4:名無しNIPPER[sage saga]
2018/08/24(金) 00:50:42.12 ID:8pRhN5eX0
「私、アイドルになる」
「何?」
おじいちゃんはろくろから手を離し、こちらを向いた。普段から眉をひそめている顔はより険しくなり、「何て言ったんだ?」と尋ねてくる。
「アイドルになりたい」
「……」
おじいちゃんは目を丸くした。
そして、私から目を逸らした。ろくろとまた向き合った。
「アイドルになってどうするんだ」
背中越しに聞いてくる。
「お前は今只でさえ満足に土を練ることのできない半人前だ」
そんなことは誰よりも知っている。
……ううん、おじいちゃんと同じくらい知っているよ。
「そんなお前が今度はアイドルか。どうしてだ」
「アイドルなら、何か見つけられる気がするから。私なりの色を見つけて、表現できるような気がするから。私は挑戦したいの」
私の答えを皮切りに、お祖父ちゃんは何も言わなくなった。
納得なんて到底していないんだろう。きっと、呆れてる。
でも私にはこれしかない。
あの時から何度も何度も器を作ろうとしても、作れない。
あの時まで何度も何度も作ってきたはずなのに、作れないんだ。
遂にはろくろに触るのも怖くなってしまって、もう一ヶ月経つ。
変われないまま。ずっと暗がりに一人佇んでいる気分だった。
だから、変わらなきゃ。
陶芸家としての私は、藤原肇はもういないなら。
根本から変わろう。
零からやり直して見よう。
それならきっと見えてくるものがあるはずだから。
そして私は、アイドルを選んだ。
子供のときに見た、あのキラキラした何か。
あの中に私は可能性があると信じた。だから私にはもうこの手段しかないんだ。
「私、変わってみせるから。お祖父ちゃんに追いつけるくらいのものをいつか作ってみせるから」
だから、さようなら。
その言葉は言わなかった。きっとお祖父ちゃんも理解していることだから。
去り際。
でもこれだけは言っておこうと思った。
私の半生に彩りをくれたのだから。
「今までありがとうございました」
この言葉だけは、届けときたかった。
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