1:名無しNIPPER[saga]
2018/12/28(金) 20:07:12.39 ID:JbQZeQhn0
駅前のゲーセンは知らぬ間に無くなり、フィットネスクラブになっている。
界隈では有名なヤクザの事務所とその一帯は、近代的なマンションと複合施設に建て替わっていた。
間違えたか?
いや、確かにこの駅だ。
気分を落ち着けるためにコーヒーでも飲もうと、自販機で110円を入れてボタンを押す。
なぜか出てこないので、ふと値段を見ると130円とあった。
おそらく流行なのだろう、通りを歩く垢抜けた男女の会話に耳を澄ませても、まるで何を言っているのか分からない。
そして、街の巨大な電光掲示板に流れる知らない歌手の映像を眺め、受ける疎外感にデジャブを覚える。
僕は時代に取り残されている。
そして、年末の時期になると、全てを思い出すのだ。
僕の本来の仕事を。
そして、また忘れる。
そういう仕事だった。
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2:名無しNIPPER[saga]
2018/12/28(金) 20:09:47.27 ID:JbQZeQhn0
僕のパートナーは、この道何十年の大ベテランである。
と言っても、その人の見かけの歳は、僕とそう変わらない。
それは当然と言えた。
僕達は仕事柄、歳をとることがない。
3:名無しNIPPER[saga]
2018/12/28(金) 20:15:48.00 ID:JbQZeQhn0
僕達は、平たく言えば国家公務員だ。
業務がかなり特殊なだけの。
僕達の仕事は、つまみを回すこと。
4:名無しNIPPER[saga]
2018/12/28(金) 20:18:10.92 ID:JbQZeQhn0
「どうした、ボウズ」
宵闇にしんしんと降りしきる雪にボーッと持ってかれていた意識が、現実に引き戻される。
ジイサンに呼ばれ、僕はタバコをその場に落とし、靴底で踏み消した。
5:名無しNIPPER[saga]
2018/12/28(金) 20:23:31.17 ID:JbQZeQhn0
公務員の手当の一つに、特殊勤務手当というものがある。
肉体的、精神的な負担が大きい特殊な業務に従事する職員に、相応の対価を支給するというものだ。
国家公務員の場合、一般職給与法第13条を根拠法令とし、人事院規則でその類型を定めている。
具体例を挙げると、高所で作業する職員とか、検疫所や放射線を扱う支所の職員とか。
6:名無しNIPPER[saga]
2018/12/28(金) 20:26:19.91 ID:JbQZeQhn0
「来年も俺達、コンビを組まされるのかな」
最後の一件を終え、僕はふとジイサンにこぼした。
僕は、周囲には「俺」で通していた。
7:名無しNIPPER[saga]
2018/12/28(金) 20:29:14.39 ID:JbQZeQhn0
繰り返しになるが、僕達は歳をとることがない。
年越し代行を行った職員は、そのまま肉体も精神も一年前の状態にリセットされ、次の年を迎える。
若い肉体を維持する代わりに、その年の記憶を引き継ぐ事ができないのだ。
肉体と同様に、精神も負荷を加えれば疲弊し、老いていく。
8:名無しNIPPER[saga]
2018/12/28(金) 20:30:41.43 ID:JbQZeQhn0
「おう」
いつもの年末、いつもの集合場所で、ジイサンは僕の姿を認めると、嬉しそうに手を上げて笑った。
これに答える代わりに、僕は黙って缶コーヒーを飲み干し、その辺に投げ捨てた。
9:名無しNIPPER[saga]
2018/12/28(金) 20:31:57.53 ID:JbQZeQhn0
いつの間にか、行きつけの店が潰れていた。
消費税が5%になり、8%になっていた。
僕が最初にやったFFはWだけど、オモテの職場の“同い年の”同僚はスーファミすら知らない。
流行の曲も映画もドラマも、漫画やアニメも何一つ、噛み合う人間が僕の周りにはいない。
それどころか、時代遅れだとバカにされる。
10:名無しNIPPER[saga]
2018/12/28(金) 20:34:34.76 ID:JbQZeQhn0
「おい知ってるかボウズ」
色気の欠片も無い、野暮ったいデロリアンを運転しながら、ジイサンは藪から棒に話を振った。
「ゆくゆくは、この仕事も全自動化っつーのになるかも知れねぇな。
11:名無しNIPPER[saga]
2018/12/28(金) 20:35:54.62 ID:JbQZeQhn0
「そうだなぁ」
ご機嫌なトーンを変えずに、ジイサンはハンドルを握りながらウーンと唸っている。
12:名無しNIPPER[saga]
2018/12/28(金) 20:37:59.67 ID:JbQZeQhn0
「――さぁ。絶滅するってことは無いんじゃない?」
僕は頬杖をつき直して、小さくため息をついた。
何が言いたいんだ、この人は。
13:名無しNIPPER[saga]
2018/12/28(金) 20:41:06.12 ID:JbQZeQhn0
離職率は高い一方で、新規雇用率はゼロに近かった。
近年では、ツイッターとかインスタグラム?とか、昔と比べて情報発信をする手段が随分増えたという。
たとえ記憶をリセットされても、次の年の瀬に記憶を取り戻した際、これを嬉々として発信する若者は後を絶たないのだ。
14:名無しNIPPER[saga]
2018/12/28(金) 20:43:46.92 ID:JbQZeQhn0
クソみたいな部屋だった。
スナック菓子の袋や雑誌、ちり紙とカップ麺と、得体の知れないゴミで足の踏み場も無い。
加えて、住人であるその男の、きわめて雑な寝相が、ソイツの人間性を雄弁に物語っていた。
15:名無しNIPPER[saga]
2018/12/28(金) 20:44:44.95 ID:JbQZeQhn0
――――。
ある種の確信めいた疑念が、ふと思い浮かぶ。
16:名無しNIPPER[saga]
2018/12/28(金) 20:47:29.46 ID:JbQZeQhn0
――気づくと僕は、見慣れないマンションの一室で目が覚めていた。
金が無いので銀行へ行くが、年始のこの時期は開いておらず、コンビニに行ってみる。
真新しいATMに悪戦苦闘しながら何とか操作を進めると、預金高は見たこともない額に達していた。
17:名無しNIPPER[saga]
2018/12/28(金) 20:50:03.69 ID:JbQZeQhn0
横浜駅は、未だに工事をしている。
電車のダイヤはいつの間にか改正され、予定した電車の一本後に乗った。
駅を降り、目の前の風景が記憶とまるで違うので、咄嗟に引き返すが、やはり目的の駅だ。
いつまで経ってもなぜか慣れない会社へ行く。
18:名無しNIPPER[saga]
2018/12/28(金) 20:54:01.69 ID:JbQZeQhn0
こういう時、マクドナルドは助かる。
多少高い気もするが、良くも悪くも、変わらぬ味は期待を裏切らない。
何より、耳障りな喧噪が心地よかった。
周りへの迷惑などまるで省みず、下品な声ではしゃぐ高校生。
19:名無しNIPPER[saga]
2018/12/28(金) 20:57:09.15 ID:JbQZeQhn0
「――あ? 何見てんだよ」
「えっ」
男が僕を睨んだ。
ぶつかってきたのはそっちなのに、なぜこの男が高圧的なのか釈然としないが、面倒は避けるに限る。
20:名無しNIPPER[saga]
2018/12/28(金) 21:05:09.24 ID:JbQZeQhn0
「おい、何だお前今日もマックかよ?」
「アハハ、えぇ、まぁ……」
同僚の冷やかしを無視して、昼休みにマックへ通う日々がしばらく続いた。
あの男に出くわす日は、その1割にも満たなかったが、それでも会う度に確信めいた疑念が深まるのを感じた。
21:名無しNIPPER[saga]
2018/12/28(金) 21:06:42.19 ID:JbQZeQhn0
――――!
あの男は――。
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