232:名無しNIPPER[saga]
2019/11/23(土) 22:18:04.32 ID:1/ZkFkMM0
「彼らの指摘はもっともだった。
高垣楓など、実績も話題性もあるアイドルを起用した方が一定のクオリティを担保できるし、宣伝効果も高い。
反対に、鳴り物入りで起用した新人が大舞台でし損じるようなことがあれば、我が社はボロボロに叩かれるだろう」
「それが分かっていながら、なぜ?」
233:名無しNIPPER[saga]
2019/11/23(土) 22:21:37.59 ID:1/ZkFkMM0
「何も、無かったのですか?」
「正確に言えば、彼女に支払うべきだったギャラを、芸能分野の卵を育成する基金に寄付してくれと言われた。
彼女は、自分がノーギャラだと世間に知られた時の業界に与えるハレーションも、よく理解していたのだろう」
映画か小説、あるいはジョークにでもあるような話だ。
234:名無しNIPPER[saga]
2019/11/23(土) 22:26:28.07 ID:1/ZkFkMM0
どこかバツが悪そうにかぶりを振り、常務は言葉を続けていく。
「自慢するものではないが、努力は人一倍だった。
だが、“好き”だけで戦えるフィールドではないと、ある時思い知らされた。
反発していた父のもとに降り、経営者の道を選んでからは順風満帆……人にはそれぞれ、相応の役割があるのだと悟ったよ。
235:名無しNIPPER[saga]
2019/11/23(土) 22:33:53.42 ID:1/ZkFkMM0
深いため息をついたのち、常務の話が途切れた。
胸に去来する様々な思惑を咀嚼するかのような、形容しがたいほどに複雑な彼女の表情を見て、私は合点した。
「あなたはちとせさんに……お嬢様に、かつてのご自身の夢を託されたのですね?」
236:名無しNIPPER[saga]
2019/11/23(土) 22:37:56.50 ID:1/ZkFkMM0
常務は答えない。
腕を組み、黙って窓の方を向いたままだ。
「お嬢様は、お願いごとを断られたことが無いと、よく仰います。
237:名無しNIPPER[saga]
2019/11/23(土) 22:42:05.02 ID:1/ZkFkMM0
「近々自身のプロジェクトが潰されてしまうかも知れないというのに、暢気なことだな」
向き直ると、フンッと鼻を鳴らす常務と視線が重なった。
対照的に、私は知らず笑みがこぼれてしまう。
238:名無しNIPPER[saga]
2019/11/23(土) 22:43:29.03 ID:1/ZkFkMM0
客観的な事象を盾にするということは、隠された本音があるということだ。
私にも、身に覚えが無いわけではない。
239:名無しNIPPER[saga]
2019/11/23(土) 22:51:30.46 ID:1/ZkFkMM0
建物を出ると、先に帰っていたはずのアーニャが、凛さんと一緒に外で待っていた。
「どうだった?」
凛さんが微笑みながら尋ねる。
240:名無しNIPPER[saga]
2019/11/23(土) 22:54:39.69 ID:1/ZkFkMM0
「……ふふっ」
「アハハハ!」
三人で並んで、家路につく。
241:名無しNIPPER[saga]
2019/11/23(土) 22:56:47.79 ID:1/ZkFkMM0
「アーニャ」
「何ですか? チヨ」
外にいると、一段と冬が深まってきたのを感じる。
だが、この身の震えは、きっと武者震いだ。
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