12:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/18(木) 17:49:09.20 ID:n4MKx+790
――あのね、歌って、リズムなんだよ。ちっちゃな流れと、おっきな流れががちゃんってなって、歌になるの。
きっと小さな私にもわかるように、そんな言葉を選んだのだろう。それから時間が経ってみればどういうことなんだろう、とわからない部分が出てきたり、そういうことなのかもしれない、とその時みたいに納得できたり、なんだか微妙な感じの言葉だったけど。
『私が歌ってた歌、結構難しいんだ。でも、あなたはちゃんとついてきてた。だからね、あなたの歌は下手なんかじゃないよ。お姉さんが保証してあげる』
――だから、一緒に練習しよっか。あなたはきっと、上手に歌えるから。
それでも、続く言葉と合わせて、それは私にとっての救いだった。
本当に私の口パクがリズムに合っていたのかどうかはわからない。もしかしたら、か細く吐き出した息で歌っていた音程は外れていたのかもしれない。
だけど、その瞬間に、私の「嫌い」は「好き」にもう一度戻ろうとしていた。脱ぐのをやめた殻を壊して、羽を広げようと必死に、もがいていた。
歌いたい。このひとみたいに、お姉さんみたいに。
泣きたいときに泣いて、笑いたいときに笑うように、歌を歌いたい。幼い心に思った、きっと今でも続いている思いの原点。多分、夢とか、そんな感じのこと。
正直、お姉さんの練習はあまりわかりやすいものではなかったというか、感覚的な教え方が多かったのだけれど、子供の私にはその方が丁度良かったのか、日が暮れ始めるまでずっと練習をする頃には、音感をしっかりと身につけることができるようになっていた。
『すっごーい! 上達するの、とっても早いね』
私より、ずっと。もしかしたら追い越されちゃうかもなんて、冗談めかしてお姉さんは笑った。
私も、きっと笑っていた。枯らした喉で、乾いた涙を引っ込めて、お姉さんと一緒に、通りかかった人が心配になるぐらいにからからと笑い転げていたのだ。
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