14:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/18(木) 17:51:25.16 ID:n4MKx+790
『どうしたの?』
『おなまえ、おしえてくれませんか!』
今考えてみたら、これはとんでもなく大それたことだったのだろう。
でも、その時の私は知らなかった。ずっと歌を嫌いなままでいたから、知ろうともしていなかった。
昔に流行った歌のこと。そして、それを歌っている人の名前。全部が全部いらないと、捨ててしまって、殻に閉じこもっていたからこそ出来た、蛮勇だったのだと思う。
不幸中の幸いとか、災い転じて福と成すとか、聞く人が聞けばそう言って笑い飛ばすような、だけど聞く人が聞けば顔を真っ青にするような、そんな問いかけ。だけど、お姉さんは。
『愛梨。十時、愛梨ですっ』
忘れないで。続く言葉はなかったけれど、きっとあの時、あのひとはそう言いたかったんじゃないかと思う。
根拠なんてどこにもない。だけど、私の耳にはその名前が、どこか祈りでも捧げるように厳かな響きを持って伝わっていたのだ。
とときあいり。その時はどんな意味を持つか知らなかった名前を、何度も、飴玉でもなめるように、舌の上で転がしたことを覚えている。そして、隣で私の手を引くお母さんが顔を青くして、何度もすみません、と繰り返していたことも。
十時愛梨。それが初代シンデレラガールの、トップアイドルの名前だということを知るのは、それからしばらく経ってのことだった。
だけど、その意味を知った今も、私にとってあの出会いが持つ意味は変わらない。
好きが嫌いになるのは、きっと呆れるぐらいに簡単だ。でも、その反対は幾重にも絡まった知恵の輪を解き続けなければいけないぐらい難しい。
あの時から少しだけ大人になってわかったことだ。だからこそ、私はいとも簡単に、私の嫌いを好きに変えてしまったあの歌声を思い出す度に、一つの言葉を思うのだ。
魔女。そうじゃなければ魔法使い。
だから、私にとっての十時愛梨さんは、歌のお姉さんは、とっても素敵な魔女だった。
そして。
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