ライラ「アイスクリームはスキですか」
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9:名無しNIPPER
2020/11/08(日) 09:04:09.20 ID:FQVp12gN0

   * * * * *


「ライラー! 元気なさそうだけど大丈夫カ?」
 翌日昼、事務所休憩スペース。ぼんやりとしていたライラを覗き込むように声を掛けてきたのはナターリアだった。
「お疲れ様でございますねー。ライラさんは元気ですよー」
「ソウ? なんだかションボリに見えたゾ。でもなんともないならよかった!」
 気づいて笑顔を返すライラとナターリアの視線が重なる。実際、そんなに落ち込んでいるつもりはないライラだったが、気づかって話しかけてくれるのは嬉しい。
「みんなでまたご飯食べるカ? ふぇいふぇい腕によりをかけて作るヨ!」
 後ろには楊菲菲の姿もあった。ムン、と力こぶのような仕草を見せる彼女はどこか愛らしくて、そして頼もしい。
 ユニットでのイベント活動などを何度か経験する中で仲良くなったこの三人。出自や経緯こそ異なるものの、ともに異国の地でアイドルとなって、不思議な縁あって同じ事務所にいる存在。年も近く、三人とも友好的で周囲への思いやりに溢れている。親しくなるのにそう時間はかからなかった。
 とくにナターリアは、活動し始めの頃からライラとレッスンやミニライブなどをともにしていたこともあり、コミュニケーションの機会も多く、ライラをかなり慕っている。月と太陽、静のライラと動のナターリアなど、当初から対比的に評されることが多かった二人。二人ともそれを好意的に受け止め、お互いを意識しつつ、ここまできたのだ。ナターリアは生来の明るさが日々の活動にもいかんなく発揮され、皆を笑顔にするのが得意だった。ライラは対照的に穏やかで、またちがった美しさがあった。そして二人とも周囲の人間のちょっとした変化や悩み・苦しみなどのサインによく気づくタイプだったといえる。フォローのやり方もそれぞれ異なってはいたが、明るさとともに助けの手を差し伸べるナターリアと、相手のそばにそっと腰を下ろして目線を合わせるライラ、ともに慕われるだけの魅力と優しさがあったのは確かだった。ナターリアはそんなライラの優しい佇まいが好きだったし、ライラもまたナターリアの輝きが好きだった。
 一方の菲菲にとってもまた、トクベツだった。二人より少し早く事務所に入っていた彼女だが、なかなか確たる仕事のチャンスが掴めず、辛抱強くレッスンを繰り返す日々が続いていた。そんな彼女にそっと声を掛けてきたのが、新しく入ってきたライラだった。
「こんにちは。お疲れさまでございますよー」
 事務所の休憩スペースで雑誌を開いていた菲菲のもとを訪れた褐色少女。澄んだ瞳とどこか間の抜けたトーンの挨拶が印象的だった。聞けば、事務所で見かけた人に一人ずつ挨拶をして回っているのだとか。
「ご挨拶ありがとうダヨ! フェイフェイって呼んでね!」
「ふぇいふぇいさんでごさいますか。素敵なお名前ですねー。よろしくお願いしますですー」
 ライラの言葉に深い意味はなかった。だけど混じりっ気のない瞳で優しく発せられたその言葉が、菲菲にはとても嬉しかった。もっと日本を勉強しなきゃ、業界のことを理解しなきゃ、できることを増やしてアピールしなきゃ。そんな気負いがあった彼女に、緩やかな風が吹き抜けたようだった。
 もっとこの子と仲良くなりたい。菲菲が雑誌を閉じて改めて向き直ったところで、ぐぅ、と音が鳴った。ライラのお腹だった。
「失礼しました……えへへ」
「お腹空いてるノ?」
 実は今日まだ何も食べていなくて、とライラが説明する。ダメダヨ! 食べなきゃイロイロ大変! と菲菲が立ち上がる。
「レッスンもそれ以外でも、頑張るエネルギーは大切なんだカラ!」
 そう言ってライラを寮の食堂へ連れて行き、チャーハンを御馳走したのが初めて会った日の出来事。とってもおいしいですー、とゆっくり噛み締めるように食べるライラの表情は菲菲の心も暖かにするものだった。
「ライラ、いい笑顔ダヨ」
「そうでございますか? ありがとうございますですよー。でも、ふぇいふぇいさんも素敵な笑顔ですねー」
 そう言われて改めて、料理を振る舞っている自分も確かに元気になったと気づいた菲菲。そうか、自分にできることっていろいろあるんだ。そして、幸せを振りまくってこういう感覚だったよネ、と。
「……どうかしましたか?」
「なんでもないヨ! エヘヘ、ありがとうライラ!」
 楊菲菲がアイドルとしてステップを上り始めるのはこの少し後からになる。他愛ない出来事に過ぎなくとも、本人にとって大切なきっかけになることがあるし、往々にしてそれは突然の出会いとともに訪れる。彼女にとってそれがこの日のことだったのかもしれない。

「もしなにかあったらみんなに話すんだゾ! プロデューサーでもいいケド、ナターリアたちだって聞くからナ!」
「そうダヨ、ライラ楽しい話はしてくれるけど、悩みとかなかなか言わないカラ……」
 そうした二人の暖かい気づかいを受け止め、嬉しそうにするライラの姿があった。
「ありがとうございますですー、大丈夫ですよ。お優しいですね二人とも」
 だって友達ダカラネ! 信頼関係っていいよネ! そう言ってワイワイ言葉を交わす。
「ライラだって、このあいだふぇいふぇいがダンスうまくいかなくてしょんぼりしていた時にいち早く声かけてくれたよネ。あれとってもうれしかったんダ」
「そうそう、ライラこそ優しくて、いつも気づいてくれるよ! アタシも思ウ!」
「うふふ、みなさん大好きですよー」
 ライラは事務所のこの場所がお気に入りだった。それはとりもなおさず、二人のような存在がいるからに違いない。そして彼も。

「ライラ、そろそろお仕事だけど準備はいいかな」
「あ、はいですー。ではみなさん、またのちほど」
 周囲のみんなにも会釈するプロデューサー。場の空気を気づかって、話のタイミングを少し待ってくれていたんだとライラも察した。
「……やっぱりイイですね」
「あの二人のこと?」
「ふふ。プロデューサー殿も、ですよ」
 良さに気づいて、素敵を愛して。そんなみんなが大好きだ。肯定して進みたい。自分も。改めてそう感じたライラだった。




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