94: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/02(土) 10:34:25.10 ID:Y+SAhLWq0
夕美さんの傘は、透明だけど外側のほうにピンク色のラインが入って、その少し内側に色とりどりのお花の模様が踊るように散りばめられていた。丈夫さ以外の観点で傘を選んだことのない私には、こういうものがどこで売っているのかもわからなかった。
「かわいらしいですね」
「ほたるちゃんは、傘は?」
95: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/02(土) 10:35:17.93 ID:Y+SAhLWq0
待ち合わせ場所を指定したのは夕美さんで、目的地は聞いていない。私は夕美さんの隣を半歩ほど遅れて歩いていた。そこに、細い路地からぴょこんと真っ黒い猫が飛び出してきた。
よりによってこの日にかと、ため息をつきたくなった。
「あ、ほたるちゃん、猫!」
96: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/02(土) 10:36:28.82 ID:Y+SAhLWq0
ばいばい、と猫に手を振って再び歩き出し、夕美さんが足を止めた場所はオープンテラスのカフェだった。
建物の中と屋外、それぞれにだいたい半分ずつ席が設けられている。
「よかった、空いてるね」
97: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/02(土) 10:38:12.57 ID:Y+SAhLWq0
「えっと、なにかお話があったとかでは?」
「ううん、私はただ、ほたるちゃんとお茶したかっただけだよ。このお店ね、ひとりではよく来てるけど、いっしょに来たのはほたるちゃんが初めてなんだ」
少し意外に感じた。夕美さんは交友関係が広く、ひとりでいるところを見た記憶がほとんどない。事務所のアイドルにはカフェ巡りを趣味にしてる人もいるし、お気に入りのお店なら真っ先に紹介してそうなものだけど……
98: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/02(土) 10:39:23.50 ID:Y+SAhLWq0
カップを口元に近づけると、ぽわんと不思議な香りがした。
カモミール、お花の見た目はわかるけど、匂いがこんな感じだったかというと、ちょっと自信がない。だけど、嫌いじゃない。
そっとひとくちすすってみる。味はほとんどない。ふつうの紅茶や緑茶と比べるとお湯みたいなものだった。そのぶん、お茶類特有の渋みもなくて香りの邪魔をしない。きっとそういう楽しみかたをする飲み物なのだろう。
「どうかな?」
99: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/02(土) 10:40:47.67 ID:Y+SAhLWq0
「……楽しかったことを思い出せばいいんでしょうか」
「思い出すんじゃなくて、そのとき楽しむ、かな?」
「よく……わかりません」
100: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/02(土) 10:41:34.93 ID:Y+SAhLWq0
「でしょ」
夕美さんが嬉しそうに言う。
「今、ほたるちゃん笑ってたよ」
101: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/02(土) 10:42:15.02 ID:Y+SAhLWq0
お店を出て歩いているとき、夕美さんがぴたりと足を止めた。
どうしたんだろう、と私も立ち止まると、すぐ近くでパシンと軽い音が鳴った。
私の顔のすぐ前に夕美さんの手があって、野球のボールが握られていた。
夕美さんの視線は近くの高いフェンスに向いていた。どうやらそこは学校らしい、金網のフェンスの向こうから高校生ぐらいの男子が走ってきた。左手にグローブをつけている、野球部員のようだ。
夕美さんは彼に向けて手を振り、空めがけてボールを投げた。高く上がったボールはフェンスを乗り越えて、彼が構えたグローブに入った。
102: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/02(土) 10:44:10.81 ID:Y+SAhLWq0
それから、私たちはバスに乗って植物園に向かった。
私はこういうところに来るのは初めてだったけど、夕美さんはオフの日にたびたび訪れているらしい。入園料は400円、意外と安い。人はあまり多くなくて、落ち着いた雰囲気だった。
広い園内をふたりでゆっくりと、色んなお花を眺めて歩く。
右を見ても左を見てもお花でいっぱいで、夕美さんは、はしゃいでいるといってもいいくらいに喜んでいた。お花ももちろんきれいだったけど、その嬉しそうな顔を見るだけでも来てよかったと思った。
103: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/02(土) 10:45:34.50 ID:Y+SAhLWq0
園の敷地内に小さな売店があって、夕美さんが「アイス食べよっ」と言って私を引っ張っていった。
私は昔から好きでたまに食べている棒つきアイスを買った。夕美さんも同じものを選んだ。
ベンチに腰掛け、慎重に袋を開ける。私は開けようと力を入れた拍子に中身が吹き飛んでしまったり、ちゃんと開ききっていない袋にアイス本体がひっかかって棒だけが抜けてしまうということがよくあったから。
104: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/02(土) 10:46:29.52 ID:Y+SAhLWq0
ひと通り園の中を眺め終えて、私たちは出口の近くにあるお土産屋さんに入った。
さまざまな種類の種や小さめの鉢植え、それに植物の図鑑、お花をモチーフにした雑貨などが売っている。
夕美さんが真剣な表情で種を選んでいた。可能なものなら全種類買っていきたいとでも思っているようだった。
私は必要なものはなかったけど、なんとなく記念に、お花柄のついたメモ帳とシャープペンを買った。
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