1:名無しNIPPER[sage saga]
2018/08/23(木) 11:23:18.61 ID:vHau6oIW0
土をこねることは幸せだ。自分のとりとめのない想いを一つの形にして、誰かに受け取って貰える。私の人生を彩っていたただ一つのこと。
おじいちゃんは厳しくて、簡単に認めてくれない。でも指導に不満を覚えたことは無かった。おじいちゃんはいつだって正しいし、私も妥協なんてしたくなかった。
友達はあまり多くはない。そして趣味の話を共有できる友達は一人としていない。
私とおじいちゃん。世間からまるで離されたように限定されたこの空間で。
それでも。
私は確かに幸せだった。
……。
あの時までは。
「どうした肇?」
おじいちゃんが私の顔を覗き込む。
いつも通り陶工の時間になり、私はろくろと向き合った。
最近は上手く行かず、怒られることが多くなってしまっていた。壁に当たっている、と言うのだろうか。でも何度も味わってきたことだから。
だから、私は今度も大丈夫、なんて思っていた。
この失敗の連続は成長に繋がるんだって。私は停滞なんてしていないって。
くるくると回る土はどんどん歪になっていく。
わかっている。大丈夫。
おじいちゃんにはまだ納得してもらえないかもしれないけど、私なりのものは作れるはず。
だから、大丈夫。
心で唱えても。
頭ではわかっていても。
手は震え、指は止まり。
遂には、腕に力が入らなくなり。
土は歪な形のまま、くるくる回っていた。
「体調が悪いのか?」
「……違うよ」
「じゃあどうしたっていうんだ」
わからない。
そんなこと私にもわからない。
わからないよ。
どうして? なんで?
私はこの時、幸せを失った。
SSWiki : ss.vip2ch.com
2:名無しNIPPER[sage saga]
2018/08/23(木) 12:23:58.37 ID:vHau6oIW0
プロデューサーさんから連絡を貰ったのは一時間前。約束の時間に、私はプロデューサーさんのいる部屋へとやって来た。
プロデューサーさんは満面の笑みを浮かべていた。
「肇! 仕事だ! 仕事がきたぞ!!」
「えっ? あ、はい!」
プロデューサーさんは仕事がくる度こんな風に大喜びしてくれる。私ももちろん仕事がきてくれるのは嬉しい。でも、それ以上に私のことで喜んでくれるプロデューサーさんのことも嬉しい。
3:名無しNIPPER[sage saga]
2018/08/23(木) 12:26:26.64 ID:vHau6oIW0
一日目。
プロダクションの一室。
カメラマンさんや照明さんが所狭しと部屋にいる。
その部屋の中心に椅子と一つのキャンバスがあった。荒木さんはそのすぐ側に立っていた。
4:名無しNIPPER[sage saga]
2018/08/24(金) 00:50:42.12 ID:8pRhN5eX0
「私、アイドルになる」
「何?」
おじいちゃんはろくろから手を離し、こちらを向いた。普段から眉をひそめている顔はより険しくなり、「何て言ったんだ?」と尋ねてくる。
「アイドルになりたい」
「……」
5:名無しNIPPER[sage saga]
2018/08/24(金) 01:02:44.87 ID:8pRhN5eX0
二日目。
プロダクションの玄関に荒木さんはいた。
「今日は外に出るっスよ。実物を見て、描いてみましょう」
しばらく待っているとワゴン車が止まった。どうやらこの車に乗って行くらしい。
6:名無しNIPPER[sage saga]
2018/08/24(金) 01:13:18.99 ID:8pRhN5eX0
何回繰り返したろう。
隣に眠るのはキャンバスの束。
何度も描いてみるけれど、納得のいくできにならない。
頭に描きたいものは確かにあっても、表現する術を私は知らないんだ。だから、思い通りのものを作れない。
荒木さんは笑顔でじっと待っていてくれている。
7:名無しNIPPER[sage saga]
2018/08/24(金) 01:15:57.72 ID:8pRhN5eX0
「お疲れ様」
撮影が終わって。
プロデューサーさんが駆け寄ってきてくれた。
「凄い集中力だったな。俺も引き込まれたよ」
「あ、ありがとうございます。でも、お時間をおかけしてしまい、すいませんでした……」
8:名無しNIPPER[sage saga]
2018/08/24(金) 09:12:40.70 ID:8pRhN5eX0
翌日。
私は今日はオフをもらえた。
プロデューサーさんはどうやら私の絵を持ち帰り、一枚を廊下に飾ってくれたらしい。
プロダクションの中を歩き、私はその一枚をみつけた。
私、描けたんだ。
9:名無しNIPPER[sage saga]
2018/08/24(金) 09:25:27.25 ID:8pRhN5eX0
思い出すのは十年前。両親から実家に帰ると連れ出され、おじいちゃんの家にいたときの話。
私は好奇心に駆られ、自分の家の何倍も大きいおじいちゃんの家を歩き回った。
つんと鼻につく匂いを感じて、導かれるように一室に辿り着く。
おじいちゃんが中に居て、何やら集中しているようだ。
中へ入ろうとするとおばあちゃんに止められた。
10:名無しNIPPER[sage saga]
2018/08/24(金) 09:39:34.87 ID:8pRhN5eX0
「肇ちゃん」
荒木さんは私をまっすぐ見つめてくれる。
「芸術は完璧なら評価されるかもしれないっス。でも、作者として楽しまなきゃ私は二流だと思うっス。肇ちゃんにはそれを知って欲しかったっス」
「……ありがとうございます。荒木さん」
だから止めて下さいって、と笑う内に、荒木さんはトレーナーさんに呼ばれた。
11:名無しNIPPER[sage saga]
2018/08/24(金) 09:48:22.68 ID:8pRhN5eX0
懐かしい匂いがする。
やっぱりその元に、おじいちゃんはいた。
「ただいま」
そんな声に少しだけ体を止めたけど、また動き出した。おかえりの言葉もなく、顔を見てくれない。
「どうした?」
12:名無しNIPPER[sage saga]
2018/08/24(金) 10:13:04.24 ID:8pRhN5eX0
以上となります
拙い文章で失礼しました
12Res/19.79 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20