110: ◆eBIiXi2191ZO[sage saga]
2020/09/21(月) 22:55:27.90 ID:brMXuKjJ0
目標マイナス二か月。ライブチケットはすでにソールドアウト。ファンの期待が高まっているのを、実感せずにはいられない。
今日も仕事の合間にライブのレッスン。体力も気力もゴリゴリと削られるけれど、私は歩みを止めない。
ファンの皆さんが待っているから。Pさんが期待しているから……
もういないPさんに操を立てているわけではないけれど、私の一挙手一投足はすべてPさんに見守られていると、そう信じていたい。
111: ◆eBIiXi2191ZO[sage saga]
2020/09/21(月) 22:56:20.26 ID:brMXuKjJ0
お互いにグラスと前菜がそろう。私たちはグラスを手に取り、唱和した。
「お疲れさま」
112: ◆eBIiXi2191ZO[sage saga]
2020/09/21(月) 22:57:08.87 ID:brMXuKjJ0
「ああ、ごめんなさい。実は楓ちゃんのこと、少し知ってる。申し訳ないんだけれど、ちひろさんから聞いたの」
「え、じゃあ」
「うん。今、楓ちゃんが『うつ』で苦しんでいること、知ってる。でも安心して。私しか知らないし、誰にも教えてない」
113: ◆eBIiXi2191ZO[sage saga]
2020/09/21(月) 22:57:55.41 ID:brMXuKjJ0
「楓ちゃん。今度のライブが終わったら、しばらく仕事から離れなさい」
「え? なにを瑞樹さん突然」
「ダメよ。このまま楓ちゃんが走り続けたら、あなた絶対壊れる」
114: ◆eBIiXi2191ZO[sage saga]
2020/09/21(月) 22:58:41.73 ID:brMXuKjJ0
息が上がる感覚。私は、頭に血が上るのを感じた。
「なぜ、ですか……それが、いけないんですか」
115: ◆eBIiXi2191ZO[sage saga]
2020/09/21(月) 22:59:24.36 ID:brMXuKjJ0
「そう、今は泣くの。ひたすら泣いて、彼のこと、想うの」
誰もが彼のいない世界で、懸命に頑張っているというのに。
私がPさんを想うことを、許されるはずがない。そう自分を戒めて今まで走ってきた。
116: ◆eBIiXi2191ZO[sage saga]
2020/09/21(月) 22:59:52.09 ID:brMXuKjJ0
私は、薬を飲む。
泣きはらして多少は、心が軽くなったかもしれないけれど。日々は変わることなく、流れていく。
私の調子は一進一退というところで、決して芳しいとは言いにくい。それでもライブはやってくるわけで。
117: ◆eBIiXi2191ZO[sage saga]
2020/09/21(月) 23:00:38.63 ID:brMXuKjJ0
ライブ当日。開演一時間前。
私はいつになく落ち着かなかった。
「おや楓さん。緊張してます?」
118: ◆eBIiXi2191ZO[sage saga]
2020/09/21(月) 23:01:11.10 ID:brMXuKjJ0
なにに対して不安になっているのか、私自身認められていない。漠然とした、ちりちりという焦燥感。それでも。
その時は、やってくる。
ふとプロデューサーの言葉を思い出す。人間くさい、私。彼らはそういう私が好きなのだ、と。そして、気付く。
ああ、Pさんもそう言っていた。完璧じゃない、人間くさい私が好きなのだ、って。
119: ◆eBIiXi2191ZO[sage saga]
2020/09/21(月) 23:01:43.29 ID:brMXuKjJ0
舞台袖、私は佇む。客席の熱気と緊張が、肌に伝わってくる。ベルが鳴った。
「本日は、高垣楓アコースティックライブにお越しくださいまして、誠にありがとうございます……」
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