92:名無しNIPPER[saga]
2019/04/29(月) 00:56:26.98 ID:SYS+AFC90
一旦事務所に戻り、夕日が差し込むガレージに駆け込む。
ピンクのキンモクセイは健在で、夕美ちゃんが来た形跡は――ちょっと期待していたけど、やはり無かった。
でも、落ちこむことはない。
あたしの予測は確信に変わっている。
93:名無しNIPPER[saga]
2019/04/29(月) 01:00:05.17 ID:SYS+AFC90
地方に出る電車は、夜遅くにも関わらず満員だった。
それは、普段電車を使わないあたしにとっては知る由も無い経験で、後ろの人から押されただけなのに、サラリーマンのおじさんから舌打ちをされた。
あたしもつい、にらみ返した。
大事なキンモクセイが潰される所だったのだ。
94:名無しNIPPER[saga]
2019/04/29(月) 01:02:28.53 ID:SYS+AFC90
街灯が心許ない、真っ暗闇の道路をあの公園に向かって歩く。
身震いがしたので、コートのチャックを目一杯上げた。
春が近づいてきたとはいえ、陽が落ちれば吐く息が白くなるほどに寒くなる。
キンモクセイを下げた袋を代わりばんこに持ち替え、こまめに手を温める。
95:名無しNIPPER[saga]
2019/04/29(月) 01:06:07.08 ID:SYS+AFC90
営業時間という概念が無いのか、公園の入口には柵もロープも架かっていない。
ポケットに手を突っ込み、無造作に置かれたペンキ缶に、ありったけのコインを入れる。
まるで神社だかお寺だか――どっちか分かんないけど、そういう超常的で不明瞭なものに祈ってすがるなんて、極めて非合理的だ。
だけど、きっとそういう感覚に近いものだった。
96:名無しNIPPER[saga]
2019/04/29(月) 01:09:20.95 ID:SYS+AFC90
ようやく丘の上にたどり着き、肩で息をしながら辺りを見渡す。
――――。
97:名無しNIPPER[saga]
2019/04/29(月) 01:12:15.27 ID:SYS+AFC90
キンモクセイが植わった、その根元に腰を下ろす。
そこにあたしは、予め持ってきたスコップで穴を掘り始めた。
普段いじっている、人の手が加わってふっくらした土とは違い、自然の中にある土というのは岩かと思えるくらいに硬くて、全然勝手が違う。
98:名無しNIPPER[saga]
2019/04/29(月) 01:15:43.36 ID:SYS+AFC90
気づくと夕美ちゃんは、いつの間にかあたしの隣に座っていた。
「貸してっ」
言うが早いか、あたしの手の中にあったスコップをサッと取って、穴を掘り始める。
99:名無しNIPPER[saga]
2019/04/29(月) 01:19:38.27 ID:SYS+AFC90
あたしがチョビッと広げ、夕美ちゃんが手直ししてくれた穴に、二人でピンクのキンモクセイを植えた。
文句なしの『大胆』を彼女に想起させるほどのドギツい真っピンクが保たれているかどうかは、暗くて分からない。
「はぁ……ちょっと、休もっか」
「そうだね」
100:名無しNIPPER[saga]
2019/04/29(月) 01:22:10.36 ID:SYS+AFC90
夕美ちゃんは、どこか困ったように、視線を外した。
「うーん……」
101:名無しNIPPER[saga]
2019/04/29(月) 01:28:07.50 ID:SYS+AFC90
無理矢理夕美ちゃんの手に一本持たせて、あたしはプルタブに指を掛けた。
プシュッと開けると、うわっ。
あ、そっか、炭酸だもんね。
102:名無しNIPPER[saga]
2019/04/29(月) 01:33:12.73 ID:SYS+AFC90
彼女の方を直視することなく、澄み渡る夜空にあたしの笑い声を無理矢理に溶かしていく。
全部全部、何もかも忘れさせてやりたかった。
夕美ちゃんの思考も。今回のことで、怒ったり悲しんだりした人の思考も。
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