195: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/16(月) 00:13:24.14 ID:we/MuDDP0
ぱっと一歩後ろに下がり、それを両手で挟み込みながら深く体を沈める。地面にぶつかる、ほんの少し前で止まった。
ふうっと息をつく。心臓がどきどきしていた。
落ちてきたのは、お花の鉢植えだった。
白い、小さい鐘みたいなお花が、茎からたくさんぶら下がっている。すうっと、さわやかで、ほのかに甘い香りがする。スズランのお花だ。
びっくりしたけど、うまく衝撃を逃がすことができたらしく、鉢にはヒビひとつ入っていない。受け止めた手にも、かすり傷もなかった。
すぐ目の前にマンションが建っている。たぶんベランダから落ちてきたものだろう。
どのあたりかな、と鉢を抱えたままもういちど顔を上げる。人の姿は見当たらなかった。
じゃあ、あの声は?
と考えていると、マンションの入り口から、中年の女性が転がるように飛び出してきた。
さっきの悲鳴の主だろう。彼女はさっと辺りを見回したあと、凄まじい形相でこちらに駆け寄ってきて、なにかまくしたてた。ひどくあわてて、息も切らせていて、ほとんど言葉になっていなかった。たぶん、「だいじょうぶ!?」とか「ケガは!?」とか言ってるんだと思う。
「だいじょうぶです。ほら、お花も無事ですよ」
私は鉢植えを軽く持ち上げて、彼女にほほ笑みかけた。
ゼエゼエと荒い呼吸を繰り返しながら、彼女の表情が険しいものから、だんだんとほころび、穏やかなものに変わっていく。
きっと、まだまだあの人たちにはかなわない。
だけどこのときの私は、今まで生きてきた中でいちばん上手に、笑えている気がした。
〜Fin〜
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