1: ◆eodXldT6W6[saga]
2020/09/27(日) 23:34:37.64 ID:PHaCgA4wO
以前こちらに投稿した小宮果穂「ドーナツのクズ、メロンパンの車」に加筆修正を加えたものになります。
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2: ◆eodXldT6W6[saga]
2020/09/27(日) 23:36:33.31 ID:PHaCgA4wO
ゴミというのは意識の外に放り捨てたものだ。もはや考えないようにしてしまったもの、それがゴミである。ゴミの分別とは、そうして意識の外に放り捨てたものを、再び意識化することに他ならない。考えないことにしたものについて再び考えなければならないのだから難しいのである。
─國分功一郎『暇と退屈の倫理学』
「良いおこないをする人、その人をまねればいいのよ。そして、充分長い間、充分うまく真似をすれば、余計な毛は切り落とされて、みなさんはよこしまな猿ではなくなるのです」
3: ◆eodXldT6W6[saga]
2020/09/27(日) 23:37:07.27 ID:PHaCgA4wO
久住「暑いなぁ〜」
影の無い白く光る通りを歩きながら、久住は紙袋を持った手をぶらぶらさせながらまいったように声をあげた。
4: ◆eodXldT6W6[saga]
2020/09/27(日) 23:37:41.08 ID:PHaCgA4wO
その女の子はすらっとした長い脚をピンと伸ばし、木陰になっているベンチで一息ついているように上を向いていた。暑さにまいって脱力しているのか、ベンチに浅く腰掛けいまにもずり落ちてしまいそうだったが90度の角度に足首が曲がっていて、踵のところだけがストッパーの役割をして女の子をベンチに留めいていた。
女の子は足音に気づくと顔を上げ、仕切りの向こうに置いてあった荷物を自分の膝の上に置き、久住のために座る場所を作った。
5: ◆eodXldT6W6[saga]
2020/09/27(日) 23:38:35.30 ID:PHaCgA4wO
久住「なに?」
果穂「あっ、ごめんなさい。コーラをごくごく飲めるの凄いなって……」
6: ◆eodXldT6W6[saga]
2020/09/27(日) 23:39:30.24 ID:PHaCgA4wO
久住のリアクションは相手の気を良くさせるほど良い大げささを纏っていて、果穂は自分が大人っぽくみられたことに照れくさく思いながらも悪い気はしなかった。
久住「小六かー。中学なったらめっちゃ部活の勧誘きそうやん。いまなんかスポーツとかやってるん?」
7: ◆eodXldT6W6[saga]
2020/09/27(日) 23:40:16.01 ID:PHaCgA4wO
久住「果穂ちゃん、ドーナツ食べる?」
果穂「いいんですか!?」
8: ◆eodXldT6W6[saga]
2020/09/27(日) 23:41:20.48 ID:PHaCgA4wO
久住はクリアケースの蓋を開け、言った。久住の手が鉄製の仕切りを越え、ケースの中のドーナツEPのカラフルさが直接果穂の目に入る。果穂は水を掬うように両手を差し出した。久住がケースを傾ける。ドーナツEPがカラカラと互いにぶつかって鳴りながら果穂の手のひらに転がり落ちていく。
突如として、二人の間に一羽の鳩が舞い降りる。ベンチを二分する仕切りに留まりながら、羽を折りたたむことなくバサバサと羽ばたかせている。悪しきものを追い払おうとするかのような羽ばたきのせいで、果穂は受け取るはずだったドーナツEPをすべて取り落としてしまった。
9: ◆eodXldT6W6[saga]
2020/09/27(日) 23:42:32.59 ID:PHaCgA4wO
久住「神の使いか。守られとんなー、果穂ちゃん」
久住はにっこり笑って果穂に言った。久住の声音はそれまでとまったく変わっていなかった。変わっていなかったにもかかわらず、果穂は心が締め付けられるような息苦しさを感じた。なぜだがわからない。声の調子はさっきまでと同じ明るくて楽しげ、でもなにかがちがう、ちがっているのは……
10: ◆eodXldT6W6[saga]
2020/09/27(日) 23:43:20.42 ID:PHaCgA4wO
久住はコーラの残りで口の中のドーナツを飲み下すとベンチから立ち上がり、木陰から日向へ歩いていった。久住の全身が陽の光に照らされ、紫色のシャツが艶やかに色づく。久住は果穂へ振り返り、手を振りながら言った。
久住「それじゃ、果穂ちゃん。悪い奴に気ぃつけやー」
11: ◆eodXldT6W6[saga]
2020/09/27(日) 23:44:13.82 ID:PHaCgA4wO
久住「あー、さっき言うとったな、SDGsやらなんやら。あんなんただの目標やん。意味ないで」
果穂「そ、そんなことないです! 地球を守るための大事な決まりごとなんです!」
12: ◆eodXldT6W6[saga]
2020/09/27(日) 23:45:52.87 ID:PHaCgA4wO
久住「でも結局、人間死んだらゴミやしな。生きとるあいだだけええことしてもしゃーないんちゃう?」
果穂ははじめ、久住の言っていることが理解できなかった。理解しかかったとき、果穂は無意識にそれを拒否した。人間は死んだらゴミになる。生きてるあいだにどれだけ善行を重ねても、それが無価値になる。それどころか害悪になる。存在の根本からして正義などありえない。
13: ◆eodXldT6W6[saga]
2020/09/27(日) 23:46:29.60 ID:PHaCgA4wO
久住「まあ、やりようがないわけでもないけどな。ほら、そのベンチ、鉄で出来た仕切りあるやろ。それ、ホームレスが夜寝られへんようにするためのものやで。街をキレイにするには見えとるゴミを拾うんやなくて、はじめからあるゴミを見やんでいい仕組みをつくる。逆転の発想やな。よう考えられとるで」
果穂は久住の指先につられてベンチを見た。久住の指先と言葉はまるで魔術師のように果穂に作用し、視線はいいように操られ、いままで見ていなかったものを果穂に見させた。ベンチという物体しか見えていなかった果穂に、ベンチが設置されている公園がどのような思想に基づいて設計された空間かを理解させ、この空間が意図的に排除した存在に意識を向けさせた。
14: ◆eodXldT6W6[saga]
2020/09/27(日) 23:47:30.34 ID:PHaCgA4wO
果穂はしばらく立ち尽くしていた。はっと思い出し振り向く。紙袋が草の上に転がっている。袋の口から潰れて混じり合ったドーナツの破片が吐瀉物のように溢れ出ている。よろよろと歩いていき、破片をひとつひとつ力なく拾って紙袋に戻す。袋の中身は無残な様子だ。色とりどりだったドーナツのコーティングはバラバラになって、はらわたが飛び出たみたいだ。果穂は袋の中を覗き見る。破壊されたゴミだった。あんなにもキレイでおいしそうだったドーナツをゴミとして捨てなければならない。
果穂は罰を与えられたような気持ちだった。
15: ◆eodXldT6W6[saga]
2020/09/27(日) 23:48:10.74 ID:PHaCgA4wO
まだ続きます。更新はまた後日。
16:名無しNIPPER[sage]
2020/09/28(月) 01:39:32.46 ID:uoGI6tKlo
うおーまさかニループ目が見られるとは!
ありがとう!
期待!
17: ◆eodXldT6W6[saga]
2020/09/28(月) 23:44:39.10 ID:7MqFVx3xO
伊吹「志摩」
志摩「なんだ」
18: ◆eodXldT6W6[saga]
2020/09/28(月) 23:45:54.07 ID:7MqFVx3xO
信号がメロンパンのような緑色に変わった。志摩がアクセルを踏み込み、まるごとメロンパン号を発車させる。メロンパンの移動販売車に偽装した張込み用の覆面車は法定速度でゆっくり進み、緑と白黒で塗り分けられた車体に追い越していく自動車を反射させている。
志摩と伊吹は機動捜査隊に所属していた。彼らの役目は事件が発生した場合いち早く現場に駆けつけ迅速な初動捜査を行うことであり、いまは管轄区域のパトロールの最中だった。
19: ◆eodXldT6W6[saga]
2020/09/28(月) 23:46:47.94 ID:7MqFVx3xO
伊吹「志摩、ストップ」
さきほどの雑談と異なる声のトーンを聞きつけた志摩が相棒のほうに振り向く。
20: ◆eodXldT6W6[saga]
2020/09/28(月) 23:47:49.09 ID:7MqFVx3xO
伊吹の言葉に志摩は眼を見張った。言われてみると、たしかに女の子の服装は容姿のわりに幼い気がする。
女の子のほうも驚いているようで、手に持っている紙袋をぎゅっと握りしめながら伊吹の言葉にうなずいた。
21: ◆eodXldT6W6[saga]
2020/09/28(月) 23:48:51.80 ID:7MqFVx3xO
志摩「さっき言ってた男の人が捨てていったって言ったよね? どんな感じの人だった?」
果穂「えっ……で、でも……」
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