【ゆるゆりSS】ふたりの距離
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1:名無しNIPPER[saga]
2023/09/07(木) 21:18:55.99 ID:I2AyKHWk0
 大室櫻子、古谷向日葵、中学二年の冬。
 二学期の期末試験を終え、まもなく冬休みを迎えるいう少しふわついた時期に、それは起こった。

 教室の前方で、教師が淡々と生徒の名前を読み上げながらテストの答案用紙を返していく。受け取って歓喜する者、落ち込む者、「うあー!」と叫んで友人と笑い合う者、じっと見つめてゆっくりと席に戻る者。その反応はまさしく十人十色といったところだ。

「……大室さん」

 名前を呼ばれ、ソワソワした気持ちを必死に隠しながら教師のやや後方で待機していた櫻子は、呼ばれてすぐに答案を受け取った。
 おそるおそるその点数に目をやる。

「げっ」

 そこには、フィクションの作品でしか見たことのないような、現実にこんな点数をとってしまうことがあるのかというほど低い点数が、無情にも書かれていた。

 たった一文字の、丸。
 まんまる。ゼロ。れーてん。
 名前の書き間違えで採点してもらえなかったとか、そんな粗末なものですらない。ただのひとつも正答を書けなかった、本気の0点の答案。
 嘘でしょ、という気持ちがある一方で、落胆と諦めを足して半分に割ったような複雑な感情……マイナスであることだけがはっきりしている、とにかく嫌な気持ちが、ずんと胃の底に沈んでいくような気がした。
 あーあ。
 やばい。
 本当にやばい。
 ついに、こんな点数を叩き出してしまった。

(うーわ……)

 テストを受けているときから薄々そんな気はしていた。だって問題が全然わからない。普通に授業を聞いていたら取れていたのであろう、基礎的な部分の問題すらわからない。唯一「もしかしたら合ってるかも」という淡い期待で書いた部分は、つまらないケアレスミスにより無情にもペケがつけられていた。今回は選択肢で書くタイプの回答がほとんどなかったのでヤマカンを張る余地もなかった。当たり前だが、歴代最低得点だ。
 テスト中は半ばヤケになって、「もうこうなったらどれだけ低い点数がとれるか見てみたい」と開き直っていたような記憶もある。だが実際に引くほど低い点数の答案を目の前にしてみると、そんな強がりをする余裕も一瞬で掻き消えた。
 これは確実に怒られる。向日葵にも、姉の撫子にも、母親にさえ怒られる。
 ほかのひょうきんな女子のように、友人に見せびらかして笑い飛ばすことも今はできそうにない。こんなものを見せたら笑ってもらえずにドン引きされてしまうこと請け合いだ。櫻子はぺったんこの胸に答案用紙を押しつけ、わずかな前傾姿勢のまま自分の先にスススと戻った。
 とても現実の出来事とは思いたくないほどのショック。しかし自分には確かに身に覚えがある。こんな点数しかとれないような答案用紙を提出したのは、間違いなく自分なのだから。
 やや青ざめた顔でぺとんと着席した櫻子のことを、向日葵は心配そうに見つめていた。

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2:名無しNIPPER[saga]
2023/09/07(木) 21:22:11.29 ID:I2AyKHWk0
 そんなショックな出来事も数時間たてば忘れてしまえるのが、大室櫻子の短所であり、そして最大の長所でもあるのかもしれない。
 0点をとったことについて割り切ったというわけではなく、本当に単純に0点をとったという事実を一時的に忘れてしまっている櫻子。当然悪びれる様子などももちろんない。
 向日葵とふたりで歩く放課後の帰り道。櫻子はすっかりウキウキとした気持ちでややスキップ気味に歩いていた。
 なんてったってもうすぐ冬休み。クリスマス。年末なのだ。その事実を思い出して嬉しくなってしまい、昼休みや放課後はクラスメイトたちと遊びの相談にふけっていた櫻子に、もうテストのことを思い出す余地などない。
 しかし隣で歩いている少女は違う。ずっと「嫌な予感」が胸に張り付いたまま消えないのを、黙ってここまで引きずってきた。試験中、なんなら試験前からずっと、自分の成績よりも気がかりに思っていたほどだ。0点をとった当人は、その気持ちには気づいていない。
以下略 AAS



3:名無しNIPPER[sage saga]
2023/09/07(木) 21:23:16.44 ID:I2AyKHWk0
 途中からはほとんど向日葵の顔も見ていなかった。それが気付くのを遅らせた。
 ふと見やると、向日葵は深くうつむきながら、冷たい地面にしゃがみこんでいた。

(えっ……?)

以下略 AAS



4:名無しNIPPER[sage saga]
2023/09/07(木) 21:24:25.52 ID:I2AyKHWk0
『私はひま子の気持ち、わかるよ』

 その日の夜。
 櫻子は花子から渡された電話を通して、今は大学に通うために遠方で下宿している撫子から、ありがたいお説教を受けていた。
 事の顛末について花子から報告を受けた……というより「どうしよう」と相談されていた撫子は、「いつかはこんな日が来るってわかってたじゃん」と呆れながらも、それでも何も言わずにはいられないようで、黙って電話を替わった妹に言葉をかけていた。
以下略 AAS



5:名無しNIPPER[sage saga]
2023/09/07(木) 21:25:23.91 ID:I2AyKHWk0
 翌日。
 ほとんど深く眠れないまま迎えた朝、向日葵と一緒に学校に行こうと思ったが、なかなか家から出てこない。数分経っても出てこないのでおかしいと思って家の人に聞いてみると、用事があって先に行ったようだと言われた。
 急いで学校に向かうと、そこで初めて今日が二学期の終業式であるということを思い出した。どこか学校全体のムードも浮ついているように感じる。しかし櫻子はそれどころではなかった。

 向日葵はというと、普通に教室にいた。一見いつもどおりに見えたが、なぜか櫻子の方を見ようとしない。
以下略 AAS



6:名無しNIPPER[sage saga]
2023/09/07(木) 21:26:20.13 ID:I2AyKHWk0
 公園について早々、向日葵は冷え切ったベンチに座ることもなく、葉の一枚もついていない木の下に立ちながら呟いた。

「……あなた、どこの高校行くんですの」
「えっ……」

以下略 AAS



7:名無しNIPPER[sage saga]
2023/09/07(木) 21:29:02.69 ID:I2AyKHWk0
 撫子も帰省して久しぶりに賑やかになると思いきや、今年の冬休みの大室家は静かなものだった。
 理由はもちろん、一家で一番うるさい櫻子に元気がないこと。
 姉や妹がリビングでくつろいでいる間も、櫻子は部屋に閉じこもったままだった。

 12月24日。クリスマスイブ。
以下略 AAS



8:名無しNIPPER[sage saga]
2023/09/07(木) 21:30:07.66 ID:I2AyKHWk0
 そのとき、部屋のドアが開いて帰省中の撫子が入ってきた。
 反抗期真っ盛りといった妹の小さい背中に、鋭く言葉を投げかける。

「ドンドンうるさいよ」
「……出てって」
以下略 AAS



9:名無しNIPPER[sage saga]
2023/09/07(木) 21:31:21.36 ID:I2AyKHWk0
 12月25日。
 いつも以上に重たい目蓋を開けて櫻子が目をさますと、外がやけに明るかった。
 カーテンを開けてみると、一面の雪景色。いつの間にこんなに降っていたのだろう。
 視界の端に向日葵の家が写った。少し目を細めて、向日葵が玄関から出てきたりしないだろうかと思ったが、何の変化もない。
 諦めてベッドの方に戻ろうとすると、そこでベッドサイドに何かが置かれていることに気付いた。
以下略 AAS



10:名無しNIPPER[sage saga]
2023/09/07(木) 21:32:41.10 ID:I2AyKHWk0
 冬休みが終わり、三学期。
 櫻子と向日葵は中学二年生として、そして花子は小学三年生として、その学年の最後の学期を迎えた。

 結局櫻子は冬休みの最終日まで、ほとんど欠かすことなく、何なら日に日に勉強時間を延ばしながら机に向かい続けた。今までだったら信じられないような光景だが、それは花子の目の前で確かに繰り広げられた現実だった。
 実際の受験があるという日は約一年後。まだまだ遠い。けれどこの分なら、ひま姉は櫻子のことを少しは見直して、今までのことをすぐにでも許してくれるようになるだろう。花子はそう思っていた。
以下略 AAS



11:名無しNIPPER[sage saga]
2023/09/07(木) 21:34:47.59 ID:I2AyKHWk0
 櫻子と向日葵の間に生じている異変。
 それに気づいているのは花子や楓だけではなく、あかりやちなつもまた、同じクラスに通うものとしてまざまざと肌で感じていた。

 おかしくなり始めたのは、やっぱり冬休みに入る前。
 周囲に対してはいつものように振る舞いながらも、一言も言葉を交わさず目も合わせていないふたりのことを、あかりとちなつはずっと心配していた。
以下略 AAS



12:名無しNIPPER[sage saga]
2023/09/07(木) 21:36:13.54 ID:I2AyKHWk0
 ちなつとあかりがそんな話をしていたときから数刻が経ったころ。
 七森中の生徒会室には、久方ぶりの客人が訪れていた。

「久しぶり、古谷さん」
「あら、先輩方」
以下略 AAS



13:名無しNIPPER[sage saga]
2023/09/07(木) 21:36:52.86 ID:I2AyKHWk0
 時間というものは、残酷だ。
 こんなにも結びつきの強かったふたりの関係が壊れてしまったこと。
 その状態を、「普通」にしてしまうなんて。

 三年生になってクラスも別々になり、向日葵と櫻子の距離感は、元に戻る余地すらも感じさせなくなってしまった。
以下略 AAS



14:名無しNIPPER[sage saga]
2023/09/07(木) 21:38:36.22 ID:I2AyKHWk0
 夕暮れが痛々しいほどに赤い、翌日の放課後。
 いつもどおりひとりで帰ってきた向日葵は、ちらと目線を動かしながら周囲に誰もいないことを確認し、家に入ろうとした。
 しかし、

「きゃっ!?」
以下略 AAS



15:名無しNIPPER[sage saga]
2023/09/07(木) 21:39:02.22 ID:I2AyKHWk0
――櫻子がばかなことをしたのは、本当に櫻子が悪いと思う。
 ひま姉がずっと手を差し伸べてたのに、ずっと素直になれなくて、ずっとずっとその気持ちを裏切ってきた。
 あんな風にふざけて0点の答案を見せびらかすような真似をして。
 本当に、本当にばかだった。

以下略 AAS



16:名無しNIPPER[sage saga]
2023/09/07(木) 21:39:44.44 ID:I2AyKHWk0
 やっぱり、ふたりの関係はもう戻らないところまで壊れてしまったのだろうか。
 夜、やや腫れぼったい目を枕におしつけながら、花子はベッドに横になっていた。
 櫻子は今日も変わらずに勉強を続けている。それもこれも向日葵と一緒になるためのはずなのに、どうしてふたりは昔のような関係に戻ろうとしないのだろうか。
 櫻子のことも、向日葵のことも、もうわからない。
 これが大人になるということなのだろうかと、花子は小さくため息をついた。
以下略 AAS



17:名無しNIPPER[sage saga]
2023/09/07(木) 21:40:24.80 ID:I2AyKHWk0
「花子ちゃんには、全部話しておかなきゃと思いまして」
「ひま姉……」

 明かりが小さく落とされた、薄暗い向日葵の部屋。そのベッドのへりに並んで座って、花子は向日葵の話を聞いた。
 パジャマ姿の向日葵はどこか昔よりも大人っぽい気がして、なんだかドキドキしてしまいそうなほど、綺麗だと思った。
以下略 AAS



18:名無しNIPPER[sage saga]
2023/09/07(木) 21:41:32.48 ID:I2AyKHWk0
「あれは……2月の終わりくらいでしたか」

 問題集を広げて、授業中にとったノートを見返して、せっせとペンを動かしていた。
 私にとっては見慣れない姿。でも、ずっとずっと見ていたくなるような、そんな懐かしい背中。

以下略 AAS



19:名無しNIPPER[sage saga]
2023/09/07(木) 21:42:09.04 ID:I2AyKHWk0
 花子は、今も薄暗い部屋で勉強を続ける櫻子のことを思いながら、向日葵の言葉に耳を傾けた。
 ずっと見えてこなかった向日葵の思惑が、ずっと不思議に思っていた櫻子のすべての行動が、腑に落ちていくような気がした。
 今のこの状況が、なるべくしてなったどうしようもない現実だということが、やっとわかった。

「だから私は決めましたわ。あの子のしたいようにさせてあげようって」
以下略 AAS



20:名無しNIPPER[sage saga]
2023/09/07(木) 21:42:45.74 ID:I2AyKHWk0
「……花子ちゃんに、お願いがあるんです」
「おねがい?」
「櫻子のこと……これからも支えてあげてほしいんですわ」
「……!」
「あの子がここまで頑張れてるのは、どう考えても、花子ちゃんや撫子さんのサポートがあってのことでしょう。それをもう少しだけ、続けてあげてほしいんです」
以下略 AAS



21:名無しNIPPER[sage saga]
2023/09/07(木) 21:43:58.04 ID:I2AyKHWk0
 春が過ぎ、一学期が終わり、中学生活最後の夏休み。
 姉妹の手厚いサポートもあり、そして何より固い決意で努力をし続け、櫻子の成績は着実に上がっていた。

 返ってきた答案用紙を、目を背けるようにバッグにしまう櫻子はもういない。
 代わりに、クラスの平均点を上回る点数が増えてきたテスト結果を、嬉々として花子に見せつける櫻子がそこにいた。
以下略 AAS



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