魔王「停戦協定を結びに来た」受付「番号札をとってお待ちください」
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1: ◆yufVJNsZ3s[sage]
2018/12/31(月) 21:35:14.31 ID:sCIvJdmA0
地の文あり。中編予定。のんびり投稿。
剣と魔法のファンタジーでバトルが書きたかったんです。

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2: ◆yufVJNsZ3s
2018/12/31(月) 21:37:27.49 ID:sCIvJdmA0

 言葉は宙に解けて消えました。俗に言う「空振り」ってやつです。

 机の向こう側にいる係員の対応はあくまで冷静なものでした。いや、恐らく彼の言葉など聞いてはいないのでしょう。正しい手順を踏まない者に用はなく、故に容赦もない。そんな姿勢が見て取れます。
 あたしはどうしたものかと思案して、順当に隣を見ました。予想外の言葉に固まっている影を。
以下略 AAS



3: ◆yufVJNsZ3s
2018/12/31(月) 21:38:40.17 ID:sCIvJdmA0

「りょーしょー。大人しく番号札をとることにしましょうか、えーと、アトレイ?」

「どうやら書類の記入も必須らしい。頼めるか、ハルルゼルカル」

以下略 AAS



4: ◆yufVJNsZ3s
2018/12/31(月) 21:39:26.05 ID:sCIvJdmA0

 手持無沙汰になってもう一度周囲を窺います。窓口は八つ。手前三つが「総合案内・証明書発行」、奥に向かって「魔術使用許可申請・特許申請」が二つ、「転移申請」「未踏地名簿閲覧・探検要綱閲覧」「小規模紛争相談」が続く。
 受付に使われているのは無垢のハチフの天板。それはエルフの大森林の奥でないと、よっぽど手が入らない逸品です。随分と見栄を張ったものだと驚嘆するばかりですが、アトレイが言うにはここは「王都」というもので、……なんだっけ? まぁいいや。

 受付で対応する係員の後ろには、魔術式が浮かんでは消え消えてはまた浮かび、恐らく書類の写しだとか、質疑応答だとかを吐き出していました。それに応対するのは小型の人工妖精。ルーン文字を束ねて引っ掴み、あちらこちらを行ったり来たり。
以下略 AAS



5: ◆yufVJNsZ3s
2018/12/31(月) 21:40:11.59 ID:sCIvJdmA0

 人工妖精を監督しているのはどうやらエレメンタルのようでした――おっと。今は「聖霊」と呼ばなければ差別だなんだのうるさい時代なんでしたっけ?
 あんまりにも馬鹿らしい話にも思えましたが、あたしも「長耳」と揶揄されるのは気持ちがいいものではありません。精霊族もエルフ族も、きっと根幹は同じなのでしょう。ただ互いを理解できないだけで。
 精霊が人工妖精たちに指示を出すたび、苛々しているのか、口の端から火の粉が舞います。

以下略 AAS



6: ◆yufVJNsZ3s
2018/12/31(月) 21:52:00.37 ID:sCIvJdmA0

 興味のないことにはとことん無関心を貫くのがエルフ流の生き方。あたしは随分と長い間、里から離れて暮らしていますが、そういった価値観は変えられずにこんなところまで来てしまいました。
 そうです。大体の話、あたしはアトレイの停戦協定にさえさして興味はなくって、ならばなんのためにこんな敵地のど真ん中へと足を運んだかと言えば……。

 鼻をヒクつかせます。スパイスが火に炙られる芳ばしい香り。上薬草の爽やかさ。熟れた果実の甘味と酸味。魅力的なにおいが風に乗ってあたしのもとへと来ているじゃあありませんか!
以下略 AAS



7: ◆yufVJNsZ3s
2018/12/31(月) 21:58:28.95 ID:sCIvJdmA0

「そろそろ食事時じゃないですか? アトレイだってお腹空きましたよね? なんか買ってきますよ」

「わかった、わかったよ。こっちも、まだ時間がかかりそうだ」

以下略 AAS



8: ◆yufVJNsZ3s
2018/12/31(月) 21:59:04.84 ID:sCIvJdmA0

 庁舎の広間からアーチ状の欄間をくぐり、あたしは外へと出ます。勿論鼻をくんくんとやりながら。
 外は石畳が敷き詰められていて、まず左右に曲がる道と、そして真っ直ぐ先に大きな広場があります。左右に進めば別の建物へと行きつくようでした。そちらには興味も用もありません。
 匂いにつられて、前へ、前へ。

以下略 AAS



9: ◆yufVJNsZ3s
2018/12/31(月) 21:59:58.70 ID:sCIvJdmA0

 四大種族のうちが一つ、人間。いま、あたしの前でわちゃわちゃとしているこいつらは、「国」とかいう大きな共同体の中でもっぱら生活をしているそうです。
 エルフにも共同体という概念はあります。ただしそこはあくまでも小規模集団。その性質は大きく異なっていました。

 優劣の問題ではなく、それこそ生物としての特性の問題。人間は個々の力量で言えば四大種族のうちで最も非力だと言えます。力が弱く、魔術的な素養も個々人で大きくばらつきがある。そんな彼らが生き延びるための手段として、連帯を択んだのは納得がいく帰結です。
以下略 AAS



10: ◆yufVJNsZ3s
2018/12/31(月) 22:00:47.98 ID:sCIvJdmA0

 あたしは歩きながらすれ違う人間を横目で観察し続けます。

 陽気に中てられて実に朗らかな笑顔。非戦闘員の日常なんてのは、案外こういうものなのかもしれませんが、生憎あたしには縁のないものでした。
 ここは魔界との境界線からはかなりの距離が離れています。人間には翼は生えていません。転移魔法もおいそれとは使えないでしょう。千里眼もなければ、遠くのことを我が身のように感じるのは、きっと難しいのです。
以下略 AAS



11: ◆yufVJNsZ3s
2018/12/31(月) 22:01:24.15 ID:sCIvJdmA0

 と小首を傾げようとして、思い至ります。そうだ、人間たちは「通貨」とやらを流通させているんだ。完全にあたしは頭から抜け落ちていました。
 兌換のための証書であり記号。あたしの辞書にはない言葉。思わず戸惑ってしまいます。

「あ、その、いま、なくって」
以下略 AAS



12: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2018/12/31(月) 22:02:09.60 ID:sCIvJdmA0

 取り出した魔術符に刻まれた式を、おじさんは矯めつ眇めつしていましたが、すぐに首を横に振って、

「いやいや、俺はそんな冒険者じゃあねぇからな、腕と脚がってなぁ……。それに、申し訳ないが、知らんやつの治癒魔法なんて怖くて使えねぇよ。
 嬢ちゃんはエルフの、なんだ、おのぼりさんか? それでも金を知らねぇのは珍しいが、ならまずは、庁舎にいって換金してもらうといい。ここをまーっすぐ歩いていくとある、石造りの立派な建物だ」
以下略 AAS



13: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2018/12/31(月) 22:02:43.49 ID:sCIvJdmA0

 それも実に魅力的な提案に思えましたが、しかし、のんびりできるというほどには時間がないのもまた事実。アトレイはそれほど食事を必要としませんし、余ってしまうでしょう。
 鉱瘴で支払えるならばそれに越したことは勿論ありません。あたしには大して必要のないものです。
 それをおじさんの手のひらに乗せると、おじさんは慎重にそれを前掛けのポケットへと入れました。瘴気が年月をかけて固形化したそれは貴重な品です。魔道具屋か、あるいは鍛冶屋などにいけば、そこそこの貴重なものとして扱ってくれるでしょう。

以下略 AAS



14: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2018/12/31(月) 22:03:45.03 ID:sCIvJdmA0
* * *

 あたしの手にはほかほかの串焼きが二本あります。茶色いほうはタレに付け込まれた魔ブルゲー。桃色の肉の隙間から白い脂身が覗いているのは、軽く塩を振って炙られたブルゲー。どちらからもいい香りが立ち上っています。
 冷めないうちにと小走りでアトレイのもとへとたどり着くと、彼はあたしが戻ってきたのにも気づかぬ様子で、紙を目の前になんだか唸っていました。

以下略 AAS



15: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2018/12/31(月) 22:04:19.90 ID:sCIvJdmA0

 差し出された書類は上から順に埋められていましたが、真ん中より少し下あたりから空白が続いています。具体的には、職業欄を皮切りに。

「職業欄に魔王って書いてもいいかな?」

以下略 AAS



16: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2018/12/31(月) 22:05:21.54 ID:sCIvJdmA0

 意地の悪い言い方である自覚はあります。やりたくもないことをやらされる悲哀は身に沁みてわかりますから。
 ただ、才能のある存在を世の中は放っておいてはくれないのです。そして本人も、口では嫌だと言いつつも、自らの責務と理想を熟知しているからこそこうしてわざわざ人間族の本拠地まで足を運んでいるわけでして。

 アトレイはため息をつきました。それがあたしの言動に対してのものなのか、それとも自らの境遇についてのものなのかは、あたしにはわかりません。
以下略 AAS



17: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2018/12/31(月) 22:06:17.66 ID:sCIvJdmA0

 あたしは外に出て、噴水の周りにある四角い石へと腰を下ろします。燦々と照らす青の太陽。くすみ雲がいいアクセントで、思わず息をつきました。
 沢山の人間が目の前を過ぎ去っていきます。この人間たちそれぞれに、それぞれの生き様があり、物語があるのだと考えると、眩暈がしそう。

 でも、悲しいことにみぃんな死ぬのだ。このままだと。
以下略 AAS



18: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2018/12/31(月) 22:06:43.36 ID:sCIvJdmA0

「すいません」

 と、声をかけられた。あたしは想像を振り払い、笑顔を張り付けて対応する。

以下略 AAS



19: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2018/12/31(月) 22:08:42.21 ID:sCIvJdmA0

――殺すか?

 一瞬だけ剣呑な考えが頭をよぎるも、あたしはかぶりを振ってその暗い雲を弾き出した。ここは戦場ではない。アトレイはそうすることをあたしに望んでいない。例え仇敵であろうとも。
 それは傭兵としてのあたしの打算であったけど、同時に、あたしの「ハルルゼルカル」としての欲求は別のところにあった。
以下略 AAS



20: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2018/12/31(月) 22:09:28.63 ID:sCIvJdmA0

 喉が鳴る。傭兵としてのあたしが戻ってくる。
 いやいや、だめだ、だめでしょ。落ち着いて。傭兵は雇い主の意向が絶対なのだ。そこを放棄しては矜持に関わる。次の仕事にもありつけない。悪評は振り払おうにも、どうしたって着いて回るものだから。
 あくどいことに躊躇はなくても、それは決してお尋ね者になることを厭わないということでは、ない。あたしはまだ往来を闊歩したいのだ。

以下略 AAS



21: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2018/12/31(月) 22:10:08.38 ID:sCIvJdmA0

 とはいえそんなのは人間に限った話ではないのかもしれない。どこの世界にだって、どの種族にだって、よくも悪くもはみ出し者はいる。
 あたしだってそう。アトレイだってそう。

「……」
以下略 AAS



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