12:名無しNIPPER
2020/11/08(日) 09:07:02.21 ID:FQVp12gN0
* * * * *
「少し掴めてきたようね。いい感じよ」
「おー、いけておりましたか。えへへ、ありがとうございますですよー」
翌日のレッスン終わり。千夏から動きを褒められ、笑みを見せつつ言葉を返すライラ。
「いいですね! 緩急のつけ方が少しずつうまくなってきました。表現の積み重ねはこれからですけど、まずはいい調子ですよ!」
青木トレーナーの言葉も明るい。いい流れがきているのがわかる。
レッスンを終え、事務室へ戻りながら千夏と会話を交わすライラ。途中、通りがかった部屋から美しいメロディと雄大な声が聞こえてきた。
「今日もやってるわね」
二人で扉の窓越しにそっと覗くと、伴奏に合わせて伸びやかに歌い上げる黒川千秋の姿がそこにあった。一節歌っては担当する青木麗トレーナーと確認、また一節繰り返しては確認。緻密で厳格、妥協のない彼女らしさがそこに見て取れる。また声が響く。繊細で力強く、そして美しい。まさしく黒川千秋、彼女の声だ。
「すごいわね」
「すごいですねー」
事務所の売り出し中アイドルの一人であり、最近ますます活躍どころが増えつつある彼女。ステージ活動に限らず、バラエティでの雛壇や地方レポでのちょっとした役回りなど、分野を問わず様々な仕事が舞い込んできているが、どれも苦手意識を持たず積極的にアタックするし、その様子はお茶の間にも概ね好評である。一方で彼女のストイックで妥協のない姿勢、こうした陰ながらの努力、そうして積み上げられた信頼と確かな歌唱力。これこそが彼女の人気を不動のものにしている。技術的な細かなことまではわからないライラにとっても、その歌声は心に響くものがあった。
千夏もそうだが、先輩たちはみな自分たちの魅力に長けている。自己理解と研鑽の賜物、なのかもしれない。自分もうまくならなくては、という気持ちに駆られるライラ。
「二人とも、お疲れさま」
プロデューサーと廊下で合流した。千夏と三人で今日の振り返りをしつつ歩く。
「またレッスンも見てあげてね。ライラ、どんどんうまくなってきてるわよ」
「相川さんが言うなら間違いないですね。明日は見られるから楽しみにしてるよ」
「えへへ、頑張りますですよー」
にっこり笑ってみせるライラ。彼女はこうした空気がとてもお気に入りだ。
でも、自分が前に進むためには。己を進めていくためには。それにはまず、言葉を発していかないと。みちるを見て、千夏を見て、ライラは改めてそれを自覚していた。
「……プロデューサー殿、あの」
ライラが口を開いたところで、大きな声とともにその話は遮られた。千川ちひろが事務室からこちらへ走ってやってきた。
「すみませんプロデューサーさん! あの、アポなしで面会を求めて来られた方がいらっしゃるんですが……その、今、大丈夫でしょうか?」
緊張気味の表情を隠せないちひろは珍しい。
「あ、はいもちろん。……えっと、どなたが?」
「詳細までは伺えなかったんですが、あの、……ライラちゃんの関係者の方、と」
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