10: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/05/04(金) 23:21:36.15 ID:GasL4mJG0
「どうしたの?」
ふいに背後から声がかかる。あわてて目元をぬぐい振り返ると、すぐそばにスーツ姿の男の人がいた。
周囲に他に人の姿はない。さっきの言葉は、私に向けて言ったようだ。
「……ちょっとだけ、つらいことがあって」
いつもだったら、聞こえなかったふりでもして、逃げるようにその場を立ち去っていたと思う。そうしなかったのは、誰でもいいから会話をしたかったのかもしれない。
「収録のこと?」
「どうして、それを……?」
「見てたから」
「テレビ局の……スタッフさんですか?」
男の人は、「いや」と言って、名刺を差し出してきた。
受け取ったそれをながめて、思わず身が震えた。346プロダクション、それは私の所属している――していた事務所なんて比べ物にならない、大手の芸能事務所だ。そこの、プロデューサー……。
「そうだったんですか……でも違うんです。つらいのは収録のことじゃなくて。私、アイドルじゃなくなっちゃいました」
「どうして?」
「実は、暗い話で申し訳ないのですが……。今まで私が所属したプロダクション、全部倒産してるんです。前のも、その前のも……」
当たり前のように身の上話をしている自分を不思議に思った。
相手が、本当なら私なんかが一生関わることのない雲の上の人だから、かえって気が楽になっているのかもしれない。
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