1:名無しNIPPER[saga]
2017/11/13(月) 18:29:48.80 ID:AW4FyFFm0
"流天"はここにはなかったのか。
どうやら俺も潮時らしい。
この事務所には退職願のフォーマットが用意されているので大変助かる。
手書きと三つ折りを強要する旧態依然の会社は今すぐ滅びなくてはならない。
俺はワードファイルを一通り見返して、間違いがないことを確認した上で、
印刷ボタンを、
「プロデューサーさんっ! 今日こそご指導願いますっ!」
押さなかった。
ばんっと開かれたドアを背に、中野有香が泰然と立ち尽くしていた。
彼女は俺の担当アイドルで、俺のただ一つの心残りだった。
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2:名無しNIPPER[saga]
2017/11/13(月) 18:31:17.61 ID:AW4FyFFm0
俺つえーというジャンルは世に溢れている。
ザ・デストロイと呼ばれるお兄様や、どんな強敵もワンパンチで屠る禿頭などその例は挙げればきりがない。
しかし現実には魔法は存在しないし、いかな格闘技をもってしても大人数に囲まれればそれまでだ。
3:名無しNIPPER[saga]
2017/11/13(月) 18:34:17.76 ID:AW4FyFFm0
中野有香はカワイイを求めている。アイドルをしているのもそのためだ。
同時に中野有香は強さを求めている。空手を学んでいるのもそのためだ。
4:名無しNIPPER[saga]
2017/11/13(月) 18:38:07.08 ID:AW4FyFFm0
――
レッスン場のど真ん中、フローリングに沿って俺と有香は相対していた。
5:名無しNIPPER[saga]
2017/11/13(月) 18:40:29.34 ID:AW4FyFFm0
なんだって?
り、"霖天翻身(りんてんほんしん)"です……。
6:名無しNIPPER[saga]
2017/11/13(月) 18:42:31.37 ID:AW4FyFFm0
なんだって?
て、"天青仰掌(てんせいぎょうしょう)"です。
7:名無しNIPPER[saga]
2017/11/13(月) 18:44:19.84 ID:AW4FyFFm0
有香はすっかり意気消沈してしまったようだ。
肩を落としてしゅんとした顔をしている。
悪いことをした。あたら拳を振りかざすとは大人げない。俺は深く反省した。
8:名無しNIPPER[saga]
2017/11/13(月) 18:45:43.69 ID:AW4FyFFm0
帰りの電車でスマホを開くと、いくつか非通知の着信履歴が見えた。
二時間おきぐらいに規則正しくかけられている。
しつこいな、あいつ等も。
9:名無しNIPPER[saga]
2017/11/13(月) 18:47:21.33 ID:AW4FyFFm0
なんじゃい。その格好は。
「いえ、その、なんというか……」
10:名無しNIPPER[saga]
2017/11/13(月) 18:48:38.08 ID:AW4FyFFm0
「なんですか? これ」
もうお気づきのように"流天十勁"は天候になぞらえた技をもつ。
天の向きをとらえ、気象の奔流に身を任せ勁を放つ。この流派の基礎である。
11:名無しNIPPER[saga]
2017/11/13(月) 18:50:42.83 ID:AW4FyFFm0
一息八撃、それこそが"曇天看破"の要諦である。
体内に練り込んだ勁を外部に放出し、周囲360°(正確には立体角で4π)すべての状況を即座に把握して、前後左右に目にも留まらぬ八連撃を浴びせかける。
外部に発した勁を外勁と呼ぶが、これがレーダーの役割を果たし目標の位置座標と予測進路を教えてくれるのだ。
12:名無しNIPPER[saga]
2017/11/13(月) 18:52:30.92 ID:AW4FyFFm0
……白熱したので帰りが遅くなってしまった。
しかも次のレッスンの予約まで入れられる始末だ。
13:名無しNIPPER[saga]
2017/11/13(月) 18:54:19.57 ID:AW4FyFFm0
なんじゃい、その格好は。
「いえ、うう……」
14:名無しNIPPER[saga]
2017/11/13(月) 18:57:23.73 ID:AW4FyFFm0
「――雷天脱兎"?」
遁走の奥義、"雷天脱兎"。真の達人は無益な勝負を好まない。
闘わずして勝つ、逃げるが勝ち。どこの格闘技でも結局いきつくところは同じである。
15:名無しNIPPER[saga]
2017/11/13(月) 18:59:58.53 ID:AW4FyFFm0
事務所の中庭には噴水があって、その中心にはマーライオンを模した彫像が立っている。
マーライオンの身長はざっと二メートルってところだろうか。練習にはちょうどいい高さだ。
まずはお手本から。
16:名無しNIPPER[saga]
2017/11/13(月) 19:02:28.03 ID:AW4FyFFm0
「押忍! 中野有香、いきますっ!」
どうやら覚悟は決まったようだ。
17:名無しNIPPER[saga]
2017/11/13(月) 19:04:39.61 ID:AW4FyFFm0
――
全行程、終了。
レッスンもこれでお終いだ。
18:名無しNIPPER[saga]
2017/11/13(月) 19:06:05.87 ID:AW4FyFFm0
ここはあまりにも居心地がよすぎた。
"流天"はここにあると心の底から信じてしまうほどに。
"流天"とは天職とも、悟りとも、生き甲斐とも言い換えることができる。
19:名無しNIPPER[saga]
2017/11/13(月) 19:08:23.43 ID:AW4FyFFm0
芸能界がその筋の人々とつながりがあることは前々から知っていた。
互いに蜜月の関係にあることも。それらがいかがわしい意味を持つことも。
中野有香はそんな輩に目を付けられた。
20:名無しNIPPER[saga]
2017/11/13(月) 19:10:45.56 ID:AW4FyFFm0
はらわたが煮えくり返る思いだったが、もはや無視することはできなかった。
最終的に俺は交渉に応じることにした。
黒服に囲まれた事務所の一室、いかにもという面をした組長(会長?)を前に、俺は粛々と彼等の話を聞いていた。
21:名無しNIPPER[saga]
2017/11/13(月) 19:12:20.83 ID:AW4FyFFm0
いや、お前が辞めても状況はよくならないのでは?
確かにその通り。俺が辞めても何も変わらない。
有香がアイドルとして活躍すればするほど、蛇老会の魔の手はより激しく彼女に襲いかかることだろう。
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