17:名無しNIPPER[sage saga]
2023/09/07(木) 21:40:24.80 ID:I2AyKHWk0
「花子ちゃんには、全部話しておかなきゃと思いまして」
「ひま姉……」
明かりが小さく落とされた、薄暗い向日葵の部屋。そのベッドのへりに並んで座って、花子は向日葵の話を聞いた。
パジャマ姿の向日葵はどこか昔よりも大人っぽい気がして、なんだかドキドキしてしまいそうなほど、綺麗だと思った。
「櫻子が勉強し始めたのって……去年の年末から、なんですのよね?」
「うん……」
「……私、すぐには気づけませんでしたわ。初めて知ったのは楓に教えられたときで……それを聞いても、しばらくはとても信じられなかった」
「……」
「その頃の私は……櫻子との関係を断ち切ろうとしていたんですわ」
「!」
初めて向日葵の口から語られる、 “向日葵側” の真実。
膝元に乗せられた花子の小さな手を両手で包みながら、向日葵はぽつぽつと打ち明けた。
「ずっとずっと、不安だったんですわ。私と櫻子は、中学を卒業したらどうなってしまうのかって」
これからも一緒に同じ学校へ行けるのか。
それとも、まったく違う学校へ進むのか。
櫻子は、どちらの道を選ぶつもりなのか。
「私は……叶うことなら、一緒の学校に進学したいと思っていましたわ。でも、あの子の成績がいつまで経ってもそれに見合うものにならなくて……あの子には、私と一緒の学校に進むなんて選択肢は、最初からないのかもしれないって……」
「……」
「櫻子の気持ち……直接聞いてみればいいのに、そんなこともできなくて。どっちだろう、どっちなんだろうって、ずっと気にしていることしかできなくて。でもその答えを決定的に思い知らされたのが……あの冬休み前のことだったんです」
あの日で、すべてが終わったような気がした。
――望みの薄い希望にいつまでも縋っていたのは、私ひとりだけだったんだ。
心のどこかではなんとなくわかっていて、その現実を受け入れる準備だって、できていると思っていたのに。
0点の答案を振り回す櫻子を前にしたとき、自分の中で何かが決壊してしまった。
最初からそんな道なんてなかったのに、一方的に期待を寄せて、一方的にお節介を焼き続けて。
何もかもが空回りしていたことに気付かされ、すべてがばからしくなってしまった。
どんなにいがみ合うことがあっても、櫻子と自分の思いはいつでも一緒だなんて、小さいころと同じように信じていた自分の幼さが、笑けてくるくらいに悲しかった。
「そして……決めたんですわ。櫻子とお別れできるようになろうって」
「っ!」
「今から少しずつでも、あの子との距離を離して……高校に上がるころまでには、自然に “櫻子離れ” ができるようにならなきゃって、そう決心したんです」
いつかは必ず訪れる、別れの時。
その時がきても苦しくならないように、気持ちの整理をつけておく必要があった。
そうでもしないと、きっと壊れてしまうから。
櫻子はそのままどこかに行ってしまって、自分は暗いところに置いてきぼりにされて、もう自分ひとりでは動けなくなってしまいそうな気がしたから。
だから、冬休みはほとんど家から出なかった。
櫻子に会うのが怖かったから。
年が明けてまた学校が始まるその時までに、櫻子のことを見ても泣かないようにならなきゃと、自分で自分の心に言い聞かせていた。
そうして、ふたりの距離は “順調に” 離れていった。
「でもあるとき、楓から教えてもらいましたわ。櫻子が勉強を始めたと」
「!」
「それを聞いて私は……すぐには、とても信じられませんでした。もしかしたら、そういう嘘を楓に吹き込んだんじゃないかしらって、そんな嫌な想像をしてしまうくらい」
もう、期待したくない。期待をすればするほど、後で傷つくのは自分なのだから。
「もう、櫻子の前であんなに泣いたりしたくなかった……だから、その後も私は変わらずにいようとしました」
けれど、それだけの変化ともなれば、やっぱり自然と伝わってくるもので。
櫻子と何も喋らなくても、櫻子を視界から外そうとしても、どうしたって肌で感じるほどにわかってしまうほどで。
――あの子が本当に変わり始めているなんてことは、すぐにわかっていたんですわ。
向日葵のしっとりと落ち着いた言葉に耳を傾けながら、花子は「やっぱり」と目を細めた。
櫻子のことを、ずっとずっと隣で見守ってきた向日葵が、気づかないはずがない。
楓に教えられずとも、必ず気づいていたはず。櫻子の変化を……姉妹である自分や本人でさえ気づかないような些細な変化でさえ敏感に感じとれてしまうのが、本来の向日葵のはず。
「本当は、怖かったんですわ。また期待して、そして絶望して……同じことを繰り返すんじゃないかって。でも……そんな怖さと同時に、嬉しいという気持ちが湧き上がってくるのもまた……抑えられませんでした」
内なる恐怖と、抑えられない期待。
視界の端に物憂げな櫻子が映るたび、いつもより集中して授業を聞く華奢な背中が映るたび、その均衡は徐々に徐々に崩れていって。
期待はそのまま膨らみ続け、いつの間にかまた、胸の中で希望の種が芽を出し始めていた。
そんなある日、放課後の教室に、櫻子がひとりで残っているのを見つけてしまった。
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