21:名無しNIPPER[sage saga]
2023/09/07(木) 21:43:58.04 ID:I2AyKHWk0
春が過ぎ、一学期が終わり、中学生活最後の夏休み。
姉妹の手厚いサポートもあり、そして何より固い決意で努力をし続け、櫻子の成績は着実に上がっていた。
返ってきた答案用紙を、目を背けるようにバッグにしまう櫻子はもういない。
代わりに、クラスの平均点を上回る点数が増えてきたテスト結果を、嬉々として花子に見せつける櫻子がそこにいた。
それでもまだまだ、向日葵と同じ志望校を目指すレベルには達していない。
この夏休みにどれだけ頑張れるかがカギになる。櫻子自身もそれはよくわかっていた。
クーラーをつけているのに、窓からじりじりと暑さがしみ込んでくるような気がする、昼間の大室家のリビング。そこには今日も、早々に宿題に手を付ける花子と櫻子が、さらさらとペンを動かしていた。
難問につまずいたり、不安定な精神状態になるときもあるけれど、櫻子は自分なりのスピードで着実に歩みを進め続けている。
その横顔をみるたびに、高校時代の撫子と一緒にここで宿題をしてきたときのことを、花子は思い出す。
本当にいつのまにか、櫻子も同じ顔をするようになっていた。
花子はふと鉛筆を置き、背中にあるソファにぽすんと身体をあずけて天井を見つめる。
櫻子は問題集に目を落としたまま言った。
「集中力切れちゃったの?」
「……んーん」
「がんばれがんばれ、ほらっ」
「ふふっ、櫻子にそんなこと言われるなんて……」
「もたもたしてると私の方が早く宿題終わっちゃうぞ? そんなの屈辱でしょ」
「いーし、べつに」
ひま姉のぶんまで櫻子を支える――向日葵とそう約束したあの日から、櫻子の努力をそばで見守り続けてきた花子。
その小さな胸の中で、このごろ心境の変化が起こりつつあった。
撫子サンタに参考書や問題集をもらったあの日から半年。櫻子は姉のアドバイスどおり、よれよれになるくらい繰り返しやりこんでいる。
そして、実際の受験があるという日までは、ここからもう半年。
このぶんなら、櫻子は絶対大丈夫だ。
櫻子自身はまだまだ不安を抱えているようだが、花子はすでにそう確信していた。
――櫻子は、好きな人のためなら、こんなにも頑張れる人なんだ。
花子が知らなかっただけで、本当は最初からそういう部分を持ってたんだ。
難しい問題を乗り越えたのか、よしと小さく呟いて解答集をぱたりと閉じた櫻子が、麦茶の入ったグラスをくっと飲み干す。
氷がからりと音を立て、そしてグラスをとんと机に置いて、また問題集に向き直る。花子はほとんど無意識に麦茶のピッチャーに手を伸ばし、櫻子のグラスにおかわりを注いだ。
――櫻子のこの頑張りようを、やっぱりひま姉にも見せてあげたい。
花子はこの頃、ずっとそんなことを思っていた。
向日葵と同じ高校に進学するという目標のため、脇目もふらずに頑張り続ける櫻子。
向日葵に余計な期待を背負わせぬよう、わざと距離をとって。そして向日葵もまたその想いをくみ取り、櫻子にあまり干渉しないよう気を付けて。
そんなふたりの様子を第三者目線で見守り続ける花子は、ふたりのぎこちない関係に、やっぱりもどかしさを抱いていた。
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