特徴がありました。
 それは、全てが”地上をこき下ろす内容”だった事です。
 レイセンは話に必ず一文を加えました。
 「穢れた地は、その穢れを月にまで蔓延させようとしている」。
 レイセンの創作話は、それを前提にして組み立てられる事が多かったのです。


(――――かぁぁ〜〜〜ッ! 仕事後の一杯って最ッ高〜〜〜ッ!)


 幸か不幸か、かつて八雲紫が月を攻めた事も手伝い、月人にとっては非常にリアリティのある話となりました。
 そして最後は必ず月側が勝つ……
 月人はそれを「月の賛美」と捉え、より新たな賛美を日々要求しました。


(おっしゃあ! じゃあいっちょ、新作作るか!)


(やるわよ〜! 前よりも、あっと驚く痛快劇ね!)



 新たな話を毎日創作し続ける事は、本物の噺家にとっても大変な重労働です。
 ですがレイセンは、それでも欠かさず、守り通しました。



(広めなきゃ……もっともっと、穢れの恐れを広めなきゃ……)



 そうする事しか、知らなかったからです。



(じゃないと……”鬼”に見つかってしまう……!)



 その身に焦げ付いた恐怖から、眼を逸らす術をです。


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247 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/12(金) 20:22:31.41 ID:scudlLjvo


(……やばい)


(完全に……ネタ切れだ)


 あの手この手で地上を蔑みこき降ろし続けたレイセンでしたが、そんなレイセンにもついに限界が訪れます。
 話のネタがない――――それはちょうど、永琳起こした事件が、ようやっと落ち着いて来た頃でした。
 

(え……これだけ?)


(ちょ、ちょっと待って……明日は……もっとおもしろい”お話”用意してくるから……)


 平穏を取り戻した都の変わり様は、同時に流行の変化の訪れでもありました。
 賛美ながらやや過激なレイセンの話は次第に求められる事が減っていき、逆に静かでほのぼのとした小話が都で流行り始めます。
 その結果……あれほど満員御礼だった人々は、まるで神隠しにでもあったかのように、一人、また一人といなくなっていきました。


(告知……したわよね?)


(なんで……なんで、誰もいないのよ!)


 流行の変化とは残酷な物です。
 あれほど兎を持て囃していた人々は、ものの見事に、影も形も消え失せました。
 仮にこれが、本物の噺家ならどうだったでしょう。
 ひょっとすると、同情したファンが根強く支え続けてくれたかもしれません。

 ですがレイセンには、そんなファンすらいませんでした。
 ブームが過ぎたレイセンのその後など、誰も気にしてさえいなかったのです。



(や…………ばい…………)



 それが何故かと問われれば……人々は揃ってこう答えます。
 「だってありゃ、依姫様ン所の飼い兎でしょ――――」
 レイセンにはいつだって、帰る場所があったからです。



(やばいやばいやばいやばいやばいやばい――――!)



 レイセンには、死活問題でした。
 ウケる話が出てこない。話がウケないとお酒が貰えない。
 お酒がないと酔えない。酔えないと目をそらせない――――
 あの時、地上から自分を見ていた、鬼の目から。



【危機】


248 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/12(金) 20:53:42.43 ID:scudlLjvo

(見つかる……見つかる……見つかる……)


(見てる……来る……仕返しされる……)


(来る……来る……鬼が……来る……!)


(――――カッ! カッ! カッ! カッ!)


 その時から、レイセンは変な息切れを起こすようになりました。
 カッカッカと、まるで笑い声のような、息の詰まった乱雑な吐息です。


 その原因は明らかでした――――お酒です。



(カッ! カッ! カッ! カッ――――……)



 毎日大量に飲み続けたお酒が、ある日急に断たれたら、一体どうなってしまうでしょう。
 答えは一目瞭然でした。
 そしてそれは、兎にも当てはまりました。
 静かに落ち着いていく都と引き換えに、レイセンの心身だけが、激しく乱れていきました。


(お願い……カッ……お酒……お酒頂戴……)


(ほんの少し……カッ……ほんの一滴でいいから……)


 あからさまなレイセンの異常に、見かねた飼い主が都中の医者を呼び寄せます。
 月は文明大国です。ですので、医者は余るほどたくさんいました。
 しかし、病気を一瞬で治すほど優れた医者など、月の歴史を紐解いても、ただの一人しかいませんでした。



(ひいいいいい! い、医者ッ!?)



(く……来るなァーーーーーッ! 寄るなーーーーーッ! 誰も近づくなァーーーーーッ!)



 そしてその唯一の医者こそが、レイセンの異常の原因だった事は……
 最後まで、誰にもわかりませんでした。


249 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/12(金) 21:10:45.06 ID:scudlLjvo


(かッ…………かッ…………か…………)


 病状の果てに、ついに外出禁止令まで出されたレイセン。
 与えられた病室にあった物は、頑丈な壁。窓には鉄格子。外側だけしか鍵がかけられない扉……
 
 どう見ても、牢屋でした。
 しかし別にレイセンは悪い事をしたわけではありません。
 その部屋の真相は、またしても、レイセンだけに与えられた特別扱いだったのです。


(か…………か…………)


 それは、レイセンの【狂気を操る程度の能力】を危惧した月側の、苦肉の策でした。
 生半可な部屋では簡単に抜けだされてしまう。
 かと言って、見張りをつければ乱されてしまう。
 そして何よりも、狂気を操る”レイセン自身が狂ってしまっていた”とあれば、月も迂闊に手を出せなかったのです。


(………………)


 自らの持つ力のせいでまともな治療も受けられないまま、お酒の猛烈な依存症状に苦しめられ続けるレイセン。
 日々奇声を挙げ、爪が割れるまで壁をひっかき、落ち着いたかと思えばビクビクと痙攣を繰り返す。
 そんな姿にかつての栄華の影もなく、もはや一匹の獣同然でした。


 医者は飼い主に言いました。
「大丈夫。これは一時的な離脱症状。山場を越えればまた、回復に向かいます」と
 飼い主は医者に言いました。
「自分が甘かった。永琳様の置き土産だからと甘やかしていた。これからは兎達を厳しく躾けるとしようと」と。


 確かに、お酒の病気を治すには断酒しかありません。
 しかしレイセンの心に巣食う”鬼”から逃れるには、お酒しかない事を、二人は知りませんでした。
 故に、「時間を掛ければ治るだろう」と言う二人の目論見は、後に最悪の結果を招きます。
 時間を掛ければかけるほど、レイセンの心は押しつぶされていくのですから。


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250 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/12(金) 22:00:21.90 ID:scudlLjvo


(カッ……カッ……カッ……)



(カッ―――― カ ッ ! )



 日に日に衰弱していくレイセンは、もはや自力で立ち上がる事すら困難な状態になっていました。
 あれほど瞬足だった足はただ震えるだけの棒になり、あれほど饒舌だった口は、もはや声すらもまともに発する事ができません。
 体の至る所が自分から逃げていく……四肢の一つ一つが自分に背を向ける。
 まるで、「自分の中の誰かが勝手に動いている」。そんな感覚に苛まれるようになりました。



(…………える)



 しかし言う事を聞かない体の中で、一つだけ、まだレイセンに忠実な部位がありました。
 ――――耳です。
 兎特有のピンと張った耳だけが、唯一、忠実に役目を果たし続けていました。


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 日に日に弱っていく体と反比例するように、レイセンの耳は、日々研ぎ澄まされていきました。
 元々鋭かったレイセンの耳でしたが、何故でしょう。
 弱る度により遠く、より鮮明に磨かれていきます。

 原因はわかりません。
 ただその時のレイセンは、「死せる間際のなんとやら」。
 火事場の馬鹿力のような物だろうと、一人でそう、勝手に思い込んでいました。



(聞…………こえる)



 分厚い壁の向こう。
 建物の外。
 道行く人々。
 数十里離れた場所。
 そこからさらに遠くの屋内――――

 レイセンの集音感覚はドンドンと研ぎ澄まされていき、直に、常に何かの音が聞こえるようになりました。
 溢れる程に飛び込んでくる音の群れ。
 静かな密室のはずが、まるでかつてのような、どんちゃん騒ぎの真っ只中のようです。



(聞こえる…………声が…………聞こえる…………!)



 原因はやはりわかりません。
 しかしレイセンは、その五月蠅すぎる音に、一つの救いを見出しました。
 そうやって五月蠅く騒ぎ立てる音だけが、レイセンの気を紛らわさせてくれたからです。


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251 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/12(金) 22:33:01.14 ID:scudlLjvo


(な…………に…………?)



 そして研ぎ澄まされ過ぎた耳は、ついに――――
 堕落へ誘う運命の声をも、拾ってしまいます。



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(だ…………れ…………?)




 その声は――――紛れもなく”穢れ”の混じった声でした。



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(地球は…………青…………かった…………?)




 そして穢れた声は、一言――――こう言いました。







【だが神はいなかった】






 「あ”あ”あ”あ”あ”――――」
 レイセンの心は、ついに限界を迎えました。


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【亥】


252 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/12(金) 22:37:04.40 ID:scudlLjvo
風呂
253 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/13(土) 01:36:26.34 ID:c7/SmhYwo
寝る
続きは明日
254 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage ]:2017/05/13(土) 03:12:32.43 ID:G/vfDWeHo
乙乙
255 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/13(土) 03:33:01.24 ID:hsMcz/j0o
乙 楽しみ
256 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/13(土) 22:25:41.91 ID:c7/SmhYwo


レイセン「何とかかんとか号……なんだっけな。ちょっとその辺うろ覚えだけど」

レイセン「でも、あたしはその時確かに聞いた……あれは紛れもなく、穢れ人の声だった」

薬売り「地上の人々が長年の時を経て、ついに月へと踏み出す術を編み出した……」


【飛躍】


レイセン「それは同時に月に穢れが振りまかれる事を意味していた」

レイセン「月の根底を揺るがす大事件だと思った……でも、誰もあたしの話を聞こうとしなかった」



(――――本当よ! 穢れ人が月にやってきた――――聞いたのよ! 声を!)


(――――このままじゃ月まで穢されてしまう……! お願いよ! 速くみんなに知らせて!)



レイセン「当然よね。だって、あたしが言った事だもん」

レイセン「穢れ人は頭も穢れてるから原始人同然の生活をしている。だからあいつらは、ずっとあのままなんだ。ってさ……」



(――――こんな事してる場合じゃないのに……なんで……なんでだれも…………!)



薬売り「ましてやその時の貴方は」

レイセン「呂律もロクに回ってなかったでしょうね……あんときゃあたし、完璧にアル中だったしね」

レイセン「それに案の定、ハッキリと聞こえたわ」



(――――嘘なんか……言ってない……!)



レイセン「内緒話のつもりだったんでしょうけど……”レイセンは精神に支障を来たしている”。そんな噂話が、そこかしこからね」

薬売り「因果な物です」

レイセン「本当にね……本当に……”因果応報”って感じ」



【因果ノ鎖】
257 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/13(土) 22:42:35.08 ID:c7/SmhYwo


レイセン「月が穢されれば、当然そこにいるあたしも穢れてしまう」

レイセン「月が死ねば、当然あたしも死んでしまう」

薬売り「しかしどこにも逃げ場はなかった」

レイセン「目をそらし、なかった事にすらできなかった」

薬売り「だから、乱した」

レイセン「全ての逃げ道を塞がれたあたしが、逃げれる場所は、ただの一つしかなかった」



(――――ハハ…………なんだぁ…………)


(――――最初から…………こうすればよかったんじゃ〜ん…………)



レイセン「あたしの中に――――切り落とされた”眼”だけが、溜まっていった」


薬売り「逃げたのは……自分自身から」


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【幻視】

258 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/13(土) 23:24:49.57 ID:c7/SmhYwo

 その瞬間、レイセンを蝕んだ全ての病状は、一気に成りを潜めました。
 震えは止まり、足は直立を取り戻し、口はかつてのような饒舌を存分に捲し立てます。
 久しぶりの健康は、なんとも言えぬ格別の気分でした。
 この心を満す軽やかな爽快感は、まるでお酒をたくさん飲んだ時のようでした。


(…………行こう)


 そうしてしばらくの爽快に浸った後。
 レイセンは、なんだか急に、ぴょんぴょん飛び跳ねたくなりました。
 それは、足が動く喜び……とかじゃなく、ただなんとなくそうしたいだけでした。

 レイセンはまず、イチニ・イチニと軽い体操をしました。
 その後に、スゥーっと大きく息を吸いました。
 「ハァ――――……」最後に、吸った息を全て吐き戻しました。
 


――――と、同時に。



【警報】【警報】【警報】【警報】

【警報】【警報】【警報】【警報】

【警報】【警報】【警報】【警報】

【警報】【警報】【警報】【警報】




【脱走・狂気之兎】


259 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/13(土) 23:31:22.63 ID:c7/SmhYwo


 レイセンは、縦横無尽に駆け巡りました。
 牢屋同然の病室から。
 新たな飼い主から。
 幾度となく通ったあの建物から。
 そしてついには――――生まれ育った、月の都から。



(不思議ね……あんなに怯えていたはずの、地上の青が……)



 元々月の番人だったレイセンにとって、追っ手を振り切る事など造作もない事でした。
 どの兎もレイセンの足には到底追いつけず、また仮に先回りできた所で、やはりレイセンの力の前にはなす術もありませんでした。
 そうして、あれよあれよと都の中心から離れていくレイセン。
 中心・郊外・僻地・最果て――――そしてあっという間に、辿り着きました。




(今は……希望の色に見える)




 そこは――――産まれて初めて足を踏み入れた場所でした。


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 その場所とは――――都の外。
 月の者が「表側」と呼ぶ、真っ新な大地だけが、そこには広がっていたのです。


260 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/13(土) 23:55:50.34 ID:c7/SmhYwo


(………………静か)



 月の表側は、それはそれは静かでした。
 レイセンにとっては初めての経験です。
 レイセンの耳を以てしても、何も聞こえない”真の静寂”が、そこにはあったのですから。



(何にも…………聞こえなぁ〜い…………)



 静寂は、全ての音をかき消しました。
 今頃必死になって探しているであろう追っ手の声。
 自分の噂話をしているであろう月人の声
 心配しているであろう飼い主の声。
 部屋の中で聞こえた、穢れ人の声。
 そして――――”自分自身の声”すらも。



(………………まぁ)



 月の表側は、もう一つ、とある法則がありました。
 それは「全てが軽くなる」事です。
 足元の小石を少し蹴とばしただけで、石はまるで、土煙のようにどこまでも漂っていきます。

 ふわふわと心地よさそうに浮いていく小石を見て、レイセンはふと思いました。
 この場所で、この何もかもが浮つく静寂の場所で――――
 もしも、自分の脚で、”思う存分跳んだなら”。



(気持ち…………よさそ〜…………)



 レイセンは、何も考えていませんでした。
 本当に、何も考えていませんでした。
 考える声も、月で過ごしたたくさんの思い出も、自分が最も恐れた顏さえも。
 脳裏によぎる全てが、目の前の単純な好奇心に上塗りされていきます。




(何やってんだ―――― や め ろ ! )




 何も聞こえませんでした。
 何も見えませんでした。
 だから跳びました。
 だから跳べました。




 それが――――穢れた地への落とし穴だとも、気付かずに。



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【子】
261 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/13(土) 23:56:50.19 ID:c7/SmhYwo
メシ
262 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/14(日) 00:01:18.18 ID:jNYsIBPPO
一旦乙
263 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/14(日) 03:09:20.73 ID:O7KGhXGYo


レイセン「そうして兎は自分から穴に落ち、二度と這い上がってこれませんでした……」

レイセン「めでたし、めでたし……ってか?」

薬売り「おや……終わりですか?」

レイセン「何よ、なんか文句あんの?」


 かつて幾度となく陥れ、あまつさえ姫君にまで手を掛けた玉兎。
 その自身による行いが、八意永琳を一人の鬼へと変えようとは、さすがの玉兎も思ってもみなかったであろう。
 そして玉兎は逃げ出した……自分の目に入る、全てから。
 

薬売り「いえ……てっきり、”落ちた後”も続く物だと思っていましたので……」

レイセン「あー……後日譚? 別に言っても良いけど、死ぬほどくだらないわよ」


 その結果――――
 自身が最も恐れた”鬼”と再び会いまみる事となるとは、これまた因果なものよの。


薬売り「折角ですから……是非」

レイセン「まぁ、じゃあ……なんでこいつがこんな所で薬師見習いなんてやってるかなんだけど……」

レイセン「わかる?」

薬売り「はて……薬師の道を志したからでは?」

レイセン「違うわよ。本音はこう――――」


レイセン「――――”怖かったから”よ。鬼に目をつけられないようにね」


薬売り「ああ……なるほど」


 身共も似たような経験がある故な。その気持ちはよ〜くわかるぞ。 
 運無き者が出くわすと言う山の獣――――熊。
 あの巨体から生える、鋭い牙や桑のような爪ときたらそれはもう……

 いやはや、まっこと恐ろしや。
 一度睨まれれば、体の芯から硬直してしまうあの感覚。
 できるならば、もう二度と味わいたくないものよの。


レイセン「自分が過去にしでかした事が、バレるのが怖かった……あたしにとって、八意永琳は鬼でしかなかった」

レイセン「だから下ったの。師匠と仰いで従順な”フリ”さえしてれば、とりあえず矛先は向かないだろうってね」

薬売り「その場凌ぎ……ですね」


 そうそう熊と言えば、皆の衆にも是非知っておいて貰いたい事がある。
 誰が言ったか「熊と出会ったら死んだふりをするとよい」との教え。ありゃ嘘っぱちじゃ。
 熊の目の前で横たわったが最後。
 熊はおぬしらをエサと認知し、あわや食われる運命を辿るのである。


レイセン「ね? 下らないでしょ。NGシーンはバッサリカットよ」

レイセン「終わりよければ全てよし……の逆」

レイセン「クソみたいな終わり方すると、”全部が台無しになる”」


 では真に正しき対処法は何か――――それは「目を合わせる」事じゃ。
 目をそらさず、じっと見詰めながら、決して騒ぎ立てず、徐々〜に徐々〜にと後ずさる。
 こうすれば「拙者は危害を加える生き物ではござらんよ〜」と、熊にそう知らせる事ができるのじゃ。
 熊はああ見えて賢き獣。相手が無害とわかると、むやみに襲ってきたりはせぬのだよ。

264 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/14(日) 03:21:04.41 ID:O7KGhXGYo


レイセン「そーよ、こいつはいつだってそう。何も考えずに思い付きで動いて、何もかもを台無しにするの」

レイセン「今だってそう。こんな夜中にここにいるのが何よりの証拠…………」

レイセン「こいつは、永琳と再会した時点から――――”逃げる事しか頭になかった”」


 そして根気よく距離を取り続け、十分離れた頃合いを見計らって――――”脱ッ”!
 ……何? 真偽に欠けるだと?
 おやおやおや、一体何を申すかと思いきや。
 身共がこうして無事な身でいる事こそが、真たる何よりの証ではないか。


レイセン「モノノ怪がみんなを匿っている? バカ言わないで。匿ってるのはお前だけだろ」

レイセン「薬師になって人の病気を治す? ふざけないで。治したいのは自分だけだろ」

レイセン「いつだって可愛いのは自分だけ……いつだって、守りたいのは自分だけの癖に!」


 そこまで疑うなら、自ら実践してみるとよいわ。
 まぁおぬし等のような平民風情の場合……ふふん。
 そもそも、山へ登る前に力尽きる気がするがの。
 

レイセン「さぁ薬売り――――これでわかったでしょ!?」


レイセン「あたしの形・真・理! 必要なもんはこれで全部見せたわ!」


レイセン「今こそ、その退魔の剣を抜く時よ! そして――――斬って!」


レイセン「かわいいあたしを二つに分ける、この境をさ!」



【懇願】

265 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/14(日) 03:31:03.68 ID:O7KGhXGYo

レイセン「さぁ…………」



【急】



レイセン「さぁ…………!」



【求】



レイセン「さぁ…………はやく…………!」


 
 過去の恐れから目をそらす為に生れ出た、悲しきもう一羽の玉兎。
 その分身が、語らぬ主の代わりに囃し立てる。
 「速く斬ってくれ――――」
 この分身がこうまでして望む事。
 それはただ、一つに戻りたかっただけなのだ。
 


うどんげ「…………」



 人は、どうしようもなく追いつめられた時。無意識の内にもう一人の自分を作ることがあると言う。
 身共からすればやや眉唾物の話ではあるが、しかし薬売りにとっては存外によくある事なのだとか。
 それは薬売りとしてではない。
 モノノ怪を斬る者として、”実際に経験した事のある”話……らしい。



レイセン「 は や く し ろ ! 」

266 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/14(日) 03:34:52.27 ID:O7KGhXGYo



薬売り「…………」


 内なる玉兎の心意気をしかと見届けた薬売りは、あえて返事を出さぬまま、無言のまま退魔の剣を突き立てた。
 チリンと剣の音だけが小さく鳴る。
 剣越しに見る分身の表情は、札を寄せ集めた仮の体にもかかわらず、「どこか嬉しそうな表情に見えた」。
 後にそう、薬売りは語っておった。



薬売り「…………では」



 して本来の玉兎の方は、未だ何も語らぬまま、膝を地に押し黙ったままであった。
 いや、この場合……むむ? 何やら、わけがわからなくなってきたぞ?
 この場合……”どっちが本当の玉兎”なのだ?



うどんげ「…………」



 まぁ、よいか。
 そんな事は後数刻もせずにわかる事。
 答えは薬売りの行動にある――――故に、ただ待てばよいのだ。
 薬売りが、事を起こすその時まで。



退魔の剣「――――!」




 そして――――薬売りは動いた。







(……………………は?)






 薬売りが出した答えは――――”剣を懐にしまう”であった。




【鈴】
267 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/14(日) 03:36:04.70 ID:O7KGhXGYo
本日は此処迄
268 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/14(日) 05:21:21.26 ID:ll/DjOVR0
ハズレか?
269 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/15(月) 18:03:46.06 ID:CvNTe7oGO
二次設定のはずなのに妙に説得力があるのはなんでだろう
270 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 21:55:29.54 ID:fw8gKZ+Qo


レイセン「…………何してんの?」

薬売り「何って……刀をしまっただけですが」

レイセン「いや、しまっただけですがじゃなくて……ふざけてんの?」

薬売り「ふざけてなどいませんよ……話を聞けとおっしゃるから、聞いたまでです」

レイセン「……真と理がいるっつったのは、お前だろーが!」


 薬売りは退魔の剣を袖の奥へとしまい、そしてそのまま、二度と表へ出す事はなかった。
 「道具をしまう」。それ自体は至極些細な行動ではあるが、それをされて鼻持ちならないのは当の玉兎本人。
 当然の如く猛った玉兎が、薬売りにあーだーこーだと怒涛の罵詈雑言を浴びせ始めるのは、ごくごく自然な成り行きであろう。

 そしてその全てを、右から左へ受け流す薬売り……
 全く、人の悪さは相変わらずじゃな。
 だったら最初から、そう言ってやればよかったのに。
 


薬売り「斬りませんよ……貴方はね」


レイセン「――――はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?」


 
 その場にこそいなかったが、何となしに想像はつく。
 どうせその時の薬売りはまた、いつぞやのような見下した顔つきをしておったのだろうて。

 なんだか……想像しただけで、段々とムカッ腹が立ってきたぞ。
 くぅ〜憎らしや。腹いせに「薬売りは玉兎の叱責に怯え、動く事ができなかった」。
 とりあえずこの場は、そういう事にしておこう。



【放棄】


271 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:12:29.15 ID:fw8gKZ+Qo


レイセン「人の話を聞かない奴だとは思ってたけど……まさかこの期に及んでまだ、そんな態度かましてくるとはね!」

薬売り「何をおっしゃいますか。ちゃんと聞いたじゃないですか……」

薬売り「貴方の、真と、理とを」

レイセン「だからそれは剣を……ああっ! い、イラつく!」

レイセン「ほら、あんたも黙ってないでなんとか言いなさいよ! 今あたしら二人、まとめてコケにされてんのよ!」


 わざわざ内から這い出てまで、二羽共々コケにされるとは……この内なる玉兎も、よもや露も思わなかったであろうて。
 確かに、聞いてくれと頼んだのは玉兎の方である。
 だがその経緯は、薬売りが「退魔の剣を抜く条件」を、あらかじめこうこうこうと伝えておいたが故であろうに……
 やれやれ、どこまでも厚顔無恥な奴よ。
 そうでもなければ、誰がこんな面妖な薬売りに”過去”を語るものか。


薬売り「それに……先ほどから話を聞けだのとおっしゃりますが」

薬売り「その言葉……そっくりそのまま、お返ししますよ」

レイセン「は……?」

薬売り「だって……ねえ? つい先ほど、申し上げたばかりじゃないですか……」

薬売り「斬るのは――――”幕が閉じてから”だと」



 クシャリ――――まるで薬売りの言葉に合わせるように、微かな擦音が過った。
 音の感じからしてそれは、何か薄い物同士が擦れ合う音である。
 してこの場における薄き物とは、現状ただの一つしかない。 



薬売り「芝居の準備はできましたか……”姉弟子様”」


レイセン「ウソ…………!」



 そう――――紙である。
 この内なる玉兎が、薬売りから借りた札を折り紙に変えたのと同じく、外なる玉兎もまた、同じ事をしていたのだ。
 「さっきまで呼吸に苦しんでいたとは思えない」と、薬売りは密やかにそう零した。
 夜分深くにも関わらず、見る者を思わず感嘆させる程に――――
 それはそれは見事な”紙の兎”が、玉兎の手元に出来上がっていたそうな。


 
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272 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:34:48.94 ID:fw8gKZ+Qo


うどんげ「カッ、カッカッ……カ……」


レイセン「鈴……仙……なんで……」

薬売り「おや、まだうまく話せませんか……?」


レイセン「か……が……か……」


薬売り「いいでしょう。ならば代わりに、口上を務めましょう」

レイセン「鈴仙…………何を…………」



 立ち上がりし玉兎は息も絶え絶えに、見るからに満身創痍であった。
 未だ言葉もロクに話せぬままであったが、それでもその意思は十二分に感じ取れたと言う。
 不自由な言葉の代わりとでも言おうか……その眼だけが、しかと伝えておったのだ。



薬売り「ここから先は……”客は一人でイイ”」

薬売り「ですね? 姉弟子様……」


うどんげ「か……が……」



 二つに分かれし御身の、”真なる理”である。



薬売り「こなた、月から舞い降りし兎あり」

薬売り「こなた、月を見あげし兎あり」



レイセン「何を――――」



薬売り「こなた、鬼に怯えし兎あり」

薬売り「こなた、鬼に居所を求めし兎あり――――」




――――同じ身を持ち、同じ心を宿したとて、目指す標は決して同じではなく。
 違えし標に駆けたとて、いつしか戻るは元の鞘。
 それは、現世が孤を描く故。
 輪廻転生の如く、永久にめぐるが運命が故――――




【鈴仙の半生・第四幕】


273 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:58:56.65 ID:fw8gKZ+Qo


(ふんふんふ〜ん……)


 昔々、ある所に、一匹の兎がいました。
 兎は兎らしく、跳んだり跳ねたり、たまに耳をツンと立てて何かを聞いたりしていました。
 傍から見るとただの兎です。といっても、兎はそこに住まう兎ではありませんでした。
 兎はその実、遥か遠い土地からやって来た、所謂迷い兎だったのです。


(…………ぬおっ!? なんだこりゃ!?)


 見知らぬ地にアテなどあるはずもなく、兎はただただ迷い続けました。
 兎は兎らしく跳んだり跳ねたりしているかと思いきや、実は右往左往しているだけだったのです。 
 しかもその間、まともに食事もとっていませんでした。
 当然です。他所から来た兎には、何が食べれる物かすら、わからなかったのですから。


(え、ええ〜……こんな所で土座衛門とか……)


 そんな日々を送っていた兎には当然、すぐに限界が訪れました。
 パタリ――――糸が切れた人形のように倒れ、そのままピクリとも動かなくなりました。
 しかしながら、兎は動けないながらも、ハッキリと感じました。


(もしも〜し、人間や〜い)


(人間…………人間?)


 「死ぬ」――――何をどう考えても、それしかありませんでした。
 しかし兎は、死を拒むどころか、無抵抗なままに受け入れようとすらしていました。
 それは自分の不摂生のせいでもあり、自分が健康を顧みなかったせいでもあり、自分がしでかした罪のせいでもある。
 「自分が死ぬのは当然の事」。兎の心には、そういった考えが根付いていたのです。



(いや、違うわね……ていうか、これ……)


(…………兎?)



 しかし運命は、兎に死を与えませんでした。
 死に限りなき近い状態でありながら、それでも寸での所で回避できたのです。


――――偶然そこに居合わせた、もう一人の兎の手によって。


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274 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:00:18.38 ID:fw8gKZ+Qo
メシ
275 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 00:53:08.90 ID:PrSgG1Elo


――――兎が再び目を開いた時、その瞳には視界いっぱいに天井が映っていました。
 空を覆う黒塗りの壁。月を隠す天の蓋。
 なのに何故か天井は、あの星々の煌めく夜空に負けず劣らずの、実に優雅なる天井でした。


(お、起きたかぁ)


(いやぁびっくりしたわ。まさか幻想郷に、あたし以外の妖怪兎がいたとはね)


 わけもわからぬまま、ぼーっと美しい天井に見とれていると、横からひょっこりもう一羽の兎が顔を覗かせました。
 今でもその時の顏はハッキリ覚えています。
 その時のもう一人の兎の顏は、こちらを見て、何故かニヤニヤと笑っていたのです。


(どこの誰だか知んないけど、ラッキーな奴ね。よりにもよって、医者の近くで倒れるなんてさ)

(もしかして……”急患”狙ってた?)


 どこか嘲りを感じる、気持ちの悪い不気味な笑顔でした。
 おかげで美しい天井を眺めるのに、とても邪魔だった事を、今でも鮮明に思い出せます。


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(ちょくちょくいるのよね〜。永遠亭の噂を聞きつけたまではよかったけど、竹林で迷ってぶっ倒れるおバカさんが)

(まぁそういうのを見かけたら見つけ次第拾ってこいって言われてるわけなんだけど……)

(近頃はそれを逆手にとって、わざと迷い人のフリする奴なんかでてきちゃってるのよね)

(あんたも……そのクチなわけ?)


 それでも、嫌悪感はありませんでした。
 兎は直観で理解したのです。
 この体を包むぬくもりに、額に乗った冷たい布綿。
 「この兎が、自分をここまで運んでくれたのだ」と理解するのに、時間はさして必要ありませんでした。



(て〜わけで、目を覚ましたら呼べって言われてるから、呼んでくるわね)


(ちゃんとお礼言うのよ……”お上りさん”)



 しかしながら、代わりに兎の正体に気づくまでには、随分と時間がかかりました。
 と言うのも――――兎の正体は、運び手だったのです。
 それは荷を運ぶのではありません。
 兎が運ぶのは、運命そのものだったのです。





(――――鈴仙……)





 知らなかったのかわざとだったのか、それは今でもわかりません。
 しかし兎は、本当にそっくりそのままの意味で運んできました。
 息も絶え絶えだった兎の前に――――永遠を生み出す「師」を。


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276 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 01:04:48.52 ID:PrSgG1Elo


レイセン「――――な、何を今更なのよ!? そんな事、言われなくても知ってるわよ!」

レイセン「そうよ……その時、よりにもよってあの永琳と再開してしまったせいで、あたしはいつも怯える日々を送るハメになった……」

レイセン「知らないはずないじゃない! だって、あたしはあんた、あんたはあたし!」

レイセン「いつも同じで、いつも同じ過去を送ったんだから!」

薬売り「……フッ」

レイセン「 何 笑 っ て ん だ ! 」


 薬売りの失笑に、敏感に反応する兎。
 その嘲りたっぷりの笑みは、怒りに値するのは重々承知である。
 しかしそれは誤解である。
 薬売りの笑みは、あくまで自分の記憶に向けられたものであったのだ。


薬売り「いや……失敬。少し、思い出しまして……」

レイセン「何を……だよ……」

薬売り「同じ時を過ごそうと、同じ景色を見ようと……互いの胸の内にあるものは、決して同じではなく」

レイセン「意味わかんねえ……んだよ!」


 まぁだからと言って、時と場所を選べと言う話ではあるが……
 余計な茶々は往々にして場を崩す。
 それは雰囲気だけではない。
 この場合に限っては、文字通り崩れるのだ。
 

薬売り「それに……あまり茶々を入れない方がイイ」

薬売り「無駄に間延びさせると……最後まで、聞けないかもしれませんよ?」

レイセン「ハ――――」




――――そっくりそのままの意味で。




レイセン「ちょ…………!」




【剥】



レイセン「あ、あたしの体が……!」




【剥】




レイセン(崩れていく――――!?)


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277 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 01:37:19.76 ID:PrSgG1Elo


薬売り「貴方様とて不本意でしょう……? 噺の途中で、消えてしまうのは」

レイセン「まさか……これが……!」



うどんげ「そう……して……体を……治した……兎は……」



薬売り「まぁまぁ、じっくり聞こうではありませんか……ひょっとしたら、わかるかもしれませんよ?」

薬売り「貴方が…………一体”誰”なのかを」



うどんげ「再会した……お師匠様と……姫に……」



レイセン「やめ――――」



――――こうして兎は、予想だにしない形で、かつての飼い主と再会しました。
 元の飼い主……元い八意永琳は、兎との再会に涙を浮かべて喜んでいました。
 兎にとっても、久しぶりに見る永琳の姿は、幸せだったあの頃のままでした。
 変わらないのは姿だけではありません。
 月にいた頃から有名だった薬師の手腕は全く衰えておらず、その証拠に、弱り切った兎の体をたった一晩で治して見せました。




レイセン「ろ――――」




 健康を取り戻した兎は、改めてその脚で永琳の元へと向かい、そして今度こそ誓いました。
 「ずっとおそばにいます、お師匠様」――――その言葉は、嘘偽りない本心でした。




【忠誠】

278 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 02:02:17.49 ID:PrSgG1Elo

 そこは、かつての故郷に比べれば、随分と質素な場所でした。
 巻割り、かまど、徒歩、収穫……等々、まさに文明のぶの字もない、原始的な生活そのものでした。
 けれど不満はありませんでした。
 不自由だらけな生活なのに、何故か、心からの自由を感じていたのです。

 いつしか兎は、自らの意思で永琳にこう言うようになります。
 「自分もあなたのような薬師になりたい」――――こう述べる兎に、永琳は快く受け入れました。


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 こうして、兎は再び、居場所を手に入れました。
 永遠を生み出す師の元で、永遠の一部となる弟子として。


レイセン「違う……あの時弟子入りを志願したのは……ただのその場凌ぎだった……」

レイセン「逃げ出す為に咄嗟に思いついたでまかせ……薬師なんて、ほんとはどうでもよかったはず……!」

薬売り「と、思っている割には、随分と熱心に勉強されてましたね……」

薬売り「夾竹桃なんて……薬師じゃなければ、ただの花なのに」

レイセン「なッ…………!」


 正式に弟子として入門し、いくつの時を経たでしょう。
 かつて、あれほど拒み続けた地上の生活が、いつしか兎にとって、なくてはならない物となっていました。
 変わらない日々、変わらない生活。いつまでも変わらない永遠亭――――。

 けれど、兎にとっては、それこそが幸せだったのです。
 変わらなくていい。
 「この幸せがいつまでも続きますように」。
 いつしか兎の心は、その思いだけが全てとなっていきました。


レイセン「そんな……なんで……なんでよ……鈴仙……」

レイセン「あんなに怯えていたのに……あんなに、目を背けていたのに……!」


薬売り「だとすると……これはあくまで……ひょっとしたらの話なのですが」

薬売り「もしかすると……”逃げ出したのは貴方の方”だったのでは?」


レイセン「は――――」


 けれどやっぱり、永遠なんて所詮儚い幻想でした。
 永遠の意味が「変化のない様」だとすると、やっぱりそんなものは存在しないんだと、兎は改めて思い知りました。
 よくよく考えれば当然でした。「過ごしたい永遠」と「成りたい薬師」。
 この二つは、変わると言う意味に置いて、全く正反対の物だったのですから――――。



【矛盾】
279 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 02:11:09.07 ID:PrSgG1Elo


(あたた……もう……てゐの奴……)

(毎日毎日懲りずに……一体、何が楽しいのかしら……)


 兎の毎日はほぼほぼ決まっていました。
 朝起きて、用事を済ませ、人里に薬を売りに行く。
 合間に余った時間を勉強に費やし、食事の支度をし、掃除をし、夜になれば床につく……そんな日々でした。
 そして目を覚ませば、また最初から繰り返しです。


(ほんと……いつまでもバカなんだから)


 時には疎ましい時もありました。
 特に、毎度毎度落とし穴を仕掛けてくるバカのせいで、随分まぁ無駄に頭へ血を上らせたものです。
 ですが――――穴に落ちる度に、兎は感じました。
 痛む尻。猛る声。穴から這い上がろうとする手。そして、穴から空を見上げる目……
 「自分はまだここにいる」。そう感じさせる程度に、穴は、繰り返される日々の中に走る生の刺激だったのです。


(お師匠様に……言いつけてやるんだから)


 ですが、兎が穴から空を見上げるのと同じように――――
 空から穴を見下ろす瞳があった事を、兎はすっかり忘れておりました。


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280 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 02:31:27.00 ID:PrSgG1Elo


(何よ……これ……)


 そんな日々が続いた後――――つい、こないだの事です。
 兎の元に、一枚の手紙が届きました。
 差出人の書いていない、出所不明の手紙でした。
 ですが、兎は手紙の主が誰であるのか、ただの一目でわかりました。



【召集令状】



 手紙の材質。封の切り方。中身の文字。その文体。
 全てが一致していました。
 かつて故郷にいた頃の――――”二人目の飼い主”とです。



【此度 都カラ逃亡セシ兎 
 ソノ行為ハ甚ダ遺憾ナレド 結果トシテ功績トナリキ故 此レヲ持ッテ全テヲ不問トス
 此度ノ所業 都ガ与エシ任ト置キ換エ 現時刻ヲ持ッテ ソノ任ヲ解カン】
 


(ふざ…………けンな…………!)



 兎は確信しました。
 かつて大罪を犯し、月から逃げ出した姫と師。この二人が、ついに見つかったのだと。



【長キ間ノ任 真大義デアッタ
 最早汝ヲ縛ル物ナシ 
 直ニ”迎人ヲ寄越ス”故 此レヲ持ッテ 直チニ都ヘト帰還セヨ】



 そして罪人を見つけ出した月の使者が、次にどのような行動を起こすのか……
 それはもはや、想像すらしたくありませんでした。



(何を…………今更なのよ…………)



(何を…………今…………更…………)




 してその原因が――――全て、自分のせいである事も。




【意訳】







【――――お前は逃げられない】


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281 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 02:34:51.72 ID:PrSgG1Elo


薬売り「なるほど……あの紙は、その時の手紙ですか」


レイセン「……知らない」


薬売り「月人にとって兎とは純粋なる配下。故にその管理も徹底していた……」

薬売り「と言いつつも、一体どのような手段で見つけ出したのかまでは存じません」


レイセン「知らない……」


薬売り「ですがまぁ、大体の想像は尽きます」

薬売り「だって貴方……”特別”だったんでしょう?」

薬売り「月の注目を一手に集める……”人気者”だったのだから」



レイセン「――――知らない! 知らない! そんな手紙、見た事もない!」

レイセン「あたしじゃない! それはどこか別の誰かの……あたし宛なんかじゃない!」



レイセン「あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない!
      あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない!
      あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない!
      あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない!
      あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない!
      あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない!
      あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない!」




薬売り「やれ、やれ……」



 その手紙が指し示すように、あくる日、見るからに胡散臭い一人の男が現れました。
 その胡散臭い男は自称・薬売りを名乗り、「自分はモノノ怪を斬る為に馳せ参じた」と言いました。
 ハッキリ言って、全く信用できませんでした。
 ですが、信用せざるを得ませんでした。
 何故なら、兎にとって最も信頼する人が、信用した男だったのですから――――。



【丑】


282 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 02:35:17.88 ID:PrSgG1Elo
本日は此処迄
283 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/17(水) 17:54:09.48 ID:DHj/bApEo
乙ですよ
284 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/20(土) 17:53:43.47 ID:vYXW/NBlo


レイセン「嘘よ……そうよ、こいつは”また”嘘をついている!」

レイセン「だってそうじゃない! あたしが斬られれば、あたしに封じ込めた”嫌な事”も全部元に戻ってしまう!」

レイセン「騙されないでちんどん屋! こいつはまたこうやって……嘘八百でこの場を凌ごうとしてるのよ!」

薬売り「何故嘘と……わかるんです?」



――――何から何まで一切信用できない薬売りでしたが、一つだけ、本当の事を言ってました。
 それは、”本当にモノノ怪が現れた”事です。
 モノノ怪は次から次へと周りの人々を攫います。
 にもかかわらず、薬売りは未だモノノ怪を斬れずにいました。



レイセン「”そーゆー奴”だからよ! 最初に言ったでしょ!」

レイセン「こいつはいつだって嘘ばかり……出まかせと口八丁でその場を凌ぐしかできない、ただの兎なんだから!」

薬売り「では何故……嘘をつく必要があるんです?」

薬売り「嘘であろうとなかろうと……結局、”剣は抜けないまま”だと言うのに」

レイセン「それは…………!」



 全く頼りにならない、本当にうさんくさいだけの男です。
 が、そんな役に立たない薬売りのおかげで……一つだけ、気づく事が出来ました。
 


薬売り「そういえば……最初にお師匠様がおっしゃってましたね」


(――――だったら出て行きなさい)


薬売り「ある意味……師の命を忠実に守ったと言えますが」


 
 それは――――「逃げる事」。
 モノノ怪がこの地で暴れまわっている間に、逃げて、逃げて、遥か遠くに逃げて――――
 ”月の迎えを永遠亭から遠ざける事”。
 それが今の自分にできる事なのだと、そう思いました。


285 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/20(土) 18:10:28.55 ID:vYXW/NBlo


レイセン「ふざ…………け る な ァ ァ ァ ァ ! こいつがこんな事、思うはずなんてないんだ!」

レイセン「いつだって自分だけが可愛い臆病兎! この機に逃げ出そうとしている逃亡兎!」

レイセン「それ以外に――――一体何がある!」


 逃げた先に、一体何があるのか。
 逃げた先に、どのような運命が待ち受けているのか。
 兎には皆目見当が付きません。
 もしかしたら、今よりずっと酷い目に合うかもしれません。
 


レイセン「それ以外に……ない……はずなのに……」



 ですが、それでもかまいませんでした。
 心から愛した永遠が、この先も保たれるなら。
 永遠が永遠のまま、ずっとそこにあり続けるのなら……
 例え自分がどうなろうと、何ら悔いはありませんでした。




薬売り「…………」




 そうして兎は、逃げ出しました――――永遠を守る為に。


 めでたし、めでたし。




薬売り「以上……ですかな」




 ご清聴、ありがとうございました。




【――――拍手】


【拍手】【拍手】【拍手】【拍手】

【拍手】【拍手】【拍手】【拍手】

【拍手】【拍手】【拍手】【拍手】



 玉兎の物語は、これにて終わった。
 自らの生涯を題材にした物語はまさに納得の出来栄えであり、その証に、薬売りもつい自然と拍手を送る程であった。
 身共とて、ついつい引き込まれてしもうわ。さすがは元・月の達者兎と言った所である。
 堕落と転落を繰り返した半生だけあって……話の結末すらも、無事落としたのだ。




【余韻】

286 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/20(土) 18:23:31.65 ID:vYXW/NBlo


薬売り「いやぁ、貴方も人が悪い……この期に及んで、こんな素晴らしい話を出し惜しみするだなんて」

薬売り「やっぱり、ちゃんとあったんじゃないですか……落ちた後の、続きが」

薬売り「……おや」


 しかしそんな素晴らしい話に、余韻を乱す”不服”を唱える者が、一人だけおった。
 その物言い屋は、声高らかにこう訴えた。
 「話が違う――――」

……なにやら、あらぬ誤解を招く表現である。
 その言い方だと、まるで玉兎が、この物言い屋から話を盗作したかのようではないか。



レイセン「なんで……! なんでこうまで違う……!」



【別個】



レイセン「同じ……兎なのに……!」 



【異同】



「同じ……”レイセン”なのに……!」



 まぁでも……そんなわけはないのだ。
 盗作か否か等、真偽を確かめるまでもなくわかる事。

 何故ならば、幕を開いたのも兎。
 語り始めたのも兎。聞いていたのも兎。
 不服を唱えるのも兎。実際に体験したのも兎……
 全ては、同じ兎による物なのだから。



【画然為る兎】

287 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/20(土) 18:34:20.89 ID:vYXW/NBlo


レイセン「あってたまるか……そんな事……ざけんな……ふざけんな……」

薬売り「…………」


 芝居・歌舞伎・能・芸事――――
 これらの見世物を楽しむ際には、やってはならぬ無作法が、一つある。
 それは、不平不満を吹聴するかの如く唱える事である。
 
 「つまらなかった」「時間のムダだった」
 そう思うのは各々の勝手じゃ。だがそれを聞かされる周りの身にもなってみよ。
 せっかくの余韻が台無しとなる……
 まさに「終わりよければ全てよし」の”逆”である。


レイセン「クソ脚本……ゴミ脚本……ホラ話……与太話……」

レイセン「勝手にオチ変えてんじゃないわよ……カス……死ねよ……マジ……」

薬売り「…………」


 作法と言うより、行儀だな。
 このレイセンを見よ。このような負の言葉を延々と聞かされる不快さは、まさに筆舌に尽くし難しであろう?
 隣に佇む薬売りも、まぁ災難である。
 これでは、余韻に浸る暇もなかろうて。



薬売り「そういえば……前からずっと気になっていた事がありまして」


レイセン「あ”……?」


薬売り「よい機会ですから……お伺いしても、いいですかな?」



 ……こいつに限っては、そんなタマではなかったの。



【疑問】


288 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/20(土) 18:40:02.00 ID:vYXW/NBlo


薬売り「貴方の名は鈴仙……それは周知なのですが……」

薬売り「そういえば……一人だけ、違う名で呼ぶ者がいましたな」



(――――すごいわうどんげ、とっても斬新だわ!)



薬売り「後弟子として、姉弟子様の名を知らぬのは、これまた失礼な話……」

薬売り「故に……お聞かせ願いたい」

薬売り「貴方は……”一体どちら”なのでしょう」



【レイセン】【うどんげ】
289 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/20(土) 18:50:46.34 ID:vYXW/NBlo


レイセン「うどんげ……そうだ、うどんげだ!」

レイセン「これこそがこいつが嘘ついてる何よりの証拠じゃない! だって、あたしに無断で勝手に改名しやがったのよ!?」


薬売り「無断……?」


レイセン「自分は鈴仙じゃない、うどんげだ」

レイセン「だからレイセンなんて知らない――――とでも、言いたかったのよ!」

レイセン「これこそ自分から目を背けたこいつの、何よりの証拠じゃない!」


薬売り「しかしどちらかに統一されず、両方の名が使われるのは何ゆえに」

薬売り「人は貴方を鈴仙と呼び、兎は貴方をうどんげと呼ぶ」

薬売り「これではただ……ややこしいだけだ」



 それは、簡単な話でした。




(――――これが……あたしの名前……?)


(――――いや、嫌とかじゃないんだけど……なんか……変な名前)




 誰かに、与えられた名だったからです。




レイセン「 嘘 つ く な ! 」


290 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/20(土) 19:01:09.31 ID:vYXW/NBlo


レイセン「知らない! そんなの知らない! そんな変な名前、あたしが受け入れるはずないじゃない!」


 そう、その名を最初に聞いた時は、「変な名前」以上の感想を持てませんでした。
 「うどんに毛? 意味わかんな〜い」
 当時の兎も、そう言ってました。


レイセン「それに、今更名を変えて何になる! ずっとレイセンだったのに! ずっとずっと、レイセンとして生きてきたのに!」


 「ださいから鈴仙のままでいい」
 当時の兎は、そう言い捨ててやりました。


薬売り「知らない物にはただの音……しかし知っていれば、その名は何より貴重な”花”となる」


 「だから鈴仙だっつってるだろ!」
 兎をうどんげ呼ばわりする因幡兎に、何度も声を荒げました。


薬売り「貴方は知らなかったんじゃない。貴方はただ、目を背け続けていただけに過ぎない」


 「いい加減にしなさ〜い!」
 何度注意しても、因幡兎はうどんげと呼び続けました。
 あまりのしつこさに、つい声を荒げましたものです。
 が、ですが……兎は決して、それ以上の事はしませんでした。



薬売り「貴方を心の底から怯えさせる……貴方の中だけの”鬼”から、ね」



 注意を諦めたわけではありません――――実は、”嬉しかった”のです。
 それは、”約束の証”だったからです。
 約束の証……それをしつこいくらい連呼される事に、その実、何よりの幸福を感じていたのです。



薬売り「知らないはずが……ないんですよ。それは、貴方がレイセンだった時の決め事だったのだから」



 ついつい昔のような憎まれ口を叩いてしまう程に
 ついつい無駄に声を荒げてしまう程に
 ついつい、一人でに飛び跳ねたくなる程に……
 兎の心は、歓喜の波に乱されていたのです。




薬売り「鬼は…………”約束を守った”」




 その日から――――兎の中から、鬼がいなくなりました。



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291 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/20(土) 19:42:21.25 ID:vYXW/NBlo


レイセン「そ……んな……嘘……よ……」

レイセン「だったら……あたしは……ずっとこいつの中にいた……あたしは……」

レイセン「こいつの”恐れ”を押し付けられ続けた……あたしは……一体……」


【問掛】


【我は誰なるや】



レイセン「――――カッ! カッ! カッ! カッ!」


薬売り「大丈夫ですか……随分、声が乱れておりますが」


レイセン「カ……カ……カ……」


 兎の声が、乱れ始めた。
 声はまるで喉を詰まらせたように濁り、音は乱れ、あれほど悠長であった声は瞬く間に咳と化した。
 カッカッカと、まるで笑い声のような咳である。
 が、薬売りはなんら不思議に感じなかった。
 そりゃそうじゃ。それと全く同種の物を、つい先刻聞いたばかりであったが故な。


薬売り「咳がひどい場合は、体を横にするといい……喉の奥が広がり、息が通りやすくなりますから」




うどんげ「――――もしくは、暖かい飲み物を飲むといい。乱れた気管を、ぬくもりが落ち着けてくれるから」




薬売り「おや……まぁ……」

薬売り「随分と……お詳しいですな」



レイセン(レイ……セン……)



うどんげ「当然よ……”あたしを誰だと思ってんの”」




【薬師・見習】

292 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/20(土) 19:52:41.20 ID:vYXW/NBlo


薬売り「最初から……知っておられたのですね……」

薬売り「自分の中に……”もう一人誰かがいる事”を」

うどんげ「なんとなくは気づいてた……でも、確信はなかったの」

うどんげ「だって、いくら呼びかけても……ずっと、無視され続けてたからね」

薬売り「それは……いけませんなぁ」


レイセン「カ…………ッ!」


 人はだれしも、思い出したくない記憶があると言う物よ。
 何らかの失態を犯した時。人前で大恥をかいた時。誰かに裏切られた時。身の毛もよだつ恐怖を感じた時――――
 それらを自在に忘れる事ができれば、一体どれほど、楽な事であろうなぁ。
 だが口惜しい事に、生きとし生ける物は、残念ながらそのようにはできておらぬのだ。


うどんげ「呼びかけても答えてくれない。面と向かっても目を合わせてくれない」

うどんげ「だから、わからなかったのよ……自分の中にいるのが、一体誰なのかを」


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薬売り「しかし今、ようやっと分かり合えた……」

うどんげ「あたしの中にいたのは……”あたし自身”だった」


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 故に生き物は、そうせざるを得なかった。
 苦しい過去を糧にするしかなかったのだ。

 過去の苦痛を経て、新たな存在に再生せんとする道。
 まさに修験が唱えし「疑死再生」の道――――。
 その道を選んだが故に、生き物は、今日における多種多様な存在に枝分かれしていった……のかもしれん。


293 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/20(土) 20:04:03.34 ID:vYXW/NBlo


薬売り「過去が置き去りにされたのではなく……過去の方が、自ら遠くへ逃げたのだ」

うどんげ「それはあたしを守るため……新しい兎になったあたしを、過去に縛り付けない為」


 兎が真に恐れる物――――それは、「見つかる」事ではなく「見つかってしまった」事にあった。
 紆余曲折を経てようやく得た安住の地が、再び亡き者になる恐怖。
 そして自身の進む道を照らしあげてくれた大恩に、意図せず仇成す形となった恐怖。



薬売り「過去は決して変わる事がない……それは、当の過去自身が深く存じていたから」


うどんげ「だから……知らなかったんだわ」


薬売り「兎が、真に恐れる物を」



 枝分かれせしもう一人の兎が、存じ上げぬのも無理はない。
 もう一人の兎とは、すなわち”月にいた頃”の兎。
 そして今の兎が取ろうとする行動は、過去の兎の理とは、まるで反転する”陰陽”だったのだから――――。




【真相】



【玉兎之理】

294 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/20(土) 20:16:35.29 ID:vYXW/NBlo


うどんげ「面倒かけたわね……薬売り」

薬売り「いえいえ滅相もない……」

薬売り「…………おや」



レイセン「カ…………カ…………!」



うどんげ「レイセン……」

薬売り「まだ……抗うと言うのですか」


 真実を突き付けられてなお、もう一人の兎は、抗う姿勢を崩さなかった。
 過去を否定すると言う事は、すなわち過去の自分をも否定すると同義。
 自分の存在そのものを乱す「否定」。
 ともすれば、自身を守るために……如何に苦しかろうと、拒み続けるしかなかったのであろう。



レイセン「う”ぞ…………だ…………カッ! 認め”……ナ”イ”…………!」



薬売り「致し方……ありませんな」



 しかしながら、もはやレイセンに術はなし。
 抗う気持ちと裏腹に、どうにもできぬ現実が、すぐ目の前に迫っておる。
 追いつめられた鼠は、時として猫を噛む事もあるらしいが……
 はたしてそれが兎だった場合――――”逃げる”以外に何ができると言うのか。


うどんげ「待って薬売り……”レイセンは置いていかない”」

薬売り「残念ながらその命は聞けません……貴方も、薬師の端くれならわかるはず」

薬売り「これはもはや……完全なる末期。このまま放置しておけば、”直にモノノ怪と化す”のは目に見えている」

薬売り「そうなる前に手を打つのが、この場における最善なのですよ」


うどんげ「…………」



薬売り「異論は……ありませんね?」



うどんげ「…………わかった」



 兎は鈴仙を一瞬庇おうとしたものの、薬売りの問いかけに、存外素直に身を引いた。
 兎は、理解していたのだ――――鈴仙は今、”モノノ怪になりかけている”。
 自らあふれ出る程の強き情念。してその発生源が他ならぬ自分自身とあらば……
 兎に異を唱える権利など、ありはしなかったのだ。



【決着】

295 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/20(土) 20:17:02.38 ID:vYXW/NBlo
本日は此処迄
296 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/20(土) 21:16:44.41 ID:AvIZ/txLo
自分と向き合うのは辛いよな
297 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/20(土) 21:28:00.60 ID:cwBtpuErO
乙です!
298 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/21(日) 07:22:04.40 ID:/9tLyFV9o
乙です
299 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/21(日) 14:14:59.49 ID:5G44u8ucO
もしかしてのっぺら意識してる?
300 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/21(日) 19:38:29.04 ID:eRuspO3go



レイセン「殺す”のガ……アダジを……?」



【急場】



薬売り「いやぁ、楽しませてもらいました……」

薬売り「さすがは元・月の人気者。あっしもついつい、最後まで聞いてしまいましたよ……」



【打込】



レイセン「姉弟子ノ”……ア”だジヲ”……?」



【後手】



薬売り「しかし肝心の貴方自身がわかっていなかった……何故に貴方の芝居が人を魅力するのか」

薬売り「それは……全てが真であったが為です」


レイセン「ア”…………?」


薬売り「わかりますか……? ”真”があったからこそ、貴方の織成す芝居は、鮮やかな色々に染め上がったのです」



【六死八活】



薬売り「それ故に……勿体ない。最後の最後で、”芝居は色を失った”」


 ”昨日今日会ったばかりのお前に何がわかる”――――兎は濁った声で、そう吠えた。
 確かに、赤の他人に知った風な口を聞かれる事ほど不快な物はないよの。
 それもそれも、見るからに胡散臭い男の、あからさまに見下した口ぶりとあらば……
 ったく、まっこと度し難い。
 何故にあやつは、ああも人の気を逆立たせるのやら。







301 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/21(日) 19:50:43.33 ID:eRuspO3go


薬売り「確かに、会ったばかりのあっしに、貴方の全てを理解できる道理はありませぬ」

薬売り「ただし……それが、”貴方をよく知る者”だったら、どうでしょう」


レイセン「は”…………?」


薬売り「過去から現在に駆けて、貴方の存在をよく知る者が……」

薬売り「”貴方はこう言う存在ですよ”と、あっしにこっそり教えていたとすれば……」

薬売り「意味合いは、少し変わります……」


 「誰だそいつは――――」兎はまたも、擦り切れそうな声でそう吠えた。
 自分を知る者を名乗る者が、自身の事を勝手に第三者に語っていたとあらばなおさらである。



【定石】


 だが、少なくとも身共は、その怒りにはやや賛同しかねるな。
 だって、そうではないか。よく考えてもみよ。
 別に、「悪口を言っていた」とは限らぬであろう?
 さもあれば、もしかすると……身共の事を陰ながら”讃えておる”かもしれぬではないか。



【大高目】



302 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/21(日) 20:30:53.90 ID:eRuspO3go


薬売り「貴方が恐れ敬う師・永琳……つい先刻、モノノ怪に憑りつかれ、どこぞの果てに消え失せた」

薬売り「しかしその顏はどうでしょう……苦痛に歪んでおりましたか? 恐怖に怯えておりましたか?」

薬売り「あっしにはとてもそのようには……まるで、”自ら望んで消えた”ようにすら見えました」



レイセン「望ん”デ……消え”ダ……?」



薬売り「永琳も、最初から知っていたんですよ――――貴方の事を、”もう一人の貴方を含めて”ね」



レイセン「あだジを”……知っでダだど……!?」



【相似】



薬売り「ともすれば、”未曾有の危機は絶交の機会である”とでも思っていたのかもしれません」

薬売り「まるで……この機に乗じて逃げ出そうとしている、貴方のように」



 確かに、あの時の永琳は、恐れる表情など微塵も見せておらなかったな。
 御身に無数の目が蔓延る最中にて。
 異形同然になり果てど、さりとてその姿勢は、最後まで「威風堂々」を貫いたままであった。
 「永琳程の賢人になると、恐れを跳ね除ける強靭な胆力が備わっておる」とも考えられるがの。
 が、あの場合は……”そもそも恐れる必要がなかった”と考えた方が、幾ばくか自然であろうて。
303 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/21(日) 20:31:46.61 ID:eRuspO3go



薬売り「そんな、貴方を深く知る永琳が、消える間際にあっしへ五つの示唆を託しました」

薬売り「それは、貴方を深く知る永琳をも深く知る、永遠亭の真の主からの教授でした」



薬売り「――――”姫君が残せし五枚の符”。そこに貴方の、答えがある」



レイセン「ズベル…………ガード…………?」



 そうそう永琳と言えば、これを忘れてはならなかったな。
 永琳が薬売りに託せし「符」は、別に姫君だけのものではなく、この幻想郷では広く知れ渡った常識なのじゃ。
 幻想郷に住まう者なら誰しもが持っておる物。故にその使い方も多種多様。


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 とは言いつつも、此度の符は、この幻想郷に置いてもやや特殊だったようで……
 流石の身共も、少してこずらされたわい。
 



【難題】龍の頸の玉-五色の弾丸-
【神宝】ブディストダイアモンド
【難題】火鼠の皮衣-焦れぬ心-
【神宝】ライフスプリングインフィニティ
【難題】蓬莱の弾の枝-虹色の弾幕-




――――この符が示す、”答えの解き方”にはな。



304 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/21(日) 20:51:16.58 ID:eRuspO3go


薬売り「この符は……竹取物語における五つの難題を模した物」

薬売り「して五つの難題とは、かぐや姫が求婚を断る為に用いた方便」

薬売り「故に”難題”。これらの品々は、どこを探そうと、どこにもありはしない」


 そう、かぐや姫が課した難題は、最初からこの世に存在せぬ物。
 存在せぬが故に提示できるはずもなく、よって大手を振って求婚を断れると言う、なんともまぁ〜意地の悪い難題じゃ。
 さりとて「はいそうですか」と引き下がれぬのが貴公子の辛い所。
 果たせぬとわかりつつ、あの手この手で何とか難題に答えんと奮闘していた小話は、まぁ皆も知る所じゃろう。
 

薬売り「しかしどうでしょう……果たせぬが故の【難題】。にも拘らずその頭文字には、確かに【神宝】の文字があるではありませんか」

薬売り「あるはずがないのに、あたかもそこにあるように置かれる【神宝】の頭文字」

薬売り「これは一体……何を意味するのでしょう」


 【難題】が果たせぬ「幻」を意味するならば、【神宝】は存在そのものを指す「現」。
 言い換えれば「在る・無し」と置き換える事が出来よう。
 姫君の符は、その名の通り「五つの難題」を模した者である。
 その中に「在る」を意味する頭文字が混ざる、その所以は――――


薬売り「言い換えるならば、【難題】と【神宝】の頭文字こそが、姫が示した”答え”」

薬売り「ほら、よくご覧なさい……三つの【難題】と二つの【神宝】」

薬売り「この中に、確かに……”貴方を指す”言葉が、あるじゃありませんか」


 ふふ……ッと失礼。いやはや、関心しておったのだよ。
 「嫁ぎたくない」ただそれだけの為に咄嗟に出た方便にしては、よくできた御題目じゃと思うての。
 かの書を読んだ際は「なんだこの性悪女は」とタカをくくっていたが、しかし改めて見てみれば、こう……
 確かにこの難題ならば、相手の身分に関係なく、まんまと求婚を断り抜けようものぞ。



薬売り「目を背けてはなりません。貴方を知る者が、貴方を一体どう思っているのか」


薬売り「それこそが貴方の望みを果たす唯一の術……隔てし境を打ち破る、唯一の答え」



 この姫君、やるのぅ。どうして中々、存外に賢しき姫君じゃ。 
 これほどに頭の回る姫ならば、うむ。なるほどの。
 咄嗟の間際であろうとも、このような示唆も十分できようものぞ。




薬売り「その全てが……ここにある……!」




 確かにこの符には、しかと記されておるわ――――”兎はモノノ怪ではない”とな。



305 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/21(日) 21:11:08.53 ID:eRuspO3go


薬売り「今一度思い出すのです。かつて貴方が、何を欲していたのか」

薬売り「欲した物を手に入れるために何を交わしたか。奈落の底に堕ちてまで手に入れたかった物は何か」


レイセン(――――???)


薬売り「してそれは――――誰に与えられた物だったのか」


レイセン「ぞ…………レバ…………」





【鈴仙】





(随分……待たせてしまいました)

(あの約束を交わしたあの時から……何がふさわしいか、ずっと悩んでいたのです)

(ずっとずっと、長い時間をかけて……考えてたのです……)

(……姫様と、二人でね)




レイセン「アダジガ…………欲ジガッダ物…………」




(こうして渡せる日が訪れた事を……心から感謝します)

(さあ、受け取りなさい……今日から貴方は――――)




薬売り「その言葉は、永遠を生む枝から咲く、一輪の花から取った言葉だった……」



【憶】



うどんげ「――――その意味を知ったのは、此処へ来てしばらく後だった」




レイセン(じゃあ…………)


レイセン(うどんげって…………!)




【覚】

306 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/21(日) 21:23:54.77 ID:eRuspO3go


薬売り「ずっと……気になっておりました……」

薬売り「存在せぬはずの五つの難題の中で……何故姫君は、蓬莱の玉の枝のみ”本物を所持している”と、言い張っているのか」



【蓬莱の玉の枝】



うどんげ「あたしがこいつに……教えたのよ……」


レイセン(じゃあ…………)



 先ほど述べた通り、蓬莱の玉の枝とは、不老不死の薬の元になる原料である。
 多少の差異はあれど、不老不死に纏わる大抵の物語に出てくる故な。
 五つの難題の中では、最も名の知れた品なのではないだろうか。

 さもあれば、不老不死と言う広く知られた表の顏もさることながら……
 実はこの蓬莱の玉の枝。もう一つ”裏の顏”がある事は、ご存じかな?



レイセン(”本物の蓬莱の玉の枝”って…………!)



 それは――――枝に咲く花の逸話じゃ。
 蓬莱の玉の枝には、もう一つの伝説があっての。
 それもズバリ”三千年に一度だけ花を咲かす”と言う伝説じゃ。



【咲】



 三千年に一度……おそらく大多数の者共が一生お目にかかる事はないであろう、大変に珍しい花よ。
 そんな、あまりに度を超えた希少さが故に、じゃ。
 一度咲けば――――”三千年分の吉祥を振りまく”と言う、これまた大層な逸話もあるのだ。



薬売り「あくまで、推測にすぎません……が」



 そんな二つの顏を持つ蓬莱の玉の枝。
 その枝に咲く花は、誰がつけたかこう名付けられた――――
307 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/21(日) 21:25:27.12 ID:eRuspO3go







【開花】






薬売り「――――”貴方の事”だったんじゃないですか」


薬売り「姫君だけが所持する……”本物の蓬莱の玉の枝”とは」




【――優曇華ノ花――】



 ……もう、お分かり頂けただろう。
 優曇華の花を咲かす蓬莱の玉の枝に、無しを意味する【難題】が頭についておる。
 よってこれらを結び合わせれば、浮かび上がる意は「蓬莱の玉の枝は無し」となる。
 つまり、言い換えれば――――「モノノ怪は優曇華ではない」と読める。と、言う事じゃな。


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308 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/21(日) 21:29:02.74 ID:eRuspO3go
メシ
309 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/21(日) 21:38:40.56 ID:3yWtMGbTO
一旦乙
310 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/21(日) 22:12:16.33 ID:9VrC1l3u0
スペカが難度取り混ぜだったのはこういう仕掛けか、見事
311 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/21(日) 22:55:04.32 ID:eRuspO3go


レイセン(ウソ……)


 いやぁ、にしても……何と言おうか……
 竹取物語などさして興味はなかったが……なんだか、段々と身共も興が湧いて来たわ。



レイセン(じゃあ……あたしは……あたしには……!)



 月よりいずるかぐや姫……か。
 まだこの地上におるならば、是非一度お会いしたいものよ。



薬売り「恐れる必要はなかった……いや、恐れなど、最初からありはしなかった」

うどんげ「ありもしない恐れに怯え、ありもしない幻に、勝手に狂気に満ちた鬼を想像していた……」



……阿呆! 求婚を申し込みに行くわけではないわ!
 身共はただ、測りたいのだよ。 
 この聡明精錬にして明晰な頭脳を存分に発揮できる、知恵比べ相手としてな。
 


【至】



薬売り「あるのただ、単純な一つの事実のみだった」

うどんげ「あたしがお師匠様から最初に教わった、教え……それが全てだった」



レイセン(あたしが…………あたしも…………)





【答】





薬売り・うどんげ「――――(私・貴方)は”愛されていた”」




 ブワリ――――その瞬間、薬売りが貸し与えた札が、辺り一面に飛び散った。
 ひらひらと周囲に舞い散り、瞬く間に闇夜に消えゆく札。
 それはまるで、春の終わりを告げる桜の花びらのようであった。


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 しかしそこに、風はなかった。
 風無き空に札だけが舞う……そうじゃ。
 兎の中の”恐れ”だけが、形を失ったのだ。




【解】     【恐】     【之】

    【放】     【怖】     【殻】



  
312 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/21(日) 23:06:57.67 ID:eRuspO3go



レイセン(嗚呼…………)



【塵】



レイセン(消えていく……あたしが……あたしの存在そのものが……)



【理知】



薬売り「貴方を知る者は……何も、貴方自身だけとは限りません」

薬売り「貴方と同じ過去を過ごした他人もまた……貴方を知る者の一人であるのです」



【反転】



レイセン(じゃあ……あたしも……他人なの……?)


薬売り「あなたは一体誰なのか――――そんな事は、最初から分かり切った事だったのですよ」



 してそれらの舞い散る札を、薬売りは気にも留めぬままに、懐からまた私物を一つ取り出した。
 それは、モノノ怪を斬る退魔の剣にあらず。
 掌に収まる程度の、おなごが身なりを整える際に使われる物――――
 一枚の、手鏡である。


313 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/21(日) 23:30:46.23 ID:eRuspO3go



薬売り「ほら、ここには……”最初から一羽の兎しかいない”」



【反射】



レイセン(ほんとだ……)


レイセン(おんなじ…………だ…………)



 鏡越しに見る闇夜には、しかと映っておった。
 舞い散る札の一枚一枚の、その中心に――――
 優曇華と名付けられし、一羽の兎が。



レイセン(最初から……おんなじだったんだ……)



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――――故に願いも、また同じとなりし。




【同】



【願】



【――――安ラギヨ永遠ニ】


       
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314 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/21(日) 23:31:18.25 ID:eRuspO3go
本日は此処迄
315 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/22(月) 01:24:31.91 ID:3hpyWw77O
乙!
お見事です…!
316 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/22(月) 20:41:41.09 ID:qusnPhudo
いよいよクライマックスかな
317 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/22(月) 22:04:34.16 ID:3uu0rWtyo


ドーン


【散】



ゴーン



【札】



ボーン



【紛・闇夜之中】



――――静寂が、辺りを包んだ。
 丑三つ時に相応しき、闇夜にあるべき静けさである。
 その静けさは、意図的に作られた静けさであった。
 薬売りと兎。
 この両名が黙す事によって、出(いず)る事を許された、いとも儚き静寂なのだ。
 


薬売り「…………行くのですか」


うどんげ「…………ええ」



 儚きが故、打ち破るのもまた容易な事で――――
 薬売りが、ポツリと訪ねた。
 してその返答は、すぐに返ってきた。
 そしてその返答を気に、飛び交う音のやり取り。
 結果、あっという間に静寂は消え申した。
 しかし返事の主の姿は、もはや背中でしか見えなくなっていたのである。 


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薬売り「そんなに息を押し殺して……一体何処へ行こうと言うのです」

うどんげ「行くんじゃない。生むの」

うどんげ「永遠亭が永遠足りえる……いつまでも変わらない静寂を」


 玉兎の決意は、この一言に集約されておった。
 こうまで言われては、もはや誰にも止める事はできぬ。
 まぁ、なんだ……結局また、振り出しに戻ったわけだ。
 紆余曲折を経て導き出された答えは、最初の通り、亭から逃げ出す事のままだったのだ。



【元ノ鞘】

318 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/22(月) 22:17:29.28 ID:3uu0rWtyo


【満】


うどんげ「止めないの?」

薬売り「止める必要がない……貴方がモノノ怪ではないのなら、どこで何をしようが貴方の勝手」

うどんげ「冷たい奴。こういう時は、社交辞令でも止めるフリくらいはするものよ」

薬売り「それに……自信がないのですよ」

うどんげ「自信?」

薬売り「あっしにはどうも……兎の脚に追いつける自信がありませぬ」


 それは何も心のあり様の話ではない。実際問題無理なのだ。
 一度逃げ始めた兎を捕らえる事は、本当に至極困難である。
 と言うのも――――単純に”速い”のだよ。


うどんげ「頼りない奴……ほんとに大丈夫なの?」

うどんげ「あんた……言ったわよね? ”モノノ怪は必ず斬る”って」


 知っておるか? 兎は時として、馬よりも速く駆けるのだ。
 さもあれば、人の脚程度では到底追いつけぬ速さである。
 「脱兎の如く」の語源は、まさにそこにあるのだ。

 そんな兎の脚を止めるには、何か別の手段が必要となろう。
 そうじゃな……まぁ、強いて言うならば、だ。
 「罠を仕掛ける」事。それが一つの、定石であろう。


薬売り「ええ……斬りますよ、モノノ怪はね」

うどんげ「だったら……モノノ怪を斬り終えた暁には……」


 玉兎は、言伝を頼んだ。
 それはモノノ怪が去りしこの地にて、残されし者への”声明”であった。

 玉兎はその身に宿せし思いを、こう言い表した。
 「永遠は終はらず」――――。
 自分が逃げ続ける限り、亭の永遠は潰える事はないと言う意である。


薬売り「確かに……承りました」

うどんげ「……はぁ、あたしもヤキが回ったわ」

うどんげ「あんたみたいなうさんくさい奴にしか、こんな大事な頼み事をできないなんて」


 モノノ怪を斬るのが薬売りの仕事なら、亭を守るのが玉兎の仕事。
 一見なんら関係のない責務であるが、両者の利害が一致しているとあらば、手を組まぬ道理はない。

 しかし玉兎からすれば……まぁ、やはり不安であろうよの。
 手を組む相手が、どうにも”うさんくさすぎる”。



【夜八つ】

319 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/22(月) 22:32:22.30 ID:3uu0rWtyo


薬売り「僭越ながら、あっしからも、お節介を一つ……」

うどんげ「あによ」

薬売り「貴方の中に在りし、もう一人の貴方の事です」


 亭を守るのが玉兎の仕事なら、モノノ怪を斬るのが薬売りの仕事。
 玉兎が不安を感じると同時に、薬売りもまた、一抹の不安を抱えておったのだ。
 
 よって薬売りは、身の丈もわきまえず、釘を刺した。
 姉弟子に対し末弟子の分際で、指図紛いの忠告を、最後の最後に言い放ったのである。


薬売り「モノノ怪を成すのは、人の因果と縁(えにし)――――」

薬売り「人の情念や怨念がアヤカシに取り憑いた時、それはモノノ怪となる」


うどんげ「……」


薬売り「貴方の中のもう一人の貴方……モノノ怪でこそなかったものの、その情念は十分モノノ怪を成すに足り得る」

薬売り「よって万が一、優曇華の幕が下り、レイセンなる一匹のモノノ怪の幕が開けた、その暁には……」

薬売り「斬りに来ますよ――――”約束通り”ね」 


 にしても、言い方が……
 要するに「お前がモノノ怪になったら、追い掛け回してぶった斬る」と言う事だろう。
 別れの言葉とは思えん。これではまるで脅迫ではないか……
 彼奴の態度もまた、永遠なのかのぅ。



うどんげ「……”そうなったら”ね」



 陰ながら切に願っておるぞ……二度と再開せぬ事を。


320 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/22(月) 22:48:37.92 ID:3uu0rWtyo



うどんげ「んじゃ――――」



薬売り「お達者で――――」




【疾風】


【消失】




薬売り「…………」



――――別れは、存外に淡泊な終わり方であった。
 大層な餞もなく、淡々と。まるで一時の別れであるかのようである。
 しかしながら、双方共に、再び会いまみえるなど思っていない。




【土煙】




薬売り「…………ふぅ」




【脱兎の如く】




 「脱」――――兎が蹴った駆け足だけが、最後の音であった。




【来たる】


【――――暁七つ】




321 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/22(月) 23:04:21.85 ID:3uu0rWtyo


薬売り「いやぁ…………」


薬売り「にしても…………」


薬売り「なんと言いましょうか…………」


薬売り「存外に…………”良い話だった”と言いますか…………」



 兎は、本当に瞬きをする間もなく、闇夜に消えた。
 その地には、兎が掘った穴と、兎が蹴った痕しか見えなかったと言う。

 そして一人残されし薬売りは……月を見上げながら、ポツリ言葉を呟いた。
 傍から見ればまるで、月に語り掛ける、面妖なうさんくさい男が一人である。
 しかしそれは――――確かに”会話”であったのだ。



薬売り「”守る為に逃げる”ですか……確かに、少々わかりづらいでしょうな」

薬売り「ですがその理は、確かに繋がっていた……兎の、嘘偽りなき真と」



 薬売りは語った。
 玉兎の秘めし思い。決意。そしてそこから伴う行動が、やや”分かりにくかった”事を。
 しかし幸運にも、兎が話し上手であった為か。
 その理は、最後には”理解足り得る物”であった事も。



薬売り「臆病な兎だから……いや、臆病な兎だからこそ、辿り着く事のできた兎の理」

薬売り「だったのかも知れません……ねぇ?」



 理解足り得るが故に、結ぶことができたのだ。
 兎なき後の永遠亭の、あってはならぬ”怪”を排除する役目。
 「モノノ怪を斬り払え」――――薬売りにしか託せぬ、兎の命である。



薬売り「そう、思いませんか…………」



 だからこそ、だろうなぁ……
 如何に見聞に長けた兎とて、よもや、露も思わなんだろう。

 




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 その薬売りが、まさか――――先に”モノノ怪と手を結んでいようとは”。



322 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/22(月) 23:06:50.29 ID:3uu0rWtyo
メシ
323 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/23(火) 00:27:56.64 ID:yA5aoPY9o



(ハァ――――……ハァ――――……)



【同刻】



(ハァ――――ハァ――――)




【兎側】




「ハァ――――ハァ――――ッ!」



【止】



うどんげ「あ”〜……」




【竹林の境にて】




うどんげ「喉……渇いたぁ……」




――――ウサギは、あっという間にゴールまで到着しました。
 馬より速いと評判のウサギの瞬足を持ってすれば、どこであろうと、辿り着くのはいとも容易い事だったのです。


 ですが最終的にその脚は、カメより遅い鈍足となってしまいます。
 瞬足にかまけ、あろうことか、ゴールの手前で居眠りをしてしまうからです。



うどんげ「またあんたなの……」


324 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/23(火) 00:40:11.89 ID:yA5aoPY9o


 ウサギがのんきに熟睡している間に、カメはウサギを抜かし、結果カメはウサギより早くゴールに辿り着きました。
 そうです。これは所謂「ウサギとカメ」。
 このまさかの結果に終わった事で有名な、ウサギとカメのかけっこですが……
 実はこの話には、続きがあったのはご存じでしょうか。


うどんげ「…………」


 負けたウサギはその後どうなったのか。
 勝ったカメは何を得たのか。
 勝者と敗者。栄光と挫折。
 この相反する二匹が辿る、数奇な運命とは一体――――


うどんげ「…………」



――――知りません。
 むしろこっちが聞きたいくらいです。
 話し手はまだ、続きを読んでいないですから。 



うどんげ「ってオイ」


325 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/23(火) 00:51:18.16 ID:yA5aoPY9o


 だって……しょうがないじゃない。
 読もう読もうって言ってたくせに、今やすっかり忘れちゃってるんだから。


うどんげ「っさいな〜、あんときゃ勉強で忙しかったのよ」


 だったら、最初の行先は人里で決定ね。
 頼めば一冊くらい、貸してくれるかもよ?


うどんげ「バカね、なんでわざわざこんな夜更けに童話を読みに行かないといけないのよ」

うどんげ「あたしらと違って、人は夜眠る生き物なのよ。人里に向かうなら、その辺考えないと――――」



(ぐぅ〜)



うどんげ「……」



――――とか言いつつも、やっぱり最初の行先は人里でした。



うどんげ「……食料よ! 食料の調達に行くのよ!」

うどんげ「ほら、腹が減ってはなんとやらって言うじゃない!? ていうか、そもそもまだなんも食べてなかったし!?」


 はいはい、そういう事にしてあげる……
 別に、どうとでも言えばいいんです。
 どんな屁理屈を述べたって、結局は意味がないんだから。
 いくら言い訳を並べたって、結局は筒抜けなんだから。



うどんげ「ほら、行くわよ…………”一緒に”ね!」



 だって、あたし達はずっと一緒なんだから。


326 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/23(火) 01:04:51.85 ID:yA5aoPY9o


うどんげ「……でも」


 でも?


うどんげ「許されるなら、まだ……」

うどんげ「あんたさえよければ、もうちょっと、あと少しだけ……」



 あ〜……


 ……どうぞ、ご自由に。



うどんげ「…………」



 優曇華は、体を前にしたまま、首だけでくるりと振り返りました。
 そしてしばしの間、夜のくらぁい竹林を、じ〜っと見つめ続けていました。


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 じぃ〜……ちょっとだけと言う割には、結構な間です。
 やっぱりこいつは、嘘つきだと思いました。



うどんげ(さよなら……あたしの永遠亭……)



 でも、「別にいいんじゃない?」って感じです。
 もう互いに、目を逸らし合う必要はないんですから。
 誰にも言う必要はないんです。
 その時の優曇華が何を考えていたのかは、あたしだけが知ってれば、それでいいんです。



うどんげ(さよなら……あたしの故郷だった場所)



327 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/23(火) 01:21:27.84 ID:yA5aoPY9o


 思い出を過去に。未来を眼に。
 これから兎は、ご自慢の逃げ脚で、どこまでも走り続けます。
 


うどんげ(さよなら…………永遠と思ってた今)



 時に疲れてしまう事もあるでしょう。
 時には脚を止め、休息に浸る事もあるでしょう。 
 それらと同じく、もしいつか、今のように振り返りたくなる時が訪れたなら……
 いつだって、目を合わせてあげるつもりです。



うどんげ(さよ…………なら…………)



 だって、あたしはあなた。あなたはあたし。
 鈴仙と優曇華は、どっちも同じ、兎なのだから――――。




うどんげ(――――)




――――そして今から、始まるのです。







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 新しい二人のk






――――





――











【鈴仙・優曇華院・イナバ】×


328 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/23(火) 01:42:56.11 ID:yA5aoPY9o



薬売り「…………」



 薬売りは兎が去りし後、立ち上がる事すらせぬままに、じぃ〜っとその場に座し続けておった。
 喋らず、動かず、瞼すら開かず。
 兎去りし夜の竹林にて、ただ、静かなるままに……


 ……何? この時薬売りが何を考えていたかだと? 
 知るか。どうせ眠くなったから目を閉じたとかそんな所だろう。
 というか、わかるわけがなかろう……身共とこやつは、赤の他人なのだから。



薬売り「……逝ったか」



 ああでも、一つだけわかるぞ。
 ……いやだから、薬売りの事ではないと申すに。
 そっちじゃなくて、身共が言いたいのは、ここの”面子”の事よ。



薬売り「ではこちらも……そろそろ、参りましょうか」



 ひーふーみー……ほれ、おぬしらもやってみよ。

 よいか、最初に面子は「六」人おったのじゃ。
 そして後に「三」人がいなくなり、「一」人は無関係とわかり、たった今「一」羽が逃げ出した。
 ならば残りし数は何とならん。

 如何に平民風情とて、このくらいはできるであろう?


329 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/23(火) 01:47:37.99 ID:yA5aoPY9o




【八意永琳】×

【鈴仙・優曇華院・イナバ】×

【蓬莱山輝夜】×

【八雲紫】×

【藤原妹紅】×





 ま、と言うわけで、残りし数は後一人……いや、一羽じゃな。





【残】因幡てゐ



 

 果たしてこの最後の因幡兎は、一体どんな因果を抱えておるのやら。
 してその因果は、一体どのような形でモノノ怪と結びついておるのやら。
 目玉を形作るモノノ怪は一体何を見据え、薬売りはその視線に、一体いかような理を見出したのやら。
 


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 全てが明らかとなる時は近い。
 ではでは皆の衆。
 直に訪れる終幕を、努々見逃すことなかれ――――。
 



【突入】



【寅の刻】




薬売り「残る因果は――――”後一つ”!」





                         【後編へつづく】



330 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/23(火) 01:48:30.04 ID:yA5aoPY9o


【御知らせ】

またしても書き溜めが尽きました
なのでしばらく休みます
感覚は前と同じくらいだと思います
例によって、再開の目途が立てば報告しにきます
一応次の再開で完結する予定です

ではではそういうわけで、しばし御免
331 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/23(火) 01:55:32.73 ID:NIA92u12O
乙でございまする!
332 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/23(火) 09:13:35.82 ID:sHFix48co
乙!

こんだけ意味ありげな回だったのにうどんげ犯人ではなかったというw
333 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/23(火) 12:45:14.09 ID:zyPN71K0O
紫以外で目に関係するキャラってうどんげしかいないと思ってたが、違うのか
334 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/24(水) 23:04:55.19 ID:Du2MhX33o
スペカのヒントおかしくね?
読み方はわかったけどこれだと犯人二人いる事になるじゃん
335 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/24(水) 23:17:40.56 ID:DbQfPPCyo
んんんマジかぁ!
楽しみに待ってるよ!
336 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/26(金) 08:17:10.80 ID:c84eJ9WMO
>>334
共犯がいるって事だろ
337 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/17(土) 12:24:35.12 ID:Ippp5Mj90
338 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 00:01:34.31 ID:Pe//o5w/o
【御知らせ】
すんませんもうちょいかかりそうです
339 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/25(日) 00:04:02.76 ID:BHH5fiKJo
了解
340 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/27(火) 10:43:02.54 ID:jUhe9nJZO
待ってるよー
341 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/28(水) 18:15:12.28 ID:iRUhd6Uho
おk
焦らず無理なくやってね
342 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/29(木) 04:58:39.87 ID:5iAcMxhD0
追いついた
これは近年稀に見る東方SSですねえ・・・
343 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/16(日) 02:29:23.41 ID:imehHrz2o

【定時報告】

少女書溜中……………………
344 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/16(日) 14:25:23.50 ID:XD/2BLtNo
がんがれ
345 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/27(木) 00:39:33.81 ID:U1mHusAko
俺の退魔の剣がカチカチ言ってる
346 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/15(火) 21:21:39.57 ID:vHqjlvRXo
【定時報告】
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1339642.jpg
347 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/15(火) 21:23:06.05 ID:vHqjlvRXo


■■■■■■■■■■■■□□□□
                 ↑
               今この辺
348 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/15(火) 21:25:29.64 ID:i/Gof5RBo
待ってる
349 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/15(火) 21:26:36.18 ID:azE3kceWO
舞ってる
350 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/15(火) 21:28:23.00 ID:bdRTNWJro
このスレ好き
何時までも待ってる
351 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/20(日) 12:19:14.40 ID:Cn4G/k50o
乙ですよ
生存報告さえ時々あればいつでもok
352 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/16(土) 21:58:42.55 ID:D3H37+Wjo

【定時報告】

ttps://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1367343.png
353 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/16(土) 21:59:47.31 ID:D3H37+Wjo
遅れてる理由=画像増やしすぎたから(言い訳
354 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/16(土) 22:00:24.95 ID:D3H37+Wjo


■■■■■■■■■■■■■■□□
                    ↑
                  今この辺
355 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/16(土) 22:01:00.96 ID:3GgtAC4Ho
すげえ…

待ってます
356 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/17(日) 16:47:49.58 ID:Ozt+8u+zo
画像凝りすぎィ!
357 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/18(月) 20:25:17.11 ID:u+qtu9s4O
これ全部1から描いてるのか・・・?
大変だろうに別にそこまでやらんでも
358 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/15(日) 22:55:20.03 ID:4p4TfLqBo

【定時報告】

ttps://dotup.org/uploda/dotup.org1364077.jpg
359 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/15(日) 22:56:18.03 ID:4p4TfLqBo

■■■■■■■■■■■■■■■□
                      ↑
                    今この辺
360 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/15(日) 22:57:08.33 ID:4p4TfLqBo
今月中に正式アナウンスできると思います(勘
361 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/16(月) 00:39:36.30 ID:7tUa7hTI0
わぁい
362 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/16(月) 12:42:30.84 ID:FD4TjOtwO
相変わらず謎の画力だな
363 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/16(月) 22:01:23.78 ID:BjNblBIbo
絵描けないからホント尊敬する
364 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/29(日) 21:48:53.17 ID:A7eP/3iAo
【御知らせ】
来月に再開します
詳しい日程はまだ未定ですが、さすがに11月を超える事はないと思います(と思いたい
というわけで、決まり次第また言いに来ます
そろそろいい加減にします。はい。いや、マジで
ttps://dotup.org/uploda/dotup.org1375320.jpg
365 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/29(日) 21:50:16.26 ID:GckSN+8Co


ぶっちゃけ絵が大変なんじゃないか?w
文字だけでも全然いいのよ
366 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/30(月) 12:53:15.00 ID:MGWIW1cxO
何枚描いてんだ?
367 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/01(水) 01:07:04.23 ID:ZSrYbvzNO
作者のこだわりを読者が止めるのは無粋よ
思う存分つくりこんでええんやで
368 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/02(木) 16:28:21.58 ID:pWNyoXozo
待ってる
369 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 19:27:09.48 ID:vwCayPXXo
【御知らせ】
来週再開します
370 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/19(日) 23:17:07.17 ID:1RSPGFSy0
やったぜ
371 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/20(月) 12:39:18.26 ID:/WzIJq06O
ずいぶんかかったな
372 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/20(月) 23:51:17.59 ID:7IHPOuqW0
ガタッ
373 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/23(木) 16:19:37.86 ID:7wR2/Lo+0
てす
https://imgur.com/lTl5YjE
374 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/23(木) 16:31:02.53 ID:7wR2/Lo+0
こうか
https://i.imgur.com/lTl5YjE.jpg
375 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/23(木) 16:37:56.89 ID:mgCwioc2o
見える
376 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/23(木) 17:22:59.34 ID:7wR2/Lo+0
>>375
あざす
377 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 21:25:31.81 ID:cTjbZ6OQ0



――――問題は、まだ誰も見ていない物を見る事ではない


    誰もが見ているのに


    誰もが考えなかった事を考える事である――――
  


https://i.imgur.com/AXBskxw.jpg

378 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 21:37:31.54 ID:cTjbZ6OQ0


【ギイ】


 草木も眠る丑三つ時。
 家々から明かりが消え、人々は寝静まり、安らかな吐息に包まれる時間。
 それらを生むが、すなわち、闇――――
 夜と名付けられた闇は、一時の休息を齎すと同時に、とある目覚めを呼び覚ますのだ。


https://i.imgur.com/7ocVFIy.jpg




【ギイ】


 人々はその闇夜に目覚める存在を、妖と名付けた。
「人が寝静まる頃に目を覚ますのだから、やはりそれは、人ならざる存在なのだ」。
 実に人間本位な理屈である。
 だがその理屈は、あながち間違いではない。


https://i.imgur.com/V1YYzOs.jpg




【ギイ】


 妖は、往々にして怪を成す。
 程度の差は万別なれど、人の理から大きく外れた妖の理は、やはり人からすれば奇怪そのものなのだ。
 いつしか人々は、その怪を書物と言う形で残すようになった。
 妖の存在を認め、妖の存在を受け入れたのだ。


https://i.imgur.com/BIy0zkP.jpg




 だがそれでも人々は、最後まで認める事はなかった。
 「妖は常に我らと共にある」。
 しかしながら、いくら歩み寄ろうとも――――”決して相容れぬ存在である”と。



「…………おっ」



 草木も眠る丑三つ時。
 この世ならざる存在が跋扈し始める、妖の刻。
 しかしその妖ですら眠りにつく、真なる静寂の刻がある。


https://i.imgur.com/fII0iOn.jpg



 その名も――――【寅】の刻。
 この世の何もかもがいなくなる刻。
 全ての存在を食らうが如き刻。
 偶然か必然か、寅を冠するその名は、まさにおあつらえ向きであろう。








379 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 21:47:15.06 ID:cTjbZ6OQ0


「…………」


https://i.imgur.com/Ln3HLjQ.jpg



 そんな、誰しもがいなくなるはずの、無常の刻の最中……
 その場にはただ一つだけ、足音を擦りながら潜む、一つの影があった。



「…………ははぁん」


https://i.imgur.com/LsqqHHx.jpg



 影は、かのような夜更けにも関わらず、明かりもつけぬままに歩を進めておった。
 その様はまさに忍び足。
 音を立てまいと必死に忍びつつも、やはり少しばかり漏れる足音は隠せない。



「なんか……意外な形してるわね」


「まぁ……いっか」



 ギィ……ギィ……闇に鳴る小さな音。
 してその音を鳴らす、小さな影の正体とは――――




(いただき…………まーす…………)




https://i.imgur.com/eEvmLJJ.jpg


380 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 21:54:01.31 ID:cTjbZ6OQ0



「…………う”ッ!」



【詰】




「う”っ…………ん”っ…………ぐぅ…………ッ!」




【積】




「う”…………」




【摘】

 


「…………んんんんま”ッ! 何これ!?」



「――――超”旨い”んですけど!」




【舌鼓】


381 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 22:02:32.48 ID:cTjbZ6OQ0


「ちょ、ほんとうまい! ヤバイヤバイ、マジ止まんないって!」


「こんな事なら皿持ってこればよかったわ――――”みんなにも”ちょっと分けてあげたいくらいよ!」


 口いっぱいに広がる旨味は、影本人も想定外だったのであろう。
 予期せぬ舌鼓に、最初の警戒も何のその。乱雑に鷲掴みにしたあげく、一心不乱に食し始めたのだ。
 ガツガツ、ボリボリ、ゴリゴリ……静寂であるはずの刻に食の音がなる。
 さながら腹をすかせた猛獣のように、食にありつくその姿は、まさに寅の如くである。 


「さすがお師匠様だわ……まさか、”食べれる薬”だったなんて」


「なんて、なんて画期的なアイデアなの!」


 影は、人知れず感動していた。
 伸ばす手が止まらぬ程に旨い薬。
 しかもその効能が、自身が長年追い求めていた”薬”だったとあらば、その感動はさらに倍増である。
 

「だめよあたし、耐えるのよ。これ以上はきっと、もう……」


「一つだけ! 後一つだけ…………やっぱ無理!」



 誰もがいなくなる寅の刻。
 妖すらも眠る闇夜に、ただ一つ、身を震わしながら食にありつく影が一つ。

 しかし影は、舌鼓にかまけすっかり忘れておった――――
 いくら旨かろうと、所詮薬は薬。
 薬を服用する事は、決して「食べる」とは言わない事を。





(ダメですよ……そんなにがっついちゃぁ……)



「――――ッ!?」





 そんな当たり前の忠告が、影の耳に届いた――――その時。





(薬は……用法、用量がキチンと決められているのですから……)





https://i.imgur.com/8PZnFNX.jpg





 「あんぎゃあ――――……」
 静寂は、絶叫にかき消された。

382 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 22:09:01.35 ID:cTjbZ6OQ0


薬売り「おや……」


【反転】


てゐ「あ、あひゃ、あひゃあ……」


【半天】


薬売り「大丈夫……ですか?」


 次の瞬間、その場に影はいなくなった。
 影は盛大にひっくり返った後、その勢いで持って、偶然にも近くの明かりを灯したのだ。
 そして影は露と消え、代わりに現れたるは――――奇怪にも頭と足が逆さになった、「妖兎」の姿であった。


てゐ「おば、おば、おばおばちんどん屋ァッ! い、一体どっから湧いて来てんのよ!?」

薬売り「そちらこそ……あっしは最初から、ここにおりましたが?」

 
 そして、ついに姿を現したる妖兎は、起き上がると同時に溢れんばかりに言葉を放つ――――ありったけの「文句」を載せて。
 まぁ正直、「またか」と言った所である。
 薬売りに文句を垂れる者は、何も妖兎に限った話ではないのだ。
 

薬売り「いえね、足音が聞こえましたので、”明かりがついたら”声をかけようと思ったのですが……」

薬売り「姉弟子様が、いつまで経っても、明かりをつけないもので……」

薬売り「故に、声をかける機会を……失ってしまった次第で……」


 薬売りの悪い癖だ。こやつはいつも、本当に唐突に現れよる。
 このやりとりはもう幾度となく見せられた事やら……もはや思い起こすのも億劫である。
 と言うわけで、夜更けが織りなす雅な静寂は……この相も変わらずな薬売りのせいで、文字通り台無しとなったのだ。


薬売り「むしろ、こちらの方がお尋ねしたい――――”何故に明かりをつけないので?”」


 今回の弁明は曰く、「声をかける機会がわからなかったから」と言う事らしい。
 ただでさえ暗い亭の中。さらにはその中で、明かりもつけずに忍び足を擦っているとあらば、まぁそうなる気持ちもわからんでもない。


てゐ「何故もなにも……あんたさぁ、空気読めないって言われない?」

薬売り「空気……ですか?」


 にしても……こいつに限っては、やはり”わざと”だったと、身共は断じよう。
 だって、そうであろう?
 いくら暗がりとはいえ、そこで誰が、何をしているかなど……薬売りだけはハッキリとわかっていたはずではないか。


てゐ「ったくもう……まじで……心の臓が飛び出るかと思ったわよ……」

薬売り「床が、汚れてしまいましたな」

てゐ「おかげさまでね。口ン中おもっきし吹き出しちゃったわよ、このアホンダラが」

薬売り「ご心配なく……後ほど、雑巾を御貸ししますので」

てゐ「――――お前が拭けよ!?」


 まぁ……薬売りの倫理感など、所詮はこの程度である。
 そういうわけで、だ。
 床に散らばった吐しゃ物は「誰が拭くのか」など、そんな事はどうでもよいのだ。
 肝心なのは――――この妖兎が”何を吐いたのか”にかかっているのである。



【零】

383 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 22:19:41.35 ID:cTjbZ6OQ0


てゐ「……で、いつ戻って来たの?」

薬売り「つい先ほど……ちょうど、寅の刻を過ぎた頃合いでしょうか」

てゐ「あっそ。じゃあ……”先にうどんげと会ってきた”わけね」

薬売り「ええ……まぁ……」


 そう、この目前における、至要たる事実は決して忘れてはならない。
 この妖兎・てゐは此度の騒動に置ける唯一の生き残り。
 モノノ怪の神隠しを逃れし唯一の存在であり、なおかつこの消失劇を”他人事”のようにふるまい続けたあの態度は、決して忘れてはならない事実なのである。


てゐ「で…………うどんげは」

薬売り「行きましたよ……一足先に、ね」

てゐ「……あっそ」


 薬売りは慎重を期すかのように口数を減らした。
 それはやはり妖兎が、この期に及んでまだ態度を変えぬ事に一因する。
 その証拠に……薬売りの返答に対する妖兎の様相は、やはり顔色一つ変えぬままであった。
 悲しむでもなく喜ぶでもなく……同胞の兎が”どこに行った”のかなど、おのずと想像がつきそうな物なのに。


てゐ「あいつもバカよね。逃げるつもりで飛び出して、逆に取っ捕まってりゃ世話ないわ」

薬売り「見ておられたのですか……?」

てゐ「ハハ、違う違う――――想像よ」

てゐ「あいつがなんで逃げ出そうして、どんな決意で逃げて、んでどこで転んでほえ面下げたか……なんて」

てゐ「ほんともう、手に取るようにわかるわけ」


 そして薬売りは確信するに至る。
 やはりこの妖兎は、”全てを知っている”。
 先ほど玉兎が見せた、玉兎の中だけにある闇。
 してその闇に解を示す、真と理と――――


https://i.imgur.com/ZcU67Vs.jpg



薬売り「してその心は……」

てゐ「そんなの簡単な話よ」

てゐ「あいつ――――”バカだから”」

薬売り「…………」



 さらにはそれのみならず――――永琳、妹紅、姫君。
 彼女らが如何様な理を持ち、そして何ゆえにモノノ怪に狙われるに至ったか。


https://i.imgur.com/cltz2Fb.jpg


 妖兎は全てを知っている。
 故に深入りを避けた。
 それは――――”モノノ怪の獲物に自分が入ってない”と、密やかに確信していたから。
 もはやそうとしか考えられないのだ。



【確信】

384 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 22:27:58.92 ID:cTjbZ6OQ0


てゐ「だってあいつ、まじバカじゃん? ”この薬”の事だってそう……」

てゐ「そもそも……誰も……蓬莱の薬だなんて……」

てゐ「一ッ言も! 言ってなかったのにさぁ!」


(――――蓬莱の薬は、絶対に知られてはいけなかったのに!)


薬売り「確かに、貴方様は「知られてはいけない薬」の事など、一言も漏らしていなかった……」

てゐ「なのに勝手に勘違いして、襲い掛かってきて、発狂ついでに全部ゲロってんの」

てゐ「言ってはいけないはずの秘密を、自分から……しかもみんなに聞こえるくらいの大声でね」


 そう言う妖兎の語りは、やや恨み節のようにも見受けられた。
 それはやはり、先刻の玉兎との痴話喧嘩が起因であろう。
 あの時は、薬売りを尻目に随分と派手な弾幕が飛び交っていたが……その原因が”玉兎の勘違い”であったとあらば、そりゃまぁ腹正しいであろう。
 喧嘩両成敗とはよく言うがな。あの場に限っては、妖兎は一方的な被害者であったと言えようて。


てゐ「正直まだヒリヒリするんわ。あのバカ、マジで弾幕ぶっ放してきやがったかんね」

薬売り「災難……でしたな」

てゐ「ほんとほんと、とんだ災厄兎よね」

てゐ「月の兎だかなんだかしんないけど、新参者の分際で無駄に偉そうだし」

てゐ「拾ってやったのに感謝しないし。アホの癖にやたら賢ぶるし……」


薬売り「……」


てゐ「勘違いを認めないし、謝らないし、詰めたら発狂しだしてめんどくせえし」

てゐ「ていうかそもそも、なんでタメ口なのこいつって話だし?」


 よほど溜まる物があったのか、妖兎はよい機会だと言わんばかりに、あらゆる愚痴を綴り続けた。
 妖兎の玉兎に対する悪態は個人的な不満でありながら、そこまで的外れでもなかったのは流石である。

 そんな妖兎からすれば、玉兎の失敗に終わった脱走は「ざまぁ見晒せ」と言った所であろう。
 相手の失態をあざ笑う趣向は、この妖兎の大好物である事を薬売りは知っている。
 しかし薬売りは、煽り建てる妖兎の口調から――――”一筋の本音”を感じ取った。



てゐ「あんなバカでアホでトラブルばっか起こす問題兎…………”外に出しちゃダメ”」

てゐ「そう、思わない?」



 悪態と嘲りの末に、導き出された結論――――
 それは此度のモノノ怪騒動と、同じであったのだ。



【籠の中】


385 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 22:39:27.88 ID:cTjbZ6OQ0


薬売り「とどのつまり……貴方もまた、最初から知っていたのですね」

薬売り「あのうどんげの中に御座す――――もう一つの影の事を」


【物問】


てゐ「知ってるも何も、見るだけでわかるっつーの」

てゐ「あいつをここへ運んだのは、他でもないあたしよ? この竹林のど真ん中でぶっ倒れてた、見知らぬ謎の長身兎」

てゐ「しかもしかもいざ亭へと運んでみれば、なんとお師匠様のお知り合いだって言うじゃない」

てゐ「んなの……どー考えても”ワケアリ”なの、丸出しじゃん?」


 妖兎は語る。
 あの竹林で行き倒れた玉兎を最初に発見したのは、他でもない自分である事を。
 次いで語る。
 身なり、経緯、生活態度、その他諸々……
 同じ兎と括られる事が多い二羽の間で、あまりにも相違点が多すぎる事を。


てゐ「むしろ、わかんない方が不思議って感じ」

薬売り「見るだけで……ですか」


 そして最終的に結論付けた。
 単なる性格の違いと片づけるには、どうにも理屈が合わない。
 よって「こいつには何かある――――」そう察するのは自然な成り行きであると。
 してその察しは、結果として大正解であったのだ。


てゐ「ついでに言っとくけど、あんたが”うどんげに何をしたか”も想像つくわよ」 

薬売り「ほぉ…………してその心は」

てゐ「気持ちよかったでしょ? あいつ、かしこぶってるけど基本バカだし」


てゐ「――――”獲物が狙い通りに罠にかかる姿”なんて、愉快痛快もいい所よね」


薬売り「…………」


 このように、妖兎はやたらと”察する力”に長けていた。
 それは月とは違う、地上の兎であるが故なのか。
 はたまた出生など関係なく、この妖兎だけが持つ特技であるのか……
 とかくいかような経緯であろうと、そこは臆病で非力な兎。
 食われる立場の多い兎からすれば、それは紛れもない「長所」と言っても差し支えないであろう。

386 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 22:52:15.96 ID:cTjbZ6OQ0


てゐ「最初は新参者の癖に生意気だから懲らしめてやろうって、ただのそれだけだったんだけど」

てゐ「おもしろいくらい引っかかるから、なんかもう、いつの間にか病みつきになるくらいハマっちゃって……」

薬売り「向こうからすれば、災難そのものでしょうな……」

てゐ「そんなのお互い様よ。だから、あんたの気持ちも、よーくわかる」

てゐ「高飛車で偉そうで思わせぶりな素振りしてる奴を……”一発引っかけたくなる”その気持ち」

薬売り「…………」


 しかし薬売りにとっては、その長所は壁でしかなかった。
 妖兎のやけに鋭い「察し」の前に、薬売りの企みは、明らかに発覚していたのである。


(――――だったのかも知れません……ねぇ?)


 そう……先刻、薬売りは確かに、玉兎を”ハメ”たのだ。
 言葉巧みに理を聞き出した挙句、果てにその理が、不要とわかるや否や――――まるで、紙屑を屑籠に入れるように。
 

てゐ「おあつらえ向きじゃない。残り物には福があるってね」

てゐ「てなわけで……続きしよっか。ちんどん屋」

薬売り「続き……?」


 同じ兎がそんな目にあわされたとあらば、ただでさえ臆病な兎の猜疑心を揺り起こすのは必須。
 そしてそんな悪行をしでかした薬売りの人となりは、こうしてすでに発覚し終えている。
 しかも不幸な事に――――よりにもよって”最後に残した一羽に”である。


てゐ「ほら、余計なチャチャ入って中断してた……」



てゐ「――――【弾幕勝負】の続きをよ」



薬売り「…………」


 薬売りは、妖兎の問いかけに応ずることなく、そっと瞼を閉じた。
 それは心を落ち着けんが為。
 強いては妖兎の嘲りに、心乱され隙を見せぬ為である。



てゐ「ゲロさせてみなさいよ。ほら――――”うどんげの時みたいに”さ」



 薬売りにとってはまさに、ここが正念場であった。
 モノノ怪へ至る各々の理。その最後の一つが、こうして明らかなる対峙の姿勢を見せている。
 さもあらば、この妖兎を攻略せぬ限り、モノノ怪へと辿り着けぬが同義である。


https://i.imgur.com/wBeFKtu.jpg


 避けて通るはもはや不可能なこの状況――――
 仮に如何なる不足があろうとて。
 よもや、しくじる事など、許されるはずがなかったのだ。



【夜明けの番人】

387 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 22:59:24.64 ID:cTjbZ6OQ0


てゐ「何よ、何今更ビビってんのよ」

てゐ「あんときゃノリノリで刀突き立てて来たじゃない――――”あたしをモノノ怪と思って”さ」


 薬売りは、しばしの間押し黙った。
 口を閉じ、眼を閉じ、座を保ったまま、妖兎の煽りに堪えておった。

 まぁ……迷っておったのだろうな。
 「この圧倒的に不利な状況を、以下にして乗り切らんか」。
 まさに難題を突き付けられた、貴公子さながらである。


てゐ「何を迷う? 単純な話じゃない」

てゐ「あたしとの弾幕勝負に勝てたら、全部吐いてあげるつってんの」


 しきりに弾幕勝負にこだわる妖兎の姿勢。
 薬売りにとっては慣れぬ文化であろうが、この幻想郷ではこれが当たり前なのだ。

 弾幕勝負――――弾幕で決着をつけ、弾幕で持って白黒をハッキリさせる、弱肉強食の如き絶対の掟。
 妖らしい、実に野蛮な掟である。だが必要な掟であるのもこれまた事実。



てゐ「でも、万が一あんたが負けたら…………」


てゐ「負けたら……負けようものならば…………」



 此度の対峙も、まさにその範疇であろう。
 弾幕至上主義の幻想郷の理。
 それはこの地に足を踏み入れた以上、何者であろうと、一切の関係がないのである。



てゐ「…………ごめん、あたしが勝ったらどうするか、そこ考えてなかったわ」



【度忘れ】
388 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 23:11:05.67 ID:cTjbZ6OQ0


薬売り「…………」

てゐ「ごめんごめん、ごめんって! そうよね、これじゃあ決闘が成立しないわよね!」

てゐ「だからぁ〜…………えっとぉ…………」

薬売り「…………」


 そしてその掟は、以下の契りで終結する。
 「――――弾幕勝負は、勝者が敗者のスペルカードを奪い取る事ができる」。
 もう一度言うが、これは幻想郷そのものの理である。
 よって、妖兎の提案は至極真っ当。妖兎はあくまで、この世の理に従っただけにすぎない。



【幻想郷――――之・理】



 故に、薬売りに拒否する権利などあるはずがなかったのだ。
 如何に不利であろうと、受け入れる以外に術はなかった。



てゐ「――――わかった! じゃあ、こうしましょ!」



 その結果が、齎した物は――――



https://i.imgur.com/meOQIXg.jpg



てゐ「あたしが勝ったら――――”退魔の剣を貰う”」


てゐ「どう? これで対等な条件じゃない?」


薬売り(こいつ…………)



 薬売りの勝機を、さらに狭めた。



【籠の中の鳥】


389 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 23:21:38.86 ID:cTjbZ6OQ0


てゐ「そりゃそーでしょ。あんたの持ち物でスペカに相当する物って、ソレしかないじゃない」

てゐ「モノノ怪を斬る事ができる唯一の剣……だっけ? 唯一無比の価値だからこそ、勝ちの証に相応しい」

てゐ「違う?」


 妖兎の謀りは留まる事を知らず、確実に薬売りを追いつめつつあった。
 一見すると平等な賭けの提案であるが、当然その腹に平等の二文字などありはしない。

 地の不利。弾幕の不利。理の不利。能力の不利――――
 あらゆる状況が、すべからく妖兎の味方をしている事実。
 「妖兎の提案が、確かな勝算に基づいている」。
 如何に夜更けであろうとも、そんな露骨な打算に気づかぬ程、未だ薬売りは呆けていなかったのだ。


薬売り「一つ、お聞きしたい……」

てゐ「あ? 何よ」

薬売り「この退魔の剣を指定すると言う事は……万一あっしが負ければ、もはやあっしにモノノ怪に対抗する術がなくなると同義」

薬売り「そして、術がなくなる事で……”得をするのは一体誰か”」

てゐ「まどっろこしいなぁ。一体何が言いたいわけ?」

薬売り「貴方はやはり、モノノ怪の正体に気づいている……そして”全てを知った上でモノノ怪を庇おう”としている」

薬売り「あっしに斬らせない為に……退魔の剣を奪い、モノノ怪すらも永遠の一部にする為に」


 うむ……身共も薄々感じていたが、やはり薬売りもその結論に達したか。
 これまでの妖兎の態度から察するに、妖兎も”モノノ怪側”であったと断じざるを得ないのだ。
 それが如何様な理か、推し量る術はない。
 しかしやはり、妖兎の今迄の軌跡を振り返るに……”モノノ怪に組していたから”と考えれば、全ての合点が通ってしまう。

 
てゐ「何……探り入れてんの?」

薬売り「いえ、滅相もない……しかしそう感ずる程に、貴方の行動は不振に塗れていたのもまた事実」

薬売り「差し支えなければ……理に触れぬ範囲で結構ですので、お教え願えませんか?」

薬売り「貴方の行動が……”一体何に沿った行動であったのか”を」


 それは、今の薬売りにできる、精一杯の足掻きであった。
 かつて数多の「真と理」を白日に晒してきた薬売りが、今や懇願する事でしか知る術がないのだ。
 こうなれば、よもや……妖兎が上手い事、口を滑らす事を願うばかりである。


――――しかし




てゐ「ちんどん屋さぁ……”シュレディンガーの猫”って知ってる?」


薬売り「猫……?」



 かのようなか細い稀など、往々にして起こるはずもなく――――
 妖兎の口から、またも新たな謎が生まれたのだ。



【理論】
390 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 23:22:13.71 ID:cTjbZ6OQ0
夜中また来る
391 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/26(日) 02:21:18.77 ID:N+y5bzEE0


てゐ「あのね、とある猫を箱の中に入れて、一緒に50%の確率で毒になる餌を入れたのね」

てゐ「その状態で丸一日くらいほったらかしにしました。さて、では箱の中の猫は生きてるでしょうか、死んでいるでしょうか……って奴なんだけど」

てゐ「聞いたことない?」


 妖兎は薬売りの問いかけに、問いで返すと言う手段を取った。
 しかもその問は何ら関係のない問い。話題逸らしもいい所である。
 ううむ、やはりそこは謀り上手な妖兎。そう簡単に、尻尾は掴ませてくれないか……


https://i.imgur.com/jCqGQe1.jpg


 ……で、結局その「すれてんがーの猫」とやらは生きているのか? 死んでいるのか?


薬売り「……その時の状況によりますな」

てゐ「お、なんか新解釈」


薬売り「50%の確率で毒になるならば、運がよければ毒にならずにすむ可能性もある」

薬売り「それ以前にそもそも猫は腹をすかしておらず、一日程度なら餌を口につけないかもしれない」

薬売り「それにその箱の中に入れたと言う状況……その箱がどのような箱だったのかで話は変わる」

てゐ「おお、なんかドンドン深い話に」


薬売り「箱の中は快適な小屋だったのか、はたまた粗雑なただの物入れだったのか……」

薬売り「そして猫は、飼い猫だったのか野良猫だったのか」

薬売り「言い換えれば、”飼い主”に入れられたのか、”見知らぬ人間”に入れられたのか」

てゐ「ははーん、なるほどなるほど……」


薬売り「猫は箱に入れられる事をどう感じていたのか。それによって、結果は随分と左右されましょう」

てゐ「で……つまり?」



薬売り「――――”開けてみるまでわからない”。これが答えとなりましょう」


 な……なんだその答えは!  
 「開けてみるまでわからない」って……そんなもの、誰だってそう答えるわ!
 新たな頓知だと思い少し考えてしまったではないか……ったく。
 妖兎も妖兎だ。素直に話を逸らせばよかろうに、よりにもよってこんな思わせぶりな台詞を吐くなどと……


てゐ「あー、結局そうなるわけ……」



 ……ん? 思わせぶり?

392 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/26(日) 02:35:00.34 ID:N+y5bzEE0


てゐ「これはね、実はちゃんとした答えがあって」

てゐ「開けてみるまでわからないってのは正しいんだけど……この問に関して”だけ”で言えば、残念ながらハズレなのね」

薬売り「して……その心は」


てゐ「正解は――――生きてもいるし、死んでもいる状態」


てゐ「つまり、”生死が同時に起こっている状態”が答え……ってわけ」


薬売り「……えっ」


 ……はぁ? こやつは一体何を言っているのだ。
 生死が同時に起こるだと? おいおいバカを言うな。
 毒を食らわば猫は死ぬし、食わねば無事生き残る。
 答えがどちらかこそ開けてみるまでわからぬが、結果はどちらか”片方しかない”のは明白ではないか。


薬売り「受け売り……ですか?」

てゐ「鋭いわねちんどん屋。そーよ、これはお師匠様から聞いた、ただの丸暗記」

てゐ「”りょーしがくりきろんに基づくしそー実験”って奴らしいわ。正直、あたしもちんぷんかんぷんなんだけどね」

薬売り「それがモノノ怪と……何の関係が……」

てゐ「その話は、いつぞや、うどんげといた時に聞いた話だった」

てゐ「うどんげはわかったフリしてウンウンうなづいてたけど、その実全然わかっていなかった」

てゐ「だからちょっと突っ込まれたらアッと言う間にボロを出して……って、そこは関係ないわね」


 ぬぬ……これが月の英知の片鱗か……
 何が何やらさっぱりわからぬが、永琳直々の教授ならば、それは確かなる一つの論理なのだろう。
 むぅ……修験ではなく、学者にでもなるべきだったかのぅ。
 さすれば今頃、身共も賢者と讃え呼ばれておったやもしれぬのに。


てゐ「でも……あたしは何となく、こう……理屈じゃなく、感覚でわかった」

てゐ「なんとかかんとか論とか、小難しい事は一切わかんないけど……でも”確率”の事を言ってるんだってのは、すぐに理解できたの」

薬売り「確率……?」


【学論】


てゐ「こう見えて、昔から”確率計算”だけは得意でね。ま、使う機会のない特技なんだけど」

てゐ「でもその分、何かに例える事が出来る」

薬売り「差し支えなければ……お教え願えませんか」

てゐ「そうね……あんたっぽく言うと……」



【――――確率之・理】



てゐ「と、言った所かしら」

393 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/26(日) 02:48:21.81 ID:N+y5bzEE0


てゐ「確率は、不確かなようでとある理に沿って動いている」

てゐ「そしてその理は、人には決して理解できない理」

てゐ「理解できないけど、確かに存在する理。全てが異なる独自の理」

てゐ「なのにその理は、時として現実世界に影響を及ぼす」

薬売り「それは……」

てゐ「これって……あんたの言う”モノノ怪と同じ”じゃない?」


 まったく、何を小難しい事を言い出すのだと思ったが……「理解できずとも問題ない」とわかれば一安心だ。
 すれてんがーの猫とやらは、要は例え話。
 確率が持つ独自の法則が、モノノ怪の生態と酷似すると、妖兎はそう言いたかっただけに過ぎないのだ。
 

てゐ「お師匠様は、この確率が起こす矛盾を、こういう風におっしゃったわ」


てゐ「――――”確率は観測される事で初めて一つに集約される”」


薬売り(観測……)

てゐ「これがその、りょーしなんとか論の結論らしいわ……まぁ、そっちはさっぱりわかんないけど」


【理屈】


てゐ「でも……最初にその剣の抜き方を聞いた時、あたしはピーンと閃いた」

てゐ「退魔の剣が【形と真と理】を必要とするのは――――このシュレディンガーの猫と同じなんだって」


 しかしながらその例えは、実に興味を引く話であった。
 箱の中の猫云々は存ぜぬが、確率の話ならば身共もわかる。
 要は、「丁半博打」の事を言っているのだろう?
 ふふ、懐かしいのぅ……身共も若かりし頃、夜な夜な街に繰り出しては博打に明け暮れたものよ。


てゐ「退魔の剣を抜く事は、猫の入った箱を開けるのと同じ事……見えない世界にいるモノノ怪を、観測することで一つの結果に表す事と同じ」

てゐ「だから斬る事ができる……いや、”斬ると表現”する事ができる」


 そういえば、この薬売りは博打を嗜むのかのう。
 なさそうだな……なんとなくこいつは、そう言った運否天賦とは無縁な気がするよの。
 ま、元々が薬売りである故な。こやつは理に沿ってのみ動く「お堅い」人種と言えよう。

 だからこそ、疑問に思うはずだ。
 薬売りが持つ退魔の剣。と、その所以。
 何故に剣は、形と真と理を求め、何故にモノノ怪を斬る事ができるのか。


 
薬売り「この剣が……観測を……?」


 ひょっとしたら、妖兎の説は図星だったのかもしれん。
 今だからこそ言うが、身共もほとほと不思議に思っていたのでな……
 あんな摩訶不思議な刀、一体どこで手に入れたのやら――――そして如何様にして、抜き方を知ったのか。


https://i.imgur.com/8aBMcb2.jpg

394 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/26(日) 03:03:58.61 ID:N+y5bzEE0


てゐ「あんたの言う通り、結果は開けてみるまでわからない」

てゐ「でも言い換えれば、開けてみるまで”確率は無数に存在している事になる”」

てゐ「だから、生きてもいるし、死んでもいる状態……そんな矛盾が、確率の世界では往々にして起こる」


【確率解釈】


てゐ「その剣は、そんな矛盾を紐解くことができる。矛盾を観測することで、一つの事象に表す事ができる」

薬売り「この剣が…………確率を…………?」

てゐ「だから、退魔の”見”。もしかしたらそれ……刃はついてなかったりして?」

薬売り「…………」


 ひょっとして……知らなかったのか?
 おいおい頼むぞ薬売り。自分の得物を昨日今日会ったばかりの兎に看破されたとあっては、今迄斬られたモノノ怪達が化けて出よるわ。

 妖兎の仮説は、今の所筋が通っておる。
 というか、たった一晩でよくぞまぁ……そこまで推察できた物よ。
 身共も全てを知るわけではないがの。
 身共の知る範囲の中では、今の所妖兎の説は、見事なまでに的中しておるのだ。


てゐ「その剣に顏みたいなのついてんのも、ひょっとしたらそういう事なのかもね」

薬売り「考えた事も……ありませんでしたね」

てゐ「アホ、薬売りなんだから自分の商売道具くらい知っときなさいよ」

薬売り「肝に銘じて……おきましょう……」

てゐ「まっ、でも――――”剣がなくても薬は売れる”わよね?」

薬売り(くっ…………)


 妖兎が剣を引き合いに出したのは、やはり謀りの範疇であった。
 得意な確率論とやらで結論を導き出し、その果てに「剣の取得が絶対条件である」と結論付けたのだ。
 そうなれば、いよいよ持って窮地である。
 かつて数多の真と理を紐解いてきた薬売りが、よもや……
 ”自分が解き明かされる側になろうとは”、一体誰が想像できたであろう。 



395 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/26(日) 03:45:11.08 ID:N+y5bzEE0


てゐ「わかる? 今のあんたから見たあたしは――――”モノノ怪でありモノノ怪でない”」

てゐ「仮にあたしがモノノ怪なら……退魔の剣を奪う事は、あんたから身を守る事と同じ」

てゐ「逆にあたしがモノノ怪じゃなかったなら……あたしはその剣を手にする事で、モノノ怪から自力で身を守る事ができる」


薬売り(その所以は……おそらく……)


てゐ「何故ならば、モノノ怪の理に最も近いのはこのあたし」

てゐ「どちらの確率も観測できるのは、最後に残ったこの因幡てゐしかいない」



【丁半】



てゐ「その剣を抜くのは――――あたしこそが相応しい!」



薬売り(自らの手で退魔の剣を抜こうと言うのか――――!)



 この妖兎……小さき成りで、とんだ食わせ物であった。
 かのような童さながらの姿から、如何様な怪奇極まる論理が飛びでよう等と、一体誰が予見できたであろうか。
 薬売りがしくじる姿を見るのは愉快ではあるがな。
 しかし、事はあまりにも……本当に、後一歩の所なのに。


https://i.imgur.com/dWuqAgV.jpg

396 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/26(日) 04:36:25.02 ID:N+y5bzEE0


てゐ「まさにシュレディンガーの猫ならぬ、シュレディンガーの兎?」

てゐ「箱の 中の 兎は いついつでやる――――ってか?」


 他の者にかまけ、不振とわかりつつ放置してしまったせいか。
 月の話に魅せられ、地上の兎に目を向けなかったせいか。
 薬売りは妖兎の煽り言葉を前に、実しやかに噛み締めておった――――この妖兎は”最後に回すべきではなかった”。

 タガの外れた妖兎は、もはや誰にも止める事が出来ぬ。
 何故ならば、妖兎を諫める唯一の存在……”八意永琳”。
 彼女はもう、とおの昔にいなくなってしまったのだから。


てゐ「――――さぁてちんどん屋ァ! おしゃべりタイムはもう終わり!」

てゐ「あたしってば、決闘の前にベラベラおしゃべりすんの、あんま好きくないのよね!」


 あわよくばを狙った薬売りの儚い企みは、こうして露も残らず消え失せた。
 これから決闘をする者同士、交わすべきは言葉でないのは明白である。

 ベラリ――――次の瞬間、妖兎は意気揚々と一枚の札を取り出した。
 その札こそが、この幻想郷に置ける決闘の合図。
 その名も「すぺるかうど」。
 妖兎の持つこの特有の符が、もはや待てぬと言わんばかりに今、薬売りの眼前に突き付けられていたのだ。


https://i.imgur.com/Q8ttjXJ.jpg

397 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/26(日) 04:44:14.28 ID:N+y5bzEE0


てゐ「【カード宣言】――――これからあたしは、この符であんたに弾幕を仕掛ける!」


てゐ「――――一つ! 妖怪が異変を起こし易くする為!」


てゐ「――――一つ! 人間が異変を解決し易くする為!」


 妖兎が数える掟は、薬売りに対する秒読みと同義であった。
 この秒読みが始まってしまえば、もう誰にも止める事はできない。
 再三に渡って繰り返すが、これはあくまで幻想郷そのものの理。
 よって始めると宣言した以上、勝敗を決することでしか、もはや逃れる道理はないのだ。



てゐ「――――一つ! 完全な実力主義を否定する為!」


薬売り「致し方…………ありませぬな…………」



 薬売りはポツリと諦めの言葉を吐いた後、懐に入れた退魔の剣に、そっと手を伸ばした。
 それは弾幕勝負に乗る事の表れ。
 妖兎が声高らかに告げる最後の理念が伝え終われば、次の瞬間、あの無数に飛び交う「弾幕」が、薬売り目がけて一斉に飛び込んで来るのである。

 それらを空手で捌ききれるはずもなく、薬売りもまた、弾幕で対応するしかなかった。
 札か、天秤か、はたまたイチかバチか――――”退魔の剣が抜ける事”に賭けるのか。
 如何様に対処するのかは、これから薬売り自身が決める事である。



てゐ「――――一つ! 美しさと思念に勝る物は無し!」


薬売り(くる…………!)



【来光】
398 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/26(日) 04:47:27.85 ID:N+y5bzEE0


――――幻想郷に置ける弾幕を用いた決闘法。通称「弾幕ごっこ」
 至る所で当たり前のように起きるこの決闘法であるが、此度の決闘は、ちと特殊であった。
 それは、対峙する片方が”幻想郷の住人ではない”と言う事。
 郷に入っては郷に従えと言わんばかりに、半ば強引に決闘へと引きずり込まれた、哀れな一人の対峙者である。



てゐ「さあ――――行くわよ!」



薬売り「…………!」



 そんな事情など知った事かと、幻想郷は、掟を容赦なく新参者に押し付けた。
 妖兎・てゐ――――この者の宣言によって、夜更けの晩に、一つの決闘が幕を開いたのだ。




(――――)




 そして決闘は、幕を開くと同時に――――




(………………えっ)





https://i.imgur.com/1Tif662.jpg






薬売り「――――参りました」





(ええええええええ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!?)




――――無事、閉幕を迎えた。



【投了】

399 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/26(日) 04:47:58.08 ID:N+y5bzEE0
本日は此処迄
400 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/26(日) 20:17:34.71 ID:6gW1A0FH0
う、うぉ〜・・・続きが気になり過ぎる。
401 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/26(日) 20:44:49.42 ID:BAqaw/Flo
退魔の剣渡しちゃってどうすんだろう?
402 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/27(月) 17:18:34.72 ID:AypDDfNJO
復帰早々飛ばしてきたな
403 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/28(火) 00:50:14.44 ID:ZInpvyTS0


てゐ「え、ちょ…………ええっ!?」

薬売り「いやぁ……さすが姉弟子様です。八意永琳の弟子だけあって、実に聡明で……」

てゐ「いやいや……」

薬売り「”お手上げ”ですよ、完全に……何をどうしたって、あっしに勝機など見当たりませぬ」


 ……阿呆かこいつはァァァァ! ぬぁ〜にを潔く負けを認めておるのだ!
 しかもしかも、健闘の末に惜しくも及ばずならまだしも……やる前から諦めるとは一体どういう領分なのだぁッ!
 その宣言が何を意味するかわからぬはずはない……はずなのに……
 と言うかそれ以前に、男としてどうなのだ! そこはッ!


薬売り「だって……そうでございやしょう? 仮にあっしがその、弾幕勝負とやらに応じたとして」

薬売り「対面ならまだしも……”多勢に無勢”とあらば、どうして勝利を収める事が出来ましょうか」


 ぐう……なんと言う腰抜け……
 見苦しい言い訳にしか聞こえないが、まぁ……一応薬売りは薬売りなりの理由があるらしいので、一応聞いといてやろう。

 ウオッホン! では気を取り直して……
 薬売りは此度の決闘を「多勢に無勢」と言った。
 決闘なのに多勢とはこれ如何にと言った話であるが、要は、薬売りはちゃぁんと記憶しておったと言う事よ。


てゐ「……かぁ〜、なんだぁ、バレてたんだぁ」

薬売り「ええ、そりゃ、もう……」


 降参した分際で爽やかな笑顔を見せる薬売りに、若干の怒りを今日この頃である。
 が、妖兎本人が認めるように、やはりそれは列記とした罠だったのだ。

――――パチン。薬売りの降参を合図に、妖兎が軽く指を鳴らした。
 そしてさらに、その音を合図に姿を露にする「妖兎の罠」。
 その正体は、その正体こそが――――妖兎の使役する、”兎の群れ”だったのである。


https://i.imgur.com/m165g5n.jpg

404 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/28(火) 00:55:47.74 ID:ZInpvyTS0


薬売り「やっぱりね」

てゐ「みんな、もう解散しておっけーよ。なんとこいつ、”始まる前に降参”しやがったわ」


 「解散」。妖兎の言葉を皮切りに、兎は兎らしく、可愛げに跳ねながら散っていった。
 その帰り際は、なんとなしに「肩透かし」的な哀愁を感じなくもない。
 まるで待ちぼうけを食らった妾のようである。
 でもまぁ、これでよかったのかもしれん……いかに行け好かぬ薬売りとて、知人が獣の供物となりて食われる姿など、見とうなかったのでな。


薬売り「いやはや、危ない所でした……あともう少しで、全身を齧り切られる所でしたよ」

てゐ「いや、別にそこまでするつもりはなかったんだけど……」


 妖兎の指示に忠実に従うこの兎共は、言わば妖兎直属の配下。
 玉兎とは違い、この妖兎は単身でありながら無数の分身を所持していたのだ。
 こうなればある意味、最初に因縁をつけられたのは「不幸中の幸い」だったと言うべきか……
 妖兎が【兎を操る力】を持つなど、あらかじめ見ておかねば、きっと気づけぬままであったろうて。


薬売り「あの時、あっしの札を竹毎齧り切った、凶暴な兎達……しかし兎とは、元来臆病な生き物」

薬売り「臆病なはずの兎が、何故にあの時に限りあれほど興奮していたのか……答えは実に簡単だ」

薬売り「誰かがそう指示したからです。あの時最も興奮していた”長”からね」



(――――このうさんくさいちんどん屋を全員で取り囲め〜〜〜!)



 玉兎が乱す力を持つように、妖兎は兎を操る力があった。
 普段は雑用作業の延長線でしかない能力であるが、それ故に”いくらでも応用が利く”。
 これこそが月にはない力。
 当人の使い方次第で、如何様に便宜を図れる【地上の力】。


薬売り「こんな有効な手段、この場で使わぬ道理はなし」

薬売り「足を引っ張るもよし、盾になるもよし……従える兎の数だけ、いくらでも介入できる」

てゐ「だぁ〜〜〜〜もうわかった! そうです、そのとーりです!」

てゐ「インチキしようとしてましたごめんなさい! どお!? これで満足!?」


 妖兎の白状が、崇高な決闘を一個人の謀りへと変えた。
 あれほど掟だなんだと煽っていたにも拘らず、その実「虎視眈々」を狙う腹積もりは、逆に関心すら覚えると言う物よ。

 しかし問題は……こいつ。
 何やら意気揚々と妖兎の企みを暴いておるが、やってる事はただの腑抜けである。


てゐ「でもさぁ……ドヤってる所悪いけど、あんた、ほんとにわかってる?」

てゐ「スペルカードルール下において、降参を宣言する事がどういう事か……知らなかったは通用しないわよ」

薬売り「ええ、重々承知ですとも」


 そう。如何様な謀りがあり、いくらそれを見抜いたとて……薬売りが取った手段は、結局「諦め」でしかないのだ。
 弾幕勝負に待ったはない。それは我らの決闘とて同じ。
 「参った」――――この言葉を吐いた瞬間、薬売りの敗北は決定してしまったのである。



【決着】

405 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/28(火) 01:06:00.55 ID:ZInpvyTS0


てゐ「じゃあ……ええと……こんなケースはあたしも初めてなんだけど」

てゐ「一応まぁ、放棄試合と言う事で……勝者は敗者のスペルカード、またはそれに準ずるものを……」

薬売り「もう、置きましたよ」

てゐ「――――準備よすぎィ!」


 勝利の証はすでに、妖兎の足元に置かれてあった。
 勝利の栄光を称えるかのように、キラリと光るは「退魔の剣」。
 これは理と引き換えに提示された、紛れもなき勝者の証明である。


てゐ「そ、その手には乗らないわよ……」

薬売り「何の、手ですか?」


 そして薬売りのあまりの手回しの良さを前に、妖兎に不信感が湧き出る事もまた、至極道理。
 よって妖兎は、小さくもハッキリと零した――――「こんなうさんくさい奴が素直になるはずがない」
 そうなるのも当然だ。なにせ、他でもない自分がそうなのだから。


てゐ「……実はすでに剣には兎取りが仕掛けて合って」

薬売り「ありませんよ。寸尺的に無理でしょう」

てゐ「……とった瞬間この頭がガブッと噛みついてくるとか」

薬売り「しませんよ……できるならとっくの昔にやっています」

てゐ「ハッ――――わかったわ! この先っちょに薄いワイヤーみたいなのが括りつけてあってそれがあんたの指と(ry

薬売り「やれやれ……疑り深い方だ」


薬売り「そこまで言うなら――――これならどうです?」


てゐ(はう――――!)


 そう言うと薬売りは、両の手を大きく上へ掲げた後、肘を折り曲げ、掌を頭の後ろへ追いやった。
 まるで岡っ引に捕えられたコソ泥のような、実に哀れな姿勢である。
 そんな情けないにも程がある姿を、何故だか自信満々に。
 しかも「してやってる」と言わんばかりに、妖兎の眼前に恩着せがましく見せつけたのだ。


https://i.imgur.com/AzhVk8d.jpg


薬売り「必要とあらば目を瞑りましょう。それでも不安ならば頭を垂れましょう」

薬売り「そこまでしてもまだ不信感が拭えぬのなら……拭えるまで、トコトン付き合いましょう」


薬売り「――――”夜が明けるまで”、ね」


てゐ「う……」


 妖兎は困った。実に困った。
 妖兎の脳裏には、未だかつてどこにも存在しなかったのだ。
 謀った相手が怒り狂う様は幾度も見て来たものの――――自らの「負けを強く主張する者」など、いくら遡ろうと、どこにも。


薬売り「どうしました……勝利を手に取らないのですか?」

てゐ「く、くっそ〜……」

 
 怪しすぎるのは重々承知。が、それでも妖兎は手に取らねばならぬ理由があった。
 否。それはもはや「義務」とすら言えよう。
 何故ならば……見慣れぬ掟にも関わらず、薬売りはちゃ〜んと従ったのだ。

 それは、名付けるならば――――「敗者の掟」。
 さもあれば、今度は勝者が勝利を手にする事も、これまた”掟”の範疇であったのだ。


【責務】
406 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/28(火) 01:11:10.59 ID:ZInpvyTS0


てゐ「と、取るわよ……?」

薬売り「どうぞ」

てゐ「ほ、ほんとに取るわよ……?」

薬売り「そのように」


 今までの強気な態度はどこへやら。
 退魔の剣を取らんと伸ばすその手は、臆病と呼ばれる兎そのままに、ぷるぷると震えておったのだ。

 その様はさながら、ヘビに睨まれたカエル……もとい、剣に睨まれた兎。
 それは剣が顔貌の如き形を持つ故か。
 妖兎からすれば、剣が新たな主人となる自分を、じっと睨んでいるようにも見えたのであろう。



退魔の剣「 」


てゐ「お…………」


薬売り「はやくしてもらえませんかね……手が痺れて参りました」


てゐ「う、うっせ! 急かすんじゃないわよ……」


 震えつつも少しずつ近づいていた妖兎の手が、寸前でピタリと止まった。
 薬売りが掟を遵守した以上、今度は自分が守らねばならぬ。
 そんな事は重々承知の上である……が、そんな妖兎の葛藤は、身共もよ〜く理解できようぞ。

 「――――最高に胡散臭い」
 身共が妖兎なら、やはりその言葉を吐くであろうな。
 退魔の剣の風貌も去ることながら、この”自身に都合の良すぎる展開”は……
 兎の臆病な性を、そりゃあもぉ〜激しく刺激したのだ。

407 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/28(火) 01:26:43.78 ID:ZInpvyTS0


てゐ「う…………」


てゐ「ぐ…………」



薬売り「…………」



てゐ「…………んぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」



 それでも妖兎は、ついに意を決し――――退魔の剣へと手を伸ばした。
 


薬売り「おおっ」



 瞬間――――ぬめりとした感触が、妖兎の掌に駆け巡った。



てゐ「…………」


 そのぬめりは、手汗の感触であった。
 自身でも気づかぬうちにかいた大量の汗が、当たり前のように感ずる触感すらも滲ませたのだ。

 手汗が齎す滲んだ感触。
 しかしそれは勝利の実感に同義。
 その感触が掌に、しかと伝わる程に――――妖兎の手が今、確かなる勝利を掴んでいたのであった。



てゐ「と……とったどー……」


薬売り「おめでとう……ございます……」



 この瞬間、妖兎は掟に基づき、晴れて勝者となった。
 過程こそ意外であったものの、それでも勝ちは勝ち。
 小さき掌に伝わる剣の感触は、紛れもなく勝者の感触と言えよう。



てゐ「……一つ、言っていい?」


薬売り「どうぞ」



 得てして、妖兎の勝利は。もはや何人たりとも覆せぬ確かな”真”となった。
 そんな勝利の実感に、思う所がないはずもなく……
 妖兎は己が心中を抑えきれず、思うがままに、声高らかに吠えたのだ。





てゐ(うれしくねぇ――――!)




 その心中は――――「やっぱり勝った気がしない」。
 そんな思いで、満たされていたのだった。



【確立】
408 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/28(火) 01:34:27.65 ID:ZInpvyTS0


てゐ「ほんと、初めてよ……こんなに複雑な気分の勝ちは」

薬売り「いいじゃないですか……如何様な過程であろうと、それでも勝ちは勝ち」

薬売り「あっしが降参せざるを得ない程、貴方は狡」


【訂正】


薬売り「強かった」

てゐ「何噛んでんのよ」


 勝者への賛辞が、どこか棘がある風に聞こえるのは気のせいか。
 いまいち気乗りしない様子の妖兎に、薬売りはこれまた微妙な祝福を投げかけた。
 まぁ、確かに実感はないだろうな……何せ、何もしていないのだ。
 妖兎は妖兎なりに練ったであろう謀りの数々。これらがある種、「全部無駄になった」とも言えるのだから。
 

薬売り「まぁ、そう思っていれば……いいんじゃないですかね」

てゐ「ふん、あんたの下手な世辞なんてどうでもいいわよ」

てゐ「そんな事より、これ……よく見ると、中々かわいいじゃない」


 薬売りの世辞こそ響かぬままであったが、それでも妖兎は、徐々に機嫌を取り戻しつつあった。
 その所以はやはり、その手に掴んだ退魔の剣。
 モノノ怪を斬ると言う唯一無比の価値とは別に、「個人的に好ましい形」が、いつの間にか妖兎の心をがっちりと掴んでいたのである。


てゐ「ふむふむなるほど……刀っつーより、脇差? に近いわね」

薬売り「まぁ、懐に収めれるくらいですからね」

てゐ「それに……軽い。これならあたしでも、十分取り廻せそう」

薬売り「特に貴方様は、背丈が小さいですからね……」


 剣と呼ぶには少し短い寸尺は、薬売りの言う通り、妖兎の背丈にピッタリであった。 
 「よっほっは」と取り廻す姿も、妖兎の小ささが相重なり、存外様になっておる。
 ふむ……確かに、ある意味薬売りより妖兎の方が、主に相応しいかもしれぬ。
 それ程までに、退魔の剣と妖兎との「上っ面」の相性は、抜群であったのだ。


てゐ「なんか……なんか、テンションあがってきた!」

薬売り「それはそれは……ようござんした」


 楽し気にじゃれる妖兎に、その様子を冷ややかな目で見守る薬売り。
 妖兎の童に近い姿も手伝い、一見すると、まるで親子かのような実に微笑ましい光景にも見えよう。



【宴】



 しかしながら――――所詮は幻。
 そういう風に見えた所で、無論親子なわけはないし、どころか同じ種族ですらない。
 如何に盛り上がった所で、たかだか偶然なる一期一会。
 故に二人の関係は、どこまで行っても――――”赤の他人”に過ぎなかったのだ。


薬売り「あ・それ。あ・それ」

妖兎「ほぉぉぉぉ……とおッ!」


 そんな事は、当人同士こそが一番よく存じ上げていた。
 故にあえて、流れに身を任せた。
 そう、不意に訪れたこの愉快な一時は――――これから始まる【本当の決戦】への、わずかな余暇にすぎなかったのだから。


https://i.imgur.com/MoSD5GX.jpg
409 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/28(火) 01:35:24.41 ID:ZInpvyTS0
メシくってくる
410 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/28(火) 02:47:36.80 ID:ZInpvyTS0


てゐ「決まった……」

薬売り「大変、様になっておられます」

てゐ「ねね、ところでさ――――この子ってさ! 頭ついてるけど、喋ったりできないの!?」

薬売り「ああ、やはりそこが気になりますか……」


 夜も深まりし寅の刻。
 深淵とも呼ぶべき暗黒の最中にて、何故か宴会さながらの盛り上がりを見せておる酔狂者が、この場に二人だけおった。
 宴はまだまだ宴もたけなわと言わんばかりである。
 しかしながら……楽しみも悲しみも、いつかは終わりを迎えると言う物。
 それは、この闇夜ですら例外ではない。


 夜の中で最も深き刻――――【寅】。
 そう、この刻は最も深きと同時に、”最後の”刻でもあったのだ。


てゐ「もっちろん! だって、この子とおしゃべりできれば、暇な時間を楽しく過ごせるじゃない!」

薬売り「なるほど……そいつぁよかった」


 酉の刻から始まる夜は、またの名を暮六つとも呼ぶ。
 この「暮」とはすなわち夕暮れ。
 日が沈み、空が闇に染まる。その始まりを意味する言葉である。

 してこの日暮れの齎す不鮮明さは、いつしか人々に、とある言葉を吐かせる事となった。
 「誰ぞ彼――――」これが所謂、【黄昏時】の由来である。



てゐ「ってことは〜〜〜〜?」

薬売り「ええ……喋りますよ。貴方の期待通り、ね」



 しかしながらこの黄昏時……実は”二つある”のをご存じかな?
 この由来に基づくならば、暁の刻もまた、黄昏時となるのである。
 


てゐ「マジ!? やったぁーーーー!」



 同じ刻を表す言葉が二つある――――言い換えれば、「暮でもあり暁でもある」と言う事。
 しかしながら、二つの刻が入り混じる事など、一度たりともあってはならない。
 よって人々は、いつからかこの二つの黄昏を、”呼び名を変える”事で解決を図り申した。



薬売り「――――貴方が”理を解けば”、ね」


てゐ「…………」



 「彼は誰」時――――またの名を【卯の刻】である。


https://i.imgur.com/IweAE5K.jpg

411 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/28(火) 02:56:09.55 ID:ZInpvyTS0


薬売り「貴方がそうやって、退魔の剣を求め続けた理由……それこそが、貴方の理なんじゃないですか」

てゐ「……ちょっとなに言ってるのかわかんないわね」

薬売り「もう……いいじゃないですか。だって、そうでございやしょう?」

薬売り「周りがモノノ怪に振り回されるその裏で、貴方は虎視眈々と、あっしの剣を狙っていた……」

薬売り「故に周りに何が起ころうと、徹底して知らぬ存ぜぬを突き通した……と、言うより」

薬売り「――――”構っている暇がなかった”」


 薬売りがそう告げた瞬間、あれほどはしゃいでいた妖兎の動きは、ものの見事にピタリと止んでしまった。
 まぁ、気持ちはわかる。気に入りつつあった分、それだけ落胆も強かったのだろうて。
 少し可哀想な気もするがな。
 まぁ……妖兎が如何に可愛がろうと、剣は、あくまで剣にすぎぬと言う事よ。
 

薬売り「退魔の剣を抜くには条件がある……形・真・理の三つが揃わなければ剣は抜けぬ」

てゐ「それは知ってるって」

薬売り「ならばあえて、貴方にわかりやすいように言うならば……」

薬売り「――――”箱を開ける鍵”とでも、言いましょうか」

てゐ「……それも知ってる」


 剣とはすなわち、人を斬る為の道具。
 時の剣豪、高名な刀匠、歴史に名を刻んだ武将――――それらの愛用品として価値が付いたのは、あくまで後の話である。
 後に如何なる値打ちが付こうとも、それは持ち主の関せぬ事。
 彼らが剣を手にしていた当時は、剣は、紛れもなく人殺しの為だけにあったのだ。


薬売り「貴方は剣が欲しかったのではない……自らの手で斬りたかったのです」

薬売り「貴方には、そうせねばならない理由があった……他の者には任せられない”理”があった」


 それは退魔の剣も例外ではない。
 退魔の剣が存在する理由。それもまた、モノノ怪を斬る為”だけ”に存在するのだ。
 よって退魔の剣は、嗜好品として愛でるには少々荷が重すぎた。
 当然だ――――”モノノ怪はまだそこにいる”のだから。


薬売り「もうそろそろ、話して頂けませんかね……」

てゐ「…………」

薬売り「いいじゃないですか……どうせ、理を告げねば剣は抜けないのです」

薬売り「剣を抜かねばモノノ怪は斬れない……モノノ怪を斬らねば――――”攫われた者共は帰ってこない”」


 よって妖兎の度重なる不振さは、とある仮説に基づけば、その片鱗を垣間見る事ができた。
 その仮説とはすなわち――――”自らの手で決着をつける事”。


薬売り「仮にモノノ怪が……自分の内から溢れた情念であったとしても」


 何故ならば、この妖兎こそが――――この地を守護する”番人”なのだから。



【兎兵法】

412 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/28(火) 03:05:04.22 ID:ZInpvyTS0


てゐ「なる・ほど……ハナっから、これが目的だったってわけ」

薬売り「滅相もない……兎にまんまと化かされてしまった人間の、最後の悪足掻きですよ」

 ふむ……そうか……あぁ、なるほどのぅ。
 いやにあっさり負けを認めたと思えば、その実はこういう事であったか。
 薬売りが言う「最後の悪足掻き」とは――――すなわち、妖兎が持つ不安の一切を排除する事に合ったのだ。


てゐ「ふん、何とでも言えばいいさ……結局、あんたの目論見通り、”あたしはあんたの前で吐かざるを得なくなった”んだから」


 ただでさえうさんくささ極まる薬売り。
 加えて妖兎は、当初から誰よりも、この薬売りに不振を持っておった。
 一個人の印象もさることながら、この地を守る番人としての嗅覚がそうさせたのだろう。
 よって妖兎が口を閉じる原因が、他でもない自身のせいとあらば――――その他の一切を放棄するしか、術はなかったのだ。


てゐ「じゃああんた、立場的にはただの野次馬って事になっちゃうけど、その辺はおっけーなわけ?」

薬売り「構いませんよ。むしろここまで来たなら、最後まで見届けねば夢見が悪い」

てゐ「なにそれ……ただの好奇心じゃない」

薬売り「そうですね……”貴方と同じ”です」


 退魔の剣を放棄した薬売りが理を知る事は、何ら一切の関係がないただの傍観となる。
 普通なら「見世物ではないぞ」と追い立てたくなる所であるが、しかし妖兎は渋々許可を与えた。
 それは先ほど妖兎が述べた師の受け売り、「確率の観測」とやらに起因する。
 すなわち、二つの可能性の片割れ――――”もしもモノノ怪が自分なら”。


薬売り「言伝があれば……伺いますが」

てゐ「ないわよバカ……”うどんげじゃあるまいし”」


 玉兎と違い、妖兎に後見人は必要なかった。
 後を託すには余りある配下共が、頼まずともどうせ、妖兎の弁を一言一句漏らさず残してくれるのだ。
 よって妖兎が薬売りを残す理由など、どこにもありはしない。

 にも拘らず置いておく、その理由は――――
 ”かつて教わった師の言葉”が脳裏を掠めた。ただのそれだけに過ぎない。
 

てゐ「あんたはただ、見届けるだけでいい……事の一部始終を、その不気味な目つきで」

薬売り「そのように……」


 【――――確率は観測される事で初めて一つに集約される】
 その言葉だけが、薬売りがこの場に御座す事を許したのだ。

413 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/28(火) 03:11:29.21 ID:ZInpvyTS0


てゐ「ま……ぼちぼち潮時かぁ……」

薬売り「そうです……いつまでも、この状況を放置しておくわけにもいきますまい」

てゐ「いや、うん……まぁ、そういう意味じゃないんだけどね」


 妖兎は全てを把握し、意を決したそぶりを見せた。
 しかしその素振りの中に、やはりほんの少しだけ「躊躇い」があったのは否めない。
 よって妖兎は、薬売りに一つ問いを投げかけた。
 答えが欲しかったのではない。ただ少しだけ、背中を押してもらいたかっただけなのだ。


てゐ「図々しいかもだけど……もう一つだけ、教えて貰いたいわ」

薬売り「はい、なんでしょう」

てゐ「全てを言えば……本当に剣は抜けるの?」


 薬売りはその問に二つ返事で答え、その結果、妖兎の戸惑いが少し薄れたように見えた。
 妖兎からすれば一安心と言った所である……が、しかしそこは薬売りと言う男。
 この男の持つ「意地の悪さ」を持ってすれば、この期に及んで無駄な不安を煽る事は、ごく自然な成り行きだったのだ。


薬売り「ま、未だかつておりませぬがね……”あっし以外に剣を抜いた人物など”」

てゐ「……」


 せっかく収まった躊躇いが、また元の木阿弥に戻った。
 「自称・確率計算が得意」な妖兎からすれば、その一言がまたも無数の確率を生む事は想像に難くない。
 余計な事を……と叱責したいのは山々である。
 が、しかしこの場で薬売りを責めるのは、まさに「お門違い」である。

 何故ならば……薬売りはもう、関係ないのだ。
 退魔の剣を持たぬ薬売りは、もはや一介の薬売りにすぎない。
 そんな人物に励ましを貰おうなどと、「図々しいにも程がある」。
 そう言ったのは、他でもない妖兎自身である。

414 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/28(火) 03:27:14.64 ID:ZInpvyTS0



てゐ「ふん……いいわよバカ。そんな事言ったって、剣はあんたに返さないんだから」


 そして妖兎は――――再び黙した。
 妖兎が黙すことで、薬売りは口を開く機会を失い、結果両者に言葉は無くなった。
 夜更けに相応しき静寂が、ようやっと戻ってきた……とも言えなくもない。
 しかしこの期に及んでまだ黙す妖兎の姿は、薬売りには、未だ躊躇っているとしか思えなかったのだ。



薬売り「…………ん?」



 【刻】【刻】【刻】――――延々と続く言葉無き静寂。
 にも関わらず、だ。
 はてさてどういうわけか……妖兎の手にある退魔の剣が、何やらカタカタと震えだしたではないか。



てゐ「あたしってば……うどんげみたく、ベラベラと口が回る方じゃないからね」


てゐ「だから……”実際に見せた方が速い”と思うわけ」



 妖兎が黙した理由。
 その実は、戸惑っていたわけでも尻込みしたわけでもなかったのだ。
 真相は、本当に些細な所作である。
 単に――――「服を脱いでいたから」。



てゐ「これが…………あんたが知りたがってた”あたしの理”」



 妖兎がそう零すや否や、次の瞬間――――ハラリ。
 妖兎の召し物の上半分だけが、器用に体から折れ落ちた。



薬売り「な…………」



 要は……「服を脱ごうとして着崩れた」。
 ただのそれだけに過ぎなかった――――はずなのに。




【御目通り】




薬売り「こ…………れは…………」



 しかしながらそれは……確かに、妖兎の言う通りであった。
 露わになる肌。刻まれし真。滴る理――――
 それらはやはり、あの薬売りですら、寸分違わず同意せざるを得ないほどに……
 ”言葉よりも見た方が速いシロモノ”であったのだ。





(あんまし…………ジロジロ見んなって…………)





https://i.imgur.com/EuOxmAA.jpg
415 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/28(火) 03:41:53.48 ID:ZInpvyTS0


薬売り「なんと…………」

てゐ「はいそこ、引かない引かない……ったく、そうなるからヤだったのよ」

てゐ「グロいのはわかるけどさ。見せろ見せろっつってしつこくせがんできたのは、あんたの方なんだからね」


 妖兎本人が自覚するように……
 その傷は思わず目を背けたくなる程の、実に生々しき”傷”であった。

 そして妖兎は語る。
 曰くこれは――――妖兎がかつて受けた【古傷】であると、妖兎はそう申したのだ。


薬売り「古…………傷…………?」


 しかしその説明は腑に落ちなかった……
 門外漢の身共ですらそう感ずるのだから、その道に詳しい薬売りには一目瞭然であろう。
 そう、傷は――――古傷と呼ぶには、あまりに”新しすぎた”のだ。


てゐ「そう、古傷……これでも随分、マシになった方よ」


 今にも血が滴りそうな、真新しくも深き傷。
 にも拘らず妖兎は、あくまで「古傷」と主張し続け、しかもなおかつ「収まりつつある」と、そう言いのけたのである。

 ならば、これを古傷と呼ぶならば……
 元々の傷は……一体どれほどの……
 うっぷ。すまぬ皆の衆。何やら身共、突然気分が……
416 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/28(火) 03:52:06.12 ID:ZInpvyTS0


てゐ「同情はいらない。その言葉はすでに聞き飽きたから――――」


てゐ「慰めもいらない。自分が惨めになるだけだから――――」


 あいや、失礼した……全く、最後の最後でえらい物を見せられたわい。
 こんないと大きなる傷を抱えて、よくぞまぁ今の今まで過ごせたものよ。
 同情は聞き飽きたとは言うがな……
 そりゃそんな傷を目の当たりにすれば嫌でも見入ってしまうし、むしろ心配せぬ者などどこにもおらぬであろうて。


【刻印】


 しかし――――おかげで傷は、早くも一つの真を解いたな。
 ”何故に妖兎がこの地に辿り着いたか”。
 まず間違いなく、この傷が所以であろう。


薬売り「永遠亭の最初の客人は…………貴方だった?」

てゐ「逆よ薬売り。永遠亭を薬屋に変えたのは、他でもないこのあたし」

てゐ「どうせ帰る気がないのなら、そのまま地上の民になればいい――――”地上の薬売りとして”つってさ」


 やはりと言うか案の定と言うか、妖兎が語る理の片鱗は、いきなり亭の発祥を解いて見せた。
 薬売りすら敬う、名高き【薬師】八意永琳。
 その地位を与えしが、その実一羽の兎の「入れ知恵」だったとあらば……
 同じ薬売りとして、一体奴は何を思うのか。



退魔の剣「〜〜〜〜〜〜〜〜!」



 そんな、驚きを隠せない薬売りに同調するように、退魔の剣の震えも、人知れず激しく鳴っておった。
 妖兎と薬売りの掛け合いの裏で……退魔の剣の側からも、しかと見えておったのだろう。



(――――かごめ かごめ かごの なかの とりは)


(――――いつ いつ でやる)



 ひょっとしたら……剣も驚いておったのかもしれんな。
 薬売りから見て背。剣から見て銅。
 両側から見えるこの実に痛々しい傷が、妖兎の全身の余す所に点在しておったとあらば……




(いつ いつ でゃる……)




――――まるで瞼のように開く、この傷を。



https://i.imgur.com/CRP7Df0.jpg
417 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/28(火) 03:52:38.49 ID:ZInpvyTS0
本日は此処迄
418 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/28(火) 18:19:15.97 ID:B3gG2njDO
これてゐがモノノ怪じゃなかったとしたら詰みなんじゃ
419 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/30(木) 00:47:44.17 ID:rqejUdQb0


薬売り「見え透いた仮病をと思っておりましたが……まさか、本当に痛がってたとはね」


 うむ……これほどの大怪我、見ている側も痛々しく感ずるほどだ。
 ならば無論、当人が感じる”痛み”は計り知れないであろう。
 さもあらば、次なる欲求が生まれるは至極道理。
 「この傷を何とかして治したい」――――妖兎はそう、強く願っておったはずだ。


薬売り「だからあっしに頼んだ……永琳が精製し、どこぞに隠した、全ての病を治すと言う【万能薬】の在処」

薬売り「もう一人の兎に……”あらぬ誤解”を抱かせる事も、覚悟の上で」

 
 そして、「全ての邪魔者がいなくなった所で、夜中にこっそり服用しよう」と企てた。
 そこまでは良い。そこまでは合点がいくのだ。

 しかしだとすれば、今度は別の疑問が沸く。
 そもそもな話――――何故に今迄傷は放置されていた?
 わざわざ万能薬になど頼らずとも、すぐそばに世界有数の医者がいたのに。


てゐ「薬なんかに頼らなくても、”お師匠様に頼めばすぐ治してもらえただろ”って、そう言いたいんでしょ」

薬売り「ええ、まぁ……」

てゐ「言われずとも……とっくの昔に診てもらったわよ」

薬売り「診た……だけですか?」


 しかし傷は未だ残る事実。
 よってその答えは、自然と「二つの可能性」が浮かび上がると言う物よ。

 一つは、「永琳が治療を拒否した」可能性。
 妖兎の普段の行いを顧みるに、度重なる悪戯に手を焼いた永琳が、「戒め」として治療を拒否した可能性十分に考えられる。
 

てゐ「シュレディンガーの猫……この傷は、それと同じなの」

薬売り「机上の空論に……現れる矛盾……」


 だが、そうではなかったとしたら……残る可能性はただ一つ。
 これは、実に考え辛いのだが……
 しかし、仮に……「永琳ですら治せなかった」とすれば。


【不治】

420 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/30(木) 00:59:30.85 ID:rqejUdQb0


てゐ「この傷はね――――お師匠様曰く、”傷であって傷でない”の」

てゐ「だから治せないんだって。だって、傷なんてどこにもないんだからって」

薬売り「同時に起こりうる矛盾……まさに、箱の中の猫」


 して永琳は最終的に、実に頓珍漢な診断を下した。
 自身でもおかしいとわかりつつも、そう言うしかなかったのだろう。
 見るからに痛々しい無数の傷々。
 しかしその傷は、永琳だけが持つと言う、月の医学を用いて診れば――――
 はたまたどういうわけか、最終的に「無傷」と言う結果となってしまうのである。


てゐ「精々、簡単な薬草を貰うのが関の山だったわ。塗る奴と飲むタイプの奴」

てゐ「痛くなったら使えっつって。これって、本当の薬じゃないんでしょ?」

薬売り「ただの痛み止めですね……」


 これは先ほどの「すれてんがーの猫」とやらに酷似する。
 二つの事実が同時に内在する様。通常ならありえぬ、机上の空論の中だけに現れる矛盾。
 なはずが、どういうわけか……この妖兎の身にだけ、現実として引き起こされておると言うこの事実。


薬売り「なるほど……だんだんと、見えて来ましたよ」

てゐ「見えてきた……だぁ……?」

薬売り「ええ……今の話からして……貴方に起こった事とは」


薬売り「貴方が罹りし――――病とは」


 まさに妖の仕業と思しき、実に奇怪なる奇病。
 しかしその理は、やはり流石と言うべきか……
 双方を専門に扱う薬売りにだけ、推し量る事ができたのだ。





薬売り「――――【幻肢痛】ですか」





【幻】


421 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/30(木) 01:17:00.88 ID:rqejUdQb0


てゐ「……」

薬売り「どうか、しましたか?」

てゐ「いや、なんつうか……」

てゐ「あんたって、ホントに薬売りだったんだなって言うか……」

薬売り「……?」


 妖兎よ安心しろ。そこらへんは、今まで薬売りと出会った全ての者共が、すでに突っ込み済みよ。
 あの神妙不可思議にして奇怪な見た目からは想像できぬ程に、この真理を鋭く診る眼力は、さすが薬売りを名乗るだけあると言うものよの。

 現に、今この時においても、たったあれだけの説明で見事「真」を言い当てよった。
 それは当の妖兎自身がよぉくわかっているであろう。

 して、今回の薬売りが対面せしめた、この妖兎の身に罹りし真とは――――
 人呼んで――――【幻肢痛】。
 無くしたはずの四肢が、まるで、幻のように痛み出す病の総称であったのだ。


https://i.imgur.com/3opsgFZ.jpg


薬売り「最初から、そう名乗っておりましたが?」

てゐ「あー、うん。そうね、もういいわ」


 そして薬売りは続ける。
 幻肢痛は、所説はあれど未だ解明されぬ、一つの”現象”であると。
 在るのに無い――――故に治せない。
 いみじくもその語りは、かつて永琳が妖兎に下した診断と、すべからく一致していたのであった。



【因幡てゐ――――之・真】

422 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/30(木) 01:27:17.08 ID:rqejUdQb0


てゐ「まぁ、そーゆーわけで……お師匠様ですら匙を投げた謎の奇病が、よりにもよって弟子のあたしに罹っちゃってるってわけ」

薬売り「できる事と言えば、精々痛みを和らげる程度……発病そのものまでは防げない?」

てゐ「そーそー。ま、おかげである意味医学に貢献してると言えるけど」

薬売り「被験者として……ですか?」


 確かに、その病は、病と呼ぶにはあまりにも奇怪すぎた。
 数ある奇病の中でも、その症だけは、如何なる病よりも”非現実的”であったのだ。

 こうなれば、妖兎が例の「すれてんがー」に拘る理由が、なんとなく推し量れた気がするな……
 自らの身に罹った「在るのに無い」病。
 これをなんとか完治せんとする糸口を、妖兎は妖兎なりに探していたのだろうて。


薬売り「幻肢痛……なるほど……しかしそれが原因であるならば、こっちとしては、むしろ”好都合”だ」

てゐ「好都合……だと……?」


――――しかしながら、そんな「悲惨」の一言で表せられる病を前に。
 薬売りはむしろ「よい機会」と言わんばかりに、意気揚々と、独自の診断を述べ始めたのであった。


薬売り「幻肢痛とは……元来、失った四肢に起こる物」

薬売り「失った四肢があたかもそこにあるかのように、痛みだけが幻と現れる奇病」

薬売り「しかし、貴方の場合は……それが”全身に蔓延っている"」


 さすがの薬売りとて、空手のままに真理を解く事は叶わぬ。
 しかしそれは、言い換えるならば――――”ほんの一欠片の手掛さえあれば”。
 
 薬売りからすれば、やはりこの状況は「好都合」と言う他になかった。
 【幻肢痛】。その片鱗を見るや否や、薬売りの脳裏の中に、瞬く間に「妖兎の真」を積み重ねる事ができたのだから。



薬売り「四肢は無事。しかし痛みだけが、全身に”幻”となりて現れる……その所以は」


薬売り「おそらく……貴方が失った部位とは……」


 ま、なんと言うか……ようやっと、らしさを取り戻したな。
 と言うかむしろ、そうこなくてはこちらが困ると言う物よ。
 思い起こせば、薬売りとは、たかだか一期一会の縁であったが……
 身共ですら明かせなかったモノノ怪を、見事暴いたあの眼力。
 それがそんじょそこらの兎に敗れたとあったら、身共の沽券にすら係わってくるのだよ。





薬売り「――――【皮】だ」




てゐ「…………」




 返事がなくともその解答は、十分真に触れておると分かった。
 何故なら――――手放したはずの退魔の剣が、より一層震えを増したのだから。

423 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/30(木) 01:43:50.30 ID:rqejUdQb0


薬売り「まぁ……こんな感じでしょうか」

てゐ「あ……? なにがよ」

薬売り「お節介ながら、少々実演させていただきました……”退魔の剣の抜き方”ですよ」


 カタカタ・カチカチと明らかに増した剣の震えを、直接その手で掴んでいる妖兎が気づかぬはずもなかった。
 そして、増した震えが示す事実は、ただの一つしかない。
 薬売りは確かに――――”妖兎の真を得た”。
 それは言われずとも、当の本人が、誰より深く存じていたはずだ。



薬売り「さて、あっしにできるのはここまでです……これ以上は、もう、何も見えませぬ」


てゐ「…………」


薬売り「”貴方が抜く”んですよ、退魔の剣を」

薬売り「貴方の中にある真を見せる事で――――嘘偽りなき理を、述べる事で」



https://i.imgur.com/9mofc3e.jpg
424 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/30(木) 01:53:33.49 ID:rqejUdQb0


てゐ「…………」


 長かった……実に長かった。
 長きに渡って隠し続けられた「妖兎の理」が、ようやっと、日の目を見る時が来たのだ。
 

【灯】


 日の目――――そう、日の目だ。
 妖兎はこれから、自らの理を述べる。
 してその時刻は、なんとも間のイイ事に……ちょうど【寅三つ】を過ぎた頃であったのだ。


【彼誰】


てゐ「惨めで……哀れな半生だった」


てゐ「誰よりも愚かで……何よりも小さき生き物だった」


 明けの刻まで、残り一刻。
 もう一刻もすれば、この長く続いた闇夜は開け、暦と共に日が昇る。
 そして日が昇れば、陰陽が如く空は白み始める――――まさに、卯の毛皮の如く。


https://i.imgur.com/NYiDRsb.jpg


 まさにおあつらえ向きの舞台ではないか。
 よって改めて言わせて貰おう――――「宴もたけなわ」
 宴の締めには挨拶がつきものだ。
 というわけで、この妖兎自身に是非、締めて貰おうではないか。



てゐ「だけど――――”幸せだった”」




 最後まで残った妖兎の理――――一体、「彼は誰」なのか。




【因幡てゐ――――之・理】


425 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/30(木) 02:38:03.98 ID:rqejUdQb0
眠い
明日やる
426 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/30(木) 02:57:02.50 ID:da66oYyj0
眠い
明日頑張ってください
427 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/30(木) 23:48:27.68 ID:rqejUdQb0


てゐ「どこまで……遡ろうか……そうだ」

てゐ「そういや、まだ言ってなかったわよね……あたしの出身」

薬売り「月……ではないですよね」

てゐ「うん。あたしの育った所はね……遥か遠くにある、小さな小さな島だったの」


【島】


薬売り「ほぉ……列島の産まれでしたか」

てゐ「ううん、そんなんじゃない……あれは……言うなれば”孤島”」

てゐ「半日のあれば一周できるような、とても小さくて、とても孤独な島……」

薬売り「孤独な島……?」


【孤独】


てゐ「そんな場所だから……そこに住んでる連中もまた、やっぱり小さくって」

てゐ「あたしはその連中を――――”小さき民”って呼んでた」

薬売り「…………」


――――島の暮らしぶりは、何もかもが小さかった。
 小さな人間。小さな獣。小さな小動物。小さな爬虫類。小さな鳥。小さな虫……
 ただでさえ小さい連中しかいない島なのに、その頭数すらもやっぱり小さくって。
 そんな島の生き物の過ごす日常も、案の定、とても小さい暮らしぶりだった。


【矮小】


てゐ「各々が最低限生活できるような、小さななわばりがあって……その中で互いに干渉する事もなく、こじんまりと過ごしてた」



 でも――――そんな小さな島の中で、大きなる生き物が一羽いたの。



てゐ「その生き物は、獣でありながら、あらゆる種族と言葉を交わす事が出来た」

てゐ「その生き物は、小動物の癖に、身の丈以上ある捕食者と対等に渡り合えた」

てゐ「その生き物は、畜生の分際で……人間以上に、頭がよかった」


 そんな飛びぬけた能力を持った生き物は、いつしか周りを”小さき民”と断ずるようになった。
 小さき生き物。小さき文化。小さき島。小さき存在――――
 口にこそ出さなかった。でもその内心は、知らず知らず態度に現れていたと思う。


てゐ「それが――――”あたし”」

てゐ「大きなる存在と”思い込んでいた”、何よりも小さい……小さな一羽の兎風情」


薬売り「…………」



【自尊】

428 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/30(木) 23:58:16.59 ID:rqejUdQb0


 そんな小さき島に、ある日、大きなる嵐が起こった。
 つっても、今思えば大したことないただの時化(シケ)だったんだけど。
 あの小さな島の連中にとっちゃあ……そんな時化も、大嵐と同じでね。
 

https://i.imgur.com/1XB1W14.jpg


 慌てふためいた「小さな民」は、こぞってあたしの所に集まって来たわ。
 ほんと、何を思ったやら。
 たった一羽の兎に過ぎないあたしに、揃いも揃って助けを懇願してきやがったの。


てゐ「まるで蟻んこみたいだと思った……群がり蠢く、どこまでも小さき民」

てゐ「でも、なんだかんだで助けてやった――――何故なら、あたしには本当になんとかできたから」


 と言っても別に、嵐そのものを消すわけじゃないわ。
 あたしができたのは――――あくまで「嵐を回避する方法」を提案する事。
 

てゐ「嵐がいつ上陸して、いつまで島にいて、どれだけの被害をもたらし、そして何時去るのか」


 あたしにはそれが、”なんとなく”わかった。
 理由はわかんない。けど、ただちょっと空を眺めるだけで、それらが一目でわかったの。

 だったら後は簡単な話だった。
 「いついつくらいに来て、いついつくらいに去るんだから、だったらその間高台にでも避難しとけばいいんじゃない?」
 あたしが言ったのは、ただ、それだけだった……のに。


てゐ「今思うと、あの島の連中は、やっぱりどこかおかしかったと思う」

てゐ「だってそうじゃない。船乗りでもなんでもない、ただの兎の勘を鵜呑みにしてさ……本当に、一言一句その通りに行動したんだから」

薬売り「信頼されていた……んじゃないですか」


 ま、向こうがどう思ってたかは知んないけど……正直、笑っちゃったわ。
 連中の集会に聞き耳を立てて見れば、「何時に集まって、何時に出発して、安全地帯までたどり着くのは何時だから……」とかって、全部あたしの当てずっぽを元にしてんの。

――――でも、結果的にそれは大正解だった。
 あたしが勘と当てずっぽうで言っただけの提案は、自分でもびっくりするくらい、ものの見事に的中していたのよね。




429 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/01(金) 00:06:05.49 ID:EID7KJ+P0


薬売り「例の……得意な確率計算とやらですか?」

てゐ「それを自覚するのはまた後の話……あの時は、計算って概念を知らなかった」

てゐ「それに、知ってた所でどうせ伝わんないしね」

薬売り「それも……そうですね」


 内心驚いてるあたしを尻目に、小さな民共は、それはもう大はしゃぎだったわ。
 連中ったら、勝手に「生きて帰れぬやもしれぬ」とか思っちゃってたらしくてね。
 よくあるただの時化なのにね……本当に、肝っ玉まで小さな奴らよ。


薬売り「島の人間にとっては、それほど大事(おおごと)だったのでしょう」

てゐ「無理に擁護しなくていいって。そもそも、あいつらときたらさ……」


 あいつらったら、本当にバカでね。
 死ぬかもしれないと思ってたのに、蓋を開ければ「無事生きたまま乗り切った」。
 その事実になんかテンション上がっちゃったらしくて、あろうことか、その場で宴会をおっぱじめやがったのよ。


てゐ「避難中の食料とか、備蓄品とか、一時的に同じ場所に集めてたんだけど……ノリと勢いで、全部その場で使い始めやがってさぁ」

薬売り「それはそれは……まぁ……」


 もちろんあたしもその宴会に参加した……って言うか、強制的に引きずり込まれた。
 命の恩人だっつって持て囃してきて、それ自体は悪い気はしなかったけど。
 だけどほら、みんな酒入ってるから、こう……色々と痛いし荒いしで、もう散々だった。


(――――だぁ〜もう! お前ら、うざったいのよさ!)


 ほんと……あんな経験は二度と味わえないと思うわ。
 人も・獣も・鳥も・虫も・爬虫類も――――生物の垣根を超えた、乱痴気騒ぎはね。


https://i.imgur.com/SmfPIBJ.jpg

430 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/01(金) 00:14:56.44 ID:EID7KJ+P0


薬売り「でも……楽しんでいたんでしょう?」

てゐ「……まぁね」


 酔って、歌って、踊って、飲んで――――。
 あたしもその場の勢いに任せて、口汚い暴言を随分吐いたわ。
 小さな民だっつって内心見下した事を、酒に任せてぶちまけてやったりもした。

 それでも宴は終わらなかった……どころかさらに盛り上がって行ったわ。
 あたしの本音を皮切りに、みんなもみんな、普段思っていた事を言い合い始めたの。


てゐ「酔いに任せた本音と本音のぶつかり合い。ほんと喧嘩になるんじゃないかって、ヒヤヒヤしたもんよ」


 それくらい盛り上がってた。それくらみんな、我を忘れてた。
 ほんとこいつらいつ帰るんだってくらい、みんなで囲み合って、みんなで酔いしれていた……
 まるで――――”夢の中にいるかのように”。


てゐ「バカ丸出しで、普段はデカイ口聞く癖に、ちょっと何かあれば途端にビビリまくる、死んでも治らなさそうなレベルのアホ共……」


てゐ「でも――――そんな連中が、”あたしは大好きだった”」


薬売り「…………」


 そしてふと気づけば、時化の名残はすっかり消えていたわ。
 ま、長い事どんちゃんやってたからね……いつの間にか空は、曇りのない晴天に変わっていたの。

 で、空模様の変化に気づいたあたしは――――まぁ、お開きの合図だと思ったのよ。
 これほど明るいなら、ちょっと酔っぱらってても、まぁみんななんとか帰れるだろうって思ったわけ。


てゐ「今思うと……”あの時振り返らなければよかった”」

薬売り「…………?」


 一人、一匹、一頭、一群――――
 島の生き物は段々と姿を消していき、そして最後には、その場に誰もいなくなった。
 そうして、一晩限りの夢は終わった……
 小さな民は、まるで夢から覚めるように、またあの小さな日常へと帰っていった。



(――――あれ……誰もいない)



てゐ「ずっとあの、乱痴気騒ぎの中で……小さな連中と……小さな夢を囲っていればよかった」



 でも、その中で――――夢の中から帰れなくなった民が、一羽だけいたの。




【隔絶】

431 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/01(金) 00:22:54.69 ID:EID7KJ+P0


てゐ「夢の終わり。宴の終焉。記憶が途切れる瞬間……その最後の景色だけは、今でもはっきり覚えてる」


 曇りが消えた空は――――透き通るほど澄んだ青だった
 それに、雨上がりの後だったからね。
 青空には、思わず見惚れる程の、それはそれは綺麗な【虹】がかかっていたの。


てゐ「その景色が――――あたしだけを、”夢の中に縛り付けた”」


 本当に、切り取って額縁に飾りたいくらいの風景だった。
 宴なんてそっちのけで、ただひたすら、じーっと景色だけを見ていた……
 一人、また一人と帰っていく民を尻目にさ。
 誰もいなくなるまで、気づかないくらいに。
 

てゐ「その時になってやっと、我に返ったの」

てゐ「ハッと振り向けば、とっくにみんな帰った後だった……気づいた頃には、そこにはもう、散乱した宴の痕しかなかった」


 そして、気づいてしまったの……
 日常と言う名の現実に、自分だけが背を向けていた事に。
 

てゐ「気づいてしまったの――――青空に架かる虹の橋が、”あたしの知らない世界”と繋がっていた事に」


https://i.imgur.com/2QyWtf6.jpg


432 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/01(金) 00:29:04.00 ID:EID7KJ+P0


薬売り「虹が、貴方を縛り付けた……?」

てゐ「そう、ね……あの虹がなければ、あたしが外に気づく事はなかった……とも言える」


【虹の檻】


 その日から、あたしはその高台に通うのが日課になった。
 目的はもちろん、あの時みた景色をまた眺める為。
 毎日毎日ずっと……飽きもせず、一日中ずっ〜と、同じ景色だけを見てたわ。
 

てゐ「起きてる間は、ほとんどそこにいたんじゃないかしら」

てゐ「ほんと、我ながらよく飽きないなってくらい。毎日昇って、四六時中そこにいたっけ」
 

 でも、何度通ってもあたしは満たされなかった。
 風景はほぼほぼ同じ。でもそこには、あるべきはずの物がなかった。
 なかったのよ――――あの時確かに見たはずの、外へと続く虹の橋が。


てゐ「あたしは躍起になった。あの時と同じ風景を見る為に、何度も何度もあの時と同じ場所に通った」

薬売り「それでも現れなかった……そこまで貴方を魅了せしめた、七色の橋が」

てゐ「で、そんなあたしの行動は……”周りが不審がる”に十分だった」

 
 そんなあたしを見かねた誰かが、変な噂話を流したらしくってね。
 おかげであらぬ誤解を一杯受けた……
 よく言われたのよ。ほら、「どこか怪我をしたのか」とか「何か悩みがあるのか」とか。
 こういう時って、説明が大変よね。
 「ただ景色を見てただけ」なんて事言おうもんなら、変に勘繰られて、逆にもっと心配されちゃうんだから。



【気掛】

433 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/01(金) 00:34:42.87 ID:EID7KJ+P0


てゐ「だからもう、面倒だったから、思ってる事を正直に答える事にしたの」

てゐ「それが……いけなかったのかもしれない」

薬売り「……?」



(実は……あの虹の橋を渡ってみたいと思ってるのよさ)



てゐ「思いを吐露した、次の日から……今度は、誰も話しかけてこなくなった」

薬売り「……えっ」



(――――ケッ。何さ、この恩知らず共が)



薬売り「何故……」

てゐ「明確にハブられたわけじゃなかったけど……連中の態度が、明らかに余所余所しくなってたのはすぐ察せたわ」



(――――あーそうですか、わかりましたよ)

(――――そんな態度でくるんなら……こっちだって、考えがあるんだから)



てゐ「海の向こうへの欲求が、日に日に強まっていった……同時に、島への情が沸々と薄れていった」



(――――ずっと小さなままでいればいいのよさ……こんなちっこい、塵みたいな島で)



 そしてあたしは、ある日から――――景色を眺めるのをやめた。



【発起】


434 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/01(金) 00:35:08.64 ID:EID7KJ+P0
メシくってくる
435 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/01(金) 01:49:05.44 ID:EID7KJ+P0


薬売り「……いやに唐突ですな」

てゐ「そうね……うどんげなら、その辺もうちょっと上手く語れるんでしょうけど」

てゐ「けどダメね。あたしが言うとどうも、言葉に詰まる……実は結構、悩んだりしたんだけどさ」

薬売り「いえ、そうではなく……」

薬売り「”小さき民”ですよ。あれほど貴方を慕っていたのに」

てゐ「ああ……そっち」


 連中が何を思ってそういう行動に出たのか――――”その時は”わからなかった。
 でも、それが島を出る「キッカケの一つ」になったのは確かだった。
 正直、頭に来てた……あんなに頼ってきた癖に。あんなに輪に入れたがった癖に。


てゐ「頭に血が上ってた……何かに八つ当たりしてやりたい気分だった」

てゐ「ちょうどその時だった……”一匹の和邇”が、あたしの前を通り過ぎた」

薬売り「和邇……?」


 そん時の和邇は、なんか知んないけどやたら上機嫌だったのを覚えているわ。
 よくわかんないけど、とりあえず何か”良い事”があったらしい。
 妬みってこういう事を言うのね。
 人がちょっと凹んでる時に、こう、嬉しそうに泳ぎ回る和邇を見てたら……なんか無性に、イラっときて。


てゐ「煽ってやろうと思って、和邇に声をかけた――――おい! そこのアホ丸出しのウロコヤロー!」


 「てめー何人のなわばりで悠長に泳いでんだコノヤロー!」
 我ながら意味不明な因縁だけど、ま、イライラしてたからね。
 そう言って喧嘩腰に話かけたら、案の定和邇は、すぐにこっちを振り向いたわ。



(――――ヤバ〜……やってしまったのよさ……)



 その時……あたしは我が目を疑った。
 だって、あたしの声に反応した和邇は、一匹だけじゃなかったもの。


https://i.imgur.com/N8UT8c2.jpg


てゐ「和邇は一匹だけじゃなかった。一匹に見えたのは、和邇の群れの中で、”たまたまあたしが見える範囲にいた”一匹に過ぎなかった」


 完全にやらかしたと思ったわ。
 機嫌がよかったのは、なんてことない。和邇も宴の真っ最中だったのよ。
 つっても和邇の宴って、ちょっと想像つかないけど……
 まぁ要は、仲間同士集まって海の中でどんちゃんやってたらしいわ。



てゐ「まるで――――いつかのあたしみたいに」



【和邇の宴】



436 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/01(金) 02:11:31.16 ID:EID7KJ+P0


 和邇は案の定、みるみる内に集まって来た。
 「おい兄弟、一体どうしたよ?」
 「いやさ、なんかこの兎がいきなり……」
 そう言いながら海から顏を出す和邇の数と来たら、もう御一行様なんてもんじゃなくてさ。
 例えるならこう、海の中に「和邇の村」があって、その村の住人が、全員一つの場所に出てきたって感じ?
 

てゐ「あたしは……知らなかったのよ。海の中にも、こんなに生き物がいただなんて」


 後はまぁ、想像つくよね。
 集まって来た和邇が、事情を知るや否や、思いっきりあたしを睨んできてんの。
 それもなんか、無駄に数が多いもんだから、なんか段々とねじ曲がって伝わって……


てゐ「最終的にあたし、何故か”和邇の一族を皆殺しに来た殺戮兎”って事になってたわ」

てゐ「意味わかんなすぎて苦笑いも出なかったけど、そこはこう、和邇だけに尾ひれがついたって事にしといた」


 明らかに誤解されてるけど、もう弁明すんのもめんどいとおもってさ。
 だって、どーせ連中は所詮和邇。
 どんなけ怒らせても、こっちが島の奥まで逃げりゃあ追ってこれないし。
 それに三日もすりゃすぐ忘れるだろって……そう思ってた。


薬売り「逃げなかったのですか…………?」

てゐ「逃げなかった……と言うより、”逃げれなかった”」



(――――その井出達、よもや、かの地にて大蛇を下せし神人の如し)



てゐ「誤解した和邇が例えたあたしは……”向こうの世界”の英雄だった」



(――――八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣作る その八重垣を)



てゐ「逃げるわけにはいかなくなった……だってあたしは、まさにその”八雲の地”に行こうとしてたんだから」

薬売り(八雲……?)



【八雲】

437 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/01(金) 02:21:57.17 ID:EID7KJ+P0


(――――ちょ、ちょっと! その話、詳しく聞かせてほしいのよさ!)


てゐ「向こうの世界には――――常日頃から、事欠かない話題が飽きる程に溢れてる」

てゐ「それは島にはない現象……たかが時化如きに大騒ぎするような島には、決して訪れる事はない”稀”」


 よく考えたら、当然の事だった。
 だって和邇は、島と世界とを隔てる”海”に住んでるんだもの。
 島には噂すら届かない向こうの世界の出来事が、海の中までは十分届く。
 その証拠に、和邇は案の定、たくさんの事を知ってたわ……”あたしの知らない事”を、たくさんね。


てゐ「そんな和邇の群れに出会ったのは、もはや運命としか思えなかった」


 和邇の宴がやたら盛り上がってたのもそのせい。
 だって、和邇が海の中にいる限り、話のネタに尽きることはないもの。
 だから……”この機会を逃せば永遠に向こうに辿り着けない”。そんな気がしたのよ。
 だってあたし兎だし……兎は海を、泳げないし。


てゐ「でも半端に怒らせた分、すんなり頼まれてくれるとも思えなかった」

てゐ「そこであたしは考えた――――”取引をしよう”」

てゐ「この和邇共を何とか言いくるめて、必ず向こうの世界へ渡ってやる……あの時は、その事しか頭になかった」



薬売り(…………ん?)




【?】


438 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/01(金) 02:30:54.45 ID:EID7KJ+P0


てゐ「あたしは和邇に聞いた。あんたらやたら大所帯だけど、全部で何匹いるかわかってんの? って」

てゐ「和邇はすぐに返事を返した。俺たちゃ全員家族も同然。そんな事、気にもしたことがない。って」

てゐ「だからあたしは言ってやった。だったらあんたら、一人くらいいなくなっても、気にも留めないのねって」


 和邇は言い返した。
 「そんなわけがあるか」「家族がいなくなるのは辛いじゃないか」。

 あたしはさらに煽った。
 「だってあんたら、何匹いるかもわかんないなら、誰かがいなくなってもわかんないじゃない」。

 和邇はなおさら強く反論してきた。
 「俺たちは常に一緒だ。だから誰かがいなくなるなどありえない」。

 だからあたしは、ビシっと論破してやった。
 「じゃあ、たった今あたしに絡まれてたのは、どこのどちらさんだったかしら?」。



てゐ「群れから離れて泳いでたからこそ、あんたに声をかけたんだけど? って」



 そう言った瞬間、海の中からヒソヒソ話が聞こえてきた。
 「言われてみれば」
 「なんで離れた?」
 「いやなんとなく、気分で……」
 そしてあたしはトドメに一言言ってやった……
 「もしあたしが本当に殺戮兎なら、今この瞬間、少なくとも一匹は殺せてたわね」ってさ。



てゐ「案の定、連中は食いついて来たわ――――じゃあ、俺達は一体どうすればいい?」



 「大事な家族が気づかぬ間にいなくならないようにするには、一体どうすればいい?」
 こうなりゃ後はこっちのもんよ――――「大丈夫、あたしが数えてあげるから」。
 言い様に扱われてるとも知らずに喜んでる姿は、内心、そりゃもう滑稽ったらなかったっけ。



薬売り(いや……待て……)



【疑問】



てゐ「あたしは指示した……とりあえずお前ら、全員一列に並べって」

てゐ「そしてあたしは続けた。これからアンタらの上を跳んで、一匹一匹数えていくからって」



薬売り(それは…………)



てゐ「いーち、にー、さーん。頭を踏んずけられてるのに文句ひとつ言わない和邇は、あの時何を考えてたんでしょうね」



――――話中の所失礼する。
 黙って聞いているつもりだったが、しかしその話、どうにも突っ込まざるを得ないのだ。
 というのも、なんと言うか、その……
 ”どこかで聞いた事がある話”な気がするのは、気のせいだろうか。
 


【既視感】


439 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/01(金) 02:48:35.41 ID:EID7KJ+P0


てゐ「百八……百九……大分数えたつもりだったのに、まだまだ先は長かった」

てゐ「さすがにキツかったわ……それにぶっちゃけ、少し飽きてきてた」

てゐ「だからあたしは、息抜きがてら――――ふと後ろを振り向いたの」


……いや、やはり気のせいではない。
 今宵初めて聞かされるはずの、妖兎の身の上話。
 な、はずなのに――――何故身共は、この”続きを知っている”?


てゐ「振り向いた先には……本当の意味で、小さくなった島があった」

てゐ「自分の育った場所が……風船みたいに萎んでしまっていた」


薬売り(その話は…………)


 薬売りも勘付きよったか……。
 そうだ。この話を知っているのは何も身共に限らぬ。
 この後妖兎が如何様な行動を取り、如何様な目に合い、そして最後に誰と出会うのか――――
 それは、我ら二人だけが存ずる話ではないのだ。
  

てゐ「――――あの時の和邇には、本当に悪い事をした」

てゐ「騙すつもりなんてなかった……ちゃんと最後まで数えてやるつもりだった」

てゐ「なのに……彼方へ縮んでいくあの島を見てたら……”どこまで数えたか忘れてしまったの”」


薬売り(まさか……こいつ……)


 身共の予想通りだ……やはり妖兎は、”和邇を数えなかった”。
 だとすれば、もう決定的だな。
 あの退魔の剣すらも、妖兎が偽りを申しておらぬ事を、震えで持って証明しておるわ。


てゐ「ほんとうに……また同じ事を……”あの時振り返らなければよかったのに”」


 知らぬ者を探す方が難しい程、広く知られた御伽の話。
 それがどういうわけか、妖兎の語る過去とすべからく一致しておる。
 これらを顧みれば、妖兎の真の是非など――――たった一つの「解」しか残されておらなんだ。



てゐ「おかげ様で……しっかりと”戒め”られちゃった……」




薬売り(因幡の白兎――――!)



https://i.imgur.com/SMQQw5c.jpg

440 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/01(金) 02:54:16.36 ID:EID7KJ+P0


てゐ「今更……ごめん忘れちゃったなんて、言えなかった」

てゐ「かと言って……最初からやり直しなんてできなかった」

てゐ「何故なら、向こう側はもう目前――――あたしが目指した世界は、すぐ目の前にまで迫っていた」


 その後妖兎を襲った悲劇は、もはや言われずとも想像に難くない。
 苦し紛れに強がり、嘲り、うそぶき、そして和邇の報復を受けた。
 全てがかの話と繋がっておる……もはや確かめる術もない、「太古の史実」である。


薬売り「ではその傷は……その時の……」

てゐ「キッカケは……ほんの些細な自己保身だった」

てゐ「しでかした失態を何とかごまかそうと思って……”わざとそうした事にした”」



(――――や〜いや〜い、アホが雁首揃えて騙されやがった!)



てゐ「心の中で謝りつつも……陸地にさえつけば、”後はこっちのもん”だとも思ってた」



(――――う…………あああああああああ!!)



https://i.imgur.com/g2OHP01.jpg


441 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/01(金) 02:59:26.32 ID:EID7KJ+P0



(――――痛い……痛いよぉ……)



てゐ「あたしは知らなかった……和邇の牙が、あんなに鋭い物だなんて」

てゐ「あたしは知らなかった……海にいる和邇が、あんなに速いだなんて……」



(――――おい……そこの人間! ちょっとこい!)



てゐ「あたしは知らなかった……目上に対する口の利き方を」



(――――お前だよお前……みりゃわかんだろ! とっとと助けやがれ! このバカ!)



てゐ「あたしは知らなかった……傷口を塩を塗れば、傷は余計に悪化する事を」



(――――あ”あ”あ”あ”あ”痛い”い”い”い”い”体中が痛い”い”い”い”い!!)



てゐ「あたしは知らなかった……あれも、これも、全部――――”何も知らなかった”」




(――――痛い……痛いよぉ……)

(――――なんで……こんな目に……なんで……あたしだけが……)



てゐ「何も、何も知らなかった……体を走る痛みも、なんでこんな目に合ってるのかも、今どこにいるのかも」

てゐ「どころか……”自分の身の程”でさえも」


(――――こんなに痛いのに……こんなに辛いのにさん)

(――――あたしはどうして…………”まだ生きている”の?)



【転機】

442 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/01(金) 03:10:47.10 ID:EID7KJ+P0



(――――ただの……兎ですぅ……)

(――――あたしは卑しくて惨めな…………どこにでもいる…………ただの兎風情なんですぅ…………)



てゐ「そんな自分が…………たまらなく憎かった」



(――――兎の分際で……身の程を弁えなかったから……こんな目に合っているんですぅ……)



てゐ「愚かな自分を…………許す事が出来なかった」



(――――ありがとうございます。優しい旅の御方)

(――――この御恩、決して忘れません…………あなたに旅路の果てに、どうか幸運が訪れますように)



てゐ「だからあたしは――――旅に出た」

てゐ「無知で愚かな自分を捨て去る為に……”賢き者として生まれ変わる為に”」



(――――結婚なさるなら、心優しくて聡明な方が相応しいと思います……いつか出会った、あの方のように)



てゐ「今度は……振り向かなかった」



【旅立ち】



https://i.imgur.com/jcwJbtY.jpg


443 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/01(金) 03:11:14.01 ID:EID7KJ+P0
本日は此処迄
444 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/01(金) 13:16:55.30 ID:tqsvSCobo
イラストが綺麗だなぁ

因幡の兎はね…色々やらかしちゃったよね
445 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/02(土) 22:30:49.23 ID:+MfZcAh6o
引っ張るねえ
446 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/04(月) 00:03:16.56 ID:u3ex58150


薬売り「…………」

てゐ「なによ、なにをボケっと呆けてんのよ」

薬売り「いえいえ、とんでもない……ただ」

薬売り「貴方様の語る過去が……”あっしが知っている話”と、よく似ておりましたので」


 薬売りが緩んだ表情になるその気持ち、身共もよく推し量れようぞ。
 遠く出雲の地に御座す、かの高名な社。
 そこに奉られる一羽の御神体が……よもや目の前におるなどと、一体誰が予想できたであろうか。


てゐ「あ……もしかして、眠くなっちゃった?」

薬売り「めっそうもない……逆ですよ」

薬売り「むしろ眠気など、とおの彼方に吹き飛びました……貴方様の話を、より深く聞きたいが為に」


 全く……薬売りとここまで意見が合う日が来るとはな。
 かく言う身共も今、腰が抜けそうな程仰天しておるわけだが……
 と言うのもだな。まっこと、恐ろしいまでの偶然なのだが、実は……
 この妖兎は、身共にとっても縁深き兎でな。


てゐ「なによ……急に乗り気になっちゃって」


 かつて若かりし頃、修験の修行に明け暮れておった頃の話だ。
 今となってはお恥ずかしい話なのだが……修行のあまりの厳しさに耐え兼ね、幾度か脱走を試みた事があってな。
 皆が寝静まる夜分深くに、こっそり山を抜け出してな……
 我ながら、よくぞあの真っ暗闇の山の中を、一人で降りようとしたものよ。


てゐ「人の失敗談が、そんなに楽しい?」


 夜の山が如何に危険であるかなど、今時童ですら知っている。
 しかしながら、当時の身共には、僅かながら一つの「勝算」があったのだ。

 と言うのもだな。修行場である霊山の頂からは――――視界一面に広がる”海”が見えたのだ。
 そして当時の身共は思った。
 あの一面の大海原から漂う、潮の香を辿れば、「迷うことなく山を下りれるのではないか」と。
 

てゐ「言われなくとも言ってやるわよ……そうしないと、この剣は抜けないんでしょ」


 しかし所詮は若造の浅知恵。
 そんなものが早々上手くいくはずもなく、結局は失敗に終わったのは、今や笑い話である。
 だがもしも、仮に、あの時の逃走が成功していたならば……
 身共は辿り着いていたはずなのだ。


てゐ「それにもうじき……”夜が明ける”」


薬売り「それも……そうですな」



 脱走の標と定めていた、霊山の目と鼻の先――――兎神の社である。


https://i.imgur.com/gXMaR1V.jpg

447 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/04(月) 00:08:48.63 ID:u3ex58150


てゐ「夜明け……そう、あたしの旅は、まさに夜明けだった」

てゐ「後に日出国と呼ばれるようになる世界を……あたしは、縦横無尽に駆け巡った」


――――外の世界は、本当に知らないことだらけだった。
 毒キノコを食べて腹を壊したり、底なし沼にハマって溺れかけたり、家畜と間違えられて食われそうになったり……
 その他色々、何度も何度も、数えきれないくらいのヘマをやらかした。

 そしてその度に学んでいった……
 空っぽだったあたしの頭に、着実に「知」が積み上げられていった。


てゐ「高みへ昇っている気がした……まるで、日の出のように」


 そんな日々を繰り返していたせいか……
 いつの間にやら、人間の間でちょっとした有名人になっててね。
 
 人間は、会うたびに必ず一つ尋ねて来た。
 「兎や兎、何故にそこまで苦難を駆ける?」
 その問に対する返答は、いつも決まっていた。 
 「不幸とはすなわち代償。遥かなる高みへ昇る為の、言わば等価のような物に過ぎぬのです」。

 人間は、えらく関心してたわ。
 あたしの言葉によっぽど感銘を受けたのか、こっちが引くくらいあたしを讃えてきた。
 でもそれって、ちょっとおかしくない?
 要は「目標を達成するには多少の困難は付き物でしょ」って言いたかったんだけど、そんなの当たり前じゃん。
 兎より遥かに賢いはずの人間が、そんな事すら知らないとは、到底思えなかった。


てゐ「今思うと……”やっぱり人間の方が正しかった”」


 不自然に讃えてくる人間を尻目に、あたしは旅を続けた。
 道中の出来事は相も変わらず。行く先々でなんか起こって、その度に命からがら助かった。
 そうやって繰り返した――――何年、何十年、何百年と。

 ずっとずっと、同じ事を繰り返した。
 同じ事を繰り返して、その中で学んで……
 気づいたら、そんじょそこらの人間顔負けの、物知り兎になってたわけ。


てゐ「気づかぬうちに、地面が見えないくらいの高みに辿り着いてた……努力の成果がやっとこさ現れたんだって、そう思った」


 先が見えた気がした……
 いつか目指したあの高みが、ようやっと手の届く範囲まで来たんだって、そう信じてた。


てゐ「それでも、新たな災厄は――――あたしが昇る以上の速さで、次から次へと振って来た」

448 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/04(月) 00:13:52.27 ID:u3ex58150


 いつからだろう。長く続いた旅の途中で、心境の変化があった。
 なんていうかな……「今度は何が起こるんだろう」「今度は一体どんな目に合ってしまうんだろう」ってな具合でさ。
 段々と、旅そのものに臆病になってる自分がいたわけ。


てゐ「まぁでも、何百年もピンチになり続けたら当然よね」
 
てゐ「でもそれも、経験から来る危機管理能力って奴? 旅で学んだ「知」の一つだと、思ってた」


 でも……違った。
 あたしが新たに覚えた警戒心は――――ただ元からある、臆病な兎の性に過ぎなかった。


てゐ「違ったのよ……何もかも。あたしが見た事、聞いた事、学んだ事……全部」


 何百年も続いた旅路の果てに、出来上がったのは――――”何も変わらない”小さなままの兎だった。
 その事を教えてくれたのは……やっぱり人間だった。
 そう、人間なのよ。
 何万人もの人間に出会って、喋って、もはや対等とすら思っていた人間……。
 その人間の事すらも、あたしは知らなかった。



(――――Oh! It's a cute Rabbit!)


(――――は……? なんて?)



 あたしは、またしても知らなかった……今こうして当然のように話してる言葉。
 このあって当然の言葉すらも、数えきれないくらい、たくさんの種類がある事を。



【種】
449 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/04(月) 00:19:16.07 ID:u3ex58150


(――――What's!? Rabbit speaking!?)


(――――え? え? ちょ、何!? あんた一体何を言ってるの!?)



てゐ「その時出会った人間は、今迄出会った人間とは、何もかもが違った」

てゐ「黄金色に輝く髪。砂浜以上に白い肌。熊みたいにごつい体。そして…………”言葉”」



(――――So crazy……Japanese rabbits are like human beings……)


(――――わかんない……あんたの言ってる事…………全然わかんないよ!)



てゐ「あたしは……知らなかった」

てゐ「人間にもいろんな種類があって、その種類ごとに様々な違いがあって……さらにはその違いには、「知」そのものも含まれていた事に」


 そう、同じだったのよ。
 あたしが長年の旅路の果てに得た「知」は、あのちっぽけな島の中とまるで同じ。
 小さな生き物が集うあの小さな枠の中で、周りと比べればほんのちょっと大きかっただけの、”あの時の兎のまま”でしかなかった。


てゐ「あたしは知らなかった……国とは、そんな同種の人間が寄り添い集まってできた、言わば「小さななわばり」みたいなもんなんだって」



 だから、あたしは知らなかった。
 あたしが世界と思っていた場所ですら――――”小さな島に過ぎなかった”事を。
 


https://i.imgur.com/TBO3pHf.jpg



てゐ「長年かけて気づいたのは……何も変わっていない自分」

てゐ「ただ無意味に、年月を重ねただけの……一羽の賢しい兎風情」


 そしてあたしは知ってしまった。
 あたしが高みに近づいてたんじゃない。

 空があまりに広すぎて。
 出る日があまりに大きすぎて――――

 勝手に、近づいてる風に見えただけだって事を。

450 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/04(月) 00:23:39.77 ID:PehadAREo
東方世界で英語が出て来るとなんか新鮮
まあ外人キャラはたくさんいるけど
451 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/04(月) 00:26:19.37 ID:u3ex58150


薬売り「世界はあまりに広すぎた……人間ですら、一粒の砂に見える程に」

てゐ「そんな砂粒以下の兎が、大層な事に世界を駆けると言い出せば」

薬売り「世辞の一つも、零しやしょう」

てゐ「そんな皮肉にも気づかないくらい……”兎はどこまでも無知だった”」


 後から知ったんだけど、あの当時は異国との交流が始まったばかりの頃でね。
 まぁ、文通みたいなもんよ。国と国の間に、互いの使者を送りあったりしてたんだって。
 そこから段々と、プレゼントを贈ったり、貰ったり、呼んだり呼ばれたりの関係になって……
 はは、こう言うとまるで、恋人同士みたいね。


てゐ「あたしが出会った異国人も、案の定そのクチで入って来た人間だった」

てゐ「”あたしの知らない”変わった物をたくさん持ってたわ。あれも今思うと、貢ぎ品かなんかだったんでしょうね」



(――――We came from here……)


(to――――……”THIS”)



てゐ「その中に……一枚の地図があったの」



(――――は、はは…………まじかぁ)

452 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/04(月) 00:32:26.31 ID:u3ex58150


てゐ「今のに比べるとだいぶいい加減な地図だったけど……それでもちゃあんと、描かれてた」



(こんなに……小さかったんだぁ……)



 描かれた世界を見る事で……あたしはまた一つ、学んだ。



(…………たい……)



 それが、あたしにとっての――――”最後の知”だった。



(あ……だ……い……痛い……痛い…………!)


(――――What's?)



てゐ「あの時の異国人には…………悪い事をしたわ」




 だって、さぁ……





(――――あ”あ”あ”あ”あ”あ”!! い”だ”い”い”い”い”い”い”ッ!!)



(――――NOOOOOOOOOOOO!!)




 あたしが「諦める事」を覚えた瞬間……
 目の前に”皮の剥がれた化け物”が、現れたんですもの。


https://i.imgur.com/ZaCAwtY.jpg


453 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/04(月) 00:39:54.82 ID:u3ex58150


薬売り「諦めたら……傷が……?」

てゐ「そう、傷。あんたもよく知ってる話とやら……の中で付けられた傷が、”時を超えて再び現れた”」

薬売り(どう言う……事だ……?)


【再現】


薬売り「傷は……癒えていなかった?」

てゐ「半分正解だけど、半分ハズレ――――傷は癒えてもいたし、癒えてもいなかった」

てゐ「ここまで言えば、もうわかるでしょ……その現象に名がある事を知ったのは、さらに先の話だった」

薬売り(猫……)


――――ここへ来てまたも「すれてんがーの猫」、か……
 学者の頓知遊びと言えば聞こえはいいがな。しかし門外の我らにとっては、論を思い出すのも一苦労と言う物だ。
 ただ……そんな無理問答も、薬売りにだけは解決でき申した。
 それは学者としてではない。「薬売りを生業とする者」が持つ見地が、たまたま同じ解を指したに過ぎなかったのだ。


薬売り「そうか……そう言う事だったのか……」

てゐ「そーよ。傷は明らかに、あたしの心に反応していた」

てゐ「長い時を経た今ですら、こうして残るように……あたしの心を、まるで鏡に映すかのように」


 あるはずがない箇所に走る幻肢痛。
 未だ解き明かされぬ奇病であるが、だがその入り口だけは、うっすらと見えていた。
 あくまで仮説の段階である。
 しかしまぁ、医学的な見解からすれば、数多ある可能性の中では最も有力なのだろう。



薬売り「あなたが本当に傷つけられたのは……」


てゐ「あたしが本当に、傷ついていたのは――――」



 してその説とは……これまた何の因果であろう。
 奇しくもそれは、薬売りが最も得意とする分野であったのだ。



てゐ「――――”ここ”だった」



 モノノ怪を生む情念。その根源を湧き立たせる箇所――――【脳】である。


https://i.imgur.com/BknU2Ah.jpg

454 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/04(月) 00:41:29.82 ID:u3ex58150
メシくってくる
455 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/04(月) 02:00:39.18 ID:u3ex58150


てゐ「あたしのこの、中途半端に賢しい頭脳が、何をどうしても「不可能」の答えを導き出した」

てゐ「それほどまでに、世界は大きかった……そして世界の大きさに対し、”あたしは余りにも小さすぎた”」


 文献によると、幻肢痛には脳と蜜月な関係があると言う説がある。
 その所説を紐解けば、結論として「脳が自身の変化に気づいていない」と言う事となる……らしいのだが。
 何がどうなってそうなるのか、ほとほと理解できぬは重々承知。
 だがまぁ、この妖兎の場合に限って言えばだが……
 はたまたどういうわけか、「癒えた記憶」だけが、すっぽり抜け落ちていると言う事となるわけだ。


薬売り「その事に気づけるほどに卓越した頭脳こそが、あなたを苦しめる原因でもあった」

てゐ「やめてよ卓越だなんて……”兎にしては”よくできてたってだけなんだから」


 手短に言えば、「脳の誤認知」と呼ぶべきか。
 してその誤認知は、それ自体は病ではなく、往々にして我らの身近にも起こりうると言う物。
 ほれ、皆の衆も一つくらい覚えがあろう? 
 勘違い、見間違え、聞き損じ、その他諸々の些細な失態……。
 思い返してもみよ。それらの「誤」が起こりし時の事を。
 その時その瞬間、一体何があった?。


てゐ「これを医学用語でなんて言うか……知ってる?」

薬売り「心的外傷。ですか?」

てゐ「はは、やっぱり知ってたか……」


【外目】

456 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/04(月) 02:03:00.65 ID:u3ex58150


てゐ「想像つかないでしょ……全身の皮を剥がれて、さらにその傷口に塩をたんまり塗った時の痛みなんて」

薬売り「想像……つきたくありませんね、むしろ」


――――あたしの脳裏に「諦め」が過った時、”傷は再び現れた”。
 剥がれていく皮。滲む血。開く傷。そして、痛み……
 マジで、発狂するかと思ったわよ。
 大声で叫びながらその場を転げまわる兎は、周りから見たら獣同然だったでしょうね。
 ホントマジものすごい声を出したわ……今やれっつっても、絶対できないくらいのさ。


薬売り「そんな傷が……再び貴方に現れた」


 自分でもわかってるのよ。のたうち回る自分が、客観的に見てどれほど醜いのか……
 でも、体が勝手にそうするの。
 度を超えた痛みが、体も心も、何もかもを支配するの。


てゐ「度を超えた痛みは、体だけじゃなく、心も喰い散らかす」

てゐ「そして痛みは、どこまでも喰い続ける……喰らう物が無くなるまで」



 だから、迎える結末もやっぱり同じ。




てゐ「そしてあたしは、間もなく――――”壊れた”」




 体も、心も、何もかも――――過ごした時の記憶でさえも。




てゐ「あたしはその瞬間から……また、元に戻った」




 あの小さな島にいた当時と同じ、”何も知らない兎”に……ね。



【回帰】


457 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/04(月) 02:08:24.64 ID:u3ex58150


薬売り「挫折が、幻肢痛の引き金だった…………?」

てゐ「かもね……まぁ、詳しい事まではわかんないけど」


 ああ、そうそう。
 元に戻るっつっても、何も100%全部を忘れるわけじゃないのね。
 当時の記憶であろう断片は、一応残ってはいるのよ。
 例えばほら、今言った島にいた事とか、宴をした事とか、和邇を怒らせた事とか、人間に助けられた事とか……


てゐ「ただ……その前後関係がない。言い換えれば、”なんでそうなったのか”を覚えていない」


 毒キノコを食べてお腹を壊した事は覚えているけど、なんで毒キノコを食べようとしたのかがわからない。
 底なし沼にハマって溺れかけたのは覚えているけど、なんでそんな沼にハマったのかがわからない。
 家畜と間違えられて食われそうになった事は覚えているけど、なんで家畜に間違えられたのかがわからない。


てゐ「わかる? あたしの記憶は、全部”結果”でしかないの」

てゐ「そこに至るまで過程を省いた、チグハグな欠けたパズルのような記憶……」

てゐ「だから、根こそぎ全部かき集めても、どこにも繋がっていない」

てゐ「どこにも繋がってないから……覚えていない」


――――この話……まるで浦嶋子の物語を彷彿とさせるな。
 ん? 誰だそれはだと? おっと失敬……「浦島太郎」の事で御座るよ。

 で、もう一度言うが、似ていると思わんか? 
 皆も知っての通り、浦島太郎は竜宮城から帰還して初めて、何百年もの時が経っていたと知ったのだ。
 すなわち竜宮城は地上と時の流れが違っていた……言い換えれば、”時が流れる自覚がなかった”。


てゐ「あたしは今……”何回目”の旅を繰り返していたのかさえも」


 ほれみよ、やはりそっくりではないか。
 この妖兎も同じくして……時が流れた記憶など、なかったのだから。

458 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/04(月) 02:10:38.48 ID:u3ex58150


てゐ「おかしいと思っていたのよ。話しかけてくる人間がやけに馴れ馴れしいし……どころか異国人まで絡んでくるのよ?」

てゐ「言葉が通じないはずの異国人が、当然のように話しかけてきて、しかも親切に異国の品々を見せてきた……」

てゐ「で、なんであたしに――――その記憶”だけ”が残っているのか」


 まぁ浦島の方は、最終的に「時相応」の見た目になったから、ある種それでよかったのかもしれんがな。
 しかしこの妖兎は違う。
 妖兎は老いるでもなく、玉手箱のような何かを得たわけでもない。
 ただ、ある日唐突に――――未来へと、飛ばされたのだ。
 

薬売り「異国の言葉を知っていた……いや、その時点では学んでいた」

薬売り「どの程度習得していたのかは存じませんが……少なくとも、他愛ない会話はできる程には」

てゐ「でもそんな折角の知識も、今や何にも覚えていない」

てゐ「憶えてないのに増え続ける、どこにも繋がらない記憶の欠片達」

てゐ「かろうじて残る小さな断片が、紡ぐ答えは――――”最も知りたくなかった答えだった”」


 我ながら言い得て妙な表現である。
 時を駆ける兎……か。
 そんな摩訶不思議な体験ができるなら、身共も是非体験してみたいと言う物である。
 ”覚えてさえいれば”な。 



てゐ「あたしは――――”同じ旅を繰り返していた”」



https://i.imgur.com/queKosL.jpg

459 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/04(月) 02:16:09.08 ID:u3ex58150


てゐ「あたしは繰り返していた。何度も何度も……同じ野望を持ち、同じ志を目指し」

てゐ「何十年、何百年と、何度も何度も……いつか不可能だと悟り、諦めるまで」



――――そしてその過程は、痛みがキレイさっぱり喰らい尽くしてしまう。



てゐ「そして何もかもを忘れたあたしは、いつかまた、志す……世界の「知」を得る為に」

薬売り「その旅路の果てに、またいつか、不可能を悟る……」



――――そして、また戻る。
 中途半端に残った、記憶の断片と共に。



てゐ「決して終わる事のない旅……広い空の下で、延々と巡る大きな輪っかのような道筋」



 そんな終わりなき旅路を、人は――――”永遠”って呼ぶのよ。



【廻旋】
460 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/04(月) 02:18:58.35 ID:u3ex58150


てゐ「どお? 笑っちゃうでしょ……あたしってば、夢破れる事すらできないのよ」

てゐ「誰しもが、いつしか悟る、分相応……あたしは全知を望みながら、なのに身の丈すらも測れないの」

てゐ「本当に……ホント……おかしいったらさんありゃしない……」

薬売り「……」


――――妖兎の口数が、目に見えて減っていた。
 自身の半生を思い起こす事で、自身が如何に悲しき性を持つのか。
 それらの全てを、改めて認識し直したのだろう。

 そして、憐れんだ……自分自身を。
 その眼には、うっすらと涙が浮かんでいたようにすら見えた。



てゐ「あまりに愚かで……惨めにも程がある兎」


てゐ「何もかもを忘れて……何も積み重ねる事が出来ない、ただの獣」


てゐ「…………」



 退魔の剣は、ただ震えるのみであった。
 してその震えが、妖兎が、嘘偽りなき真を述べている事をしかと表しておる。

 薬売りからすれば、その震えは、数ある真の中の一つに過ぎぬのだろう。
 しかし身共からすれば……と言うより、”薬売り以外からすれば”。
 妖兎の涙に応え、励ましていたように見えなくもなかったのだ。

461 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/04(月) 02:36:18.83 ID:u3ex58150



薬売り「ん……?」



 さて……ここまでくれば後少しと言う物なのだが。
 しかし肝心の妖兎が、こうして語りの最中に口を閉じてしまった。
 さっきまでの饒舌ぶりはどこへやら。
 今や、うっすらと涙を浮かべながら……ただひたすら天を仰ぐだけの存在に成り果てたのだ。



薬売り「これは、これは……」



――――しかし心配はご無用。
 誰が何と言おうと、妖兎の真は、すでに”最後まで語られる事”が決まっておるのだから。
 


薬売り「いつの間に……戻ってこられたのですかな?」



 故に妖兎がいくら押し黙ろうと、何ら一切の問題がない。
 そう、妖兎は持っているのだ。
 自らが口を開かずとも――――思いの丈を、”勝手に代弁”してくれる者共が。 


https://i.imgur.com/dDdPrWG.jpg


462 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/04(月) 02:45:07.45 ID:u3ex58150


薬売り「なるほど、ね……」


(…………)


薬売り「巻き戻る記憶の中で、幻となった記憶の断片……」

薬売り「その欠片こそが…………”貴方方兎だった”と言うわけですか」


 薬売りは、妖兎が操るこの兎の群れこそが、”無くした記憶の断片達”であると推察した。
 それが当たっているかどうかはわからない。
 だが、薬売りにはどちらでもよい事である。
 妖兎の持つ、真と理を知ることさえできれば――――集いし兎の正体など、どうでもよかったのだ。



(きゅう〜)



薬売り「ええ……わかっておりますとも」

薬売り「では、そろそろ終わらせるとしましょうか……」

薬売り「この永遠亭が残せし……”最後の理”を」


 薬売りはそう言うと、兎に向かってとある物を投げつけた。
 その物は、投げられると同時フワフワと宙を漂い、そして兎の頭上へと緩やかに舞い降りて行く。

 ”凜”――――着地と同時に綺麗な鈴の音がした。
 そうだ。薬売りの投げたそれは、いつぞやの【天秤】であったのだ。


https://i.imgur.com/DiiXVWw.jpg


 前から思っていたのだが……この天秤、やはりただの天秤ではない。
 曰く「モノノ怪との距離を測る為の物」らしいが、効果は明らかにそれだけではない。
 なんせ身共もその場にいたのだ。そして、確かに見た。
 「真を手繰り寄せる」――――そう言った直後、真が風景となりて現れる様を。



薬売り「……おや」



 此度の天秤もその時と同じである。
 薬売りはあの時のように、天秤を用いて、妖兎の持つ「真の風景」を浮かべようと画策したのだ。



 そしてやはり――――現れた。





薬売り「これは……」





 自称「惨め」で「愚か」で「何よりも矮小」でありつつも――――”誰よりも幸せだった”真が。



https://i.imgur.com/l3KnLHf.jpg

463 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/04(月) 02:45:44.54 ID:u3ex58150
本日は此処迄
464 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/04(月) 14:19:35.00 ID:3hIYZVQw0
これは面白い
465 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/05(火) 19:26:08.25 ID:UKsGVWwuo
モブ兎まで絡んで来るのか
466 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/06(水) 23:50:20.05 ID:OyDXWpe50


薬売り「雪景色……ですか」

薬売り「随分果てまで、旅した物ですな」


――――気に入ってたのよ。
 だってこの白い景色、ほら……まるで、兎みたいじゃん?


薬売り「それにここなら……”醜い自分を覆い隠せる”とでも?」


 むかつく言い方……だけど、当たってるのが辛い所ね。
 そうね。確かにここなら、皮が剥がれようが血みどろになろうが……白いままでいられる。


「でも、それだけが理由じゃなかった……てゐがこの地に長く留まったのは、笑えるくらい単純な話」


薬売り「してその理由とは……」


――――ちょうど、”折り返し地点”だったのよさ。
 永遠に続くと思ってた、長い長〜い旅路のね。


https://i.imgur.com/ACOXu4o.jpg

467 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/07(木) 00:09:26.12 ID:7pMgIB7e0


薬売り「ああ、なるほど……」


 行きと帰り。往復する分道が二つ重なってたから……
 その分、その地にいる時間が増えたんだ。
 

薬売り「だから……そんなにも」



【蒐集】



兎「まぁ当の本人は、そんな事、てんで覚えていないでしょうけど……さ」


薬売り「いいじゃないですか。その分……貴方”方”が、いるんですから」


兎「それもまぁ……そうね」




((そーーーーだねーーーー))



https://i.imgur.com/cI0XemN.jpg
468 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/07(木) 00:11:11.63 ID:7pMgIB7e0
>>466
間違えて消した
https://i.imgur.com/QNWSWJb.jpg
469 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/07(木) 00:21:54.07 ID:7pMgIB7e0


薬売り「おや……」


【雪】


薬売り「また……降り始めましたな……」

兎「北国だからねえ。むしろこんなのは日常茶飯事」

兎「酷い時には、全身すっぽり埋まっちゃうくらい積もるんだから」

薬売り「寒く……なかったので?」

兎「ふふん……そこはやはり素人ね、ちんどん屋」

兎「いい事? 兎ってーのはさぁ……とっても寒さに強い生き物なのよさ」

薬売り「ほほぉ……」


 いい機会だから教えといてあげるけど、あたしら兎にとっちゃあ、冬ってーのはまさに桃源郷でね。
 ほら、うちら冬眠とかしないじゃん?
 だからうちらにとっちゃぁ、雪ってば、言わば「自由への合図」なのよさ。



((キャハハハハ――――))



 うちらを襲う天敵は、雪と同時に夢の中。
 その間どこへ行こうが何をしようが、誰にもなんにも目をつけられない。
 おまけに餌はどんだけ放置してても腐らないときた……
 いやはや、まさに素晴らしいの一言だわね。



https://i.imgur.com/UM07Zcu.jpg




兎「それにさぁ…………ほら」
 



https://i.imgur.com/EVaOyCe.jpg




 雪みたいに――――”白いままでいられるから”。


470 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/07(木) 00:28:45.92 ID:7pMgIB7e0


薬売り「あれは……何巡目の兎なのでしょう」

兎「さぁねえ……途中から、数えるのやめちゃったし」

薬売り「おや、どうしてまた……?」

兎「だって、どーせキッチリ数えたって、すぐに数は変わっちゃうしさ」

兎「そもそもただでさえ大所帯で大変だし。そんなの、面倒くさくてやってらんないわさ」

薬売り「数を数えるのが……お嫌いなのですね」




(ぎゃあああああ――――……)




兎「――――ほら、噂をすれば」



https://i.imgur.com/8oKSygT.jpg



兎「はい、おつかれさん――――”今回の一生”はどうだった?」



――――ほんともうマジ最ッ悪!
 変なガキがいきなし弓矢で狙ってきてさぁ! 
 あのクソ成金、一体どういう教育してんのかしら……
 子供のしつけくらい、ちゃんとしとけっての!



兎「あらあら、それはそれは……」



 あーあ……折角いい寝床を見つけたと思ったのになぁ……
 あ〜もうむかつく! 
 金輪際、あの家には絶ッ対近寄らないんだから!



兎「でもあんた……そもそも家主に許可取った?」



 う……取って……
 
 …………ますん。



兎「おぅけぃ。取ってないのね」


薬売り(兎が……”産まれた”)



【御産】


471 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/07(木) 00:40:05.45 ID:7pMgIB7e0



(か〜ご〜め〜か〜ご〜め〜)



兎「おや、今度はやけに楽し気だね」

薬売り「童歌……」

兎「ほんと好きだねぇ……ついさっき、ガキに殺されそうになったばかりだってのに」




 かごめかごめ 籠の中の鳥は

 いついつ出やる 

 夜明けの晩に

 鶴と亀が滑った



https://i.imgur.com/Ax8R02Z.jpg




 後ろの正面だあれ?




https://i.imgur.com/j9aDFm6.jpg




兎「はい、おつかれ〜」

472 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/07(木) 00:51:13.34 ID:7pMgIB7e0


兎「で……今度はどうだった?」


 つ、疲れた……
 それはもう、しばらく動けないくらいに……


兎「おや、そりゃまたどうしてだい?」


 ほんとマジ聞いてよ……なんか気のいい人間がいてさ。
 あたし用の部屋を貸してくれるって言うから、お言葉に甘えて転がり込んだのさ。


兎「あら、いい人じゃん」


 と、思うじゃん? そこまではよかったんだけど……まんまと引っかけられたわ。
 住んでびっくりよ。
 そこはなんと、日々たくさんの人間が出入りする”貸宿”だったのさ。


兎「おおう……そりゃまたご苦労さんなこって」



https://i.imgur.com/sMv82cB.jpg



 人間のしたたかさ、マジ侮り難しって感じよ。
 兎相手にそこまでやるかってくらい、そりゃもう馬車馬の如く働かされたわ。
 毎日毎日、見知らぬ人間と握手握手握手…… 
 あのババアめ、ハナッからあたしを、客寄せに使う気だったんだわ。


兎「何それ。千両役者みたいでウケる」


 で〜も〜……ふふん。
 働いた分の報酬は、キチっと受け取って来てやったわよ。



兎「あっ」


薬売り「…………」



 じゃ〜〜〜んッ! 今巷で話題の「鶴の織物」!
 ババアが代金代わりに受け取ったのを、さらにぶんどってきてやったのさ!




兎「いーなー」




((いぃ――――なぁ――――))



https://i.imgur.com/SOsadnN.jpg


473 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/07(木) 00:58:43.98 ID:7pMgIB7e0


兎「とまぁこんな感じで、段々と増えてって……気がつけば、ちょっとした大所帯になってたって話だわさ」

薬売り「してその全ては……同じ兎から枝分かれした自分」

兎「詩的だねぇ。そんな大層なもんでもない気もするけど」

薬売り「いえ……ただ……随分と似ているなと……」



(――――だって……あたしは常に、あんたと一緒だもの)



兎「んお? 誰とだい?」

薬売り「なんでもありません……ただの、独り言です」

兎「見た目通りの、変な奴だねえ」




(あ”あ”あ”あ”あ”! い”だい”い”い”い”い”い”!!)




兎「とか言ってる間に、まーた一羽増えたわさ」

薬売り「……お疲れ様です」



 ――――え、ちょ、誰……? 
 そのちんどん屋みたいな格好の奴。



兎「ああ、こちら、最近越してきた薬売りさん」

兎「なんでも……てゐの真と理が知りたいそうだよ」

薬売り「どうも……」



 はぁ……。
 なんかよくわかんないけど、遥々ご苦労なこってです、ハイ。



【会釈】
474 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/07(木) 01:04:09.12 ID:7pMgIB7e0


兎「でも、中々見えなくて困ってらっしゃるのよさ」

兎「だってほら……”本人自身が忘れちゃってる”からね」



 あー……なるほど。お手上げな感じなのね。



薬売り「延々と繰り返す堂々巡りの前に……よもや、永遠にたどり着けないのではとすら思えます」



 ま、確かに。残念ながらてゐが「知」を得る事は、永遠にないんだけどさ。
 でもさ、でもさ、別に……この旅自体は、永遠じゃないわよ?



薬売り「旅に終わりが……?」



 百聞は一見にしかず。
 その眼で確かめてごらんよ――――ほら。




(こ……こ……は……?)
 



 長い長い旅路の果てに――――ついに、辿り着く事ができたわけ。




(ここ……は……)



(この…………”島”は…………!)




兎「文字通り、一周してきたのよさ――――”最初の場所にね”」



https://i.imgur.com/BKUzadl.jpg


475 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/07(木) 01:04:45.20 ID:7pMgIB7e0
メシくってくる
476 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/07(木) 02:25:26.18 ID:7pMgIB7e0


兎「何もかもを忘れてしまう、老人顔負けの痴呆兎だけどさ」

兎「でも、あの島の事だけは、ちゃ〜んと覚えてた」



(は、はは…………まじかぁ…………)



――――で、もちろんてゐが知ってるから、うちらもあの島を知っている事になる。


兎「あの島は、この長く続いた旅路の……始まりの地でもあり、終わりの地でもある」



【到達】



兎「これ以降……仲間が増える事はなかった」
 


 何故ならば、てゐはもう、何も忘れなかったから



(夢の中の風景だと思ってた……まさか、本当にあっただなんて)



兎「痛みが現れなかったから……記憶はずっと、てゐの中に残り続けたんだ」

薬売り「言うなれば……”心折れる事が無くなった”」



【出航】

477 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/07(木) 02:31:33.39 ID:7pMgIB7e0


【漕】



(よっこらせ――――うんとこどっこいせ――――)



薬売り「船……ですか」

兎「そ、船。つってもまぁ、その辺の廃船をテキトーにかっぱらってきただけなんだけどね」

薬売り「今度は……和邇を伝っていかなかったのですな」

兎「はは、そりゃそーでしょ。前回あいつらにどんなけえらい目に合わされたと思ってんのって話よ」



(し、しんど……ちょっと休憩……)



兎「でもまぁ……結果的には、そう大差なかったんだけどね」

薬売り「…………?」



 近づけば近づくほど、在りし日の記憶が脳裏を過った。
 やっぱり島は島だった……もはや、いつぶりの帰郷かも忘れてしまっていたけれど。
 それでも島は、あの時振り返った光景と、何も変わっちゃいなかったんだ。



兎「島は何も変わっていなかった……けどてゐの方は、当時と異なる”決定的な違い”があった」



 それが――――うちら。
 てぬが忘れてしまった記憶から生まれた、ウン万年分の知の欠片達。



【智識】
478 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/07(木) 02:35:20.79 ID:7pMgIB7e0


兎「ウン万年以上も溜め込んだんだから、そりゃあ、探せば一羽くらいいるわさ」

兎「――――”船の直し方を覚えた兎”くらい、さ」


(くっそー……やっぱり帆くらいつけとけばよかったかも……)

(風の勢いに任せれば、こんな程度、ビューンと一っ跳びなのに〜……)


 とかって本人は言ってるけど、実はこれ、結果的には大正解だったのよね。
 あんたも思ったでしょ? 直し方を覚えたにしては、えらいボロっちいなって。


薬売り「まぁ……修繕済と言う割には、どうもいい加減と言いますか……」


 ま、確かに元々朽ちた廃船だったけどさ。
 でも別に、いい加減に直したってわけじゃないのよさ。 

 この時のてゐは――――望んでたのよ。
 快適な船旅よりも、”一刻も速く”辿り着く事をね。



兎「でも……」


薬売り「でも……?」



薬売り「――――おや?」



【暗雲】
479 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/07(木) 02:41:24.48 ID:7pMgIB7e0


薬売り「見るからに……雲行きが怪しいのですが……」

兎「ふふん、まぁ見てなって」



(なんか……すこぶるやな気配……)


(――――ゲッ!?)



兎「船の作り方を覚えた兎がいるんだから、”天気の読み方を覚えた兎”がいても、おかしくないよね」

兎「だからその兎は、今後の荒れ模様をこっそりと教えてあげた……けどその告げ口は、すでに海の上にいるてゐには意味がなかった」



(うそでしょぉぉぉぉおおお――――ッ!?)



https://i.imgur.com/U5TLhYA.jpg



――――都合優先で直したボロ船は間もなく崩壊。
 てゐは海の中へと放り込まれ、荒れる海の中を死に物狂いで泳いだ。
 多分この時、本気で死ぬと思ったんじゃないかな。
 だとしたら滑稽よね……”すでに何度も死んでる”ってーのに。
 


480 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/07(木) 02:57:35.76 ID:7pMgIB7e0



【浮】



(ブハッ――――ガボッ――――)



薬売り「これが……正解……?」

兎「うん、正解」



【沈】



(ガハッ――――ゴボボボボボ――――!)



薬売り「どう見ても……溺れているのですが」

兎「”泳ぎ方を覚えた兎”が付いてあげてたみたいだけど、どうやら、途中で中断したみたいね」

薬売り「何故……?」



【雷雨】



 知ってたからよ……この荒れる海原は、この島の周辺にはよくあるただの時化だって。



【暴風】



兎「知ってたからよ……これは久しぶりに帰って来た兎への、あったかな出迎えだったんだって」




 知ってたからよ…………


 これは…………


 一羽の兎を育ててくれた…………


 島の…………






((やさしい…………やさしい…………))






【波浪】




https://i.imgur.com/jEvPkjl.jpg


481 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/07(木) 03:01:28.01 ID:7pMgIB7e0
本日は此処迄
482 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 20:56:14.68 ID:U8yEZtnF0



【そよ風】



薬売り「…………」



【さざ波】



兎「…………」



【波打ち際】



薬売り「中々……打ちあがってきませんな」

兎「ありり? 場所を間違えたかなぁ」



【待ち惚け】



薬売り「この辺りは潮の流れが複雑だ……船乗りですら、時折間違える事もある」

兎「でもまぁ、ほっときゃその内どっかに着くと思うけど」

兎「まぁ……いいか」

薬売り「……?」



――――しょうがない。先に行って待っとこうか。



薬売り「何処へ……?」

兎「ついてきて……そんなに遠くないから」


https://i.imgur.com/4zHDS9h.jpg

483 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 21:02:53.10 ID:U8yEZtnF0


兎「ところで薬売りさんはさ……やっぱり”てゐの事モノノ怪だと思ってるの?”」

薬売り「いえ……どちらかと言うと”貴方方の方が近いかと”」

兎「う〜ん、ハッキリと物を言う奴だわさ」


――――でもさ、でもさ。
 最初にあんたの言い分を聞いて、ずっと引っかかってた事があるのよね。
 「モノノ怪は斬らねばならぬ」。
 そりゃ悪さばっか働くってんなら、ぶった斬って懲らしめてやんなきゃって話だけど?


兎「でも、じゃあ、仮に……モノノ怪が”生きとし生ける者の為に”存在しているのだとしたら」

薬売り「モノノ怪が……命ある者の為に?」


 だって、考えてもごらんよ。
 かつてこの島は、全てが一つだった……人も、獣も、虫も、花も。
 相容れないはずの全くの別種の生き物。
 なのにそんな別物同士が、この島に限り、共に宴に酔いしれるくらい一つだった。


兎「……なんでだろ?」

薬売り「……なんででしょう」

484 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 21:09:21.71 ID:U8yEZtnF0


 これって、人間同士でも同じ事が言えるよね。
 例えば、さっき見た北国のガキンチョと、一面海に囲まれた島で育ったここの子供。
 果たして彼らは、同種の人間と言えるだろうか。


薬売り「全く同じ……と言うわけには、いきませんな」

兎「そ、言えないよね〜。だって、生まれも育ちも、何もかも違うんだもんね」

兎「育った環境が違うから常識も違う。発想も違う。生き方も違う。ついでに言葉使いも若干違う」

薬売り「ま……多少の分別は避けられないでしょう」

兎「そんな違う者同士を、仮にこう、狭ッ苦しい同じ家へと入れた時……果たしてこの違う者同士は、どうなっちゃうだろう」

薬売り「当然……そこには”摩擦”が生まれる」

 

『――――互いの内にある些細な違いが、双方に細かな傷をつける。
 細かな傷は、擦れば擦る程に増えていく。
 それはまるでやすりのように、続けば続くほど、ドンドンとすり減り削られて行く……
 そして最後には、消える』



兎「その場合、残るは強度に優れた鉄製のやすりか、加工に秀でた銅製のやすりか……」

兎「はたまた、”両方共消えてしまうのか”」

薬売り「どちらにせよ……壊れた道具は、捨てられるのが常ですぜ」

兎「道具はね。でも、生命はそうじゃない」

兎「ほら、見てごらんよ。ここにはそんな……”擦り合った痕”がいっぱいだ」



【墓】

485 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 21:14:49.81 ID:U8yEZtnF0


薬売り「墓地……?」

兎「ねえ薬売りさん……薬売りやってんなら、不思議に思った事はないかい?」

薬売り「なにが……?」


 何もかもが違う所だらけの生き物なのにさぁ。
 こうやって……”命尽きた者への対処”は、みんな一緒だよね。


兎「誰に教わったわけでもないのに、自然とみんな、土に埋めるよね〜」

兎「……なんでだろ」

薬売り「その問に答えるのは簡単だ…………”宗教”ですよ」


『その者の生きた証であり、大地への寄与でもあり、時には権力の誇示にも使われる。
 してその根源は、”奉る”事。
 無を認めず、故人に思い馳せる事で、「浄土にあり続ける」と思い込もうとしている――――』


『そしていつか我が身が骸と化した時。
 自らもまた浄土へ至らんと言う……言わば、生者の理。』


薬売り「ま、細かく言えば、それもまた各々で異なるようですが……ね」

兎「――――アホ。誰が墓の起源を語れと言ったんだわさ」

薬売り「おや、違うので……?」


 ったくこれだから天然は……
 ごく一般的な考えでいいんだわさ。
 ごく普通に考えて、人間は墓を立てて、一体そこで何をするんですかって話だわよ。


兎「祈るんでしょうが……死者の幸せを」



兎「――――あんな風に」



https://i.imgur.com/a568Rgs.jpg

486 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 21:24:30.99 ID:U8yEZtnF0


薬売り「いつの間に……」

兎「伝え聞かなくても、誰にも教わらなくても、ああやって死者の前では、みーんな同じ事をするよね」

兎「こう、両手を握って……目を閉じて、祈る」

兎「まるで、眠りにつくかのように」


【祈祷】


 人も、獣も、虫も、鳥も――――誰もかもが、死者の前では皆、ああして等しく同じ作法を真似る。
 不思議だよねぇ。教わるどころか意思疎通すらできない者同士なのにさ。 
 だとしたらさ、これはひょっとして、ひょっとすると……
 全ての生き物は――――”元々一つだった”のかもしれないね。


兎「元々一つの生き物だった時に覚えた事が、今も頭のどこかで残ってる」

兎「だから、無意識に同じ行動をとる……って考えたら、しっくりこない?」

薬売り「わかるような……わからないような……」


 ごめんごめん、ちょっと話が飛躍しすぎたわさ。
 別にご高説垂れたいわけじゃないの。
 ただ、ちょっと例えたかっただけ。
 この墓の下に眠る彼らと……一つの時を共有した、一羽の兎とさ。


薬売り「ではこの墓に眠るのは……かつて共に宴に酔いしれた、八百万の生き物達……?」

兎「そしててゐが旅してる間に、てゐだけ残してみーんな土の中」

兎「……ってもまぁ、何百年も経ってんだから当たり前っちゃあ当たり前なんだけど」


 天寿を全うした彼らの死に目に立ち会えなかった事に、思う所あったんでしょうね。
 だからああして、祈った……
 

【悼】


 遅すぎた哀悼。後悔先に立たず。
 喧嘩別れ同然だった最後の記憶が、てゐの心にズンと圧し掛かる重しを乗せた。



兎「同時に猛った――――”また仲間外れか”と」



 そもそも、別れの原因が「仲間外れにムカついた」だったからね。
 こうなるともう、とてつもなくびみょ〜な心情よさ。
 怒りをぶつけようにも、あの時の面子はもう誰も残っちゃいない。
 かと言って、大手を振って喜べる程の憎しみも、残っていなかった。



兎「結果、何とも言えぬわだかまりが残った……哀悼と背徳が、同時に内在していた」 



https://i.imgur.com/1psnbhh.jpg




兎「でも――――そのわだかまりは、すぐに打ち解ける事になる」



【真実】
487 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 21:31:53.52 ID:U8yEZtnF0



(ふざ……けんなよ……)



 真相は――――仲間外れなんかより、もっともっと”意地の悪い物”だった。



(どいつもこいつも……よってたかって……)



 そうして久方ぶりの故郷は――――てゐに今度こそ、一生消えない”傷”をつけた。



(最低よ……本当に……)



(最……低……)




 その傷こそが――――あんたの言う【理】って奴さね。




薬売り「これは、これは……」

薬売り「なんとも立派な……理で……」

兎「そ、所謂……”加護の中”って奴だわさ」



https://i.imgur.com/XOrka1R.jpg

488 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 21:44:48.30 ID:U8yEZtnF0


薬売り「ここはよもや……先ほど兎が言っていた……」

兎「鋭いね薬売り。そう、この場所こそが……”かつて兎が世界を見た場所”さ」


https://i.imgur.com/AIcST5h.jpg


兎「う〜ん、やっぱりいつ見ても絶景だわさ」

薬売り「なるほど……確かに、切り取りたくなる風景だ」

兎「さすがに雨が降ったらちょっと霞むけどね……でもその後は、”決まって虹が架かる”」

薬売り「その虹が架かっていたからこそ……”世界は兎の目に触れた”」


 みんな気づいてたんだわさ……兎が外に行きたがってる事をね。
 だってそりゃあさ、毎日よろしくやってた兎が、突然景色ばかりを見るようになったんですもの。
 大変だったと思うわさ……”わざと気づいてないフリ”をしてやるのも。 


薬売り「兎がいなくなったこの地で……残された者共は、兎の墓を建てた」

兎「墓って表現はちと微妙だね。この場合、”兎がいなくなる前から進んでた”って言った方が正しいわさ」

薬売り「おや、どうして……?」


 兎の思惑に感づいた島の生き物たちは、こっそりと、とある計画を企てた。
 その内容こそが「海を渡る方法」。
 島の生き物達は、決まった時間に話し合いの席を設けた――――兎だけを外してね。


兎「こういうのを、異国の言葉で”さぷらいず”って言うらしいわさ」

薬売り「驚き……の意ですな」


 ただ一つ、その「さぷらいず」計画には問題があったのよさ。
 悲しい事に……揃いも揃って”アホ”だった。
 もう、それは、今では考えられないくらい……だーれも、なーんも知らなかったのよさ。


兎「作り方とか以前に、船と言う存在すら、もうほんと、何もかもを」
 
薬売り「まぁ時代が時代ですから、そこは……」


 おかげで秘密の計画は大幅に遅延……ていうか、始まりすらしなかったわさ。
 だって、だーれもなーんも知らないんだもんね。
 そして、何も始まらないまま、兎だけが知らない秘密ができた……



(――――ずっと小さなままでいればいいのよさ……こんなちっこい、塵みたいな島で)



 結局、そんな内緒の「さぷらいず計画」は、一つの不幸を生んでしまった。
 本人も言ってた通り――――兎がそれを「仲間外れ」と受け取ってしまった事さね。



【曲解】

489 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/10(日) 21:47:50.23 ID:fvR4o3gDo
島に住んでるのに舟も知らないとは確かに酷いな
490 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 22:10:38.01 ID:U8yEZtnF0


兎「みんな、そりゃあもう困ったでしょうね……誤解を解きたくても、解けなかった」

兎「辛かったと思うわさ。だって……みんな、”てゐが大好きだったから”」

薬売り「……」


 そうやって切羽詰まってきた末に、ある日誰かが言い出した。
 「――――海の事は海の生き物に聞けばいいじゃないか」。
 本来、陸の生き物と海の生き物に接点なんてない……はずなんだけど、その島の住人だけは、ちょっとしたコネがあってね。


薬売り「…………和邇?」


兎「そう、和邇――――まぁ、接点っつーより”因縁”に近いけど」


 陸と海。異なる場所の異なる生き物同士。
 お世辞にも良好な関係とは言えなかった……けど。
 その時その瞬間、両者はついに垣根を超える事ができた。


兎「キッカケは、兎――――兎を思う気持ちが、ついに大地と海とを跨ぐ”橋”となった」


【以心】


 その時、ようやっと計画は動き出したんだわさ。
 島の生き物は、見返りとして”共に酔いしれる楽しみ”を教えた。
 そして目覚めた――――仲間と言う概念を。


【伝心】


 酔いしれる楽しみを覚えた和邇は、約束通り海を渡る方法を教えた。
 この時和邇が島の連中に教えたのが、「船」と呼ばれる物だった。
 これは後に、島に「海の幸」を齎す事になるんだけど……これはまた、別のお話さね。


兎「これがキッカケで、島と海の生き物は共に手を取り合う事ができるようになった……ま、それでも小さな諍いはあったようだけどさ」



【締結】
491 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 22:31:25.68 ID:U8yEZtnF0


薬売り「しかし……肝心の兎がいなかった。両者は手を結ぶ事ができた代わりに、当の兎は孤独になっていった」

兎「そう……やっとの思いで船を完成させた時。兎はもう、”島の住人じゃなくなっていた”」

 
 手渡される事のなかった船は、それでも大事に扱われ続けた。
 いつか兎に、秘めた思いを伝える為に……

――――そこで連中は話合い、まずは船の保管場所を決めた。
 兎を含めた全ての島民が知る、共通の場所。
 そこは、「かつて兎と酔いしれたあの場所が相応しいだろう」と、満場一致の決議がなされた。


薬売り「それが……”ここ”」

兎「そう……”ここ”」


 後に誰かの提案で、この場所を示す目印が建てられた。
 帰って来た兎がすぐに気づけるように。
 天にも届きそうな程の、高い高い目印を建てた。

 さらに後に、これまた誰かの提案で、雨風に晒されぬ保管用の倉庫までもが建てられた。
 時と共に朽ちてしまわぬように。
 いつか渡す時まで、守り切れるように。

――――さらにさらにその後。
 誰かの悪ノリをキッカケに、周囲ははあれやこれやと過剰な装飾で飾られていった。
 やれ石像だの、やれ縄だの、旗だの、布だの、箱だの……
 本来必要としなかった物が、次々と足されていった。



兎「そうやって思いつくままに手を加えながら、何日も何日も待ち続けた――――何か月も、何年も」



 結果、ただの高台だったはずのその場所は、明らかに元の形から離れていった。
 家でもなく倉でもなく、休憩所にしては無駄に豪勢だし、宿に使うならちと狭い。
 そうやって気がつけば……元の目的からすらも大きく外れる、用途不明の建築物と化していたんだ。



薬売り「言い換えれば……”時と共に成長していった”」



 そう……島の生き物達はずっと待ち続けたのよさ。
 健やかに育ちながら……全ては”来るべき時の為に”。
 毎日兎が訪れた、あの虹の架かる高台へとね。



【思做】



薬売り「それでも兎は来なかった……何故ならば、”とおの昔に旅立った後だったから”」

兎「そんな事なんて知る由もなかった……”兎が全てを忘れてしまっている事なんて”」



 そうして、何もかもを知る事のないままに――――ついには全員、逝ってしまった。



【未達】
492 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 22:41:30.50 ID:U8yEZtnF0


薬売り「その後、その用途不明の建築物を、誰かが崇め奉る場所と勘違いし……今や立派な”社”となった」

薬売り「と、言った所ですかな」



(――――痛い)



兎「そうね、大体そんな感じ……だけど……」

薬売り「……?」



(痛い――――痛いわ――――体中が――――走るように――――)



兎「それよか…………頭、下げといた方がいいよ」

薬売り「なにが……」




(痛い――――痛い――――痛い――――!)
 



【陣痛】




薬売り「これから……世界を股に駆けた、壮大な”出産”が始まるから」




【誕生】





薬売り(な――――ッ!?)



https://i.imgur.com/7WGYeSJ.jpg



493 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 22:46:47.46 ID:U8yEZtnF0



 その日、その地一帯に未曾有の豪雨が訪れ、周囲の川々が龍の如く荒れ始めた。
 その日、その地一帯に巨大の竜巻が吹きすさび、塵々を吸い上げた風は暗黒の如き黒に染め上がった。
 その日、その地に繋がる山脈の一つが突如火を噴き、轟々とした溶岩が、巨人の如く大地を塗り替えていった。



兎「数多の稀が、各地で同時に起こった――――後にその稀は伝承として、各々の地で現在まで伝えられていく事となる」

薬売り「バカな……これではまるで……」



 しかし、真に稀なる事は――――この天変地異の如き大災害が、結局は”誰も傷つけなかった”事にある。



【災難】



兎「全てを飲み込む川が氾濫した結果、水に乏しかった地に大きな水源ができた」

兎「全てを吸い上げる風が塵々をばらまいた結果、花々は世界中に咲き誇る事が出来た」

兎「全てを焦がす溶岩が大地を覆った結果、生き物が住める新たな島ができた」



【祭納】



薬売り「稀……確率……内在する二つの可能性……」

薬売り「よもや……」

薬売り「兎が産んだ物とは…………!」



――――気づいた、ようだね。



兎「てゐの力は、兎を操る力なんかじゃない…………この”稀を起こす力”だったのよさ」


 
 それをどこかの誰かがこう名付けたのよさ――――。
 【幸運を与える程度の能力】ってさ。

494 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/10(日) 22:47:15.62 ID:U8yEZtnF0
メシくってくる
495 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/10(日) 22:56:30.89 ID:64kWh03Bo
一旦乙

そもそもなんでてゐだけ長寿なんだろう
月組とは事情が違うし
496 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/11(月) 00:52:34.09 ID:1YXGx6kN0



(痛い……体中が……痺れるように痛い……)



 思い起こせば……てゐが痛みを感じる毎に、どこかで何かしらの稀が起こった。
 その稀は決まって、”誰かに幸せにする”稀だった。



(痛い……体中が……焼けつくように痛い……)



兎「痛みと言う不幸と引き換えに……命芽吹かせる幸が生まれた」

薬売り「しかし……全て、この兎が産んだと言うのか……!」


 島の生き物は、溢れんばかりの幸を与えられ、誰よりも健やかに育っていった。
 それは体だけじゃなく、心も……
 そうやって、いつしか船すら知らなかったアホ共は、世代を追うごとに自力で世界へ旅立てる程に成長していった。


兎「そしてさらに広まっていく……兎が産んだ幸が、大海原を超えて、世界へと」



【越境】



497 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/11(月) 01:02:21.88 ID:1YXGx6kN0



(痛い……体中が……死んでしまいそうなくらい……痛い……)



 長い、長い年月をかけ――――世界が幸に満たされていく。
 幸は新たな幸を生み、心に豊かさを与え、豊かとなった心が、生命を尊ぶ意識を生んだ。
 そして尊ぶ事を学んだ生き物は、それを”学問”と言う形で後世に残した……
 いつか、時の流れの中で、消えてしまわぬように。


薬売り「そうして学び受け継いだ先に……覚えた」


兎「目を閉じ、両手を合わせ……まるで”墓前のように”振舞う所作を」



【祈】



兎「さながら、故人を偲ぶように」


薬売り「ただしその所作は……」




【析】




(もう……だめ……)




(あ…………)





(……………………)





【折】



498 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/11(月) 01:26:31.79 ID:1YXGx6kN0



(どうか、いい人と巡り合えますように)



【刻】



(どうか、あの人と結ばれますように)



【国】



(どうか、末永く幸せになれますように)



【告】



 兎は――――そうやって祈りを捧げられる存在になった。
 時には地元から、時には遠方から、時には異国から。
 数多の人間がやってきては、兎に祈りを捧げるようになった。
 みんな幸福が訪れると信じて……それでも、本人に自覚はなかったけど。



兎「不思議だよね……人間にとっては”哀悼と参拝は同じ”なんだね」

薬売り「……」

兎「ん? どした?」


【文句】


薬売り「やはり……宗教であってたんじゃないですか……」

兎「ええっ!? まだそれ言うの!?」


 い、意外と根に持つ奴だね……まぁ別に、合ってる事にしてやってもいいけど。
 でも個人的には、やっぱり微妙な所だわさ。
 だってほら、宗教って――――要は、”見えない物を崇める事”だろ?


兎「だとすると、ほら…………”まだそこにいるし”」


薬売り「……あっ」




(――――ハッ、まぁたアホ共が雁首揃えてきやがった)


(――――ほ〜んと、いつになったら気づくのかねえ……”あたしゃ目の前にいる”って事にさ)



https://i.imgur.com/jN8vlOW.jpg

499 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/11(月) 01:41:29.89 ID:1YXGx6kN0


 見えない御利益にあやかりに来たのに、実はやろうと思えば見ることができたって言う……
 説法的な話じゃないよ。本当に、”幸せは目の前にいた”の。
 

薬売り「じゃあ何故……人々は、兎を見ることができなかったんですかね」

兎「んなの単純じゃん……”いないと思い込んでたから”」


 幸せは目に見える物じゃない――――「形なき存在である」。
 概念的な存在であり、決して理解できない”独自の理”によってのみ動く。
 長年かけてそう刷り込まれたもんから……見えなかった。
 と言うより、”見えてるのに認識する事ができなかった”。


兎「だから求めた……幸せを、目に見える形で認識する事を」

薬売り「だからこうして訪れた……遠路はるばる、世界中の土地から」


 そうそう、ちなみに余談だけど、特にやってくるのは「つがい同士」が多くてね。
 あんたも御存じの【因幡の白兎】。この話からもじって、兎はいつの間にやら「良縁を取り持つ仲買兎」って事になってたのよ。
 実はな〜んもしてないのに……ま、噂の起こりなんて所詮こんなもんさね。


薬売り「それに……知ったところでどうせ見えませんしね」

兎「そんな感じで、噂が噂を呼び、尾ひれ背びれが大量についたあげくの果てに、さ」

兎「もはやてゐは――――”自分でもよくわからない”存在になった」

薬売り「……」


 真偽不明の噂を真に受けてやってくる連中を、てゐはずーっとここから眺めてた。
 そして言った……「アホ共め」。

 祈りを捧げた連中に、御利益が訪れたかまでは知らない。
 あのつがい同士は無事結ばれたのかなんて、知ろうとも思わない。
 ただ、祈りを捧げた後に、やたら「幸せそう」な顏をしてる連中の姿を見て……てゐは思ったわけ。


兎「何か……わかるかい?」

薬売り「いえいえ、御仏のお考えなさる事など、恐れ多くてとても……」

兎「あ、茶化してる〜」


 でもまぁ、てゐ本人は何時だってシンプルさね。
 てゐは思ったのさ――――”世界は向こうからやってくる”。
 かつて手に入れたがった「知」の欠片たちが、 わざわざ自分から足を運ばずとも、向こうの方から各々の「知」を述べに来る。
 そうなりゃもう、旅なんてする必要ないよね。


兎「だからてゐはもう、島を出ようと思わなかった……」

兎「てゐはただ、かつての友が残した箱で、ゆらゆら揺れてるだけでよかった」


 自分を育ててくれた島の中で、かつての記憶に思い馳せているだけで――――
 それだけで、誰かに幸せを与えられたから。


兎「旅に費やした以上の、長〜い長〜い時の中で、ね」


https://i.imgur.com/QnpYjIQ.jpg
500 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/11(月) 01:59:39.49 ID:1YXGx6kN0


薬売り「……」

兎「おや、まだなんかあんのかい?」

薬売り「いえ……ただ……」

兎「わかってるわさ――――”最後の欠片が足らない”って言いたいんだろ?」



(ふわぁ〜……疲れた)

(毎日毎日誰かの愚痴ばっか聞かされて……いい加減、耳がバカになりそう)



兎「もうそろそろ……来ると思うんだけどね……」

薬売り「誰が……?」



(巫女さんでも雇おっかな……賽銭でもわけてやりゃ、誰か食いついてくるでしょ)



兎「…………お」




(――――こんにちは、お兎様)




兎「後はそいつに聞けばいいよ……そいつがてゐを、”幻想郷に呼んだ張本人”だから」




(あ? 誰あんた)




【誰そ彼】



https://i.imgur.com/TwUhcgI.jpg
501 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/11(月) 02:00:08.39 ID:1YXGx6kN0
本日は此処迄
502 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/11(月) 16:33:08.27 ID:87nP+RbOo
大国様か?
503 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/11(月) 18:42:39.73 ID:p+ygH5NXo
面白い
504 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/13(水) 23:06:55.66 ID:M+tBv7c20


(参拝客? 悪いけどうち、営業は夕方までって決まってんのよね)

(はは、違いますよ――――”貴方と同業の者”です)

(はぁ……? 同業だぁ……?)



兎「この場合の同業者って、一つしかないよね」



(覚えておりませんか? かつて貴方が縁を取り持った、一人の弱き人間……)

(…………へ?)



【恩人】



(――――の、息子ですよ)

(……あぁぁぁああ〜〜〜〜ッ!)



兎「ある日突然現れたこの男は――――かつてこの日出国を興した一族の、子孫だった」






505 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/13(水) 23:17:48.48 ID:M+tBv7c20


てゐ「はいはいはい……似てる! 言われてみれば似てるわ!」

てゐ「目元とかマジそっくり……へぇ〜知らなかった! あの人の子供、こんな大きくなってたんだ!」

男「その説は、父上が大層世話になりまして……」

てゐ「いやいやいや、なーに言ってんのさ!」

てゐ「助けられたのは寧ろこっち! いやーあんときゃほんと助かったわ!」

男「はは、恐縮です……」


https://i.imgur.com/VXKpYCc.jpg


てゐ「で、オヤジさん元気?」

男「ええ、元気ですよ……むしろ、元気過ぎて少しくらい休んでいただきたいくらいなんですがね」

てゐ「なんでよ。元気してんならいいじゃない」

男「いやいや、元気すぎるのも困りものですよ……想像できますか? 自分の知らない兄妹が増える苦労を」


https://i.imgur.com/MaTXhKM.jpg


てゐ「あー……確かにあの姫様、美人だったしねぇ」

男「私実は今、とある理由で、その兄妹連中の所在を巡っているのですが……」

男「しかし幾分にも、こう……数が多くてですね」

てゐ「人間でもたまにそんな奴いるわねぇ……無駄にお盛んな奴」

てゐ「で、あのオヤジさん結局何人子宝こさえたのさ。10? 20?」

男「そうですね、私が知る限りで……」


男「…………181名程でしょうか」


てゐ「――――181ィッ!?」


https://i.imgur.com/608iXCa.jpg


男「しかも全員、腹違いです」

てゐ「あ、あのオヤジ……絶倫すぎんでしょ……」

男「いやはや、参りましたよ……この間も、諏訪の国にいると言う妹に会って来たのですが」

男「会うや否や”誰だ貴様は”と追い立てられてしまいました。むしろそれは、こちらが言いたい台詞なんですがね」

てゐ「こ、今年一番の衝撃ニュースだわ……」


https://i.imgur.com/oPwKihh.jpg

506 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/13(水) 23:26:11.88 ID:M+tBv7c20


てゐ「で……なんでまた、そんな多すぎる兄妹の居所を巡ってるのさ」

男「かつて……父上は国造りの祖として励み、そして大地を開拓していったのは周知と思います」


 長い時をかけ、国の礎を作り、そしてその全てを後継ぎに託した後、自身は隠居の身となりました。
 所謂「国譲り」って奴ですね。
 そんな苦労の甲斐あって……巨大な島に過ぎなかったこの大地は、名実ともに一つの国となりました。
 今我々がいる、この地も含めてね。


男「一見すると万事無問題のように思えますがね……ところが近年になって、とある問題が浮上しまして」

てゐ「あによ。なにがあったってーのよ」

男「”我々”ですよ――――貴方のおっしゃる通り、多すぎる兄妹が”再び国を分かち始めた”」


https://i.imgur.com/2YqWAoZ.jpg


 父上は何も、考えなしに子をこさえたわけではありません。
 国を興すにはあまりに広すぎる大地が、必然的に子孫の繁栄を促したのです。
 そうして各地に点在していった、のべ181名の子ら……。
 彼らは父上の思惑通り、各地の長として、その地を興していきました。


男「しかし181名もいれば、当然中には異を唱える者もいます」


 彼らは各地の守り神を自称し、次第に治める地の利権を主張し始めました。
 今までもそう唱える者は何人かいましたが、父上の力で何とか抑え込んでいました。
 しかし時が流れ、段々とその威光も薄れていき……兄妹同士の全面衝突は、もはや避けられない事態となったのです。
 

男「神が荒れれば大地が荒れる。大地が荒れれば人が荒れる。人が荒れれば命が荒れる」

男「結果、国が荒れる――――荒れた国は千切れ、別れ、またしても小さな島に戻る」

男「そして家族は……”憎むべき仇”となってしまう」

てゐ「――――はっはーんなるほど、わかったわ! あんたがここに来た理由!」



 だから、別れつつある神々の仲を取り持て――――そう言いに来たんだと、思ってた。


507 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/13(水) 23:32:36.69 ID:M+tBv7c20


てゐ「……えっ」

男「いえ、ですから……”兄妹喧嘩はもう収まりました”」

てゐ「…………じゃあ何しに来たのさ!?」


 男は言った。
 「もう解決したのでご心配なく」と。
 兎は言い返した。
 「だったら何しに来やがったんだ」と。
 その問いに男はこう返事を出した。
 「私の用事は貴方そのものだ」と。
 兎は強く勘ぐった。
 「まさか、騒動にかこつけて、この島を乗っ取りに来やがったのか!?」と。



 でも――――男の出した結論は、そのどれでもなかった。



男「私が来たのは…………貴方に”お礼”を言うためです」


てゐ「お……礼……?」



 男は言った――――。
 「今言った兄妹喧嘩はとっくに解決した問題で、今や皆、多少の文句は垂れつつもなんだかんだでうまく纏まっている」と。
 兎はもちろん、即座に聞き返した。 
 「それがあたしと、どう関係があるのさ!」



男「いつぞや起きた奇怪な超常現象――――あれを見て、すぐにわかりましたよ」



 そして男は答えた。
 その答えは、ぐうの音も出ないほど……兎と深く関わっていたのよさ。



男「これを……」


兎「なに……これ……?」



【古之事之記】
508 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/13(水) 23:38:40.90 ID:M+tBv7c20


男「これは……我が一族の成り立ちを記した書物です。ほんとは、勝手に持ち出しちゃあいけないんですがね」

てゐ「きったない本……これがお礼?」


薬売り(神々の……家系図……?)


男「ま、まぁ本の劣化はさておきですね……先ほど言った通り、この書物には父上と、我々兄妹の所業が事細かに記されておるのですが」

男「その中には……何故でしょう、”我が一族とは無縁の者”が載っているではありませんか」


 そう言いながら、男は本を”逆から”開き始めた。
 逆から開いた本は一番新しい頁が頭に来て、頁をめくるたびにどんどん古い話へと遡っていく。
 本の開き方としてはおかしいけど、でも間違えたわけじゃない。
 わかりやすいよう、わざとそうしたのよさ。


男「曰くこの者は、よく童と戯れる姿が目撃されていたようです」

てゐ「…………」


 男は、解説を加えつつ頁をめくり続けた。
 それはきっと「親切」のつもりだったんだろうけど……むしろ余計なお世話だった。

 だって……語られるまでもなく、てゐはすぐに気づいたのよさ。
 東西南北に散らばる、181名の神々が記された家系図――――
 で、あるはずなのに、その全ての行に、何故か”一羽の兎が”載っていたのを見たらね。

509 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/13(水) 23:47:10.44 ID:M+tBv7c20


男「各々の地の有力者は、揃ってこう言ったそうです――――童の折、”此れとよく似た兎と戯れた事がある”と」

男「そしてこれとほぼ同様の話が、何故かこの、181名の兄妹が治める地全てに伝わっている……」

男「さらにはこの話が記された時系列を紐解けば、これまたどういうわけか……”この島に兎はいなかった”事になっているのです」


 丁寧な解説が、逆にイラついたわさ。
 オヤジ譲りかなんなのかしんないけど、じれったいったらありゃしない。
 ここまで言われりゃバカでも気づくっつーのに……ねえ?



(これって……)




――――だから、自分から言ってやったのさ。


 

(……あたし?)



https://i.imgur.com/81s2QQe.jpg

510 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/13(水) 23:57:03.99 ID:M+tBv7c20


薬売り「神々の家系図に、なぜ兎が……?」

兎「――――ってな顔をしながら、あっけにとられる兎を尻目に、男はさらに続けた」
 

 曰く――――てゐと遊んでた子供が、全員何らかの形で名を馳せている事。
 てゐが住んでた家が、末代まで続く名家になってた事。
 てゐに部屋を貸した宿が、連日満員の一流旅館になってた事。
 その他色々と、これと似たような話が、兄妹連中が治める各地で点在している事。
 

兎「そしてその話が記された時期――――ちょうどてゐが、世界を旅していた期間だった事」



(のべ181名もいる我が兄妹ですが……誰一人として、国の一巡を成し遂げた者はおりませんでした)

(それは父上ですら成し遂げられなかった偉業……数多の子宝をこさえやっと収めたこの巨大な島を、たった一人で渡り歩いた者がいた)


 しかもその者は、一族どころか人間ですらなかった。
 オヤジが国造りを始めた裏で、人知れず世界を渡り歩き、兄妹達がその地に着く前からその地を興していた者がいた。
 「始祖を自負していた自分が、実は二番煎じだった」。
 その事実は、神々にとってもえらく衝撃的だった……らしい。


(この事実を突きつけた時、兄妹喧嘩は一発で収まりましたよ)

(あの時の意気消沈した顏は、実に見物でした……まるで童のように、キョトンとしておりましたから)


 確かに、向こうの立場で考えれば大問題だろうね。
 男の言う問題とは、国が分かれそうになった事なんかじゃなかったのさ。
 「――――神々を名乗る者共が、たった一羽の兎にとっくに先を越されていた」事実。
 そんな事も知らずに各地でえばりくさってた神々は、あまりの恥ずかしさに、揃って顏を真っ赤に染め上げた……らしい。


(語られぬ歴史の裏で……国造りの一躍を担った者が、もう一人いたのです)

(してそのキッカケは、ほんの小さな親切に対する、ほんのささやかなお礼だった……わかりますか?)

(小さな気持ちが集ってこそ国になるのに……あの神々を名乗る連中は、そんな事すらすっかり忘れておったのです)


 そう語る男の表情は、何故だか妙にうれしそうだった……自分も、その神の一人なのにね。

511 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/14(木) 00:03:48.54 ID:wRncuJPX0


薬売り「日出国の始祖……それが兎の……真?」

兎「ところがどっこい、そんなものすごい肩書なのに、肝心の本人にその自覚は全くないときた」

兎「だから、この期に及んでまだ思い込んでるのよさ…………”自分はただの兎だ”って」

 
 兎はその話を聞き終えたと同時に、黙った。
 小難しい事を考えてたわけじゃない……ただ、あっけに取られてたのさ。


兎「男が語る話が、兎のちっぽけなお脳に収めるには大き過ぎたってだけ」

薬売り「それは……こちらとしてもそうなのですが」


 唐突に壮大な話を告げられ、お脳の処理がおっつかなかったんだわさ。
 だから、何も言い返せなかった。
 ただ景色を見つめる事しかできなかった。

――――そんな心中を察してか、男も一緒に黙った。
 兎と男。一人と一羽は言葉を交わさぬままに、二人仲良くずーっと景色を見ていた。


兎「まるで、かっての素兎と人間のようにね」

薬売り「……?」



 その時の空は――――ちょうど、日が暮れる頃合いだった。



https://i.imgur.com/ZC6X6c1.jpg

512 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/14(木) 00:04:41.50 ID:wRncuJPX0
メシくってくる
513 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/14(木) 01:04:39.58 ID:wRncuJPX0


兎「い……よっと。ハイ」

兎「それがこの、自称始祖達の家族日記さね」

薬売り「勝手に取っても……よいのですか?」

兎「いーのいーの。どうせこれも、後に広まってくもんだし」

薬売り「はぁ……」


【書】


兎「それにさぁ…………こんな機会でもない限り、永遠に知る術はないさね」

兎「折角だからついでに知っときなよ。太古の昔から語り継がれる……伝承の真なんて」

薬売り「…………」


【捲】



514 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/14(木) 01:05:34.16 ID:wRncuJPX0


――――昔々、因幡の国のとある島に、一匹のうさぎがいました。
 うさぎはかねがね因幡の国へと渡りたいと思っていましたが、海を渡る方法を知りませんでした。
 そこでうさぎは思いつきました。「海の中の和邇共を騙して並ばせれば渡れるじゃないか」。
 ずる賢いうさぎは口先八調で和邇を説き伏せ、和邇はうさぎの思惑どおり、まんまと一列に並ばさせられました。



薬売り(イナバの白兎……)



――――昔々、とある所に、八十の兄弟と一人の末弟がいました。 
 八十の兄弟と一人の末弟は、ある日、因幡の国にヤガミヒメと言う大層美しい姫がいると聞きつけました。
 八十の兄弟と一人の末弟は、その姫様を嫁に貰うべく、因幡の国へと旅立ちました。
 しかし末弟だけは、みるみる内に他の兄弟から引き離されて、かろうじてついていくのがやっとでした。
 理由は簡単でした。末弟は、ただ、荷物持ちとして無理やり連れてこられただけだったのですから。



薬売り(オオナムヂの国造り……)



――――昔々、出雲の国にクシナダヒメと言う大層美しい姫がいました。
 姫は誰もが羨む美貌を持ちながら、にも拘らず、毎晩涙で袖を濡らしておりました。
 その涙には、とある理由がありました。
 その地に棲み付くヤマタノオロチと呼ばれる怪物が、あろうことか、姫を食らうと宣告してきたのです。



薬売り(スサノオのオロチ討ち……)



――――昔々、高天原と呼ばれる、神の住まう土地がありました。
 神は高天原より地上を眺め、時には使者を送り、時には自らの神力を使いながら、着々と国を作り上げていきました。
 そうして国作りがある程度進んだ頃、神は頃合いを見て、行宮の儀を取り行う決定を下しました。



薬売り(アマテラスの天岩戸…………)



 神は降臨の地を入念に選んだ後、因幡国内の”八上”という地に降りる事に決めました。
 神にとっては初めての地上でした。故に神は、少し不安を感じていました。
 高天原から見る地上は平穏なれど、実際に降りれば、一体そこにはどんな光景が広がっているか……
 天から眺めるだけでは、まるで想像できなかったのです。



薬売り(…………ではない?)



【止】
515 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/14(木) 01:16:45.71 ID:wRncuJPX0


兎「どうしたのさ…………速く読みなよ」


薬売り「…………」


 期待と不安を胸に秘めながら、神は地上へと舞降りました。
 そして、降りた先に広がる光景は――――
 今迄の不安をかき消す程に、それはそれは美しい景色が広がっていたのです。


https://i.imgur.com/8mIIuOm.jpg


 その光景は、神にとっても期待以上の物でした。
 おかげで神は実に上機嫌なまま、国見を続ける事ができました。

 途中、神は記念がてら、御頭に冠した冠を、道中で腰かけた石にそっと残していきました。
 その石は後に「御冠石」と名付けられ、地上の人々に末永く大事に扱われました。



兎「今思うと……まるで、童みたいな方だった」



 そうして機嫌よく行宮を終えた神でしたが……
 しかし、帰る間際になって、ようやっと気づいたのです。



兎「だって、あっちゃこっちゃ行ってははしゃぎまわってさ……お供連中を、これでもかってくらい振り回すんだもの」




 いない――――神をこの地へと案内した【兎】の姿が、どこにも見当たらない事に気づいたのです。
 



薬売り(兎――――!?)

516 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/14(木) 01:18:58.76 ID:9oLeYQwdo
まだ続いていたのか
517 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/14(木) 01:21:55.05 ID:wRncuJPX0


兎「神様はその時、降臨の地をどこにしようか悩んでいたのさ」

兎「ほら、人間もたまにやるじゃん? 所謂……”お忍び旅行”って奴よ」


【国見】


兎「つっても内緒の降臨だから、宮とか社とかには降りれないよね。かと言って、全くの未開に降りるのはさすがに気が引けたのよさ」

薬売り「バカな……天照が地上に降臨していた……? そんな話は聞いた事がない……!」

兎「ずっとずっと悩んでらした……その時だった」

兎「ちょうどいいタイミングで、神様の服の裾をくいくいって引っ張る、”小さな兎”が現れたのよ」


 その兎は、因幡国内にある”ヤガミ”って土地を指し示した。
 改めて見てみると、そこは出雲国からそこまで遠くなく、かつ地形的にバレにくいって言う……お忍びにはと〜っても都合のいい場所だったわけ。
 神様はすぐにそこに降りると決め、兎はその地の案内を買って出た。
 後はそこに書いてあるままさ。兎は無事案内を務め上げ、神様は実に機嫌よく天へと帰っていった……


兎「そして天へと帰っていく神様を見届けた後、兎はこっそり地上へ消えた……らしい」


薬売り「らしい……?」


兎「そして一人地上へと残された兎は、ヤガミの地に安住の場所を見つけ、そのままそこに棲み付いた……らしい」


薬売り「ヤガミ…………」



【夜神】



薬売り「ヤガミ…………!」




兎「――――旧因幡国八上領・高草群。通称”高草大林”」


兎「後に――――【迷いの竹林】と呼ばれる場所……らしい」




薬売り(なん…………)



https://i.imgur.com/f3PDzFc.jpg

518 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/14(木) 01:31:53.61 ID:wRncuJPX0



(綺麗な……夕日ですね)

(……そうね)



兎「そうしてまんまと地上の棲み処を手に入れた兎だったけど……残念ながら、そこも長くは持たなかったんだわさ」



(あれほど青かった空が赤く染まり、日は黄金色に輝き、大地は暗き緑に覆われ……そして薄き水色を経た後、闇夜へ染まる)

(まるで虹のような……暗明を繋ぐ、架け橋のような)



兎「その棲み処はまるで夢の中のように、とっても居心地のいい場所だった」

兎「だけれども、不運な事に……”時期が悪かった”」



(そしてまた、日が昇る……今度は、明暗の架け橋が現れる)

(日が昇れば数多の命が目覚め……次第に、命と命が繋がっていく)



兎「ちょうどその時、その地一帯で大規模な川の氾濫が頻発しててね……案の定、それは因幡国にも起こった」

兎「津波と見間違うほどの大洪水だった……川はまるで蛇のように、あの穏やかな森林を丸飲みにしてしまった」

兎「もちろん――――”中にいた兎もろとも”ね」


 こうして兎の夢は、たったの一夜にして消えてしまった……そりゃもう、大層悲しみに明け暮れたさ。
 そしてそれ以上に――――恐怖を覚えた。
 何故ならば、ふと辺りを見渡せば、そこは何もない空間。
 見渡せど見渡せど、闇しか見えぬ暗黒の世界でしかなかったんだ。



【常世】


519 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/14(木) 01:35:10.63 ID:wRncuJPX0


(なんか浸ってる所悪いけど……うちら夜行性なんだけど)

(おっと失敬……そういえばそうでしたな)


 闇に取り残された兎。
 そしてその中で朧げに浮かび上がる「食われた記憶」が、さらに絶望を確信に変える。
 「もしかしてここは黄泉の国で、自分もあの時一緒に消えてしまったのでは――――」。
 そんな発想に至るのは、ごくごく自然な成り行きだったと思う。


兎「絶対に死んだと思ってた。でも、生きてた」

兎「その事を教えてくれたのは……天をも照らす、まばゆい光だった」


 兎は思わず目を眩ました。
 だって、さっきまで黒一色だった世界が、いきなり真っ白に輝き始めたんですもの。


【照】


 そして輝き始めた世界は、徐々に正体を露わにし始めた……
 青い空、白い雲、茶色い大地、生い茂る緑――――それと、さざ波の音色。


兎「よく見知った風景だった……思わず”誰かにお勧めしたくなる程”のね」 


 もしかしたら、黄泉の国にも似たような風景がある可能性、無きにしも非ずではあるけども。
 でも兎は、そこが黄泉の国ではない事はすぐにわかった。
 単純な話さね。結局はなんてことない――――兎は最初っから、”どこにも行ってなかった”のさ。


兎「黄泉どころか国境すら超えてなかったのさ…………人間が勝手に引いた、境目すらもね」



 だって、振り返ったすぐ後ろには――――


https://i.imgur.com/j7lo52n.jpg



(ならばなおさら、よくご覧になるでしょう……この夕景によく似た、もう一つの景色を)

(……まぁね)



兎「旧因幡国隠岐郡・隠岐諸島――――後にとある兎が、身の程を思い知る場所だったのさ」



【起来】


520 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/14(木) 01:53:06.60 ID:wRncuJPX0


薬売り「……一つ、お尋ねしたい」

兎「ん、なぁに?」


【確信】


薬売り「この書物には神が兎に案内を命じた……とあるが、貴方の語り草はむしろ逆」

薬売り「むしろ、兎の方から神に働きかけたように聞こえる……」


【核心】


薬売り「それも……ただ……”自分が地上に降りたかった”が為だけに」

兎「……そうとも言えるかも〜」


【天】


薬売り「高天原に御座す神と言えば、十中八九【天照大神】を指す……しかし」

薬売り「そんな天照に、指図紛いの進言ができる者など――――”片手で数える程に限られる”」

兎「ほんと、無駄に博識だよねえ。ほんとに薬売り?」


【三柱】


薬売り「天照とは、大地を起こしたイザナギの左目から生まれた子……」

薬売り「そしてイザナギは、他に右目と鼻を用いて……天照の他に”二人の兄弟”を生んだ」

兎「その内の一人は、やたら英雄みたいな扱いされてるよね」


【三貴子】


薬売り「親神は三人の子供に役割を与えた――――一人は天を、一人は大地を」



薬売り「そして――――最後の一人には――――」



https://i.imgur.com/8JyHndz.jpg




薬売り「貴方は…………いや、貴方”様”の真とは…………」



薬売り「よもや…………」



https://i.imgur.com/jVWWXLq.jpg


521 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/14(木) 01:55:43.61 ID:wRncuJPX0


薬売り「お聞かせ、願いたく候…………!」

兎「…………」



【み空ゆく 月讀壮士】



(おわかりいただけますか、貴方は……いや、貴方様こそが……)

(森羅万象の全てにまたがる――――唯一無比の”架け橋”であったです)


兎「ん〜、まぁ、なんだ、その……」

兎「その問いに答えるのは……ちょ〜っと難しいかも〜」

薬売り「何故……」



【夕去らず】



(人と人を、国と国を、命と命を、縁と縁を)

(天と大地を、日と月を――――二つに分かれた、昼夜ですらも)



兎「だって……曖昧なんだもの」


(さっきからわかりにくいのよ……表現が曖昧過ぎて)



――――夜の神。食の王。暦の祖。昼夜の起源。日月剥離の戦犯。
 良くも悪くもたくさんの肩書があるけども、でも、その全部が不確かで曖昧。
 その曖昧さ加減は姿形にすらも及ぶわ。
 だって、大々的に奉られる二人の姉弟に比べてさ。一人だけ、描かれる事自体がなかったんだもの。
 


【目には見れども】



(これは失敬……では、単刀直入に言いましょう)


 
 描かれないから残らない。
 記されないから伝わらない。
 けれど遡れば、節目節目に確かに存在する、境目の神。



(貴方がいなければ――――”この日出国は産まれなかった”)



 「いるのにいない神――――」。
 そんな矛盾を抱えていたからこそ、自由に動き回れたのかもね。



兎「兎の体を借りて、さ」



【因るよしもなし】

522 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/14(木) 01:56:14.94 ID:wRncuJPX0
本日は此処迄
523 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/14(木) 12:32:53.14 ID:79t5w3Aqo
ちょっと話が壮大になりすぎてごっちゃになってきた。本当は神様なのにそれを忘れて
島暮らししてたってこと?健忘症になったのは皮剥がれたトラウマのせいじゃなかったってこと?
524 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/14(木) 18:16:20.70 ID:yuYYxfLzo
まさか月読まで出てくるとは
525 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/15(金) 20:03:59.42 ID:jidiJOoqo
体の傷が因幡の白兎で脳の傷が案内兎の時についたって事じゃね
526 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/17(日) 20:02:53.22 ID:gi94QXUf0


(…………ねえ)


(…………はい)


(じゃあ…………その話が本当なら…………)



(――――”あたしは一体誰なの”?)



 てゐの理解を遥かに超えた顛末は、てゐにとっては混乱しか生まなかった。
 ま、お節介も度が過ぎれば迷惑と同じって事さね。
 おかげでてゐは――――今度こそ”自分が誰かわからなくなった”。


(……ご当人にすらわからない事を、私が知る由もございません)


(なにそれ……変なもやもやだけ残しやがって)


(ただし…………その”お手伝い”はできるかと)


 その「お手伝い」こそが、男の言う「お礼」だった。
 わざわざ仲の悪い兄妹達に会いに行ってたのはこの為。
 時に追い立てられながら、時にボロクソに煽られながら……
 てゐの為だけに、必死に探し回ってたらしい。


(かつて、”貴方によく似た兎”が最初に住んでいたとされる地……この書によれば、未曾有の洪水によって飲まれて消えたとありますが)


(――――消えてなかったんですよ。あの月に愛された大林は……”今も確かに存在している”)


 すなわち、「てゐの探し物を一緒に見つけてあげる」事。
 と言いつつもまさか、ここまで苦労させられるとは思ってなかったみたいだけど。
 でもまぁ、なんだかんだで、結局は見つけれたのよさ。
 自分達すらも知らなかった――――”もう一つの世界の入り口”をね。


527 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/17(日) 20:10:38.85 ID:gi94QXUf0


(そこは曰く、”幻の集う地”と言われておるようです)

(嘘か真か…………長い時をかけて少しずつ忘れ去られていった者達が、最後に集う幻想の地だとか)


 そこは、調べれば調べる程不思議な場所だった。
 幻を冠する癖に、確かに存在すると言う矛盾を持った土地だった。
 しかし神々にとっては、幻はむしろ、懐かしさすら感じさせる地だった……らしい。



【懐郷之地】



(人も、獣も、虫も、鳥も、魚も――――その範囲は、神を名乗る者にすら及ぶ)

(幻であるなら、なんだって……幻となれば、仮に”生命ならざる物だって”)


 多分、既視感を感じていたんだと思う。
 今でこそドロッドロの兄妹仲だけど、国を作り上げていた当時は、家族は確かに手を取り合っていたんだから。

 そんな在りし日の自分達と重なった……んだろうと、個人的に思ってる。
 だって、そうじゃない。
 家族で同じ夢を目指した裏で、どこかの誰かが、かつての自分達と全く同じ夢を見ていたんだから。



【幻想之郷】



(どこの誰がそんな大それたもんを……あんたの兄妹の誰か?)

(そこは、最後までわかりませんでした……ただ)


 数多の生命を乗せた、国と言う神の加護の中。
 それらと同じく、数多の幻を詰め込んだ誰かの箱庭が、この国のどこかにある。

 そしてその箱庭は、発覚するや否や、瞬く間に神々の間でも話題になった。
 そりゃそーさ。なにせ181もいる神々の誰もが、存在自体に全く気付かなかったんだからね。


(その誰かは……間違いなく”父上に影響を受けている”)



【懐かしき東方の地】
528 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/17(日) 20:21:30.11 ID:gi94QXUf0


(かつて父上が国造りの主と呼ばれたように……その者も”主”を自称しているようです)

(それは、我が一族にしか通じぬ意味を持った言霊)

(だとすれば、述べ181名御座す兄妹の内の誰か……その推察は、あながち間違いではないかもしれませんね)


 どうやってそんな大それた世界を作ったのかはわからない。
 何が目的なのか知る由もない。
 勿論、誰の仕業かなんて皆目見当もつかない。
 ただ、唯一一つだけ――――わかる事があるとすれば。
 


(”八雲”――――その者は自らを、そう名乗っているようです)



(それって……)



https://i.imgur.com/V1cQsPq.jpg



薬売り「スキマ……?」



【八雲立つ】

529 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/17(日) 20:31:46.21 ID:gi94QXUf0


薬売り「彼女がその、181名の内の誰かだとでも……?」

兎「おや? まるで知り合いみたいな言い草だね」

 
 幻を真とし、夢を現と成す、八雲の箱庭。
 ありえない矛盾で成り立つ世界の存在は、もちろんてゐのお脳に、無数の「?」を浮かばせた。
 話だけ聴くと、童の空想といい勝負よ。
 「下らない」。普段のてゐなら、きっとそう言い捨ててる所ね。


(ねえ、だったらそこへは、どうやって行けば――――)


 でも――――今回ばかりは、聞き捨てちゃいけないと思った。
 ちゃんとわかるまで、最後まで付き合わないといけないと思った。
 だって男は自称・同業者。
 感謝と幸福を紡ぐ、かつての恩人の子孫だったんですもの。




(……………………あれ?)




 そんなてゐの思いも空しく……返事は返ってこなかった。



【夢消失】



 ふと振り向けば――――そこには、”誰もいなかった”のよ。
 ついさっきまで隣にいたはずなのに。
 影も形も何もかも……存在そのものも。
 

薬売り「消えた……?」


兎「そうとも言えるし……見方を変えれば、”最初から誰もいなかった”とも言える」


 
【夢想】

530 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/17(日) 20:44:23.29 ID:gi94QXUf0



(………………まじかぁ)


 あたかも最初から誰もいなかったかのように、さざ波の音だけが鳴り響いた。
 ザザーン、ザザーンって寄せては返す波の音が、次第にてゐの心へ冷静さを取り戻させた。
 おかげでてゐは、呆然としつつもゆっくりと考る事ができた。
 そして、緩やかに結論へ辿り着いた――――「もしかして、夢でも見ていたのかな」って。
 

兎「時間が過ぎる事に、ついさっきの出来事のはずが、途端に夢か現実かわからなくなった」

兎「ひょっとしたらうたた寝でもしてたのかもしんない。波の音色に誘われてついうとうと……なんて、よくあった事だしさ」


 あの時唐突に現れた男が、夢か現実だったのか……それは今でもわかんない。
 でも、男が語った話は、いつまでもてゐの中に残ってた。


兎「――――自分は一体何者なのか」。


 兎の身でありながら、あらゆる生き物と会話を交わし
 兎の身でありながら、童のような身なりをし
 兎の身でありながら、やけに計算に強く
 兎の身でありながら、奉られる程に信頼を浴び
 兎の身でありながら、人知を超えた奇怪な奇病に罹り
 兎の身でありながら、それでも生物の枠を超えて生き続ける自分。


https://i.imgur.com/OHsXqth.jpg



兎「自分に纏わるあらゆる謎が、一本の線で繋がってる気がした……いたかどうかもわかんない、男の話の中にね」

薬売り「つまり、最終的に――――”勘”で動いた?」

兎「平たく言えばそうなるねぇ……でも、てゐの勘は”ただのあてずっぽうじゃない”事を、あんたはすでに知ってるはずだよ」



 だから、表すことができた……
 ”内在する二つの可能性”として。





(――――うわっ!?)





【衝撃】

531 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/17(日) 20:55:38.25 ID:gi94QXUf0


薬売り「何事……!?」


兎「大丈夫、慌てなくてもいいよ……ただの地震だから」


(全然大丈夫じゃない〜〜〜〜ッ!)



【鼓動】


【大地】


【轟音】



薬売り「収まった……」

兎「ほら、大した事なかったろ?」



(あ〜……びっくりした……)



兎「慣れてないとちょっとびっくりするかもだけど……心配はいらないよ」

兎「一度たりともないんだから……てゐの力が、誰かを傷つけた事なんて」



【倒壊】



薬売り「しかし……これは……」


薬売り「この……現象は……!」


――――ほ〜んと、不思議だよねぇ。
 地理的に、地震なんて早々起きない場所なのにねぇ。
 てゐにちょ〜っと好奇心が芽生えたタイミングで……こんな事が起こるだなんてねぇ。



https://i.imgur.com/BlU6716.jpg



薬売り「貴方の……仕業か?」

兎「おいおい勘弁してくれよ。ただの兎がこんな事、できるはずないだろう?」

兎「ただの偶然だよ。ただの……」




(…………行けって、言ってんの?)




兎「てゐの好奇心に重なるように――――”偶然”船が崩れ落ちてきた。それだけさ」



【迎賓】



532 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/17(日) 21:05:38.41 ID:gi94QXUf0


兎「おっ……ほら、あっち見てごらんよ」

兎「まるで旅立ちを促すように……海に立派な橋が架かってるよ」

薬売り「今度はなんだ……」


https://i.imgur.com/2DXflp6.jpg



薬売り「なんと……」

兎「波がいい感じに飾ってるねえ……まるで浮世絵のようだ」

兎「まさにうってつけな光景じゃん? こんなん見せられたら、余計に好奇心揺さぶられるってもんでしょ」



【送出】



薬売り「一体どうなっている……これではまるで……あまりに……」

兎「いい方向に起こる偶然……これを異国の言葉で”らっきぃ”って言うらしいよ」



【意図】



薬売り「――――誰かが手引きをしているとしか思えない……!」

兎「そうだねえ。誰かが手引きしているとしか思えないよねぇ――――”かつてここにいた連中のように”」



【作用素】



兎「でも……これはあくまで現実だ」

兎「作り物でも、誰かの所業でも、ましてや何らかの意思が籠っているわけでもない……」


兎「――――”てゐが実際に見た光景”。それだけが全てだよ」



【未知数】


533 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/17(日) 21:23:00.73 ID:gi94QXUf0


薬売り「しかし……これほどまでに稀が重なるなど……!」

兎「はぁ――――いいかい、薬売りさん」


 ”全ての可能性は、観測されることで初めて結果として現れる”。
 と言う事は、どこで何が起ころうと、誰にも認識されなければ、何も起こってないのと一緒なんだ。
 それはこの光景だって一緒。
 そこがどれだけ素晴らしい世界だろうと、誰も知らない場所は、何もない荒野と同じなんだよ。



【講義】



薬売り「いまいち……何をおっしゃっているのかわかりかねます……」

兎「じゃあ例えば……仮に誰かが、今の地震の原因を突き詰めようとしたとしよう」


 するとその誰かは、結論を求めて走り出すだろう。
 まぁ途中で諦めるとかあるけど、そこはないと仮定してだね。
 地震ならなんだろ……「地盤のひずみ」とか「海底の地割れ」とか、そんな感じかな。
 とかくそうして、いつか納得に足る【結論】に辿り着く。


薬売り「それが人の歩んだ歴史だ……そうやって人は、今日まで発展を遂げてきた」

兎「じゃあ逆に聞きますけど。そうやって長年かけて発展してきたはずなのに――――”本質は一向に変わらない”のは何故だい?」


 知識を重ねて、知恵に昇華し、現実を染め上げ、時が濃厚にしていく。
 にも関わらず、器は何も変わらない。
 絵と一緒だよ。紙をどれだけ色鮮やかに描こうが――――”描いてる当人は何も変わっちゃいない”。

 変わってないんだよ。何も。
 変わったのはあくまで周り。
 人の数だけ染められた現の色々。
 それを光が照らすから…………”鮮やかに見えるだけ”。



兎「どこにいようが、何をしようが――――”どこから来ようが”」



【不変式】



 赤色・橙色・黄色・緑色・水色・青色・紫色。
 命の数だけ色があり、現実を染めていく。
 そして数の分だけ、数多の色々は混ざりあう……したらどうなるだろう。
 

兎「あら不思議。全部まとめて消えてしまったじゃないか」

薬売り「……」


 一度描いた絵を、寸分違わず描き映す事は不可能だ。
 例え傍目にはどれだけソックリできてようが、色合いとか、線の加減とか、その他諸々……。
 必ずどこかで、違いが出るから。
 


兎「描く対象が――――”自分自身だったとしても”」


https://i.imgur.com/Aop8iLL.jpg


534 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/17(日) 21:36:27.64 ID:gi94QXUf0



 全く同一の存在なんて、この世のどこを探そうと存在しない。
 異なる部分が一部でもある以上、それは等しさと結びつかない証明となる。
 あるとすれば、それは等記号で結びつく世界――――すなわち、机上の空論の世界のみ。


https://i.imgur.com/DIbkLI2.jpg



兎「皆、考えるべきだ……全ての事象が、観測されることで初めて、結果として現れると言うならば」


兎「皆、考えるべきだ……ならば観測者が現れるまでは、”事象は如何なる状態であったのか”」


 有か無か。1か0か。幻か現実か。生か死か。 
 観測する事で可視世界に引き上げられた固有事象は、その実無数の多重事象を孕んでいたのではないのか。
 ならば事象とは、元来複数の状態で構成されているのではないか。
 それを矛盾と蔑むならば――――その状態こそが、”本来の姿”なのではないのか。



【物質ノ多元性質】



兎「本質とは、それぞれ異なる事象の重なり合い……結果とは、目に見える範囲の一部に過ぎない」

兎「認識できないだけで確かに存在する事象――――同じであり違うと言う、内在する不可視の矛盾」



【証明スル波動行列】



 あんたも見たはずだ……そんな矛盾を孕んだ兎が、ここには”もう一羽いた事を。


https://i.imgur.com/HLRn584.jpg

535 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/17(日) 21:47:39.41 ID:gi94QXUf0


兎「そこにあるのに認識できず、理解足りえぬ矛盾を、”稀”の一言で終わらすならば――――」

兎「だったら”自分が誰であるのか”など、誰も証明できない事となる」



【量子脳理論】



兎「夢の中の自分は、果たして現実世界の自分と同一と言えるのか」

兎「認識とはとどのつまり、押し寄せる矛盾から、自己確立の為に選ばれた一つの事象にしか過ぎないではないのか」

兎「ならば、稀と矛盾に溢れているからこそ……自己の存在を確立できるのではないのか」



【ポカン式】



 みんな……そこんとこが今一つわかってないんだよ。
 意識なんて物は所詮、無神経な蛋白質の固形体に過ぎないのに。
 自我なんて物は所詮、数多に重なる矛盾の中継地点に過ぎないのに。

 なのにそれを、進化だなんだって持て囃すから……。
 だから、何時まで経っても、同じ事を繰り返す。
 


【結論】






兎「”世界はいつだって稀で溢れている”――――なのに、誰もそれが、見えちゃいないから」





 だから――――モノノ怪なんて物が生まれるんだ。

536 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/17(日) 21:58:33.63 ID:gi94QXUf0


薬売り「生命の歩みを……真向から否定なさるおつもりか?」

兎「ハッ、あんたがそれを言うかよ――――因果と縁を斬り払うお前がよ」

薬売り「…………」


 ま、そういうわけで……改めてもう一度言おう。
 ”全ての可能性は、観測されることで初めて結果として現れる”。

 いくら突き詰めようと、どこまで行っても、実際に在った事以上の事はわからない。
 でもその事実を認めたくないから、各々が、持てる限りの色々で、勝手に解釈を染め上げようとする。
 

【着色】


 そして、安心する……
 結果に理由をつけて、全てを知った気になって……そこまでしてやっと、満足そうな顔で床に付ける。 
 明日になれば幸せが訪れると信じて……
 何が起こるかなんて、誰にもわからないはずなのに。


兎「そうして結果は、より都合のいいように、どんどんと鮮やかな色々で塗り固められていく」

兎「安心を大義名分に、鮮やかさ以外の一切は取り払われ……いつしか、完全な別物に成り替わる」



 そして、夢の中で踊り続ける――――わかってしまうのが、恐ろしいから。



兎「そこまでいけば……もはやただの”嘘”だね」

薬売り「嘘が……お嫌いか?」



【虚構】



兎「真を理を追う者とは思えない台詞だね……でもまぁ、一応答えておこう」




――――別に、いいんじゃん?


537 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/17(日) 22:09:17.84 ID:gi94QXUf0



薬売り「おや、稀を起こす張本人とは思えない台詞ですね……」



 いや、んな事言われても、だってさぁ……



(わかってる……みんなわかってる……)

(みんなのおかげで今の自分がある事も……ここで育ったから、こうしてまた、夜を迎える事ができるのも……)



 うちんとこの”りーだぁー”様がさぁ……



(なのにあたしは……また……同じ事を繰り返そうとしている事も……)

(それでも送り出してくれるなら……懲りないあたしを、どうか許してくれるなら……)




 なんか、こうしてさぁ……




【求】




(まだ――――”あたしを愛してくれるなら”)




【返礼】







てゐ「あたしは二度と――――”何も忘れたりなんかしない”」





――――幸せそうに、納得してんだもん。



https://i.imgur.com/LBZXRz1.jpg

538 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/17(日) 22:09:49.13 ID:gi94QXUf0
メシくってくる
539 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/18(月) 00:11:36.72 ID:5atcrKdS0


薬売り「……」


兎「……ふわぁ」


【波】


【葉擦】


【凪】



薬売り「おや……眠くなってしまいましたか?」

兎「いや……ちょっと喋り疲れただけ」


【夜】


兎「でもまぁ……そろそろお開きにしたいなとは思っている」

薬売り「ようやく……意見が合いましたな」


https://i.imgur.com/yGWJDuY.jpg


兎「さて……と、言うわけで」

薬売り「と、言うわけで……」



【闇】



兎「ここから先はもう言う必要もない……全部、あんたも知っての通りさね」

薬売り「無事、辿り着いたのですな……消えたはずの”家”へ」



【月下】



兎「まぁ実は、そこに至るまでにも色々やらかしエピソードがてんこ盛りなんだけど……そこはいーっしょ」

薬売り「またの機会があれば……是非」


 ま、そんなこんなで、今度こそ「本来の住処」に帰ってきたてゐなわけだけど……
 そこに待ち受けていたのは、次なる出会いで……それがご存じ「八意永琳」。
 月の民を自称し、かつててゐが目指した【賢者】の名を、欲しいままにする人物だったってわけさ。


薬売り「そういえば……かねがね、誰かに弟子入りするような気質ではないと思っておりましたが」

兎「そこはまぁ、マジモンの賢者様だからねぇ。敵対するよか、下っといた方が得だとか思ったんじゃない?」


 それにさ……たぶん、嬉しかったんじゃないかな。
 だってほら、てゐにとっては初めての事だったし。
 ずっと一人だったてゐにとって……自分ちに「同居人」ができる事なんてさ。



【共存】


540 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/18(月) 00:29:01.46 ID:5atcrKdS0


薬売り「だからこそ、守ろうと思った?」

兎「八意永琳は医術と言う手段を用いて、他者に”回復”を与える人物だった」


薬売り「既視感めいた物を感じた?」

兎「八意永琳は知を振りまく事で、他者の”成長”を促す人物だった」


薬売り「内心……嫉妬していた?」

兎「そんな八意永琳が目指した物は――――”誰かを幸せにする事”だった」


 互いにない物を持っていた――――お互いが”最も欲する物を持っていた”。
 パズルみたいなもんだよ。こう、ちょうどいい具合に凸凹がハマったもんだから……
 だから、上手い具合に混ざり合った……のかもしれないね。


薬売り「しかし……」


兎「そう――――永遠なんて、やっぱりどこにもなかった」


https://i.imgur.com/FI5gMUR.jpg


兎「嗚呼、まるで砂上の城のよう……長年かけて積み重ね続けた永遠は、須臾も待たずに崩れ去った」


https://i.imgur.com/n9GZFTV.jpg


兎「永琳もてゐも同じ気持ちだっただろう。共に手を取り合い、永遠を目指し続けた二人の心情は、察するに余りある」

兎「でも、両者の間には――――たった一つだけの決定的な違いがあった」


https://i.imgur.com/SiwQR01.jpg


兎「それこそが……てゐにとっては、すでに”観測し終えた結果”だった事」


https://i.imgur.com/yDW6e3j.jpg

541 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/18(月) 00:40:06.37 ID:5atcrKdS0


薬売り「此処もまた、すでに幻……でしたな」

兎「そう、そしてその幻すらも、また失おうとしているこの事実」

薬売り「どうしてこうも……奇怪な稀ばかりが起こるのでしょうか」

兎「そんなのこっちが聞きたいよ……でも仮に、稀に意味を見出すならば」


 永遠に失い続ける性を持った悲しき兎。
 いつしかそれを受け入れる事で、自我を保ち続けた哀れな兎。
 そんな惨めで矮小なる兎が、何の因果か、たった一度だけ――――”永遠に反旗を翻す機会”を得た。
 


兎「どうせ崩れる永遠ならば、自らに罹った永遠をも、共に崩してしまえ」

兎「それが誰かの幸せに繋がるならば……降りかかる痛みが、福音となりて振りまかれるのなら」



【求】



薬売り「結果……兎が兎でなくなろうとも」


兎「卯が全てを失っても」


薬売り「傷など、最初からなかった事になっても」


兎「卯が――――月の手を離れようとも」



【及】



兎「月に愛されし卯が、一介の畜生に成り果てたとて――――」



【給】



兎「そうなって初めて……卯はやっと、ただの兎になれるのかもね」



【泣】

542 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/18(月) 00:50:36.74 ID:5atcrKdS0


薬売り「なるほど……貴方様のおっしゃる通りだ」

薬売り「確かに、”誰とも同じではない”」



【――兎神之理――】



兎「つってもほら、誰しも一度くらい思った事あるだろ?――――”もしも過去をやり直せたなら”」

兎「もしも仮に、そんな機会が訪れたなら……あんたは一体、何を変える?」



(あのちょ〜うさんくさいちんどん屋……未だかつてないくらい信用ならないけど……)


(でも、あいつの言ってた話が……仮に本当なら……)


(それができるのが……あたしだけならば……!)



兎「てゐの理を紐解く鍵は、きっとそこにある……んだと思う」

兎「本人すら知らない……箱を開ける鍵が」



【――白兎之理――】



薬売り「全ての…………可能性は…………」

薬売り「観測する事で…………初めて…………」




(みんな……もうちょっとだけ、我慢しててね……)



(全部済んだら……”すぐに出してあげるから”)



https://i.imgur.com/c3fXd59.jpg


543 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/18(月) 01:07:38.99 ID:5atcrKdS0



兎「してその観測者は、この場合誰になるのか……それはもう、言わなくてもわかるよね?」

薬売り「ええ、誰が見るのかなど……”すでにわかりきっていますとも”」




【――兎之理――】




兎「話が速くて助かるねぇ――――おぉい、聞いたかい? みんな」




((嗚呼、楽しみだ楽しみだ……))


https://i.imgur.com/JJbjDi4.jpg




兎「ほんと、楽しみだねぇ……訪れるのは既視か未視か……」




((楽しみだ…………楽しみだ…………))


https://i.imgur.com/0mxvpuK.jpg


544 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/18(月) 01:19:46.35 ID:5atcrKdS0



【因幡てゐ――――之・理】



兎「あー楽しみだ。今度の箱は、どちらの可能性に集約されるのやら……」


https://i.imgur.com/X1cQgOW.jpg




兎「さぁ、果たして――――」


兎「”今度はどちらの結果に転ぶのやら”」




【――ひさかたの

     天照る月は 神代にか

      出で反るらむ 年は経につつ――】



https://i.imgur.com/UH9pMHl.jpg








545 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/18(月) 01:20:12.61 ID:5atcrKdS0
本日は此処迄
546 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/21(木) 00:31:46.59 ID:quhZaAAU0


てゐ「――――ハッ!」


薬売り「…………」



【起床】



薬売り「おはようございます……」


てゐ「あ、え……あれ?」


 両者をまたぐ沈黙は、ようやっと終焉を迎えた。
 理を話すと言いながら、突如黙し始めた妖兎の様相は記憶に新しい。
 その所以は、まぁ、わからんでもないよの。
 話す内になにやら「込み上げる物」でもあったのかと、十二分に察する事ができようぞ。


てゐ「あ、ごめ……なんかちょっと……うとうとしてたかも」

薬売り「いえいえ……どうか、お気になさらずに」


 そんな妖兎を諫めるわけでもなく、薬売りはただ、静かに見守るのみであった。
 実に薬売りらしからぬ所作である。
 それは、ひょっとするとひょっとして、薬売りなりの「気遣い」のつもりだったのかもしれんが……
 しかしながら、それもどうも、やはりズレていると言うかなんと言うか。


てゐ「えと……どこまで話したっけ?」


薬売り「ああ、その事については、もうご心配に及びませぬ」


 やはり慣れぬ事はするものではないな。
 勝手掴めぬ振る舞いは、往々にして物事を悪化させると言うものぞ。
 それは、今この時についてもそう。
 手前勝手な沈黙の補助は、貴重な刻を、無駄に費やさせる結果しか生まなかったのだ。



薬売り「もう――――”貴方様の理は知れました”ので」



 そう、ついに終わってしまったのだ――――人々が【夜】と呼ぶ、暗黒の刻限が。



【暁光】
547 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/21(木) 00:41:20.83 ID:quhZaAAU0


てゐ「え、もういいの?」

薬売り「ええ、もう、十分ですとも」


 薬売りの唐突な言葉に、案の定妖兎は困惑の表情を見せた。
 妖兎本人からも感じる程に、足らぬ言葉の皮算用。
 加えてふと目線をやれば、明らかに「退魔の剣が変化していない」この事実。
 

てゐ「そ、そうなの……? まだなんも、言ってない気もするんだけど」


 それらが故に、妖兎は暫しの間混迷に苛まれた。
 が――――しかしそれも、直に収まり申した。
 その旨趣を知る術こそないが、次に出る妖兎の言葉から察するに、おそらくはこういう風に考えていたのかもしれぬ。


てゐ「えと、じゃあ……あんたはどうする?」

てゐ「もし帰りたいってんなら……”今の内に”出しといてあげるけど」

薬売り「…………フフ」


 「目を向けるべきは、今ではなく先にある――――」。
 つまりはこの、胡散臭い部外者を追い出した後に起こる事態。
 すなわち、この永遠亭の存在そのものを賭けた【大一番】への布石に過ぎぬのだ、と。
548 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/21(木) 00:50:49.41 ID:quhZaAAU0


てゐ「これからこの竹林は戦場になる……いつぞやの痴話喧嘩とはわけが違うわよ」

薬売り「戦場……ねぇ」

てゐ「そいやあんた――――【博麗の巫女】って知ってる? こいつがその戦場の火種なんだけど」

薬売り「その名は……」


 して妖兎は、この幻想郷における現状を赤裸々に語り始めた。
 これから降りかかるであろう「月が振りまく火の粉」は、ごっこを冠した弾幕遊びとは異なる、正真正銘の戦(いくさ)であると。


【火蓋】


 妖兎はさらに続け様に語る。
 曰く、降りかかる火の粉が「月」による物ならば、まず間違いなくスキマが動く。
 そしてスキマが動けば、同じくして、必ずや件の【巫女】とやらが動くであろうとも。
 

てゐ「こいつがこの幻想郷で最も厄介な人間でね……異変の解決屋なんて言えば、聞こえはいいけど」

てゐ「実際にやる事つったら、殴り込みからのごり押しからの超絶フルボッコ」

てゐ「こいつの手に罹れば、和平交渉も途端に全面戦争に早変わりするわ……幻想郷全体を巻き込んだ一大戦争よ」

薬売り「それはそれは、なんとも……」


 件の巫女……巫女にあるまじき評判の悪さである。
 しかしその悪評は「此れ即ち誇りの証ぞ」と、是非その巫女に申してやりたい。

 と言うのも、身共には巫女の気持ちがよぉ〜くわかるのだ。
 この柳幻殃斉の成し遂げし、数多の悪鬼悪霊共を払い清めたる奇譚は、皆も知る所であると思うが……。
 天性の資質と弛まぬ努力の賜物でもって、世の為人の為に奮闘し続ける日々。
 ううむ、我ながらなんと徳高き存在。


薬売り「そんな粗暴な巫女の中には、もちろん」

てゐ「うちらの事情なんて、含まてるはずがない」


 かのように、身共のような人々の寵愛と感謝を一手に受ける存在はだな。
 しかし逆に言えば、妖共から相応の”恨み”を買っておると言う表れでもあるのだよ。


https://i.imgur.com/SoA7WJx.jpg


 そう、巫女もまた、すべからく解決してしまうのだ。
 真も理も、幻想郷を取り巻く異変とやらも。
 全ての一切合切を――――”力”と言う剣を、突き刺す事によって。 

549 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/21(木) 00:59:49.74 ID:quhZaAAU0


薬売り「その巫女と……”共闘する”と言う道は、なかったのですかな?」

てゐ「……無理ね。確かに、そうなれたら理想的だったけど」

てゐ「けどやっぱり無理。何度考えても……やっぱり、”敵対する未来しか見えない”」


 それが何故かと問われれば、やはり話は元に戻る――――”スキマの存在である”。
 スキマの月に対する異様な執着心が、必ずや和平の境を隔てるであらんと言う確信。
 そんなスキマと巫女が、懇意な関係であると言う現実。
 さらに言わば、巫女は巫女で、この幻想郷のあらゆる所に顔が利くと言う有様――――この永遠亭を除く全てである。


【囲】


 そんな様を、妖兎はこう言い現した。
 「――――スキマある限り、永遠亭に同志なし」。
 如何に幻想郷広しと言えど、永遠亭は徹頭徹尾”孤立無援”であると、妖兎はすでに結論を出し終えていたのだ。


薬売り「お得意の……「確率論」ですか?」

てゐ「と言うより、「暗黙の了解」。幻想郷の存在そのものが一番の異変だなんて、口が裂けても言えないんだから」


 スキマからすれば、此度の騒動は”月への意趣返し”のまたとない機会とならん事は明白である。
 ならば「現存する全てを用いて此れに当たる」は至極道理。
 であるならば、スキマが巫女に協力を仰ぎ、むろん巫女に断る理由もなく、巫女がまた誰かに協力を仰ぎ……
 結果、永遠亭が増々孤立していく様は想像に難くない。


薬売り「つまり……”月人が来ない限りは誰も干渉してこない”?」

てゐ「願わくは……ずっとそうであって欲しかったけどね」


 そして、月と言う「共通の異変」を与えられた二人の隙間に――――果たして”そこへ住まう者への趣など存在するのか”。
 こちらもまた、語るまでもない事よの。


550 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/21(木) 01:14:28.47 ID:quhZaAAU0


てゐ「ま、そゆわけで……こっちはこっちでカツカツな事情なわけよ」

薬売り「心中……お察し申し上げ候」

てゐ「だからまぁ、ぶっちゃけ今、あんたに構ってる暇はないって言うか……」

てゐ「正直――――出てってくれた方が助かる? みたいな?」


 この永遠亭に絡まる、複雑極まれり因果を解きほぐす事は至極困難である。
 それをこの妖兎は、ただの一羽で引き受けようと言うのだ。

 その全ては――――永遠亭を守る為。
 強いては、”永遠に続く幸福”を、守る為に。


てゐ「心配しないで……全部終わったら、この剣は返してあげるから」

薬売り「おや……折角勝ち取ったのに?」

てゐ「そりゃ、手元に残しておきたいのは山々だけどさ」

てゐ「”直に持ち主がいなくなる”ってんなら……この子も可哀想だしね」


 まさに決死隊ならぬ決死兎。
 泰平の世になりて久しい昨今にて。如何様な心構えを持つ者が、一体どれほどに存在すると言うのか。
 この妖兎の確固たる信念は、我らの生き様も深く考えさせてくれようものぞ。

 すなわち――――『生命とは何か』。
 生に何を見出し、命を何と見極めるのか。
 これはもはや、泰平の世が産んだ、新たなる学問と言えよう。



【哲学】


551 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/21(木) 01:25:49.97 ID:quhZaAAU0


てゐ「あ……」

薬売り「おや……」


https://i.imgur.com/nLIBNt4.jpg


てゐ「もう、朝、か……」

薬売り「もう、朝です」


 妖兎は、窓から漏れる光を、何やら神妙な面持ちで見つめ始めた。
 妖兎本人が口走るように、夜行性の兎にとっては、朝の木漏れ日は夢現への入り口と同義なのだ。
 しかしながらまぁ……だからと言って、必ずや朝に眠るとは限らん。
 そこはほれ、我ら人でもそうであろう?


てゐ「なんか……不思議な感じ……うちらにとっては眠りの合図なのに」


 我らとて、享楽にかまけ気が付けばついつい明け方まで……なんて、往々にして起こる事。
 特にこの場合は、空に輝く月明かりが――――自身の”最後の光景”になるやもしれぬとあらば。
 眠る間も惜しんで、いつまでも見つめていたいものよ。


薬売り「まぁ、如何に夜行性とて……時には例外くらい、ありましょう」

てゐ「そう、ね……つかよく考えたら、夜行性とかあんまり気にしたことないかも」
 

 そう言うと、妖兎は不意に語り始めた。
 その内容は、他愛もない世間話であった。
 「思えば、随分と奔放に生きた物だ――――」
 そう切り出した妖兎の真意は、過去への夢心地と共に、ほんの少しの”後悔”も含まれていた……のかもしれぬ。
 

てゐ「夜更かしならぬ朝更かし……つか、徹朝もしょっちゅうだったっけ」

薬売り「人の生活に、合わせていたのですか?」

てゐ「はは、違う違う……あたしったら、一日の予定とかなんも決めてなくってさ」

てゐ「腹が減ったらメシ食って、出掛けたくなったらどっかに消えて、飽きるまで遊び続けて、眠くなるまでずっと起きてて……」

てゐ「時間なんて関係なかった。したい時にしたい事だけをしてた」

てゐ「――――逆に言えば、”それしかしてこなかった”」


 そんな妖兎だからこそ、律義に予定を守り続ける玉兎が、不思議でならなかったそうな。
 自分程とは言わずまでも、一日くらい・一刻くらい・一瞬くらい……玉兎は、それすらも破らなかったそうな。

 言うなれば、【時間に縛られた飼い兎】と【時間から解き放たれた野良兎】。
 この全く異なる二つの生き方は、「果たしてどちらが正しいのか」。
 そう、問われた時、誰にも答える事などできやしまい。


552 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/21(木) 01:41:13.00 ID:quhZaAAU0


薬売り「よくそんな生活が……続きましたね」

てゐ「だってあたし、別にうどんげみたく薬師とか目指してないし」

薬売り「いえ、そうではなくてですね」


――――ただし、その問に「薬師の見地」が加われば、話は変わる。
 生きとし生ける物には全て、絡繰りの如き「仕組み」が存在するのだ。
 絡繰りとて、定期的に「手入れ」をせねばやがて動かなくなる道理。
 それがさらに複雑な「生物」とあらば、望む望まぬ関わりなく、時には「したくない」事もせねばならぬのだ。



薬売り「すぐさまに体を壊しそうな、生活っぷりですが」


てゐ「そーいえば……ここへ来てからは、病気とかなった事ないかも」



 如何に腹が満ちていようとも。

 眠気など寸でも沸かずとも。

 体を動かし野山を駆けまわりたくとも。




てゐ「でもまぁなった所で、ここ薬屋だし、そこは――――」




 良薬が、如何に苦かろうと。







てゐ「…………あ”?」







 生命の仕組みを、維持する為には。





https://i.imgur.com/ZJBKMhF.jpg





――――妖兎の眉が、少しヒクつくのが見えた。

553 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/21(木) 01:41:53.79 ID:quhZaAAU0
本日は此処迄
554 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/21(木) 04:57:16.47 ID:jIo5U3N0o
不審な気配が漂ってきた…
555 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/22(金) 22:05:21.60 ID:ILnw9GSu0


てゐ「……今、なんか言った?」

薬売り「いえ? 何も……」


 それは、瞬きする間もないほんの一瞬の所作であった。
 しかし薬売りは確かに見た。
 明らかに気分を害した妖兎の心情。
 その心情を表すかのような「しかめ面」。
 その中に――――兎を含む獣の本能が見えたのである。


https://i.imgur.com/AqgAzqR.jpg



薬売り「どうか……いたしましたかな?」

てゐ「…………」


 さらにはこの一瞬の変化は、何も妖兎のみに限らずであった。
 薬売りが妖兎の表情を目撃したのと同じく、妖兎もまた、刹那に薬売りの本能が見えたのだ。

 その顔は――――確かに”笑って”おった。
 それも歓喜の笑みではない。
 かつて自身幾度も向けられた、なじみ深くもいと憎し表情。
 矮小なる者を笑うかの如き――――”嘲り”の笑みである。


てゐ「何よ……言いたいことがあるなら、ハッキリいいなさいよ」

薬売り「そうですか……なら、遠慮なく」


 妖兎は、この薬売りの変化を明らかに察知していた。
 そして「やはり見間違いではなかった」と確信するに至る。
 ならば、この唐突に訪れた態度の変わり目は、一体何を意味するのであろう――――
 その答えは、やはりただの一つしかなかった。



薬売り「フフ…………フフフ」



【失笑】



薬売り「フフフフ………………ハッハッハ」



【冷笑】




(フフフフフ――――ハハハハハ――――)




【嘲笑】



てゐ「――――何笑ってんだよ!」



 真の敵は、月でも巫女でもスキマでもない――――
 この目の前のうさんくさい男こそが、最大の”敵”であったのだ、と。



【不倶戴天】

556 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/22(金) 22:14:00.84 ID:ILnw9GSu0


てゐ「何……ついに頭おかしくなった?」

薬売り「いえいえめっそうもありません……あっしは至って正常ですよ」

薬売り「と言うより、可笑しいのは……むしろ」



【御前】



薬売り「の、方かと」


てゐ「――――はぁ!?」


 ついには体裁を繕う事すらしなくなった薬売り。
「言いたい事を言えと言われたから言っただけだ」。
 そう言わんばかりに吐き連ねる言葉の節々は、見事なまでに他者への敬意を感じさせない。


てゐ「なんだお前……何いきなりグレ出してんのよ……」


 思えば……身共と対面した時もこんな感じだったの。
 第一印象としてはこう、敬意とは反対の……そうだ。
 あれは言うなれば、”軽蔑”の眼差しと言った所か。


薬売り「だって……そうじゃないですか……」

薬売り「笑わない方がどうかしてる……こんな……」


 皆の衆努々忘れることなかれ。
 そう、このすごぶる意地の悪〜い様相こそが、薬売りの持つ本来の姿なのだ。
 いや、絶対そーに決まっておる。嗚呼〜間違いない!
 この根拠なく他人を苛立たせる性は、まさに天性・天資・天賦の資質。
 もはやそれ以外に、考えられぬのだよ。
 


【笑】



薬売り「壮大で……雄大で……永遠に近き時を跨るまでの……」


 さすれば退魔の剣の持ち主は、やはりこの薬売りこそが望ましきかな……
 えぇい! この際だからキッパリ断言してしまおう!
 よいか? 他者に纏わる情念・因果・思いの丈、その他諸々諸行無常の数々――――。
 この薬売りにとっては、それらの一切などな。
 あくまで、”退魔の剣を抜く為の道具”に過ぎぬのだよ。



薬売り「……………………”茶番”など」




【(笑)】




てゐ「 ん だ と コ ラ ッ !」

557 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/22(金) 22:21:37.04 ID:ILnw9GSu0


てゐ「言うに事欠いて……茶番だぁ……!?」


薬売り「違う……とでも、言いたいのですかな」


 この薬売りのとてつもなく無礼な一言が、案の定妖兎に、一つの情念を露わにさせた。
 その情念とは、とどのつまり「怒り」。
 秘めたる理を、よりにもよって”茶番”などとバッサリ言い捨てられては、無論妖兎の気分を余す事無く「害する」事請け合いである。


てゐ「さすがのあたしも読めなかったわ……まさか、このタイミングで”喧嘩”売られるたぁね」


薬売り「売ってるのはむしろ油じゃないですかね……それも、貴方の方が」


 あれほど表情豊かだった妖兎の顔が、怒気一辺倒へと偏っていく。
 この怒気が深める皺の一本一本が、まるで兎の持つ毛皮のようにも見えなくもない。
 結果、妖兎が時を追うごとに、ますます眉を顰める最中にて。
 しかしそれでも、まだまだ薬売りはへらず口を辞めなかったのだ。


薬売り「一分一秒も……惜しいのではなかったのですかな」


薬売り「――――”無駄な”足掻きをする為に」



てゐ「このッ――――」



 そしてついには――――妖兎は、言い返す事すらもしなくなった。
 怒りの行き着く果ては舌戦にあらず。
 それは妖兎に限らず、生きとし生けるもの全ての理と言えよう。
 しかしいみじくも妖兎にとって、薬売りのこの唐突な挑発は、脳裏に描かれし「戦」への、丁度よい前哨となったのだ。
  

https://i.imgur.com/r0kldUy.jpg


てゐ「それ以上舐めた口を効いたら――――”今度こそ撃つ”!」


薬売り「おや……おや……」


 にしても、薬売りも薬売りだ。
 一体全体、何を思ってこんな真似を――――と、皆は思うであろう?
 
 よいのだそれで。今はそのままでいい。
 この時は、”まだ”誰にもわからなかった。それこそが、唯一の正解なのだから。



【決闘・再び】


558 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/22(金) 22:27:06.28 ID:ILnw9GSu0


てゐ「そろそろ笑って済ませらんないわよ……ちんどん屋ァ……!」

薬売り「ご無体な。よもや、丸腰の相手に弾幕を放つおつもりですかな?」

薬売り「弾幕とは……優雅さと可憐さを優先した、”誇り高き決闘”と聞き及んでおりましたが?」

てゐ「――――黙れッ! 煽って来たのはお前だろ!」


 妖兎が放つ怒りの訴え、まさに一言一句がその通りである。
 此度の薬売りが放ったは暴言は、もはや失言などと言う段階ではない。
 露骨に、誰が見ても、あからさまかつ明らかに、「わざと」である事は明白であった。


てゐ「自分の立場……わかってんのかお前……」

薬売り「立場? はて……”たかが兎”に立場などあるのでしょうか」

てゐ「そのたかが兎の手を借りないと――――”帰る事すらできない”のは、どこのどいつだ!」


 さらに言わば、この突如反逆し始めた時機もすこぶる不自然である。
 妖兎も感じていたはずだ――――ここは【迷いの竹林】。
 この妖兎に代表する永遠亭の者が、”たまたま”その場所におったからこそ、迷い人が帰路につけると言うのに……
 案内人なくしては、”永遠にさ迷い続ける”場所なのに。


てゐ「今すぐボッコボコにしてやりたいけど、今はそんな暇はない……」

てゐ「だから……”今の内に”謝れば、ギリ水に流してあげる」


 なればこそ、薬売りの真意が見えぬままであった。
 この身を焦がす怒りに値する理由が、薬売りには存在しなかった。
 妖兎は憤怒に身を任せつつも、虎視眈々と思案に明け暮れた。
 慎重と大胆さを混在させつつ、なんとか薬売りの【真】を得んと、人知れず奮闘していたのだ。


薬売り「ならば……”後になっても”謝らなかったら、一体どうなってしまうんですかね」


てゐ「そうなった暁には――――”今後の一切は保証されない”」



 そして妖兎は、ついに最後の手段に出た――――弾幕の出現である。



【――光――】

559 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/22(金) 22:35:38.43 ID:ILnw9GSu0


てゐ「もう一度言うわ……”今度こそ撃つ”」

てゐ「この無数に湧いて出る弾幕を……避けきれるもんなら避けてみればいい……」



【熱】



てゐ「たかが兎とほざくなら――――やってみるがいい!」



【冷】



 妖兎の中の怒りと冷静の割合が、徐々に傾きつつあった。
 その方向は――――「冷静」に向く。 
 唐突さが故に少々面食らった物の、よくよく考えれば、俄然有利なこの状況。
 加えて薬売り最大の武器である『退魔の剣』すらも、自身の手元にあるとあらば。
 「狂うに値しない――――」妖兎はすぐさま、その結論に辿り着いたのだ。



【明白】



薬売り「そう、その光だ――――」


てゐ「…………あ”?」



【白明】



薬売り「その弾幕が放つ光……貴方にとっては、あの空を照らす日月よりも身近な光」


薬売り「否。この幻想郷に住まう者全てが持つ光……四肢を動かすようにして放つ、色彩々の光」



【薄命】



薬売り「かの如く、光があまりに身近過ぎたが故に――――」


薬売り「貴方の視野は、”朧に霞む運びとなった”」



 しかし此処へ来て、また新たな感情が沸いて出た――――”意味不明”。
 まるで説法の如き薬売りの語りが、文字通り「意味不明」としか言い現わせられなかったのだ。



てゐ(は――――?)



 なれども薬売りの供述は、紛れもなき【真】であった。 
 何に言い換えるでもない。
 言葉の通り、”光が妖兎の眼を覆った”のである。


560 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/22(金) 22:48:12.43 ID:ILnw9GSu0


薬売り「一説によると……兎は”光を感じる器官”が、強く発達しているそうです」

薬売り「それは、兎が夜行性な為……元来、”光の薄い環境下”で生息する生き物が為」


てゐ「だからなんだってんだ……」


薬売り「ただし……それ故に【色彩感覚】に、やや難があるそうです」

薬売り「理屈は簡単だ――――”光が色を薄くしてしまうから”」


てゐ「それが……なんなんだよ……」



『――過剰なる光への追及が彩を欠き、彩欠けし眼は霞を生む。
   霞は目視を鈍らせ、滲ませ、ついには現すらをも遠ざける――』



薬売り「ただしその分、幻とはよく馴染む……闇夜と言う名の、幻には」



てゐ「だ〜〜〜〜もう! 一体何が言いたいんだよッ!」



 時に――――話を遮って申し訳ないが、ふと思い出した事がある。
 いやな、身共の知り合いに、とある絵描きの男がいるのだが……
 その者がいつだったか、熱心に語っておった話を、ふと思い出したのだよ。



薬売り「貴方が真に見るべきは、一寸先の闇ではなかった――――”今ここにある光”だったのだ」



 その者は、若い頃に”色の使い方”に悩んでおったらしくてな。
 と言うのも、絵の「線」ばかりを描き連ね、「色」を学ぶ事をおざなりにしていたそうな。
 おかげで線形こそ卓越なれど、無色無彩が故に、心無き者から「洛書」と評される事がしばしばあったとか。

 そこでその絵描きは編み出した――――”色彩を無彩で表す方法”である。
 曰く、『明暗の差異を強調する事で、あたかもそこに色があるかのように見せる』画法とかなんとか。
 よくわからんが、南蛮にも似たような画法が存在するらしい。
 そこにちなんで、絵描きはその画法を、こう言う風に呼んでおった。



【コントラスト】


561 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/22(金) 23:02:20.59 ID:ILnw9GSu0


薬売り「もう見えるはずだ……陽の光満ちつつある、この白々明の刻ならば」

薬売り「その赤き瞳ならば――――その”光感ずる眼があるならば”」


 まぁ、何故にそんな話を思い出したのかと言うとだな。
 あの時あの絵描きが語った画法が、まんま「今のこの二人」を指す言葉にピッタリだと思うたわけよ。



てゐ(な…………にを…………?)



 光と言う”白”を感じる眼を持った兎に、因果と言う”黒”を見透かす薬売り。
 まさに明暗と言い現わすにふさわしきこの両者が、「ぶつかり」「争い」「煽り合い」激しく「自己主張」し続けた結果――――
 そこには、確かに”色が現れた”のだ。


https://i.imgur.com/vkOud01.jpg




562 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/22(金) 23:14:02.60 ID:ILnw9GSu0



てゐ(……………………)



https://i.imgur.com/Ln3HLjQ.jpg



てゐ(……………………)



https://i.imgur.com/NXwsyX4.jpg



てゐ(……………………)



https://i.imgur.com/a1qBtQk.jpg



てゐ(……………………)



https://i.imgur.com/RL4Cb72.jpg


https://i.imgur.com/rMoJLQ4.jpg





 あるのにないと認識されていた――――【内在する二つの可能性】として。





てゐ(……………………月?)



https://i.imgur.com/M4OZBjD.jpg















薬売り「そう……”こちらだったんですよ”。貴方が捜し求めていた物は」




てゐ(な――――――――ッ!?)



https://i.imgur.com/MxsHD07.jpg

563 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/22(金) 23:16:57.79 ID:ILnw9GSu0
ナイスク見てくる
564 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/23(土) 00:41:06.59 ID:HSad9Dqq0



てゐ「え――――え? え?? え???」



 この瞬間、またしても別の色が現れた。
 まさに「青冷める」とはよく言った物で、物の例えであるが、その言い回しは実に言い得て妙である。
 その証拠に、まるで顔料を塗りたくられたが如く……
 本当に妖兎の顔が、みるみる内に蒼く染まっていくではないか。



てゐ(なんで――――似てたから? 流したせい? こんな単純な字を?)



 漆黒の如き闇夜の中を、人々が認知する事は叶わず。
 しかしそこには、確かに何かがいる。
 人々はいつしか、その闇夜に蠢く何かを、妖と名付けた――――
 夜に生きる生き物とを、分ける意味合いで。



てゐ「な…………んでぇ…………? どぉしてぇ…………?」



【答】


薬売り「だから、最初に申し上げたんですよ――――”何故明かりをつけないのか”と」

薬売り「如何に夜分深き最中とて、ほんの少しの明かりさえあれば…………」

薬売り「貴方なら…………”見えたはずだったのに”」



 草木も眠る丑三つ時
 家々から明かりが消え、人々は寝静まり、安らかな吐息に包まれる時間。
 それらを生むが、すなわち、闇――――
 夜と名付けられた闇は、一時の休息を齎すと同時に、とある目覚めを呼び覚ますのだ。



てゐ「暗…………かった…………から…………?」



 しかし仮に闇夜に目覚めたとて、真なる闇の前には何も見えぬ道理。
 「見」は光無くしては叶わぬ。
 それは、如何に光感ずる眼を持とうとも――――輝きなくしては、そこはただの暗黒にすぎぬのだ。



薬売り「だって…………ねえ? ほら、言うじゃないですか…………」


薬売り「兎は――――”耳がいい代わりに目が悪い”んだから」



 すなわち――――”光届かぬ場所こそ真なる闇”。
 そんな場所など……いつだって、人々の心の内にしか、なかったのだから。



【無明】

565 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/23(土) 00:55:30.90 ID:HSad9Dqq0



てゐ「そんな…………じゃあ…………これって…………」



【不穏】



てゐ「あたしが……口に入れた物は…………」



【不吉】



てゐ「あたしが…………”そうだと思って”食べた物は…………!」



 妖兎は、恐る恐るその手を壺へと伸ばした。
 その手は細切れのように震え、滲み、肌色は顔面動揺、実に青く染まり切っておった。

 妖兎は、抗っておったのだ――――恐怖と。
 恐怖とはすなわち、この場における最悪の結末。
 して妖兎にとっての最悪とは、”思い描いていた最善の真逆”。



【呉牛喘月】

566 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/23(土) 01:12:13.83 ID:HSad9Dqq0



薬売り「さにあらず。あるはずもない、絵空事同然の産物……だが」


薬売り「なればこそ、仮に……無を有と認識し直せば」



https://i.imgur.com/Kzi0Bmm.jpg



薬売り「内在する二つの矛盾が…………観測することで初めて現れると言うならば」



https://i.imgur.com/kzMR7jS.jpg




薬売り「”永遠は終わらず”と――――その言葉を信するならば」
 


https://i.imgur.com/DcCWGmH.jpg



 途切れる息を耐えながら。
 溢れる汗を拭いながら。
 気が狂いそうな程の恐怖に抗いながら……妖兎の手はついに、真を掴んだ。


https://i.imgur.com/Rkhdaq9.jpg



 そして、映した。
 今昔の刻を跨ぎし、確かに存在する真を――――その光感ずる眼にて。



薬売り「傷を治す、どころか…………」










薬売り「――――”永遠にそのまま”と、言う事に」



https://i.imgur.com/ya7I1Qc.jpg



567 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/23(土) 01:22:36.11 ID:HSad9Dqq0



(…………あっ)



【折】



(あ…………あっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっ)



【諦】



(あっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっ――――!)



【悟】



https://i.imgur.com/3YrZtRh.jpg




【覚醒】






【――原始の痛み――】





 「あ”あ”あ”あ”あ”――――」
 今度は、実に鮮やかな【赤】が降り注いだ。


https://i.imgur.com/HzfKklX.jpg

568 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/23(土) 01:23:19.18 ID:HSad9Dqq0

本日は此処迄
569 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/24(日) 18:28:03.04 ID:B/cCW2fBo
キナくさくなってきたな
570 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/26(火) 20:29:47.47 ID:nrMdkQ4a0



【あ】



https://i.imgur.com/vgcGFCu.jpg



【 あ あ あ あ あ あ あ あ あ
  あ あ あ あ あ あ あ あ あ
  あ あ あ あ あ あ あ あ あ 
  あ あ あ あ あ あ あ あ あ 
  あ あ あ あ あ あ あ あ あ 
  あ あ あ あ あ あ あ あ あ
  あ あ あ あ あ あ あ あ あ
  あ あ あ あ あ あ あ あ あ 
  あ あ あ あ あ あ あ あ あ 
  あ あ あ あ あ あ あ あ あ 】




てゐ「あ”あ”あ”あ”あ”あ”――――痛”い”い”い”い”い”い”!!」



てゐ「傷口が開ぐう”う”う”う”う”痛”い”い”い”い”い”い”!!」




薬売り「これは、これは…………」



 恐らく、永遠亭創設史上類を見ない喧噪が今、巻き起こっておるであろう。
 その思たる要因。まるで太鼓の用に鳴り響くその音は、おおよそ生物の範疇を超えた”鳴き声”による物である。
 朝の雄鶏を遥かに凌ぐこの凄まじき鳴き声。
 その全てが「たった一羽の兎」によるものだとは、努々誰も思うまい。



【激痛】


【狂騒】


【阿鼻叫喚】





てゐ「あ” あ” あ” あ” ぁ” ぁ” ア” ア” ぁ” ぁ” あ” ア” ! ! ! ! 」




 その様はまるで――――「理性を無くした獣」。
 かのように形容したのは、他でもないこの声の主である。

 そう、全ては本当に、妖兎の語る通りであったのだ。
 絶叫の起因たる「生きたまま生皮を剥がされる」痛み。
 その痛みが形作るは、南蛮人すら裸足で逃げ出す「血染めの化け物」。
 そして、血染めの化け物は荒れ狂う――――自分を見失う程の痛みに、為されるがままに。 



【外道祭文】

571 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/26(火) 20:42:14.82 ID:nrMdkQ4a0



てゐ「(形容不能)――――!!!!!」



 荒れ狂う猛獣と化した妖兎が、部屋の隅々をありとあらゆる手段で破壊していく。
 ひっかき、殴り、蹴り、頭を叩きつけ、代わりに全てを【赤】く印づけていく。
 部屋が部屋たる所以の物を、片っ端から破壊していく”さっきまで兎だった”生き物。
 こうなれば、もはや一種の「災害」と呼ぶのが相応しかろう。



薬売り「…………」



 かのように、悪夢の如き光景を目の当たりにしている薬売りであるが――――ほとほと呆れる。
 そんな実に繽紛たる光景を、あろうことかこやつは……”見てすらいなかった”のだ。




(あ”あ”あ”あ”あ”――――……)




薬売り「……いやはや、実に興味深い物です」

薬売り「記憶を巻き戻すはずの幻肢痛が、永遠に続くと言うこの矛盾……」

薬売り「となれば……少なくとも、今度は戻る事すらできなくなる」

薬売り「前にも後ろにも進めなくなる……”今しか生きられなくなる”」




(ア”ア”ア”ア”ア”――――……)




薬売り「いいじゃないですか……別に……例え、本人にとってはどれほど不幸な出来事であろうとも」

薬売り「”心折れる事で”新たな道が、拓ける事も……あるのですから」




(A”A”A”A”A”――――……)



https://i.imgur.com/8vJxXPm.jpg

572 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/26(火) 20:53:14.98 ID:nrMdkQ4a0



薬売り「…………おや?」


 まぁそんな、見るも悍ましき修羅の最中であるがな。
 とにもかくにも、一言だけ申したい――――「阿呆」。

 ったく、本当にこやつだけは……
 大体な、猛り狂う獣が、目の前で荒ぶっておると言うのにだな。
 何を呑気に、ぶつくさと「独り言」を呟いておると言うのか。




(貴――――様ァ――――!)


 

 速い話が、とっとと逃げればよかったのだ。
 少なくとも、この暴れ狂う獣の「視界から外れる」猶予くらいはあったはずだ。

 まぁ……今更こんな事を言うても、もう手遅れである。
 それに見方を変えれば、せっかく訪れたまたとない機会とも言えよう。
 これを機に、この薬売りも一篇、己が身で味わってみればよいのだ。
 


薬売り「どうか……しましたかな?」



【捕】



【掴】





(許サナイ…………絶対ニ…………許サナイ…………!)





――――モノノ怪を成す程に深き、情念の痛みを。



https://i.imgur.com/hgTVeA0.jpg



573 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/26(火) 21:03:25.97 ID:nrMdkQ4a0



「お前だけハ…………許サナイ…………!」



薬売り「……これは、これは」


 かくして、化け物と形容されるほどに変貌せしめた妖兎の姿は、激しき痛みの果てに、もう一段階の変貌を遂げた。
 その姿は――――薬売りにとっては、よく見知った姿であった。
 その証拠にまるで、「古い顔なじみに再会したかのように」表情を緩ませる薬売りの姿が、そこにはあったのだ。
 目前の相手が、”怨みに塗れた”朱き兎にも関わらず、である。



https://i.imgur.com/PJavFJb.jpg



 未だ得体の知れぬ薬売りが、知人と称して懐かしむ存在。
 その相手もまた、同じく得体の知れぬ存在である。
 そんな、懐かしくも忌むべき面影が、何故か兎から現れた……
 とどのつまり、兎はついに成したのだ。




【”怪”眼】




 因果と縁に憑りつきし魔羅の鬼――――すなわち、”モノノ怪”である。


574 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/26(火) 21:14:19.77 ID:nrMdkQ4a0



「騙ジダな”…………お前ハ”また”あたしヲ、騙ジダんだ”!!」


薬売り「はて……また?」

薬売り「貴方様とお会いするのは……昨日が御初だったと記憶しておるのですが」



【沸】



「 黙 レ え ェ ェ え え ぇ ッ ! お前も”アイツラ”と同じダッ!!」


「あたしガもがき苦しむ様ヲ、見世物のように見ていた”アイツラ”…………」


「あたしガ壊れるのヲ、嬉々とした目デ見てイた”アイツラ”…………ッ!!」



【溢】



「何もカもガ、同じジャないカッ!! まタ同じ事ヲ! コノあたしニ……!」



【連呼】



「オ前が壊しタ…………何もかもヲ…………お前が……まタしてモ、お前ガ……ッ!」



 妖兎――――もとい「元兎」は、誰が見ても錯乱に陥っておった。
 薬売りが上手く言い返せぬのも無理はない。
 悲痛ながらいまいち要領を得ぬこの訴えからして、おそらくは過去。
 それも後々までに語り継がれる「痛ましい一幕」が、今昔の区別なく混同しておるのだと思われる。



【積年の恨み】


575 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/26(火) 21:29:29.76 ID:nrMdkQ4a0



「許サナイ”――――あたし達ヲ壊したお前ハ――――絶対ニ許サナイ”ィ”ィ”ィ”――――!」



薬売り「と、言われましてもねえ……」


 支離滅裂を訴える兎の化け物は、ついにはその口を、大きく開き始めた。
 ベリベリと裂けそうな程に開いたその口腔からは、兎特有の、実に先鋭なる牙が現れた。
 そんな実に禍々しき牙が、ゆっくりと薬売りの頭上へ昇っていく……
 ここまでくればもう、何をしようか一目瞭然である――――”齧る”つもりだ。
 


https://i.imgur.com/JpLzMmh.jpg



薬売り「堪忍してくださいな……如何に藪と評されたとて、やってもいない事を責められては、あっしも面目が立ちませぬ」

薬売り「それに今回は……”貴方が勝手に”間違えただけじゃないですか」

薬売り「貴方が自ら……己が無知を”棚に上げて”」


 そしてそんな危機的状況にも拘らず、俄然態度を崩さぬ薬売り。
 怯え慄き、命乞いでもすればまだ人間味もあると言う物だが……
 どころかさらに「開き直り」始めたとあらば、やはりこやつも人知から遠いよの。



「許サナイ”――――許サナイ”――――許サナイ”ィ”ィ”ィ”――――!」



 はて……そういえばいたな。
 ほれ、いただろう。かの書の冒頭にて、主役の血縁者と思えぬくらい、どうしようもなく畜生な連中が。
 やたらと利己的で、無駄に性悪で、異様に執念深く、かつ意味もなく悪趣味で――――とりわけ”嬉々として誰かを陥れる”。
 そんな、まるで今の薬売りに瓜二つな人物が。



【八十】



 かのように、かつて自分を陥れた人物と、薬売りとが重なって見えた……のか?
 うむ、ならば仕方がないな。
 此度の妖兎に訪れたこの不幸な出来事は、明々白々”薬売りの仕業”なのだから。
 


薬売り「致し方……ありませんな……」






【――――待った】



576 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/26(火) 21:39:25.48 ID:nrMdkQ4a0



薬売り「よいのですかな――――このままあっしの頭を齧れば、永遠に”永遠から回帰する術”は無くなりますが」



「何…………だとォォォォオ”…………?」



【提言】



薬売り「侮るなかれ。如何に藪とて薬師の端くれ」

薬売り「罹りし病如何なる大病とて――――少なくとも、”診る”事はできる」


 これはこれはまた酔狂な事を。
 この期に及んで何を宣うかと思いきや、言うに事欠いて「診てやる」だと?
 風邪や頭痛とはわけが違うのだぞ……
 仮に全ての薬師をこの場に集めたとて、誰が「永遠」なんぞを治せると言うのか。 
 


「言”え”ッ! あだじは一体ドゥ”すレ”バ…………言” え” ッ !」



 そりゃあ、当人は藁にも縋りたい面持ちであろうがな。
 しかし努々忘れてはならぬ――――”相手はあの薬売り”。
 薬師として見た場合の薬売りは、もはや藪どころの話ではない。
 関わる者皆すべからく不幸に見舞わす、まさに厄災が服を着て歩いているような存在なのに。


薬売り「服用者に永遠を齎すなどと言う、実に摩訶不思議極まる薬……」


薬売り「なれども――――永遠が薬の形を成す限り、永遠もまた”薬の理”から逃れられぬが道理」


 そして薬売りは解く。
 薬の成り立ちから服用の仕方、種類、成分、その他薬に纏わる諸々、等々、色々……。

 ……ぇえいこの藪め! やはり教える気などないではないか!
 学術語だらけで全くわけがわからぬ……と、素面の身共ですらこの様だ。
 とあらば無論――――”壊れ行く兎”に、伝わる事などあるはずがない道理なわけで。


577 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/26(火) 21:49:10.07 ID:nrMdkQ4a0


薬売り「つまりですね――――」



【焦】




「は”や”ぐ”言”え”ぇ”ぇ”ぇ”え”え”ぇ”ぇ”え”え”え”ぇ”ぇ”え”!!」



 しかしそんな、難解極まる薬売りの教授も、かろうじて理解できる事が一つだけあった。
 否、わかると言うより「知ってた」と言うべきか。
 ほれ、よく言うではないか。
 薬と言えど、用法用量を守らねば”転じて毒となる”と。




薬売り「――――”下す”んですよ。貴方の身を侵す、永遠と言う名の”毒”を」





(毒――――?)




【応急】

578 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/26(火) 21:58:39.65 ID:nrMdkQ4a0


薬売り「永遠とは……求める者にとっては薬となり、そうでない者にとっては毒となる」

薬売り「まさに、今の貴方そのもの……貴方にとっての永遠とは、何物にも受け入れがたき毒でしかなかった」


【毒】


薬売り「毒の解毒は時間との勝負です。一度体に入り込んだ毒は、時を増すごとに体の隅々を駆け巡る」

薬売り「毒が強くあればあるほど、さらにその時は短くなる……そして、直に手遅れとなる」


【切迫】


薬売り「しかしご心配なく。薬毒の誤飲など、往々にして起こる事態」

薬売り「さらには此度の場合ですと、まだ含んでからの時が浅い……よって、”正しき処方”を施せば、回復は十分見込まれます故」


【希望】




「言エ”……その正しキ処方とハ……一体なンダ……!」




【的確】


【処置】


【解】




薬売り「――――”吐く”んですよ。文字通り」


薬売り「毒を含んだその口から、全てを吐き出すように……いままで食らった全てを、ね」



【自己誘発性嘔吐】


579 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/26(火) 22:06:23.54 ID:nrMdkQ4a0



「う”――――か”ぁ”ぁ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”あ”あ”!!」


 「吐く」――――その言葉を聞いた妖兎は、すぐさまその指を喉奥へと突っ込んだ。
 ただでさえ血塗れの指が口に入る事で、唾液と交ざったか、ぐちゅぐちゅと不快な音が掻き立てられていく。
 しかしそれでもかまうことなく、指は一心不乱に動き続けた。
 まさに泣きじゃくる赤子の如く……溢るる嗚咽を、大量に漏らしながら。



(――――え?)



 しかしそんな決死の行為も、”ある時”を境にピタリと止まってしまう。
 それはやはり、兎の持つ性が故なのであろう。

 そう、兎は――――聞こえてしまったのだ。
 空耳と思しき小言。なれども聞き捨てならない、希望の言葉を。




薬売り「そう言えば…………確か…………」




【呟き】


【疎覚え】


【聞き齧り】






薬売り「”四つ葉のシロツメクサ”に…………そのような効能が…………」





【想起】





(四つ葉のシロツメクサ――――!)



https://i.imgur.com/s0VIFPB.jpg


580 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/26(火) 22:14:17.80 ID:nrMdkQ4a0


 「――――四つ葉のシロツメクサ」。
 その単語を聞くや否や、兎は一目散に飛び出して行った。
 勢いついでに「ドンッ」と薬売りの身を突き飛ばしたのだが、しかし当人は気づいてすらいなかったであろう。
 言わば他の一切が知覚できぬ、矢庭の走。
 だがその決断と行動の速さたるや、これもまた、兎の性が故であった。



【跳】



 すなわち――――【脱兎の如く】。
 そうして兎はたった今、確かに、”自らの意思”で、外へと飛び出していったのだ。




薬売り「あったような……」




【飛】



 あれほど守ると宣った永遠亭から――――
 あれほど憎んだ、薬売りの元から。




薬売り「なかった……ような…………」




【兎卯・亡】



581 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/26(火) 22:24:57.84 ID:nrMdkQ4a0



【孤立】


【無縁】



薬売り「やれ、やれ…………」


 そして、亭は――――ようやっと、本来の静けさを取り戻した。
 さながら狼藉者に押し入られたかのような、乱雑に散らかされた一室ではある。
 だがしかし、これらの乱れを片そうとする者など、どこにも存在しない。
 この乱れに文句を垂れる者など……もはや誰一人として、いないのだ。



【森閑】



薬売り「全く…………最後まで懐かない、うさぎさんでしたよ」

薬売り「如何に臆病な気質とて……もう少しくらい、愛想を振りまいてくれても良さそうな物ですが」



【無常】



薬売り「まぁ、確かに……少々強引な手段を使ったのは、認めますがね」

薬売り「よいのですよ。こうして無事、果たす事ができたのですから……」



 竹林に佇む一軒の御屋敷の最中にて――――
 本来そこに居るべき住人が、誰もいないとはこれ如何に。
 いるのはただ、空に語り掛ける、どうにもうさんくさい男が一人。




薬売り「――――”貴方との約束”を、ね」




 と、最後まで誰にも認知される事のなかった――――【六人目の住人】の、二人と。



【盟約】

582 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/26(火) 22:36:08.32 ID:nrMdkQ4a0



薬売り「さて……では……」


【凜】


薬売り「後の方は…………”よろしく御頼み申し上げ候”」


【臨】


 そう言うと薬売りはそっと着物を整え、静かに座した。
 そして、待つ。
 「もはや為すべき事はなし」「もはや自分には、座して待つ以外に為せる事はなし」
 そんな事でも考えてそうな、何とも言えぬ呆けた表情を浮かべながら。



薬売り「…………」



 そしてそんな「静」を貫く薬売りとは対照的に、「もはや待ちきれんと」ばかりに蠢く、一つの物があった。
 そう、皆もご存じ――――『退魔の剣』である。



薬売り「…………そう急くな」


退魔の剣「〜〜〜〜ッ!」



 「奪われたはずの剣が何故薬売りの元へ戻っているのか」。
 その答えは至極簡素な理屈である。
 速い話が、”忘れ去られた”のだ。
 折角奪い取ったにも関わらず、焦る余りに置き去りにしてしまった、あの荒ぶる兎によって。



薬売り「直に…………戻って来る」


退魔の剣「〜〜〜〜ッ!」


薬売り「直に自ら…………”全てを返しにやって来る”」


退魔の剣「〜〜〜〜ッ!」



 「だからただ、待っていればいい」。
 これまたそんな事でも考えてそうな、澄ました顔で――――
 薬売りはただひたすらに、待ち続けているのであった。



【――――いってらっしゃい】


https://i.imgur.com/zV0A8yA.jpg





583 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/26(火) 23:03:51.86 ID:nrMdkQ4a0


【動】


https://i.imgur.com/n44XbP9.jpg


【道】


https://i.imgur.com/ikxTlU3.jpg


【豪】


https://i.imgur.com/vBIfbn8.jpg


【仰】


https://i.imgur.com/60CQKsB.jpg




【――止――】



https://i.imgur.com/zZTdtsU.jpg







584 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/26(火) 23:17:57.89 ID:nrMdkQ4a0



(……………………)



【再】



https://i.imgur.com/2VHoXFj.jpg



【進】



https://i.imgur.com/g8yWRFR.jpg



【進】
【進】
【進】
【進】



(――――だ)



【進】
【進】
【進】



(ど――――こだ――――)



【進】
【進】
【進】



(どこに――――いゃる――――)



【進】
【進】



https://i.imgur.com/9poGSSu.jpg


585 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/26(火) 23:20:25.50 ID:nrMdkQ4a0


【進】


【至】




(――――!)




【発見】


https://i.imgur.com/BdbtvlT.jpg












(四つ葉のシロツメクサはどこにある――――!)




【――最後ノ獲物――】

586 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/26(火) 23:20:59.96 ID:nrMdkQ4a0
本日は此処迄
587 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/30(土) 01:45:45.57 ID:9QvYt9c00



「どこだどこだどこだ――――四つ葉のシロツメクサは、一体どこにある!!」



――――兎は、一心不乱に探し続けた。
 傷だらけの御身を引っ提げ、ただでさえ薄暗き竹林の中を、あるかどうかもわからぬ「四つ葉のシロツメクサ」だけを求めて。
 


(どこだどこだどこだ――――どこだどこだどこだ――――!)



 兎にとっては、まさに死活問題であった。
 文字通りまんまと盛られた一服。
 してその効能は”望まぬ永遠”。

 「――――永遠は望む者には薬となり、望まぬ者には毒でしかない」
 薬売りの言葉を借りるなら、妖兎にとっての永遠は、まさに毒でしかなかったのだ。



「速く――――見つけないと――――」



 何故ならば、永遠とはすなわち不滅と同義。
 そして不滅が齎すは、兎の存在そのもの。
 なればこそ、言葉の通りに兎を「永遠の存在」にしてしまうのだ――――”全身を痛めつける古傷と共に”。



「速く見つけないと――――あたしは――――あたし”達”が――――!」



 しかしながら、兎が真に危惧する事は、傷の不治ではなかった。
 兎が真に願いし事――――すなわち永遠亭の守護である。
 傷の治療を目指し、暗躍し続けたるは未だ記憶に新しい。
 しかしそれらは、あくまで目的遂行に至る、過程の一部でしかなかったのだ。

 だが――――それもこうして、夢半ばに潰えようとしている。
 兎の計り事が、”どこぞの薬売りのせいで”大幅に狂った事は、もはや言うまでもない事であろう。

588 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/30(土) 01:50:03.81 ID:9QvYt9c00



(速く――――速く――――…………)



 よって兎は、持てる全てを”今”に使った。
 未来も過去も全てを忘れ、ただひたすらに「目前の希望」だけにしか目を向けなかった。
 そうする事でしか、先が見えなかった――――未来を駆ける自分が、浮かび上がらなかった。



(は…………やく…………)



 そう言えば……身共も久しく見ておらんな。
 四つ葉のシロツメクサ、か。はて、最後に見たのはいつの頃だったか。
 確か……ええと、修行時代に見た事があったような、なかったような……
 ええいどうでもよいわ。
 要は、かのように徳高き身共ですら、おいそれと御目通り叶わぬ草なのだ。
 



(……………………)




 そんな稀有極まるシロモノがだな。
 こんな昼間も薄ッ暗い竹林で、しかも全身手負いの状態で、早々都合よく見つかるはずが――――





「――――――――”あった”!」





【奇跡】

589 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/30(土) 02:24:08.45 ID:9QvYt9c00


「あった――――あった! これだ! 間違いない!」


「やっぱりそうだ…………ちゃんと”全部”四つ葉になってる!」


 ま、真かこやつ……
 身共ですら数える程しか見た事がない四つ葉のシロツメクサを、いとも容易く見つけ出しよった。

 しかも……んん? これは……



【会同】



――――なにィ!?
 四つ葉のシロツメクサの”群生”だとォ!?


https://i.imgur.com/oUyIxev.jpg
590 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/30(土) 02:33:08.99 ID:9QvYt9c00



「これで……やっと…………」



(――――あれ?)



 俄かに信じられん……四つ葉のシロツメクサは孤立無援の亜種草と聞き及んでおったのだが……
 お、落ち着け皆の衆! これは断じて偶然などではない!
 この現象は……あと……そう……”因”だ! 
 天網恢恢疎にして漏らさず。これは所謂、「因中有果」の範疇なのだ!



【因果論】



 よいか? 修験に代表される世の教えには、得てして等価の原則が付きまとう。
 してその等価こそが、すなわち因果。
 善因善果悪因悪果。善い行いが幸福を齎し、悪しき行いが不幸を齎す教えの意だ。

 ほれ、おぬしらとて聞いた事くらいあるであろう。
 平たく言えば――――「因果応報」と呼ばれるモノよ。



【四印】



「え――――ちょっと待って……」


 よって此度の現象は、この兎の善因が、このように「シロツメクサ」と言う印で現れたに過ぎん……。
 ふん、種が分かれば粗末な物よ。
 よくよく考えれば、頭脳明晰にして修験の道極めしこの身共が、この程度の事で狼狽えるものか……と言う話よの。



【幡】



――――で、だな、話の続きなのだが。
 善因あらば無論悪因もあり、両者は互いに引き合う定めなのだ。
 善ある所に悪あり、その逆もまた叱り……
 よって悪因の印また、同じく何らかの形で現れるわけで――――ほれみよ、やっぱり現れよった。




(服用(たべ)方がわからない――――!)




 このようにして、兎の悪因が”急場の忘失”を招いたのだ。



【因幡】

591 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/30(土) 02:45:12.25 ID:9QvYt9c00


「く………………そ…………」


 この土壇場でまたしても新たな課題にぶつかるとは、つくづくなんと言おうか……
 まぁ確かに、四つ葉のシロツメクサを「取る」者はいても、「食す」者など早々いまい。
 そうだ、この際だからついでに教えといてやろう。
 四つ葉云々関わらずな、シロツメクサを食すには、それ相応の手間を必要とするのだ。



【困惑】



 皆の衆も覚えておけ。
 シロツメクサにはな、実は――――”毒”が混じっているのだ。
 そこらに生えているからと言って無闇に食えば、たちまち体調を崩し、最悪の場合は命を落とす事すらある。
 これを”青毒”と言ってな……
 よってシロツメクサを食すには、事前の「毒抜き」の手間が必要不可欠なのである。



【思案】



 惣菜として食すか、薬草として飲むか。
 いずれの場合にせよ、この「毒抜き」の過程なくば口に含む事は叶わん。
 ……え? 薬師でもないのに何故そんな事を知っているかだと?
 それは……ええと……阿呆! 学書から学んだに決まっておろう!



【経験】



 ったく、身共を誰と心得るのかと……ま、まぁ、そういうわけでだな。
 皆の衆がどこぞの山にでも遭難した暁には、きっと今の知識が役に立つと思われようぞ。



「う”…………う”ぅ…………」



 の、だが――――そんな、折角の修験者の知恵が全く役に立たぬと言う、哀れなる存在がこの兎。
 この様子からして、十中八九毒抜きの方法など知らぬであろう。
 そして仮に知ってたとしても、やはり出来なかったはずだ。

 知ろうが知るまいが関係ない。
 単純な話だ……今の兎に”そんな暇などありはしなかった”のだ。




【勝負】



【博奕】





「う…………オ ォ ォ ォ オ ォ オ オ ォ オ ! !」




 
 よって兎は、運否天賦に賭けるしかなかった―――
 四つ葉のシロツメクサを”そのまま食らう”と言う賭けに。






592 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/30(土) 02:54:54.92 ID:9QvYt9c00



「オ”オ”オ”オ”オ”オ”――――!!」



 貴重な四つ葉のシロツメクサを乱雑に鷲掴みにしたあげく、力任せに引っこ抜き、齧り、引き裂き、その赤き喉奥へと無理矢理押し込んでいく――――
 その勢いたるやまさに猪突猛進が如し。
 草に付着した土毎食らうその様は、誰が言ったか「毒を食わらば皿まで」の体現と言えよう。



「…………う”ッ!」



「う”っ…………ん”っ…………ぐぅ…………ッ!」



 しかし兎はその覚悟が故に、三度壁へとぶち当たる事となる。
 その反応、その顔色……はは、かつての身共とまんま同じである。
 どうだ、生で食すシロツメクサの感想は……
 その味はもはや、たった一文字で十分表す事が出来ようて。




(――――”苦”…………っガ…………!)




 わかるぞ兎……そうなのだ。シロツメクサは、とてつもなく”苦い”のだ。
 あの苦味が口いっぱいを侵すとあらば、毒なぞ無くとも誰も食おうと思わん。

 言っておくが、決して大袈裟な揶揄ではないぞ? 
 本当に、この世の物とは思えぬあの不快な味と来たらもぉそれは……
 嗚呼〜恐ろしい! 思い出すだけでサブイボが立ち寄るわ!



【我慢】



593 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/30(土) 03:06:27.98 ID:9QvYt9c00



(やば…………吐きそう…………)



 おおよそ食うに値せぬ不味の草を、あろうことか束で、しかも生で貪った兎。
 必然、想像を絶する「苦」が今、兎の口内を駆け巡っている事であろう。

……オエップ。すまぬ皆の衆。
 此処だけの話、食についてはあまり語りたくなくてな……。
 ま、まぁちょっとした、とある理由でな。



(う”……………………)




【限界】




(ウ”……………………)




 と言うわけで、少しはこちらの都合も考えて欲しい今日この頃……
 もう十分であろう。不要な忍耐はそこまでにして、とっとと「吐いて」しまえ。 




(……………………)







【――――気合】







「ウ”…………ォ”ラ”ァァァァ――――ッ!」





【再燃】

594 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/30(土) 03:17:22.69 ID:9QvYt9c00



「ア”ア”ア”ア”ア”ア”――――!」


 な、なんと凄まじき執念……
 あの猛烈な苦味を口にしてなお、さらに「お変り」までしようと言うのか。
 それに、それだけの量を一片に食わらば、そろそろ本当に毒が……
 わからん、わからんぞ兎。一体全体、何故にそこまでするのだ。



【暴飲】




「ま”だ”だァ”ァ”ァ”ァ――――!!」



 この勢い……ひょっとするとひょっとして、本当に全てを平らげてしまうのか?
 かつての身共ですら匙を投げた、あの超・極不味草を?



「あ” あ” あ” あ” ぁ” ぁ” ア” ア” ぁ” ぁ” あ” ア” ! ! ! ! 」



【暴食】



……なんであろうか、この内から湧き出る多情なる思い。
 なんだか……なんだかよくわからんが、段々と高揚してきたぞ!



【不屈】


――――ほれ! ゆけ! 兎! 
 そこまで言うならもう止めん!
 その溢れんばかりの情念で持って、見事――――全てを食らいつくしてみよ!






【本音】






(……………………いやだ)





【哀哭】


595 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/30(土) 03:49:46.51 ID:9QvYt9c00
ロダが落ちてるっぽいので一時中断します
596 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/30(土) 11:08:16.79 ID:9QvYt9c00



(苦い…………苦いよ…………まずいよ…………なにこれ…………)


(いやだよ…………もう…………こんなのもう、食べたくなんかないよ…………)



【苦痛】



(辛いよ…………苦しいよ…………体中が痛いよ…………血が止まらないよ…………)


(こんなに辛いのに…………こんなに苦しいのに…………)


(あたしはどうして…………”まだ生きている”の?)



【苦行】



(どうしてあたしだけが…………こんな…………)


(どうして…………こんな目に…………)



【荒行】



(教えてよ…………誰か…………)


(わからない…………何も、わからないよ…………)


(あたしは最初から…………何も…………)



【難行】





(”自分が誰なのか”さえ…………)





【至】


【境地】



https://i.imgur.com/rFr2yyE.jpg




(え――――?)

597 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/30(土) 11:27:51.88 ID:9QvYt9c00


https://i.imgur.com/EjXZR4f.jpg



「は…………?」



https://i.imgur.com/POnrBev.jpg

https://i.imgur.com/qpLrlWn.jpg

https://i.imgur.com/3a2wzFk.jpg



「でも…………だって…………」



https://i.imgur.com/sfatAZz.jpg

https://i.imgur.com/0T8gxuw.jpg

598 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/30(土) 11:48:15.40 ID:9QvYt9c00



「兎が…………兎が…………”ただの兎が”こんな目に合うものかッ!」


https://i.imgur.com/061UDKK.jpg

https://i.imgur.com/9mrdfoR.jpg




「今…………?」



https://i.imgur.com/XXlT5Mi.jpg

https://i.imgur.com/aFCoAGq.jpg




「今…………は…………」




https://i.imgur.com/JRsCf8z.jpg


599 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/30(土) 12:14:21.11 ID:9QvYt9c00





 かごめ かごめ





「今は…………」





 籠の 中の 鳥は





「今の…………あたしは…………」





 いついつ出やる





「今は…………ただ…………」





 夜明けの 晩に


 鶴と亀が 滑った





https://i.imgur.com/TKUctwi.jpg






 後ろの正面 だあれ?


600 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/30(土) 14:01:20.21 ID:9QvYt9c00



――――身共は一体、何を見せられているのだろうか。
 薬売りにまんまと一杯食わされ、その食わされた毒を下すべく、四つ葉のシロツメクサを求めたと……そう認識していたのだが。
 兎の思いがけぬ豪快な食いっぷりに、少しばかり我を忘れていたのは認めよう。
 だがな……いや、確かに気が高揚していたとは言えだな……



【効用】



 それでも……仮に草が、毒であろうとなかろうと……
 やはり、かのような形で御身満たさんとは、どうもこう……夢見心地な気分と言うか、何と言うか。



【落】


【陽】



 ひょっとして、知らずの間に眠りにでも落ちてしまったのだろうか。
 いかんいかん。だとすれば、身共ともあろう者がなんたる失態か。
 今一度気を引き締めねば……おおい誰か、身共の頬を軽くつねってはくれぬか。



【赤】



【橙】



【黄】



【水】



【青】



【藍】





 そして、でき得るならば説いてくれ。
 何故にこうして――――兎の身から”傷だけが剥がれ落ちて行く”のだ?





【――色・彩々――】




https://i.imgur.com/IdvSN2W.jpg



601 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/30(土) 14:02:14.08 ID:9QvYt9c00
夜また来る
602 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 00:02:18.31 ID:YYQSdYq10



【項垂】



(……………………)



【膝行】



(……………………)



【吐】



(……………………)



【白】







てゐ「……………………ゲップ」




 ただ――――一つわかるのはだな。
 妖兎はこうして、幾多に連なる苦難を、見事乗り越えてみせたと言う事である。
 その様はまさに役優婆塞が如しであった。
 妖兎が仮に人であったなら、きっと今や、鬼すら使役できる霊力が備わっておる事であろうて。



【無事】



 いやぁ〜にしても、実に良き物を見た。皆もそう思わんか? 
 薬売りと言う巨悪の術策を、御身一つで跳ね返したこの事実は、拍手喝采に値する事請け合いである。



【完食】



 天晴だ。まことに天晴であった。
 屋号があれば叫んでやりたい気分よの。
 そうだな、合いの手はさしずめ……
 よッ――――【永遠亭】!


https://i.imgur.com/ScQmaH4.jpg

603 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 00:17:07.01 ID:YYQSdYq10



てゐ「…………」



 はは、まるで千両役者みたいだな……と、時に私見であるのだが。
 此度の一部始終、身共からすれば、薬売りの動きが少し意外であったのだ。



てゐ「…………」



 考えてもみよ……あの不遜・悪鬼・腹黒極まるあの薬売りがだぞ?
 事シロツメクサに関しては”真を述べておった”と言う、この気味の悪さよ。



てゐ「…………」



 先ほど申した通り、シロツメクサは本来”毒”である。
 薬師からすれば薬草になるやもしれぬが、凡に考えれば、やはり本来は含んではならぬ草よ。
 故にシロツメクサと言う言葉が出た際、身共はてっきり「口から出まかせを吹かし、兎をさらなる窮地へ追いやらん」と言う風に思うておったのだが……
 意外や意外。妖兎がこうして無事「永遠から脱する」事ができたのは、紛れもなく「薬売りの教授」があったが故でもあるのだ。



てゐ「…………」



 まぁ、最後の方は少しわけがわからなかったがな……
 とにもかくにも、終わりよければなんとやらだ。
 あれほど血に塗れていた体はすっかり元の白を取り戻し、その血の出所たる”古傷”も、すでに塞り終えておる。



てゐ「…………」



 そう、全ては元に戻ったのだ。
 血も・傷も・痛みも・苦味も――――御身に纏わる、何もかもが。




てゐ「……………………す」





――――砕かれた心でさえも。












てゐ「―――― ” 殺  ス ” !  」




https://i.imgur.com/RYJOqao.jpg
604 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 00:34:57.10 ID:YYQSdYq10



てゐ「殺ス――――殺ス! 絶対殺ス! 意地でも殺ス! 是が非でも殺ス!」



てゐ「殺ス…………殺ス殺ス殺ス殺ォァ”――――ッッスッ!!」



 こうして妖兎は、折角体が癒えたにも関わらず、四つん這いのままピタリと動かなくなってしまった。
 傍から見れば、背以外が食い散らかした草の痕へと向く格好となる。
 その姿勢は意図せず、せっかく癒えた顔を覆い隠す形となった……のだが。
 しかし案ずるなかれ。妖兎が「今どのような表情をしておるか」など、顔が見えずとも、いとも容易く思い浮かべる事ができるのだ。



【激憤】



てゐ「肉と言う肉を齧り殺してやる! 四肢の全てを削ぎ殺してやる! 臓物の全てを貪り殺してやる! 生きたまま食い殺してやる!」
 


【激怒】



てゐ「ありとあらゆる手段で殺してやる…………ありとあらゆる手段で苦しめてやる…………」



【激昂】



てゐ「殺した後でもさらに傷つけてやる…………死骸を延々、玩具のように弄んでやる…………!」



 その怒りの全ては、薬売りただ一人に向けられる物であった。
 所以はもはや、語るまでもないであろう。
 如何に薬売りの助言が一役買ったとて――――そもそもな話、兎を傷つけたのは薬売りの方なのだ。
 


てゐ「あいつは…………絶対にここから出さない…………」



てゐ「誰が帰してやるものか…………もう、降参したって…………許してやるものか…………!」



 そう言えばあの折り……あの男は恐れ多くも、蓬莱の薬を「貴方にとっての毒」などとほざいておったの。
 身共からすれば、「お前が言うな」である。
 そりゃそうだ。この場で最も有毒なのは、他でもない”あやつ自身”であろうに……皆もそう思わぬか?



【怨毒】

605 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 01:01:08.78 ID:YYQSdYq10




てゐ「殺ス…………あいつだけは…………」




てゐ「絶対に…………絶ェェェェッッッ――――対に”ィィィ――――ッ!!!」




 ま、と言うわけで……今一度薬売りへの恨みを募らせた所でだな。
 妖兎はようやっと、重い腰を上げ、その怒れる顔を面へと出したのだ。





てゐ「殺”ォォォォ――――――――」





 そうなって、初めて……
 妖兎は、ようやく「目を合わせる」事が出来たのだ。





(ォォォォ――――…………)






 ずっと、傍で――――”自分を見守ってくれていた者”と。






てゐ「……………………すぇ?」





【末】















https://i.imgur.com/3CyxAQM.jpg





 得てして、この夜通しかけた、永き攻防の末に――――
 これにて、名実共に”誰もいなくなった”のであった。




【因幡てゐ】×

606 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 01:18:29.30 ID:YYQSdYq10



【経過】




【蓬莱山輝夜】×

https://i.imgur.com/xwOeGqB.jpg

 神隠し最初の犠牲者。
 永遠亭の真の主であり、その正体はかの有名な「竹取物語」のかぐや姫その人。
 竹取物語の結末とは違い、実は月へと帰らず幻想郷に移り住んでいた。
 薬売りが現れた当初は、永遠亭の新弟子となった薬売りと謁見の予定であったが、しかし直前にモノノ怪の襲撃に合い、謁見は中止。
 そのまま薬売りと会うことなく姿を消してしまった。

 しかし姿を消す直前、『自身のスペルカード』にモノノ怪の正体の示唆を残していた事が判明。
 これは後に永琳経由で薬売りの手に渡る事となる。

・姿 不明
・真 不明
・理 不明




【藤原妹紅】×

https://i.imgur.com/JZQxkkt.jpg

 神隠し二番目の犠牲者
 過去にとある経緯で蓬莱の薬を服用し、輝夜同様不死の身となった炎の術師。
 玉兎曰く、元々はどこにでもいそうな普通の娘だったとの事。
 蓬莱山輝夜とは何らかの因縁(?)があり、その事実から、玉兎に「モノノ怪の正体」として名を挙げられていた。
 しかし妹紅の元へ向かう際、すでにモノノ怪に攫われた後であった為、自動的に容疑者から除外される。

 襲われた際多少の抵抗でもしたか、現場には焦げた竹と、辺りを覆う焦げ臭さが蔓延していた。
 だが薬売りはその匂いの中に、焦げ臭さとは別の『何やら香ばしい香り』を嗅ぎ取った。


・姿 不明
・真 蓬莱の薬を服用し不老不死となった炎術師
・理 不明




【八意永琳】×

https://i.imgur.com/mgfUCVl.jpg

 神隠し三番目の犠牲者
 何かに怯え部屋に閉じこもった玉兎を見かね、強引に錠をこじ開けた所、直後モノノ怪に憑りつかれた。
 実は過去、月の迎えから輝夜を奪い取った張本人である。
 さらにこの時、周りの月人を「皆殺し」にした為、その経緯から人知れず「モノノ怪の正体は自分」と思っていたらしい。
 薬売りも同様、当初は八意永琳こそがモノノ怪の真と睨んでいたが、当の永琳本人がモノノ怪に憑りつかれた為、両者の目論見はあえなく外れる事となる。
 これにより一時は一切の手がかりがなくなったと思われたが、しかしこの時薬売りに「輝夜のスペルカード」を託した事が、薬売りが「モノノ怪の真」を得るキッカケとなった。

 そして薬売りに後を託した直後、皆の目の前で消滅。
 永遠亭の存続を揺るがす一大事にも拘らず、何故だか最後の最後まで『安心しきった』ような表情を浮かべていた。


・姿 赤と青に分かれた服を着た白髪の女
・真 元・月の賢者 現・月の大罪人
・理 不明

607 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 01:27:21.36 ID:YYQSdYq10



【鈴仙・優曇華院・イナバ】×

https://i.imgur.com/T3Sa8fr.jpg

 神隠し四番目の犠牲者。
 モノノ怪による神隠しの最中、一人だけ逃亡を図った所を薬売りに妨害され、追及の果てに観念して全てを白状するに至った。
 実は過去に輝夜を地上へ突き落とした張本人であり、八意永琳が「姫強奪事件」を起こすキッカケを作った人物でもある。
 この際、とある理由で「心狂わせる程の恐怖」を植え付けられた為、その恐怖がいつしか、本人すらあずかり知らぬ所で「別人格」として独立していた。

 当初はこの別人格こそがモノノ怪の正体と思われたが、薬売りは輝夜姫のスペルカードから「玉兎はモノノ怪でない」と知っていた為、退魔の剣を抜かれる事のないまま再度封じられた。 
 そして自らの別人格の存在を認知した後、薬売りによって「モノノ怪ではないから」と見逃され、そのまま竹林を出ようとする。
 しかし、脱する直前で不意に足を止めてしまったが為に「本物のモノノ怪」に追いつかれしてしまい、寸前の所で惜しくも消えた。

 薬売りが現れる直前、『何らかの一報』が届いたらしいが、詳細は不明。


・姿 兎耳を生やした長身の女
・真 永遠亭から脱走しようとしていた
・理 月の追手の目を永遠亭から逸らす為




【因幡てゐ】×

https://i.imgur.com/dWuqAgV.jpg

 神隠し最後の犠牲者。
 当初から不審な行動が多くみられた人物。
 此度の神隠し騒動を徹底的に「見知らぬ素振り」し続けた揚げ句、どころか所々モノノ怪を擁護するかのような言動すらあった。
 薬売りは勿論、身内すら咎める程の我関せず振りであったが、実はその全てが「退魔の剣を奪う為」であったと最後に判明する。

 見知らぬ素振りは策略を張り巡らせていた為であり、その甲斐あって、一時は見事退魔の剣を奪い獲る事に成功。
 しかし直後に「一服盛られた」事を知り、発狂。折角手に入れた退魔の剣を自ら投げ捨て、外に飛び出してしまう。
 そして、意図せぬままに自分からモノノ怪の元へ飛び込んでしまった結果、心半ばにして消えてしまった。

 実は輝夜よりも先にモノノ怪の襲撃を受けた当人。モノノ怪に襲われるのは計二回目となる
 しかし最初の強襲に限り、何故か『掠り傷を負わされただけ』と言う、なんとも半端な被害に終わった。
 

・姿 兎耳を生やした小さい女
・真 退魔の剣を強奪すべく、裏で策略を練っていた
・理 単身で月の追手を退けた後、自らの手でモノノ怪を斬り払い、攫われた仲間を解放する為


608 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 01:48:33.37 ID:YYQSdYq10


【八雲紫】×(例外)

https://i.imgur.com/X7032Qe.jpg

 無数の目・神隠し・月との因縁と言う経緯から、真っ先にモノノ怪の候補へ名を挙げられていた人物。
 しかし後に「自ら弁明に現れた」事により、晴れて潔白を証明した。
 この時の口ぶりから、薬売りよりも先にモノノ怪の真に辿り着いていたと思われる。
 しかし「自分ならモノノ怪を難なく排除できる」と断言しつつ、「後学」を理由に今後一切手を出さない事を宣言。
 今もどこかの隙間から、一部始終を覗いていると思われる。

 余談ながら、別れ際に土産と称して『朱色のシロツメクサ』を薬売りに送る。
 永遠亭の近くの穴で拾ったと説明したが、実は、永遠亭の誰もが見た事のない品種だったりする。


・姿 紫色の服に身を包んだ女
・真 幻想郷の創設者
・理 薬売りの解決力を今後の異変解決に役立てたい


609 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 01:54:13.51 ID:YYQSdYq10

【御知らせ】
またまたまたまた(ry
とりあえず本年度はここまで。再開は年明けからにします。
例によって詳細は未定。目途が立ったら言いに来ます。
なんか予想外に時間かかってますが(99割画像のせい)今度こそほんとうに完結までこぎ着けたいと思います(マジで
では、よいお年を。
610 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/31(日) 01:57:48.62 ID:Uubqhm3Io
611 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/27(土) 17:03:01.47 ID:WphVAt9H0
まだかな
612 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/02(金) 23:08:02.69 ID:KocClk6p0

【定時報告】


■■■■■■■■■■■■□□□□
                 ↑
               今この辺
613 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/09(金) 01:11:17.82 ID:h39vv37+0
保守
614 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/10(土) 18:48:48.83 ID:KxqT+heF0

【定時報告】


■■■■■■■■■■■■■□□□
                  ↑
                今この辺
615 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/13(火) 19:06:03.49 ID:z1dsKJ2WO
待ってるゾ
616 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/17(火) 01:27:58.08 ID:ZaPO5a320

【定時報告】

https://i.imgur.com/1xbzMSh.jpg
617 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/17(火) 01:28:24.18 ID:ZaPO5a320


■■■■■■■■■■■■■■□□
                  ↑
                今この辺
618 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/17(火) 01:29:44.22 ID:QmE1wwAso
乙です。絶対絵に時間かかってるw
619 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/20(日) 11:29:59.22 ID:F8aTFj1xo
まだか
620 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/16(土) 23:29:05.30 ID:/LAOqaWg0
621 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/18(月) 13:57:52.67 ID:pv6AAgwY0
最初は目目連とか話してたけど、結局どんなモノノ怪なんだ…
これからも続き期待してやす っ饅頭
622 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/27(水) 23:42:51.91 ID:ES789BLm0

【定時報告】

遅れてる理由=3Dツールに手を出したから

https://i.imgur.com/GmNCLjA.jpg
623 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/27(水) 23:43:34.34 ID:ES789BLm0

■■■■■■■■■■■■■■■□
                  ↑
                今この辺(たぶん
624 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/28(木) 00:29:16.26 ID:75vweqlQ0
どんだけ気合入れとんねんwwww
625 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/28(木) 18:58:00.87 ID:bsK1FHB0O
何もんだよお前
626 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/06(金) 08:25:07.73 ID:s2MIcqCZO
待ってるから安心して制作に励んでくれ
627 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/30(月) 14:28:58.17 ID:28uCSUe60
  (  ) ツルギヲ
  (  )
  | |

 ヽ('A`)ノ トキハナツ!
  (  )
  ノω|

 __[警]
  (  ) ('A`)
  (  )Vノ )
   | |  | |
628 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/08/27(月) 01:15:13.88 ID:iRneVenA0
629 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/10/16(火) 21:32:28.85 ID:uansV9yI0
てす
630 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/10/16(火) 21:38:50.59 ID:uansV9yI0

【定時報告】

遅れてる理由=なんか板事落ちてたから

https://i.imgur.com/5OVcdmA.jpg
631 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/16(火) 21:40:37.23 ID:rR2/jikso
待ってる
632 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/10/16(火) 21:41:30.37 ID:uansV9yI0


■■■■■■■■■■■■(〜遊びに行きたい気持ち〜)□□
                                 ↑
                                 今この辺(だったらいいなって
633 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/17(水) 07:03:51.97 ID:aLk45WUrO
いいなってwww
とりあえず待ってるぞ!
634 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/19(金) 18:09:02.70 ID:4ozNtZTE0
続きが来なくて何度読み返していたことか
635 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/18(日) 23:54:47.14 ID:eTf47pneo
636 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/27(火) 01:32:42.01 ID:9khhDRJa0

てす


https://i.imgur.com/U4HKdRE.gif


https://i.imgur.com/r8agHYO.gif


https://i.imgur.com/2g4lyY6.gif
637 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/27(火) 02:12:03.67 ID:M9dMti5Uo
とうとう動画まで来たか…

全部見れたけど、うちはWiFiあるから通常の通信だとどうだろう
638 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/27(火) 23:31:21.76 ID:9khhDRJa0
【お知らせ】


https://i.imgur.com/pZqe964.jpg
639 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/27(火) 23:33:44.78 ID:9khhDRJa0

あと



                    /:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::>、
                    ,.:'::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::\
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               l:::::::::::::::::::|  ̄ ̄_    ̄"''―‐ "    ノ::::::::::::::::::::::::|
                 l::::::::::::::::::::| ≧===ミ          -‐  `ヽ:::::::::::::::::::::|         待ってる間に予習しろ
                   l:::::::::::::::::::::|                x===≦ミ !\:::::::::::ノ
               l:::::::::::::::::::::::i  xxxx               `/:::::::ヽ/::!
                 l:::::::::::::::::::::::::',       /" ̄ ̄ i    xxxx  !::::::::::::::::::::i     https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%B2%E7%A2%81%E7%94%A8%E8%AA%9E%E4%B8%80%E8%A6%A7
              l::::::::::::::::::::::::::∧     !    ノ         /::::::::::::::::::::::',
                l::::::::::::::::::::::::::\>- _ー‐      _,. イ:::::::::::::::::::::::::::', 
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640 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/10(月) 22:43:03.80 ID:hxXr8xbF0
【御知らせ】
今週か来週に再開します
641 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/20(木) 22:48:24.81 ID:s4ApJ3r50
せっかくなんでクリスマスにやります
642 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/24(月) 00:40:48.90 ID:A1WvWOlK0




『…………………………………………おかえり。』



https://i.imgur.com/fsWDlZb.jpg


643 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/24(月) 00:52:16.13 ID:A1WvWOlK0



(…………)


【先手・黒】


https://i.imgur.com/rl1G2BC.jpg



(…………)


【後手・白】


https://i.imgur.com/feZpN6c.jpg



(…………)



【込・六目半】



(…………)



【押・対局時計】


https://i.imgur.com/8jcg9YK.jpg



【対局】




(・・・・・・・・・・・・)




【大三冠】


https://i.imgur.com/dnmQCed.jpg
644 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/24(月) 01:06:58.56 ID:A1WvWOlK0



薬売り「人は…………変わるもの」 


https://i.imgur.com/uiOih8I.jpg



薬売り「時は…………移ろうもの」


https://i.imgur.com/nBmT2QM.jpg



薬売り「海は…………揺うもの」


https://i.imgur.com/AzLHoaj.jpg

https://i.imgur.com/14RQ2Sn.jpg




薬売り「空は…………彩るもの」



https://i.imgur.com/B1SZWsN.jpg

https://i.imgur.com/ZrzSP54.jpg




薬売り「…………おや」



https://i.imgur.com/jeE1crM.jpg




【閃】




https://i.imgur.com/Ge9rup9.jpg





薬売り「…………ご苦労様でした」




【月光の活】

645 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/24(月) 01:13:54.86 ID:A1WvWOlK0


薬売り「さて……いかがでしたかな。此度の神隠しの、程度の程は」

薬売り「きっと、さぞ難儀された事でしょう……なにせ、どいつもこいつも腹に一物抱えた者ばかり」

薬売り「いくら問い詰めようと、誰も、何も……真など、寸でも見せやしない」

薬売り「いやはや、本当に骨が折れたと言う物です…………互いにね」



【互先】



薬売り「そうそう、互いにと言えば……お互い、”四季”に助けられましたな」

薬売り「いえね、あっしも……当初は貴方と同様に、”卯の刻”を刻限と定めていたのですが……」

薬売り「いやはや、肝心のあの兎共ときたら……抵抗・反発に次ぐ足掻きっぷりで」

薬売り「まさに、二兎を追う者なんとやらとは、よく言った物で」



【一間】



薬売り「空が白み始めた時は、本当にどうしようかと思いました……が、時期がよかった」

薬売り「季節の変わり目と言う僅かな隙間が、我らに僥倖を差し込んだ……刻限をほんの少しだけ、遅らせてくれた」



【五ノ五】



薬売り「仮に、月の追手とやらの来襲が、もう少しだけ早ければ……我らは互いに”詰んでいた”」



【死活】



薬売り「よいじゃありませんか……結果的に、全ては貴方の思うがままになったのだから」


薬売り「貴方は無事、あの朝日昇るまでに、この地に住まう五人全員を奪い攫う事ができた…………否」


薬売り「むしろあの五人の方が――――”晴れて合格となった”と、言うべきでしょう」



【欠け眼生き】

646 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/24(月) 01:24:57.79 ID:A1WvWOlK0


薬売り「結局……ここには誰も、誰一人として、”いらぬ者などいなかった”と言う事ですな」

薬売り「まぁ、結果こそ一言で言い切れるものの……されどその過程、まさに筆舌に尽くしがたし」



【ナラビ】



薬売り「しかし貴方はそれでも、限り無き尽力と確固たる意志で持って、見事大功を成してみせた――――まさに撼天動地の極致」

薬売り「いやぁ実に、めでたしや、めでたしや……」


https://i.imgur.com/HnPURIm.jpg



薬売り「よって僭越ながら……細やかな”御祝い”の準備をさせていただきました」

薬売り「ささどうぞ、遠慮なさらずに、どうぞ…………お手元の”御皿”を、お取りください」



 『パキ――――』。
 薬売りが指し示したと同時に、皿は一人でにヒビ割れた。
 元々欠けていたわけでも、実は「適当にその辺で拾った物だったから」なわけでもない。


https://i.imgur.com/ggjVuYx.jpg


 『パリン――――』
 そうこう言う間もなく、皿は破片となりてその場に崩れ落ちた。
 つまりは、皿は当てられたのだ――――”怒り”と言う力に。



薬売り「おや……まぁ……」



 「祝事に皿」。これは祝いの席における禁忌の一つである。
 その所以は、この皿のような割れ物が、めでたき縁を「割る」「壊す」「砕く」と悪い縁起を担ぐ為だ。
 近年では、この作法を知らぬ若輩者が実に多く見受けられる……とは言え、今時そんな古き慣習に拘る老輩もままいまい。
 所詮はただのゲン担ぎ。何時廃れてもおかしくない、どこかの誰かの思い付き――――



薬売り「お気に召さなかった……ですかな?」



――――だが薬売りは違う。
 無駄に博識なこの男が、この程度の作法を知らぬわけがない。
 それにこの見るからに一物抱えた顔……完全に、わざとである。
 よって、このような「誤った作法」を向ける意もまた、ただの一つしかなかった。



薬売り「折角、共通の理を目指した……”一時の友”だと、思うておりましたのに」




【見合い】




 「――――これからお前を討つ」。
 実に薬売りらしい、皮肉に満ちた”宣戦布告”であったのだ。


https://i.imgur.com/tslJSYX.jpg
647 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/24(月) 01:35:39.27 ID:A1WvWOlK0


薬売り「そう急かなくとも……よろしいでしょうに」

薬売り「如何に夜空が白もうと……陽の光見えるまでは、まだ空は、日の出と呼ばれない」



【星下】



薬売り「それに……今の内に、堪能しておくべきだと思いますがね」

薬売り「せめて悔いなき様……貴方にとっての――――”最後の朝となるのですから”」



 『ミシリ――――』周囲の空気が、軋むように張りつめていく。
 森羅万象の全てが怯えるように退き、唯一残りしは無音の静。
 身共とてそうだ。目に見えぬながらも、この菱々と感じ取れる凶兆は、まさに暗雲渦巻く颶風の如しである。


 すなわち……一度吹きすさべば最後。
 何人たりとも荒れ狂う風雨を食い止める事は叶わぬ。
 為されるがままに、全てが過ぎ去りしその刻まで……ただひたすらに、耐え忍ぶ以外に術はなし。



薬売り「まぁ、それでもいらぬと言うならば……無理に勧めは、しませんがね」



 そして仮に、そんな颶風の凶行を食い止める物が、どこぞに存在せんとするならば――――
 やはりそれは、颶風に等しき”万有の凶”のみなのであろう。 



【絶局】

648 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/24(月) 01:42:52.63 ID:A1WvWOlK0


薬売り「いやぁ、実は……ずっとこの時を、今か今かと待ち侘びておりまして」

薬売り「いえね……貴方の事じゃあございません。それもあると言えばあるのですが……しかし」

薬売り「どうにもこうにも、抑え難きものです…………この”腹の虫”と言う奴は」



【サシキリ】



薬売り「夜通しずっと、食事を摂る暇など、ありはしませんでしたからね……」

薬売り「それに…………目の前であれ程”旨い旨い”と連呼されては、さらにその欲求は高まるばかりで」


 そう言うと薬売りはそっと立ち上がり、一歩・一歩と足を進め始めた。
 この張り詰めた空気と反するような緩やかな歩は、まるでただ一人颶風の外にいるかのようである。
 しかしその比喩はあながち間違いでもない。
 颶風には、本当に存在するのだ――――荒れ狂いし風雨にぽっかり空いた、”空白の目”が。


薬売り「折角、ご用意致しましたのに……いらぬと言うなら仕方がない」

薬売り「ならばお先に……失礼してしまいましょうかね」


 吹きすさぶ嵐・乱れ降る豪雨・崩れ行く大地・溢るる河川。
 人々にとっては大きなる厄災であり、しかし一方では、迎えるべき恩恵の側面もある。
 この相反する二つの心情が同時に起こるが故に、人々は得てして心を擦り減らす。
 しかしながら、そんな疲弊しきった心に、そっと「一時の休息」が訪れたなら……人々は一体何をするであろうか。



【ツケ】



 そう――――癒すのだ。
 今この空腹を満たさんとしている、薬売りのように。




薬売り「では…………”いただきます”」



https://i.imgur.com/aoDuC0K.jpg




 そうして薬売りは、堂々と手を伸ばし、食ろうた――――【蓬莱の薬】と印された、壺の中身を。



https://i.imgur.com/TrFrViS.jpg

649 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/24(月) 01:55:11.97 ID:A1WvWOlK0



薬売り「勿論――――”蓬莱の薬なんかじゃありませんよ”、これは」

薬売り「これはあっしが、自分の手で拵えた物……限られし時の中で、なんとか暇を見つけ完成させた物」

薬売り「言い換えれば……”目上の者に命令された”が故に、やむを得ず用意せざるを得なかった物」



(――――つか、ほんとはあんたがやんきゃいけない事なのよ? 新入りの癖に、てんで仕事しないじゃない)



薬売り「急ごしらえでしたので、いささか不安ではありました……が」

薬売り「ああも旨そうに食していただけたなら……いやはや、”末弟子冥利に尽きる”と言う物です」



(――――ちょ、ほんとうまい! ヤバイヤバイ、マジ止まんないって!)



『山菜・菜の花・木の実・茸・その他諸々、色々と。
 あの僅かの間で、次々と穫れていく野の幸を目の当たりにすれば……「嗚呼、さすがは姉弟子様だ」と感嘆の念を禁じ得ぬと言う物。 
 だからこそ”鮮明に残った”のですよ。
 あの次々と並んで行く食材の中で……一つだけやけに偏って集っている、あの無数の【芽】を目の当たりにすれば』


https://i.imgur.com/pIwMLAl.jpg


650 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/24(月) 01:57:17.59 ID:A1WvWOlK0


薬売り「おかげさまで助かりました……ただ灰汁を抜くだけで、それなりの物には仕上がってくれますからね」


【テヌキ】


薬売り「ああ、ちなみに……棚の方の壺も、中身は同じですよ」

薬売り「自分の分だけと言うのもいかがなものと思いまして、こうして”貴方の分”も御用意させて頂いたのですが……」


【オキ】


薬売り「いらぬと言うなら仕方がない……ま、そのまま捨て置けば、『どこぞの御節介焼き』がつまみ食いでもするでしょう」


https://i.imgur.com/pw2Hirn.jpg




薬売り「そうです。この蓬莱の薬と印されし、壺の中身は――――」




『貴方様も、よぉくご存じの…………』





(!)





薬売り「――――”筍”に、御座いますよ」



https://i.imgur.com/LLnPIz5.jpg
651 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/24(月) 02:07:49.58 ID:A1WvWOlK0


薬売り「湯に浸し、程よい硬さになるまで茹で続け、頃合いを見て取り出した後、皮を剥ぐ」

薬売り「この間おおよそ、四半刻程度でしょうか……本当はもっと、時間をかけた方がよいのですがね」



【ツケコシ】



薬売り「それでも……十二分に、香り漂っておりました」

 

『筍の持つ、あの風味豊かな香りが……

 実に食欲そそる、あの旨味を含んだ香りが……

 急ごしらえとは思えぬ、あの完成された香りが……』
 



薬売り「――――”藤原妹紅が居た場所”に漂っていた、あの香ばしい香りが」


https://i.imgur.com/gLeAwrC.jpg



薬売り「夜中にふと小腹が空く事など、ままある事……あの時の藤原妹紅も、やはり同じ物を食らおうとしていたのでしょう」

薬売り「しかしそこは炎術師と呼ばれる存在。姿焼きか、蒸し焼きか、あるいは包み焼きにでも挑みなさるつもりだったか……そこまでは存じませぬ」



【トビ】



薬売り「ただし…………”何がしたかったのか”はわかる」



【ハネ】



薬売り「一つだけ、あるのですよ……老若男女問わず、”食の旨味を限界以上に引き出す方法”が」

薬売り「誰であろうと関係なく……どんな食材にも左右されない……如何に腕の良い飯炊でも再現できぬ、そんな、画期的な方法がね」



(だってアイツ死なないじゃん。姫様と同じ不死身だし)



薬売り「あの一面に漂う程に満ちた香りが、何よりの証拠だ――――”あれは一人前ではなかった”」



https://i.imgur.com/99Frpkn.jpg





薬売り「――――それ故に”貴方に目を付けられる”事となった」



【トビコミ】


652 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/24(月) 02:19:22.73 ID:A1WvWOlK0



【ヨセ】



薬売り「そう――――全ては”蓬莱山輝夜の為”であった」



【ヨセ】



薬売り「貴方が欲したのはただ一人――――”蓬莱山輝夜姫が御人・唯一人”」



【ヨセ】



薬売り「だからこそ求めた――――蓬莱山輝夜に連なる”全ての因果と縁を”」


https://i.imgur.com/lxxTglc.jpg

653 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/24(月) 02:23:42.80 ID:A1WvWOlK0



薬売り「八意永琳の”忠誠心”は言わずもがな……同じく藤原妹紅もまた、”共に永遠を宿した者”として欠かせぬ縁であった」


https://i.imgur.com/tBps0dl.jpg


薬売り「しかし貴方は、どうしても見抜けなかった…………あの、姫君と同じ屋根の下に住まう、【二羽の兎の理】が」


https://i.imgur.com/LwFQkGr.jpg


薬売り「玉兎は己が因果を偽り続け、妖兎は己の縁そのものを失っていた……」

薬売り「故に、一向に見えなかった……いくら瞳を増やし、眺めようと」



(――――ホント、どの口が言ってんだか……出まかせにしたって、よくぞそこまで言えたもんよね)

(――――ま、確かに。残念ながらてゐが「知」を得る事は、永遠にないんだけどさ)



薬売り「二羽の兎が、本当に――――”蓬莱山輝夜の御傍に相応しきかどうか”がわからなかった」



【ヨセ】



薬売り「だからこそ、共闘を申し出た……いや、応じざるを得なかった」

薬売り「託すしかなかった……誰とも知れぬ、何処からやってきたかもわからぬ、実に胡散臭い馬の骨に……」



【ヨセ】



薬売り「そして仮に……暴かれた兎の理が……万が一にも、”姫に仇成すモノ”であったなら」



【セキ】



薬売り「件の『月人の来襲』とやらに乗じて――――”本当に亡き者にするつもりだった”」



https://i.imgur.com/Grxbv1C.jpg

654 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/24(月) 02:52:40.66 ID:A1WvWOlK0


薬売り「でもまぁ、そうはならなかったのは……それもまた、姫君の持つ因果と縁」

薬売り「誰が何と言うと、あの兎達もまた……巡り巡って、すでに”永遠の一部”となっていた、と言う事です」


【サシコミ】


薬売り「それに……あっしとて、最後まで推し量る事は叶いませんでした」

薬売り「よもや貴方が……あの二羽の兎の片割れと、明確な”上下関係”にあっただなんて、ね」


【メハズシ】


薬売り「そこが”最後の懸念”だったのですよ――――姫君を求めて動き出したはずの貴方が、”何故に肝心の姫君を後回しにしたのか”」

薬売り「貴方と同じです。こればっかりは、いくら探し回ろうと、どうにも……」

薬売り「”本人に教えてもらう”以外には……ねぇ?」



【ハザマ】



薬売り「知ってたんでしょ……? 最初から……あの兎こそが、此度の神隠しにおける最大の”壁”となる事を」

薬売り「だから真っ先に兎へ目を向けた――――”どこぞの馬の骨と揉めているあの機会”が、最初で最後の好機だと思った」



https://i.imgur.com/rRsY1i1.jpg



薬売り「でもまぁ、結果は案の定……嗚呼、どうかお気になさらずに」

薬売り「誰もわかりませんよ、あんなの……」



【ハメ手】



『――偶然千切れたシロツメクサが

     偶然吹いた鋭い突風を浴び

      偶然兎の体を貫く程の速度を得た結果

       偶然貴方の目から逃れる事になった――』




薬売り「なんて……」


https://i.imgur.com/DhNjQEG.jpg

655 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/24(月) 03:03:00.00 ID:A1WvWOlK0


薬売り「さらに言わば、あの時”怪我人”と言う大義名分を得た事で、あの兎だけが自由に動き回る事ができた……まさに、誰かの手引きを受けたかのように」

薬売り「そうです。通常ならほとほと起こり得ぬ、超常染みた稀の連鎖……しかしあの兎に限り、それは日常茶飯事だった」

薬売り「かのように、兎の起こす事象が、理から外れた稀ならば……理だけを求める貴方には、どう足掻いても叶わなかった」


【フセキ】


薬売り「だから今度は、同じ場所にいた馬の骨の方に目を向けた……自分一人では無理だと、悟ったから」

薬売り「兎と違い、自分と同じ理によってのみ動く馬の骨なら……言い様に扱えると、そう思った」



【キカシ】



薬売り「そして、要が済んだ後の馬の骨など……”後からどうにでもできる”と、そう踏んだ」



【カラミ】



薬売り「ただの一介の薬売り風情――――”恐るるに足らず”」


薬売り「貴方はそう……確信していた……!」


https://i.imgur.com/v8S8AtC.jpg

656 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/24(月) 03:14:56.36 ID:A1WvWOlK0


薬売り「ならばもう……隠れる必要などないじゃないですか……」

薬売り「否、もはや隠れると呼ぶにすら値しない……そうでしょう?」

薬売り「貴方の全ては、すでに……”白日の下に晒されている”のですから」



https://i.imgur.com/fQmJqBJ.jpg



薬売り「そうです、貴方の真も、理も、全て……”貴方が追い求めた姫が教えてくれた”のです」

薬売り「この――――【スペルカード】と呼ばれる符によって」



【難題】龍の頸の玉-五色の弾丸-
【神宝】ブディストダイアモンド
【難題】火鼠の皮衣-焦れぬ心-
【神宝】ライフスプリングインフィニティ
【難題】蓬莱の弾の枝-虹色の弾幕-

657 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/24(月) 03:20:10.53 ID:A1WvWOlK0


薬売り「結論から言うと…………姫君は最初から、貴方の事など”とっくにお見通し”だったんですよ」

薬売り「不思議ですか? いやぁ、何も不思議な事などございやせん……姫が姫たる由縁を紐解くだけで……」


【シボリ】


薬売り「その由縁は、姫君がまだ『かぐや姫』と呼ばれた時代にまで紐解けば…………」

薬売り「かぐや姫が、まだ――――”五人の貴公子と出会う前”にまで遡れば」



(世界の男 あてなるも卑しきも

  いかで このかぐや姫を得てしかな 見てしかなと 

   音に聞きめでて惑ふ)
 


薬売り「かぐや姫は……幼少より、常に”人目に晒されながら”育ったそうです」

薬売り「それは姫の美貌を聞きつけた男共が……昼夜も問わず、こぞって【覗き見】していたからだとか……」



(そのあたりの垣にも 家の門にも 居る人だにたはやすく見るまじきものを 

  夜は安き寝も寝ず 闇の夜に出でても 穴をくじり 垣間見 惑ひ合へり)


 
薬売り「してその男共は、貴も賤も、老も若も関係なく、全てが等しく混ざり合っていた……と、これは誰もが一度は耳にする話でしょう」

薬売り「しかしここで一つの疑問が生じる――――”何故それがわかったのか”」




(さる時よりなむ 『よばひ』とは言ひける)




薬売り「答えは実に簡単だ……かぐや姫もまた、見ていたのですよ」

薬売り「自分に向けられた、連なる目線の一つ一つを、全て――――”今の貴方と同じように”」



【アテツケ】

658 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/24(月) 03:30:13.91 ID:A1WvWOlK0


薬売り「故に貴方が来るのを見越した上で、あっさりとその身を委ねる事が出来た……」

薬売り「そして不意の出現だったにも関わらず……こうして、貴方にとっては”致命的な一手”を、こうも容易く指す事が出来た」


【コウ】


薬売り「覗き覗かれ烏兎怱怱。一方的に向けたと思われたその視線は、その実すでに対面の矢面に立たされていたと言う現実」

薬売り「交差する目線。順序する互瞻。しかし器は決して互角などではなく、そこには何人も覆せぬ”五位の壁”があった」

薬売り「そうなればもう……そこはもう、かぐやの独壇場でしかなくなる」



『――――お分かり、いただけますか?』




【天元】




薬売り「貴方は初めから…………”かぐやの掌で踊らされていた”に過ぎない」


https://i.imgur.com/EHmWLuI.jpg

659 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/24(月) 03:44:16.05 ID:A1WvWOlK0


薬売り「相手が悪かった…………いや、”貴方が弱すぎた”のですよ」

薬売り「だって……そうでございやしょう? 時の帝ですら手に入れられなかった姫君を……どうして”貴方如き”が手に入れられましょう」


https://i.imgur.com/0DRmiQK.jpg


薬売り「此度の一件は、言うなれば、身の程を弁えぬ者が高貴なる者を求めたが故に起こった悲劇…………いや、これはもはや”必然”と言っても過言ではない」


薬売り「節々の合間合間から…………【ノゾキ】見する事しかできない貴方に…………」


薬売り「できる事など――――”何もありはしない”」


https://i.imgur.com/IyKKcTd.jpg






薬売り「そうでしょうが――――堪えきれない渇望を持ちながら、それでもただ見守る事しかできなかった、無力な貴方が!」



【目】



薬売り「白と黒の二色しか持ち合わせる事のできなかった、色無き無彩の妖が!」



【白黒】



薬売り「誰よりも傍にいたにも関わらず、誰にも認知される事のなかった、薄っぺらな影が!」



【陰陽】



薬売り「違うと言うならどうぞ…………好きなだけ、異を唱えればいい」


薬売り「直接、貴方自身の口から――――その思いを、”言葉に乗せて伝えればいい”」



【日月】

660 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/24(月) 03:56:33.59 ID:A1WvWOlK0



薬売り「少なくとも…………かぐや姫は、そうしましたがね」

薬売り「残されし者に、自らの思いの丈を伝えるように、努めましたが…………」



『――いまはとて 

    
     天の羽衣 着る折ぞ 


       君をあはれと 思ひ出でける――』



https://i.imgur.com/7orOksT.jpg





薬売り「できませんか…………同じ事が…………」



https://i.imgur.com/fQmJqBJ.jpg




薬売り「誰よりも姫君を見守り続けた貴方が――――”愛した人と同じ事”ができませんか――――!」



https://i.imgur.com/gkg1XEB.jpg

661 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/24(月) 04:21:36.17 ID:A1WvWOlK0



薬売り「蓬莱山輝夜が残した難題の真意――――それは貴方の【生みの親】!」



https://i.imgur.com/4AV7Hs8.jpg



薬売り「かぐや姫における讃岐造に当たる者――――今は昔となった【無血の縁故】!」



https://i.imgur.com/dQqIhv2.jpg



薬売り「互いの生涯に遥かなる時を結んだ因果――――貴方を浮世へと解き放せし【夢想の重鎮】!」



https://i.imgur.com/q2j12FO.jpg



薬売り「そして貴方が…………その親から承った形こそが…………」



https://i.imgur.com/gvfSnZL.jpg



薬売り「今は昔に描かれし【目玉の怪】…………」



https://i.imgur.com/tYXszTY.jpg



薬売り「捨てられた廃屋に憑りつきしモノノ怪――――」



https://i.imgur.com/nxzuD7H.jpg




薬売り「人呼んで――――【目目連】!」



https://i.imgur.com/tQJbImX.jpg

662 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/24(月) 04:55:59.24 ID:A1WvWOlK0





薬売り「いや、今は…………」





【輝夜】







【永遠】







【ナレ】







薬売り「――――【迷いの竹林】とお呼びすれば…………よいのですかな?」



https://i.imgur.com/Cn0c688.mp4
663 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/24(月) 04:56:57.72 ID:A1WvWOlK0
>>662
※軽量版
https://i.imgur.com/y59Sn3H.mp4
664 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/24(月) 05:07:07.94 ID:A1WvWOlK0


 『重』――――薬売りがその名を口にした瞬間、天変地異と見間違う程の大震動が巻き起こった。
 揺れ動く大地が竹の一本一本をなぎ倒し、葉の一枚一枚を宙に漂わせ、ただでさえ乱れ切った永遠亭はさらに乱雑へと掻き乱されていく。
 自然の業としか思えぬこの地動は、しかし森羅万象とはほとほと無縁。
 大地の蠢きが如何なる音を奏でようと――――全ては自然と相反する、純粋な【怪異】の所業なのである。



薬売り「――――退魔の剣を抜くには条件がある」


薬売り「形・真・理の三つが揃わなければ剣は抜けん」



 『豪』――――足を大きく掬われそうな激しき揺れの中、それでも薬売りは速やかに立ち上がる事が出来た。
 一介の薬売り風情に天変地異を正す力などない。
 ただしそれが――――モノノ怪の仕業であるならば。
 本来あるはずのない事象だと、初めからわかっているならば。



薬売り「モノノ怪を成すのは――――人の因果と縁」


 
薬売り「真とは――――事の有り様」



薬売り「理とは――――心の有り様」




 薬売りにとっては、無も同然であったのだ――――それが如何に、大きなる慟哭であろうとも。



https://i.imgur.com/fNitEuG.jpg
665 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/24(月) 05:22:20.47 ID:A1WvWOlK0



薬売り「この地に舞い降りた永遠の姫君に、心奪われし竹林――――それが貴方の・【形】!」


https://i.imgur.com/ix2oiMk.jpg



薬売り「姫君に思い焦がれた末に、姫君の全てを渇望した――――それが貴方の・【真】!」


https://i.imgur.com/tFzfLrQ.jpg



薬売り「してその全ては――――手中に収めた姫君を――――永遠に我が物とせんが為!」




(月になど 二度と返してなるものかと――――そう誓いしが為)




薬売り「それが貴方の――――【理】!」



https://i.imgur.com/jci6Sn3.jpg






https://i.imgur.com/7gEnCJH.jpg

666 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/24(月) 05:35:43.45 ID:A1WvWOlK0


 大地の震動は留まる事を知らず、より激しく、より強く揺れを増していく。
 その余りに激しき揺れが為に、ついには竹林は、竹林と呼べる場所ですらなくなった。


https://i.imgur.com/dRHA5jj.jpg


 さながら、まるで大蛇の群れの如きである。
 生い茂る全てに命が宿るように、”さっきまで竹だった植物”は、一斉に歪んだ孤を描き始めた。
 真上に向けて伸び、しかし途中で踵を返すように曲がり・くねり・うねり尽くしたその果てに――――
 ついにはその全てが、天に背く一点を目指すに至る。



薬売り「【形】【真】【理】の、三つによって――――」



 歪んだ竹が目指す、天以外の終着点。
 すなわち――――薬売りの元へ。



https://i.imgur.com/3XJQb5p.jpg




「剣を――――」





(――――――――……)





https://i.imgur.com/pmyYzCM.jpg





667 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/24(月) 05:41:55.16 ID:A1WvWOlK0



 そして、時を同じくして――――
 
 退魔の剣が【トキハナツ】と、そう吠えた時




https://i.imgur.com/YdGV2zU.jpg




https://i.imgur.com/9gzJV1f.jpg






 明暗分かつ【暁の大一番】が、たった今、幕を開いたのだ。



https://i.imgur.com/Lm1fMyS.jpg




                         【つづく】

668 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/24(月) 05:44:20.11 ID:A1WvWOlK0

【お願い】


    ___
    /   \
   / /    ヽ_
  //⌒ヽ    ノ|)
  // ̄\|  _///フ <おねがいします休みをください
  /   ヽ/ |廴/
 |    |) |/
  レ ||||ノ ノ
  ヽN/ノ L/
    ̄  ̄


またまたまたまたしても(ry
ほんとは今年中に終わらしたかったんですが、楽するために手を出した3Dツールでえらい目にあってしまいました
覚える事大杉で軽く引いてます。素人が手を出すもんじゃないと改めて思い知りました(感想
というわけで今年はここまで
次こそは今度こそ本当に終わらせるので堪忍してください(よいお年を)
669 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/24(月) 05:44:46.34 ID:A1WvWOlK0

【追記】
動画見れなかったら報告ください


670 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/24(月) 11:56:05.37 ID:GWmEe7HPo
乙です
671 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/25(火) 11:43:24.34 ID:ealnfeLRO
来てたーーーーーーーーー
672 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/26(水) 20:24:14.71 ID:p8iOFuc/o
なんか画風変わったな
673 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/13(日) 21:56:51.84 ID:OC00ucPPO
ハイパーさんの活躍期待
674 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/31(木) 17:22:46.89 ID:gQgfHOkQo
このモノノ怪めちゃくちゃいい奴じゃねえか
要は永夜組を守る為に出てきたんだろ?
675 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/02/17(日) 20:59:58.02 ID:tPrIlKXn0
てす

https://i.imgur.com/XJSYuWL.mp4
676 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/02/19(火) 21:16:26.71 ID:pdktMbTi0

【リンク切れ分挙げ直し+新規追加分】

>>1
https://i.imgur.com/gK8D4nP.mp4

>>10
https://i.imgur.com/emrm0q0.jpg

>>11
https://i.imgur.com/SzttCx9.jpg

>>12
https://i.imgur.com/VmONZ7L.jpg

>>13
https://i.imgur.com/GqvIjb3.jpg

>>22
https://i.imgur.com/9fCbvdo.jpg

>>26
https://i.imgur.com/EDaXhV6.jpg

>>27
https://i.imgur.com/KdI7zqW.jpg

>>28
https://i.imgur.com/lqBkrQL.jpg

>>30
https://i.imgur.com/zGyiQTh.jpg
https://i.imgur.com/zqvCSkZ.jpg

>>35
https://i.imgur.com/SgQrVFg.jpg

>>36
https://i.imgur.com/qKyci8i.jpg

>>37
https://i.imgur.com/x3zHF9e.jpg
677 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/02/19(火) 21:18:44.69 ID:pdktMbTi0
【訂正】
>>20
×オレアドレナリン
〇オレアンドリン
678 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 01:57:08.56 ID:aGYO/Ty10
>>42
https://i.imgur.com/lSJVcTf.mp4

>>45
https://i.imgur.com/B5Ugj9z.jpg

>>51
https://i.imgur.com/Rl1tEHB.jpg

>>53
https://i.imgur.com/YATnbb8.jpg

>>62
https://i.imgur.com/vUgq4mY.jpg

>>63
https://i.imgur.com/AKx28VP.jpg

>>65
https://i.imgur.com/wEe4Lzg.jpg
679 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/02/22(金) 03:19:31.87 ID:CnOcM+Hw0
>>75
https://i.imgur.com/zPkv9F4.jpg

>>78
https://i.imgur.com/GskTiEX.jpg

>>79
https://i.imgur.com/6h9GSZz.mp4

>>81
https://i.imgur.com/eG8S8Lt.jpg

>>82
https://i.imgur.com/ddFUXuZ.jpg

>>83
https://i.imgur.com/x0qPZ11.jpg

>>87
https://i.imgur.com/SpDNuYr.jpg

>>88
https://i.imgur.com/RpyaQiF.jpg

>>92
https://i.imgur.com/nRgSp1e.jpg
680 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/22(金) 16:32:00.25 ID:SbMQvOQ7O
改めてすげーな
この絵図
681 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/02/23(土) 01:13:06.05 ID:LLhL7bx70
>>93
https://i.imgur.com/R0zYv8p.jpg

>>96
https://i.imgur.com/irdFKEm.jpg

>>98
https://i.imgur.com/LsbauQa.mp4

>>99
https://i.imgur.com/DOYucjn.jpg
https://i.imgur.com/Iqc5QWI.jpg
https://i.imgur.com/sYbDs2A.jpg
https://i.imgur.com/TpoLKfl.jpg

>>102
https://i.imgur.com/oEuOXTg.jpg

>>103
https://i.imgur.com/qushCS3.jpg
682 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/02/25(月) 01:41:03.65 ID:PI/wWM+k0
>>109
https://i.imgur.com/dolt2NL.mp4

>>111
https://i.imgur.com/aVdua1f.jpg

>>113
https://i.imgur.com/JBXnJfA.jpg

>>118
https://i.imgur.com/JMdBTIM.jpg

>>122
https://i.imgur.com/rr5uGeW.jpg
https://i.imgur.com/qoo5T26.jpg

>>123
https://i.imgur.com/5YR7aHR.jpg
https://i.imgur.com/fHBecsO.jpg

>>124
https://i.imgur.com/F74T5up.jpg
683 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/02/25(月) 23:42:11.99 ID:PI/wWM+k0
>>126
https://i.imgur.com/52QnY9L.mp4

>>129
https://i.imgur.com/bT7vFC3.jpg

>>130
https://i.imgur.com/BIHNfVN.jpg
https://i.imgur.com/4piSHlA.jpg
684 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/02/25(月) 23:42:39.16 ID:PI/wWM+k0
弾切れ
685 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/02/25(月) 23:43:25.40 ID:PI/wWM+k0
しばらく過去絵の修正やります(リンク切れてる分まで)
686 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/27(水) 21:45:44.74 ID:scrrIXABo
一気に読みふけってしまった
なんだこれオモシロ
687 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/02(土) 13:09:49.00 ID:SnzxqOmIO
百鬼夜行のやつなんて書いてるの?
688 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/31(日) 02:36:00.23 ID:90X2TW7W0
>>136
https://i.imgur.com/cRvy80n.mp4

>>138
https://i.imgur.com/QRdGx7q.jpg
https://i.imgur.com/XvNNluB.mp4

>>139
https://i.imgur.com/2mx7JTJ.jpg
https://i.imgur.com/3gDU4xt.jpg

>>140
https://i.imgur.com/KyOcj6b.jpg

>>141
https://i.imgur.com/F6JjdbG.jpg
https://i.imgur.com/cRDSbZv.jpg

>>142
https://i.imgur.com/81of28I.jpg
https://i.imgur.com/1FSy8Da.jpg
https://i.imgur.com/Borus6y.jpg

>>144
https://i.imgur.com/llKZViJ.jpg
https://i.imgur.com/00DEMQV.jpg

>>145
https://i.imgur.com/d38WpoR.jpg
https://i.imgur.com/VEMdNB6.mp4
https://i.imgur.com/vmPJFOy.mp4


689 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/31(日) 22:15:52.79 ID:90X2TW7W0
>>147
https://i.imgur.com/D2FuEqJ.jpg
https://i.imgur.com/Rip1m06.jpg

>>148
https://i.imgur.com/N38o7XO.jpg

>>149
https://i.imgur.com/qWR2di6.jpg

>>151
https://i.imgur.com/X7ciADL.jpg

>>158
https://i.imgur.com/sw4iFHc.jpg

>>160
https://i.imgur.com/6KSbT2c.mp4

>>163
https://i.imgur.com/35SDoIK.jpg
https://i.imgur.com/AoxEz9a.jpg
690 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/01(月) 22:37:22.95 ID:7cx7+Bti0
>>166
https://i.imgur.com/vbaIYg0.jpg

>>169
https://i.imgur.com/ynVPH19.jpg

>>171
https://i.imgur.com/IUge75E.mp4

>>172
https://i.imgur.com/xVHTs3H.jpg
https://i.imgur.com/XELKKQ2.jpg
691 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/01(月) 22:37:49.88 ID:7cx7+Bti0
弾切れ
692 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/01(月) 22:38:57.15 ID:7cx7+Bti0
残り
>>187-329
693 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/05/13(月) 02:25:41.23 ID:JbLAxZzJ0
>>187
https://i.imgur.com/7oBgsFk.jpg

>>188
https://i.imgur.com/xMnrRoc.mp4
https://i.imgur.com/x1rrzLD.mp4
https://i.imgur.com/1b8yT7H.mp4
https://i.imgur.com/hPCnG9F.mp4
https://i.imgur.com/gAu6OOR.mp4

>>193
https://i.imgur.com/SmrcBfI.jpg

>>195
https://i.imgur.com/kvh03il.jpg
https://i.imgur.com/M1x0EKT.jpg

>>196
https://i.imgur.com/9RQgCYM.jpg

>>197
https://i.imgur.com/Gqqsx67.mp4
694 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/05/13(月) 03:07:09.19 ID:JbLAxZzJ0
>>197
※軽量版
https://i.imgur.com/4Oqg3Vz.mp4
695 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/05/14(火) 01:53:16.77 ID:9pySMXdX0
>>199
https://i.imgur.com/iiPk8qJ.jpg

>>205
https://i.imgur.com/ZErBaEo.jpg

>>206
https://i.imgur.com/FC1gKkg.jpg

>>215
https://i.imgur.com/2qJvsok.jpg

>>217
https://i.imgur.com/f9DEGW3.jpg
https://i.imgur.com/TaaaiZz.jpg
https://i.imgur.com/7uJPVUm.jpg

https://i.imgur.com/cJqiOAg.mp4
696 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/05/14(火) 01:54:25.39 ID:9pySMXdX0
残り
>>218-329
697 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/25(火) 02:18:59.77 ID:yUrHZUHp0
てす
https://i.imgur.com/9TUmwdV.jpg
698 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/25(火) 02:19:35.41 ID:yUrHZUHp0
すんませんまた時間がかかる事しでかしてます
699 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/25(火) 22:46:24.72 ID:+LvtBmMq0
焦らすねー
700 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/23(金) 21:39:07.25 ID:/hTlg/Bh0
てす
https://i.pximg.net/img-original/img/2019/08/23/21/24/18/76419264_p0.jpg

701 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/23(金) 21:49:57.63 ID:/hTlg/Bh0
てすてす
https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=76419264
702 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/22(火) 01:14:29.35 ID:g2p0aWiI0
703 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/26(土) 08:09:44.39 ID:LeKGNOCB0
>>218
https://i.imgur.com/B6AoLUo.mp4

>>219
https://i.imgur.com/huwie4D.mp4

>>220
https://i.imgur.com/Q2iZJSv.mp4

>>223
https://i.imgur.com/xj2pJfb.jpg

>>228
https://i.imgur.com/mK40BNg.jpg

>>229
https://i.imgur.com/KH47gMK.jpg

>>233
https://i.imgur.com/nm0Hzsx.jpg

>>235
https://i.imgur.com/bvK4n1z.jpg
704 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/12(火) 23:38:07.17 ID:EP/ra0Ru0
>>243
https://i.imgur.com/p8bBSJI.jpg

>>245
https://i.imgur.com/El6A8j9.jpg

>>246
https://i.imgur.com/qa6ogWB.jpg

>>248
https://i.imgur.com/xxSSPCj.mp4

>>249
https://i.imgur.com/znQsZan.mp4

>>250
https://i.imgur.com/g90MWet.mp4
https://i.imgur.com/UUF1iSc.mp4

>>251
https://i.imgur.com/4M5Srzx.mp4
https://i.imgur.com/E4KU6sM.jpg

>>257
https://i.imgur.com/bxKCwd7.jpg

>>259
https://i.imgur.com/uSN04G1.jpg
705 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/12(火) 23:38:38.78 ID:EP/ra0Ru0
※点滅注意
706 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/24(火) 23:39:11.94 ID:PhAQxSd/0

>>260
https://i.imgur.com/RFI1NCN.jpg

>>271
https://i.imgur.com/nQnMUFx.mp4
https://i.imgur.com/6o59Qcp.jpg

>>272
https://i.imgur.com/WgcdnFT.mp4
https://i.imgur.com/WCEiBsM.mp4

>>273
https://i.imgur.com/2T5f90a.jpg

>>275
https://i.imgur.com/fhm3ffs.jpg

>>276
https://i.imgur.com/l81Navt.jpg

>>278
https://i.imgur.com/Cr86bMr.jpg

>>279
https://i.imgur.com/vGXiTbS.mp4

>>280
https://i.imgur.com/MZa9PPT.jpg
707 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/25(水) 00:13:05.88 ID:fGVaWzVG0
今日もっかい来ます
708 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/26(木) 04:18:03.04 ID:O48/0AN30

>>218の中身
https://www.pixiv.net/artworks/78496097

の、日本語訳
https://www.pixiv.net/artworks/78496127
709 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/26(木) 04:20:52.41 ID:O48/0AN30

【御知らせ】

    /⌒)
   / //⌒)
   |/_//⌒´
  /ノレノレノ)  ,,カンケーナインジャーイ!!
  l∩゚ワ゚)フ ゙☆゙
  .ノ )_Y_|´  ゙ ゙
 /く/_!」」ゝ
 レ(_ノノ
彡  ピョーン


すんません年内間に合わなかったっす
なので今年も年越し確定っす

ただただひたすら遅いだけで作業自体はやってます
来年こそは今度こそ本当にガチのマジで終わらすので
どうか、どうか平に、お許しくださいませ(よいお年を
710 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/31(火) 15:37:45.61 ID:kzYYp+iRo
もう2010年代が終わるのか
続き見たいからエタらないで欲しい
711 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/23(木) 20:28:23.26 ID:k7qi6aWz0
>>290
https://i.imgur.com/IAoQCo6.jpg

>>292
https://i.imgur.com/szS5Utc.jpg
https://i.imgur.com/tgY15tq.jpg

>>294
https://i.imgur.com/U3gntAx.jpg

>>303
https://i.imgur.com/jjjtjoq.jpg

>>307
https://i.imgur.com/o7kXWIW.jpg

>>311
https://i.imgur.com/ptgq0ct.jpg

>>313
https://i.imgur.com/KcbGWmA.mp4

>>317
https://i.imgur.com/U4nvjqj.jpg

>>320
https://i.imgur.com/XjFR4DR.mp4
712 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/23(木) 21:25:00.90 ID:k7qi6aWz0
貼りミス
>>294
https://i.imgur.com/7JsgrQv.jpg
713 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/12(水) 22:58:31.04 ID:E+wYt95p0
>>321
https://i.imgur.com/lUsjMLN.jpg

>>326
https://i.imgur.com/HrWuMZA.mp4

>>327
https://i.imgur.com/ZdfubbM.mp4
https://i.imgur.com/xLyXo7S.jpg

>>329
https://i.imgur.com/nNpYIVt.mp4
714 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/12(水) 22:59:23.37 ID:E+wYt95p0
リンク切れ差分終わり
715 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/12(水) 22:59:53.90 ID:E+wYt95p0
もう数枚だけやります
716 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/03/18(水) 00:34:09.34 ID:9Jd2JzPD0
>>378
https://i.imgur.com/WxG4pGO.jpg

>>388
https://i.imgur.com/2wCydKh.jpg

>>393
https://i.imgur.com/QgjuB6P.jpg

>>398
https://i.imgur.com/6d9hgMj.jpg

>>408
https://i.imgur.com/IeyvWxh.mp4
https://i.imgur.com/w8E0vAb.mp4

>>410
https://i.imgur.com/9pej1NY.jpg

>>449
https://i.imgur.com/paid3pG.jpg

>>499
https://i.imgur.com/1BP73Tq.jpg

>>505
https://i.imgur.com/PCCbOPV.jpg

>>571
https://i.imgur.com/fyXlSPB.mp4

>>582
https://i.imgur.com/QVMJ7DG.jpg

>>585
https://i.imgur.com/mhZruG6.jpg

>>597
>>598
https://i.imgur.com/TMBuf0i.mp4
(点滅注意)

>>599
https://i.imgur.com/amoaLVl.mp4
(点滅注意)
717 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/03/18(水) 00:34:37.63 ID:9Jd2JzPD0
修正終わり
718 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/03/18(水) 00:35:12.67 ID:9Jd2JzPD0
【御報せ】
次更新します
719 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/20(金) 11:02:38.25 ID:tclg+BGQo
『次』があると知れただけで朗報。
お待ちしております。
720 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/06(水) 22:52:51.48 ID:Z2tEAlwk0
721 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/03(金) 21:42:38.57 ID:tkMtI23r0
ほす
722 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/09/02(水) 19:55:23.49 ID:k67/ctij0
ほし
723 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/10/31(土) 22:10:09.91 ID:cfUF8WQj0
724 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/23(水) 03:54:06.95 ID:i855Tmw60
てす
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=14312933
725 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/31(木) 19:08:32.52 ID:0vGf3NWU0
掃除終わったらくる
726 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/31(木) 23:42:42.15 ID:0vGf3NWU0

番外編的な奴書きました

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=14375580
727 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/31(木) 23:48:29.85 ID:0vGf3NWU0
     __ __
      /三/)/三/)
     (三( (三(丿
     | ̄~| ̄ ̄|
     |: ::|:: ::| 
     |:: :|:: ::| 
     |: ::|:: ::| 
     |: ::|:: ::|
     |:: :|:: ::|
     |{==}{==}|
     |::::: :::|、
    _ノ ̄ ̄ ̄\_||
  _∠==、\    | <許してつかぁさい
  /   ヽ|\ \ノ
 |   ミ|/  \ |
`/レ   R|イ \  Y
(_]ヽハハハ/ ̄[___ノ
   ̄ ̄ ̄ ̄

完全に脱線しました
よって来年に持ち越し確定です
いい加減長すぎなので来年はちゃんと終わらせたいです
ほんとうにガチすいません許してください(良いお年を
728 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/01/02(土) 01:53:44.21 ID:61Gd0vk1o
番外編読んだ。1はプロなのかな?
よくここまで書けるなと思った。でも流石に長いw
729 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/02/24(水) 03:48:39.96 ID:+gWO++gY0
730 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/04/01(木) 23:16:27.22 ID:H2c3BeQ/0
731 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/04/22(木) 23:34:00.72 ID:8O9lRHl20
もうちょい
732 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/05/13(木) 01:37:39.52 ID:mAkIrcac0
今月中にやります
733 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/05/25(火) 19:41:27.80 ID:oCo/IpdS0
>>378
貼り忘れてた
https://i.imgur.com/mRe11GX.mp4
734 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/05/25(火) 19:42:15.50 ID:oCo/IpdS0
夜中またくる
735 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/05/25(火) 23:31:11.11 ID:oCo/IpdS0



強いて言うならば………………恋でも、したんじゃないですか………………に。

 
  だからこそ、守ろうと思った。

   
    それが例え、永遠を覆す事になろうとも。



【永遠亭】――――終幕
736 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/05/25(火) 23:33:26.36 ID:oCo/IpdS0

https://i.imgur.com/f6udphq.mp4


 天明八年、某日――――早朝。
 本日も実に快晴である。
 晩夏も終焉を迎え、暦が長月に変わりて久しい今日この頃。
 しかしこの調子では、まだまだ初秋は遠いよの。
 あの光々とした陽が物語っておる……今日も今日とて、またあのうだるような暑さが待ち受けていると言う事だ。
 
 御用のある者は、今の間に片付けておく事を強く勧める。
 まさに「早起きは三文の徳」とはよく言った物で、晩夏の熱気残りし昨今。
 しかし朝の間だけなら、秋の澄んだ空気を先取りできる。
 滝汗に塗れ息も絶え絶えに従事する事も、今ならまだ回避できるのだ。

 そうそう早起きは三文の徳と言えば、三文の由来はご存知かな?
 あれはだな。かつて奈良の時代、鹿が神の使いと定められておった頃――――


【おい】


 ん? 何? 
 そんな事はどうでもいいから、薬売りのその後を速く聞かせろだと?



【うん】



 ……………………は? 知らんわ、そんなもの。



【えっ】

737 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/05/25(火) 23:35:18.62 ID:oCo/IpdS0


 薬売りのその後……か。彼奴は今、何処で何をしておるのだろうなぁ。
 全くあやつと来たら。この修験の道極めたる身共が、折角誉めて遣わそうとしてやったにも拘らずだな。
 いつの間にやら、まるで朧の如くどこ吹く風……そう言えばあのおなごも言っておったの。
 坂井の一件の時もああだったらしい。薬売りの癖に、礼すら言わせずに消えていった、と。


【いゃいゃ】


 え――――「薬売りに直接話を聞いたのではないのか」だと?
 おいおい頼むぞ皆の衆。朧の如く消えていったと、たった今申した所ではないか。
 身共の口上はわかりにくかったか? ならばハッキリ言ってやろう。
 あのそらりす丸での一件以来、薬売りとは”一度たりとも会ってはおらぬ”。


【じゃあ】


 この話はなんなんだ?
 あ……そこはだな……その……一言では伝えきれぬ、少しばかり深〜い事情が……


【あ”ぁ?】


 だからだな、その……頼まれたのだよ。
 こう、見るからに南蛮人臭い奴がだな……南蛮発の『うまいまんじゅう』をやると言ってくるからだな。
 だからこの……”自作の草子を読んでくれぬか”、と。


【 は ぁ ! ? 】


738 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/05/25(火) 23:38:49.69 ID:oCo/IpdS0


 無論、いつもならその手の手合いは無視している所なのだが……。
 まぁ、褒美を出すと言ってるし? それになにやら”顔見知りによく似た人物”が出てくるしだな。
 そんなこんなで仕方なしに引き受けてやったわけなのだが……こうして、肝心の草子に”続きが書かれておらぬ”わけでだな。


【…………】


 ま、南蛮人にしては頑張った方……とは言え、所詮は他所者の仕事だったな。
 嗚呼〜いと浅はかなり。しかし身共へ依頼したのは大正解である。
 かの如く、如何に稚拙な書物とて、身共の脳裏に詰まった潤沢なる博学があればだな。


https://i.imgur.com/pKrvBWe.jpg



 この先、こう……………………いくらでもお茶を濁す事が(ry




 ―――― ぬ お っ ! ?




【大・顰・蹙】
 

739 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/05/25(火) 23:41:04.13 ID:oCo/IpdS0


【おぅおぅおぅ】


 ちょ……だって……仕方がないであろうが!
 これ、ほら! つ、続きが書いてないし! 
 俺のせいじゃないだろ! あ、あの女が未完品を寄越すのが悪いんだろうがッ!


【ぶぅぶぅぶぅ】


 ……ぬえええいやかましい! こっちだって丸々一晩吟じ続けたのだ!
 一体誰が為にここまでやってやったと思っている!
 労えッ! この暇人共が…………文句があるなら帰れェッ!



【わぁ】


【わぁ】


【ぎゃぁ】


【ぎゃぁ】










https://i.imgur.com/YitGQjf.jpg
740 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/05/25(火) 23:42:04.00 ID:oCo/IpdS0


 んぐぐ、何故身共がこんな目に…………それもこれもアイツのせいだ。
 ええい腹正しい! 大体、あのアマがこんな未完成品を寄越したが故のこの有様、まこと恐ろしき、何と言ふとばっちりか。
 やはり南蛮人は信用できん。あー信用できん!
 伴天連反対貿易不服! 鎖国など生温い…………求むぞ異文化徹底排斥。
 南蛮人は南蛮人らしく、南蛮の地で南蛮漬けでも食ってろと言うのだ!



(…………………………………………)



 反対……反対……はんた…………反対?

 ん…………んん……………………んんんんん!?



【?】




 こっ――――こ れ は ッ ! ?




【!?】

741 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/05/25(火) 23:44:33.03 ID:oCo/IpdS0


 ハッ! ハッ! ハッ! これはこれは…………身共ともあろう者が何たる失態か。
 いやはや引っ掛ったな皆の衆。今のはほら、あれだ、「退屈な日常に気付けの刺激を一摘まみ」。
 所謂、身共なりのちょ〜っとした”余興”と言う奴よ。
 

【はぁ】


 安心せい。今見返した所、”確かに話の続きは存在しておった”わ。
 おそらくは、南蛮の書物は江戸のそれとは様式が異なるのであろう。
 ううむ、まんまと一杯食わされたわ…………いやはや、これだから異国の文化は面白い。

 ご覧あれ皆の衆。よいか、この書はな…………


 こう…………ほれ…………綴じ糸をスルリと引き抜けば――――
 


【おぉ】



 このように――――”表と裏”が繋がっておったのだよ。


https://i.imgur.com/h8WJlnv.jpg

742 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/05/25(火) 23:45:32.44 ID:oCo/IpdS0


あいや、しばし待たれよ……ふむふむ、ほうほう。
 おお、おお、これはこれは…………。


【はよしろ】


 ……よしわかった。いやはや、さすが南蛮渡来の書物である。
 これぞまさに異文化交流の恩恵と言うべきか。この様な機知に富んだ書に触れる機会が増えるならば、鎖国など今すぐ廃し是非とも交流を深めるべきと言った所よの。
 あー、ちなみに、ついでの話であるのだが…………先の暴言、どうか水に流していただきたく存じる。
 くれぐれも内密にな。しーだぞしーっ。そこの所頼むぞ、皆の衆。


【それはどうかな】



 コホン…………嗚・呼・阿…………

 では、改めて――――



――――晩夏も終焉を迎え、暦が長月に変わりて久しい今日この頃。
 しかしこの調子では、まだまだ初秋は遠い。
 あの光々とした陽が物語っておる……今日も今日とて、またあのうだるような暑さが待ち受けていると言う事だ。
 
 御用のある者は、今の間に片付けておく事を強く勧める。
 晩夏の熱気残りし昨今だが、朝の間だけなら、秋の澄んだ空気を先取りできる。
 滝汗に塗れ息も絶え絶えに従事する事も、今ならまだ回避できるのだ。

 そうそう早起きは三文の徳と言えば、何故三文なのかの由来はご存知かな?
 あれはだな。かつて奈良の時代、鹿が神の使いと定められておった頃。


【頃】


 三文の罰金を徴収されたそうだ。
 自宅の前に、神の御使いたる『鹿の死骸』があった場合にな。


743 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/05/25(火) 23:47:23.92 ID:oCo/IpdS0


 故に当時の町人共はこぞって朝早くに目覚め、万が一自宅の前に鹿の死骸があれば、見つからぬ内に隠してしまう。
 そうして三文の罰金から逃れた……そこからの「三文の徳」と言うわけだ。

 しかしここで疑問がある。これは皆も、薄々感づいている謎じゃないか?
 『神の使いを死なせた割には、三文は安すぎる』


【あぁ】


 御答えしよう――――
 そもそもこの諺には諸説があり、大元の起源は仏教の教義が齎した言葉ではないか? という説である。


【ほぉ】


 「三文の徳」の三文とは、金銭の事ではなく”三門”の事を指しているのではないか? と言う事だ。
 三門とは仏教における「三解脱門」の略字。
 貪・瞋・痴。この三煩を打ち破り、煩悩世界からの解脱に至るまでの、三つの門である。

 そして、その三門を潜る為に必要な徳こそが――――”光”。
 釈迦や菩薩の持つ後光に準え、朝一番の光……つまり「早起き」へと変化していったのではないか。
 と、そう唱える者もいる。


【へぇ】


 まぁ、修験者の身共からすれば、こちらの説の方がしっくりくる部分もあるが……大衆向けとは言い難いのもまた事実。
 よって、諸君らのような一般庶民にこの教えを理解させるには、”たった二つ”しか方法はないと断言できようて。


【えぇ】


 そう身構える事はない……実に簡単な話だ。
 先の諺のように、誰しもにわかりやすいよう改変を加えるか――――




 もしくは、実際に見せるか。


https://i.imgur.com/tArW2ey.jpg

744 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/05/25(火) 23:50:51.07 ID:oCo/IpdS0


 薬売りを知る者は、皆揃って同じ事を言う。
 奴は煙のように現れ、これまた煙のように消えていく。
 その所作に各々思う所はあれど、さりとてたかだが一期一会。
 少しばかりの不満以外、奴に求める物はなし……所詮は、その程度の間柄である。


https://i.imgur.com/kA6g0sT.jpg


 だが――――今回ばかりはそうはいかなかった。
 一時の縁と呼ぶには、あまりに強すぎる因果ができた。
 因果は縛る。縁は残す。
 それらを生み出したるが当の薬売り本人であるならば――――そうは問屋が卸さなかったのだ。


https://i.imgur.com/mcaBbts.jpg


 まぁ、これも小難しい風に考える事はない……要は、今回ばっかりは相手が悪かったと言う事よ。
 全ての賢智を兼ね揃えた者が相手とあらば。
 全ての煩を抱えた者が相手とあらば。
 煩悩渦巻く迷いの世界に、永住を決めた者が相手とあらば。





(…………薬…………売り…………さん…………)





 何より――――”隠す事”を得意とする者が、相手とあらば。



【あっ】


https://i.imgur.com/PKWZe0k.mp4

745 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/05/25(火) 23:52:23.86 ID:oCo/IpdS0


「……………………」

「……………………」


【黙】


「……………………」

「……………………」


【黙】


「……………………」

「……………………」



【黙】



薬売り「…………嗚呼」


チーン



薬売り「これはこれは……どこのどちら様かと思いきや、お師匠様ではございませんか」

薬売り「こんな朝早くに……どうか、なさいましたかな?」

746 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/05/25(火) 23:53:12.91 ID:oCo/IpdS0


永琳「……………………」


永琳「……………………」


【吸】


永琳「……………………ハァ〜〜〜〜」


【溜息】


永琳「どうなさいました? じゃ、ないでしょうに…………それは私の台詞です」

永琳「貴方の方こそ、こんな朝早くに、一体どこへ行くつもりなのでしょう」

永琳「しかも、私の許可も取らず勝手に……こんな時間に薬を飲む者など、いると思って?」


【説教】


薬売り「……さぁねえ。あっしは流浪の薬売り。定住を持たず、この足で渡り歩くしか知りませんで」

薬売り「風の向くまま、気の向くまま。浮世の風向き幾然う然う……」

薬売り「あ、ほら、ご覧ください……空も陽気に歌ってますぜ」


【屁理屈】


薬売り「つる・つる・つっぺぇつた」

薬売り「なべの・なべの・そこぬけ・そこ・ぬいて・たもれ」

薬売り「そこがぬけたら・かえ・りま・しょ」


【唄】


薬売り「一体何を、歌っているのでしょうね」


永琳「……………………貴方がね」



【のらり・くらり】

747 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/05/25(火) 23:55:07.74 ID:oCo/IpdS0


 はん、だろうなとは思っていたが、案の定この調子である。
 煙に巻く事に失敗した薬売りが、一体どんな狼狽を見せるか見物ではあったのだが。
 狼狽えるどころかこの呆けきった態度、口調、さらには、目上の者に「背を向けたまま」語る不作法っぷりとくれば、言葉にせずともよく推し量れよう。


永琳「何と言うか……初めて対面した折から、薄々は感じておりましたが……」

永琳「貴方はずっ〜と、そんな調子なのですね……」

永琳「これまでも……そして、これからも」


薬売り「ええ、まぁ……ここにはもう、”何もありませんので”」


 本当に、なにもないのだ……此奴には、少しばかりの気がかかりすらも……モノノ怪去りし地の、その後になど。
 よって如何なる説法も此奴には無意味。
 仮に此奴を修験の霊峰に無理からぶち込んだとて、それでも考え改めさせる事は叶わぬであろう。
 まさに釈迦に説法……いや、この場合は豚に真珠と言うべきだな。


永琳「……わかりました。そこまで言うのであれば、私ももう、何も言いません」

永琳「もう、何も――――”私からは”」


 如何に賢なる人とて、愚者を救う術はあらぬと言う事よ――――ただしそれは、個人の話。


薬売り「………………おや?」


 一人では解決できぬ事も、皆で智慧を出しあえば、ひょっとすると何かが生まれ出るやもしれぬ。
 「三人寄れば文殊の知恵」とはよく言うが、もしもそれが四人なら、五人なら――――


 ちょうど、倍掛けとなる数だったなら。


748 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/05/25(火) 23:57:30.85 ID:oCo/IpdS0


永琳「――――蓬莱山輝夜様は、此度の神隠し騒動の解決、大変感謝しておいででした」

永琳「我ら”六人”が成す事叶わなかった大義。それを見事解いてみせた貴方の功績たるや、論功行賞に値する、と、そうおっしゃられておりました」

永琳「よって私は、我が主君蓬莱山輝夜様の意を伝える”だけ”の為に、この場にはせ参じたにすぎません」


薬売り「それは………………」


【提示】


永琳「貴方は確かに言いました。モノノ怪とは、人の情念に憑り付き生まれ出るモノと……」

永琳「そして人の情念とは……”永遠に消える事無きモノ”でもあると……!」



――――時に皆の衆、モノノ怪の”怪”とは何か知っておるか?
 病の事よ……そしてモノとは荒ぶる神の事。
 その名の所以の通り、モノノ怪とは、人を病のように祟る存在。
 怨み・悲しみ・憎しみ。様々な激しい人の情念が妖と結びつくことによって生まれる魔羅の鬼。
 これらの事を顧みれば、八意永琳が薬売りに託した”命”の真意も、自然と推し量れよう物よの。



薬売り「その…………薬は…………!」



 そして薬売りは……………………”その命を破った”。
 故に、致し方無き事であったのだ。
 用無き土地を煙に巻くその土壇場にて。
 最後の最後に――――新たな難題を押し付けられようとは。



永琳「永遠と対峙するならば、永遠を相手取る者もまた、永遠となるべきかな」




【最後ノ難題】




永琳「姫君から貴方に贈る――――”本物の蓬莱の薬”です」


https://i.imgur.com/DbbERVs.jpg

749 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/05/26(水) 00:01:43.05 ID:HzsXPyRk0


薬売り「……………………」


【黙】


永琳「……………………」


【黙】


薬売り「……………………」


【黙】


永琳「……………………」

















 あー、なんだ、その、まぁこれは、門外の立場だからこそ言える事なのだが…………
 ふん、やっぱりな。見てみよ皆の衆。
 


https://i.imgur.com/7Wajouj.jpg



 何人寄ろうが…………所詮、”下種は下種だった”と言う事よ。

750 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/05/26(水) 00:02:38.45 ID:HzsXPyRk0
めしくってくる
751 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/05/26(水) 01:36:37.64 ID:HzsXPyRk0



薬売り「本物の…………蓬莱の薬…………?」



 その薬は、光を持っておった。
 元来薬に不要なはずの光は、しかし薬が薬足る根幹を確信させる、実に多彩なる”色”を宿しておった。



永琳「左様。これこそが、かつて死からの解放を求めた人々の、大いなる希望……」


永琳「同時に――――とある月人を”奈落へ突き落した”深淵の絶望」



 同時に、掌一杯に満ちる色取り取りの光は、微かなる既視感をも感じさせた。
 「この光、どこかで……」そう思うや否や、すぐさま蘇る脳裏の記憶。
 そう、薬売りは確かに見ていたのだ。
 永遠の原材料――――”蓬莱の玉の枝”である。



薬売り「薬は…………”本当にあった”…………!」



 蓬莱の玉の枝から生み出されし蓬莱の薬。
 その効能の凄まじさたるや、もはや語るまでもないで事であろう。
 うむ、ならば改めて……”希望を表す絶望”とはまさに言い得て妙である。
 生に執着する者にはこれ以上なき悲願。
 しかし死に活路を見出した者にとっては、これ以下はない悲観なのだから。


752 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/05/26(水) 01:41:08.23 ID:HzsXPyRk0


薬売り「時に…………これは、一体どのようにして飲むのでしょう?」


永琳「ご心配には及びません。水は不要。時間は不問。用量は極少量」

永琳「たったの一掬いでいい…………ただ一抄い、その身に含むだけで」


永琳「それだけで貴方は、その瞬間――――晴れて永遠の一員となりましょう」


 永遠の薬を渡す月の使者……まるでかの一幕の再現だな。
 竹取物語。無論、身共も幾度か目を通した事はある。
 確かに、『物語の出で来はじめの祖』と称されるだけあって、興をそそる部分はあった。
 未だ解明されぬ点が多い事も一役買っておる……が、なんだ、その。



薬売り「何が…………したいのですか…………?」



 だからと言って、話自体は別に、そんなに…………
 と言うか、ハッキリ言って――――”嫌い”だな。



【吐露】


【真意】



永琳「何も恐れることはありません……これは、純粋なる姫の御好意」



(私の罪は――――結果として、姫に悲しみを与えてしまった事――――)



永琳「永遠となれば……貴方は未来永劫、人を抄い続ける事ができる」



(私の過ちは――――姫に悲しみを与えた者共を、一人残らず屠ってしまった事――――)



永琳「永遠とならば……貴方は未来永劫、ケを斬り続ける事ができる」



(私の後悔は――――姫に悲しみを与えた者共を――――極楽浄土へ”逃がしてしまった”事)


https://i.imgur.com/qpa6odL.jpg

753 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/05/26(水) 01:43:36.08 ID:HzsXPyRk0


 色々と突っ込みたい所はある。
 育ての親への仕打ち、五人の貴公子への所業、帝への立ち振る舞い方、その他諸々、あれやこれや。
 だが、身共が何より許せんのが――――永遠を”褒美”とのたまった点に尽きる。


永琳「いと素晴らしきかな永遠の世界……御身は寂滅から解放され、魂は清らかなるままに不動とならん」



【なよ竹の貴婦人】



永琳「ほら……私を御覧なさい。何も食べずとも、身体はずぅっと瑞々しいままよ」


(何も与えずとも)


 修験者が何故山峰で修行に明け暮れるか。それは験力を得る為だ。
 難苦を持って生あるままに死に近づき、生と死の境を行き来する事で初めて得られる、即身是仏の力。
 そんな『擬死再生』を掲げ信奉を続けて来た先人の教義は、ありがたきかな今日まで残り続けておる。


https://i.imgur.com/hW1O6dR.mp4


 しかし永遠は――――その境を閉ざしてしまう。
 永遠とはすなわち、輪廻往来の断絶。
 不死とはすなわち、悟りの道を閉ざしてしまう事に同義なのである。
 

【自称・オモイカネ】

754 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/05/26(水) 01:50:55.21 ID:HzsXPyRk0


永琳「ほら、見て…………少々傷ついても、あっという間に塞がるわ」


(何も施さずとも)


https://i.imgur.com/JH7lB59.mp4


永琳「ほら、見て…………何がぁろうと ずぅ〜っとこのままで ぃられるのよ?」


(私の気の済むまで)


https://i.imgur.com/T0Qbgy6.mp4




 そして、悟り無き世界とは……煩悩渦巻く迷いの世界。
 そんな世界が、仮に、どこぞ目の届く場所にあったとすれば。



【本性】


https://i.imgur.com/XyO5jRS.mp4





 人はそこを――――”地獄”と呼ぶのだ。





【暗黒物質/ダークマター】



https://i.imgur.com/158cbT6.jpg

755 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/05/26(水) 01:52:47.36 ID:HzsXPyRk0

https://i.imgur.com/SLnSekY.mp4
756 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/05/26(水) 01:59:20.37 ID:HzsXPyRk0
ここまで
次の更新で確実に終わらせたいのでまたしばらく消えます
だいぶ先になると思うので気長にお待ちくださいませ

(保守だけしにきます)
757 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/19(月) 23:03:00.95 ID:Fadznowt0
758 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/09/07(火) 23:28:28.09 ID:st15ISVC0
759 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/11/01(月) 21:18:18.25 ID:Lmfeq7fK0
760 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/18(土) 06:56:25.31 ID:iBuXpehm0
761 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/02/05(土) 20:05:48.83 ID:H9VuLhK/0
762 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/04/02(土) 04:02:13.46 ID:jUzL31eU0
763 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/05/06(金) 18:03:10.87 ID:rYV+b3N9O
SS避難所
https://jbbs.shitaraba.net/internet/20196/
764 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/05/26(木) 22:07:07.38 ID:AQNFFvZr0
765 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/05/26(木) 22:08:24.01 ID:AQNFFvZr0
進歩状況です
https://www.pixiv.net/artworks/98620736
766 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/05/26(木) 23:54:11.17 ID:s1p4Cc9u0
マルチポスト売名ダメ絶対
767 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/07/22(金) 23:37:28.67 ID:Zec3A0JK0

https://www.pixiv.net/artworks/99918658
768 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2022/07/23(土) 00:18:38.60 ID:bQPIOGpv0
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=18003500
もヨロシク
769 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/09/17(土) 01:50:23.38 ID:JBWCONS10

https://www.pixiv.net/artworks/101274853
770 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/09/17(土) 02:07:33.36 ID:JBWCONS10
今後の予定
https://www.pixiv.net/artworks/101275138
771 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/10/01(土) 18:59:32.62 ID:cMDVfzwoO
ほんとぉ?
772 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/11/07(月) 22:34:53.27 ID:teQJwAtS0
更新予定(仮)
年末〜年明けらへん
773 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/11/24(木) 20:20:36.87 ID:xr0kcF5a0
完結したら今まで描いた絵渋垢の方にも上げてもいいですか?
774 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/12/06(火) 21:44:34.91 ID:GJ3iwI9x0

【最終更新の御知らせ】

日  2023年1月7日
時  PM08:08
場所 http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1490438670/

大変長らくお待たせしました。
長期に渡り遅くなりました事、心よりお詫び申し上げます。
これ以上の延期はありませんので、どうか見捨てる事無く、最後までお付き合いいただけましたら幸いです。
宜しくお願いします。

https://imgur.com/jr3o5ll
775 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/12/07(水) 08:26:21.14 ID:L5Lx/Z+PO
ほんとぉ?
776 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/12/07(水) 15:19:59.05 ID:f8V9PRO90
>>774ってコピペした内容をあちこちに拡散してんのかね?
スレッドのURLを該当スレに書き込む奇行もそれなら説明がつく
念のためhttp://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1410188691/読んどいた方がいいよ
777 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2023/01/07(土) 20:09:29.13 ID:G+zmOxss0

 時に、少し話は逸れるが…………おそらく、竹取物語の著者は”破戒僧”の類だったのでは? と身共は考える。
 主観ながら、修験の教義に悉く反するこの内容たるや、まずその道に精通せねばできぬ芸当と見る。
 加えて当時の情勢を顧みるに、紙の調達や字の読み書きを可能とし、そしてある程度権力への口利きができる程度に位高き僧侶であった。
 だからこそ、後世に”名が残らなかった”のだ。
 存在そのものが当時の体制に不都合であったと考えれば、今日に至る秘匿っぷりに合点がいかないか?
 あ〜間違いない、きっとそうだ。我ながらなんと聡明な見解であろう。


【1970年カラノ旅立】


 ううむ、どうやらこの、ただでさえ明快な身共の頭脳が、本日はいつも以上に冴えておるようで。
 幸運だったな皆の衆。聡明ついでに本日は、もう一つだけ、元修験者のありがた〜い言葉を残して進ぜよう。
 ま、これもまた、身共の主観であるのだがな…………ズバリ、”薬師とは何なりや”についてである。



(だって――――あいつらが悪いんじゃない)


(あいつらが、よってたかって――――私に姫の涙を見せるから)



 事実「薬師じゃない奴が薬師を語るな」と突っ込まれるのが目に見えておるで、あまり大っぴらには言えぬ事である。
 が、身共からすれば、世に蔓延る”自称薬師”共のなんとまぁ不徳な事よと訴えたいのだ。
 薬師とは、薬を作り病を治す者の総称…………そう答えるのが一般的であろうが、しかしこれはあくまで俗世の建前にすぎぬ。
 皆、騙される事なかれ。薬師が薬師足る、真なる意味は――――



「さあ来たれ 時無き世界の挾間まで さすらば成さん 不滅の療治」



【二大到達点】



 『薬師瑠璃光如来』。すなわち仏の意である。



https://imgur.com/cVV1acp
778 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2023/01/07(土) 20:18:48.66 ID:G+zmOxss0


「私は薬師。そこに患者がいる限り、世に病が蔓延る限り」


(私は正しい)


「努めてこの身、捧げましょう――――人々が、苦しみから解き放たれますように」


(私が間違っていた事など、ただの一度もない)


 正直、薬売りが妙にいけ好かぬ理由もそこにある……単純な話「こいつのどこが仏なのだ」と言う話よ。
 と言うかそもそも、あやつが薬を売る所を見たことがない。
 唯一目撃したるは、あれは確か、光爆ぜる”火薬”……うむ、論外である。


https://imgur.com/la65Wh7



(これまでも そして これからも)



https://imgur.com/41murzV


 かのように、世の薬師共は総じて自覚が足らん。
 等価に偏り、自らが仏の化身たる認識すらないとは如何なるものか。
 「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ」
 身共ですらこうしてすらすら唱えられると言うに…………奴らと来たら、真言の真の字も知らぬと来た。



(何も変わる事はない、それは不変の理)


(姫の涙を得た者は――――その”対価”納めるべきかな)



【新天地】



 よって、私欲に塗れ、真を無くした此奴もまた――――薬師とは、言い難きかな。



(…………遊んであげる)



https://imgur.com/ZYVVa2g
779 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2023/01/07(土) 20:31:12.44 ID:G+zmOxss0

https://imgur.com/JAm2p9Z


(……きっかけは、ただの御戯れだったのだと思う)


 姫様は、自他共に認める御戯れ好きなのは周知の事実です。
 なんでもかんでも遊びに変えてしまう姫の心構えは、見る者次第で批難と称賛とを延々と繰り返します。
 ですが、誰に何を言われようと、その声が届くことは無かった…………どちらに転ぼうと、姫は姫であり続けるからです。


(姫にとって、全ては巨大な玩具箱…………だから、何の躊躇もなく触れる事ができるのだろう)


 しかしそんな、大変に戯れ好きな姫でも、唯一人だけ例外がいました――――それが”私”。
 姫は、私に限り御戯れを仕掛ける事はありませんでした。
 実に単純な理由です。姫にとって、私の反応は至極「つまらない」物だったから。それ以外にありません。


(同時に、捨てる事も)


 そうです。私の対応はいつだって”完璧”だったからです。
 姫が望むのは、与えられた課題に対し、時に苦しみ、時に希望を見出しながら、相手が如何様に答えを導き出すかを眺める事。つまりは「過程の観察」にあると思われます。
 しかし私にそんなものはありません。何の苦悶もなくただただ正解だけを叩き出す私の姿勢は、その実姫の望みを叶えられていないのと同義。
 逆説的ではありますが、常に満点を叩きだす私の解答は、姫の目線に限り、見込み無き零点であり続けたのです。


(その対象は、自分自身にまで及ぶ)


 そんな姫が、私にだけ仕掛けてくる御戯れ――――否、それはもはや戯れと呼べない。
 言うなれば『対私用計略遊戯』とでも言いましょうか。
 姫が私に戯れを仕掛ける時。その時に限り、戯れは大きく意味を変えます。
 それは――――”絶対的な意思を押し通したい時”。つまりは”我儘の力”となるのです。


(あの時と一緒だ)


 そして…………御恥ずかしい限りですが、私は、姫の我儘を一度も抑えきれた事はありません。
 だって、そうでございましょう? 
 私が完璧な解答を示す事。それこそが姫の謀の要点であったなら、その時点で、抗う術など露に消える事になるのですから。


(いまはとて 天の羽衣着る折ぞ 君をあはれと 思ひ出でける)



(いまはとて…………………………………………)


https://imgur.com/zljC4g1

780 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2023/01/07(土) 20:46:25.20 ID:G+zmOxss0


 この様に、私は姫の目前でまんまと手の内を晒してしまい、結果、未来永劫姫と離れる事が出来なくなってしまったが故に、今の有様に落ち着いたと言う次第で御座います。
 結局、私は何一つ分かっていなかったのです。
 姫が地上へ行きたがっていた事も、その為に周到な準備を重ねていた事も、地上での暮らしを満喫していた事も、月に還るつもりなどさらさら無かった事も…………
 その全てに、”私を巻き込もうとしている”事も。
 そして何より、これらの謀が前もって用意された計略ではなく、全てが”引き寄せられた結果”の産物と在らば、最初から私にどうにかできる範疇ではなかった。と言う事になります。
 

 此度の一件は、まさに、この忌々しき記憶の再現であります…………きっかけは、ただの御戯れだったのだと思います。
 姫は、自分に向けられた情念をこれ幸いと、私達全員を巻き込んだ御遊戯を御考え遊ばされたのです。 
 しかしその遊戯の相手に私も含まれていたことから、姫の我儘。すなわち情念の塊”ケ”の意志を、最大限汲んでやる目的もあったのだと推察できます。



(今一度問う……………………)



 そして私は、そんな徒然なる思いが重なったあの幻想遊戯を、あろう事か全て貴方へ押し付けた…………
 ここまで言えばもう、お判りでしょう。
 


【作麼生】


 不滅なる存在が如何にしてこの世に生れ出たのか
 恒久の砂粒は如何にして螺旋を形作る事を選んだのか
 常盤の相反は何処で出会い如何なる意志で友に手を取り合うに至ったのか
 幾世の煌々は何よりも輝きしかし何故に晦冥と定義付けられてしまったのか
 


【説破】


――――万物の大部分は闇から構成された物質であるにも関わらずしかし闇が産み出すは自らを滅する光でありそれは闇が闇ではなく暗が光度の指標となり得る為安易に同一の定義を付けがちであるが現実はやはり相反作用となった為同一視は不可能であると論理の上で
 片づける事は可能だったのだがしかし所詮それらは机上の空論でありその結論が未知の証明となると気づかぬままに生涯を終えた者が大多数の中それでも新たなる定義の提唱を時の運びが誘った為に詭弁は限りなき真実に近づく事を許されたにも拘らず無辺の船出に逆らうように極小への
 探求へ飛び出したのは一体何故なのかの答えを知る者が記した著書を読了した結果結局は同じ事だったのだと言う意見に賛同したが故に今一度問い質したくなったのだろうと私はそう解釈したにすぎない。


https://imgur.com/4ZME0Kv



(あなた…………だれ?)

781 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2023/01/07(土) 20:59:35.17 ID:G+zmOxss0


薬売り「…………」



 薬売りは、何も語らなかった。
 八意永琳の問いかけに答えるそぶりすらせず、ただひたすらにじぃーっと、相手の顔を見つめるだけであった。
 そうなってしまう気持ちはわかる。まぁ、薬売りにとっても初めての事だったのだろう。
 無縁の地にふらりと現れる事はあれど、逆に”その地に縛り付けられる事”など、一度たりとも。



薬売り「…………」



 しかし…………まっこと、幻想郷とはよく言ったものである。
 「幻想となった存在の最後の御座所」との事だが、その幻想とやらの中にアヤカシの類も含まれておる故、こうして魑魅魍魎の跋扈する世に成り果てた……まではわかるがな。
 しかしそれでも、人とアヤカシが共存するなどと…………人と妖が、互いに”依存しあう関係”になるなどと。



「口に出さなくてもいい……答えは、形となって現れるから」



(私は正しい)



「形は真から作られ……真は理から生まれたモノだから」



(お前も正しい)



 そんな、おおよそ理解届かぬ地にまんまと足を踏み入れてしまったが為に、こうして出奔に困窮するハメになった――――と、皆はそう考えるであろう?
 ふっふっふ、甘いな皆の衆。この男がいかなる存在か…………やはりこの場では、身共が唯一の理解者であろう。



「そしてその理はきっと……”私と同じモノ”だから」



(だからお前は、私と同じ報いを受けるべきなのだ)



【幻】
782 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2023/01/07(土) 21:09:12.15 ID:G+zmOxss0


 尖った耳。青白い肌。奇抜な召し物に奇妙な道具。それらを携えモノノ怪現る所にふらりと現るこの男。
 そんな男が、一体何を考え、一体何の為にモノノ怪を斬り続けると言うのか。
 その答えは…………身共だけが知っている。



薬売り「…………」



 おうともさ、教えて進ぜよう。
 この珍妙不可思議にて胡散臭い男の持つ、【薬売りの理】とは、とどのつまり――――



薬売り「…………」


https://imgur.com/FWuS1bB




――――”何も考えてない”のだ。





https://imgur.com/nTXdQLm
783 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2023/01/07(土) 21:13:26.23 ID:G+zmOxss0

https://imgur.com/bvBZ4Vt

https://imgur.com/zSBR548

https://imgur.com/83rD6A5

https://imgur.com/p1P80xb

https://imgur.com/yHdNBpZ
784 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2023/01/07(土) 21:37:19.87 ID:G+zmOxss0

https://imgur.com/hhlnXOo

https://imgur.com/4cZSaSm

https://imgur.com/wnz34NA

https://imgur.com/lIOOVNP
785 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2023/01/07(土) 22:10:18.22 ID:G+zmOxss0

https://imgur.com/9SyQJ6e

https://imgur.com/nJf9XRm
786 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2023/01/07(土) 22:20:19.04 ID:G+zmOxss0


https://imgur.com/vm0i1AL


https://imgur.com/PddImRE
787 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2023/01/07(土) 22:25:59.36 ID:G+zmOxss0

 思い返せば、あのそらりす丸での一件――――あの時、身共は確かにこの耳で聞いた。
 「お前が本当に恐ろしい事はなんだ」と尋ねて回る海座頭の質疑。
 その答えは、数多ある因果と縁を暴き続けたにしては意外…………いや、だからこそ辿り着いた答えなのだと言えるのかもしれない。


『知るのが怖い』


 海座頭の問い掛けに凛として答えた薬売りの姿は、紛れもなく本音を表していたと見る。
 怒り、恨み、悲しみ、渇望…………モノノ怪を成す情念の一つ一つが、結局は行きつく先が”無”でしかない事を、薬売りはすでに存じておったのだと身共は思う。
  

「さあ、終わりにしましょう……」


「そして、始めましょう」


 なればこそ、あんなにあっさりと答えることができたのだ……海座頭が、一体どんな幻を見せてくるかもわからぬあの場面でだ。
 「全ては幻である」。あの言葉は決して海座頭に対してだけではない事を、身共はしかと見抜いていた。
 故に我思う。ふぅむ、実に哀れなる奴よ…………。
 きっと薬売りにとっては、浮世の何もかもが”幻”にしか映っておらぬのであろうて。



「さぁ」



(さぁ)



【さぁ】




 そしてその対象は――――己が自身さえも含む。




薬売り「……………………」




 だからこそ、答える事が出来たのだ…………こうして、”本物の蓬莱の薬”をその手に抄う事で。




薬売り「………………では」




 光を抄いしその手を、口元にまで運ぶ事で。




『蓬莱山輝夜姫の懇意への返答…………この場で申し上げ奉る』




 永遠に限りなく近づいた上で、確かに応えたのだ――――”言葉無き言葉”で持って。











【ふぅ】


788 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2023/01/07(土) 22:30:04.07 ID:G+zmOxss0

https://imgur.com/6eTCqrX


永琳「……どういう、つもりですか?」


薬売り「…………」


永琳「折角の姫の御好意を……無下に還すつもりなのですか……?」



 薬師の言葉は、濃厚な怒気を孕んでおった。
 ばら撒かれた光が空を彩るように、発音の節々の一つ一つには、沸々とした”怨”が滲み出ておった。
 しかしながら――――顔貌は、そうは申してはおらなんだ。
 姫の好意に砂をかけた不届き者。そんな極刑に値する存在が目の前におるにも関わらず、その者を映す瞳には……これまた、沸々と滲み出ておったのだ。



薬売り「……薬売りと言う稼業を生業にして、一つ、気が付いた事があるのです」

薬売り「それは……如何なる良薬を作ろうと、結局は”飲まれなければ無に等しい”と言う事です」



(は…………)

789 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2023/01/07(土) 22:37:47.63 ID:G+zmOxss0


『粉薬は飲まなければ熱は収まらぬ』

『塗薬は塗らねば痛みが和らがぬ』

『貼薬は貼らねば傷を補えぬ』


薬売り「それらと同じく……目薬は、”瞳に垂らさねば霞は消えぬ”のですよ」


 薬売りは、流石薬売りを名乗るだけあって、実に薬学に富んでいた……が、相手を考えぬ所がやはり薬売りであった。
 この阿呆がたった今したり顔で講釈を垂れた相手は、薬売りなんぞより遥か先を行く”薬師の道を極めし者”ぞと言う事を、一体どこまでわかっているのやら。
 そんな、まさに釈迦に説法を地で行くこの男に不快感を覚えぬはずもなく、身共なら「誰に抜かしているのだ」と、拳骨の一発でもお見舞いしている所であるが……
 


 ああ、やっぱり。



「だったら――――その薬はどうやって作ればイイ!?」

「何をしたって、何も効きやしないのに――――何年生きても、何も見えやしないのに!」



 ……この時、この女が何を思い、何の意図でこんな台詞を放ったのか。それは身共にもわからん。
 ただ一つ言えるのは、薬売りの言葉が”迷いを刺激した”と言う事は確かなようで。



「言ってみろ――――できるモノなら答えてみろ!!」



 にしてもあの男は、本当に他人の神経を逆撫でするのが上手い……知ってか知らずか、極自然に失言を放っては、周囲の空気をヒリつかせよる。
 傍にいればはた迷惑極まりない男であるが、しかしそれ故に傍から見てる分には愉快でもある。
 このように、厄介者は厄介者なりに、何か与える物があると考えれば、まぁ、辛うじて大目に見てやらんでもない。と、思わなくもない。



「 は や く し ろ ! 」



 ま、つくづく哀れな男と言う事よの…………きっと今までも、そうやって【真】と【理】を得続けてきたのであろうて。
 自らの存在と、引き換えにな。

790 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2023/01/07(土) 22:44:33.00 ID:G+zmOxss0


 っと、少し話が逸れてしまったな…………コホン。では、本筋を再開するとしよう。

――――さあさあ皆々様ご注目!
 此度の薬売りが現れしは、人里離れし竹林に住まう薬師が一派!
 この地に渦巻く因果の波に飲み込まれんと、なんとか足掻き続けた薬売りであったが、それでも絡みついて離れぬは薬師の縁!


タタン


 縁は諭す。死生の理を放棄せよと。
 因果は吠える。御前も永遠の輪に入れと。



タタタン


 縛られ・掴まれ・絡みに絡まれた挙句の果てに、無理矢理押し付けられた永遠の誘いから――――薬売りは、”如何様にして逃れることができたのか”。
 そして、この長きに渡り続いた噺の結末は――――一体どこに落ちるのか。



タタタタン




(嘘……………………)




 特と、御覧あれ――――これが、その”答え”である。



https://imgur.com/vJoUk9n
791 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2023/01/07(土) 22:49:04.98 ID:G+zmOxss0


「消え…………た…………??」



 おそらく、この女が久方ぶりに放ったであろう躊躇いの吐露は、結局は誰にも見られる事はなかった。
 単純な話である――――そこには”誰もいなかった”。ただ、それだけの話だったのだ。



「………………?」



「????????」



 では、先ほどまで話していた男は、一体なんだったのか。
 奇抜な服装に奇抜な化粧。耳は天へと先細り、瞳はうっすらと青みがかかったあの奇怪な男は。
 忘れようにも忘れられない、大いなる混乱をこの地に齎した、あの憎むべき男は。



【ああ――――くすりうりだ】



 女は、しばし思案に明け暮れた。
 ほんの一瞬目を離した隙に逃げられたのか。
 はたまた、奴の持つ奇怪な道具でもって、さっと姿を隠されたのか。
 どころかひょっとするとひょっとして、実は皆して夢でも見ていたのか。
 次から次へと湧いて出る仮説は無限の可能性を秘めており、しかし真実に到達する事は、決してなかった。



【ちげえねぇ――――ありゃたしかにくすりうりだ】



 が――――直に、どうでもよくなった。
 真実の追求を諦めたわけではない。
 ”今目の前に何があるのか”。その答えを、丸々一晩かけた末に、ようやっと気づく事ができたからだ。

792 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2023/01/07(土) 22:52:01.91 ID:G+zmOxss0


「…………ハァ〜〜〜〜」


「ったく…………」


 ま、というわけで、だ。
 結局、薬売りのその後など「誰にもわからなかった」と言う事よ。
 師も、身共も、どころか本の著者ですらわからぬとなれば、もはや知る術等どこにもあるまいて。


 タンッ
 

 そういう訳で、だ。もしもこの「見るからに怪しい男」が皆の前に現れた時は、是非とも身共まで御一報願いたい。
 もはや、身共とて黙っておれぬのだ。
 もし、万が一にもあの男と再会する時が、この先どこぞであったなら……あの永遠亭の連中に代わりて、延々懇々と説教してくれる。
 

「これだから…………最近の若い者は…………」


 と、零す女の愚痴は今の世に対する深い嘆きである。
 それはズバリ「先人を敬う事」。この話を教訓に、失われつつある畏敬の念を胸に刻めと、女は皆に説き伏せておるのであ〜る。
 身共とて、若かりし頃はそりゃもう辛い日々の連続であった。
 だがその頃の苦労を重ねたおかげで、こうして文武両道、高名かつ高貴なる身分に収まったと言う訳だが……。


 タタンッ


 しかし最近の若者はどうだ。大した苦労もせず口を開けば文句ばかり。
 かつての身共の様に、強靭な精神と博識への探求を持った若者をトンと見かけなくなったこの現状、嗚呼〜なんと嘆かわしい。
 身共の様な位高き存在が肩身の狭い思いをする傍ら、諸君らの様な不埒者が蔓延るお江戸の未来はまっこと暗ぅ(ry


【はいはい】


 といった所で、最後に少し毒を入れつつ、しかし長きに渡る講談にお付き合い頂き真に感謝の極み。
 お江戸に流離う修験の匠・柳幻殃斉の語る一席



 タタタンッ
 


 これぇにぃてぇ
 ア、ヨイぃオワリでございぁ――――













 ――――あ。



【?】



 そうだ、思い出した…………最後に、著者から承った”言伝”を伝えねば。

793 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2023/01/07(土) 22:56:24.58 ID:G+zmOxss0


 いやはや面目ない。「噺のどこかで挟んでくれ」と頼まれたのを、すっかり忘れておったわ。
 言っておくが意味は聞くな? 身共もよくわからん。
 わからんし、知ろうとも思わん。それでも知りたくば、まぁ……頑張って、探し当ててみればいいんじゃないか。


(そんなだから…………何時まで経っても…………地上人は下賎なのよ)



 曰く――――



https://imgur.com/7vGHbm6



 だ、そうだ。







https://imgur.com/v3cTAQ3
794 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2023/01/07(土) 23:04:32.55 ID:G+zmOxss0

 1788年 妖怪絵師・鳥山石燕 死去
 1792年 寛政の改革による漢学筆頭試験の開始
 1825年 異国船打払令による鎖国の強化
 1833年 天保の大飢饉発生
 1837年 大塩平八郎の乱勃発
 1853年 黒船来航
 1854年 開国・自由貿易の開始
 1855年 日本初の蒸気船「雲行丸」完成
 1858年 安政五カ国条約締結による江戸経済の疲弊
 1863年 薩英戦争勃発
 1866年 薩長同盟成立
 1867年 坂本龍馬暗殺
 1868年 明治維新・江戸時代の終焉
 1872年 文明開化による急速な西洋化
 1873年 明治政府太陽暦導入
 1879年 市中引きずり回し、磔獄門刑の廃止
 1890年 大日本帝国憲法の制定
 1894年 日清戦争勃発
 1903年 世界初の動力飛行機の完成
 1904年 日露戦争勃発
 1905年 アルベルト・アインシュタイン「相対性理論」発論
 1908年 ツングースカ大爆発発生
 1911年 吉原遊郭炎上
 1912年 明治天皇崩御。元号が大正へ/清王朝滅亡。中華民国建国
 1918年 第一次世界大戦勃発
 1919年 女性解放運動の拡大・職業婦人の台頭
 1920年 国際連盟発足
 1923年 関東大震災発生
 1925年 国内ラジオ放送開始
 1926年 大正天皇崩御。元号が昭和へ
 1927年 日本初の地下鉄開通
 1929年 世界恐慌発生
 1931年 満州事変勃発
 1933年 ナチス・ドイツの誕生
 1935年 夢野久作「ドグラ・マグラ」刊行/エルヴィン・シュレーディンガー「シュレーディンガーの猫」理論を提唱
 1937年 日中戦争勃発
 1939年 第二次世界大戦勃発
 1945年 核兵器の実戦使用/第二次世界大戦終結
795 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2023/01/07(土) 23:05:09.40 ID:G+zmOxss0

 1947年 東西冷戦の開始/ロズウェル事件
 1952年 日本国主権回復/未確認飛行物体の目撃が各地で相次ぐ
 1953年 地上波テレビ放送開始
 1957年 世界初の人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げに成功
 1859年 人口探査機「ルナ2号」月面着陸に成功
 1961年 ボストーク1号、初の有人宇宙飛行の成功
 1964年 東京オリンピック開催
 1968年 大学生全共闘運動の過激化
 1969年 人類、月面着陸に成功
 1970年 日本万国博覧会開催/ヴェラ・ルービン「暗黒物質仮説」の提唱
 1972年 沖縄返還/あさま山荘事件
 1975年 第一回コミックマーケット開催
 1980年 校内暴力が社会問題化
 1983年 家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」発売
 1988年 東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件
 1986年 バブル景気到来/チェルノブイリ原発事故発生
 1989年 昭和天皇崩御。元号が平成へ/冷戦終結
 1991年 ソヴィエト連邦崩壊/バブル景気崩壊
 1992年 国薫物線香組合協議会、4月18日を「お香の日」と制定
 1994年 インターネットサービス開始
 1995年 阪神淡路大震災/地下鉄サリン事件
 1997年 神戸連続児童殺傷事件/香港主権移譲
 1998年 和歌山カレー事件
 1999年 インターネット回線の普及及び携帯電話のインフラ化拡大
 2000年 西鉄バスジャック事件
 2001年 アメリカ同時多発テロ事件発生/池田小学生無差別殺傷事件
 2005年 国内パーソナルコンピュータ出荷台数記録更新
 2006年 ユーゴスラビア完全消滅
 2008年 世界金融危機到来/秋葉原無差別殺傷事件
 2010年 尖閣諸島中国漁船衝突映像流出事件
 2011年 東日本大震災/福島第一原発事故発生
 2012年 スマートフォン普及率40%突破
 2013年 「ブラック企業」が流行語大賞候補にノミネート
 2014年 WHO「世界自殺レポート」発表。先進国トップは日本
 2015年 中国製スーパーコンピュータ「天河二号」世界ランキング6連覇達成
 2016年 国内SNS利用者数70%突破/月と地球の距離が68年ぶりに最接近
 2017年 メキシコ麻薬戦争の激化/ドナルド・トランプ第45代アメリカ大統領就任
 2018年 埼玉県越谷市・日中最高気温歴代記録更新
 2019年 平成終了。新元号「令和」へ移行。
 2020年 新型コロナウイルス感染拡大。世界各国が対応に追われる。
 2021年 東京オリンピック開催。近代五輪初の開催年変更となる。
 2022年 ロシア、ウクライナへ侵攻開始。虚実入り混じった情報が全世界に拡散する。


 2023年 良い事と悪い事が起こる。

796 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2023/01/07(土) 23:13:03.24 ID:G+zmOxss0


「…………」



「…………」



「…………ハァ〜〜〜〜」


【呆】


「なぁ〜んで…………あんな事しちゃったんだろ…………」


【抱】


「なぁ〜んで…………なのかなぁ〜…………っと…………」



「…………」




「…………」



https://imgur.com/8kRuPuZ




「…………ハァ〜〜〜〜」


【彷】
797 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2023/01/07(土) 23:17:31.39 ID:G+zmOxss0


「…………」


【すぅ】


「…………」


【はぁ】


「……………………あら?」


【まぁ】




 広き母屋の真中にて


 一人佇む賢人が


 何の気なしに
 

 天見上げけり



https://imgur.com/zKNKCRc




永琳「……………………眩しい」




 瞳に映るは
 
 
     曇り無き大空かな。



https://imgur.com/8rEn05l



          【永遠亭】――――終幕



798 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2023/01/07(土) 23:19:00.50 ID:G+zmOxss0
まとめ
https://imgur.com/Gsbnv2l
799 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2023/01/07(土) 23:19:58.72 ID:G+zmOxss0
ついで貼り
https://www.youtube.com/watch?v=Asu1ypw3Vvs
800 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2023/01/07(土) 23:20:25.05 ID:G+zmOxss0
もうちょいだけ書く
801 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2023/01/07(土) 23:22:19.27 ID:G+zmOxss0
とりまメシ 

0時再開で
802 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2023/01/08(日) 00:01:52.52 ID:zAtdRIxH0

https://imgur.com/Pcy8VUK
803 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2023/01/08(日) 00:16:05.60 ID:zAtdRIxH0

「月が降りないわ」

「月が降りませんね」


「陽が昇らないわ」

「陽が昇らないですね」


「星々が煌めきっぱなしだわ」

「星々が煌めきっぱなしですね」


「いつまで……このままなのかしら」

「いつまでも……このままなのでしょう」


「…………ハァ〜〜〜〜」


【倣】
804 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2023/01/08(日) 00:17:26.74 ID:zAtdRIxH0

「ったく…………どいつもこいつも馬鹿ばっかり」

「”夜が明けるから朝が来る”。こんな単純な事…………”夜を生きる私達の方が”よく知ってるって言うのに」

「ならば、教えてあげればよいのです…………”そんな単純な事もわからないくらい”馬鹿なのですから」

 

 202X年 マイノリティとマジョリティが逆転する



「馬鹿は死ななきゃ治らない?」

「じゃあ、死んでもらうしかないですね」



 20XX年 既存の価値観が消滅する
805 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2023/01/08(日) 00:24:04.73 ID:zAtdRIxH0

「暑い夜になりそうね」

「涼しい夜になりそうですね」

「楽しい夜になりそうね」

「永い夜になりそうですね」


「どこまでも、行けてしまいそうだわ」

「どこまでも、お供しますわ――――”お嬢様”」


https://imgur.com/0MGwIGy



「こんなに月も紅いから……………………」


https://imgur.com/EsXdUVP



「――――本気で殺すわよ!」




 2XXX年 人類の進化が完了する

806 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2023/01/08(日) 00:37:19.56 ID:zAtdRIxH0

https://imgur.com/SsZbHoy


 これは、風の噂で聞いた話なのだが…………
 嘘か真か。その日、その土地一体で、”夜が明けなくなる”異変が起こった――――と、言う。

https://imgur.com/sjwONFW



       永琳「あなただれ?」薬売り「ただの……薬売りですよ」【完】
807 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2023/01/08(日) 00:41:03.90 ID:zAtdRIxH0
モノノ怪映画化決定おめでとうございます。
約6年間本当にありがとうございました。

https://imgur.com/wFpoEQi
808 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/02/05(日) 06:32:50.63 ID:XQ+NYcfsO
いつの間に来てたんだ
いやー長かったな あとでまた読み返そう
お疲れ様です
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