1:名無しNIPPER[sage]
2019/04/28(日) 19:09:42.45 ID:D/gZfYJM0
――――。
寒さで目を覚ましたけれど、陽はもう昇っていた。
時間を確認しようとスマホを取り出すと、プロデューサーからの着信がたくさん表示されている。
当たり前か。何も言わずに失踪したのだから。
帰ろうか無視するか、どうしようかな――自分がどうしたいのかさえ判然としない。
分かっているのは、今のあたしは独りぼっち。
キミはもういないのだということ。
さっきまで見ていた夢の中で、あたしの隣で寝転がってくれていたはずの、夕美ちゃんはいない。
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2:名無しNIPPER[sage saga]
2019/04/28(日) 19:11:44.83 ID:D/gZfYJM0
――――――
――――
3:名無しNIPPER[sage saga]
2019/04/28(日) 19:13:34.71 ID:D/gZfYJM0
「なっ!? の、だ、誰が飲むか!」
なぁんだ、志希ちゃんつまんな〜い。
手の中にある、沸騰した試験管を台に戻す。
4:名無しNIPPER[sage saga]
2019/04/28(日) 19:15:18.61 ID:D/gZfYJM0
今、この事務所にはあたし以外にもアイドルやその候補生達が何人かいて、それぞれにプロデューサーが付いている。
プロデューサー一人当たり、大体2〜3人のアイドルを担当している計算だ。
今の彼の担当は、あたし一人だけ。
聞く所では、彼も新人ってわけじゃないらしいし、もう一人くらいアイドルが付くのは何もおかしいことじゃない。
5:名無しNIPPER[sage saga]
2019/04/28(日) 19:19:19.40 ID:D/gZfYJM0
――おっといけない。
火にかけてあった丸形フラスコをそっとどかす。加熱時間は3分52秒。温度は116度。メモメモ。
この世界には二つしか無い。
予測できるものと、できないもの。
6:名無しNIPPER[sage saga]
2019/04/28(日) 19:28:16.87 ID:D/gZfYJM0
――振り返ると、女の子が一人、ドアのそばに立っていた。
快活な印象を与える明るいミディアムショートの金髪に、ライトグリーンの七分袖シャツ。
その下はブルーのワンピースで、花柄のアクセントが愛らしいパンプス。
7:名無しNIPPER[sage saga]
2019/04/28(日) 19:30:45.87 ID:D/gZfYJM0
「あ、あれ? おいっ、何してんだ!?」
急にドアがバターンと開いて、プロデューサーが飛び込んできた。
ふむ、にゃるほど。とするとやはり――。
8:名無しNIPPER[sage saga]
2019/04/28(日) 19:32:02.31 ID:D/gZfYJM0
――――
「よ、おっ……わ、きゃぁ!」
9:名無しNIPPER[sage saga]
2019/04/28(日) 19:34:57.01 ID:D/gZfYJM0
実際、夕美ちゃんの運動神経はたぶん悪い方じゃない。
ただ何よりも、彼女はとってもマジメだ。
レッスンに対し真摯に取り組む姿勢は、他の子達と比べても一際なのだそう。
あたしは、どうだったんだろう?
10:名無しNIPPER[sage saga]
2019/04/28(日) 19:38:09.82 ID:D/gZfYJM0
ところが、今のあたしは、夕美ちゃんという比較対象を得ている。
彼女が今苦しんでいるステップも、あたしは初見でこなすことができたものだ。
トレーナーさんの表情がさほど曇っていないところを見ると、それは決して珍しい事象ではないのだろう。
11:名無しNIPPER[sage saga]
2019/04/28(日) 19:40:57.78 ID:D/gZfYJM0
夕美ちゃんが事務所に来て、異変がもう一つあった。
「よいしょ、っと……」
「? 夕美ちゃん、何してんの?」
12:名無しNIPPER[saga]
2019/04/28(日) 19:43:26.60 ID:D/gZfYJM0
夕美ちゃんに連れられていった1階のガレージは、思いのほか良いカンジの環境だ。
広いし、最低限の採光も換気扇もあるし、間仕切りを隔てた隣の部屋には簡単な水回りもある。
ただ、蛇口を捻るとドボドボと赤茶色の水が流れてきて、夕美ちゃんはビックリして飛び退いた。
13:名無しNIPPER[saga]
2019/04/28(日) 19:47:10.99 ID:D/gZfYJM0
プロデューサーはというと、そんな夕美ちゃんを心の底からありがたがっていた。
「ありがとう夕美……本当に助かる。俺の頭痛のタネを、こんなにも綺麗に…」
「冷蔵庫にあったPさんのビール、捨てといたからね」
「えっ!? 何で!?」
14:名無しNIPPER[saga]
2019/04/28(日) 19:52:19.90 ID:D/gZfYJM0
あたしは、人間付き合いの経験が浅い。
気づけばあたしの回りには、権威と呼ばれるお偉い先生ばかりが集まっていた。
あたしが適当なプレゼンをすれば、彼らは何でも持て囃した。
15:名無しNIPPER[saga]
2019/04/28(日) 19:53:55.72 ID:D/gZfYJM0
「あ……し、志希ちゃん?」
「ん?」
ふと、夕美ちゃんがあたしの顔を覗き込んだ後、ちょっと顔を伏せた。
16:名無しNIPPER[saga]
2019/04/28(日) 19:55:43.77 ID:D/gZfYJM0
「夕美ちゃん」
「ん、何?」
服屋さんを出て、大きな袋を両手にいくつも抱える夕美ちゃんがくるりと振り返る。
中身はほとんどあたしのものだ。
17:名無しNIPPER[saga]
2019/04/28(日) 19:57:28.09 ID:D/gZfYJM0
お腹を抱えてゲラゲラと笑う。
あたしのアイドルとしての知名度はまだそんなに無いけれど、往来のど真ん中で大声を張り上げれば、そこそこ人目にはつくものだ。
「し、志希ちゃんっ! 恥ずかしいから、もう行こう、ねっ?」
「うんうん、夕美ちゃんの行きたい所にね」
18:名無しNIPPER[saga]
2019/04/28(日) 20:01:26.46 ID:D/gZfYJM0
荷物を駅のロッカーに預け、連れられた先は――。
へぇー、お花屋さんかぁ。
「ひょっとして、夕美ちゃんまたあたしに気を遣った?」
「えっ、志希ちゃんもお花好きなの?」
19:名無しNIPPER[saga]
2019/04/28(日) 20:05:33.05 ID:D/gZfYJM0
「夕美ちゃんの家にも行っていい?」
「えっ? い、いいけど、どうせ帰る所一緒じゃない?」
夕美ちゃんとあたしは、マンションが同じだ。
事務所が借りている部屋が何戸かあり、主に地方から上京してきたアイドルの単身住まい用として提供されている。
20:名無しNIPPER[saga]
2019/04/28(日) 20:13:39.56 ID:D/gZfYJM0
夕美ちゃんの部屋は、まるで植物園だった。
リビングもバルコニーも、床もテーブルの上も、至る所に大小色とりどりの花が咲き乱れている。
よくよく見たら、植木鉢や花瓶だけでなく、スリッパやトイレのペーパーホルダーのカバー、食器、冷蔵庫のマグネット等、あらゆる小物に至るまで、花柄のモチーフで溢れていた。
ここまで徹底していると、感心してため息が出る。
21:名無しNIPPER[saga]
2019/04/28(日) 20:15:41.53 ID:D/gZfYJM0
でも、一つ分かったことがある。
夕美ちゃんの面倒見の良さは、どうやら花の世話をしていく中で培われたものらしい。
これだけ多くの種類があると、花を咲かせる時期も、留意すべきポイントもたくさんあるだろう。
それらを全て把握して、時宜を得た世話を続けていくことは、並大抵のことではない。
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