1:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/24(木) 05:36:10.58 ID:uyzFntxd0
豊橋という女子生徒は物静かで不思議な雰囲気を纏っていた。
『不思議』と一言で表現しても、それは何も電波系な不思議さではなく、例えば普通に授業を受けているだけ、あるいは廊下を歩いているだけでも、彼女は静謐な神聖さというか、軽々しく触れてはいけないような気持ちを抱かせる。この女の子の近くは常に空気が澄んでいるような錯覚を周囲に与える。
しかし、立てば芍薬座れば牡丹……なんて言うほど豊橋の容姿が特段に優れているわけではない。彼女は少し色素の薄い柔らかそうな黒髪に、良くも悪くも普通の顔立ちをしている。
だけど、それでも豊橋の佇まいは人の目を引き、思わず一歩距離を置いて遠巻きに眺めていたくなってしまうのだ。
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2:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/24(木) 05:38:31.53 ID:uyzFntxd0
そんな豊橋と物理的な距離が近くなったのは、秋の席替えの時だった。
一クラス二十七人、どこにでもある普通科高校の一年生の教室。廊下側から数えて二番目の列の一番後ろから一個前が俺、そしてその後ろが豊橋だった。
3:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/24(木) 05:39:40.34 ID:uyzFntxd0
豊橋は、クラスでは“触れてはいけない人”のような立ち位置を確立していた。
触れてはいけない、と言っても、彼女は嫌われているわけではない。むしろその逆だろう。
4:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/24(木) 05:40:42.46 ID:uyzFntxd0
なにせ俺はデブなのだ。
いや、デブは言い過ぎたかもしれない。とにかく、俺は小太りかデブかで百人に問えば大体フィフティーフィフティーに意見が分かれるような体型をしているのだ。
5:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/24(木) 05:41:30.47 ID:uyzFntxd0
豊橋の反応はいつも薄かった。
「そう」「うん」「ふぅん」「そう」「へぇ」「ええ」「そう」……何を話しても大体こんな感じだった。
6:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/24(木) 05:42:27.82 ID:uyzFntxd0
その日の俺は珍しく読書なんかを嗜んでいた。
秋と言えば一に食欲二に睡眠、三四が無くて五に食欲。つまり何でも美味しく頂ける魔法の季節だ。
7:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/24(木) 05:43:12.53 ID:uyzFntxd0
その翌日、学校に登校すると、俺は早速豊橋に声をかけた。
「なぁ、サンタクロースっていつまで信じてた?」
8:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/24(木) 05:44:16.20 ID:uyzFntxd0
それはそれとして。
「失礼な、俺はこう見えて文化的な側面もあるんだぞ」
9:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/24(木) 05:44:59.09 ID:uyzFntxd0
「じゃあ、教えてよ。理由」
「ああいいとも。いいか、お前、豊橋。サンタクロースの姿を頭に思い浮かべてみろよ」
10:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/24(木) 05:45:44.14 ID:uyzFntxd0
わかってもらえたかな? と聞くと、しばらく無言。それから、
「……サンタに憧れるより、痩せた方が早くない?」
11:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/24(木) 05:47:04.92 ID:uyzFntxd0
◇
12:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/24(木) 05:47:36.06 ID:uyzFntxd0
豊橋とより言葉を交わすようになってから、段々と彼女のこともわかっていった。
例えば、好きな食べ物はクレープ。
13:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/24(木) 05:48:25.02 ID:uyzFntxd0
そうして時間は過ぎていく。
気付けば十二月になっていて、朝晩の冷え込みもどんどん厳しくなっていた。
14:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/24(木) 05:49:20.35 ID:uyzFntxd0
「……ねぇ」
「んー?」
15:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/24(木) 05:49:59.39 ID:uyzFntxd0
だから開き直ってお店の宣伝をすることにした。
「いや、マジで美味しいんだ。特に油淋鶏な、少し酢を効かせた醤油ダレなんだけど、刻んだネギを炒めたやつと絡ませて頂くともうさ、ご飯が一瞬で消えてなくなる」
16:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/24(木) 05:50:45.91 ID:uyzFntxd0
「あーそうそう。なに、バイトでもすんの?」
「少し、興味が」
17:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/24(木) 05:51:45.89 ID:uyzFntxd0
「しかし、どうしてバイト?」
「クリスマスが……」
18:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/24(木) 05:52:27.15 ID:uyzFntxd0
「まーまーそう落ち込むなって、豊橋センセ」
がっくりと落とされた肩をポンポンと叩いて励ます。思ったよりも華奢な肩だった。やぱりもう少し太った方がいいんじゃないの……という言葉は今は飲み下す。
19:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/24(木) 05:53:32.72 ID:uyzFntxd0
◇
20:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/24(木) 05:54:01.09 ID:uyzFntxd0
豊橋とは関係なく、俺は本日も中華料理屋でバイトに勤しんでいた。
店長のチョウさんはいつも怪しい中国語とおかしな日本語を巧みに操り、本格的中華料理コックマンという印象をお客さんに与えている。
21:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/24(木) 05:54:37.42 ID:uyzFntxd0
「ぶーちゃん、今日なに食べるアル?」
厨房で笑顔のチョウさんに尋ねられた。「ぶーちゃん、なんでも美味しそうに食べる。作り甲斐アルネ」なんてよく言われるから、俺も毎回気持ちよく賄いを平らげている。
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