8:名無しNIPPER
2020/11/08(日) 09:03:22.33 ID:FQVp12gN0
ぼんやりと思い返すライラ。公園のベンチで行き交う人を眺めたり、交流したりするようになったのは新緑が始まる頃だっただろうか。あれからぐるりと季節が一周して、再びの緑を目にした。そしてさらにまた今、暑い暑い毎日がやってきている。それはつまり、彼に、みんなに、そしてこのアイドルという世界に出会えた季節がまたやって来たということでもある。
情報が濁流のように駆けゆく毎日の中で、自身のおぼつかなさを痛感することはしばしばだったライラ。もともとそんなにテキパキと動ける人間ではないし、それが日本語ばかりの世界ならなおのことだ。でもそれは仕方のないことだし少しずつ、できることから頑張ろう。そう思っていた彼女への、光り輝く世界へのお誘い。
最初は半信半疑だったライラ。だけど徐々にいろんなことができるようになってきて、いろんな人に出会えて、そしていろんな人に支えられながら歩んでいく毎日が、だんだん楽しくなっていった。
彼との出会いが、差し伸べられた手が、あのお誘いの言葉がなければ、アイドル活動はもちろん、こんなに慌ただしく毎日を過ごすことすらできなかっただろう。経験したことのないような日々の忙しさとともに今はいるけれど、それはとても暖かくて、とても幸せで。それは嘘偽りのない、ライラの率直な気持ちだった。
9:名無しNIPPER
2020/11/08(日) 09:04:09.20 ID:FQVp12gN0
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「ライラー! 元気なさそうだけど大丈夫カ?」
10:名無しNIPPER
2020/11/08(日) 09:04:52.20 ID:FQVp12gN0
* * * * *
「最近少し、元気がない感じだったりする?」
11:名無しNIPPER
2020/11/08(日) 09:06:34.55 ID:FQVp12gN0
「フゴフゴ」
プロデューサーが机に戻るのと入れ違いに、後ろからソファ越しにパンの薫りと柔らかな咀嚼音が来訪した。視線を寄せるとコロネがふたつ。
「お疲れ様でございます、フゴフゴさん」
大原みちる。パンを食べている人。そして、パンを分けてくれた人。
12:名無しNIPPER
2020/11/08(日) 09:07:02.21 ID:FQVp12gN0
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「少し掴めてきたようね。いい感じよ」
13:名無しNIPPER
2020/11/08(日) 09:08:00.86 ID:FQVp12gN0
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「お待たせしました」
14:名無しNIPPER
2020/11/08(日) 09:08:41.34 ID:FQVp12gN0
「相川さん、いるんでしょ?」
プロデューサーがパーテーションの向こうに声を投げた。マグカップを持った相川千夏が顔を覗かせる。
「気づいていたのね。ごめんなさい、盗み聞きする趣味はなかったのだけど」
「いえ、相川さんなら話を汲んでくださるし、ありがたいです」
15:名無しNIPPER
2020/11/08(日) 09:09:19.31 ID:FQVp12gN0
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ライラはその日、父の夢を見た。敬愛する父の夢を。
16:名無しNIPPER
2020/11/08(日) 09:10:00.26 ID:FQVp12gN0
そんな彼女の様子を誰より気づかっていたのが、側仕えのメイドだった。
ライラの日常に寄り添うようになってそれなりに年月が経つ。日々彼女の優しさ、暖かさ、好奇心など様々な魅力に触れてきた。仕える側にもかかわらず、むしろ自分の方がたくさんの幸せをもらえているようだとメイドは思っていた。それだけライラは素敵で、ライラは美しかった。
そんな折に訪れた縁談の話。
ライラは決して結婚を否定しないし、むしろ新たな出会いに興味すらある様子だった。それは父を安心させるに足る姿ではあったものの、真意はその限りではない。少しだけ儚さがにじむようになった彼女の横顔を、その理由を、父が気づくことはなかった。
17:名無しNIPPER
2020/11/08(日) 09:10:51.05 ID:FQVp12gN0
V メッセージ・イン・ア・ボトル
この世は皆、おしなべて理不尽。それを愛せることが生きる秘訣。
18:名無しNIPPER
2020/11/08(日) 09:11:32.83 ID:FQVp12gN0
* * * * *
「ずっと」や「きっと」は絶対じゃない。それを知るのが青春だ。 ―― そんなキャッチフレーズが昔どこかであったかもしれないが、何はともあれ現実は厳しいもの。きっとはきっと、とは限らない。
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