18: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2017/06/22(木) 14:07:27.45 ID:eLlVio3H0
扉を開けると軽く鈴の音が鳴って、カウンターの奥の通路から、のっそりと巨大な影が姿を現した。
「――は?」
19: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2017/06/22(木) 14:08:06.96 ID:eLlVio3H0
そんなパンダ相手に稀有がナントカ牛のドコドコの部位がこれくらい欲しいんですが、というような話をすると、パンダはこくりと一度うなずいて、その巨体を揺らしながら奥の通路へと消えていった。
「なんなんだ、あいつは……」
20: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2017/06/22(木) 14:09:13.41 ID:eLlVio3H0
―――――――――――
今回は以上になります。
設定厨による作品の供養。お付き合いいただければ幸いです。
21: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2017/06/25(日) 01:58:25.30 ID:zKrhlsv70
* * *
その日の夕食は焼肉で、パンダから買ったあの肉は、確かに舌の上でとろけるほどに美味だった。かなり大きなブロック肉だったのだが、俺も稀有も頬をほころばせながら、おいしいおいしいと瞬く間に平らげた。
食後に出てきたのは道中で買ったケーキだ。さすがに二人で1ホールは消費しきれないと考え、稀有はモンブランとショートケーキ、俺はティラミスとミルクレープを選んだ。
22: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2017/06/25(日) 01:58:54.63 ID:zKrhlsv70
ワインを一本あければあとはもうぐでぐでである。そもそも俺はさほどアルコールに強くない。姉も、両親も、強くはなかった。祖父母もそうだったと聞いている。恐らく血筋なのだろう。
だから、俺と殆ど同じペースで飲んでいた女子高生探偵がふらふらするのも、至極当然の帰結である。
法律? そんなものは陣内崎にはない。少なくとも未成年の飲酒がご法度だとは、寡聞にして聞いたことはなかった。
23: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2017/06/25(日) 01:59:34.33 ID:zKrhlsv70
ぼすん、と勢いよく稀有はソファに落下して、水道水をおいしそうに飲み干した。
ごくごくごく。一息でコップ一杯を呑みほし、センターテーブルへと置くと、ぼんやりした表情で虚空を見つめていた。
寝落ちするのも時間の問題だろう。事務所には寝泊まりできるような部屋はないが、代わりに折り畳み式の簡易ベッド位ならある。それを引っ張り出そうとして歩き出せば、脚が止まった。
24: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2017/06/25(日) 02:00:02.44 ID:zKrhlsv70
「ん」
膝の上を示してやると、にんまりと猫のように微笑んで、稀有は俺の脚を座面、胴体を背もたれとして活用しだした。俺は手持ち無沙汰になった両腕を稀有の背中から回し、腹の辺りを揉んだり撫ぜたりしてみる。
くすぐったそうな声を出す稀有。少し熱っぽくも感じられるそれを意図的に無視して、少し強めに抱きしめた。
25: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2017/06/25(日) 02:00:33.53 ID:zKrhlsv70
こいつは決して馬鹿ではないし、見てくれだって悪くない。毒舌にすぎるきらいはあるが、それだって辛口評論家に一定の需要があるようなもので、大して問題じゃあなかった。
だから一躍時の人となるまでに、そう時間はかからなかった。
能力者は即座に陣内崎へ移送される。それは悉皆周知の大前提であるが、稀有の時ばかりは完全に陣内崎の内と外、それぞれの思惑が対立していた。即ち、どちらもこんな不祥事の源泉を、自らの懐においておきたくなどなかったのだ。
26: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2017/06/25(日) 02:01:24.05 ID:zKrhlsv70
親からも親族からも見離されたこいつを俺が引き取ったのは、大学四年目のことだ。引き取ったといっても大したことじゃない。どこにも行き場がないこいつが不憫に思えて、どうせ一年バイトと卒論しかないのだから、寝床くらいならと匿ったに過ぎない。
半年経たずに結局当局の人間が陣内崎へと連れて行ってしまった。だから、実質的に一緒に暮らしたのは、四ヶ月ちょっとの間だけだ。それをどうにもこいつは多大な恩を受けたと思っているようなのだった。
まぁ、確かに何度も死にそうな目にはあったが……。
27: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2017/06/25(日) 02:01:50.73 ID:zKrhlsv70
「……」
俺も酒が回ってきたようだ。吐いたりはしないが、意識が散漫になってしまっている。これはよくない。
稀有をソファに横たえると事務所の隅にある折りたたみベッドを開いた。タオルケットを敷き、そこに稀有を寝かせてやる。一瞬うっすらと目を開いた稀有は、俺に軽く口付けをして、すぐに眠りへと落ちていった。
28: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2017/06/25(日) 02:02:24.01 ID:zKrhlsv70
* * *
どんなありえないことだとしても、陣内崎ではありうる。
「普通」だとか「常識」だとか、そういった言葉を物差しにしていては、この都市では食い物にされるだけだ。
29: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2017/06/25(日) 02:02:53.05 ID:zKrhlsv70
1945年のポツダム宣言によって大戦は書面上は終了を告げたが、不凍港の獲得に腐心していたソ連は、同年ポツダム宣言受諾後の強襲を南樺太及び占守島において行った。これは国際条約違反の完全な掟破りだが、無理を通せば道理も引っ込む。なし崩し的に争いは継続されてしまう。
現地に駐屯していた第88師団、ならびに第91師団が奮戦するも、壊滅的損害を受け、戦線が北海道まで後退。また、この際の第88師団及び第91師団において、「能力者」の萌芽と思しき兵隊の報告があることがわかっている……らしい。
人ならざる膂力を発揮し、能く敵兵を屠る兵在り、八面六臂の大活躍。記述としてそんなふうに残っているとのことだった。
30: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2017/06/25(日) 02:03:23.76 ID:zKrhlsv70
1953年、米ソ冷戦の代理戦争として、石狩平野侵攻。1955年、石狩平野侵攻の中で初めて公式に「能力者」の確認がされ、能力者たちは第三勢力「銀輪部隊」として札幌市を制圧、拠点として北海道内で行われている一切の戦争活動の中断を求める。
1959年、北海内乱――現代まで語り継がれる、所謂「内戦」の勃発。日米ソ合同軍と能力者集団「銀輪部隊」の衝突。当時の能力者は公称で一八〇〇人……現在の十分の一以下。
1964年、米ソが「銀輪部隊」の拠点となっていた札幌市を対象に、戦略核の投下を提言、実行。各国が反対しなかった背景には、増加の一途を辿る能力者たちに、首脳陣も危機感を抱きつつあったことがあげられている。
31: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2017/06/25(日) 02:04:05.90 ID:zKrhlsv70
理由はわからない。ただ、それが何らかの能力によるものだというのは、大方の予想だった。俺だってそう思う。物理的な干渉は不可能で、落ちてくることもない代わりに、処理もできない。あれは死のモニュメントだ。
内乱の遺物として語り継がれると同時に、能力者側に対しても、政府側に対しても、行き過ぎた排除を制止させる――もう一度あんなことになってもよいのか? と。
今のこの平穏が仮初のものであったとしても、稀有といられる時間が最大限確保できるのならば、俺は大して不満はなかった。
32: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2017/06/25(日) 02:04:35.81 ID:zKrhlsv70
俺は本を閉じた。タイトルは「陣内崎の半世紀」。大学の講義のために買ったやつを今更もう一度引っ張り出してきたのだ。
何でそんな本を読んでいるのかと言えば、端的に暇だからである。
我が探偵事務所の主であらせられる有田稀有女史は、陣内崎市の都市伝説をまとめたゴシップ誌を熱心に読み耽っている。仕事はない。稀有に来る依頼は基本真南を経由した殺人事件の捜査なので、仕事がないほうが嬉しくはあるのだけれど。
33: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2017/06/25(日) 02:05:06.83 ID:zKrhlsv70
時計を見れば一時ももうすぐ回ろうとしていて、俺はすっかり空腹だった。
かといって勝手に食事を取ればやいのやいの言われるのは目に見えている。諦観を覚えたので、大人しくハウス。
「……」
34: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2017/06/25(日) 02:05:37.49 ID:zKrhlsv70
百人規模で人が死んでいるはずの墜落事故に対して、そう言う物言いができるという時点で、やはり稀有もどこか螺子が外れているのだ。俺はそれを肯定こそしないが、否定もまたしない。
誰かをとやかく言えるほど、俺だってまともではないのだから。
「あとは……ほら、銀輪部隊が再結集ですって」
35: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2017/06/25(日) 02:06:06.06 ID:zKrhlsv70
「とりあえず見せてみろ。少し不安になってきた。検閲だ」
「いやらしいページは見てませんよ」
36: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2017/06/25(日) 02:06:33.28 ID:zKrhlsv70
それは依頼の電話である。このご時勢においても、俺と稀有は携帯電話を持ち歩いていない。だから全ての依頼はこの事務所の黒電話へとかかってくる。
電話が鳴るのは別段珍しいことではないはずだった。
だのにどうしてだろう。嫌な予感がして――あぁそうだ、この感覚は昔味わったことがある。自分より強い相手に戦いを挑まなければいけないときに酷似している。
37: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2017/06/25(日) 02:07:35.38 ID:zKrhlsv70
――――――――――――――――
今回はここまでとなります。
38:名無しNIPPER
2017/08/23(水) 23:20:28.99 ID:2l/iPMWt0
生きてた!
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