93: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/02(土) 10:33:20.64 ID:Y+SAhLWq0
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駅の階段を駆け昇り、地上に出る。空は灰色に曇っていて、季節のわりに少し気温が低かった。
携帯電話を取り出して時間を確認する。約束の時間を10分ほど過ぎていた。
きょろきょろと辺りを見回すと、少し離れたところで、女性が手を振っていた。
「ほたるちゃん、おはようっ」
一瞬、それが夕美さんだと気付けなかった。
事務所で見かけるとき、夕美さんはスカート姿が多い。だけど今日は細身のジーンズを穿いて、橙色のテーラードジャケットをはおっていた。
もしかしたら変装なのかもしれない。顔を隠しているわけじゃないけど、こうして見ると雰囲気がいつもとはだいぶ違っていて、これなら通りすがりの人が見かけても、よく似た別人だと思ってしまうだろう。
「すみません、遅れてしまって」
「ううん、私も今来たところだよ」
気を遣ってくれてるのかと思ったけど、私が遅れた理由は電車遅延なのだから、同じ駅で待ち合わせしている夕美さんも遅れていてもおかしくはない。私はそれ以上なにも言わず、小さく頭だけ下げた。
「じゃあ行こっか」
夕美さんが歩き出し、私が後を追おうとしたところで、ぽつぽつと軽い感触が頭を叩いた。
「あ、降ってきたね」
「すみません、私のせいです」
「うん? なにが?」
「その……私が外出したときは、よく雨が降るんです」
夕美さんは少し黙ったあと、にっこりと笑って、「私は雨も好きだよ」と言った。
私は首をかしげた。雨が好きな人間なんているのだろうかと思った。
「植物はお水がないと枯れちゃうからね。人が育ててるのはよくても、誰もお世話していない街路樹とか野の花は、雨が降らないと困っちゃうんだよ。あと農作物とかもね」
それに、と言って、夕美さんが傘を広げる。
「この傘、お気に入りなんだけど、使う機会がないと寂しいからね」
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