10:名無しNIPPER
2020/11/08(日) 09:04:52.20 ID:FQVp12gN0
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「最近少し、元気がない感じだったりする?」
仕事終わり、プロデューサーがライラに話しかけた。
動きがどこかダメということではないけれど、表情はあまり冴えているとはいえない。そんな雰囲気が見て取れたから。相川千夏は「そういう時もあるわよ」と言ってはいたが、とはいえ気づいたなら軽くでもフォローしておきたい。プロデューサーらしい考え方だった。
ライラとしても、なんとなくそんな感覚があったここ数日。お見通しですねー、と苦笑いのような表情を見せた。彼女にしては珍しい。
どこか冴えないここ最近の雰囲気を察してもらえたのは嬉しいようでいて、申し訳なさもある。それはナターリアたちからも言われたこと。あまりよくない雰囲気に見えているんだろうなということは反省しなくてはいけない。理由は何だろうと辿ってみるライラではあったけれど、当然ながら手紙のことになるだろう。
「……ライラさん、少しだけおセンチさんなのかもしれませんです」
「どこで覚えたのそんな言葉」
このあいだハスミさんがおっしゃってました、と補足するライラ。使い方はこれで合っているはず、と。視線を合わせる二人。緊張気味の空気が少し、和らいだ。
「プロデューサー殿、ご相談いいでしょうか」
「うん」
「ありがとうございますですよ。……えっと」
ライラも、やっぱり彼にはきちんと説明しておくことが大事だと思った様子。とはいえ、何から話してよいものか、少し迷ってしまうところもあるようで。しばし沈黙が流れる。
「あー、ちょっとお待ちくださいね」
うまい言葉が出てこずうーんと首をひねるライラに、そっと笑顔を寄せる彼。
「待つよ。でも話すのが難しいなら焦らないこと。少しずつでもいいし、今じゃなくてもいい。もちろん今何か聞かせてくれるならちゃんと聞くし、一緒に考えられることは考えるから」
ここじゃない場所がいいならまた相談に乗るし、何でも言ってほしい。彼はそう続けた。
「―― ありがとうございます、ですよ」
相談そのものも大事だけど、信頼があるってことが何より大切だし、彼はきっとそう。それが伝わってくる言葉に、ライラは嬉しくなった。
「ごめんなさい、ではまた改めていつか、でよろしいですか?」
「もちろん」
笑顔を交わす。大丈夫、もう少し頭の中で整理できたらお伝えしてみましょう。己に言い聞かせるように小さくつぶやくライラの姿があった。
プロデューサーという人物にも少し触れておく必要があるだろう。言わずもがな、この少女と公園で出会い、アイドルとして迎え入れたのが彼である。その出会いを運命と呼ぶか偶然の産物と呼ぶかは定かでないが、彼女の複雑な出自を知ってなお手を差し伸べたことは事実であり、それはライラに少なからずアイドルとしての可能性を見たということでもある。彼女はきっと伸びるし、きっと輝く。それを誰より信じているのは彼だった。同情や人助けの思いで提案したわけではないのだ。だからこそ、だからこそ、彼女のフォローアップや様々なケアについてひときわ熱心だし、誰よりも気を回している一人でもあった。
元々とにかくマメな性格で、担当アイドルへはもちろん周囲の関係者や業界の方々への気配りも忘れない。熱心さと驕らない謙虚さが部署内では評判だった。
とはいえ結局他人は他人、伝わらないこともあるし汲み取れないことだってある。まして相手が異性だったり、異文化圏からやって来た子だったりすればなおさらである。
彼がライラをスカウトしてきたと報告した折、事務所では驚きとともに心配の声も少なからずあった。アイドルとしてきちんとプロデュースしていけるかはもちろん、彼女本人のケアに求められることも多いだろうことが懸念されたからだ。だが彼にも彼なりの熟慮と決意があったと汲み取られ、事務所からはゴーサインがくだった。彼という一人のプロデューサーの運命もここで大きく動いたのだった。
どんなに心血を注ごうと、アイドルとして大成することを約束できるわけではないし、先のことに責任を負えるわけでもない。しかしそれでも賽は投げられた。ここは既にルビコン川の彼岸なのだ。ライラのアイドル活動はそうした彼の覚悟とともに始まったことは間違いない。
日進月歩、物語は動いていた。当初は歌もダンスもおぼつかない彼女ではあったが、光るものは確かにあって、熱心に一つずつ学び覚えていく努力の姿もそこにはあった。それはまたライラ自身の内なる覚悟の賜物かもしれないし、彼女のなりのセンスに導かれる部分だったのかもしれない。
一つ厳然たる事実として、プロデューサーの言葉や思い、気づかいや理解が、ライラにはとても心地よかったということがある。そしてそれはプロデューサーにとってのライラの言動にも当てはまることだった。これこそは理論や理屈では埋め難い、運命的なことなのかもしれない。人はそれを相性、などと言ったり言わなかったり。
出会うべくして出会ったかどうかを明言するのは難しい。しかしきっと、無二の信頼関係は築けるように思っていた。おそらく、お互いに。
それでも、だからこそ、言葉は必要なのだけど。
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