228:名無しNIPPER[saga]
2019/11/23(土) 21:51:58.98 ID:1/ZkFkMM0
「黒埼ちとせなら、先ほど既に寮に戻った」
その場をどこうとしない私にため息をつき、彼女は私の脇を通り過ぎようとする。
「アイドルは身体が資本だ。
229:名無しNIPPER[saga]
2019/11/23(土) 21:54:54.04 ID:1/ZkFkMM0
連れられた場所は、事務所棟の上層にある常務の部屋だった。
シンデレラプロジェクトの事務室にあるそれとは比べものにならないほど、フカフカの椅子に座らされている。
ほどなくして、常務が二人分のカップを持ってこちらに戻ってきた。
230:名無しNIPPER[saga]
2019/11/23(土) 22:00:41.65 ID:1/ZkFkMM0
「は?」
目が点になり、間抜けな返事が零れる。
常務という上席を前に失礼は承知の上だが、彼女の指す意味がまるで分からない。
231:名無しNIPPER[saga]
2019/11/23(土) 22:06:28.18 ID:1/ZkFkMM0
「あの人に何をしたと言われても、私にお答えできることなどありません」
コーヒーを一口飲んでみると、思った以上に苦くて軽くむせそうになった。
しかし、「何でもいい」と言った手前、砂糖とミルクに手を出すのは気が引ける。
232:名無しNIPPER[saga]
2019/11/23(土) 22:18:04.32 ID:1/ZkFkMM0
「彼らの指摘はもっともだった。
高垣楓など、実績も話題性もあるアイドルを起用した方が一定のクオリティを担保できるし、宣伝効果も高い。
反対に、鳴り物入りで起用した新人が大舞台でし損じるようなことがあれば、我が社はボロボロに叩かれるだろう」
「それが分かっていながら、なぜ?」
233:名無しNIPPER[saga]
2019/11/23(土) 22:21:37.59 ID:1/ZkFkMM0
「何も、無かったのですか?」
「正確に言えば、彼女に支払うべきだったギャラを、芸能分野の卵を育成する基金に寄付してくれと言われた。
彼女は、自分がノーギャラだと世間に知られた時の業界に与えるハレーションも、よく理解していたのだろう」
映画か小説、あるいはジョークにでもあるような話だ。
234:名無しNIPPER[saga]
2019/11/23(土) 22:26:28.07 ID:1/ZkFkMM0
どこかバツが悪そうにかぶりを振り、常務は言葉を続けていく。
「自慢するものではないが、努力は人一倍だった。
だが、“好き”だけで戦えるフィールドではないと、ある時思い知らされた。
反発していた父のもとに降り、経営者の道を選んでからは順風満帆……人にはそれぞれ、相応の役割があるのだと悟ったよ。
235:名無しNIPPER[saga]
2019/11/23(土) 22:33:53.42 ID:1/ZkFkMM0
深いため息をついたのち、常務の話が途切れた。
胸に去来する様々な思惑を咀嚼するかのような、形容しがたいほどに複雑な彼女の表情を見て、私は合点した。
「あなたはちとせさんに……お嬢様に、かつてのご自身の夢を託されたのですね?」
236:名無しNIPPER[saga]
2019/11/23(土) 22:37:56.50 ID:1/ZkFkMM0
常務は答えない。
腕を組み、黙って窓の方を向いたままだ。
「お嬢様は、お願いごとを断られたことが無いと、よく仰います。
237:名無しNIPPER[saga]
2019/11/23(土) 22:42:05.02 ID:1/ZkFkMM0
「近々自身のプロジェクトが潰されてしまうかも知れないというのに、暢気なことだな」
向き直ると、フンッと鼻を鳴らす常務と視線が重なった。
対照的に、私は知らず笑みがこぼれてしまう。
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