女神

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357 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/05(月) 22:44:22.30 ID:WlGCXGIKo

「まず聞いてもらいたいんだけど、僕と麻衣・・・・・・麻衣さんは付き合っている」

 会長はそう言った。

「とりあえず君には知っておいてもらいたくて」

「はい。というか察してはいました。朝一緒にいる先輩と麻衣ちゃんを見かけました
し・・・・・・。というか隠しているつもりだったんですか? あれで」

「そういうつもりはないんだ。彼女も僕たちの関係を周りに隠す気なんかないみたいだし、
彼女がそれでいいなら僕だって」

 先輩が慌てた様子で言った。「でも、これまではっきり誰かに僕たちの交際を話したの
は君にだけなんだ」

「そうですか・・・・・・でも心配はいりませんよ。私も麻人も麻衣ちゃんが選んだ人なら反対
はしませんから」

「ありがとう」

 会長はそう言ったけど、その表情には嬉しそうな様子は窺えなかった。

「まあ僕たちのことはともかく、さっきの祐子さんの話だけど」

「はい?」

「君とか池山君には誤解して欲しくないというか・・・・・・その」

 会長はそこで少しためらって、でもその後思い切ったように話し出した。

「僕は中学の頃、祐子さんと生徒会で一緒に活動をしていたことがあってね。彼女は副会
長だったんだけど。それで・・・・・・。どういうわけか僕は彼女に告白されたことがあったん
だ」

 やはりそうか。では、会長は中学時代に浅井先輩の妹と生徒会でコンビを組んで、高校
では姉の浅井先輩とコンビを組んだわけか。何か因縁のようなものを私は感じたけど、正
直会長の話は今の私にはどうでもよかった。

「今日まで二人が姉妹なんて全く気がつかなかったよ。言われてみれば二人とも浅井さん
だったんだけど」
358 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/05(月) 22:44:54.33 ID:WlGCXGIKo

 会長がそう言った。会長にとっては過去の亡霊が再び現われたように感じて狼狽したの
かもしれないけど、今、私が探らなければいけないのは中学時代の会長の恋愛模様とかで
はなくて、麻人と二見さんに起きたことの真実だったのだ。だから正直に言って、今の私
には混乱した会長の心の整理に付き合っている余裕はなかった。でもその後に続く会長の
話を聞いたとき私は凍りついた。

「でも僕は祐子さんの告白を断った。その時にはもう、僕には優がいたから」

 僕には優がいた? ではあの二見優さんと会長には過去に接点があったのだ。そればか
りか副会長の妹だという唯さんの告白を断る理由が、二見さんだったと会長は言った。そ
れは中学時代の会長と二見さんは恋人同士だったということか。一瞬、私は混乱したけど
次の会長の説明で疑問は完璧に氷解した。

「多分君の考えているとおりだよ。僕は優と中学時代付き合っていた。池山君の彼女の
優・・・・・・さん、と」

 会長はそこで取ってつけたようにさんづけをした。多分、二見さんのことを呼び捨てで
呼ぶことに慣れていたのだろう。

「僕と優さんは彼女が中学二年の終わりに転校するまで付き合っていたのだけど、彼女が
突然転校したせいで自然消滅みたいになってね」

 それでは私が聞いたあの会話の謎の一端がほどけたのだ。過去に副会長の妹さんと石井
会長には因縁が、少なくとも何らかの交渉があったのだ。それが二見さんを陥れた動機な
のかどうかは、まだわからないけど。

「・・・・・・でも何でそんなことを私に話すんですか? だいたい、麻衣ちゃんはそれを知っ
ているんですか?」

 これは大切なことだった。麻衣ちゃんにとっては二見さんは自分から麻人を奪っていっ
た女だった。その二見さんが、今麻衣ちゃんが付き合っている石井会長の元カノだと知っ
たらどう考えるだろう。そして先輩がわざわざ私を生徒会室から連れ出したのは、麻衣ち
ゃんへのフォローを期待したからなのだろうか。
359 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/05(月) 22:45:26.85 ID:WlGCXGIKo

「麻衣・・・・・・さんにはまだ話していないよ。そして今の僕にとって一番大切なのは二見さ
んでも唯さんでもなく麻衣さんだけど、だからと言ってそういうフォローを君に頼もうと
したのでもないよ」

 会長は私の内心を見透かしたように言った。

「むしろ、迷惑かもしれないけど僕のしでかしたことを聞いて欲しいんだ。今の今まで誰
にも黙っていようと思っていたけど、唯さんまで出てくると何かいろいろ不安になってき
たよ」

「意味がわかりません。もっとはっきり話してもらえますか」

「僕の恋愛関係のことを相談したいわけじゃないんだ。僕のしたことで麻衣さんに振られ
てもそれは事業自得だから」

 今や会長の顔は真っ青だった。でも言葉の勢いは前よりも激しさを増しているようだっ
た。

「今までは全然気がつかなかったんだ。僕の愚かな行動で池山君と二見さんを破滅させた
んだと思っていた。でも、それより僕の知らないところでもっと何かが起こっているみた
いだから」

 私は再び凍りついた。今まで、会長の個人的な複雑な悩みを聞かされているだけのつも
りだった。でも会長が言うには私が真相を突き止めようと決めた、麻人と二見さんを襲っ
た出来事について言及したのだった。

「聞いてくれるか?」

 きっと私の顔色が変ったことに気がついたのだろう。会長は興奮を鎮めるようにそっと
続けた。



 帰宅してベッドの中で寝る前に、私はさっき屋上で会長から聞かされた話を思い返した。

 生徒会長の話は私に麻人と二見さんを巡って起きている出来事に対する、新たなそして
かなりの量の情報をもたらしてくれた。ただ、その話は断片的で、二見さんを陥れた本当
の原因を明らかにしてくれたわけではなかった。新たに増えた事実は、私が明らかにした
いと思っている真実から更に遠ざけてしまったようだった。

 私はベッドの上で身体を起こした。このまま考え事をしていたら明日の授業はひどい有
様になりそうだけど、こういう状態になると眠ろうとしても眠れないことは自分でもよく
わかっていた。

 寝ることをきっぱり諦めた私は最初から会長の話を思い起こすことにした。会長は昨日
真っ青になりながらこう言ったのだった。

「・・・・・・君たちの担任の鈴木先生に、優の女神行為を知らせたのは僕だ」

 私はこれまで犯人を想像しようと無駄な努力を繰り返していた。二見さんに横恋慕した
校内の男子生徒とか、麻人のことを思い詰めるほど好きになってしまい、二見さんを逆恨
みしたった女の子とか。そして、最近になって有力な犯人候補として考えざるを得なくな
ったのが、夕と副会長だった。でも、まさか生徒会長が犯人だとは思いもしなかったのだ
った。

 その話はそれだけでは終らなかった。

「僕が二見さんと池山君に酷いことをしたという自覚はある。でも、ここまで二人を追い
詰めたのは僕じゃないんだ。それだけは信じて欲しい」
360 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/05(月) 22:45:55.25 ID:WlGCXGIKo

 とにかく私は、鈴木先生に二見さんの女神行為を知らせた犯人を突き止めたのだった。
それは会長だった。その行為は麻人をここまで苦しめているのだから、その実行犯である
会長に憎しみを感じてもいいはずだったのだけど、驚きのあまり感情までが麻痺して機能
しなくなったせいか憎しみや嫌悪よりは、このことの持つ意味が理解できないもどかしさ
だけが私の脳裏を閉めていたのだった。

「意味がわかりません」

 私は震える声で聞き返した。

「何で先輩がそんなことをする必要があったんですか? それにそれだけのことをしてお
いて、麻人と二見さんを追い詰めたのは自分じゃないってどういうことなんです?」

「ちゃんと話すよ。迷惑かもしれないけど聞いてくれるか」

 会長の顔は青かったけど、もう口調は大分落ち着いてきていた。

「僕が二見 優・・・・・・さんと付き合っていたことは事実だ。そして祐子さんを振ったこと
も事実なんだ」

「そして、二見さんが僕には何も言わずに転校して僕の初恋は終った。正直に言うと僕は
そのことに悩んでいた。でも麻衣ちゃんがパソ部に入ってきて僕に悩みを打ち明けてき
て」

「麻衣ちゃんが先輩に?」

「うん。彼女は池山君から卒業しようとしていたんだ。ただ、彼女は池山君の相手の優さ
んが女神行為をしていることに気がついてしまった」

「彼女は悩んでいた。そして僕自身も優さんの女神行為のことを知って悩んだ。あいつは
何をしているんだ、僕と付き合っていたらそんな破廉恥なことをして自己実現する必要も
なかったのにってね」

 会長の話は途中に飛躍もありわかりやすいものではなかったけど、私は何とか会長の話
について行った。麻衣ちゃんが大好きな麻人の彼女に対して求める水準を考えると、女神
行為をしているような女の子は論外だったのだろう。私は考え違いをしていた。麻衣ちゃ
んが部活に入ったのは兄離れをするためだと思い込んでいたのだ。でも彼女はそんな単純
な理由だけではなく、麻人にはふさわしくない二見さんと麻人の関係を何とかしようとし
てパソコン部のドアを叩いたらしかった。

 麻衣ちゃんは何を望んでいたのだろう。麻人と二見さんを別れさせて、自分は兄離れを
する。そして一人になった麻人に私をくっつけようとしたのだろうか。



『お姉ちゃん・・・・・・』

『もうあまりあたしのことは甘やかさなくていいよ』

『お姉ちゃんももう自分に素直になって』

『でないと本当に二見先輩にお兄ちゃんを盗られちゃうかもよ』



 私は前に麻衣ちゃんに言われた言葉を思い返した。
361 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/05(月) 22:46:29.85 ID:WlGCXGIKo

「いろいろあったけど僕は麻衣とお互いに好きあう仲になって・・・・・・これは正直な気持ち
なんだけど僕にとってはもう優さんのこととかどうでもよくなって」

 会長は話を続けた。

「麻衣がいてくれれば過去のことなんてどうでもいい、優さんが池山君のことを好きなこ
ととか女神をしていることとかどうでもよくなったんだ」

「じゃあ、何で会長は鈴木先生に二見さんの女神行為を知らせるようなことをしたんです
か?」

「・・・・・・麻衣の望みをかなえてあげたかったから。だから僕は麻衣にも黙ってメールした
んだ。でもそのメールを出した後で麻衣に言われた」

 会長は話を続けた。その話は意外なものだった。麻衣ちゃんが麻人と二見さんの付き合
いを認めたらしいのだ。でもそれは会長が麻衣ちゃんに黙って鈴木先生にメールを出した
後だった。



『恋愛って当事者同志じゃなきゃわからないんだよね。あたし、初めて恋をしてよくわかった』

『・・・・・・うん』

『お兄ちゃんが二見先輩のことを、先輩の女神行為のことを承知していても二見先輩が好
きなら、あたしはそれを邪魔しちゃいけないのかもしれない』

『あたしにはブラコンかもしれないけど、それでもお兄ちゃんの恋を邪魔する資格はない
と思う。今ではあたしの一番好きな男の人は、お兄ちゃんじゃなくて先輩なんだし』

『だから先輩、あたしが前に相談したことは全部忘れて。あたしはお兄ちゃんと二見先輩
のことは邪魔しないし、お兄ちゃんの味方になるの。今ではあたしには先輩がいるんだし、
もうお兄ちゃんの恋を邪魔するのは止める』



 その時にはもう手遅れだった。二見さんの女神行為は鈴木先生に知らされてしまってい
た。麻衣ちゃんに初めてできた彼氏の手によって。



「全ては僕のせいだ。麻衣にはこうなった原因が僕にあることは言えなかったけど、仮に
ばれて彼女に嫌われてもしようがないと思っている」

 会長が話を続けた。「でも僕が今日君に言いたかったのはそんなことじゃない」

 会長はしっかりとした視線で私を見つめた。

「麻衣と仲のいい君には話しておきたいんだ。さっき書記さんの話を聞いて、この話はそん
な僕たちの単純な行き違いから始ったものじゃないみたいだと気がついたから」
362 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/05(月) 22:47:09.63 ID:WlGCXGIKo

 ここまでの話だけでも混乱していた私は、この話に加えて会長が何を言いたいのか予想
も出来なかった。そしてそんな私を気遣う余裕すらないように、普段は常に冷静な会長は
話を続けた。

「誓って言うけど僕がしたのは最初のメールを出したところまでなんだ。その後の名前バ
レとか裏サイトの掲示板とかの書き込みには僕は一切関与していないんだよ」

 二見さんを本当に追い詰めたのは学校側に女神行為が知られたことではなく、広くネッ
ト上にその行為が実名付きで出回ったことだった。会長の話が本当だとすると、他に二見
さんを追い詰めた犯人がいるということになる。

 私は夕也と浅井先輩の会話を思い出した。やはり彼らが真犯人なのだろうか。まだ真実
はわからないけれど思っていたより複雑な動機が絡み合って、こういう事態が生じたこと
は間違いがないようだった。そして会長は真の犯人ではないのだろうけれども、これを始
めた犯人の動機に密接に関与しているのだろうか。

「浅井君と唯さんが姉妹だったっていうことは、僕はさっき初めて聞いたのだけど」

 会長が顔を上げた。「これまでそのことを僕が知らなかったこと自体が不自然だと思
う」

 会長は何を言っているのだろうか。私は会長の次の言葉を待った。

「僕は中学の頃それなりに女の子から告白されたことがあるんだけど」

 会長は続けた。「まあ信じてもらえないかもしれないけど」

 こんな時なのにわざわざそういう余計な一言を付け加えたのがいかにも女性関係に自信
が無さそうな会長らしかったけど、そのことに可笑しさを感じる余裕はこの時の私にはな
かった。

「それにもてたと言ってもほとんどみんな勘違いとか思い込みでね。僕が相談に乗っている
相手が自分に親身になっている僕のことが気になるようになったとうだけで、まあ、そういう
子はみんな自分が好きなんだよね」

「はあ」

 会長の話がどこに繋がっていくのか私にはわからなかった。

「そんな中でも唯さんだけはそうじゃなかった・・・・・・生徒会で副会長をしていた彼女は控
え目で優しい子だったんだけど、どうやら本気で僕のことを好きになってくれたみたいだ
った」

「その唯さんの告白を、当時優と付き合っていた僕が断ったのは今話したとおりだけど、
よくわからないのは、唯さんは優と同じクラスだったから僕が彼女さんと付き合っている
ことは知っていたはずなんだ」

「じゃあ、同級生の彼氏を奪おうとしたってことですか? その控え目で優しいという浅
井先輩の妹が」

「そうなるんだ。当時の僕は優に夢中だったから深くは考えなかったのだけど、今にして
思えば同級生の彼氏にわざわざ告白したことになるんだよ。そんかおとをするような子に
は思えないんだけど」

 しかし、会長の思考能力はすごく高いなと私は考えた。今の今まで何年間も忘れていた
ことや知らなかったことを、祐子ちゃんから聞かされただけで、すぐに当時の出来事の矛
盾点を思いついたのだから。

 こういう人が味方になってくれると力強いだろうな。現にさっき私たちでは宥められな
かった三年生の部長たちを納得させてしまったのも会長だった。

 でも、会長が本当に味方になれる立場にいるかどうかはまだわからない。とにかく二見
さんの女神行為を鈴木先生に言いつけて、麻人と二見さんの誰にも迷惑をかけていない二
人だけの小さな幸せを壊すきっかけをつくったのは会長であることに間違いないのだから。
363 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/05(月) 22:47:37.18 ID:WlGCXGIKo

今日は以上です
また投下します
364 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/06(火) 05:04:41.06 ID:tiEeZ9uYo
おつ
365 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/10(土) 09:52:24.95 ID:3IerfCxFO
おつんつん
366 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/27(火) 00:09:56.47 ID:JF3eK7aYo

「それにしても、具合の悪い唯さんが、なんでうちの学校の生徒会なんかに来たんだろう
ね」

 会長が聞いた。そう言われてみればそうだ。

「外出できないほど、体調不良じゃなかったんでしょうね。病院に行くのに、付き添いの
浅井先輩のところを訪ねたとか」

 私は推測して答えたけど会長は疑わし気に首を傾げた。

「そんなことわざわざするかな。うちの学校で倒れたんでしょ? 倒れるほど具合が悪い
なら、病院とか最寄り駅とかで待ち合わせするんじゃないかな。救急車を呼ぶほどじゃな
くても」

「唯さんの体調不良って嘘だって思ってるんですか」

「そこまでは考えてないよ。でも、うちの学校に来て優に会いたいとか僕に会いたいとか
って、病気の時にわざわざするものかな。あれからずいぶん時間がたっているのに」

 そう言われてみればそうだけど、だからといってそのことに対する答えはすぐには思い
つかない。

「唯さんの告白を断ったことを話した時の優の反応だけど」

 会長が話を変えた。

「今にしてみれば冷たすぎたような気がする。あの当時彼女に夢中だった僕でさえ違和感
を感じたほどに」

 会長は当時を思い出しそして推理しようとしていたのだろう。会長が少しづつ思い出し
て語ってくれたその当時の出来事とは。



『先輩、何であの子の告白断ったの?』

 二見さんの質問に、当時は彼女さんにベタ惚れしていた会長が答えた。

『僕は、君のことが好きだからね。浅井さんと付き合うなんて考えられないよ』

『ふーん。そうなんだ。唯ちゃん、可哀想』



 二見さんはそれだけ言って、もう唯さんのことはどうでもいいとばかりに、自分が最近
考えていることを話し始めた。

 その時の二見さんの反応があまりにも淡白だったせいで、珍しく会長の中に彼女への反
発心が湧き出してきたそうだ。

 会長の心の中に唯さんの緊張して泣き出しそうな顔を思い浮かんだとか。これでは、あ
んまりだ。僕の気持ちも浅井さんの気持ちも救われない。会長が思い出した事実やその時
先輩が抱いた感情とはこういうことだったそうだ。

「でも違和感と言うのはどういうことなんですか?」

 私は聞いた。思春期の少女の略奪的な恋愛衝動なんてよくある話だし、女性経験が少な
い会長が自分を好きになった唯さんを聖女みたいに祭り上げていたせいで違和感を感じる
だけではないのか。

 二見さんの冷たい反応だって、普段から他人に関心を抱かなかった彼女の姿を知ってい
た私には別に意外とも思えなかったのだ。

「ここから先は完全に僕の想像なんだけど」

 石井会長が話を再開した。
367 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/27(火) 00:10:26.33 ID:JF3eK7aYo

「僕は麻衣のためなら自ら泥をかぶろうと決心したんだよ。優の女神行為を晒すっていう
ことは、万一晒した犯人が生徒会長の僕だとわかったら、晒された彼女ほどではなくても
僕の評判だって地に落ちるだろうとは思ったけれど」

「さっきも言い訳したように僕は優の女神行為を徹底的に晒す覚悟は出来ていたけど、結
局途中でそれを止めた。麻衣が今ではそれを望んでいないことがわかったから」

「・・・・・・でも、ほぼ同じタイミングで二見さんの実名とか住所とかが晒されて、それに学
校裏サイトにもそのことが載ってましたよね」

 それが二見さんにとって致命傷となったのだった。二見さんの女神行為が学校当局に知
られただけなら、広く校内の生徒たちに広まらなかったら、彼女が転校や引越しするほど
追い込まれることはなかっただろう。

「そうなんだ。誰か僕の他にそれをしたやつがいる」

「ひょっとしたら学校とか二見さんの関係者以外の人かもしれないですね。最初はexifと
かっていうデータを解析されたんでしょ? それなら誰でも犯人の可能性はあるし」

 私はふと思いついて言った。

「それだけならそうかもしれないけど、その画像の主を優に結び付けて実名を晒すなんて、
知り合いじゃなきゃできないだろう」

「それはそうか」

 気が重いけどやはり核心にはこの学校の関係者がいることには間違いがないようだった。
それに夕也と浅井副会長の会話のこともある。そして副会長と、最初に鈴木先生に対して
行動を起こした会長の過去とが今繋がったということもあった。

「僕がしたことを知られれば麻衣にはきっと愛想を尽かされるだろう。今までは黙ってい
ようと思っていた。情けない判断だけど僕は麻衣に嫌われることだけはしたくなかったか
ら」

 会長が続けた。

「でも、唯さんとかが登場して僕や優に会いたいって言ったことが本当なら、これは単な
る偶然では済ませられないだろ」

「じゃあ、会長の言う違和感って」

「うん。それは優への嫉妬とか全くなかったわけではないけど、基本的には本当に偶然に
麻衣と付き合うようになってこの出来事の関係者になったんだと自分では思ってたんだけ
ど」

「そうじゃないんですか?」

 会長の顔が再び翳りを帯びた。

「今日まではっきりと僕が麻衣と付き合っていることを知っていたのは、浅井副会長だけ
なんだが」

「・・・・・・はい」

「僕が鈴木先生にメールを出した翌日以降、優はネット上で実名バレしたんだ」

「今までこんなことをするやつは優のことが目障りで、優を陥れるためにしたんだって僕
は無意識に思い込んでいたんだけど」

 確かにそれはそうだった。私もそれ以外の理由は考えたことすらなかった。ぼっちの二
見さんは、ここ最近麻人と付き合いだしたせいかクラス内で話をする程度の知り合いが増
えていたのだ。そのことを面白く思わない人が彼女の女神行為をしったとしたら。

「君もそう考えてたんじゃないかな」

 会長の言葉に私はうなずいた。

「でもそうじゃないとしたら。今、優と僕の中学時代の付き合いに密接に関係のあるやつ
らが姉妹だとわかった。うち一人は僕に振られた唯さん。もう一人は・・・・・・。君に振られ
た僕が麻衣と一緒にいるのを見て、僕のことをさげずんだように話していた浅井副会長
だ」

「どういうことです?」

 私の声は震えていたかもしれない。推測に過ぎないことはわかっていたけど、自らに何
ら非がないのにあんな風に抜け殻のようになっている麻人のことを考えると動揺を押さえ
切れなかった。

「優と僕との過去を知っている誰かが、最近の優の彼氏とか関係なくしたことかもしれな
いね。復讐的な意味で。あるいは僕のこともターゲットだったのかもしれない」

 先輩は相変わらず顔を青くしてはいたけど、言葉はしっかりとしていて冷静な口調だった。
368 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/27(火) 00:11:13.88 ID:JF3eK7aYo

 二見さんの女神行為が発覚した時、私たちはみなそれは自業自得だと思った。誰もがア
クセスすることができる掲示板で、不特定多数の人たちに自分のヌード画像を公開してい
た二見さん。彼女がいったい何のためにそんなことをしていたのか、その行為によってど
んな利益を得ていたのかはわからなかったけど、ただ純粋に高校生が裸を見せるという行
為だけでも、彼女が破滅に至るには充分な動機に思えたから。

 そして麻人はその巻き添えになったのだと私や麻衣ちゃんは考えていた。だから麻人ま
でが校内から悪意や好奇心に溢れた視線に晒されるようになった時、私は麻人を守ろうと
したのだった。

 でも、私が耳にしてしまった夕也と副会長の会話では、この一連の出来事は二見さんを
陥れることだけが目標ではなく、二見さんが陥し入られ姿を隠すことを余儀なくさせられ
ることによって、麻人と二見さんを別れさせることが真の目標だというようにも聞き取れ
た。要は麻人は巻き込まれただけではなく最初からターゲットだったのだ。それも多分、
夕也の仕業かも知れない。

 私が理解できなくて悩んでいたこと。それは、副会長とこの出来事への関わりが不明と
いうことがあったのだけど、副会長が唯さんとやらの姉で、その唯さんが中学時代に副会
長に失恋したのだとしたら、一応の筋は通る。それにしても、なぜ唯さんが二見さんや会
長に会いたがったのかはわからないけど。

「これは今改めて想像したことなんで証拠も何もないんだけど」

 会長が話を続けた。

「唯さんは僕が優と別れる気がないと知って、しつこくすることもなく身を引いた。そし
てその後も生徒会では普通に僕と話をしてくれていた」

「でも・・・・・・。僕は当時は優に夢中だったから全然気にしなかったのだけど、彼女にして
みれば随分酷いことをされたと思ってたとしても無理はないかもね。何しろ当時の僕は今
と一緒で、自分の彼女と過ごす方を優先して生徒会活動の方を後回しにしていたのだし」

 私はこんな深刻な話をしている時なのに笑いたくなった。結局しっかりしているように
見える会長は、二見さんの時も麻衣ちゃんの時も同じことを繰り返しているのだ。会長の
麻衣ちゃんに対する愛情はどうやら嘘ではないようだった。そしてこの人が人を愛する時
にはここまで全身で愛するということが、中学時代から変っていなかったとしたら、唯さ
んもさぞかし一緒に活動していて辛かっただろう。

「もう一つ久し振りに思い出したことがある。それは僕が高校に合格したことを報告しに
母校に行った時のことなんだけど」

「はい」

「その日、二年生の教室には優はもういなかった。二日前に東北の方に転校していたんだ。
僕には何も知らせず別れさえ告げずにね」

 ではこの人も相当辛い経験をしていたのか。私は思いがけない展開に驚いた。会長の中
では中学時代の二見さんとの恋愛は、もう昔話になっているのかと思っていたのだけど、
ここまで辛い経験をしたらそれが会長のトラウマになっていたとしても不思議ではなかっ
た。

 私は自分の中で何となく会長を謎解きの味方のように考えていた気持ちを修正した。こ
ういう辛い経験をした人なら、久し振りに再開した二見さんを陥とし入れようと考えても
不思議はないだろう。
369 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/27(火) 00:11:43.96 ID:JF3eK7aYo

 私のそういう思考は表情に出てしまったようだった。いきなり警戒するような表情にな
ってしまった私に会長は苦笑した。

「いや、確かにあの時は相当堪えたけど。さっきも話したように今は優への未練も憎しみ
も本当にないんだ。自分でも不思議なくらいにね。多分、いや間違いなくそれは麻衣のお
かげなんだけど」

 会長は私の視線を忘れたのか、そこで麻衣ちゃんを思い浮かべているのか幸せそうな表
情を浮かべた。その表情を半ば飽きれ気味に見ている私の視線に気がついた先輩は顔を赤
くして話を続けた。

「それはともかく。その時優のいない二年生の教室で、僕が優が東北に引っ越したことを
聞いたのは、唯さんからなんだ」

「その時の僕はショックを受けていたから、その時の唯さんの表情とか感情を観察するよ
うな余裕は無かった。でも、今にして考えてみると」

 会長は思い詰めたように言った。

「二重の意味で唯さんにはショックだったと思うよ。一つは彼女の純粋な僕への気持ちを
僕が断ったのは優が好きだったからだけど、その優が僕に何も知らせずにあっさりと僕を
捨てて黙って転校して行ったこと。つまり、唯さんが本当に僕のことを一時の気まぐれで
なくて愛していたのだとしたら、そんな僕が心を奪われていた優があっさりと僕を振った
ことはいろいろな意味でショックだったろうな」

「先輩は唯さんが先輩を本当に好きだったと思っているんですね」

 あたしは少しだけ意地悪に聞いた。女性関係に自信がない会長にしては随分思い切って
断言していたから。

「さっき祐子さんに唯さんが僕に会いたいと言っていたと聞いたときにそう思ったんだ」
 先輩はそんな私のことを気にした様子もなく続けた。

「そしてそんな彼女が女神行為をしている優のことを知ったら。彼女が何かをしでかした
としても不思議ではないし」

「それからもう一つは、多分当時の僕は僕のことを気にして慰めてくれた唯さんのことを
まるっきり無視するよう態度を取ったんだと思う。記憶にはないけど、僕は優が黙って転
校していってしまったことにショックを受けて周囲を気にする余裕なんかなかったはずだし」

 先輩は必死に当時の光景を思い出そうとしているようだった。

「じゃあ、先輩は唯さんが二見さんを落とし入れた犯人だと言うんですか」

「・・・・・・それはわからない。そんな単純なことでもないかもしれないね。それに唯さんは
優に会いたいとも言っていたらしいし」

「・・・・・・それじゃ何にもわかっていないのと同じですよね」

 私はついきついことを口にしていた。

「まあ、そうだ。でも、僕にとっては最終的に優のことを追い詰めたのは僕じゃないこと
を証明したい。それで麻衣に許してもらえるかはわからないけど、それでも事実が知りた
いんだ。本当のターゲットはいったい誰なのか」

 私はさっきから会長を問い詰めるような質問をしていたけど、やはり謎を解くには会長
の分析能力が必要なのではないかと考え出していた。
370 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/27(火) 00:12:18.21 ID:JF3eK7aYo

「少し落ち着いて考えれば確かなんだけど、僕が匿名で鈴木先生に優の女神行為を知
らせた、それで、彼女は翌日登校しなかった。それでいいんだよね」

「そうです。その後、麻人は二見さんと連絡が取れなくなり、やがて裏サイトに」

「うん」

 会長が戸惑ったように言った。

「それがそもそもおかしいよね」

「おかしいって?」

「僕自身が裏サイトに書き込みした犯人ならともかく、そんなにタイミングよく事が運ぶ
なんてさ。僕は麻衣も含めて誰にも学校に通報したことなんか話していないのに」

 私は思わず突っ込んだ。

「先輩自身が犯人でなければ、ですよね」

 先輩がかつて自分を振ってあっさりと切り捨てた二見さんに復讐しようと考えていたな
ら。

「うん。こればかりは証明するすべはないけど、僕は本当にそこまでしていないしする気
もなかった。そこまですれば麻衣の大切なお兄さんを追い込むことになる。彼女が悲しむ
のは僕の本意じゃない」

 それは本当かも知れない。私は麻衣ちゃんと先輩が甘く寄り添って朝の部室棟から出て
きた姿を、麻人と二人で目撃したことを思い出した。

 その時、再び私は立ち聞きしたあの二人の会話を思い出した。私はとっさに決心した。
先輩を頼ろう。それは賭けみたいなものだったけど、あの朝の先輩と麻衣ちゃんの仲のい
い様子には嘘はない。間違っているかもしれない。先輩がいい人である保証なんて何もな
い。でも、あたしは麻衣ちゃんを愛しているという会長を信じてみようと思ったのだ。麻
人のためにも、そして私のためにも。真実を知るためにも。

「先輩、実はあたしも知っていることがあるんです。これまで誰にも話せなかったんですけど」

「うん。話してみてくれるか」

「それを話したら・・・・・・先輩は私を助けてくれますか。真相が知りたいんです。麻人をこ
こまで苦しめることになった出来事の原因が」

 会長は驚いたように私を見つめてしばらく黙ったいた。その沈黙は案外長く続いたのだ
った。私は会長の返事を待ちながら抜け殻のような麻人の姿や、私に麻人を託して去って
行った麻衣ちゃんの姿を思い浮かべていた。

「わかった、協力する」
 会長は私を真っ直ぐ見て言った。

「僕の過去のことも関係があるかもしれないし、何より麻衣とは破局になるかもしれない
けど最初のメールを出したのは僕自身だし」

 私はもう迷わず会長に言った。

「先輩が知らない事実が一つあります。副会長と夕也、広橋君って知ってましたよね?
その二人の会話を立ち聞きしちゃったんですけど」

 私は会長に副会長と夕也の会話を明かした。
371 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/27(火) 00:13:19.39 ID:JF3eK7aYo

『・・・・・・やっぱりね』

『え?』

『あんたは、あたしのためとか言ってたけど、実は自分なりに目的があったわけね』

『・・・・・・・いや、そうじゃないって』

『おかしいと思った。あんたがあたしのためだけに、つうか唯のためだけにここまで危な
い橋を渡る理由はないしね』

『俺は唯の幼馴染だし』

『ようやく唯のことをあきらめてほかに好きな女ができたんだ。あんた、有希ちゃんのこ
とが好きなのね』

『ちょっと待てよ。それは誤解だって』

『まあいい。この行動にはお互いに、違った理由があることはよくわかったよ。だけど
さ』

『何だよ』

『このことで遠山さんと池山君ができちゃうかもよ』



 会長は私が偶然に聞いた副会長と夕也の会話の内容を知ると再び考えこんでしまった。

「広橋君は君と、その」

「付き合ってません。前に会長に告白されたとき、会長はそう思っていたようですけど、
それは本当は誤解なんです」

「だって、あの時君は」

 言いかけて先輩は言葉を切った。今さらそんなことを蒸し返してもしかたないと思った
のだろう。特に、今では会長は私ではなく麻衣ちゃんのことが好きになったのだから。

「唯さんを傷つけた優への復讐とか、自分から君を奪っていった池山君への復讐とか、ど
っちの可能性もあるなあ」

 先輩があっさりと話をまとめた。そうだ。ひょっとしたらこれは単純な話なのかもしれ
ない。仮に。仮にだけど、夕也が私のことを好きで、でも私の麻人への気持ちに気がつい
ていたとしたら、そういうことは十分にあり得る。また、副会長が自分の妹のことが大事
で、その妹を振った会長のことを嫌い、そして復讐の機会を伺っていたのだとしても、そ
のストーリーは十分に成立する。やはり、先輩を味方にして正解だったのかも。私はそう
思ったけど、一方で、この人が本当に真実を話している保証はない。二見さんの女神行為
への情報を一番知っていたのがこの人だからだ。麻衣ちゃんから情報を得たのだろうけど。


「とりあえずもう少し落ち着いて考えてみるよ。今日のところはこの辺にしておこう」

 会長が言った。

「わかりました・・・・・・私は生徒会室に戻りますね」

「僕は部室に麻衣を待たしてるんで今日はこれで失礼するよ」

「はい。あ、先輩?」

「うん」

「明日、副会長が出てきたらどうしたらいいでしょう? 直接聞いてみても大丈夫でしょ
うか」

 会長が首を振った。

「いや。まるで見通しも立っていない中でやみくもに問い詰めたって答えてくれる訳がな
い。むしろ警戒されるのが落ちだ。しばらく何も知らない振りをしていよう」

「はい」

 やはり会長の判断力は優れているなと私は考えた。さすがの先輩も真相に至る端著に取
り付けたとはいえないけど、今どう行動すべきかという質問には即座に回答が帰ってきた。
私は妙な安心感に包まれていくのを感じた。もう一人でこの謎に立ち向かわなくてもいい
のだ。

「それじゃまた明日」

 先輩は屋上から去って行った。麻衣ちゃんの待つ部室に向ったのだろう。

 そこまで今日の出来事を回想したあと、私はもう思い返すことをやめてベッドに横にな
った。もう既に日付は変わってしまっていた。
372 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/27(火) 00:13:49.83 ID:JF3eK7aYo

 翌朝、私は話しかければ普通には答えてくれるけど、放っておくとすぐに自分の考えに
浸ってしまう麻人と一緒に登校した。

 私にはその朝、麻人の気持ちを思いやる余裕はなかったので、黙って何かを考えている
彼の隣で自分の考えというか感慨にふけっていた。麻人のため、そして自分のために一連
の出来事の真相を知ろうと決心した私だったけど、その戦いは孤独なものだった。かつて
いつでも麻人と私と行動を共にしていた麻衣ちゃんも、そして夕也も、今では麻人と私か
ら距離を置いていた。

 それどころから夕也には、今や犯人である可能性さえ出てきていたのだ。今の麻人には
冷静かつ客観的に推理し判断する心の余裕はないだろう。そういう意味では、私は一人で
この重すぎる荷物を持ち上げようと試みるしかなかったのだ。

 そんな時、私の前に救世主が現われた。それが会長だった。会長の論理的な思考力は頼
りになる。一人で混乱した気持ちを持て余しながら必死に考えていてもなかなか結果は出
なかっただろう。そういう意味では会長の助力は本当に助かったのだけれど、それでも気
分の高揚は訪れてこなかった。この先、先輩によって謎解きが進むとしても、わくわくし
た感情は一向に感じるができず、重苦しい気分も今までと変わらなかった。

 考えてみればこれで真実が明らかになったとしても、麻人にとっても私にとっても何も
いいことはないのだ。麻人が復讐心を向ける対象ははっきりするだろうけど、それでネッ
ト上に流出した二見さんの画像や情報が消えることはない。そして、多分だけど二見さん
が姿を現して再び麻人と一緒に過ごせるようにはならないだろう。何となく私はそう思っ
た。

 夕也と副会長の会話を考えれば、夕也が二見さんを落としいれた出来事に関係している
ことに間違いがないだろう。麻人を助けてやれという彼の言葉で宙に浮いてしまう。つま
り、あれは冷たい嘘なのだ。

 麻人や私だけではなく、謎解きに参加してくれた会長にとっても真相が明らかになるこ
とによるメリットはないどころか、むしろデメリットしかなかった。麻衣ちゃんに黙って
行動を起こしてしまったことを悩んでいた会長だけど、この先真実が明らかになっていけ
ば、当然その中で会長が果たした役割だけを伏せておくことは出来ないだろう。だからこ
れは会長にとっては不幸へと繋がる道なのだけど、それでも昨日の会長は怯んではいな
かった。あんなにも愛しているはずの麻衣ちゃんは失うかもしれないのに、会長は事態を放
置するよりは真相を明らかにする方を選んだのだった。

 そして同じ理由で真相が明らかになることは、会長を慕っている麻衣ちゃんにとっても
幸福をもたらすことはないだろう。最愛の兄を陥れたのが大好きな生徒会長だと彼女が知
ったら。今だけは麻衣ちゃんは幸せなのかもしいれないけど、それは真相が明らかになる
までの間だけのことだ。

 それでももう後へは引けなかった。会長が自分に何が起こるかを承知のうえで協力しよ
うと言ってくれたのだから、私も初心を貫徹するだけだった。
373 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/27(火) 00:14:19.24 ID:JF3eK7aYo

「何か最近はお前の方が落ち込んでるみたいだな」

 それまで黙っていた麻人が突然私を見て言った。

「何か悩みでもあるのか」

「昨日ちょっと寝不足だったから」

 私は慌てて誤魔化した。

「そんならいいけど・・・・・・何かあるなら相談しろよ。俺たちの仲だろ」

 私は麻人が昔からこういう性格だったことを忘れていた。いろんな意味で平凡だと言わ
れてきた麻人だったけど、私と麻衣ちゃんだけが知っている事実もあった。彼は大切な人
に対しては自分がどんな状態であっても常に気を配って可能なら援助しようとするのだ。
それがあまり知られていない麻人兄の美点の一つだった。

 麻衣ちゃんに悩みがある時には、麻人は自分が風邪で高熱があり気分が良くないにもか
かわらず、長時間にわたって麻衣ちゃんの悩みを聞いて慰めたりということがよくあった。
そして今、彼のその性質は私に向けられたようだった。彼が一番好きな恋人としての女性
は二見さんだ。そして意味は違うけど、家族として一番大切にしているのは今でも麻衣ち
ゃんだろう。では、私はどうだろう。麻人の意識の中では私はどういう位置を占めている
のだろうか。

「ありがと。何かあったら相談させてもらうよ」

「そうしろ。俺だって今までおまえには心配かけてるんだしお互い様だろ」

 幼馴染としてか。それとも過去に私を振ったことが彼の中では負い目となっているのだ
ろうか。

 校内に入ったところで半ば無意識に私は部活棟の方を眺めた。案の定、麻衣ちゃんと会
長が寄り添って部室棟を出て来た。会長は穏やかな気持ちで過ごせているのだろうか。
374 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/27(火) 00:14:48.18 ID:JF3eK7aYo

今日は以上です
また投下します
375 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/27(火) 12:50:33.51 ID:MMShoi2AO
乙乙

今回の分から新しいのか
376 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/27(火) 19:14:47.68 ID:IizJEM3fo
おつです
377 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/10/03(月) 15:28:40.60 ID:gJ4JOMRlO
お、完全新作に突入したね
これは次が楽しみ
378 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/10/12(水) 23:43:03.19 ID:am0+7R9Jo

私が、放課後学園祭の準備に向った時、会長は放課後の生徒会室の前で所在なげに立っ
ていた。

「会長、何してるんですか?」

私は驚いて尋ねた。学園祭の準備の指揮を執りにきたのではいだろう。多分会長は昨日
の話の続きをしようとして待っていたのだろうけど、生徒会長なのだから生徒会室の中で
堂々と座って待っていればいいのに。

「君を待っていた。昨日の件で」

 会長がせわしなく答えた。

「少しだけど君に報告しておきたくて」

「それなら生徒会室で待っていてくれればよかったのに」

 私は少しだけ飽きれて言った。「生徒会長が入り口で突っ立っていたら目立つと思いま
すよ」

「いや。時間がないんだ」

「麻衣ちゃんと約束ですか」

 私は、その時ほんの少しだけ会長と麻衣ちゃんを羨ましく思った。こんなことになって
もお互いに共に過ごしたいと思える人がいる二人に対して。でも会長は首を振った。

「今日は一緒に帰れないって麻衣には言ったよ。それより中学時代の知り合いに連絡を取
ったんだ。多分、副会長は僕と同じ中学だろうから何か情報を得られるかもしれないし
ね」

「そうですか。先輩、私は何をすればいいんでしょう」

 私はもう会長に頼り始めていたようだった。

「とにかく学園祭の準備に集中してほしい。またスケジュールのミスみたいなことがない
ようによく見ていてほしいんだ」

「それじゃ・・・・・・いえ、わかりました。副会長には何も言わず一緒に学園祭の準備に専念
します」

「頼むよ。じゃ、僕は中学の時の知り合いに会いに行くから」

 そういい残して会長は生徒会室に顔を出すことなく足早に去って行った。

 私はしばらく会長が消えて行った廊下の先を見つめていた。何だか夕方の日差しがいつ
も見慣れているのと違う角度から差し込んでいるようだった。

 会長が動くと本当に真実が明らかになるかもしれないと改めて思った。でもそのことで私た
ちに何をもたらされるのかはまるでわからなかった。このまま真実が不明の方がいい
ということすらあるのかもしれない。

 私はため息を押し殺して生徒会室のドアを開けた。
379 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/10/12(水) 23:43:45.22 ID:am0+7R9Jo

 意外なことに副会長は今日も生徒会室に姿を見せていなかった。というか祐子ちゃんに
よれば授業そのものを休んでいるみたいだった。

「唯さんは単なる貧血でたいしたことはないって聞いてたのにね」

 祐子ちゃんがあまり気にしている様子もなく軽い口調で言った。

「何で副会長は学校まで休んでるのかなあ」

「さあ」

私は会長が現在進行形で副会長たちのことを探っていることを考えた。副会長は何かに
気がついて警戒しているのだろうか。

 でもその割には一方の主役ではないかという疑惑のある夕也の方は普通に授業に出てき
ていた。もちろん私とは会話をするどころか目すら合わせようとはしなかった。

 会長の指示通り副会長とはいつもどおり接することに決めてはいたけれども、副会長に
不審がられず普段どおり接することが出きるか正直とても不安だった。その意味では副会
長が不在と聞いて私は気が楽になったのだけど、副会長の不在は生徒会や学園祭実行委員
会にとってはあまり望ましいニュースではなかったのだ。

「ねえ。どうしよう」

祐子ちゃんが気軽そうな口調を変えて珍しく真面目に言った。

「みんな副会長に割り振られた作業が終っちゃいそうでさ。次にどうすればいい? って
聞かれてるんだけど」

「一々指示がなきゃ何もできないのかな、みんなは」

 私は少しイライラして強い口調で喋ってしまったようだった。祐子ちゃんが少し驚いた
ように私を見ている。

「まあ、そうは言ってもスケジュール管理をしていたのは副会長だったから無理はない
か」

 私は取り繕うように言った。

「ちょっと副会長のスケジュール表を見てみるよ。それから出せるような指示するから」

「うん、有希ちゃんお願い。それにしてもうちの生徒会長も副会長も責任感全くないよね。
学園祭の直前になって職場放棄するなんて」

 二人ともあんたには言われたくないだろうなと私は考えたけど、これはまあ彼女に一理
あった。私たちは今や責任者不在で学園祭の準備を何とかしなければならなくなったのだ
った。

 副会長はともかく会長が学園祭の準備を放り出して今何をしているのか、私にだけはわ
かっていた。そして正直に言うと少し心配にもなっていた。少し会長は性急過ぎないだろう
か。常識的に考えれば、今会長にとって今一番大切なことは二見さんが何のために誰に
よって陥れられたのかを解明することではないはずだった。今の会長にとっては大切なこ
とは二見さんを巡るできごとの解明ではなく、学園祭が無事開催されること、それに麻衣
ちゃんを安心させ満足させることのはずだった。それなのに会長は今や事態を解明するこ
とを一番の優先事項にしているようだった。

 麻衣ちゃんに断りなく、鈴木先生に二見さんの女神行為を告げ口してしまった罪悪感か
らか。それともそのことを麻衣ちゃんに隠しているという罪の意識をこれ以上保っている
ことに耐えられなくなって、たとえどんな結果になったとしても麻衣ちゃんに自分のした
ことを告白したいと思うようになっていたのだろうか。そしてそのために全容を解明して
麻衣ちゃんにそれを伝えると同時に、自分のしてしまったことを彼女に伝えようと思い詰
めているせいか。
380 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/10/12(水) 23:44:28.24 ID:am0+7R9Jo

 いずれにせよ会長も副会長も不在な以上、これまで副会長先輩の補佐を努めてきた私が
その代理をするより他に手はなかった。私はこの日から謎の解明は会長に任せて、必死で
学園祭の準備を指揮することになったのだった。

 そうして夢中になってスケジュール管理や人員、物品の配分などを行っていると、今さ
らながらこれまでの会長の仕事の的確さや組織を動かす手際の良さなどが理解できてきた。
私の目からは副会長よく学園祭の準備を仕切っているように見えていたのだけれど、実際
に副会長の残した書類をチェックしていくと細かな荒や思い込みによる矛盾した計画の破
綻があちこちで見られた。

 前に祐子ちゃんが巻き起こした騒動も別に彼女だけの罪ではなく、副会長が彼女に与え
た指示が大雑把だったことが原因だった。こういう矛盾点を解消しつつ指示を求めてくる
実行委員たちに対応するのは楽なことではなかった。

 私は改めて会長の能力の高さに感嘆しながらふと考えた。唯さんという子は中学時代に
会長の下で一学年年下ながら生徒会の副会長を務めていたそうだけど、中学生時代にこれ
だけ能力の高い会長の姿を身近で見かけていたら、たとえ見かけは多少劣っていても、会
長のことを好きになったとしても不思議はないだろう。

 会長は容姿や運動神経や社交性などの点でコンプレックスを抱いていたみだいだけど、
女の子は必ずしも全部が全部そういうところに惹かれるわけではない。一般的なアイドル
として人気が高いのはイケメンなのだろうけど、たとえそうでなくても身近でてきぱきと
課題を処理する男の子の姿を目前にすれば、その子が会長のような男の子に惚れこむこと
だって十分にあり得るのだ。

 中学時代の会長と唯さん、それに二見さんの間には会長が語ってくれたこと以外にも何
か事情があるのだろうと私は考えた。でもそれ以上推察にふける暇はなかった。私は、祐
子ちゃんの不承不承の協力を得ながら、何とか学園祭当日までの間、綱渡りのように必死
で準備に努める以外の暇はなかったのだった。

 こうして私にとって忙しい一週間が過ぎた。来週の学園祭に向けて準備は佳境に入って
いたけれど、学校側の指示で週末の休みの作業は禁止されていたから私は、土曜日の朝、
久しぶりに寝坊した。

 朝起きるともう十一時近かった。とりあえず着替えようとしてベッドからもそもそと起
き上がったところで携帯が鳴り響いた。見知らぬ番号からの着信だったけど私は反射的に
電話に出た。

「遠山さん? 生徒会長ですけど」

 会長の声が電話から耳に響いてきた。私はこれまで会長から電話を貰ったことはなかっ
たけど、生徒会役員の緊急連絡表には全役員の携帯電話の番号とメアドが記されていたか
ら会長が私の電話番号を知っていても別に不思議なことではなかった。

「遠山です。おはようございます、先輩」

 私はまだ半分眠っていた心を無理に叩き起こしながら答えた。

「休みの日に悪いんだけど、これから会えないかな?」

 会長ははっきりとした声で、遠慮することなくそう言った。

「これからですか?」

 別に予定はなかったけど、何で休日に先輩が私を誘うのだろう。例の件のことなら休日
に会って打ち合わせするようなことではないだろう。校内で空いている時間に会えば済む
ことなのに。その時、一瞬すごく傲慢で自分勝手な考えが心をよぎった。まさか会長は二
見さんの件をだしに私をデートに誘う気ではないのか。以前、会長に告白されそれを断っ
た。その後、会長は麻衣ちゃんと付き合い出したのだけど、まさかまだ私に未練があるの
だろうか。

「そんなに時間は取らせないから。君の家の最寄り駅の駅前にマックがあるよね? 一
時間後にそこに来れるか」

 でもデートに誘うには会長の声には余裕がなかった。とにかくすぐに私に話したいこと
があるみたいだった。

「わかった。先輩の言うとおりにします」

「ありがとう」

 それだけ言って会長はすぐに電話を切った。
381 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/10/12(水) 23:45:02.46 ID:am0+7R9Jo

 私が店内に入ると、奥まった席の方から手を振っている会長の姿が見えた。私は注文し
て受け取ったコーヒーが乗せられたトレイを持って会長の向かいの席に座った。

「いきなりどうしたんですか?」

 私は会長に聞いた。会長の表情を見て、ついさっき考えた失礼な思い付きを後悔した。
会長は私をデートに誘ったのではない。何か重要なことを伝えようとしているのだ。

「今週はずっと中学時代の知り合いに話を聞いていたんだ。思ったより僕のことを覚えて
いてくれる人がいたんで、結構たくさんの人に会っていたから時間がかかったけど」

 会長は疲れたような表情で言った。

 ではあの生徒会室の前で別れた後、会長はずっと聞き取り調査を続けていたのだ。それ
にしてもその間放置されていた麻衣ちゃんは大丈夫なのだろうか。彼女が好きな相手に捧
げる愛情は無限大だ。それは麻人が麻衣ちゃんの唯一の愛情の対象だった頃から明白だっ
た。

 そしてその愛情の分、彼女は相手にも相応の愛情を要求するのだ。でも、それは今私が
会長に忠告することではなかった。きっと会長だって承知のうえで麻衣ちゃんを省みずに
調査に専念したのだろうから。そして逆説的だけどそれが会長の麻衣ちゃんへの愛情の深
さを表わしているのだろう。でもそれを麻衣ちゃんが理解するかどうかは別な話だった。

「唯さんだけじゃなく、副会長もやはり僕や優と同じ中学だったよ」

 会長はいきなり本題に入った。それ自体は予想できていたことでもあったけど。

「そして、彼女たちの家は中学の近くにあるのだけど、その隣に住んでいて彼女たちと仲
のいい幼馴染の男の子がいたんだ」

「はあ」

 私には会長が何を言わんとしているのかわからなかった。

「そしてその男の子は広橋君だ」

 周囲から一瞬音声が消え失せた。ではこれで副会長と夕也の間が繋がったのだ。

「でもそれだけじゃない」

 会長は私の方に身を寄せた。大声を出したくないのだろう。私も反射的に会長の方に顔
を近づけた。

「それだけじゃないのね。先輩はこの後どんなふうにお姉ちゃんを口説くつもりなの」

 それは会長の声ではなかった。すこし離れた場所から狭いテーブルに身を寄せ合った状
態の私たちを真っ青な顔で見つめていた麻衣ちゃんの声だった。

 涙を浮かべて私たちを睨んでいる麻衣ちゃんの後ろには、何が起きているのかわからず
にあっけにとられているような麻人の表情が重なって見えた。

 私と会長は麻衣ちゃんの厳しい声にうろたえて、お互いから顔を離そうとした。そのせ
いでかえって密会していた男女が慌てて身を離そうとしていたように見えてしまったかも
しれない。まずいことに私と会長はその時一瞬お互いに目を合わせてしまっていた。

 そんな私たちの姿を見つめていた麻衣ちゃんの表情は更に険しくなった。

「待って。誤解しないで、麻衣ちゃん」

 私は呆けたように言葉を失っている会長を横目にしながら麻衣ちゃんに声をかけた。

 その時、私は麻衣ちゃんが恋人の浮気現場を見かけて混乱した時に普通の女の子なら取
るであろう行動、つまり泣きながらこの場を走り去っていくのではないかと思った。でも
やはり麻衣ちゃんは芯の強い子だった。相当ショックを受けていたと思うけど、なおこの
場に留まって真相を知る方を選んだのだった。
382 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/10/12(水) 23:45:33.01 ID:am0+7R9Jo

 麻衣ちゃんの顔は青く、華奢な身体はショックに震えてたけれど、彼女はやはり真っ直
ぐ私たちの方を見ていた。

「誤解って何? お姉ちゃんと先輩はあたしに隠れてこそこそこんなところで会ってたん
でしょ」

 麻衣ちゃんは会長の方を見た。

「最近は生徒会の活動があるからあたしとはあまり会えないって言ってたよね? 生徒会
ってこんなところで活動してるんだ」

 麻衣ちゃんの詰問に会長は俯いてしまった。これはまずい。これでは麻衣ちゃんの疑惑
を認めているような態度ではないか。案の定、麻衣ちゃんはそこで黙ってしまい、自分か
ら目を逸らした会長の姿を凍りついたように眺めていた。 でも会長の気持ちもよくわか
った。会長が私と浮気をしているのではないかという誤解を解くために、麻衣ちゃんに真
実を伝えるという選択肢は会長にはなかっただろうから。

 そもそも、二見さんと麻人を襲った出来事は会長にとっては人ごとだと、麻衣ちゃんは
考えているはずだった。そんな麻衣ちゃんに対して今回の出来事の謎を解くために会長と
私が共闘していることを説明したって、彼女に理解してもらえるわけがない。

 麻衣ちゃんにそれを理解してもらうためには、最低限二つの秘密を明かす必要があった。
一つは中学時代に会長と二見さんは恋人同士だったということ、もう一つは会長が麻衣ち
ゃんに黙って二見さんの女神行為を鈴木先生に通報したということだった。

 そしてそれらの事実を麻衣ちゃんに知られることは、会長には耐え難いことだっただろ
う。

 かといってこのまま沈黙していれば麻衣ちゃんの疑惑を追認するようなものだった。私
としてはここに至ってはいっそ全てを麻衣ちゃんに打ち明け、誤解を解き、そして麻人の
ために始めたこの謎解きに、麻衣ちゃんにも加わって欲しいと思ったのだった。

 でも、それは私の一存で出来ることではなかったし、そして、この場で会長を説得する
わけにもいかなかった。それに当事者の麻人が何が起きているのかわからないという表情
で私たちを見ているということもあった。

 もう仕方がない。心が重かったけど私は何とか適当な嘘で麻衣ちゃんを宥めることにした。

「ちょっと落ち着いてよ」
 私は努めて冷静に麻衣ちゃんに話しかけた。麻衣ちゃんは会長から目を離し、私の方を
見たけれど、やはりその視線は私を見るというよりは私を睨んでいるという方に近かった。

「本当に生徒会っていうか学園祭の実行委員会の打ち合わせをしてただけだよ。私が麻衣
ちゃんの彼氏を奪うわけないでしょ」

 とりあえずそう言って麻衣ちゃんの反応を待った。会長を麻衣ちゃんから奪う意図なん
て私にはなかったから、少なくともその部分だけは真実だった。

「・・・・・・あたしからお兄ちゃんを奪おうとしたくせに」

 麻衣ちゃんが低い声で言った。

「え?」

「それでお兄ちゃんが二見先輩に夢中でお姉ちゃんに振り向いてくれなかったからといっ
て、今度はあたしから先輩を奪って行く気なの?」

「ちょっと待って。あんた何言って」

「お姉ちゃん、先輩に告白されて断ったんでしょ? その時はお兄ちゃんのことが好きだ
ったんだよね」

 妹ちゃんの誤解を解こうとしていた私だったけど、妹ちゃんのその言葉は別に誤解では
なかった。

「そうだよ」

 私は言った。「それは本当だよ。でもあんたから先輩を奪おうなんて思ったことは一度
もないよ」

「じゃあ何でお姉ちゃんと先輩が休みの日にこんなところで一緒にいるのよ。打ちあわせ
なんて学校で、生徒会室で大勢でするものでしょ」

 それも正論だった。

 何でこんなことになるのだろう。私は、私と会長は二見さんと麻人を誰が何のために陥
れたかを探ろうとしていただけなのに。そして麻衣ちゃんが理解さえしてくれれば、その
こと自体は麻衣ちゃんだって反対するようなことではないのだ。
383 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/10/12(水) 23:46:16.16 ID:am0+7R9Jo

 結局、私は結局苦しい言い訳を続けた。

「先輩から聞いたんだけど、麻衣ちゃん、副会長先輩と先輩のことで喧嘩したでしょ」
「それ以来先輩は生徒会長室に入り辛くなってるのよ」
「あと土日は校内で準備が禁止されてるしさ」
「本当にそれだけだから。私は先輩とは生徒会の役員同士っていうだけだよ」
「そうですよね? 先輩」

 苦しい言い訳を終え最後に会長に念押しをした。

 会長はようやく顔を上げて麻衣ちゃんを見た。その表情がすごく真剣だったから、私は
一瞬会長が全てを彼女に告白するのではないかと思ってどきっとした。

 でも会長は真実は告白するわけでもなく、また私の嘘に同調するでもなく黙って麻衣ち
ゃんを見つめていた。

 すると奇妙なことにあれだけ激昂していた麻衣ちゃんの表情が次第に和らいでいった。

「前にも言ったとおり僕は君なんかに愛される資格もないと思うけど、君と付き合うことが
できて本当に幸せだった」

 もう会長は目を逸らさず麻衣ちゃんの方を見つめて言った。私なんかには目もくれず、
同じく麻人のことさえ気にせずに。

 麻衣ちゃんも、もう私たちを気にすることなくただ会長の言うことを耳を傾けているよ
うだった。

「いろいろ君にはまだ話していないこともあるのは事実だよ。それは誓っていずれは君に
全て話すよ」

「先輩」

 麻衣ちゃんの声音が和らいだ。

「本当に僕には君しかいないんだ。頼むから僕を信じてほしい。遠山さんは単なる生徒会
の役員仲間というだけだよ」

 ・・・・・・それは私にとっては随分失礼な言葉だったけど、麻衣ちゃんはようやく会長を信
じる気になったようだった。そして一度その気になると、麻衣ちゃんの目にはもう私や麻
人のことなんか目に入らないようだった。

「先輩、ごめんなさい」

 麻衣ちゃんは彼女と会長の間にいた私を無理にどかすようにして会長に抱きついた。

「先輩のこと疑ってごめんなさい。大好きよ」

 泣きじゃくる麻衣ちゃんを会長は抱き寄せた。いつも冷静な会長ももう私のことは眼中
にないようだった。

 何とか二人を仲直りさせることができた。でも会長が言いかけた夕也と副会長姉妹のこ
とはもう今日は聞くことはできないだろう。

 その時になって、私は店内の好奇の視線がずっと私たちに向けられていたことに気がつ
いた。そして麻人はその視線に気がついていたようだった。

「とにかく二人きりにしてやった方がよさそうだな。行こうぜ有希」

 ようやくいろいろと理解し始めたらしい麻人が私に言った。そして、どういうわけかは
麻人は当然のように私の手を引いて店の外に向って歩き出した。
384 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/12(水) 23:47:53.68 ID:am0+7R9Jo

今日は以上です
また投下します
385 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/13(木) 00:27:23.90 ID:Kwdup/kMo
乙乙
毎回ありがとうございます
386 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/21(金) 01:28:07.50 ID:ULUWf47i0
こんなことをいうのはすごい申し訳ないんですが、今後なにか書いたりするならなにかしら追える手段がほしいです。コテとかはきらいっぽいけどどうかなにかを……!
それとビッチ改と些細な日常読みました。他のも読みましたがこのふたつはとくに面白かったです。応援してます、頑張ってください!
387 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/02(水) 21:50:07.34 ID:P+eNXBC9o

「腹減ったな」

 私の手を引きながら店外に出たとき、緊張感のない声で麻人がそう言った。

「君はねえ」

 私は軽く彼を睨んだ。

「そんな呑気なこと言ってる場合か」

「何で?」

 麻人は答えた。

「あいつら仲直りしたんだから別に問題ないだろ」

 無理もなかった。事情を知らない麻人にとっては無事二人が仲直りしたように見えたの
だろう。麻衣ちゃんが私と会長を目撃して抱いた疑惑は一旦は晴れた。その意味では麻人
の言うことも間違いではなかった。

 でも会長が麻衣ちゃんに伏せている秘密は、未だに麻衣ちゃんの知るところにはなって
いない。会長は突然訪れた危機を乗り切ったのだけど、その実以前から抱えていた火種は
相変わらず燻っているのだ。

「どっかで飯食わない?」

 麻人が再び空腹であることを蒸し返した。そういえば麻人が食べようとしていたハン
バーガーやポテトは、結局、店内のテーブルに置き去りにされていたのだった。

「いいよ。そうしようか」

 もうお昼を過ぎていたけど、私も朝起きてから何も口にしていなかったことに気づいた。

「そこのモールが近いな。確かパスタ屋があったじゃん」

「うん。あそこ結構美味しいよ」

「知ってる」

「じゃあ行こう・・・・・・目立つからそろそろ手を離してくれる?」

「ああ、そうだな」

 麻人は動じる様子もなく私の手を離した。

 以前は確か並ばないと座れないくらい混んでいた店だったはずだけど、今日はすぐに席
に案内された。

 窓際の席におさまった麻人はメニューを眺めて困惑しているようだった。

「どうしたの」

 私は彼に声をかけた。

「いやさ。ミートソースが食べたいんだけど、ここ名前がミートソースじゃないんだよな。
どれだったかなあ。前に麻衣に聞いたことあるんだけど、写真が載ってないからよくわか
んねえや」

「これ」

 私はボロネーズと書かれた部分を指差した。

「ああ、そうだった」

 注文を終えると麻人は改めて私の方を眺めて言った。

「そういやおまえ、本当は会長と二人で何してたの? 妹の味方するわけじゃないけど学
園祭の打ち合わせしてるようには見えなかったぜ」

「本当に先輩とは何にもないよ。先輩は麻衣ちゃん一筋だし、私だって麻衣ちゃんの彼氏
とどうこうなろうなんて思ってないよ本当に」

「それはそうだろうけどさ。何かすごく親密そうに顔を寄せ合ってたからさ。麻衣みたい
な嫉妬深いやつじゃなくなってなんかあるんじゃないかって、普通に疑ったと思うよ」

「本当に何でもない。私の言うこと信じないの?」

 麻人は笑った。

「俺が信じるかどうかなんてどうでもいいだろ? まあ、妹が納得したんだから別にそれ
でいいか」
388 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/02(水) 21:51:18.37 ID:P+eNXBC9o

 ・・・・・・私と会長のことを嫉妬している様子は全くない。二見さんのことを考えれば無理
はないのだけれど。

 その時料理が運ばれてきた。さっきまで空腹を訴えていたはずの麻人は目の前に置かれ
たパスタに手をつけずに何か考えているようだった。

「食べないの? 冷めちゃうよ」

 私は彼に注意した。それに答えず、麻人はぽつんと呟くように言った。

「麻衣と生徒会長、うらやましいよな」

「え」

「俺も彼女から嫉妬されたり誤解されたりしたい。例えば今俺とおまえが一緒に飯食って
るところを、あいつに見られて罵られたり泣かれたりしたいよ」

「・・・・・・どういう意味よ」

「もう喧嘩したり言い訳したりどころか、もうちゃんと別れることすらできなくなっちゃ
ったからさ。俺と優は」

 二見さんを陥れた相手に対して激昂したり復讐を誓ったりしていた麻人は、これまでこ
の種の弱音を吐いたことは一度もなかった。暗い顔で悩んでいるところはよく見かけたし、
それに対して私も胸を痛めたりもしていたのだけど、麻人がここまで直接的に切ない心の
痛みを他人に吐露したのは初めてだった。

 私も食欲をなくした。そして麻人に対してどう返事していいのかももうよくわからなか
った。

「どうせ会えなくなるならさ。最期に一度でもいいからあいつと会って直接振られたかったな」

 麻人が微笑んだ。

「そういやあいつ、前に俺たちが別れる時は必ず俺が優を振った時だって真顔で言ってた
んだぜ。あいつの方からは絶対俺を振らないからって」

 それは麻人と二見さんの短い蜜月の間にやり取りされた甘い会話だったのだろう。麻人
はこの先ずっとそういう過去の幸せだった思い出を抱きしめて生きていくつもりなのだろ
うか。
389 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/02(水) 21:51:56.55 ID:P+eNXBC9o

「そういえば前にね」

 私は思わず麻人の表情に引き込まれて、夕也の言葉を思い出した。

『最悪の場合さ、多分麻人と二見ってもう会えないことも考えられるんじゃねえかなと思
うんだ』

『・・・・・・いつかは噂だって収まるんじゃないの?』

『いろいろ腹は立つけどさ、二見って麻人のこと本当に好きだったのかもな』

『何でいきなりそんなことを・・・・・・』

『二見から麻人に何の連絡もないだろ? 普通なら電話とかメールとかしてくると思うん
だよな』

『ご両親にスマホとかパソコンとか取り上げられてるんじゃない?』

『それにしたって家電とか公衆電話とか手段はあるはずだよ。二見が麻人と接触を取らな
いのは、これ以上麻人を巻き込まないようにしてるんじゃねえかな』

『麻人のことを考えてわざと連絡しないようにしてるってこと?』

『何だかそんな気がする』

 私は麻人にそれを伝えようと思った。

「二見さんは君のことが本当に好きで、それでこの事件にこれ以上君を巻き込みたくなく
て姿を消したのかもね」

 麻人はそれを聞いても動じる様子はなかった。

「あいつは身バレしたから姿を消したんだよ。それは間違いない。でも俺に連絡さえしな
いのはそういうことかもしれないな」

 麻人も今までいろいろ考えていたようだった。

「本当にもう二度と会えねえのかなあ」

 麻人は無頓着そうに言ったけど、その表情は固かった。今度こそ私にはもう何も言えな
くなってしまった。

 麻人と私をただ寂寥感だけが包んでいた。それは私たちだけがこの場所に取り残された
ような感覚だった。

 そして今では私には麻人に対してできることは少なかった。

 たとえ麻人と二見さんを救おうという意思が私にあったとしても、それはもう不可能だ。
仮にこの悪意に満ちた出来事が誰によって何のために起こされたのかを明らかにすること
ができたとしても。

 ・・・・・・それでもせめて真相くらいは明らかにしよう。

 私は改めてそう考えた。それにより別に麻人も二見さんも救われはしない。協力してく
れている会長だって麻衣ちゃんとの仲が改善されるわけでもない。

 さらにそれは、私自身にとってはも別に何の前進ももたらさないだろう。それでもこの
閉塞感を打破するためには、何の前進にもならないかもしれないけど、あの時何が起きた
のかを解明する以外に道はなかったのだ。
390 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/02(水) 21:52:31.21 ID:P+eNXBC9o

 しばらくはもう、会長から連絡をもらえないかもしれないと私は覚悟していた。あの愛
情と独占欲の強い麻衣ちゃんと奇跡的に仲直りした会長は、麻衣ちゃんと一緒にいる方を
選ぶに違いない。そう思っていた私だけど、麻人と別れて自宅に帰ったあたりで会長から
携帯に連絡があった。翌日の日曜日に、私と会いたいと言う。麻衣ちゃんは大丈夫なのか
なと思ったけれども、それは大きなお世話だろう。会長がそれでいいと言うなら望むとこ
ろだった。私は翌日、日曜日の学校の校内に向かった。

 校外で会うことは、いくら麻衣ちゃんが会長を許して仲直りしたとしても、会長にとっ
てはハードルが高かったのだろう。本来は活動が許されていない日曜日に、私は生徒会室
に向かった。校舎に入って生徒会室のドアを開けると、会長が既に中央のテーブルの前の
椅子に腰かけていた。

「おはようございます」

「おはよう、遠山さん。来てくれてありがとう」

「いえ。会長は大丈夫なんですか」

「大丈夫って?」

 麻衣ちゃんとのことに決まっている。

「・・・・・・麻衣のことなら、多分」

「そうですか」

 それならよかったのだろう。私が麻衣ちゃんに嫌われる事態は回避されたのだろうし。

「それで、きのうの話の続きなんだけど」

「はい」

 先輩は、麻衣ちゃんとの仲直りをもって、この話を終わらせる気持ちはないみたいだっ
た。

「何かわかったんですよね」

 私はあまり期待しないでそう言った。

「変な話だけど、まるで自分のルーツ探しみたいな? というか、今でも混乱している
よ。昨日の麻衣との仲直りとかが、あまり気にならないほど」

「はあ」

 先輩が麻衣ちゃんとの仲直りが気にならない? そんなわけはない。私が見る限り生徒
会長は麻衣ちゃんに夢中になっているはずなのに。

「僕にとってはすごく変な話で混乱しているんだけど」

「どういうことですか」

「中学時代の知り合いの女の子、一年下の子なんだけど」

「ええ」

「前に悩み相談に応えてあげた子なんだけど」

「はい」

「彼女から聞いたんだ。僕が高校に合格して母校に報告に行った日のことを」

「前に言ってた、二見さんが先輩に黙って転校したことですか」

「ああ」
391 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/02(水) 21:53:03.83 ID:P+eNXBC9o

 それは、会長が、結果的に二見さんに振られたと思った日のことだ。

 本命の合格発表を見て、職員室に寄って担任にその旨報告した後、会長は二年生の教室
に向かった。二見さんに志望校合格を報告するために。

「先輩」

 浅井副会長の妹、唯さんは偶然出会った先輩に対して、少し照れたように微笑んだそう
だ。「

「もう会えないかと思ってました」

「やあ。久しぶりだね」

「あの。先輩、今日合格発表だったんですよね?」

「おかげさまで、第一志望校に合格したよ。心配してくれてありがとう」

「おめでとうございます。本当によかったです」

「先輩?」

「もしかして、優ちゃんを探してるんですか」

「あ、ああ」

「あの、先輩。ご存知ないんですか」

「・・・・・・何が?」

「優女ちゃん、一昨日転校したんですよ。確か、東北の方に転校するって言ってました」


「結局、二見さんは先輩に何の話もなく引っ越しと転校をした。そういうことだったんで
すよね」

「うん。そうだんだ。でも、このやり取りをその子は聞いていて。それで」

「うん? どういうことですか」

「彼女が言うには、つまり」」

 会長は再び語り始めた。



「今まで誰にも言ってないんです」

「そうなんだ」

「偶然に聞いちゃっただけだし、先輩にお話していいかもわからないけど」

「うん」

「でも。先輩にとっては今でも気になるっていうか、大事なことなんですよね?」

「大事なことだし、気にもなるよ」

「じゃあ、あたし先輩にはお話しします。あたし、先輩には恩がありますし」

「そんなことは気にしなくていいけど。君は、今はどうなの? 親とかお姉さんとかとう
まくいっているの」

「はい。あの時、先輩に相談したおかげです。あたし、一生先輩の恩は忘れません」

「そんな大げさな」

「本当にそう思ってます。だから、だから。あの時先輩のお話しできなかったことを後悔
しています。今更だけどお話ししますね」
392 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/02(水) 21:54:45.73 ID:P+eNXBC9o

 先輩と唯ちゃんの話を、あたしはあの時扉の陰から聞いていました。先輩が優ちゃんの
転校のことを、唯ちゃんに聞かされて、気落ちしたように教室から去っていく姿も見てい
ました。

 何で、唯ちゃんは嘘を言ったのだろう。優ちゃんはその時はまだ校内にいたはずで、転
校や引っ越しは翌日のはずだったのに。

 先輩が肩を落として失意をあらわにして去っていたあと、すぐに優ちゃんが教室に戻っ
てきました。

「ねえ唯ちゃん」

 不審を露わにして優ちゃんが聞きました。

「先生、あたしのことなんて呼んだ覚えないってよ」

「ええ〜。そうなの? あたし確かに誰かから優ちゃんに伝えてって言われたんだけどな
あ」

 唯ちゃんは無邪気に不思議そうな声を出したのです。

「・・・・・・まあいいけど」

 優ちゃんは気持ちを切り替えたようでした。

「それよか優ちゃん、明日の朝には東北に行っちゃうんでしょ?」

「うん。本当は昨日お父さんたちと一緒に行く予定だったんだけど・・・・・・」

 そう答えて優ちゃんは教室内を眺めました。
393 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/02(水) 21:55:59.19 ID:P+eNXBC9o

「どうしたの?」

 唯ちゃんが言いました。何か,少しだけふざけているような口調で。

「もしかして誰か探してる?」

「ええ・・・・・・まあ」

「優ちゃんの転校って急だったもんね。お別れを言えなかった人もいるんじゃないの」

「あのさ、唯ちゃん」

 普段は人に媚びることのない優ちゃんが、唯ちゃんに縋るような目を向けました。

「あの。あたしが職員室に行っている間、誰かあたしを尋ねてこなかった?」

「誰かって? 何人も教室を出入りしてたけど。例えば誰?」

 優ちゃんはためらった様子でした。

「まあクラスの人以外だと・・・・・・あ、そうだ。生徒会長が尋ねてきたよ」

 優ちゃんの表情が一瞬明るくなった。

「先輩、志望校に合格したんだって。嬉しそうだったよ」

「それで、何か他に言ってなかった?」

「他にって・・・・・・ああ、そうそう。あんたが転校するってこと会長は知らなかったんだよ
ね。あんたと会長って仲良しなのかと思ってたのに」

「え? 唯ちゃんあたしが転校するって先輩に話したの?」

「うん。話したけど、何か都合悪かった?」

「・・・・・・引越しの日を遅らせて自分で話そうと思ってたのに」

 優ちゃんは低い声で言った。

「ごめん。今何て言ったの? よく聞こえなかった」

「何でもない。それで先輩、それを聞いて何か言ってた?」

「別に何も。そうなんだって言っただけだったよ」

「あとさ、高校合格祝いに今日からどこかに卒業旅行に行くんだって。しばらく連絡が取
れないけど生徒会をよろしくって言われた」

 優ちゃんの表情が青くなったことが、ドアの陰にいたあたしにも見てとれました。

「じゃあ、あたし帰るね」

「うん。優ちゃん東北に行っても元気でね」

「うん。じゃあ、さよなら」

 優ちゃんがあたしの隠れていた反対側のドアから出て行ったあと、あらためて唯ちゃん
の表情を見ました。優ちゃんが出て行ってすぐ、彼女は、なんだかすごくうれしそそうな
笑顔を浮かべていました。

 何でこんな嘘を言うんだろう。あたしは当時そう思ったjけど、この後先輩に会うこと
もなかったし、そのうち唯ちゃんの不思議な行動のことは忘れていました。今日、先輩に
会うまでは。
394 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/02(水) 21:56:27.53 ID:P+eNXBC9o

今日は以上です
また投下します
395 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/03(木) 03:45:01.78 ID:eLDiowcro
おつつ
396 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/05(土) 00:58:48.09 ID:BpsRZ4mmo
うーむ
397 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/27(日) 23:24:47.69 ID:l/rfkXGJo

「それって」

 私は思わず声を出したけど、その先を続けていいのかどうかもわからないことに気がつ
き、言葉をとぎらせた。会長の知り合いの女の子が嘘を言っているのでなければ、あった
ことは明白だ。すごくトリッキーな気がするし、そんなことをまじめに考える子がいると
も思いづらいけど、これが事実とすれば会長と二見さんは別れを仕組まれたのだ。二見さ
んの転校を利用されて。そして。

 そのことを知った会長は今二見さんに対してどういう感情を抱いているのか。このこと
を知ったら、麻人のことが好きなはずの二見さんの感情はどういう動きをするのか。

「意味はわかるでしょ」

 会長が軽い口調で私に問いかけた。

「・・・・・・ええ。まあ」

 そんなに気軽な口調で言うことなのか。今日聞いた話を思い切り意訳すれば、会長と二
見さんはお互いを想いあっていたということではないか。唯ちゃんとかという人のせいで
お互いに誤解させられただけで。会長の麻衣ちゃんに対する愛情の深さは疑いようもない
けど、誤解が解ければあるいは。

 それに、二見さんだって麻人のことを好きだったことは確かだろうけど、この辛い別れ
が本当は不必要な余計なことだったと理解すればどうなるのだろう。もう、女神となって
自己実現する必要もなくった、というかもうそれすらできなくなった彼女が会長を求めた
としたら。

「君の心配は不要だよ。今では僕は麻衣のことしか頭にない。あの時の別れが、僕と優に
とって不本意なものだったとしても、今の僕が好きなのは麻衣だけだ」

 会長が少し笑ってそう言った。

「それに、優の方も同じじゃないかな。たとえ,この話を知ったとしても彼女が好きなの
は池山君のことだろうしね」

「あ、はい。それは疑っていませんけど」

「僕が気になる、ていうかわからないのは別なことだ」

「唯さんの気持ちですか」

「いや。そんなことじゃないよ。このことが、仮に副会長や浅井君にわかってもさ。それ
が何で優を陥れる動機になりえるのかわからない」

「どういう意味ですか」

「副会長と広橋君がこのことを知っていたとしても、それは二見さんをひどい目にあわす
理由にならないだろ」

 それはそうだ、と私は思った。

「妹の唯さんに同情するってことは、姉ならまああり得るだろうけど、この唯さんの行動
には弁解の余地はない。副会長が二見さんに追い打ちをかける理由がない」

「でも、現実に私ははっきり聞きました」

「それは疑ってないけどね」

「じゃあ、動機は何でしょう」
398 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/27(日) 23:25:33.31 ID:l/rfkXGJo

「まあ、唯さんのしたことを副会長が知らなかったとしたら、自分の妹に悲しい思いをさ
せた優に復讐しようとしたのかも」

「それほどのことですかね。振ったとか振られたとかは、今でも普通にあるのに」

 会長は少しだけ微笑んだ。

「君のようなリア充というか、もてる女の子にはそう思えるかもしれないけどね」

 私は少しむっとした。私だって麻人への報われない恋を持て余しているのに。

「もう一つ。広橋君のことだけど」

 私はそのことをすっかり忘れていた。あの時夕也の声を聞いたことは間違いないし、夕
也と副会長には中学時代から接点があったということだった。

「広橋君と副会長と唯さんは、幼馴染だそうだよ。きっと優のことも知っていたはずだ
ね」

 夕也は、私たちには二見さんのことを中学時代から知っていたとは一言も言わなかった
のだ。その時、私は別な視点を思いついた。

「もし、夕也が唯さんのことを好きだったとしたら、あるいはそこまででもなくても、妹
みたいに可愛がっていたとしたら、副会長が二見さんのことを許せなかったのと同じで、
彼は、唯さんを振った会長のことも許せなかったのかもしれませんね」

 つまり会長のことが目標だったのかもしれない。

「そうかもしれない。でも、優の女神行為画像が拡散されても、今の僕には別にどうとい
うことはないんだけど」

 それはそうだ。というか、最初に先生に二見さんの女神行為を学校側に言いつけたのは
先輩自身なのだから。

「結局、どういうことかはわからなかったんですね」

「うん。もう少し探ってみたいとは思うんだけど」

 会長は少し口ごもった。

 まあ、そうだろう。今や、会長の全関心や全ての時間は、麻衣ちゃんにささげなければ
いけないのだろう。麻衣ちゃんは、自分の愛情対象にはそこまで要求するのだ。仮に、私
がそういう束縛を受ける側だったら、そういう相手と付き合うのはごめんこうむる。でも、
会長はそういう麻衣ちゃんに夢中になっているのだから、無理はない。

 ごめんこうむる? たとえば、麻人が私を麻衣ちゃんのように拘束したがったとしたら
どうなのだろう。実際、それは実現不可能な願望なのに私はそう考えた。

 そうなったら。そうなったら、意外と私はそれを受け入れ幸せなのかもしれない。自分
を愛情や嫉妬や束縛心から、拘束したいと麻人が考えてくれるなら。

 結局、そんなそうしようもない不必要な感想を抱かされたまま、会長との話し合いは終
わった。
399 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/27(日) 23:26:21.56 ID:l/rfkXGJo

 もともと夕也君が遠くに離れてしまい、あたしがメールでそれっぽいことをいっぱい書
いてあげても、あいつからは冷たいおざなりな返事しか来なかったことが発端だった。東
北なんかに行ってしまった夕也君のことに、それほど執着していたわけではないけど、遠
く離れた地で勝手に彼女を作らないように釘を刺してみたのだ。なのに、夕也君ときたら。

 そのことも腹が立ったけど、当時のあたしには大げさに言えば人生の転機が訪れていた
のだ。だから、夕也君の返事のことをあまり気にしている余裕はなかった。

 あたしは生徒会の副会長に推されたのだ。

 生徒会の改選期のことだった。あたしみたいな生徒会役員とはもっとも縁がないと思わ
れていたであろうあたしが、どういうわけか副会長にさせられた。本当にどういうわけか
としか言いようがない。成績も良くなく、教師の受けもよくないあたしなんかが、副会長
に推薦されたのは、あたしの見た目が多少一目を惹くというか、はっきり言ってしまえば
同学年の他の女の子たちより可愛いということで目立ったからなんじゃないかな。って、
あたしは思った。生徒会の書記の男性の先輩があたしを会長に対して推薦したのだから。
副会長は選挙でなく会長の推薦で選ばれる。

 その時は本音で、面倒くさい生徒会活動なんかに時間を取られるのは嫌だったのだけど、
お姉ちゃんがすごいよって誉めてくれたり、仲のいい女の子たちが羨ましそうにおめでと
うと言ってくれたりするのを聞いているうちに気が変わってきた。あたしは容姿は優れて
いるかもしれないけど、校内のステータスというのはそれだけで決まるものではない。も
ちろん、周囲の子たちからちやほやされているのは、自分の容姿の可愛らしさのせいだと
いうことは理解はしていた。でも校内には別な世界もあって、それは成績優秀な子たちの
集まりだったり、生徒会の役員たちの特別なポジションだった。

 それは今まではあたしには縁のない世界だと思っていたけど、偶然にもその世界への入
り口が開いた。そしてそのことが校内ではステータスであることを、お姉ちゃんや周りの
女の子たちの反応から悟ったのだ。

 そういうことなら多少は時間を取られるかもしれないけど、生徒会副会長になろう。あ
たしの能力では実務的に役には立たないだろうけど、それをカバーできるだけの見た目の
可愛らしさがある。可愛い素直な女の子だと役員の男の子たちに思わせることだってでき
るだろうし、そこまでいったら実務能力の低さなんか非難される要素にはならないだろう。
要は、愛想よく生徒会の人たちの相手をしてあげればいいのだ。

 あたしは、その時は当時荒れていた自分の学校内で一大勢力をなしていた、今まで自分
の居場所だった遊び人グループとは一時距離を置いてもいいと思った。その仲間たちのバ
カたちとは異なり、あたしは自分が今後生きていくうえで、いつまでもこんな一時的に楽
しいだけの仲間たちといるわけにもいかないと思ったいのだ。それは、優等生のお姉ちゃ
んを見ていれば自然に身につくことでもあったから。これで、うるさい両親もおとなしく
なるだろうし、あたしは、自分ののステータスを高めることになると、あるいは自分のこ
れまでの生き方の軌道を修正することになると判断して生徒会に加わったのだった。

 そこで知り合った一学年上級生の生徒会長の最初の印象はあまりいいとは言えなかった。
少なくともイケメンでもないし、爽やかな印象もないし運動も苦手らしかった。

 会長は成績もいいし人望も厚いみたいだったけど、あたしから言わせればそれだけの男
の人に過ぎなかった。例えば夕也君は成績もよかったけど、それだけではなくイケメンで
遊び慣れてもいた。そういう幼馴染がいるあたしとしては、生徒会のトップにいる人とは
いえこの人のことを彼氏候補として考えたことは一度もなかった。
400 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/27(日) 23:27:02.00 ID:l/rfkXGJo

 それでもほぼ毎日、放課後に生徒会活動に参加しなければならなくなったあたしにとっ
て、一番一緒に長い時間を過ごさなければいけないのが生徒会長だった。なので、あたし
は生徒会長に対して自分の精一杯の可愛らしい表情をいつも向けるようにした。端的に言
うと会長に媚びて見せたのだ。異性としての魅力は全く感じていなかった会長だけど、一
緒に仕事をする上であたしの能力の無さを責められても困る。ここはむしろ少しドジで仕
事も遅いけど守ってあげたいというような女の子だと思わせた方がいいとあたしは考えた
のだ。

 その効果は生徒会役員の他の男の子たちには確実に効果を上げていたようだったし、最
初は絶対に仲良くなれないだろうと思っていた成績のいい役員の女の子たちともあたしは
仲良くなることができたのだった。

 ところが肝心の生徒会長があたしのことをどう考えていたのかはよくわからなかった。
あたしは他の役員の子たちのようにそつの無い仕事はできず、あたしの担当の仕事は出来
は悪いし時間はかかるという有様だったけど、他の役員の子たちが苦笑しながらフォロー
していてくれたため、何とかぼろを出さずに済んでいたのだった。

 会長は別にそんなあたしを注意したり叱ったりすることは無かったから目的は達成して
いたのだけれど、会長はあたしのことを別に可愛い後輩の女の子として意識する様子はな
かった。

 あたしはこれまでもう少し派手で遊びなれている子たちと付き合っていたから、生徒会
みたいな真面目な人たちなんて一緒にいてつまらないだろうなと考えていたのだった。自
分のステータスを上げるためにこれまで縁の無かった世界に飛び込んだはいいけど、その
世界で自分が満足するなんて思ってもいなかったのだった。

 でも意外なことに生徒会はあたしにとってそれなりに居心地がよかった。それは期せず
してあたしが生徒会役員の子たちに好かれたということが大きかった。中学生活を送る上
でリア充としての自分に自信があったあたしだけど、生徒会といういわば一種のエリート
の集まりの中でも自分に人気があるとは考えたことはなかった。

 だけど、いくら生徒会があたしが一緒に遊んでいたこれまでの友だちと違って成績も良
く学校の教師たちに受けもいい子たちの集まりであるとはいえ、やはり可愛い女の子とい
うのはそれだけでも好かれるものだということをあたしは発見したのだった。

 もちろんあたしもそれなりに努力はした。今までのような派手な行動を慎むとかスカー
ト丈をやや長くするとかアクセを控えるとか、一応周囲に溶け込むための手は打ったのだ。
その成果かどうか、あたしは生徒会の中でも信頼され人気のある副会長となったのだった。
そしてこの頃になるとあたしの元の遊び仲間の女の子たちはあたしの悪口を言い始めてい
たようだったけど、あたしには気にならなかった。あんな底辺の女の子たちが何と言った
ってもう怖くない。あたしは人望に厚い生徒会の副会長なのだから。



 この頃になるとこれまであたしのことを注意しかしなかった先生たちもあたしに優しい
微笑を向けてくれるようになった。

『よう副会長。これから生徒会か』
『君は、最近まじめに頑張ってるわね。先生はちゃんと見てるからね』
『副会長忙しいとこ悪いけど、このプリント会長に渡しておいてもらえるか』



 生徒会に入るまではあたしはこういう言葉を教師からかけてもらったことすらなかった。
401 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/27(日) 23:28:13.19 ID:l/rfkXGJo

 同じ役員の女の子たちとも放課後よくお喋りするようにもなった。前の友だちと違って
カラオケやショッピングに行ったりというわけにはいかなかったけど、生徒会室で彼女た
ちと話をしていると頭のいい女の子たちでもお喋りの内容は前の友だちとあまり変らない
んだなとあたしは思った。

「ねえ書記の北村君、唯ちゃんのこと好きみたいだよ」

 あたしは彼女たちに言われたことがあった。北村君とは、あたしを副会長として会長に
推薦してくれた人だった。成績もいいし顔も悪くないので結構女の子たちには人気がある
ようだった。

「唯ちゃんは北村君のことはどうなの?」

「あたしは別に・・・・・・」

 あたしはそう答えた。成績がいいとか多少顔がいいとかでは夕也君の足元にも及ばない。
あたしは自分が手に入れたこの新しい環境には満足していたけど、そこで彼氏を見つけよ
うとは思わなかった。

 その後も、生徒会役員とか役員でなくても成績がいい男の子たちがあたしを気にしてい
るよとかいう話を彼女たちに聞かされたし、一度ならず直接告られたこともあったけどあ
たしはその全てを穏便に断った。まだ男の人とのお付き合いってよくわからないからとい
う理由で。

 あたしの前の仲間が聞いたら飽きれて嘲笑するだろうけど、この頭のいい人たちの集ま
りではこの言い訳は十分通用した。何人かの男の子の告白を断っても、あたしの評判は悪
くはならず、むしろ見かけとは違って初心な女の子と認識されたためかえってあたしの評
判はよくなったようだった。

 このように何の問題もなく過ごしていた生徒会だけど、唯一生徒会長だけはあたしに関
心がなさそうだった。といっても嫌われるとか疎まれるとかということはなかった。何と
いってもあたしは生徒会のナンバー2で会長を補佐する立場にあり、会長もその立場をな
いがしろにするようなことはなかった。また、あたしの能力の低さについても周囲の役員の
子たちが苦笑しながらフォローしてくれているため、そのことで会長に迷惑をかけるこ
とはなかったはずだった。

 それなのに会長はあたしとは必要最低限しか喋ってくれない。あたしの何が悪いのだろ
う。もしかしてあたしがここにいることが気に食わないのだろうか。会長は成績の悪いあ
たしは底辺のグループにいるべきだと考えているのだろうか。

 あたしは会長以外の役員たちとは完全に打ち解けることができたので、今度は会長を落
すことにしたのだ。もちろん恋愛的な意味ではないけど、あたしの可愛らしさにもう少し
注目させたいという気持ちはあった。ところがそれからしばらく何をしてもあたしの行動
は空振りだった。

 お約束だけど会長にお茶を入れたり、スケジュールについて質問する際に会長に身体を
密着させることまでしたのだったけど、会長の態度は相変わらずだった。別に冷たくもな
いけど必要最低限の会話しかしてくれない。あたしのプライドはいたく傷つけられた。こ
んなイケメンでもないスポーツもろくにできない男に何であたしがこんな思いをしなけれ
ばならないんだろう。

 この頃、あたしは会長をよく眺めていたせいで会長の奇妙な習慣に気がついた。会長は
生徒会室で仕事をすごい勢いで済ませると、そのままいつも生徒会室を出て行ってしまう。
人一倍仕事はできているので何も問題はないのだけど、他の役員たちが下校時間まで仕
事をしたり無駄話をして過ごしているのに。

「ねえ。会長って何でいつも早く帰っちゃうの?」

 ある日あたしは書記の女の子に聞いた。

「ああ。副会長は最近生徒会入りしたから知らないのね」

 書記の子は仕事の手を休めて言った。「会長はここの仕事を終えると毎日図書室に行っ
てるのよ」

「はあ。会長もここのみんなも本当に勉強するの好きなんだね。あたしなんかじゃ考えら
れないわ」

「何言ってるの。放課後まで図書室で勉強したいなんて人が生徒会にいるわけないじゃ
ん」

「じゃあ会長は図書室で何してるのよ」

「何って。そりゃ彼女と会ってるんでしょ」

 では会長には彼女がいたのだ。それにしてもこのあたしが可愛らしい後輩を演じたのに
それを無視させるほどの彼女というのはどんな子なんだろうか。

「会長の彼女って誰なの?」

「副会長は知らないの? あんたと同じクラスの二見さんだよ」
402 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/27(日) 23:29:13.52 ID:l/rfkXGJo

 生徒会に入るまでほぼビッチ扱いされていたあたしは、その頃清楚な生徒会の役員の女
の子として扱われるようになっていたので、今ではそういう風に見られている自分に十分
満足していた。あたしは成績のいい生徒会の役員たちにも仲間扱いされていたし、生徒会
役員や役員以外でも成績優秀な男の子たちにも何度か告白されるくらいに人気もあった。

 だからあたしはもうかつてのような派手なグループに戻るつもりはなかった。あのグルー
プにいた頃のあたしの価値観だったら、自分に振り向かず綺麗とは認めざるを得ない
けど印象としては地味な二見さんなんかの方に自分の身近な男が眼を向けていたらそのま
までは済まさなかっただろうと思う。

 でも今ではそういうことはどうでもいいはずだった。偶然にも学内のエリート層の仲間入りを
して教師からもちやほやしてもらえるこの場所に留まるだけでもあたしにとっては
十分なはず。あたしが自分のプライドから生徒会長を二見さんから奪う真似なんかしたら、
せっかくのあたしの清純で初心な生徒会副会長としてのイメージが根底から崩れてしまう
のだ。

 そう考えると別にイケメンでも何でもなく本気で恋愛感情さえ抱いていない生徒会長の
気持ちをあたしに振り向かせるためだけに行動を起こすことは、あたしにとってリスキーすぎた。

 あたしは自分の中でそういう結論を出していたのだけど、念のために一応もう一つだけ
確認しておこうとも考えたのだった。それは生徒会長の、というより生徒会長の彼女にな
ることのステータスについてだった。

 あたしから見れば生徒会長はそんなに無理してまで手に入れるほどレベルの高い男の子
とは思えなかった。でもあたしは生徒会に入ってから、自分が今まで属していた派手な女
の子たちのグループで共有している価値観がここでは通用しないことを知った。そして中
学高校くらいまではともかく、将来にわたって世間一般でどちらの考えの方が尊重される
のかということが今のあたしにはだんだんと理解できるようになっていた。

 あたしもだいぶ新しい世界の友だちたちと考えを共有できるようになっていたのだと思
うけど、時折以前の価値観があたしの行動を規制することがあってそういう時には気をつ
けないと周囲の生徒会役員の女の子たちから不思議そうに見られることがあった。それで
あたしは、生徒会長を異性として軽視していることは、実は周囲の新しく出来た友だちの
持つ価値観と異なる考えなのかもしれないと考えるようになったのだ。

 そういうわけで生徒会長が学内一般でどういう評価になっているのか念のためにあたし
は確認しておくことにしたのだった。

 生徒会内で会長の評価を率直に聞くわけにも行かなかったので、あたしはお姉ちゃんに
彼の評価を聞いてみた。何となく生徒会長が気になっているような振りをして。


「確かに会長ってイケメンじゃないけどすごく知り合いは多いみたいだよ。何か男にも女
にも妙な人気があるんだよね。でも、そんなにもてるってことはないでしょ。あいつって
地味だしなあ」

 お姉ちゃんは会長と同学年だったけど直接の知り合いではないそうだ。そしてそのお姉
ちゃんの評価は別に驚くほどの内容ではなかった。ただ妙な人気というのがいったいどん
な人気なのかは気にはなった。

 ・・・・・・やっぱり生徒会長はあたしがせっかく手に入れたこの居心地のいい立場を危うく
してまであたしに振り向かせる価値はないようだった。それならば忘れようとあたしは思
った。少なくとも会長は表面上はあたしのことを嫌っているわけではないようだったから、
会長が女さんよりあたしを選ばないというくらいでむきになることはない。この時あたし
はそう考えた。そして割り切ってしまえば会長の態度もあまり気にならないのだった。
403 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/27(日) 23:29:52.41 ID:l/rfkXGJo

 数日後、あたしは先生から生徒会長への用件を伝えるために、生徒会室を出て会長を探
す羽目になった。もう会長のことは念頭にはなかったのでそれは単なる副会長としての用
事に過ぎなかったのだけど、この時間には会長は二見さんと二人で図書室で過ごしている
はずだったので、いくら図々しいあたしでもさすがに少しそれを邪魔することに気が引け
ていた。

 なので図書室前の廊下であたしが少しだけ中に入るのをためらっていたその時だった。

「唯じゃん。久しぶりじゃんか」

 あたしは一学年上の先輩に声をかけられた。確かに先輩ではあったけど、彼はかつてあ
たしが派手に遊んでいるグループの子たちと一緒にいた頃に、よく行動を共にしていた男
の子だった。当時あたしは先輩を先輩とも思っていなかったので、彼のことは名前で呼ん
でいたのだ った。

「あ、先輩」

 あたしはとりたてて昔の仲間たちの恨みを買うつもりはなかったから普通に返事をした
つもりだった。でもあたしの声音とか以前は名前で呼び捨てていたあたしが彼を先輩と呼
んだことなどが、彼の機嫌を損ねたようだった。

 当時だってあたしは彼には特別な想いは抱いてはいなかったのだけど、彼の方があたし
に執着していたことはあの頃つるんでいた女の子たちから聞かされてはいた。

「先輩って何だよ。俺たちの仲なのによ」

 彼は少しだけ笑いながらも低い声で言った。その時彼の眼は少しも笑っていないことに
あたしは気がついた。何か嫌な雰囲気を感じたあたしはなるべく早く彼との会話を切り上
げようとしたのだけど、それが悪かったようだった。

「あたし図書室で生徒会長を探さなきゃいけないんでごめんね」

 あたしが彼の横を通り過ぎようとした。その時彼の手があたしの腕を掴んだ。

「おまえ、最近いい子ぶって生徒会とか先公たちに尻尾振ってるんだってな」

 彼は嘲笑するようにあたしを見た。

 あたしの腕を本気で握り潰そうとしているかのような彼の握力が腕に伝わって、あたし
は苦痛に喘いだ。

「放してよ。あたしいい子ぶってなんかいないし」

「おまえ、今じゃ真面目な副会長様だもんな。いい子のふりしてよ、昔の自分の友だちを
見下して気分いいだろう」

「そんなんじゃないよ。いい加減にしてよ」

「どうせ生徒会の僕ちゃんたちも先公たちも、お前が一年のときからどんなことしてたの
かなんて知らねえだろうな。いっそ俺があいつらにおまえがどんな女か教えてやってもい
いんだぜ」

 あたしは黙ってしまった。こいつの言うとおりだった。生徒会の役員の子たちに受け入
れられたあたしだったけど、彼らはあたしの過去のことは何にも知らないのだ。そしてそ
れが知られたら・・・・・・。

「・・・・・・放して」

 あたしはもう一度弱々しい声で言った。

「そんな真面目な女の子らしい演技することはねえだろ。ここには生徒会のやつなんてい
ねえしよ」

「・・・・・・いい加減にしてよ。いったい何が言いたいのよ」

「怒った? それくらいの方が昔のおまえらしくていいな」

 彼は笑った。「久しぶりに付き合えよ。遊びに行こうぜ」

「生徒会活動があるから付き合えません」

 あたしは思い切り冷たく言ったけど、腕の痛さは結構限界に近かった。

「じゃあさ、おまえは勘弁してやるから俺に女の子紹介しろよ。俺もたまには頭のいい真
面目な子と付き合ってみたいしよ。一年生の書記の子いるじゃん? あいつ真面目そうだ
けど可愛いよな」

「あんたなんかにあの真面目な書記ちゃんを紹介できるわけないでしょ」

「ほら。やっぱり上から目線じゃねえか。じゃあやっぱおまえでいいよ。おまえは本当は
真面目な女でも何でもないただのビッチだし、おまえなら俺と釣りあってるだろ」
404 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/27(日) 23:31:56.68 ID:l/rfkXGJo

 その時図書室のドアが開き中から出てきた会長があたしに声をかけた。

「副会長。ここで何してるんだ」

「会長」

 不覚にもその時あたしは泣きそうな顔で会長を見た。

「何してるんだ・・・・・・とにかく手を離してやれよ」

「・・・・・・んだと」

 先輩は低い声で威嚇するように会長のほうを見た。会長のことなんて少しも恐れている
様子はなかった。

「手を離してやれって、てめえ誰に向って口聞いてるつもりなんだよ」

「副会長は僕に用事があるんんだろ。君は邪魔しないでくれないかな」

 生徒会長は落ち着いて言った。

 その言葉に先輩は切れたようだった。先輩は握っていたあたしの腕を離したけど、その
ままで終らせるつもりはないようで、先輩はそのまま会長の方に詰め寄って行った。

「自分のことを僕なんて呼ぶやつが本当にいるんだな。おまえ、きめえよ」

 腰を沈めた先輩はいきなり生徒会長の顔を殴った。殴られた生徒会長はそのまま床に沈
みこむように仰向けに倒れた。

 あたしは思わず悲鳴をあげた。その悲鳴に気がついたのか図書室の奥から二見さんが出
てきて驚いたように床に倒れている先輩を見た。

 でも、あたしの悲鳴を聞きつけたのは彼女だけではなかったようで、こちらに駆け寄っ
てくる足音が響いた。

 先生だろうか。あたしは期待してそちらの方を見た。でもこちらに向って来たのはやは
り三年生の男子だった。その三年生は倒れている会長を足蹴にしようとしていた先輩を制
止した。そればかりか先輩に対して惚れ惚れとするような見事なストレートのパンチを放
ったのだった。

「何やってるんだてめえ」

 三年生が殴られて床に沈み込んだ先輩の襟を掴んで言った。

 あたしと会長にちょっかいを出していた先輩は結局その場に現われた三年生にぼこぼこ
にされたのだった。

「おまえ大丈夫だったか」

 その三年生は、床に這いつくばってうなっている先輩には構わず生徒会長に話かけた。

「助かったよ」

 会長がよろよろと身体を起こしながら自分を助けた三年生に言った。

「会長には世話になったからな」

 三年生が会長に答えた。

 正直この時の会長の姿は格好いいとは言えなかった。もちろんあたしを助けようとして
くれてはいたのだけど、この見知らぬ三年生が駆けつけてくれなかったらあたしも会長も
どうなっていたかはわからなかった。

「おい。てめえ、俺がいないとこで会長やこの子に手を出したら」

 三年生は倒れたままの先輩を見下ろして駄目押しした。先輩は何か唸った。

「どうなんだよ」

「・・・・・・るせいな。わかったよ」

 結局先輩は負け惜しみのようにそう言って立ち上がると、もうあたしとは目も合わそう
とせずに去って行った。



 こうして見るとこの三年生は会長や生徒会の人たちの仲間のようには見えなかった。
どちらかというと先輩の仲間のように見えたけど、それでもこの見知らぬ三年生は迷わ
ず生徒会長を助けたのだった。

 あたしは三年生にお礼を言ったけど彼はあたしのことはあまり気にしていないようで、
会長に大して怪我がないことを確かめると、じゃあなと会長に声をかけて行ってしまった。
405 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/27(日) 23:35:18.61 ID:l/rfkXGJo

 こうして見るとこの三年生は会長や生徒会の人たちの仲間のようには見えなかった。ど
ちらかというと先輩の仲間のように見えたけど、それでもこの見知らぬ三年生は迷わず生
徒会長を助けたのだった。

 あたしは三年生にお礼を言ったけど彼はあたしのことはあまり気にしていないようで、会
長に大して怪我がないことを確かめると、じゃあなと会長に声をかけて行ってしまった。

 この時ようやく二見さんが会長に話しかけた。

「先輩、大丈夫?」

 彼女はあたしのクラスメートだったのだけど、この場にいるあたしには関心がないよう
だった。そして不思議なことに彼女は会長が倒れていたことにもあまり興味がない様子だ
ったのだ。

 その夜あたしはお風呂の中でずっと生徒会長のことを考えていた。

 先輩の一突きだけでよろよろと倒れた会長の姿は正直見るに耐えなかった。客観的に言
うと会長はあたしを助けようとしてくれたのだけど、結局あたしが先輩の手から逃れるこ
とができたのは見知らぬ三年生のおかげだ。

 でも。あたしは気がついた。あの三年生だって正義感に溢れているような人には見えな
かった。それでもあの場に介入してきたのは生徒会長を助けようとしたからだ。

 『会長には世話になったからな』

 そう彼は言っていたっけ。つまり会長個人は無力でも会長のためには力を貸そうという
知り合いが会長にはいるということだ。それはそれで一つのパワーだ。

 そして会長の持つその不思議なパワーの源はどこにあるのだろう。

 あたしはそれから二見さんのことを思い出した。彼女は殴り倒された生徒会長のことを
本気で心配しているようには見えなかった。それでも会長は彼女さんに惚れているらしい。
会長はいったい二見さんのどこが気に入っているのだろうか。

 ぶざまに倒れた生徒会長を目撃した日の夜、あたしは生徒会長のことを初めて本気で気
にするようになったのだった。そしてそれは恋愛感情ではなかったはずだった。

 恋愛感情ではないと思ってはいたけど、あたしらしくないことに翌日から会長と目を合
わせたり会長に話しかけられたりすると、あたしは今までのように活発で無邪気な後輩の
演技をすることができなくなってしまった。

 あたしは、会長の質問に赤くなったり目を逸らして下を向いてしまったりするようにな
ったのだ。

 いったいあたしはどうしたのだろう。これでは本当に恋する初心な女の子ではないか。

 あたしが男の興味を持った時は、そんな少女漫画のヒロインのような真似はしない。少
なくともこれまではそうだった。直接的な誘惑を仕掛けて相手の反応を見る。夕也君だけ
は例外だったけど、これまではそういう付き合い方しかしたことがなかったのだ。

 あたしはこの時自分でも自分の行動を理解できなかった。そしてあまりこういう状態が
続くと周りの生徒会役員の子たちに変に思われてしまうだろう。恋愛経験のない初心な女
の子と思われること自体はむしろ望むところだけど、その対象が会長だと思われるのはい
ろいろな意味でまずい。

 かと言ってこのことを相談できる相手は・・・・・・。

 あたしはため息をついた。タイプの全く違う姉妹だけど、やはりあたしにとっては一番
頼れるのはお姉ちゃんと妹友ちゃんだったのだ。
406 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/27(日) 23:35:49.02 ID:l/rfkXGJo

自宅で二人に会長の話をしだすとお姉ちゃんは前にも会長のことであたしに質問された
ことを思い出したようだった。

 お姉ちゃんにならどう思われても構わなかった。お姉ちゃんそのことを口外する心配は
なかったし。なのであたしはあえて誤解を解かずに会長のことを気になっているような表
情で二見さんと会長の情報を話し出した。


「会長ってもう付き合っている子がいるんだって」

「しかもその子、うちのクラスの二見ちゃんっていう子なの」

 どういうわけかお姉ちゃんは気の毒そうな表情をした。あたしを心配してくれているの
だろうけど、その表情にあたしは少しだけプライドを傷つけられた。

「でも二見さんって普通に可愛いし評判もいいんだけど、何ていうか余り仲のいいとかっ
て思えないし。本当は自分勝手な子なんじゃないかなあ」

 あたしは思わ彼女を誹謗するようなことを口にしてしまった。

「だからって会長がその子と付き合ってることには変わりないじゃん」

 お姉ちゃんがあたしを諌めるように言った。

「そうなんだけどさ。あたしが告れば勝てるんじゃないかなあ」

 この時はあたしも意地を張ってしまっていて、自分でも思ってもいないことを口にする
ことが止められなくなっていた。

「よしなよ、そういうの」

 お姉ちゃんが諌めるように口を挟んだ。

「同級生なんでしょ。たとえうまく行ったとしても後で気まずくなるよ」

「そうかなあ」

 あたしはようやくそこで話を切り上げることができた。あたしは何をしようとしている
んだろう。自分でも自分の考えがよくわからなくなってしまっている。

 会長は見た目は格好よくないし喧嘩も弱いしスポーツも苦手そうだ。話だって面白いと
は言えない。

 でもあの乱暴そうな三年生の先輩をはじめ、会長のためなら喜んで力を貸そうという人
たちが幅広い階層に存在しているようだ。そして会長は成績もよく先生たちの信頼も厚い。

 本当に将来のことを考えれば、頭が悪く遊び方と女の扱いだけはよく知っている男なん
かと付き合うより、会長のような男の人のほうがいいのかもしれない。

 そういう風に割り切って考えようとしたあたしだけど、これでは自分が最近何で生徒会
長の前にいると顔を赤くして俯いて黙ってしまうのかということへの回答にはなっていな
いことにも気がついていた。

 これはひょっとしたらあたしにとって本気の恋なのだろうか。これまであたしが経験し
てきた恋愛の入り方とは大分違う様相を呈しているようだけど。
407 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/27(日) 23:36:14.06 ID:l/rfkXGJo

今日は以上です
また、投下します
408 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/28(月) 14:31:28.30 ID:BcWYiPPA0
妹友には名前の設定なかったんか

乙乙
409 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/28(月) 23:40:35.61 ID:ElGl9x+To

>>408

作者です。妹友は間違いです。なかったことにしてください
今回は二姉妹の設定に変更しましたので

すいません
410 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/16(月) 12:35:05.66 ID:RO6yusYg0
また落ちるのか
411 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/20(金) 23:42:08.65 ID:JKpqy6hXo
作者です

すいません

父親が亡くなったので、することがいっぱいあって、こっちまで気が回りませんでした

少し落ち着いたので、そろそろ再開したいとは思ってます
412 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/21(土) 20:20:52.27 ID:SyR+wCLeo
マジですか
死別反応は数ヶ月遅れて来るらしいので、気を付けてくださいね
ある日突然動けなくなるらしいので
413 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/31(火) 23:10:48.51 ID:ooGZg3gbo

 もうあまり考えこんでも仕方がない。

 あたしはもともと物事を深く考えるような性格ではない。気になるなら気になるで自分
の気持に素直になってもいいのではないか。期せずして居心地のいい生徒会という場所を
見出したせいで学校底辺の頭の悪い仲間と縁が切れたあたしだったけど、いくらこの場所
を失いたくないからといって自分の気持を偽って我慢することはない。

 あたしはそこに気がついた。

 二見さんが生徒会長の彼女だということはよくわかったけれど、だからと言ってあたし
が周囲の役員の子の視線や噂を気にして行動を押さえ込む必要なんてない。要はきっかけ
の告白はあたしから仕掛けたとしても最終的に生徒会長があたしを選んでくれればそれで
いいのだ。

 それならば強引に二見さんから会長を奪った女という印象は相当薄まるだろう。むしろ
生徒会長があたしに夢中になっているという状態にすればいい。何と言っても二見さんは
今ではあたしの属する校内のエリート階層の一員ではない。底辺のグループとは縁がない
かもしれないけど、彼女はどちらかというと一匹狼的な女の子だった。そういうことを考
えると、生徒会長はイケメンではないけど生徒会の女の子の中では人気はある。彼女たち
だって会長を自分たちのグループ以外の女の子に盗られていることは面白くないに違いな
い。まして、あの変わり者の二見さんに。

 要するに会長があたしに執着してくれる状況さえ作ってしまえば、役員の女の子たちは
二見さんではなくあたしの味方になってくれるのではないかと考えたのだった。

 もちろんそのためにはあたしが強引に二見さんから会長を奪ったような印象を与えては
いけないので、あたしにできるのは言外に会長に好意を持っていることを会長に悟らせる
こと、そしてさりげない一回だけの告白で会長の心を奪うこと、それがあたしが会長の彼
女になる条件だった。

 ・・・・・・お姉ちゃんに話したことは決して強がりではなかった。あたしは自分の容姿に自
信を持っていた。それだけだけでは十分じゃないかもしれない。でも、かつてのような遊
び歩いていたあたしには会長は関心を持ってくれないかもしれないけど、今のあたしは会
長の身近にいる生徒会副会長なのだ。



『そうなんだけどさ。あたしが告れば勝てるんじゃないかなあ』


 あの時は半ば意地になって言ったセリフだったけど、よく考えればこれは決してあたし
の強がりだけではなかった。

 こうしてあたしは自分の生徒会長に対する気持ちの正体を未だによくわかってはいなか
ったのだけれど、半ば見切り発車的に告白を仕掛けようと決心したのだった。何よりも夕
也君が身近にいないので、あたしの恋心の行き先がなかったということもあったし。

 そう決心したあたしは急に気が楽になるのを感じた。多分もう会長の前にいても会長の
顔を直視できずに俯いて赤くなったりすることはないだろう。あたしは割り切ったのだ。
会長に対して本気で恋をしてしまったかどうかは今でもわからないけど、それすらどうで
もいいという境地にあたしは至っていた。本気で好きなのか打算的な意味で会長が気にな
るのかなんて今となってはどうでもよかった。自分の気持がわからないならとりあえず、
会長の気持ちを自分に向かせることだ。今までだってあたしはそういう恋愛をしてきたの
だ。生徒会役員になったからといって、恋愛に関してはそのやり方を無理に抑える必要は
ないのだ。そうして会長があたしを求める状態になってから改めて自分の気持ちに向き合
えばいい。結果として会長の気持ちを受け入れたとしても、あるいは会長の気持ちを拒否
したとしてもそれはその時に考えればいいことだ。大切なことは会長へのアクションによ
ってあたしが生徒会役員の男女の仲間たちに引かれたり嫌われたりしないようにすること
なのだった。

 あたしの行動が、略奪愛なのは確かだった。それくらいはあたしも理解できていた。
414 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/31(火) 23:11:18.11 ID:ooGZg3gbo

 ようやく自分の気持と今後の行動を整理することができたあたしは、もう無駄に待つつ
もりはなかった。明日にでも会長を誘惑しよう。会長がそれなりに女の子から告られてい
たことは今ではわかっていたけど、その相手の子の名前を聞く限りでは今のあたしには負
ける気がしなかった。

 ・・・・・・多分一番の強敵は会長の今の彼女である二見さんだ。でもその彼女であってもあ
たしの敵ではない。あたしはこれまでだって自分の恋のライバルを気にしたことはなかっ
た。明日、あたしは会長に行動を起こすことにした。ところがそう考えていた矢先、出鼻
をくじかれるようにあたしはその夜、お姉ちゃんにあたしの決意を邪魔されたのだった。

 どうやらあたしの会長への関心を心配したお姉ちゃんが勝手にいろいろと会長と二見さ
んのことを調べたようだった。あたしはお姉ちゃんの部屋に呼び出され一方的に説教じみ
た話を聞かされた。

「あの二人って相当真面目に付き合っていると思うよ。正直、中学生レベルの恋愛関係を
超えてるくらいに」

 お姉ちゃんが真剣に言った。「そんな関係にちょっかいを出そうなんてあんたもどうか
してるよ。あんたが会長に告って、それがうまく行っても行かなくてもいい結果にならな
いんじゃないかな」

 お姉ちゃんはあたしにそう言った。

 ここまで黙ってお姉ちゃんの説教じみた話を聞いていたあたしは、ついに我慢できずに
言った。

「二見さんと会長の仲の調査とかお姉ちゃんのやってることマジキモいんですけど」

 あたしはお姉ちゃんの心配を切り捨てた。

「中学生の恋愛に何で調査とかするのよ。信じらんない」

 一瞬、お姉ちゃんがひるんだ。あたしはそのことに、少しだけ罪悪感のような気持ちを
抱いた。多分、恋愛に関してはお姉ちゃんとは価値観が異なるあたしだけど、そんなあた
しのことをお姉ちゃんは理解できないまでも本気で心配してくれていたのだから。

 あたしは語気を和らげて言った。「まあ、お姉ちゃんがあたしのこと心配してくれてる
のはわかるけどさ」

 あたしの言葉にお姉ちゃんは少しだけ困ったように微笑んで、それ以上はもう何も言わ
なかった。
415 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/31(火) 23:11:46.58 ID:ooGZg3gbo

 こうして余計なお節介をしたお姉ちゃんとはなし崩しに仲直りはできたのだけど、あた
しの決心は変らなかった。たかが中学生の恋愛に聖域も触れてはいけない関係もあるもの
か。このとき、あたしは反対するお姉ちゃんに相当反発していただと思う。あたしを心配
してくれているお姉ちゃんを悪く思うのはやめにはしたけれど、それでも自分の決心を翻
すことはない。

 あたしはそう考えて予定どおり翌日には生徒会長を誘惑する決意を固めたのだ。

それに、その頃のあたしはまた、自分の考え方が以前と違ってきていることにも気がつ
いていた。打算はある。会長と付き合おうと考えている理由の一番は、ステータスを得る
という打算なことは間違いない。どれだけ自分勝手なあたしでも、そこをはき違えてきれ
いごとを言う気はなかった。だけど。

 愛は盲目というけど、これこそまさにそうかもしれない。この間までのあたしなら、生
徒会入りする前のあたしなら、会長が自分の恋愛対象になるなんて考えたこともなかった
だろう。あたしは最初、自分も将来のことを考え、ステータスを求めているんだと思って
いた。本気で会長を好きなったわけはないと。でも、それなら何で二見さんのことがむか
つくのか。あんな女に負けると考えることが嫌なのか。それとも。

 好きになるということには、実はそれほど当たり前の常識とかなくて、意外性に満ち溢
れているのだろうか。あたしは、改めて自分の胸の奥底を探ってみた。そうして、思いつ
いた答えは自分でもすごく意外だった。あたしは、ステータスとか、先生からよく思われ
るとかそういう理由で生徒会にいたのだけど、会長のことはどうもそうではないみたい。

 あたしは、あの冴えない会長を好きになってしまっているのだ。

 何でだろう。

 あたしは考えてみた。仮にあたしが打算からではなく会長を好きになったとしたとした
ら、その理由は何なのだろう。よくみかける会長の姿が思い浮かんだ。大体は、生徒会室
で仕事をしているか、図書室で二見さんと一緒にいるかどちらかだ。容姿、人気、運動神
経、明るい性格、好成績。今までのあたしが男を選ぶ基準の中で、会長が当てはまるのは、
成績と、まあ、あえて言えばある種の人たちから人気があるということか。

 ・・・・・・結局、考えてもよくわからなかった。もう寝よう。そして明日は、もう少し会長
とお話してみよう。あたしはベッドに入りもそもそと姿勢を整えて眠りについた。その日
は、なかなか寝付くことができなかったけど。

 翌日、教室で二見さんを見かけた。同級生だからあたりまえだけど。相変わらず友達と
群れずに、一人で何か本を読んでいる。認めたくないけど、彼女の容姿は整っているので、
やはりちらちらと彼女を密かに眺めている男子もいる。隠しているつもりでも、そういう
のって意外と周囲にばれるものなのだ。二見さんは男子の視線を感じているのだろうか。
それは不明だけど、少なくとも感じていたとしても彼女がそのことに全く動じていないこ
とは確かみたいだった。そういう風にふるまっているだけかもしれないけど。

 そのとき、ふと二見さんが本から顔を上げたため彼女の視線があたしに向けられた。そ
の瞬間、どういうわけか思わずあたしは二見さんから視線を逸らせてしまったのだ。我に
返ったあたしが再び二見さんの方を見ると、彼女はもう本に目を落としていた。その様子
には全く動揺した様子は見受けられなかった。
416 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/31(火) 23:12:28.86 ID:ooGZg3gbo

 自分でも何でだかわからないけど、なんだかすごく屈辱のような感情を彼女に対して抱
いた。全く自分でも説明がつかない衝動にかられたあたしは、その日のうちに会長に告白
しようと考えた。考えてみれば悩むような話じゃない。今まで、あたしは自分から告白し
て断られたことは一度もないのだ。いくら多少可愛いからといって、ぼっちで変人の二見
さんなんかに負けるわけがない。一時期は会長に浮気させてしまうことになるけど、それ
は正々堂々と二見さんに謝ろう。あたしと会長と二人で頭を下げて。それは生徒会室でた
またま二人になったときのことだった。あたしは、会長の名前を呼び彼を見上げた。

「てきぱきと生徒会の役員に指示する先輩は、大人びていて素敵です」

 あたしの顔はどういうわけか真っ赤になっていたようだ。そして、あたしの告白とそれ
を断った会長のことは、たまたまドアの前にいた生徒会役員を通じて、校内に広まってし
まった。生徒会の副会長が会長に告って振られたみたいだって。

 初めて自分から告った男の子に振られたうえに、そのことを噂されたあたしは当然なが
ら落ち込んだ。落ち込んだのだけど、自分でも不思議なことに諦めがつくのも早かったよ
うだ。確かにあたしは自信過剰ではあった。今思えば、不思議だけど彼女もちの男に自信
満々に言い寄ったのだから。周囲の生徒会の役員の子たちはあたしの失恋を知って、どう
いうわけかそれまで以上にあたしに親近感を覚えてくれたようだった。会長には振られた
けど、役員の子たちの誘いも増えて、あたしは名実ともにこの学校のエリートである生徒
会の一員として認められたのだとこれまで以上に実感することができて、そのことがあた
しの慰めとなった。

「じゃあ、唯。先にファミレス行ってるからね」

「早く来いよ、唯」

 生徒会の子たちにそう言われたあたしは、先生に頼まれたプリントを持って職員室に向
かった。早く済ませて彼女たちと合流しよう。職員室で先生にプリントを渡すと、その女
の先生は優しくお礼を言ってくれた。そういう待遇にも今ではあたしも慣れてきていた。

「早く帰りなさいね」

「はーい」

 職員室から近道をするために中庭を抜けていくと、木陰の方から会長と二見さんの話声
が聞こえてきた。正直、聞きたくない。急いで中庭を出ようとしたとき、聞きたくもない
会話が耳に入ってきた。



「先輩、なんであの子の告白断ったの?」

「僕は、君のことが好きだからね。副会長と付き合うなんて考えられないよ」



 忘れかけていた悲しみや屈辱が胸の奥から少しづつ染み出すようだった。でも、これは
仕方がない。二人が付き合っていることを承知のうえで、あたしは会長に告ったのだ。仲
のいい恋人同士に、あたしの告白を会話のネタにされるくらいのことは我慢しなきゃ。
417 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/31(火) 23:12:58.27 ID:ooGZg3gbo

「ふーん。そうなんだ。彼女、かわいそう」

 あの子。

 彼女。

 さっき、しかたがないと割り切っていた会話が、再び別の意味を持ってあたしの心を蝕
み出した。



「先輩、なんであの子の告白断ったの?」

「僕は、君のことが好きだからね。副会長と付き合うなんて考えられないよ」

「ふーん。そうなんだ。彼女、かわいそう」



 会長に振られたことは仕方がない。だけど、あの子とか、彼女かわいそうとか、二見さ
んはいったい何様のつもりだ。二見さんがあたしに対して無関心だというのなら、それで
もいい。でも、この短い会話をつなぎ合わせると、無関心かどうかはともかくあたしを格
下にみているとしか考えられない。そして、会長の気を引くための冗談半分のあたしへの
同情の言葉。

 彼女、かわいそう。

 ふざけるな。

 その後のあたしは自分の憤りを抑えて普通に過ごした。会長には振られる前のとおり、
可愛らしいいい後輩として接した。二見さんとも、同じ教室でそれなりにおざなりな会話
くらいはできるようになった。優ちゃんって呼びかけることもした。そう呼ばれた彼女は
微妙な表情だったけど。ただ、彼女に微妙に見下されているような感覚は相変わらず続い
ていた。この時の彼女は、少なくともあたしのことを石井会長を争う恋のライバルだなん
て考えてもいないようだった。つまりあたしは、彼女にとっては単なる雑魚に過ぎないの
だ。

 いずれにせよ、このままおとなしく屈辱感が癒えるのを待つ気はなかった。

 あたしは方針を変えたのだ。ただ、具体的にどうしたらいいのかは全く分からなかった
けど、受験シーズンに入り会長たち先輩たちが引退するころになり、あたしは二見さんが
転校することを知った。遠距離になっても付き合うのか。それとも、あっさり別れるのか。
中学生の恋愛なんて、遠距離で続けられるようなものじゃない。あたしが、それを手伝っ
てあげよう。格下にみられて見下さてたあたしが。やがて、そのチャンスがやってきた。
418 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/31(火) 23:13:27.46 ID:ooGZg3gbo

「あの、先輩。ご存知ないんですか」

「・・・・・・何が?」

 会長は要領を得ないあたしの言葉に少しじれったく感じているようだった。

「優ちゃん、一昨日転校したんですよ。確か、東北の方に転校するって言ってました」

 何を言われているのかわからないという表情のまま会長は凍りついた。

「・・・・・・先輩は優ちゃんとお付き合いされているんで当然ご存知かと思っていました」

 あたしは会長を気遣い遠慮がちな小さな声を出した。つまりそういう演技をしたのだ。

 会長はしばらく沈黙していた。

「そうか」

 しばらくして会長は言った。

「君は何か事情を聞いているのか?」

「そんなに詳しくは知りませんけど。お父さんの仕事の都合で東北の中学に転校するとだ
けしか」

「優が転校する学校とか転校先の住所とか君は知っている?」

 会長は信じていた彼女に裏切られたからか余裕のない態度であたしの方を縋るように見
た。

「ごめんなさい、知らないんです」

 あたしは嘘をついた。

「まだ転居先とか決まってないんで学校も住むところもこれから決めるんですって。だか
ら先生にもわからないそうです」

「・・・・・・こんなことを聞いて悪いんだけど、君は優の携帯の番号とかメアドとか知って
る?」

「本当に会長のお役に立てなくてごめんなさい。あたし、そこまで優ちゃんとは仲良くな
くて」

「誰か優と仲がいい子とか知らないかな」

 あたしにも会長の必死さが伝わってきた。でもあたしはもう迷わなかった。決心してつ
いに踏み出してしまった今ではあたしは妙に頭の中が冷静だった。

「・・・・・・言いにくいんですけど、優ちゃんて本当に仲のいい子はいませんでした。だか
ら・・・・・優ちゃんの携番やメアドを知ってる子はいないと思います」

「・・・・・・そうか」

 二見さんに親友がいなかったことは事実だった。この時あたしが会長についた大嘘の中
にも真実のかけらはある。二見さんの携番やアドを知っている子がいないのは事実だった。
会長が心の中でどれだけ彼女を美化していたのかは知らないけど、会長が好きになり大切
にしていた 子は、本当はぼっちの女の子だったのだ。それだけは掛け値のない真実だっ
た。

 もうあたしを気にする余裕はないのだろう。会長はあたしに頭を下げると黙ってよろよ
ろと教室から出て行った。
419 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/31(火) 23:13:56.28 ID:ooGZg3gbo

 そして。

 ぎりぎりのタイミングだった。

 会長が姿を消して数分たったところで二見さんが教室に戻って来たのだ。

「ねえ」

 不審を露わにして二見さんがあたしに聞いた。

「先生、あたしのことなんて呼んだ覚えないってよ」

「そうなの? あたし確かに誰かから優ちゃんに伝えてって言われたんだけどなあ」

 あたしは無邪気に不思議そうな声を出した。

「・・・・・・まあいいけど」

 二見さんは気持ちを切り替えたようだった。

「それよか優ちゃん、明日の朝には東北に行っちゃうんでしょ?」

「うん。本当は昨日お父さんたちと一緒に行く予定だったんだけど・・・・・・」

 そう答えて二見さんは教室内を眺めた。

「どうしたの?」

 あたしは少し不安そうな二見さんの表情に何か快感めいた、嗜虐的な快感を覚えた。

「もしかして誰か探してる?」

「ええ・・・・・・まあ」

「優ちゃんの転校って急だったもんね。お別れを言えなかった人もいるんじゃないの」

「あのさ、浅井さん」

 普段は人に媚びることのない二見さんがあたしに縋るような目を向けた。

「あの。あたしが職員室に行っている間、誰かあたしを尋ねてこなかった?」

「誰かって? 何人も教室を出入りしてたけど」

 あたしは言った。

「例えば誰?」

 二見さんはしばらくためらった。彼女がこの時何を考えているのかあたしには手に取る
ようにわかった。
420 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/31(火) 23:14:24.41 ID:ooGZg3gbo

 あたしはそこで助け舟を出してあげることにした。相変わらず二見さんに対し、得体の
知れない優越感を覚えながら。

「まあクラスの人以外だと・・・・・・あ、そうだ。生徒会長が尋ねてきたよ」

 二見さんの表情が一瞬明るくなった。

「先輩、志望校に合格したんだって。嬉しそうだったよ」

「それで、何か他に言ってなかった?」

「他にって・・・・・・ああ、そうそう。あんたが転校するってこと会長は知らなかったんだよ
ね。あんたと会長って仲良しなのかと思ってたのに」

 あたしは微笑んだ。

「え? 浅井さん、あたしが転校するって先輩に話したの?」

「うん。話したけど、何か都合悪かった?」

「・・・・・・引越しの日を遅らせて自分で話そうと思ってたのに」

 二見さんは低い声で言った。その言葉はあたしにはよく聞き取れたけどあえてあたしは
聞き取れなかった振りをした。

「ごめん。今何て言ったの? よく聞こえなかった」

「何でもない。それで先輩、それを聞いて何か言ってた?」

「別に何も。そうなんだって言っただけだったよ」

 あたしは自分の一番の微笑みを彼女に向けたのだった。

「あとさ、高校合格祝いに今日からどこかに卒業旅行に行くんだって。しばらく連絡が取
れないけど生徒会をよろしくって言われた」

 二見さんの表情が青くなった。

「浅井さん、会長の携帯の番号とかメアドとか知ってるかな」

 二見さんのいつもような余裕のある態度は今ではどこかに行ってしまっているみたいだ
った。

「ええ〜。そんなの知らない。優ちゃんこそ会長と仲良しなのに何でそんなことも知らな
いのよ」

 彼女はそれを聞くともうあたしには話しかける価値がないと判断したようだった。

「じゃあ、あたし帰るね」

「うん。優ちゃん東北に行っても元気でね」

「うん。じゃあ、さよなら」



 ・・・・・・さよなら。もうあんたは二度と戻ってくるな。石井生徒会長のことはあたしが責
任を持ってケアしてあげるから。
421 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/31(火) 23:15:12.31 ID:ooGZg3gbo

今日は以上です
また、投下します
422 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/03(金) 03:35:05.53 ID:XyslxGceo
おつかれ
423 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/22(水) 16:17:24.49 ID:BXgaHi9LO
おつ
424 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/10(月) 22:50:33.00 ID:lgsX17cTo

 父親が東北に異動したため、俺は母と一緒に父親について東北の学校に転校した。それ
は、俺が大好きで大切にしていた浅井姉妹と別れることを意味していた。転勤の期間はわ
からないという。そんなに長い間じゃないよと父は言ったけど、それほど確信のある様子
でもなかった。他の女の子も男の友達も別れることはどうでもいいが、浅井さんちの姉妹
と会えなくなるのは正直辛かった。

 俺にとっては浅井さんちの姉妹は、何て言っていうか本当の兄弟以上の関係だった。だ
から、俺はこれまであの姉妹を恋愛対象として見ることを自分に禁じてきた。女の子と付
き合うということは、すごく楽しいことなのだと俺は既に学んでいたし、そういう経験も
積んでいたけど、別れた後のことを考えるといろいろ問題がある。

 俺はいろいろな女の子と付き合ったけど、結局別れるとその後は視線すら合わせなくな
る。仮に浅井さんちの姉妹のどちらかと付き合えたとしても、その後の保障なんかない。
別れて、あいつらと仲が悪くなるくらいなら、このまま仲のいい幼馴染でいいじゃんか。
俺はそう思っていた。だから、そうなるくらいなら、幼馴染として、恋愛対象として見な
いようにすればいい。俺はずっとそう思っていた。

 姉妹と言ったけど、別に二人のことが同時に好きだったわけじゃない。どちらかという
と俺が好きだったのは姉さんの方だった。見た目や人気で言うと妹の方が上なのは間違い
ない。唯は、同じ学校の男たちからすごく人気があった。それでも俺が好きなのは姉の方
だった。どうやら俺は年上趣味らしい。

 この姉妹を恋愛対象とすることを自分に禁じていた俺は、彼女たちの恋愛事情に立ち入
ったことはないけど、同じ学校で過ごしていれば何となく状況はわかる。多分、姉さんは
今まで男と付き合ったことはないはずで、唯の方は、片手では収まらないほど男との付き
合いがあると思う。ただ、生徒会に入った途端に、唯は真面目になり男と付き合うことも
なくなったようだった。恋愛感情を向けていたのは姉さんの方だけど、唯に対しては本当
の妹のような保護欲を感じていた俺は、それで少し安心したものだった。そんなときに、
俺は転校し、姉妹のそばを去ることになった。
425 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/10(月) 22:51:16.52 ID:lgsX17cTo

「そうなのよ。突然、唯がまじめになってあたしもびっくり。でも、こっちの方が全然い
いわ。夜遊びもしなくなったし、付き合っている子たちもまじめな子ばかりになったし」

 姉さんはそう言って笑った。

「じゃあ、唯って今では彼氏とかいないの?」

「なあに? あんた、唯の恋愛とか気になるの。あんた、唯のこと好きなの」

「全然。全くそういう気はありません」

 ・・・・・・俺が好きなのは姉さん、あんたなのに。

「まあ、あんたはもてるしね。わざわざ幼馴染なんか好きになる必要もないか」

「別のもててねえし」

「嘘つけ」

 そろそろこの会話が苦しくなってきた。下手をしたら自分の感情を制御できなくなりそ
うだ。そのとき、タクシーが来て、母親が俺のことを迎えに来た。

「タクシー来たよ」

「ああ」

 姉さんがその細い白い手で俺の手をそっと握ってくれた。

「じゃあね。早く帰って来てね」

「んなもん、父親次第だよ。俺に言われても」

 姉さんの手の感覚を気にした俺は、胸のときめきや感情の揺れを必死で抑えながら答え
た。

「由里子ちゃん、元気でね」

 母親が姉さんに言った。

「はい。おばさんもお元気で」

 姉さんは俺の手を離してにっと笑った。「ついでに、あんたも元気でね」

「俺はついでかよ」

 その時は気にしなかったけど、唯はその場に姿を現さなかった。あとで聞いたけど、こ
の日、唯は中学の先輩に告って振られたらしい。
426 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/10(月) 22:51:51.86 ID:lgsX17cTo

 東北での生活は楽しかった。姉さんと唯がいないことは寂しかったけど、それ以外では
全く不自由のない生活だった。友達もすぐにできたし、同級生の女の子に告られもした。
結局、付き合いはしなかったけど。二年次編入なのだけど、住まいや学校の周囲の環境は
最高だった。美しい田園や青い海があり、市街地の方に行けば、大きなショッピングセン
ターがありゲーセンもある。遊び場所にはことかかなかった。それでも、姉さんや唯はい
ないのだ。

 姉さんはよく夜に俺に電話をくれた。LINEだと俺の声が聞こえないからって。正直、嬉
しかった。



『どうしたもんかなあ。無理だって言ったんだけどさ』

『相手は誰?』

『生徒会長。でも、唯の同級生の二見って子と付き合ってるのよ。どう考えても無理ゲー
でしょ』

『俺、二見って子知ってる。無口で暗い印象だけど、顔とか可愛いしスタイルもよかった
よな』

『何よ。あんたも狙ってたの?』

『違うって。でも、いくら唯が可愛いからって、その子から彼氏を奪うのは無理っぽいよ
な』

『うん。結局、振られたわけだけど。まあ、唯のことだからすぐに元気になってほかの男
を探すとは思うんだけどね』

『まあ、略奪愛は無理でも、相手のいない男なら大抵は唯に落ちるんじゃねえの? あい
つ可愛いし』

『あんたが狙ってたのは二見さんじゃなくて、唯の方か』

『全然ちげーし』

『あんたは? 今、彼女とかいないの』

『いない』

『嘘つけ』

『本当だって。姉さんはどうなんだよ。彼氏とかできた?』

『あたしにそんなものできるわけないじゃん。あんた、喧嘩売ってるの』

 いないのか。それが本当ならすごく嬉しいけど。俺は最近、すごく非現実的な妄想を思
い浮かべていた。俺と姉さんと唯が、お互いに恋人なんか作らずにいつまでも近所で生活
するという夢だ。もちろん、現実的にはあり得ない妄想なのだけど。どういうわけか、そ
れはすごく甘美な想像だった。そのことを考えているだけで、幸せな感覚に包まれて二、
三時間は平気で過ごせるほど。
427 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/10(月) 22:52:33.21 ID:lgsX17cTo

『姉さんの理想は高いからなあ。少しは妥協したら?』

『んなことあるわけないでしょ。あたしがもてないだけだよ』

『またまた。誰でもいいなら男なんかすぐできるでしょ』

『さすがに誰でもはよくないよ』

『ほら。ハードル高いくせに』

『違うって。それよか、あんたは何で彼女作らないの。あんたならその気になればさ』

『そんな気になれないだけだよ』

『あんたの方こそハードル高くしすぎなんじゃないの?』

『そうじゃねえって。それは、姉さんの方だろ』

『お互い、なかなか恋人ができないね。少しは唯を見習った方がいいのかな」

『唯は玉砕したんでしょ。見習ったらだめじゃん』

『そうか。いっそ、あんたが唯の彼氏になってくれればいいのにね』

『ねえよ。そもそも唯が俺なんかじゃ嫌だろうし』

『そうかなあ』

『そうだよ。それに、幼馴染ってさ。付き合うのはいいけど、別れちゃったら辛いじゃ
ん。仲のいい兄弟を失うようでさ』

『へえ。あんた、そんなこと考えてたんだ。だから、唯とは』

『違うって。一般論だよ一般論』

『でもさ。運命の相手だって思えるのが幼馴染だっらさ。別れるとか心配いらないんじゃ
ない?』

『唯は俺のことを運命の相手なんて思ってねえよ』

『あたしとあんたならどうかな』

『姉さん、何言って』

『あたしとあんたなら、結ばれても別れる心配なんかないんじゃない? こんなに仲がい
いんだし』

『言うに事欠いて何言ってるんだよ。年下からかうなよ』

『本気だけど。あんたにはその気はないんだろうけど』

 付き合わなくてもいいと思ってた。姉さんが幼馴染としてそばにいてくれるだけで。で
も。ここまで姉さんに言わせたら。からかわれている可能性は残っていたけど、俺は決心
した。
428 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/10(月) 22:53:16.58 ID:lgsX17cTo

『何言ってるの。俺が今までどんなに姉さんのことを好きだったか知らないだろ』

『嘘つけ。冗談はやめろ』

 何か、姉さんが泣いてる。

『冗談じゃねえよ。姉さんこそ俺をからかってるなら本気で怒るぞ』

『・・・・・・ない』

『はい?』

『からかってないよ。昔からあんたが好き。だから、告られたことはあるけど断ってた』

『・・・・・・マジかよ』

『こんな冗談言えるわけないでしょ』

 俺はとっさに方向転換し、決心もした。姉さんに告ろう。

『姉さん、好きだ。俺の彼女になってください。俺と付き合ってください』

『・・・・・・うん。喜んで。やっと言ってくれた』

『姉さん』

『夕也、好きだよ』

『俺も姉さんのこと好きだ』

『ねえ』

『何?』

『あたし、夕也の彼女になったんでしょ』

『う、うん。すげー嬉しけど』

『姉さんって呼ぶの変じゃない? まるで姉と弟の近親相姦みたいじゃん』

『じゃあ、何て呼べばいいの』

『由里子でいいじゃん。あんた、妹のことは唯って呼び捨てなんだし』

『ハードルたけえ』

『何でよ。由里子って呼んでみ?』

『・・・・・・』

『どした』

『由里子ちゃんじゃだめすか?』

『何で敬語だし。まあ、それもいい。夕也?』

『う、うん』

『じゃあ、試しに由里子ちゃんって呼んでみて』

『由里子ちゃん』

『はい、よくできました。あたし、すごく幸せ。あんたの彼女になれて』



 翌週から俺は三年生になった。幸せの絶頂にいた俺は顔のにやにやを抑えながら登校し
た。

「広橋君」

 うちの学校の制服を着た見たことのある女が校門の前で俺に話しかけた。こいつ、二見
だ。なんでこいつがここに。それに話しかけられるほど仲がいいわけじゃねえだろ。

「君がここにいるなんてびっくりした」

 いつも冷静な印象がある。その二見がどういうわけか、泣きそうな顔で俺の方を見た。
唯の敵であるこいつが。
429 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/10(月) 22:53:48.26 ID:lgsX17cTo

今日は以上です
次回からは少し投下間隔が以前くらいまでには戻ると思います

また、投します
430 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/10(月) 22:56:24.15 ID:3mWVJHahO
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431 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/10(月) 22:56:30.08 ID:y31rSMa/O
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432 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/10(月) 22:56:35.35 ID:aPi6XKsfO
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433 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/10(月) 22:56:40.81 ID:omtULzKFO
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434 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/10(月) 22:56:45.77 ID:LS9UI1oXO
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435 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/10(月) 22:56:51.67 ID:A+UKYEjXO
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436 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/10(月) 22:56:56.54 ID:SrXF41UQO
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437 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/10(月) 22:57:02.81 ID:QVpkhCcKO
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438 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/10(月) 22:57:08.14 ID:1G5ABS/PO
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439 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/10(月) 22:57:13.73 ID:e28pUSX+O
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440 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/10(月) 22:57:18.74 ID:OHJCvxbcO
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441 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/17(月) 19:59:12.35 ID:9SoQRePoo
続きが気になって仕方ない
442 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/17(月) 23:04:55.44 ID:s5hKP8lZO
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443 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/17(月) 23:05:01.04 ID:84mVLUe+O
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444 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/17(月) 23:05:06.93 ID:2CL86VYTO
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445 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/17(月) 23:05:12.45 ID:+7jAgFrMO
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446 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 23:20:47.44 ID:Ww3oqi+ko

まあ、東北での再会はそんなふうだった。こいつは、唯のライバルだったんだけど、そ
の暗い表情を見るとそういう言葉はかけられない。

 泣きそうな顔。まあ、想像はつく。彼氏だった、生徒会長と離れ離れになったからだろ
う。

「何でおまえ、ここにいるの?」

何となく事情を察していたけど、一応聞いてみた。

「親が転勤したからだけど。広橋君は」

 やっぱりか。こいつは唯のライバルだったのかもしれないけど、こいつもまた親の転勤
の犠牲者なのだ。そう思うと、あまり冷たくもできない。

「俺もそう。お前より早いけどな」

「すごい偶然だね」

 全く感動のないような声で二見が言った。

「親の仕事との都合つってもさ。嫌になるよな。いきなり知り合いとか全部いなくなっち
ゃって初めからやり直しだもんな」

「別にあたしは」

 二見はそう言った。そうか。こいつは、俺がこいつと生徒会長が付き合っていたことを
知らないと思っているんだろう。実際、姉さんから聞くまでは知らなかったのも事実だし、
こいつがそう思ってたとしても不思議はない。

「気持ちはわかるけど元気出せよ。俺だって不安だったけどすぐに友だちとかできたし
さ。まあ、おまえならすぐに友だちもできるって」

「何であたしならできるって思うの。学校でそんなに親しかったっけ? 君と」

 少しだけ気の強そうな顔が、表情にではなく口調にあらわれているようだ。

「さあ? よく知らねえけど。お前、知り合いだらけだったし友だちも多かったじゃ
ん。よく相談に乗ってあげる的な友だちとか」

「・・・・・・そうね。でもそれは友だちって言わないよ」

 少し不思議そうな声で二見が言った。

 確かにそうかもしれない。こいつとは親しいわけじゃないし、クラスだって別々だった。
だけど、こいつの行動の不思議さは何となくだけど俺にも理解できる。なぜなら、こいつ
は不思議なぼっちだと俺は常々考えていたから。

 友だちを作ろうと思えば作れるに違いない。現に、彼氏だって作ったわけだし。つまり
そういうポテンシャルを秘めたぼっちなのだと。
447 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 23:21:20.89 ID:Ww3oqi+ko

 こいつは唯の恋敵だったし、俺は別にこいつのことを女として意識したわけではなかっ
たから、最初の再会以外はこいつとかかわるのはやめようと俺は考えていた。それにこい
つと仲良くしていたら、そのことを姉さんには報告しづらいし、かといって姉さんに秘密
を作るのも嫌だったし。

 でも、結局、俺は優と仲のいい友人関係になってしまった。

 同じクラスになったということもあるし、周囲が地元の友人ばかりで、同郷の優と話が
あったということもある。また、それ以上に俺と優を仲良くさせたのはお互いの両親だっ
た。

 つまり、再会後に判明したのだけど、二見優の親父さんは俺の父親の仲のいい同僚だっ
たのだ。うちの親父はメーカーの研究所に勤務している研究者で、優の親父さんとは同期
だそうだ。今までは行き違っていたそうだけど、この東北研究所で久しぶりに再会したの
だとか。それで、俺は優とは家族ぐるみで付き合うようになってしまった。

 かといって、そこに恋愛感情はお互いになかった。俺は姉さんと遠距離だけど付き合っ
ていたし、多分、優は石井会長のことを引きずっていたのだろうから。それでもお互いに、
同じ社宅で行き来するようになると、必然的に学校でも一緒に過ごす時間が増えていた。
俺にはこの地には彼女はいないし、優も同じだったから、どちらかに恋人ができて疎遠に
なるという流れにはならなかったのだ。

 話をするようになると、優は話しやすい相手だった。話を聞く能力がすごく高いし、沈
黙が訪れると自分から話を振ってくれる。何でこんなやつがぼっちだったんだって俺は疑
問に思った。それでも、この北の地の高校にいても彼女は基本的にはぼっちだった。俺と
話す以外に友だちの女の子とか男と話しているのを見かけたことがない。こいつならすぐ
にでもクラスに溶け込めるだろうに何でだろう。

「よう」

「広橋君、おはよう」

「おはよう、二見」

「君もこの電車?」

「だいたいいつもそうだけど」

「まだよくわかってないんだけど、この電車よりもっといい時間の電車ってあるの」

 ここはすごい田舎ってわけじゃなくて、地方の県庁所在地だったから、地下鉄は何本も
ある。

「ああ。遅刻しないなら、あと二三本遅いのでも平気かも。安全を考えるのならこの電車
かな」

「そうなんだ。それで君も?」

「無遅刻無欠勤を狙ってるからね」

 優はそれを聞いて微笑んだ。

「ばかみたい。でも、あたしもこの電車にしよ」

 その結果、必然的に俺と優は、社宅から教室のドアまで毎日二人で登校することになっ
てしまった。姉さんには言えないな。俺はそう思った。
448 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 23:21:50.56 ID:Ww3oqi+ko

 毎日一緒に登校していたために、クラスのやつらから、俺と優は恋人認定されてしまっ
た。

「おまえら付き合ってたのかよ。二見さんとなんてうらやましい」

 俺も優も否定したけど、全く取り合ってもらえなかった。それはそうだろう。毎朝一緒
に登校していれば、もう隠さなくていいじゃん的なことを言われても無理はない。

「おまえ、平気なの?」

 俺はある朝一緒に学校に向かっている優に聞いた。

「何が?」

「いや、だってさ。俺たち付き合ってることにされてるし。嫌じゃないの?」

「うん。本当に付き合ってるわけじゃないからね」

 いや。そうじゃない。

「誤解されたままだと、おまえ、好きなやつができても告れないじゃん」

「好きなやつは、前に住んでたところにいるし、こっちで彼氏を作る気なんかないよ。そ
れにあたしなんか、君みたいにもてないし」

「そんなことねえだろ。クラスのやつら、よくおまえの噂してるぜ」

「君の方こそ、迷惑? 彼女作りにくいよね。一緒に通うのやめてもいいよ」

「いや。好きな子は、前に住んでたとこにいるし、こっちで彼女を作る気なんかないし」

「君のそうなの」

 優が俺を見つめた。こいつ、瞳がすげえきれいだな。透き通っている感じがする。

「ああ。浮気はしない」

「じゃあ、噂になっても問題ないじゃん。というかむしろ、お互いに好都合かもね」

 言われてみればそうだ。

「なあ。おまえの彼氏ってさ」

 前の中学の生徒会長だろうな。こいつも俺も遠恋になっているわけだ。

「前の中学の先輩。生徒会長もやってたな。でも、彼氏かどうかはわからない」

 どういう意味だ。唯は優に惚れていた会長に振られたというのに。

「別れ方がね。ひょっとしてあたしだけが恋人同士だと思っていたのかも」

「・・・・・・話、聞いてもいいか」

「別にいいけど。もうすぐ学校だよ」

「昼、屋上に行こう。そこで聞かせろよ」

「他人事なのに、君も趣味悪いよ」

 そうじゃないのだ。唯の失恋の原因を知りたいだけ。恋人は姉さんだけど、唯のことも
大切に考えているのは間違いないから。
449 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 23:23:13.41 ID:Ww3oqi+ko

「クラスのやつらに冷やかされたよ」

「あたしも」

 仲良く一緒に屋上に向かえば無理もない。

「飯食いながらじゃないと、時間的に厳しいな」

「うん」

 優が可愛らしい巾着袋からお弁当箱を取り出した。蓋を開いたのでのぞいてみると、す
ごくおいしそうだった。彩りもきれいだ。

「いいなあ、弁当」

 購買で買ったパンのビニール袋を開きながら、俺は優に言った。

「おまえのかーちゃん、料理上手なのな」

「これは自分で作ったの。毎日、自分で作ってるんだよ」

「すげえ」

「慣れちゃえばたいしたことないよ。だいたい前の日の夜に用意しておくからね」

 意外と、家庭的な女なのか。成績も悪くないし、こうして話しているとコミュ障でもな
い。

「食べながら話すね」

「おう」

 それは結構痛々しい話だった。何よりもその話の中に、唯が登場したことが俺を驚かせ
た。

「それって本当かな」

 唯を疑うのは嫌だったけど、今の話からすると、証拠も何もない話で、唯一、唯の説明
だけで成り立っている筋書きなのだ。そして、唯は生徒会長のことが好きだった。

「なあ」

「なあに」

「おまえさ。唯が会長のこと好きだったって知ってるんだろ」

「唯って・・・・・・ああ、浅井さん。うん、知ってるよ。でも、彼は断ったし」

「そこまで知ってて、なんでわかんねえんだよ」

 唯のことは大切だが、間違ったことは正すべきだ。

「どういうこと?」

 不思議そうに優は箸を止め、首をかしげた。
450 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 23:23:57.05 ID:Ww3oqi+ko

「多分、それ唯の作り話だよ」

 あの唯の性格なら、このくらいのことはやりかねない。

「おまえ、石井先輩の卒業旅行のこと、本人にもクラスの人たちにも確かめてないんだ
ろ」

「それは。うん」

「唯のことだ。おまえにはそういう話をして、石井先輩にはおまえが先輩のことなんか何
も考えずに転校しちゃったとか言ったんだろ。どうせ」

 優はすぐに話を飲み込んだみたいだった。恋は盲目というけど、こんな単純な話に気づ
かないなんて、彼女らしくない。先輩だって同じだ。おそらく二人とも人一倍洞察力はあ
るのに、好きな相手のことになると、それが働かなかったのかもしれない。

「確かめてみろよ。今でも好きなんだろ」

「無理。先輩の携帯とか知らないし」

 付き合っていたのになぜだ。

「じゃあ、俺が前の学校の友だちに聞いてやるよ。一人くらいは知ってるやるがいるだ
ろ」

「いい」

「何でだよ」

「もっと早く気がついていればお願いしたかもしれないけど、今じゃあもう無理」

「だから、何でだよ。今でも好きなんだろ、石井先輩のこと」

「好きだけど、もう無理なの」

「さっきから何言ってる。理由を言えって言ってるんだろ」

 人の恋愛のことなんかどうでもいいが、唯が原因で別れたのなら、そこは修復したい。
唯のためにも。

「あのさ。唯って俺の知り合いの姉妹の妹でさ。そいつがこんなことをしたのなら、俺に
も手伝わせてほしいんだ。それに、唯と先輩は付き合ってないよ。そこを心配しているの
なら」

 唯は振られたと姉さんは言ったのだ。

「そういうことじゃなくてね」

 優は少しためらった。

「今のあたしは彼にふさわしくないから」

 援交でもしているのか。いや、こいつに限ってそんな。

 彼女は少し沈黙した後、不思議なことを言った。

「だって、あたし。女神だから」
451 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/31(水) 23:24:27.06 ID:Ww3oqi+ko

今日は以上です
ま、た投下します
452 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/03(土) 19:17:56.10 ID:kQ4BPXEno
お、つ
453 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/12(火) 23:56:37.18 ID:mEsaNNkyo

 魅了されるというのとは少し違うとけど、確かにこの時の俺は優のことが気になって
いた。恋愛的な意味じゃないと思うけど、同級生の女の子が気になるというのはそういう
ことだと、一般的には思われるのかもしれない。だから、俺は姉さんには優が転校してき
たこと、優と親しく過ごしていることは話さなかった。当時、あの東北の高校のやつらは
俺と優の仲を疑ったかもしれない。俺も優も、結構同級生や先輩、後輩から告られたのだ
けど、二人ともそれには全拒否の姿勢で臨んだ。俺には、姉さんがいたからだけど、優は
何でなのか。気に入った男がいなかったのか。それとも、まだ石井会長のことを引きずっ
ていたからか。さすがにそれは俺にもわからなかった。優に聞くことでもないし。

 それにしても女神って?
454 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/12(火) 23:57:30.64 ID:mEsaNNkyo

 丘の上にある社宅になっているマンションを出ると、下に広がっている盆地が見える。
梅雨の朝に見るその光景は灰色にかすんでいて、それは、まるで美術で習った中国の山水
画のようだ。もちろん、見えるのは地方の県庁所在地の中途半端なビル街なんだけど、俺
は結構その景色が好きだった。

 好きだったけど、一人でその景色の中を歩くよりは、連れがいた方が楽しい。だから、
その頃は、学校まで四十分。その間を退屈だと思ったことはなかった。姉さんには言えな
いけど、あいつと一緒に登校していたから。

 女神とか言い出した翌日も俺は優と二人で、梅雨の下で登校した。

 クラスでからかわれるほどいつも一緒に登校していたといっても、実際はほとんど会話
は成り立っていなかった。最初に電車と会った日は別として、優はいつも自分のスマホを
眺めていて、俺が話を振っても生返事だった。楽しいといっても、さすがにこれだけつま
らなそうに無視されるといろいろな感情が湧き出してくる。

 別にこいつに好意を持たれようと努力する気なんかない。俺には姉さんがいたし、それ
はおいておくとしても、言い寄ってくる女は学校にいたわけだし、別に優に好意を求めよ
うとは思わなかった。

 それでも疑問は残る。俺と話す気がないなら何で毎朝俺と一緒に登校するのだ。ぼっち
が好きなら一人で登校したっていいじゃないか。こいつはそういうことに耐性がありそう
だし。

 別に優に好意を持ち始めたわけじゃないけど、毎朝俺の話を無視されると少しむっとし
た。こんなことなら一人で登校したっていいわけだし、とりあえず告られるほどじゃない
けど、俺に好意を抱いているとしか思えない女だって近所にいる。そいつと一緒に登校し
たっていい。なのに何で俺はこんな不愛想な女と一緒にいるのだ。可愛いことは認めるけ
ど、そんな女はほかにもいる。もっと愛想のいい女の子が。これが姉さんに内緒にしてま
で俺がしいたことか? 自分がなにをしたのか、この頃の俺はわからなくなっていた。

 こうなるともう意地のようなもので、あるいは俺に振り向かない女は許さないという俺
の病気のようなものだった。別に関心もないのに、俺は優に俺の方を振り向かせようと思
ったのだ。
455 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/12(火) 23:58:21.96 ID:mEsaNNkyo

]うなものだ。

「なあ」

 無視。スマホをのぞき込んでいる。

「・・・・・・俺の話ってつまんねえ?」

「別に。何で?」

「何かつまらなそうだしさ、おまえ。無理に俺と一緒に登校してくれなくてもいいのに」

「何で? 一緒にいてくれて感謝してるよ。私、ぼっちだし」

「いや、それならいいんだけどさ。おまえ、いつもつまらなそうにスマホ見てるしさ」

「ごめん。それ、もう癖になってるのかも。気をつけるよ」

 そこまでこいつに言われるほど、俺はまだこいつと親しくしてない。

「別に謝ってもらうことじゃねえけど」

 まだってなんだ。俺はこいつの彼氏に、こいつと付き合いたいわけじゃないのに。それ
なのに、何でこいつの関心をひきたいんだろう。何で、こいつに俺を見てほしいんだろう。
もういいや。自分に正直になろう。姉さんのことはまた別だ。お互いに滅多に会えない環
境にいるんだし、目の前にいるのは、二見 優。こいつだけなんだから。

「まあいいや。おまえと一緒にいると楽しいし。もうそんだけでもいいかな」

「わけわかんない」

「好きな女の子と一緒に登校できるだけで結構嬉しいってこと」

「君も転校前に好きな人いたんじゃなかたっけ」

「でも、もう滅多に会えないしね」

「・・・・・・適当だなあ」

「おまえはどうなの?」

「うん?」

「まだ石井会長のこと好きなわけ?」

「どうだろ。前にも言ったけど、私はもうそんな資格はないから」

「女神とかっていうやつ?」

「そうそう」

「わけわかんね」

「わかんなくていいよ。君に言うつもりはないし」

「だったらそういう話しなきゃいいんじゃん」

「あはは。それもそうか」
456 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/12(火) 23:59:52.65 ID:mEsaNNkyo

 それから彼女は、以前よりはスマホに目を落とさずに、俺の話を聞いてくれるようにな
った。というか、自分語りまでしてくれるようになったけど、それは結構悲しい話だった。

「自分に興味を持ってもらえてさ、私の話を聞きたいって言ってもらったことがないんだ
よね。石井先輩と会うまでは」

「俺は、結構お前の話聞くのが好きだぜ」

「ありがとう」

 この冷徹女が少しだけ顔を赤くした。

「いや、マジで。石井先輩ほどかどうかはわからないけど」

「石井先輩はさ」

「何?」

「まあ、いいや」

「唯のことなら気にするなって言ったろ。あれはあいつの暴走だし」

「違うって。もうその話はいいよ」

「まあ、おまえがいいならそれでいいけどさ」

「うん。それはもういいの。大丈夫だから」

「そんならいいけど」

 本当に大丈夫かどうかはわからないけど、そう言うよりなかったのだ。

 本当のところどうなのか、彼女の胸の内はわからないけど、この頃になると俺も自分の
気持ちに気がつき始めていた。まじでこいつのことが、二見のことが気になっているのだ。
こいつのことが好きなのだ。多分、俺は。といっても姉さんのことがどうでもいいわけじ
ゃない。ただ、姉さんはそばにいないけど、優は毎日一緒に登校してくれる。自分でもた
ちが悪いと思うけど、素直に考えれば、俺は自分のそばにいてくれる女の子、それもきれ
いな女の子である優を好きになっていたのだろう。
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