11:名無しNIPPER
2020/11/08(日) 09:06:34.55 ID:FQVp12gN0
「フゴフゴ」
プロデューサーが机に戻るのと入れ違いに、後ろからソファ越しにパンの薫りと柔らかな咀嚼音が来訪した。視線を寄せるとコロネがふたつ。
「お疲れ様でございます、フゴフゴさん」
大原みちる。パンを食べている人。そして、パンを分けてくれた人。
初見のライラの感想はそれに尽きる。公園のベンチでぼんやりしていたところに偶然通りがかった彼女。空腹を隠せないでいたライラの様子をしばし眺めたのち、抱えるように持っていた袋からパンを一つ取り出し、彼女に差し出した。自身は既に口いっぱいに頬張っていたため、言葉少なにフゴ、フゴ、と述べただけだけど。
パンをもらえることを察し、丁寧にお礼を述べたライラ。こちらどうぞ、とベンチの隣席を促すと彼女もそのまま腰を下ろした。そっと噛みしめると、芳ばしさと、甘さが口の中に広がった。
「とてもおいしいです。ありがとうございますですよ」
笑顔を交わした。
「パンをたくさんお持ちなんですねー」
「フゴフゴ」
「……パン屋さんでございますか?」
「フゴ!」
頬張りながら頷く少女。
大きな大きなバゲットが、ようやく全て彼女の口の中に収まった。
「……あたしのうち、パン屋なんです! これはおすそわけ! おいしいものはみんなで! ね、幸せって一緒がいいでしょう?」
そうこうしているうちに少女の手元では次なるベーグルの包みが開かれていた。軽快に口に運ばれる。
「そうですね、こうしていろんな出会いやお話ができて嬉しいです」
しばらく雑談を交わす二人。パンを食べ続ける謎のもぐもぐ少女。どうやら近くの学校に通っている中学生とのこと。なるほど、じゃあまたお会いできるかもしれませんね、とライラ。
「またお会いできますように。……わたくし、ライラと申します。お名前伺ってよろしいですか?」
「フゴフゴ」
ロールパンを咥えたまま「大原みちるです」と彼女は名乗った、つもりだった。
二ヶ月後、事務所で偶然の再会を果たした時に「あの時はありがとうございました、フゴフゴさん」と返されたのだけど、それはまた別の話。
「ライラさん、プロデューサーさんに相談するのは難しいですか?」
話題はさっきのライラのことになった。ぐうぜん近くに座っていたので会話の様子が少し、みちるの耳にも入っていたという。言葉に詰まっているようだったのが気になったとのこと。
「伝えるって難しいですよね。でもやっぱり大事なんだって、あたし思うんです」
話せることからでいいんです、とみちるは続けた。漠然と思うこと。感じていること。ちょっとした考え。やってみたいこと。今日あった楽しいこと。好きなこと。好きな人。なんでも。
「話すときっと、また見えてくることはありますよ」
だからあいまいでも、まとまっていなくても、想いは口に出していいと思うんです、と。それはたとえ言葉足らずの時にも笑顔と意思で前に進む、大原みちるらしいメッセージでもあった。
「相手にもっともっと知ってほしいし、相手のことをもっともっと知りたいって思う気持ちは大切ですから。ライラさんも大切にしてくださいね♪」
なるほどー、とライラが相槌をうつ。噛み締めるほどに、自分にも当てはまる言葉だ。
プロデューサーには特にそうだ。信じることも、頼りにしていることもたくさんあるし、いろんな気持ちが溢れている。それはライラにとっても確かなことだ。みちるにそれを話すと、そう言えるのって大切なことですよ! と返してくれた。
「フゴフゴさんも、担当のプロデューサー殿とはそうですか?」
うーん、と一旦間を置きつつ、にっこりと頷いてみせたみちる。
「そうですね! まぁ、あたしプロデューサーのこと大好きですから!」
ライラさんはどうですか?
その質問は答えが見えているようで、でもまだ、どこか口にしづらいものでもあった。
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