2: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/05/04(金) 23:08:44.73 ID:GasL4mJG0
01.
「本日の出演者の白菊です……。みなさん、よろしくお願いします……」
スタジオでは、テレビ局のスタッフと思わしき人々があわただしく行き交っていた。私が口にした挨拶に反応はない。喧噪にかき消されて、誰の耳にも届かなかったのかもしれない。
邪魔にならないよう隅のほうに移動し、こそこそと辺りを見回す。
今から収録する番組には、同じ事務所に所属しているアイドルといっしょに出演する予定で、彼女とは現地で合流する手はずとなっていた。だけど、その姿が見当たらない。
時計を見ると、収録が開始される予定時刻の15分前だった。まだ来ていないのか、あるいは、別の場所で待機しているのかもしれない。
しかし、それから20分経っても、30分経っても、一向に同僚のアイドルは現れず、収録が始まる気配もなかった。
「おーい、そこの……アンタ! 今日はもう帰っていいよ」
突然スタッフのひとりからそう言われ、びくりと体が震えた。
「わ、私ですか?」
「そう、お疲れさん! おいAD、番組のプロデューサーとクソ事務所のプロデューサー呼んで! 会議するぞ!」
スタッフはイライラした様子でどこかに歩き去っていった。
状況はよくわからないけど、どうやら収録は中止になったらしい。スタジオからは波が引くように人が消えていき、すぐに私ひとりだけが残された。
「あの……すみませんでした」
誰もいなくなったスタジオに頭を下げて、そこをあとにする。自分のことながら、誰に、なにを謝っているんだろうと思った。
建物の外に出ると、空はどんよりと曇っていて、少し肌寒かった。雨は降っていないけど、いつ降りだしてもおかしくない。降ると思っておいたほうがいいだろう。
とぼとぼと駅に向かって歩き出す。赤信号に捕まっているあいだにいちど振り返って、出てきたばかりのビルを眺めた。
……せっかくの、テレビのお仕事だったのにな。
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