【バーナード嬢曰く。】神林しおりの私小説【さわ×しお】
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1: ◆yufVJNsZ3s[sage]
2019/03/14(木) 22:22:09.45 ID:3gAsdKZp0

「切腹って痛いのかなぁ」

 町田さわ子が真剣な表情で尋ねてきた。いきなり何を言っているんだこいつは、と疑問がよぎるが、彼女が持っている文庫本のタイトルが眼に入って納得する。「幸福号出帆」。三島由紀夫著。
 切腹が痛いかどうかよりも、まず町田さわ子が三島由紀夫の最期についての知識があることが驚きだった。

 いや、と私は思い直す。私たちももう二十歳を超えた大学生だ。流石にそれくらい知っていてもおかしくはない。

「痛いだろ。結局切腹だけじゃ簡単に[ピーーー]ないからこそ、侍なんかは介錯役が必要だったわけだし」

「そっかぁ。そうだよねぇ」

 それだけの感想をぼんやりと述べて、また読書に戻った。

 昔と比べて随分と本を読む姿が堂に入るようなったものだ。そんな、まるで師匠じみたことを考えてしまう。



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2: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/03/14(木) 22:26:04.33 ID:3gAsdKZp0

 私は依然として本の虫で、今こうして過ごしている部屋にも、壁を覆い尽くすサイズの書棚が聳え立っている。町田さわ子は時たま私の部屋へとやってきて、本を手により、読み切って帰ったり、借りて帰ったり、あるいは「この本難しくてだめだぁ」と諦めて帰ったりする。
 読書が、ひいては活字を追うことに不慣れでは、大学生活もうまくはいかないだろう。こいつが文学部への合格を決めたとき、果たして本当に学べるのか心配ではあったものの、それも杞憂に終わったようだ。

「なにか飲むか?」
以下略 AAS



3: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/03/14(木) 22:26:57.86 ID:3gAsdKZp0

 とりあえずコップに牛乳を注いでやった。

「えぇー、あったかいのがいいー」

以下略 AAS



4: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/03/14(木) 22:28:16.53 ID:3gAsdKZp0

「神林はわかってないなぁ」

 町田さわ子はけらけら笑う。かんらかんらと愉快に笑う。
 物事の道理をわかっていないのだと彼女は言いたいのではない。人の気持ちをわかっていないのだと言いたいのだ。
以下略 AAS



5: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/03/14(木) 22:29:48.22 ID:3gAsdKZp0

 私と町田さわ子がこういう関係になってから、おおよそ二か月が過ぎていた。

 最初は殆ど酩酊の勢いだったと記憶している。夜に私の部屋で酒盛りをしながら本の話をしたり、原作物の映画を見たり、そうしているうちにあいつが私にしなだれかかってきて……。
 徐々に近づいてくる顔の、好奇心旺盛な瞳に見つめられると、私はどうにも身動きが取れなくなる。取れなくなってしまった。だから、耳から頬、頬から口の端と、確かめるように、確認するように近づいてくるその行為を、私はなんの抵抗もなく受け入れてしまったのだ。
以下略 AAS



6: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/03/14(木) 22:30:29.50 ID:3gAsdKZp0

「ねぇ、神林ってまだ小説書いてたりするの?」

「えっ? ……うん、まぁ、どうかな」

以下略 AAS



7: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/03/14(木) 22:30:59.80 ID:3gAsdKZp0

「お前は書いたりはしないのか?」

 電子レンジが音を鳴らす。扉を開き、手に持てる程度に暖まったマグカップを町田さわ子に渡した。
 彼女は牛乳の上に張った薄い膜を、指で掬い、まずそれだけを口に入れた。
以下略 AAS



8: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/03/14(木) 22:31:56.46 ID:3gAsdKZp0

「確かに文章ってのは人間性が出るな。お前が今読んでいる三島もそうだ。繊細で美しい文章だとは思わないか? 洒落ているというか、上品というか、『美』に対して執着している気配を感じるだろ? 美への執着と言えば『金閣寺』だよな。読んだことあるか? ない? 読め! 本棚の上から三段目の左の方の奥列に新潮社文庫版があるから読め!

 でな? その中に『海の気配がした』って表現があるんだけど、あくまで形のない、広くて包容力のある海って存在と、山の向こうにあっても気配を漂わせる力強さが同居した一文にすっかりやられてしまったんだよ! はぁー! 本当に好き!

以下略 AAS



9: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/03/14(木) 22:32:25.71 ID:3gAsdKZp0

 そうそう三島はともすれば神経質ともとられかねないナイーヴな内面から脱却するために、かなり体を鍛えていたんだ。いわゆる昔の文豪のイメージが部屋に籠って小説ばかり書いている虚弱体質ばかりなのに比べて、そのあたりもまた凄い面倒くさいやつだなぁって感じがして、私はそこも気にいってるんだ!

 別に私はジャンルに甲乙をつけるつもりはなくて、SFも超能力ファンタジーもミステリも恋愛も全部いいところがあると思ってるけど、純文学はエンタメってよりも芸術の色合いが強いから、作者の人間性を楽しみたいならそっちのジャンルがお勧めだぞ。お前は全然手をつけないけど、今読んでる『幸福号出帆』だってなかなか軽妙だろ? 内容を楽しむ小説と、文章や構造を楽しむ小説は、同じ括りにしちゃだめなんだと私は常々思ってる。

以下略 AAS



10: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/03/14(木) 22:32:53.24 ID:3gAsdKZp0

 口の中の乾燥を覚えてホットミルクで湿らせる。と、そこでようやく私は口に手を当てた。町田さわ子が笑っている。また悪癖が出てしまった。

「あ……ご、ごめん」

以下略 AAS



11: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/03/14(木) 22:33:37.83 ID:3gAsdKZp0

 こいつは面倒くさがりだ。今でこそ頻度は減ったものの、本を読まずにあらすじで済ませたり、それどころかどうすれば上手に読んだ振りができるかに腐心する。つまりこいつは回り道をしない女ということだ。
 変な権謀術数を張り巡らせない。好きなものは好きだと言う。本にだって、それ以外にだって。
 私は何かを言わなければいけなかった。返事をしなければいけないと感じていた。それは使命と言い換えてもよかった。

以下略 AAS



12: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/03/14(木) 22:34:28.44 ID:3gAsdKZp0

 小説は誰かから受けた影響で書かれているけれど、誰かの言葉で書かれているわけではない。

 三島由紀夫ではなく、江國香織ではなく、スーザン・ソンタグではなく。
 ジョン・スタインベックではなく、グレッグ・イーガンではなく、ジョージ・オーウェルではなく、アルベール・カミュではなく、アルフレッド・ベスターではなく、ティーブン・キングではなく、カズオ・イシグロではなく、タゴールではなく、パウロ・コエーリョではなく。
以下略 AAS



13: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/03/14(木) 22:35:17.76 ID:3gAsdKZp0



 神林しおりの言葉を紡ごう。

以下略 AAS



14: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/03/14(木) 22:36:35.70 ID:3gAsdKZp0

「私、もっ」

 声がひっくり返ってしまった。飲み込みそうになるけれど、そうしたら最後、二度と喉元まで来てはくれない予感が私を動かす。

以下略 AAS



15: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/03/14(木) 22:39:01.18 ID:3gAsdKZp0
――――――――――――
おしまい

あーこういうマイナーなジャンルで自分の妄想がりがりやってるときがとても二次創作って感じして幸せ。
あとどうしても出てくる作品と作家とジャンルに偏りがありますね。趣味がばれる。
以下略 AAS



16:名無しNIPPER[sage]
2019/03/15(金) 19:22:07.90 ID:Tzrr4eG1o
期待


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