【ゆるゆりSS】ふたりの距離
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13:名無しNIPPER[sage saga]
2023/09/07(木) 21:36:52.86 ID:I2AyKHWk0
 時間というものは、残酷だ。
 こんなにも結びつきの強かったふたりの関係が壊れてしまったこと。
 その状態を、「普通」にしてしまうなんて。

 三年生になってクラスも別々になり、向日葵と櫻子の距離感は、元に戻る余地すらも感じさせなくなってしまった。
 もう昔のように一緒に遊ぶことなどなくて、朝はバラバラに学校に行き、帰りも時間帯をずらして帰ってくる。
 それが「当たり前」になってしまったことに、花子や楓はずっと心を痛めていた。

 さらに厄介なことに、ふたりはお互いの “無視” さえも、ついにやめてしまった。
 互いの姿が視界に入らない時間が増えすぎたせいか。今はもう目が合えば「よっ」「あら櫻子」と挨拶を交わす程度にはなったらしい。
 関係の薄い多くの人たちにとって、それは一見仲直りともとれるものかもしれない。
 しかしふたりのことを間近で見てきた人にしてみれば……それはふたりの関係において、いまだかつてないほどの “悪化” でしかなかった。

 ある夜。
 どん、という音が隣の部屋から聞こえてきて、ベッドに無気力に寝転がっていた花子は思わず飛び起きた。
 櫻子の部屋のドアをそっと開けて、中の様子をおそるおそるうかがう。
 デスクライトだけがついている部屋の中で、櫻子が自分の髪をぐしゃぐしゃに掴んで机に突っ伏していた。

「さ、櫻子……?」
「うぅぅ……」
「ど、どうしたのっ。体調悪いの……?」
「わかんない……っ」
「え……」
「わかんない……わかんないわかんない……っ……!」

 自分を傷つけるかのように髪を掴んで身悶える姿を見て、慌てて駆け寄る花子。
 歯をぎりぎりと噛み締め、ふぅふぅと息を荒らげながら、櫻子は泣いていた。
 姉からもらった問題集には、ぼたぼたと大粒の涙が零れ落ちていた。

「できない……全然できないよぉ……」
「さ、櫻子、しっかり……!」
「……こんなんじゃ……こんなんじゃあ……!」

 とにかく落ち着かせなくてはいけないと思いながら、花子はその背中をさする。
 妹の介抱を受け、不安気な気持ちが体温を通して伝わったのか、櫻子の身体からはしゅんと力が抜けていき、そしてめそめそと息を整えながら「ごめん」と謝った。
 苦手な問題にぶちあたり、教科書を読み込んでもうまく理解ができず、まったくペンが動かなくなってしまった自分自身に嫌気が差し、思わず机を叩いてしまったようだ。
 今の大室家では、こんな光景が珍しくない。

 苦手な科目や難題だけじゃない。中だるみも体調不良も必死に乗り越えながら、櫻子は毎日毎日机に向かって戦っている。
 こんなことで大丈夫なのか、こんなことで受験までに間に合うのか、不安で押しつぶされそうになっている弱々しいその背中を、花子はもう何度も見てきた。
 そのたびにこうやって抱きしめて、小さく震える姉をなんとか落ち着かせているが、花子の胸の内にはいつもある懸念があった。

――櫻子はこんなにも頑張っている。
 けれど、櫻子がこのまま頑張り続けて、向日葵と同じ高校に行けたとして……そのときふたりは、元通りになれるのだろうか。
 こんなにも距離が離れてしまったふたりは、同じ高校に進んで、同じクラスになったとしたって……もう二度と昔のような関係性には戻れないのではないか。
 だとしたら……櫻子のこの努力には、一体何の意味があるのだろうか。

「今日はもう頑張りすぎだから。少し休んだ方がいいし……」
「……うん……」
「撫子おねえちゃんにも電話してみるから。わからないところは、また明日聞きながらやった方がいいし」

 しおしおと力を失っていく櫻子をベッドに寝かせ、おでこをそっと撫でてから部屋を出る。
 パタリと閉じたドアに背をもたれ、花子の目には、うるうると涙が溜まっていた。
 過去の贖罪のように努力し続ける櫻子を、もう見ていられなかった。

(櫻子が……こんなに頑張ってるのに……!)

 花子は静かに、我慢の限界を迎えていた。




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