3:名無しNIPPER[sage saga]
2018/08/23(木) 12:26:26.64 ID:vHau6oIW0
一日目。
プロダクションの一室。
カメラマンさんや照明さんが所狭しと部屋にいる。
その部屋の中心に椅子と一つのキャンバスがあった。荒木さんはそのすぐ側に立っていた。
「肇ちゃん久しぶりっス」
「お久しぶりです。本日はよろしくお願いします。漫画ではないのですね」
「とても二日間じゃ形にはならないっスからね。だから今回は油絵! これなら短期間でできるっスから。思うままに書いてみて欲しいっス」
筆、絵の具、パレットが置いてある。学校の課題でも何度か水彩画は描いている。
「はい」
「あ、でも肇ちゃんだからって合格基準は甘くしないっスからね」
「その方が私にとってもありがたいです」
「いいっスね〜。挑戦的なのはいいことっスよ」
私は筆を手に取り、考える。
何を、描きたいのか。
「……」
「ゆっくり悩んでもいいっスからね」
……出てこない。
私が絵が苦手だといった理由はここにある。
自分が何を描きたいのか。まったくそれが私の頭の中に形を持たない。
学校の課題は問題ない。描くべきことは決まっているから。
でも、自由に。思うがままに。なんて。
私にはわからない。
「肇ちゃん?」
「あっ。すみません。私、集中しちゃって」
「あ〜全然構わないっス。ただ何もしないよりは、描いてみた方がいいと思うッス。上手さは重要じゃないっスからね」
「は、はい」
筆は宙に浮いたまま、動かない。
真っ白のキャンバスは真っ白のまま。
スタッフのざわめきが後ろから聞こえてくる。
時計を見ると三十分が経過していた。
「ああー、ごめん。少しいいかな?」
声をかけてきたのは、番組のディレクターさんだった。
「もう君が苦しんでいるのは撮れたからさ。そろそろ描き始めて欲しいんだよね」
「す、すいません。すぐに描いてみせます」
「頼んだよ」
ディレクターはそういって部屋を出ていってしまった。
描いてみせる、とは言った手前何も出てこない。そんな自分が疎ましく思えてくる。
再び描きあぐねる私を見て、荒木さんはアドバイスをしてくれた。
「自分の好きなものをかいてみましょう。肇ちゃんで言えば……陶磁器っスかね」
「あ、」
陶磁器。慣れ親しんだものだ。鮮明に頭に出てくる。
そして、夢中になって作っていたあの日々も。
私は成長しているのか。今も私は、自分を表現できないまま。私は本当にアイドルになって変われたのだろうか――。
頭を振る。
そんなことを考えている暇はない。
私は拙いながらも、思い浮かべたものをキャンバスに描いていった。
一時間後。
キャンバスの中央には備前焼きが描かれてる。
荒木さんはじっくりと見て「いいっスね」と言ってくれた。
「だけど合格はあげられないっス。もう少し頑張ってみましょう」
「はい!」
技術や工夫を荒木さんから教わりながら、この日は撤収となった。
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