94: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/02(土) 10:34:25.10 ID:Y+SAhLWq0
夕美さんの傘は、透明だけど外側のほうにピンク色のラインが入って、その少し内側に色とりどりのお花の模様が踊るように散りばめられていた。丈夫さ以外の観点で傘を選んだことのない私には、こういうものがどこで売っているのかもわからなかった。
「かわいらしいですね」
「ほたるちゃんは、傘は?」
「忘れてしまって……いつもは持ってるんですけど……」
私は折り畳み傘は常に持ち歩いている。だけど、今日に限ってそれがなかった。
いつの間にかバッグの底に大きな穴が空いていて、来る途中で傘がその穴からすべり落ちてしまったらしい。そんなことあり得るだろうか、と思うけど、状況を見るとそうとしか考えられない。
「そうなんだ、じゃあどうぞ」
夕美さんが傘を少し持ち上げ、隣にスペースを作る。
断る理由が思いつかず、私は「失礼します」とつぶやいて、いそいそと夕美さんの隣に入った。
服装と、もともと髪が短めなのもあってか、ものすごくきれいな顔立ちをした男の人のようにも見えて、少しどきどきしてしまう。
夕美さんがゆっくり歩きながら、道すがら目に入る草花や街路樹をひとつひとつ解説していく。
私は肩を並べて相槌を打ちながら、車道に注意を払っていた。予想される不幸で特に被害が大きくなるのは、やはり交通事故だろうから。
遠くから向かってくる1台の車が目に入る。けっこうスピードを出している。
ちゃんとまっすぐ走っているから、歩道に突っ込んでくるようなことはないだろうけど、なんとなく気になって目で追っていた。そして、ちょうどあの車が私たちとすれ違うあたりの車道が、ほんのわずかくぼんでおり、雨水が溜まっていることに気付いた。
気付くのが少し遅かった。私が夕美さんに警告の声をかけるより早く、車がすぐ横を走り抜ける。
すっと傘がかたむき、真横を向く。タイヤが踏みあげた水しぶきが傘に当たり、バァンと大きな音を立てた。
「透明の傘って、視界をさえぎらないからいいよね」
夕美さんが何事もなかったように傘を上に向け直す。私も夕美さんも、ほとんど濡れていなかった。
「気付いていたんですか?」
「うん、ほたるちゃんなに見てるのかなーって思ってて」
夕美さんが上に目を向ける。
「あれ、もう止んだかな?」
つられて私も空に目を向けた。ちょうど雲が切れて日が差し始めたところだった。
夕美さんが閉じた傘を軽く振り、水を飛ばした。
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