4:名無しNIPPER[sage saga]
2023/09/07(木) 21:24:25.52 ID:I2AyKHWk0
『私はひま子の気持ち、わかるよ』
その日の夜。
櫻子は花子から渡された電話を通して、今は大学に通うために遠方で下宿している撫子から、ありがたいお説教を受けていた。
事の顛末について花子から報告を受けた……というより「どうしよう」と相談されていた撫子は、「いつかはこんな日が来るってわかってたじゃん」と呆れながらも、それでも何も言わずにはいられないようで、黙って電話を替わった妹に言葉をかけていた。
『櫻子が勉強嫌いなのはよくわかってたけど、「本っ当にこんな事態になっちゃうまでなんにもしなかったんだねあんたは」って、呆れを通り越して驚いてるよ』
「うん……」
『きっとこの気持ちがもっともっと大きくなって、ひま子と同じくらいになったら……私だって泣くと思う』
「……」
『もう中学二年なのに……というかもうすぐ三年になるのに、何やってんの』
「……ごめんなさい」
『だから私に謝っても仕方ないんだって。ひま子に言いなよ……ってか、本当はひま子に謝るのも違うんだよ。あんたが勉強しなくて大変なことになって、そのとき困るのは未来の櫻子だけなんだから』
ずっと無気力に泣き続け、ほとんど夕飯を食べることもなく打ちひしがれていた櫻子は、静かに姉の声に耳を傾けていた。
花子はいつもだったらもう寝ている時間だろうが、きっと今もこちらのことを気にして、隣の部屋で眠れずにいることだろう。
『はぁ……ま、今はいいや、ちょっと忙しいし。今度冬休みでそっち帰るの。詳しい話はまたその時にするから』
「……」
ため息交じりの姉の声が、より胸の内を重くしていく。
『……櫻子……あんたさ、ほんといつになったら気づくの』
「っ……」
それだけ言って、静かに通話は切れた。
櫻子は力なくスマートフォンを下ろし、うつむきがちに部屋の中の虚空を見つめる。
気づく?
何に?
わかるようでわからないその言葉の意味を考えながら、櫻子はとにかく向日葵に謝りたかった。
明日、一緒に学校に行ってくれるだろうか。
「向日葵……」
真っ暗な部屋の中、ベッドのへりに腰掛けながら、櫻子は向日葵の泣き顔のことを思い続けていた。
どうして、どうしてあんなにも泣いていたのだろう。
べつに今までにだって、0点とまではいかなくても、低い点数をとったことは何回もあったのに。
今になって、急にどうして?
ふと足元に肌寒さを感じて、毛布の中にもぞもぞと身体をすべりこませた。思えば今日一日、なんだかずっと寒かった。
早く暖かい季節にならないかなと思いながら、ひんやりとした枕を抱きしめる。そうしてわかった。
――ああ、そうだ。冬が終わったら春になるんだ。
次の春には、私たちは中学三年生になって、そうしてまたもう一年経って冬を超えたとき、私たちは高校生になるんだ。
私と向日葵は、そこで離ればなれになるんだ。
私はこんなバカだし、向日葵はきっと頭のいい高校に行くし、もう一緒に学校に行くことはなくなるんだ。
ずっと続いてきた私たちの腐れ縁も、もうここまで。
頭の良し悪しとか関係なく、こんなに性格も何もかもが違う私たちが一緒にいられるのは、もうここまで。
いつの間にか私が乗っていた車両のレールは、向日葵が乗っているものとは別になっていた。
向日葵はきっと、同じレールに乗ってほしくて、ずっとずっと私に手を差し伸べていたのに。
私はそれに気づかず、自覚もなく迷子になっていて、いつの間にか、どこに行くのかもわからないレールに乗るしかなくなっていた。
このふたつのレールが交わることは、たぶんもうない。
『……櫻子……あんたさ、ほんといつになったら気づくの』
最後に放たれた姉の言葉の意味が、今になってようやくわかったような気がした。
櫻子の目からまた涙が零れ落ち、枕にスッとしみ込んでいく。
胸の中にあるのは、やっぱり向日葵に対する、「ごめん」という気持ちだった。
(向日葵……っ)
ごめん。ごめんね。
震えるほど寒い夜。櫻子は枕に顔をうずめ、声にならない声で、謝罪の言葉を何度も繰り返していた。
力尽きて眠ってしまうまでずっと。
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