10: ◆eodXldT6W6[saga]
2020/09/27(日) 23:43:20.42 ID:PHaCgA4wO
久住はコーラの残りで口の中のドーナツを飲み下すとベンチから立ち上がり、木陰から日向へ歩いていった。久住の全身が陽の光に照らされ、紫色のシャツが艶やかに色づく。久住は果穂へ振り返り、手を振りながら言った。
久住「それじゃ、果穂ちゃん。悪い奴に気ぃつけやー」
果穂「えっ……あっ……あ、あの!」
久住「え、まだなんか用?」
果穂の頭の中では、投げ捨てられドーナツの紙袋が宙に放物線を描く様子が、リモコンで映像を操作するように再生と逆再生を何度も何度も繰り返していた。映像の中になにか不気味なものが映り込んでいて、その微かな存在を目で捉えてしまったことは目の錯覚だったと証明したいがために映像を注視し、かえって不気味なものの輪郭をはっきり掴んでしまう、そのような恐怖を知覚するプロセスが果穂の脳内で進んでいた。
果穂「たべもの……そまつに……」
食べ物を粗末にしてはいけない、というただそれだけの言葉を果穂は最後まで口にすることができなかった。久住が成人男性であるということが理由なのではなく、果穂があたりまえとしてきたルールや道徳の外側に久住は住んでいるのだと察知してしまったからだった。
肺を強打された人間が呼吸できなくなるのと同じように、果穂は久住と会話をかわすことが困難になっていた。
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