十時愛梨「それが、愛でしょう」
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12:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/18(木) 17:49:09.20 ID:n4MKx+790
 ――あのね、歌って、リズムなんだよ。ちっちゃな流れと、おっきな流れががちゃんってなって、歌になるの。

 きっと小さな私にもわかるように、そんな言葉を選んだのだろう。それから時間が経ってみればどういうことなんだろう、とわからない部分が出てきたり、そういうことなのかもしれない、とその時みたいに納得できたり、なんだか微妙な感じの言葉だったけど。

『私が歌ってた歌、結構難しいんだ。でも、あなたはちゃんとついてきてた。だからね、あなたの歌は下手なんかじゃないよ。お姉さんが保証してあげる』
以下略 AAS



13:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/18(木) 17:50:26.53 ID:n4MKx+790
『……おねえさん』
『なあに?』
『ありがとうございます』

 私に謝ってくれたのと同じぐらいに、精一杯の気持ちを込めて、頭を下げる。
以下略 AAS



14:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/18(木) 17:51:25.16 ID:n4MKx+790
『どうしたの?』
『おなまえ、おしえてくれませんか!』

 今考えてみたら、これはとんでもなく大それたことだったのだろう。
 でも、その時の私は知らなかった。ずっと歌を嫌いなままでいたから、知ろうともしていなかった。
以下略 AAS



15:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/18(木) 17:52:12.75 ID:n4MKx+790
◇◆◇◆◇


 引き延ばされた一秒が、ゆっくりと元に戻っていく。
 履歴書と、必要な書類は鞄の中に入っている。何度も、何度も確かめた。
以下略 AAS



16:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/18(木) 17:53:45.04 ID:n4MKx+790
2.「それが、愛でしょう」

 中身がこぼれ落ちきった砂時計をひっくり返す。全部が下に落ちるまでには百八十秒、三分かかる小さなものだ。
 それが意味しているのは一つだった。適当なペンケースと割り箸を重し代わりに乗せていた蓋からのけて、カップラーメンの封を切る。

以下略 AAS



17:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/18(木) 17:54:54.05 ID:n4MKx+790
 どこに行くにも、何をするにも緊張していた社会人一年生だった頃を思う。電車の中で吐きそうになったり、特に理由もなく出社を拒否して、いつも乗っているのとは反対方向の電車に乗ろうかなんて考えていたこともあった。
 思えば二年目三年目にも、その先にも似たような感情を抱いたことがないわけじゃない。
 だけど、今はそんな記憶にあるどの瞬間よりも緊張していた。

 もうすぐ、担当アイドルが引退する。
以下略 AAS



18:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/18(木) 17:55:48.66 ID:n4MKx+790
「……似合って、ますか?」

 一瞬だけ、瞬きをしていたら見逃してしまいそうな僅かな間、愛梨の細い眉がどこか不安げに八の字を描く。
 言葉とは裏腹に、いつだって愛梨はマイペースでいつも通りに見えるけれど、これだけの大舞台だ。裏方の僕ですら、今も胃がひっくり返りそうなほど緊張しているというのに、その舞台に登る当人なら言わずもがなだろう。

以下略 AAS



19:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/18(木) 17:57:01.77 ID:n4MKx+790
「じゃあ、この衣装を選んでくれたプロデューサーさんは魔法使いですか? それとも、王子様?」

 からかうように、ちろりと紅い舌先を覗かせて、愛梨はそう問いかけてきた。

「僕はそんなに大層なものじゃないよ、愛梨」
以下略 AAS



20:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/18(木) 17:58:30.75 ID:n4MKx+790
「……ああ、行こう。愛梨」

 答えて、彼女の手を引くまでにはどれぐらいの時間がかかっただろう。
 多分、三分と経っていないはずだ。それどころか、一分かかったかどうかも怪しい。
 それなのに、まるで答えるのに数年かかったかのような重みが全身を包み込んでいた。こうして愛梨の手を取って、ステージに向けて、終わりに向けて歩けているのが、不思議なぐらいに。
以下略 AAS



21:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/18(木) 17:59:44.74 ID:n4MKx+790
 だからこそ、それこそくだらない偏見でしかないのだけれど――かつての業界では確固として一つのボーダーラインとされていた、二十代を過ぎても現役でアイドルとして活動を続けている人は何人もいる。
 現に、かつてのトップアイドル、日高舞も今は現役復帰しているし、その破天荒さで日々お偉いさんの頭を悩ませているとは上司から聞いた噂だった。

 それだけに、愛梨がアイドルを続けるという選択肢だって、十分に考えられた。
 それでも、終わりを選んだのは僕たち二人に他ならなかった。二人で話し合った末に、納得して決めたことだった。
以下略 AAS



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