101: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/02(土) 10:42:15.02 ID:Y+SAhLWq0
お店を出て歩いているとき、夕美さんがぴたりと足を止めた。
どうしたんだろう、と私も立ち止まると、すぐ近くでパシンと軽い音が鳴った。
私の顔のすぐ前に夕美さんの手があって、野球のボールが握られていた。
夕美さんの視線は近くの高いフェンスに向いていた。どうやらそこは学校らしい、金網のフェンスの向こうから高校生ぐらいの男子が走ってきた。左手にグローブをつけている、野球部員のようだ。
夕美さんは彼に向けて手を振り、空めがけてボールを投げた。高く上がったボールはフェンスを乗り越えて、彼が構えたグローブに入った。
夕美さん肩強いなあとか、いいコントロールしてるなあ、なんてのんきに考えて、ふと我に返ってあわてて頭を下げた。
「す、すみません! 手はだいじょうぶですか!?」
「うん、平気だよ。ホームランだったのかな?」
夕美さんはほほ笑みを絶やさない。
だけど、自慢じゃないけど私は、主な球技に使うボールはひと通り当たったことがある。その経験からすると、野球のボールはなかなか硬くて痛い。
それも今回はけっこう遠くから飛んできて、かなりのスピードがついていたはずだ。素手で受け止めて、痛くないとは思えない。
「ちょっとしたコツがあってね、手を後ろに引きながら受け止めるの。ボールに優しくって感じにね、そうしたら痛くないよ」
夕美さんがひらひらと手を振る。本当に痛がってはいないようだった。けど――
「……助けてくれてありがとうございました。でも、私はだいじょうぶなので、次からは放っておいてください」
夕美さんがきょとんとする。
「だいじょうぶって?」
「その、私はずっとこうなので、もう慣れているというか……」
「本当にそう?」
「いえ、痛いことは痛いんですが……余裕があれば自分でなんとかしますので……」
「ほたるちゃんは、いつも自分のことは後回しだね」
夕美さんが、少し困ったような微笑を浮かべる。
「痛いことに慣れたりしないよ」
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