【ゆるゆりSS】ふたりの距離
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2:名無しNIPPER[saga]
2023/09/07(木) 21:22:11.29 ID:I2AyKHWk0
 そんなショックな出来事も数時間たてば忘れてしまえるのが、大室櫻子の短所であり、そして最大の長所でもあるのかもしれない。
 0点をとったことについて割り切ったというわけではなく、本当に単純に0点をとったという事実を一時的に忘れてしまっている櫻子。当然悪びれる様子などももちろんない。
 向日葵とふたりで歩く放課後の帰り道。櫻子はすっかりウキウキとした気持ちでややスキップ気味に歩いていた。
 なんてったってもうすぐ冬休み。クリスマス。年末なのだ。その事実を思い出して嬉しくなってしまい、昼休みや放課後はクラスメイトたちと遊びの相談にふけっていた櫻子に、もうテストのことを思い出す余地などない。
 しかし隣で歩いている少女は違う。ずっと「嫌な予感」が胸に張り付いたまま消えないのを、黙ってここまで引きずってきた。試験中、なんなら試験前からずっと、自分の成績よりも気がかりに思っていたほどだ。0点をとった当人は、その気持ちには気づいていない。
 そんなこんなでふたりの家の手前まで来た頃、いつものように「じゃあねー」と帰っていきそうになる櫻子の手をぱしっととって、向日葵は言った。

「待ちなさい」
「うぇっ?」
「あなた……今日返ってきたテストの答案、何点だったんですの」
「え!?」
「ずっと気になってたんですわ。見せなさい」
「あ、いやー、学校に忘れてきちゃったかも……?」
「嘘。席についてすぐカバンにしまってたの、私見てましたわ。それだけ見ていたくない点数だったってことなんじゃないの?」
「そ、そんなことは〜……」
「見せなさい!」

 いつにない剣幕で迫ってくる向日葵に気圧され、櫻子はしぶしぶカバンを地面に置いて、かじかんだ手で答案を探した。
 冗談みたいな点数をとってしまったこと、普通に言ったらとんでもなく怒られる。とくに今回は向日葵の忠告や協力の申し出を、面倒だからと再三跳ねのけてきたという経緯もあった。
 テスト前からずっと、こうして帰り道で一緒になったりするたびにお小言を言われていた。今度のテストは範囲が広いとか、難しいとか、この時期にとる点数が今後の受験生活に大きく関わってくるだとかなんとか。
「はいはい」と相槌をうちながらも櫻子は、頭の中ではいつも別の楽しげなことばかり考えていた。「一緒に試験対策しません?」と声をかけられても、「いいよひとりでやるから!」と言って、逃げるように自分の家に入り、そのまま暖かい部屋でずっとゴロゴロしていた。
 そんな経緯があるだけに、今回はどれだけ大きなカミナリが落ちてくるかわかったもんじゃない。でももういつものように逃げることもできない。どうせ今逃げても明日また言われてしまう。なんなら家の中まで勝手に押しかけられてしまう。
 それだったらむしろ、今大々的にふざけて見せた方が傷は浅くなるだろう。なんてったって今回は0点なのだ。8点とか11点とかだったらリアルな数字すぎて笑えないが、今回はついに0点をとってしまったのだ。これはむしろチャンスかもしれない。

「お、驚くなよ〜?」
「……」

 櫻子はそう前置きしながら答案を掴むと、しゃがみこんだ体勢から一気にジャンプし、向日葵の目の前にばーんと答案を突き出した。

「じゃ〜〜〜〜ん!! れーてーーん!!!」
「っ……」
「見てみて、ほんとに0点! ほら! ついにとっちゃったの! 逆にすごくない!?」

 向日葵がショックそうな表情を浮かべていたのは一瞬だけ視界に入ったが、「おふざけモードで乗り切る」という方向にひとたび舵をきってしまった櫻子はもう止まらない。こんなところで勢いを失速させてしまったら意味がない。ここはこのテンションで押し切るしかないのだ。

「いや〜今まで取りそうで取ったことなかったけど、ついにって感じ! 何がすごいってさ、別にわざと取ったわけじゃないんだよ!? ほらここだって、私なりに考えて合ってるかな〜って思いながら書いたんだけど、それすらケアレスミスでダメになっちゃってさ〜!」

 冷たい風が吹きつける、薄暗い冬の夕暮れ。自宅のすぐ前であるということも気にせず、櫻子は明るいテンションでまくし立てた。今はとにかく、怒られないことが最優先だ。
 我ながらよくもまあこんなに0点をとったことを肯定的に言えるなと思いながらも、ややオーバーリアクション気味に櫻子は続けた。さながら大手企業の名物社長のスピーチかのように。


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