26: ◆jEbRvHU8C2[sage saga]
2019/07/14(日) 16:04:58.54 ID:UfnhAP/w0
不思議なことに、今の今までもっと至近距離に顔があって、むしろ強く強く触れていたにも関わらず、
こうして丸見えポーズの方が恥じらいを呼び起こすのです。
お見苦しいところをと脚を閉じながら言うと、プロデューサーさんも気付いたようで、
どことなしに視線を横へと向けました。
27: ◆jEbRvHU8C2[sage saga]
2019/07/14(日) 16:05:24.81 ID:UfnhAP/w0
叔父さんには事情を説明し、急ぎではないからとのことで運び出しは後日に私だけで行いました。
心配だった血の汚れも問題なかったようです。
というのも、ほとんどが厚く積もった埃に吸着されていましたから。
飛沫咳の原因が、飛散血から守る役目も果たすとは、何たる皮肉でしょうか。
28: ◆jEbRvHU8C2[sage saga]
2019/07/14(日) 16:05:58.22 ID:UfnhAP/w0
あれからしばらく経ちます。
今日もお仕事で一緒だったのですが、プロデューサーさんは、今日も私と眼を合わせてくれませんでした。
とはいえ、それが表す意味を理解できない私ではありません。
確かに以前のままの私では、気付けなかったことでしょう。
29: ◆jEbRvHU8C2[sage saga]
2019/07/14(日) 16:06:27.16 ID:UfnhAP/w0
事務所の資料室、という名目の、もはや仮眠で使われるばかりの畳部屋。
私はそこに腰を下ろし、両の膝を立てて座り、彼を待っていました。
彼の視線が意味する答え。
ともすれば自惚れめいた考えに、それでも確信を感じて。そうして今日、私は行動に起こして。
30: ◆jEbRvHU8C2[sage saga]
2019/07/14(日) 16:07:04.30 ID:UfnhAP/w0
部屋へと入り、後ろ手に扉を閉めた彼が、そのまま微動だにせずに私を見て。
瞬間、本当に、…本当に、久しぶりに眼があいました。
ああ、ああ、私のために、私のメッセージを読み解き、私を見てくれた。
いわゆる推理小説で、探偵に追い詰められた怪盗も、もしかしたらこんな昂揚感を抱くものかも知れません。
31: ◆jEbRvHU8C2[sage saga]
2019/07/14(日) 16:07:33.67 ID:UfnhAP/w0
そう、私がしたことは、彼の本に栞を挟んだ、ただそれだけ。
紅く朱い紙を重ね、開きグセを付けてしまわないようになるべく薄さを保ち、
それでいて丈夫さも求めた、欲望をこれでもかと詰め込んだ栞。
その栞に、誰が所有するのかすぐわかるよう、彼の名を書き記して。
32: ◆jEbRvHU8C2[sage saga]
2019/07/14(日) 16:08:07.34 ID:UfnhAP/w0
ですが、まだ。
まだ、見て貰っているだけです。
大丈夫ですよと彼の頭をなでなでしながら、私の方へと少し力を込めると、
それに合わせて彼が近付いてきて。
33: ◆jEbRvHU8C2[sage saga]
2019/07/14(日) 16:08:37.51 ID:UfnhAP/w0
運命の赤い糸と言う表現があります。
言われは諸説ありますが、興味深いものが1つ。
いわく、嫁ぎたての嫁を安心させるために旦那が用いた方便だったというものです。
かつて、現代日本で考えれば年端もいかぬ娘を、当人を置き去りに家同士だけで決めて嫁がせていた時代。
34: ◆jEbRvHU8C2[sage saga]
2019/07/14(日) 16:09:06.54 ID:UfnhAP/w0
ぎゅうぎゅうと挟まれた彼の感触を感じながら、ふと、かつての本のことが脳裏をよぎりました。
叔父さんから買い取った、売りモノにならない本。
持ち帰った私は、あの本を手に机に向かいました。
表紙と背表紙を両の手でそれぞれ持てば、自然と開く、彼の血を内包した箇所。
35: ◆jEbRvHU8C2[sage saga]
2019/07/14(日) 16:09:33.69 ID:UfnhAP/w0
しかし、彼にとってそれはきっと通用しないでしょう。
それがわかっているから、見せるわけには、いかない。
不可抗力とはいえ、血塗れで本を台無しにするという、眼を背けたい行為に関わってしまった彼です。
恐らく、本の行方こそ訊ねど、実物をもってして無事を確認したいとは言い出さないでしょう。
36: ◆jEbRvHU8C2[sage saga]
2019/07/14(日) 16:10:09.18 ID:UfnhAP/w0
彼の吐息が激しくなっていくのを感じます。
呼吸や姿勢に苦しんでいるのではありません。
そうであれば、こんなに熱を帯びたりはしないハズですし、
うつぶせに寝転んだまま腰だけをずりずりと動かすなんてしないでしょう。
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