【ゆるゆりSS】ふたりの距離
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10:名無しNIPPER[sage saga]
2023/09/07(木) 21:32:41.10 ID:I2AyKHWk0
 冬休みが終わり、三学期。
 櫻子と向日葵は中学二年生として、そして花子は小学三年生として、その学年の最後の学期を迎えた。

 結局櫻子は冬休みの最終日まで、ほとんど欠かすことなく、何なら日に日に勉強時間を延ばしながら机に向かい続けた。今までだったら信じられないような光景だが、それは花子の目の前で確かに繰り広げられた現実だった。
 実際の受験があるという日は約一年後。まだまだ遠い。けれどこの分なら、ひま姉は櫻子のことを少しは見直して、今までのことをすぐにでも許してくれるようになるだろう。花子はそう思っていた。
 だが、一度切れてしまった糸というのは、自然と元通りに繋がってくれるものではないらしい。

――櫻子と向日葵が、一緒に学校に行っていない。

 花子がそれを知ったのは、一緒に登校している楓に教えられたことがきっかけだった。
 家を出る時間が小学生と中学生では少し違うため気づかなかったが、どうやら向日葵の方が三学期になってから登校時間をかなり早め始めたらしい。
 それも、まるで櫻子と一緒に登校するのを避けるかのように。
 櫻子も向日葵がそんなことをし始めたのにはとっくに気づいているだろうに、向日葵のことを追おうともせず、今までと変わらない時間に家を出ていた。
 その事実を知り、花子の胸はちくんと痛んだ。
 この感覚は、あの時と同じ。

 冬休みに入る直前、とある寒い夕方に、家の前から女の子の泣き声が聞こえてきた。
 一体何事かと思って外に出たら、子どものように大泣きしている向日葵と、呆然としている櫻子がそこにいた。
 詳しく事情を尋ねる前に向日葵は家の中に逃げ込んでしまったため、花子が向日葵を目撃したのはその日が最後になる。
――すべては、あの日から始まった。

 あれから櫻子は心を入れ替えて、少しずつ少しずつ勉強をするようになっていった。
 楓とは冬休みの間もよく遊んでいたので、そのことは当然話している。なんなら楓も大室家に来て、櫻子が勉強している後ろ姿を一緒に見ている。
 それなら、向日葵が楓からそのことを聞いていないはずがない。
 そして聞いていたとしたら、ふたりが仲直りをしないわけがない。花子はそう思っていた。

 とある平日の夜。ふたりきりの夕飯の席で、花子は櫻子にぽつりと聞いてみた。

「……櫻子」
「ん?」
「ひま姉と一緒に学校行ってないの?」

 櫻子はもぐもぐと動かしている口を一瞬だけ止めた後、「んー……」とはぐらかすように相槌を打った。

「いそがしいんじゃない?」
「い、いそがしいって……そんなわけないし。今まで普通に一緒に行ってたのに……」
「でも、なんかあるんだよたぶん」
「なんかって何!」
「……わかんないけどさ」
「……」

 花子は、それ以上は何も聞けなかった。
 これ以上問い詰めたら、目の前の櫻子がふいに泣き出してしまうんじゃないかと、そんな予感に包まれて、声に詰まってしまった。
 撫子が家を出てから増えた、櫻子とふたりきりの夕食。けれど櫻子に元気がないと、どんなに頑張って料理を作っても味気ないものになってしまう。

「花子は、気にしなくて大丈夫だよ」
「櫻子……」

 向日葵がどれだけ櫻子に対して怒っているかはよくわかるし、櫻子がそれだけのことをしてしまったというのもわかっている。
 でも、櫻子は毎日頑張ってる。
 どれだけ続くかはわからないけど、今までにないくらいの頑張りを見せてる。
 だったら、仲直りくらいはしてもいいはずなのに。
 よくわからない不安とよくわからない焦りが、花子の小さな身体にもやもやと渦巻く。

 これ以上櫻子に聞いても仕方なさそうな気がして、花子は翌日に小さな行動を起こした。
 吐く息が白くなるほど寒く、前夜から降り積もる雪がまだ少しちらつく冬の朝。
 噂どおり、櫻子が家を出る時間より30分も早く古谷家の玄関が開き、向日葵が出てきた。
 花子は門の影からその様子をこっそりと確認する。

 向日葵の姿を直に見るのは久しぶりだった。結局冬休みに入って以来、向日葵は一度も大室家を訪ねてこなかった。まだ新年の挨拶すら交わしていない。
 花子は意を決して向日葵の前に姿を現す。向日葵はハッと気づいたようだが、特に歩くスピードを変えたりもせず、ゆっくりと門を出た。

「おはようございます、花子ちゃん」
「……おはよ、ひま姉」
「そのニット、可愛いですわね」

 向日葵は花子の被っているニット帽を見て微笑み、そして「それじゃ」とその脇を足早に通り抜けて行こうとした。
 花子はすかさず行く手を塞ぐように前に立ち、向日葵を見上げて尋ねる。

「櫻子と一緒に行かないの?」
「……」

 その表情は、怒っているわけでも、そして気まずそうにしているわけでもなく。
 ほんの少しの寂しさを感じさせるような、痛々しい作り笑顔だった。

「先に行ったと……伝えておいてください」

 すいっと花子の横を通り抜け、昨晩新たに降り積もった雪をきゅっきゅっと踏みしめながら、向日葵の背中は少しずつ遠ざかっていった。
 花子の胸が、またちくんと痛んだ。
 頭のニット帽には、雪が少しだけ降り積もっていた。


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