ライラ「アイスクリームはスキですか」
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16:名無しNIPPER
2020/11/08(日) 09:10:00.26 ID:FQVp12gN0

 そんな彼女の様子を誰より気づかっていたのが、側仕えのメイドだった。
 ライラの日常に寄り添うようになってそれなりに年月が経つ。日々彼女の優しさ、暖かさ、好奇心など様々な魅力に触れてきた。仕える側にもかかわらず、むしろ自分の方がたくさんの幸せをもらえているようだとメイドは思っていた。それだけライラは素敵で、ライラは美しかった。
 そんな折に訪れた縁談の話。
 ライラは決して結婚を否定しないし、むしろ新たな出会いに興味すらある様子だった。それは父を安心させるに足る姿ではあったものの、真意はその限りではない。少しだけ儚さがにじむようになった彼女の横顔を、その理由を、父が気づくことはなかった。
 側仕えとして彼女を支えていたメイドに、判断が迫られていた。
 結婚に備え彼女が気持ちを整えていけるようフォローするのか。
 それに代わる生きる術を見つけていけるようフォローするのか。

 越権行為を詫びながら、メイドはこっそりとライラ母に相談を繰り返した。
 何度となく、ライラ自身とも話をした。
 己の運命も、少しだけ考えた。

 そして彼女は一つの案をライラに持ちかけることになる。はるか彼方、東洋へ……日本へ旅をしませんかと。意を決して切り出した彼女の問いかけに対して、ライラの反応は好意的なものだった。
 メイドの決断は、ライラをどこか父の目の届かないところへ連れて行くというものだった。故郷を捨てる永遠の旅路になるのか、はたまた再び戻ってくるのか。それは時勢にもよるし、何よりライラ父の反応にもよる。先の見えない逃避行であることは間違いない。
 太平洋上の小さな島のどこかに行く案も考えた。だが社会制度や治安、現地で働くことを考えるとなかなか決断ができない。
 そんな中で選択肢に入ったのが日本だった。
 経済の浮き沈みが激しい文化混様な国。治安もそれほど悪くない。仕事があるかは……なんともわからないけれど。巷に溢れるモノはそれなりに豊富だと聞く。異邦人として入りゆく立場として、混在が自然な国なのはありがたい。
 こちらにはない文化も多い。ライラが喜ぶのではないかな、という発想がメイドの頭によぎった。

 ライラは一つだけ、メイドに問いかけをした。
《日本に行くことが……わたくしが幸せだと思える、最善の選択になりますか……?》
 それは答えの難しい問いだった。最善、とは何を意味するだろう。ライラの本当に求めるものは何だろう。世の中は計画通りに回らないことが往々にして多い。もし、悲運に巡り合ってしまったら。そう思う時にはきっともう、取り返しがつかない。それでも。
《ええ、もちろんです》
 メイドは彼女と向き合って、彼女の瞳に語りかけるように、まっすぐ返答した。それでも私はこの選択肢を信じたい。今のままここにいて、ここで運命を迎え入れるよりも、きっと彼女の道たりえるだろうと。そう願いながら。
 偶然にも、ライラもまた日本という国に少しだけ関心を抱いていた。それは父の仕事の合弁企業として名を連ねる会社に日本の商社を何度となく見たからだった。それは別に豊かさの指標という意味ではないが、本で読んだことしかない東洋の島国の人々がわざわざ中東に訪れて事業をおこなっていることで興味がわいたのだった。
 書籍を広げる。サムライがいて、キモノを着て、カタナで戦うお話が印象的だった。もちろん現実に見かける商社の人々がそうでないことから、これらが古典であることくらいは察しがついた。いろんな歴史がある。ニンジャ……は現存かもしれない。なんにせよ、行かねばわからないことは多い。
 これを予期していたわけではないが、メイドは拙くも日本語が話せた。本当に、本当にそれによりライラは助けられることとなる。
 逃避行を現実のものとすることが決まって以降、水面下での打ち合わせが何度となくおこなわれた。希望の一端を託したかの国は、二人にとってさながら黄金の国ジパングであった。
 その日は来た。
 ひっそりと屋敷を抜け出したときも、人混みに紛れつつDXBを発つときも、ライラは涙を流さなかった。辛くない、はもちろん嘘だ。だけどこれは自分が決めた道なのだ。家族との別れは悲しくもある。でも、それも運命だ。希望に満ちているのだと信じたい。
 深呼吸をひとつ。
 父を恨む気持ちは少しもない。それはボタンを掛け違うように「うまく伝え合えなかった」だけのことだから。身勝手をどうか許してほしい、そう思いながら。
 手には日本語の本がある。行き先が決まって以降、少しでも話せるようになりたいと密かに勉強をしていた本は既に傷みが見えるほどになっていた。
 小さくなっていく故国を飛行機の窓から見下ろしたあと、彼女は少しだけ眠った。



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