19:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/18(木) 17:57:01.77 ID:n4MKx+790
「じゃあ、この衣装を選んでくれたプロデューサーさんは魔法使いですか? それとも、王子様?」
からかうように、ちろりと紅い舌先を覗かせて、愛梨はそう問いかけてきた。
「僕はそんなに大層なものじゃないよ、愛梨」
20:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/18(木) 17:58:30.75 ID:n4MKx+790
「……ああ、行こう。愛梨」
答えて、彼女の手を引くまでにはどれぐらいの時間がかかっただろう。
多分、三分と経っていないはずだ。それどころか、一分かかったかどうかも怪しい。
それなのに、まるで答えるのに数年かかったかのような重みが全身を包み込んでいた。こうして愛梨の手を取って、ステージに向けて、終わりに向けて歩けているのが、不思議なぐらいに。
21:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/18(木) 17:59:44.74 ID:n4MKx+790
だからこそ、それこそくだらない偏見でしかないのだけれど――かつての業界では確固として一つのボーダーラインとされていた、二十代を過ぎても現役でアイドルとして活動を続けている人は何人もいる。
現に、かつてのトップアイドル、日高舞も今は現役復帰しているし、その破天荒さで日々お偉いさんの頭を悩ませているとは上司から聞いた噂だった。
それだけに、愛梨がアイドルを続けるという選択肢だって、十分に考えられた。
それでも、終わりを選んだのは僕たち二人に他ならなかった。二人で話し合った末に、納得して決めたことだった。
22:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/18(木) 18:00:46.51 ID:n4MKx+790
「どうしたんだ、愛梨?」
「えっと、今言うことじゃないかもしれないんですけど」
「ああ」
「スーツの胸ポケットにラーメンついてますよ」
23:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/18(木) 18:01:48.50 ID:n4MKx+790
思い返す。
誰かから誕生日に贈り物を貰うことに経験がなかったわけじゃない。ただ、正直にいってしまうと、あの頃の僕は精神的に参っていた。
期待の裏返しとはいえ、入社一年目にしてさっそく大きなプロジェクトに組み込まれて、右も左もわからないままアイドルを担当することになって。
いつ失敗してもおかしくなかった。僕も、僕に関わる全ての人も、案件も、もちろん、愛梨自身も。そしてその責任はいつも自分の両肩にのしかかっている。これで気が狂わなかったことをいっそ褒めてほしいぐらいだといつも思って仕事をしていた。
24:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/18(木) 18:02:32.54 ID:n4MKx+790
「私も……プロデューサーさんが一緒にいてくれたから、ここまで頑張ってこられたんです」
その言葉に嘘がないのは、内側から滲む熱に潤んだ彼女の瞳が示している。
思い返す。愛梨をプロデュースしていて、何度か聞いて、今改めて聞かされている言葉のことを。
嬉しくないはずがなかった。そんな感謝の言葉を添えた砂時計を手に取ったとき、僕は初めてこの仕事をやっていて良かったと、心からそう思えたのだから。そして今だって、トップアイドルとして、その名前に恥じない姿で目の前にいる愛梨からそんな言葉を受け取ったのだ。これ以上の名誉なんて、これ以上に嬉しいことなんて、きっとこの世のどこにもないのかもしれない。
25:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/18(木) 18:03:24.02 ID:n4MKx+790
◇◆◇◆◇
正直なところ、いつもいっぱいいっぱいだった。余裕なんてない毎日だった。
それが言い訳に過ぎないことはわかっている。それでも僕はいつしか、その言い訳に甘えてしまっていたのだ。
26:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/18(木) 18:04:12.14 ID:n4MKx+790
プロデュースを初めて三年ぐらい経ったところで、愛梨の人気に陰りが出てきた。それは認めがたいことだったけれど、事実だった。
愛梨が誰からも注目の的になった初代シンデレラガールであることに変わりはない。今だってそうだ。勝ち取った栄光は不変のものとして輝き続ける。
だけど、アイドルには賞味期限がある。そのことを示すようにCDの売り上げは右肩下がりで落ちていったし、そうしている間にも次代のシンデレラガールが生まれたり、未来のトップアイドル候補生として色んな事務所から日々アイドルの卵がデビューし続けていた。
だからこそ、焦っていたのかもしれない。
27:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/18(木) 18:05:03.39 ID:n4MKx+790
アイドルとは、なんだろうか。
きっとそんなことを同じ業界の人間に聞いたとしたら、今はそんな哲学なんて語っている暇はないと一蹴されるか、そうでなければ僕と同じく頭を抱え続けるかのどっちかだと思う。
当たり前だ。そこに明確な答えなんてないのだから。今だってはっきりとした答えを出せる気がしない。
迷走していた。きっとあの三年目から、二年前の夜までずっと、僕は愛梨をプロデュースしているつもりが、愛梨にプロデュースされて、いや、回る世界と自分自身の不甲斐なさにずっと、振りまわされ続けてきたといってもいい。
28:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/18(木) 18:06:00.07 ID:n4MKx+790
ファンとの交流企画を立てるコンペティションで、海の家を運営して、そのメインスタッフをアイドルに一任するという企画が採用されたのは、丁度それから一年ぐらい経ってのことだった。
生憎僕の考案した企画ではなかったけれど、それならば他に適役がいるはずもない、と、メンバー選抜において真っ先に白羽の矢が立てられたのが愛梨だったのはきっと用意されたかのような必然だった。
『うーんっ、気持ちいいですねっ。今回は海の家の看板娘ってことで、私、いっぱいいっぱい頑張ろうと思ってたんですっ』
29:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/18(木) 18:07:07.83 ID:n4MKx+790
ただ、何か違和感があるとするなら、彼女がプロジェクト初期からのメンバーではなく、新規スカウト枠として事務所に、プロジェクト・シンデレラガールズに後から所属したことだった。
愛梨がグラビアクイーンとして天下を取った。
そこにだって嘘も間違いもない。愛梨が映るポスターや写真はいつだって人気を博して、注目を集めてきた。何より、その功績こそ全て愛梨のものでも、そうなるように仕向けてきたのは僕自身に他ならないのだから。
それでも、僕はそこに感じた引っかかりのようなものを拭えなかった。やっていたが元からグラビアの仕事なのだから考えすぎだと言われればそれまでの話だったし、実際、その時はそこまで深刻に捉えていなかったはずだ。
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