6:名無しNIPPER[sage saga]
2023/09/07(木) 21:26:20.13 ID:I2AyKHWk0
公園について早々、向日葵は冷え切ったベンチに座ることもなく、葉の一枚もついていない木の下に立ちながら呟いた。
「……あなた、どこの高校行くんですの」
「えっ……」
冷たい風が足元から身体を冷やしていく。
この質問は、今までにも何度かされたことはあった。
具体的なビジョンなどない櫻子は、そのたびに何とかはぐらかしてきたけれど、今思えばこの話をするとき、向日葵はどこか悲しそうだった。
――別に、どこだっていいじゃん。
向日葵には、関係ないでしょ。
今までだったら、そんなことを言って突き放していたのかもしれない。
けれど今こんなことを言ったら、また昨日みたいに向日葵を泣かせてしまうということは櫻子にもわかっていた。
泣かせているのは、ほかでもない、自分だ。
「……」
進路の話は嫌いだった。
将来の夢について考えるのが嫌になったのはいつからだろう。
小さいころは、未来というのはいつだって明るいものだと思っていた。
なのにいつから、未来のことを考えるのが憂鬱になってしまったのだろう。
「……なんとか言いなさいよ……っ」
「うん……」
「櫻子!」
「っ……」
「言っておきますけど、私はあなたのために、志望校のランクを落とすなんて……できませんからね……っ!」
今にも泣きだしそうな震える声を聞き、はっと顔を上げる。向日葵は目を赤く充血させ、悲痛な表情で訴えかけていた。
櫻子は無性に嫌な気持ちになった。
向日葵の言葉に腹が立ったわけではない。向日葵にこんなことを言わせてしまう、こんな顔をさせてしまう、自分のすべてが嫌になっていた。
(そんなこと……言われなくてもわかってるよ……)
それは、いつか言われるんだろうなって、ずっと思っていたこと。
しかしいざ実際に声に出して言われると、何か「決定的なもの」をつきつけられたような、胸が詰まるような思いが全身を駆け巡った。
すべては現実から目をそらして、何もしてこなかった自分が悪いんだ。
もっと早くに気付いて、もっと早くに頑張っていたら、このセリフを言わせない未来にできたかもしれないのに。
その努力すら放棄したのは、ほかでもない自分なんだ。
向日葵はまたぐすぐすと泣き出し、そしてしまいには櫻子を置いて、公園から走り去ってしまった。
櫻子にはもう、それを追いかける気力も残っていなかった。
(……最低だ)
――私は、最低だ。
私はいつの間にか、大切な幼馴染を泣かせる、どうしようもない人間になっていたんだ。
数分ほど経ってから、向日葵が走り去っていった方角を見やる。当然、もうそこには誰もいない。冷たい冬の薄闇だけが、ただそこにある。
なんだか、もう二度と向日葵に会えないような気がした。
なんだかもう二度と、向日葵とは会ってはいけないような気がした。
(……ごめんね、向日葵)
そのまま周囲が真っ暗になって、心配した花子から電話がかかってくるまで、櫻子はずっと公園に立ち尽くし、ぽろぽろと涙を落とし続けた。
向日葵からもらったマフラーは、すっかり冷たく濡れてしまっていた。
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