1: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/05/04(金) 23:07:27.35 ID:GasL4mJG0
モバマスSSです。
SSWiki : ss.vip2ch.com
2: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/05/04(金) 23:08:44.73 ID:GasL4mJG0
01.
「本日の出演者の白菊です……。みなさん、よろしくお願いします……」
スタジオでは、テレビ局のスタッフと思わしき人々があわただしく行き交っていた。私が口にした挨拶に反応はない。喧噪にかき消されて、誰の耳にも届かなかったのかもしれない。
3: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/05/04(金) 23:10:04.99 ID:GasL4mJG0
今日撮るはずだった番組のメインは、私の同僚アイドルだった。私はいてもいなくても変わらないオマケのような役柄で、もしちゃんと収録が行われたとしても、トータルで5分映っているかも怪しいといったところだろう。
それでも、テレビに出たという実績があれば今後仕事を取りやすくなる、とプロデューサーさんが言っていた。実績、芸能事務所に籍をおいてはいても、私にはそれがない。
……そうだ、連絡しなきゃ。
4: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/05/04(金) 23:11:04.22 ID:GasL4mJG0
*
幼いころから、人並外れて運が悪かった。
歩けば転び、走れば更に転び、階段があればいつも転げ落ちた。足場はよく崩れたし、なにもないところでは空からなにかが降ってきて、子供のころはいつも生傷が絶えなかった。
5: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/05/04(金) 23:12:42.10 ID:GasL4mJG0
なにごとも慣れてしまえば普通というもので、自分の身に降りかかるだけだったなら、たいしたことじゃないと思えた。だけど私の不幸は、しばしば周りの人たちを巻き込んだ。
「ごめんなさい」と謝ることが口癖になった。私のせいで、ごめんなさい。
いつからか自然と、他人と距離をとるようになっていた。傍から見れば私は、暗く、おとなしく、人付き合いの悪い、引っ込み思案な子供と映っていただろう。だけど他人が嫌いだったわけじゃない。他人を不幸にしてしまうことが嫌だった。
私はただそこにいるだけで不幸を撒き散らす。災いをもたらす。
6: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/05/04(金) 23:13:40.48 ID:GasL4mJG0
ある日、『アイドル』というものを見た。
それはテレビの音楽番組で、若い女の人がフリルいっぱいのひらひらしたドレスに身を包んでいた。
彼女は希望の歌を歌っていた。
信じればいつか夢は叶うというような、陳腐でありふれた歌詞。だけどそれは、これまでに聴いたどんな歌よりも私の心に響き、深く深く刻みつけられた。
7: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/05/04(金) 23:16:04.73 ID:GasL4mJG0
家族にも内緒で小さな芸能プロダクションのオーディションを受け、数日後に合格の連絡が届いた。それから三日三晩かけて必死に両親を説得し、知り合いのひとりもいない東京で生活を始めた。
これで私もアイドルだと、胸をときめかせて。
だけど現実はそんな甘いものじゃなかった。故郷を離れても、芸能事務所に所属しても、私の不幸は止むことはなかった。
最初に所属したプロダクションはたびたび空き巣被害にあい、事務所が火災で半焼して、最後は従業員がお金を持ち逃げして倒産した。
8: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/05/04(金) 23:17:10.80 ID:GasL4mJG0
夜、眠るたびに夢を見た。かつて所属していた事務所の社長や、同僚のアイドルや、プロデューサーさんたちが私を指差して「お前のせいだ」と責めたてる夢だ。夢の中の私は、ひたすらに頭を下げて「ごめんなさいごめんなさい」と繰り返していた。
『お前のせいだ、お前さえいなければ』
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
9: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/05/04(金) 23:19:02.70 ID:GasL4mJG0
*
ひどく喉が渇いていた。
辺りを見回し、すぐ目の前の公園に飲み物の自動販売機があるのを見つける。
10: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/05/04(金) 23:21:36.15 ID:GasL4mJG0
「どうしたの?」
ふいに背後から声がかかる。あわてて目元をぬぐい振り返ると、すぐそばにスーツ姿の男の人がいた。
周囲に他に人の姿はない。さっきの言葉は、私に向けて言ったようだ。
11: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/05/04(金) 23:22:42.83 ID:GasL4mJG0
「今回のプロダクションでは、お仕事をもらえて……。売れっ子さんのバーターでの出演でしたけど、それでもいけるかなって思ってたんですけど……やっぱりダメで」
「今日の、現場に来なかったって子かな」
こくりとうなずきを返す。
12: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/05/04(金) 23:23:44.97 ID:GasL4mJG0
――あなたさえいなければ。
伸ばしかけた腕がこわばる。
13:名無しNIPPER[sage]
2018/05/05(土) 07:41:29.73 ID:5oRT5R0SO
シンデルヤン
14: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/05/05(土) 11:10:05.29 ID:sqRoe9hI0
02.
あたしはかなりの夜型なもんで、たいていの場合、かなりの深夜になってから床につく。
昨夜は特に、次の日(つまり今日)が久々のオフだと知っていたこともあって、なんの遠慮もなく夜更かしして、ベッドに潜り込んだころにはもう空が明るみ始めていた。
15: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/05/05(土) 11:11:39.14 ID:sqRoe9hI0
ちひろさんからの依頼は、新人アイドルが寮に入るから案内してやってほしい、とのことだった。
平日のまっ昼間ということもあり、学生たちはみんな学校に行っている。そうでない人らは仕事やらレッスンやらに出ていて、ちょうど手の空いているのがあたしぐらいしかいなかったそうだ。
特に用事があるわけでもなかったので、あたしはそれを承諾した。
新人さんがどんな子かというのにも興味があったし、寮に入るのならなにかと顔を合わせる機会も多いだろう、他の誰よりも早く顔見知りになれるというのに、ちょっとした優越感を感じたりもする。
16: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/05/05(土) 11:12:32.82 ID:sqRoe9hI0
ちひろさんとの通話を終え、あたしは手早くシャワーを浴びてから1階ロビーに降りた。
長椅子に寝そべり、共同スペースから持ってきた雑誌を眺めながらしばし待つ。ほどなくして、入り口の自動ドアの向こうにひと組の男女が連れ立って歩いてくるのが見えた。
少し後ろを歩いている少女が新人さんだろう。聞いた年齢よりはいくらか大人びて見える。
男のほうは、あまり話をしたことはないけど見覚えのあるプロデューサーだ。あの人が新人さんの担当になったのかな。……って、なんだあれ?
17: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/05/05(土) 11:13:43.40 ID:sqRoe9hI0
ここが大浴場だけど各部屋にもユニットバスはついてるよ。こっちは共同スペースで何種類か定期購入されてる雑誌があるから勝手に読んでいいよ、読み終わったら戻しておいてね。エレベーターはあっちとそっち、このドアの向こうは非常階段、と適当に施設内を案内していく。
ほたるちゃんはきょろきょろと周りを見回しながら、慎重な足取りであたしについてきた。新しい環境への興味というふうではなく、なんとなく、警戒をしているように見えた。この子は殺し屋に命でも狙われているのだろうか?
「で、最後にここが食堂ね、朝昼晩にごはんが出るよ。時間逃したら食べられないから気を付けてねー」
18: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/05/05(土) 11:15:12.92 ID:sqRoe9hI0
「……不幸が」
「はい」
「うつりますから」
19: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/05/05(土) 11:16:57.68 ID:sqRoe9hI0
「どうぞ……気を付けてください」
鍵を開けたほたるちゃんが先に部屋の中に入る。
引っ越してきたばかりなので、中は当然がらんとしていた。間取りはあたしが住んでいる部屋と変わらない。家具と呼べるものは備え付けのベッドがひとつだけ、ほたるちゃんの荷物らしい開封されていないダンボール箱がいくつか、部屋の隅に積み重なっていた。
20: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/05/05(土) 11:19:13.70 ID:sqRoe9hI0
「そういえば、プロデューサーが事故にあったってのは?」
「えっと……昨日、私が公園でスカウトを受けまして」
「うん」
21: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/05/05(土) 11:20:22.74 ID:sqRoe9hI0
「私は……」
長い沈黙のあと、消え入りそうな声でほたるちゃんがつぶやいた。
「アイドルになりたいです」
202Res/248.44 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20