【ゆるゆりSS】ふたりの距離
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8:名無しNIPPER[sage saga]
2023/09/07(木) 21:30:07.66 ID:I2AyKHWk0
 そのとき、部屋のドアが開いて帰省中の撫子が入ってきた。
 反抗期真っ盛りといった妹の小さい背中に、鋭く言葉を投げかける。

「ドンドンうるさいよ」
「……出てって」
「下まで響くの。花子が怖がってる。やめて」
「……関係ないじゃん……!」
「関係ないことない」

 撫子はすっと部屋の中まで入り込み、ベッドでうなだれる櫻子の隣にすとんと腰掛ける。
 階下のリビングにいるフリをしていたけれど、本当は妹の部屋の前でずっと様子をうかがっていたのだった。

 ぐちゃぐちゃのベッド、投げつけられたカレンダー、1ページも進んでいない問題集が視界に入る。
 髪もハネてくしゃくしゃになり、荒れていることが一目で見て分かる妹のことを、とても放っておけなかった。

「……ひま子と一緒になれないのが、そんなに嫌なの?」

 撫子にそう言われると、櫻子は今にも飛び掛からんとする勢いで、姉に向かって感情をむき出しにした。

「そんなことないっ!!」
「……」
「向日葵と同じ高校になんか行けなくたって、そんなのっ……別にっ……!!」

 苛立ちのあまり、自分の太ももを叩こうとして振り上げた櫻子の拳を、撫子がぎゅっと掴む。

「……じゃあ、なんでそんなに泣いてんの」
「うぅ……う……っ」

 撫子は決して怒ることなく、そのまま櫻子を抱きしめた。
 櫻子は途端に全身から力が抜けていってしまい、姉にもたれかかるように倒れ、子どものように泣き続けた。

「うぁぁあ……あぁぁあぁ……」
「……まったく」

 くしゃくしゃに乱れた妹の髪を、優しく撫で付けて整える。
 抑えきれない感情が涙となって溢れ、どうすることもできなくなっている妹の背中をとんとんとさすりながら、優しく語り掛けた。

――いいんだよ。ひま子と同じ学校に行きたいって思っても。
 いいんだよ。ひま子と一緒にいたいって思っても。
 ひま子には、秘密にしておいてあげるから。
 櫻子が自分から言えるときが来るまで、ずっとずっと、秘密にするから。

 櫻子はよじよじと姉の胸に顔をうずめ、熱い涙が染み込むのも構わずに泣き続けた。撫子はしっかりとそれを抱き留める。
 久しぶりに再会して、ちょっとは大人になったのかと思ったら、まるで小学生の頃に戻ってしまったかのように泣きじゃくる櫻子を見て、撫子は少し可笑しくなった。
 さっきまで下で花子にひっつかれていたところに、今度は櫻子が泣きついている。
 ふたりとも、ずっと寂しかったのだろうか。やっぱり、家を開けるのはまだ早かったのだろうか。櫻子の頭に頬をつけて包みながら、困ったように笑みを浮かべた。

 受験という壁が立ちはだかる以上、櫻子と向日葵の道がここで一旦分かれることになるかもしれないというのは、撫子もずっと昔から気がかりだった。
 いざその時期が来た時、このふたりはどうなるのだろう。やっぱり別々の道に進むことになるのだろうか。
 その場合、ふたりはそれぞれ納得してその道を歩むのだろうか。進む道は別々になりながらも、今までどおり一緒に居続けるなんてことができるのだろうか。
 それとも……ふたりの距離はここで完全に引き離され、二度と昔みたいな距離に戻ることはなくなってしまうのか。
 もしくは……櫻子がここから死ぬほど頑張って、ひま子と一緒の学校に行ったりするような未来が、あったりするのだろうか。

 未来のことは誰にもわからない。すべては当人たち次第。
 そんなことを思いながらふたりのことをずっと見守っていたつもりだったが、やっぱりこんなことになってしまうのかと、泣きわめく櫻子の髪を手櫛で梳きながら、呆れ気味に思った。

 撫子に櫻子のことを怒る気はない。だってふたりはべつに、「一緒にいなければいけない」関係ではない。
 ここまで学力に差があるふたりが一緒の学校に進むには、櫻子が死ぬほど頑張るか、向日葵が相当妥協する道を選ぶかのどちらかしかない。もちろん向日葵には後者を選んでほしくはないし、そして後者を選ぶほど愚かではないことも重々承知している。
 そうなると前者しか方法はない。きっと向日葵は一縷の望みをかけて、前者の未来がいつかやってくるようにと願いながら、今まで櫻子の面倒を見てきたのではないだろうか。
 けれど、そんなのはやはり夢物語なのかもしれない。本人たちを含む誰もがそう思っていたことだろう。だったら、一緒の学校に進むという未来を無理に選ぶなんてことはしなくてもいいはずだ。その先でまた道がひとつに合流する可能性もあるし、未来の形はひとつじゃない。
 どんな道を選ぶかは、その時その時のふたりが決めればいい……撫子はそう思っていたが、どうやら話を聞く限り、向日葵も櫻子も「可能性の低い未来」をまだまだ信じていたいようだ。
 だったら姉として、その未来に手が届くように、少しでも応援をしてあげよう。

 すっかり泣き疲れてしまったのか、腫れぼったい目を閉じてすんすんと鼻を鳴らしながら眠った櫻子に毛布を丁寧に掛け直し、撫子は部屋を後にした。

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