1:名無しNIPPER[saga]
2018/02/26(月) 01:39:57.91 ID:LdsVNk+T0
休日のこの路線は何でこんなに人が多いのでしょう。握手会に向かう電車には、人がいっぱい乗っていました。
まだ早い時間だし、一人分くらい空いていないかと思っていたのですが、現実はそう甘くありません。
ぎゅうぎゅう詰めになっている車内で、私はこれからの握手会に思いを馳せていました。
あの人、今日も来てくれるかな。でも××さんは攻撃的な態度だから、回数少ないと良いな。
結局、アイドルだってただの人間です。好きな人もいれば、嫌いな人だっています。
ファンの人は基本的には好きですが、やっぱり好きになれない態度を取られると、こちらだって会いたくなくなるものです。
そんなことを考えていた罰でしょうか、私のお尻に何かが触れました。いや、何かとは言いますまい、人の手が意識的に、そこに触れ始めました。
慣れてしまったという言い方はしたくないのですが、またか、くらいのものです。しばらく我慢をすれば、この人もきっと解放してくれるでしょう。
早く降りろ、もしくは着け。
そう思えば思うほど、時間は流れなくなってしまうものです。相対性理論とはこういうことなのでしょうか。
痴漢の魔の手はスカートの上からでは飽き足らず、下着に直接触れようとしてきました。
気持ちが悪い。
さすがにこれには私も声をあげたくなりました。しかし、私は握手会に向かうアイドルなのです。ここで変な注目を浴びるのは、色んな意味で避けたいところです。
次の駅についても、顔も見えない彼は降りようとはしませんでした。
「降りまーす」
車両奥遠くから聞こえてきて、人波をかき分けてその声の主が私の横を通り過ぎた瞬間でした。
「おい、何だ、やめろ」
私のすぐ後ろに立っていたおじさんも、その彼に手を引かれていました。
「何だ、おい、やめんか。私はここで降りるつもりはないぞ」
「ちょっとお話したいことがありまして」
そうやってまごまごしながらも、彼はおじさんの手を引っ張って出てしまいました。
ちょうど人の多い駅だったことが幸いしたのか、車掌さんたちもそれに気づくことはなく、電車は二人をホームに置いたままドアを閉めました。
動き出す電車からホームの彼と目が合い、微笑まれたように感じたのは私の気のせいでしょうか。
彼は勇敢な人でした。とても、勇敢な人でした。
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2:名無しNIPPER[saga]
2018/02/26(月) 01:53:13.82 ID:LdsVNk+T0
握手会場には、続々とメンバーが集合してきました。
「おはようございます」
「おはよう」
3:名無しNIPPER[saga]
2018/02/26(月) 13:38:22.93 ID:BGKshudOO
そうなのです。私たちは、ファンの人たちを幸せにするのが仕事です。
「ミズキちゃんに会えて嬉しいな」
そう言ってくれる人たちのおかげで、私たちは頑張れるのです。
4:名無しNIPPER[saga]
2018/02/26(月) 18:36:34.03 ID:LdsVNk+T0
なんて、お姉さんぶってはいますが私とそう歳が離れているとも思えません。一歳か二歳か、もしかしたら同級生。
それ以上の言葉を交わすこともなく、握手会が始まりました。彼も私も、お仕事の時間です。
「ミズキちゃん! 今日鍵開けできたよ〜」
5:名無しNIPPER[saga]
2018/02/26(月) 18:43:48.19 ID:LdsVNk+T0
「勿論! ミズキちゃんに会えるのが、俺の生きがいだから」
「ありがとうございます〜!」
人の生きがいになるほど、立派なことが出来ているのかは分からないのですが。
6:名無しNIPPER[saga]
2018/02/26(月) 20:14:25.13 ID:LdsVNk+T0
つまり、私自身には大した価値がないのです。「アイドルグループ所属」という肩書が、私を少し輝かせてくれているだけなのです。
今まで卒業していった、サヤちゃんみたいな人気メンバーたちも、芸能活動を続けています。それでも、所属していたころと同じくらいの規模で働けている人は、一部とも言えない一握りの人たちだけです。
私だって、御多分には洩れないでしょう。
7:名無しNIPPER[saga]
2018/02/26(月) 21:45:19.73 ID:LdsVNk+T0
握手会は六部構成で、人気のないメンバーは全部に出るわけではないのですが、私は選抜メンバーということもあり六部全てで握手をさせてもらってます。
忙しい部だと、あっという間に時間は過ぎます。一部は大体一時間で、休憩をはさんで朝から夜まで続くのです。アイドルというのは、握手をするにも体力勝負な仕事とは、実際にそれを始めるまで知りもしませんでした。
とはいえ、全ての部が売り切れているわけではないので、暇な時間だってもちろんあります。
8:名無しNIPPER[saga]
2018/02/27(火) 00:17:19.50 ID:25nRpmQo0
彼女達は選抜メンバー常連です。それに、センターとは言いませんが良いポジションで、ソロパートだっていつも用意されています。
テレビの露出が多かったり、雑誌に載るような子たちからすると、握手会はただの肉体労働にしか思えないようです。
そっちに出た方が、より多くの人の目に映って、より多くの人にちやほやされるから。
9:名無しNIPPER[sage]
2018/02/27(火) 14:39:18.11 ID:uWEZZrAG0
面白いのでどうかエタりませんように
10:名無しNIPPER[saga]
2018/02/27(火) 19:57:55.50 ID:ztwcYsfaO
あんなに推してくれる人がいていいね、ちょっと怖くない、娘でもおかしくない年の子に対して気持ち悪いよね。
そういう、色んな意味。
その中には妬みだったり羨望だったり同情だったり、色んな感情が飴細工のように繊細に絡みついているのです。
11:名無しNIPPER[saga]
2018/02/27(火) 20:11:53.17 ID:jCFrYlmO0
そんな雑談が終わるのもあっという間で、すぐに二部はやってきます。引き続き、お仕事です。
電車さんとそれぞれお疲れ様ですと声を掛け合って、無言で握手が始まるのを待ちます。
いつもなのですが、私はこの時間が非常に苦手です。
12:名無しNIPPER[saga]
2018/02/27(火) 20:21:12.82 ID:ztwcYsfaO
二部でもやはり、ひろたんは何度も来てくれました。他にも一部で来てくれた顔が何人かと、以前にお見かけした人たちです。
私は握手会で着替えたりはしませんが、ファンの方の中にはループする中で着替えてくる人もいます。
「あれ、着替えました? さすがオシャレですね〜」
13:名無しNIPPER[saga]
2018/02/28(水) 00:42:18.99 ID:Nss/++tl0
そして五部が始まります。いよいよ後半戦といった感じで、ファンの方たちも一日中会場にいた疲れが見える人が多くなった気がします。
ひろたんは相も変わらずループしてくれています。今日だけで、何度顔を合わせたか数えられないくらいです。下手な親戚に一生で会うより、回数で言えば多いのかもしれません。
電車さんも剥がし作業に慣れてきたようで、スムーズに事を進めていきます。相手に粘らせ過ぎず、苛立たせもせず、かつ規定時間で合図をするというのは実は難しいものなのですが、彼はしっかりとその良きところで声をかけているようです。
14:名無しNIPPER[saga]
2018/02/28(水) 00:42:58.72 ID:Nss/++tl0
そして五部が始まります。いよいよ後半戦といった感じで、ファンの方たちも一日中会場にいた疲れが見える人が多くなった気がします。
ひろたんは相も変わらずループしてくれています。今日だけで、何度顔を合わせたか数えられないくらいです。下手な親戚に一生で会うより、回数で言えば多いのかもしれません。
電車さんも剥がし作業に慣れてきたようで、スムーズに事を進めていきます。相手に粘らせ過ぎず、苛立たせもせず、かつ規定時間で合図をするというのは実は難しいものなのですが、彼はしっかりとその良きところで声をかけているようです。
15:名無しNIPPER[saga]
2018/02/28(水) 11:15:03.66 ID:BW/GtpOrO
強い口調で、彼は私に言い詰めます。
彼は私と似たような立ち位置の子を推していて、だから被っている私のことが邪魔なのでしょう。私と握手をしに来てくれるのは、私のファンだけとは限りません。
「他の子達はみんなできてるのに、お前だけ音外して恥ずかしく無いのか?」
16:名無しNIPPER[saga]
2018/03/04(日) 21:24:50.29 ID:OveROufQ0
運営の方向性なのです。私たちは結局アイドル。パフォーマーではないのです。
歌をいくら頑張っても上手い人はもっといて、ダンスだって同じく。容姿だってモデルさんが並んでしまうと霞んでしまいます。
半端な能力をいかに可愛く見せられるか。それがアイドルなのです。
17:名無しNIPPER[saga]
2018/03/04(日) 21:42:42.37 ID:OveROufQ0
握手会が終わると、私たちはバスにのって大きな駅まで移動します。
帰りは外でファンに待ち構えられていると自宅が特定されてしまうからです。何とも半端なセキュリティだとは思いますが。
バスを降りると、何人かのメンバーは「ご飯行く?」「これから遊びに行かない?」なんて話しています。
18:名無しNIPPER[saga]
2018/03/04(日) 21:51:35.31 ID:OveROufQ0
翌朝、大学で授業が始まるのを待ちます。
一限の授業は八時五十分からで、私はいつも五分前に教室に着くように意識します。
よく知らない子たちにひそひそと噂されるのも嫌だし、遅れて行って不真面目だという印象も持たせたくないから。
19:名無しNIPPER[sage]
2018/03/11(日) 23:09:42.80 ID:VR+y1cQs0
まだ続いてます?
20:名無しNIPPER[saga]
2018/03/14(水) 20:56:41.49 ID:I3u4G+NE0
受け取ったルーズリーフをファイルにしまい、彼女にお礼を言います。
「私がもっと売れたら、○○くんを紹介するね」
これくらいなら、言っても許されるでしょう。同じ業界の私からしても、彼は遠い世界の住人なのです。夢物語の相手なのです。
21:名無しNIPPER[saga]
2018/03/14(水) 20:57:09.73 ID:I3u4G+NE0
チャイムが鳴る10分前に、教授は講義を終えました。2限は空きコマだから、お昼休みを含めると結構な空き時間があります。
ノートを片づけながら、私はまどかちゃんに尋ねます。
「ね、あの人。何て人か分かる?」
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