182: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/16(月) 00:00:27.75 ID:we/MuDDP0
プロデューサーさんが私をじっと見つめる。
「恨まれても文句は言えない。俺に言いづらいようなら、他のプロデューサーか千川さんにでも言ってくれればいいから」
私が前にいた事務所に、私を解雇させるように仕向けたことを言っているようだ。
183: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/16(月) 00:01:09.20 ID:we/MuDDP0
プロデューサーさんはきょとんとした顔で、ぱちぱちとまばたきをした。
「……妙な気分」
「や、やっぱり変ですよね……すみません」
184: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/16(月) 00:02:38.30 ID:we/MuDDP0
――と、そのとき。
「お届け物でーす」
ガチャリとドアが開き。私はあわててプロデューサーさんの手を離して飛びのいた。
185: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/16(月) 00:03:48.16 ID:we/MuDDP0
ちひろさんから封筒の束を受け取る。手が震えていた。私は今日、死ぬんじゃないかと思った。
「検閲は私のほうで済ませておきました」ちひろさんが言う。
「ありがとうございます」とプロデューサーさん。
186: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/16(月) 00:04:38.77 ID:we/MuDDP0
ちひろさんが部屋を出て行った。
プロデューサーさんは受け取ったお手紙を読んでいる。
ちらりと封筒を盗み見ると、差出人のところに女の人の名前が書いてあった。
187: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/16(月) 00:05:50.25 ID:we/MuDDP0
ある日、『アイドル』というものを見た。
それはテレビの音楽番組で、若い女の人がフリルいっぱいのひらひらしたドレスに身を包んでいた。
彼女は希望の歌を歌っていた。
信じればいつか夢は叶うというような、陳腐でありふれた歌詞。だけどそれは、これまでに聴いたどんな歌よりも私の心に響き、深く深く刻みつけられた。
188: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/16(月) 00:06:34.92 ID:we/MuDDP0
運命、なんて言ったらロマンチックに過ぎるだろうか。
私がアイドルを目指すきっかけとなったアイドル。その人を担当していたプロデューサーが、今私の目の前にいるなんて。
「この人とは、仲よかったんですか?」
189: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/16(月) 00:07:30.36 ID:we/MuDDP0
*
『突然のお手紙、失礼いたします。
ふだんは手書きの手紙なんて書くことはないので、形式とか作法とかは全然わからないけど、そこはあなたと私の仲ということで許してください。なんて、なれなれしすぎるでしょうか?
190: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/16(月) 00:08:15.08 ID:we/MuDDP0
ほとんど勢いまかせのような引退でしたが、今はこれでよかったと思っています。
知っているかもしれませんが、昨年結婚しました。
そういえば、ちゃんと言ったことはないと思うので、ついでに言っておきます。ずっと好きでした。でも今は、今のダンナのほうが好きなので、安心してください。
それと、今は妊娠しています。どうやら女の子のようです。
もし大きくなって、「アイドルになりたい」とか言い出したらどうしよう、なんて今から悩んでたりもしています。気が早すぎますよね。
191: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/16(月) 00:09:42.41 ID:we/MuDDP0
*
今日、私が事務所にやってきたそもそもの用件は、自主レッスンのためだった。だけど、この日はあいにくと、空いているレッスン室がなかった。
少し考えて、私はレッスンはあきらめ、久しぶりに神社にお参りに行くことにした。事務所からそう遠くないところにあるそこは、プロデューサーさんが初めて私を見た場所でもあるらしい。
192: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/16(月) 00:10:40.90 ID:we/MuDDP0
「ああ――」飛鳥さんが軽く握った手を顎に添える。「なんというかな……蘭子や、ボクのような人種にとっては、一般的なイメージではよくないとされている言葉に惹かれるものがあったりするのさ。その、闇系統というか、わかるかな?」
「……すみません、私にはちょっと」
飛鳥さんが腕を組んで「ううん」と唸る。
193: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/16(月) 00:11:42.87 ID:we/MuDDP0
*
蘭子さんと飛鳥さんと別れ、事務所を出る。外は、暖かな日差しが降り注いでいた。
地面にところどころシミがあり、植え込みの葉っぱに水滴がついている。少し前まで雨が降っていたらしい。
珍しい、と思った。
194: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/16(月) 00:12:34.92 ID:we/MuDDP0
桜舞姫は、日を改めてもういちどライブを行う。
まだ日付は未定だけど、振替公演のような形で、この前のライブに来ていたお客さんはみんな招待扱いになる。それに公式発表していた周子さんをメインとするイベントもまとめ、更に追加でチケット販売もする。会場はこの前よりも、もっとずっと大きいところになるらしい。
夕美さんのケガが治って、周子さんも加わって、今度こそ本来のメンバーの桜舞姫のライブになる。ファンのみんなも喜ぶだろう。きっと、すごいライブになると思う。その日は、私も客席から観させてもらうつもりだ。今から楽しみで仕方がない。
実は、私に特別ゲストとして出てみないかという話があった。この前のライブのおかげで、桜舞姫のファンの間では私は少しだけ名前が売れている。1曲だけでも参加してみればきっと盛り上がるだろう、と。
195: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/16(月) 00:13:24.14 ID:we/MuDDP0
ぱっと一歩後ろに下がり、それを両手で挟み込みながら深く体を沈める。地面にぶつかる、ほんの少し前で止まった。
ふうっと息をつく。心臓がどきどきしていた。
落ちてきたのは、お花の鉢植えだった。
白い、小さい鐘みたいなお花が、茎からたくさんぶら下がっている。すうっと、さわやかで、ほのかに甘い香りがする。スズランのお花だ。
びっくりしたけど、うまく衝撃を逃がすことができたらしく、鉢にはヒビひとつ入っていない。受け止めた手にも、かすり傷もなかった。
196: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/16(月) 00:19:55.41 ID:we/MuDDP0
過去作品です。
美城専務「君に仕事を頼みたい」きらり「にょわ?」
197:名無しNIPPER[sage]
2018/07/16(月) 00:39:27.22 ID:ruMc3pPDO
乙
いいSS読んで過去作公開されて、昔読んだ面白かったSSの作者だって気づいた時の感覚好き
198:名無しNIPPER[sage]
2018/07/16(月) 01:16:44.76 ID:TKe+lgyDO
おつ!
199:名無しNIPPER[sage]
2018/07/17(火) 22:48:26.27 ID:/5vUnYJao
乙です
素敵な作品がエタらず完結して嬉しくもあり
次の更新はまだかまだかと楽しみにする日々が終わって残念でもあり
200:名無しNIPPER[sage]
2018/07/18(水) 12:51:48.32 ID:HoUhGbelO
面白かったよ
201:名無しNIPPER[sage]
2018/07/18(水) 15:11:40.56 ID:8ceb1ImlO
杏は天才だぜい読んだときと全く同種のワクワク感があった
乙
202:名無しNIPPER[sage]
2018/07/22(日) 00:42:56.73 ID:H25adFDE0
よくやったスタースクリ−ム
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