3: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/05/04(金) 23:10:04.99 ID:GasL4mJG0
今日撮るはずだった番組のメインは、私の同僚アイドルだった。私はいてもいなくても変わらないオマケのような役柄で、もしちゃんと収録が行われたとしても、トータルで5分映っているかも怪しいといったところだろう。
それでも、テレビに出たという実績があれば今後仕事を取りやすくなる、とプロデューサーさんが言っていた。実績、芸能事務所に籍をおいてはいても、私にはそれがない。
……そうだ、連絡しなきゃ。
携帯電話を取り出し、事務所に電話をかける。
はい、と事務員の女性の、機械のような声が応答した。
「もしもし、白菊です。お疲れさまです」
《お疲れさまです》
「あの、収録現場に行ったんですが……中止になったみたいで……」
《……ええ、存じてます》
少し前にテレビ局からクレームの電話が入ったらしく、収録中止の件はすでに事務所に伝わっていた。
そもそも中止になった理由が、私と共に出演する予定だった所属アイドルが急なキャンセルをしたためだったそうだ。
腹が立たなかったと言えば嘘になる。だけど、私は文句を言える立場にはなかった。
共演予定だったその人は、事務所で唯一の『売れているアイドル』というもので、うちの事務所は実質的にその人がひとりで全職員を養っているような状況だった。
だから彼女はどんなワガママも許されたし、誰も苦言を呈することはできなかった。ほとんどまともにお仕事をこなしたこともない私とは、比較するまでもない。
「そう、ですか……私は、どうしたらいいですか?」
《白菊さんは、もう事務所には来なくてけっこうです》
事務員さんが明日の天気を告げるみたいに言った。
事務所には立ち寄らず直帰していい、というだけの意味ではなく、なにか含みを感じる響きだった。
「あの、それは……どういう……?」
《それから、近日中に寮からも退去していただきます》
クビを言い渡されているのだということに、やっと気付く。頭の中が真っ白になった。
「待ってください! どうして!」
《どうしても、白菊さんとは共演したくなかったそうです》
今日の仕事をキャンセルしたアイドルのことだろう。
《局からは、今後うちの事務所に仕事を依頼することはないと言われました》
「そんなの……」
私のせいじゃないと言いたかった。勝手にキャンセルしたのはその人で、そんなの私の落ち度じゃない、と。
《白菊さんもご存知の通り、最近のうちの経営は順調とはいえません。今回だけの話ではありません、他にも大きな仕事が流れました。……白菊さんが所属してから》
それだって、私が関わっているものはない。
だけど私も、事務所の職員もみんな知っていた。直接関与していなくても、私が『そういうこと』を呼び寄せているのだと。
私は電話を耳に押し当てたまま固まっていた。電話の向こうの事務員さんも、なにも言わずに黙っていた。
しばしの沈黙のあと、ごうっとノイズのような音が耳に届く。電話の向こうで事務員さんが吐いた息が、受話器のマイクに当たって起こした音のようだった。
《あなたさえいなければ》
そう言い残して、通話が切れた。ツーツーという電子音を聞きながら、私はしばらくその場に立ち尽くしていた。
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