十時愛梨「それが、愛でしょう」
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13:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/18(木) 17:50:26.53 ID:n4MKx+790
『……おねえさん』
『なあに?』
『ありがとうございます』

 私に謝ってくれたのと同じぐらいに、精一杯の気持ちを込めて、頭を下げる。
 きっとそれでも足りていない。足りるはずなんてない。

 好きが嫌いに変わるのなんて、きっと簡単だ。下り階段で一段足を踏み外すように、一つボタンを掛け違えてしまうように、些細なきっかけでそうなってしまうことなんて、世の中にはきっとありふれている。
 もちろん、好きという気持ちがマイナスの感情に蝕まれて、じわり、じわりと嫌いに、憎しみに変わっていくことだってあるかもしれない。
 でも、そうなってしまった嫌いを好きに戻すのには、一体どれぐらいのエネルギーがいるのだろう。

『どういたしまして』
『……あの』
『なあに?』
『うたのこと、おしえてくれませんか』

 師匠になってほしいとか、これからも先生でいてほしいとか、そういうつもりじゃなかった。
 ただずっと、一日中、私が嫌いになってしまった歌を好きになる、そのきっかけになった始まりの歌の名前が知りたかったのだ。
 あまりにも必要な言葉が欠けた私のお願いを読み解こうと、お姉さんは細い首を傾げて、少し考え込むような仕草を見せてから。

『それが、愛でしょう』

 どこか得意げに、晴れやかで、鮮やかな、真夏の太陽みたいな笑みを満面に浮かべて、私の願いを、見事に言い当てて見せた。
 近くの料理屋さんから、カレーの匂いが漂ってきた。あんなに蒼く晴れ渡っていた空は真っ赤な夕焼けに塗り潰されて、早く家に帰れとばかりにどこか遠くでカラスが一つ、鳴き声を上げていた。
 そして、近くで私の名前を呼ぶ、お母さんの声が耳朶に触れる。
 長電話を続けていたのか、それともじっと見守ってくれていたのかはわからない。だけど、それはもう私が家に戻らなければいけないという合図で、お姉さんとの時間は終わりだと、幕を引こうとしている宣言だった。

『……あのっ!』

 引き離されていく。お母さんに手を引かれて、何事か社交辞令を二言三言お姉さんが口にして、私の過ごした夢のような時間は終わろうとしていた。
 それに抗うように、声を上げる。遠ざかっていく背中に向けて。今度は、掻き消されてしまうように。教えてくれた歌のことを言葉にするように、私は。


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